黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~

51.※特訓

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※このお話は第二部番外編【夢現】【恋煩い】とリンクしています。

────────────────

その日、ロイドがいつ帰ってくるのかは知らないが、帰ってくるならライアードに報告をしてからだろうと思い、先にステファンと共にミシェルの元へと向かっていた。

どうやら自分に話があるらしい。
もしや王宮魔道士の底上げの件だろうか?

黒魔道士の方はクレイがやると結婚式の時にちらりと聞いたのだが、白魔道士の方はもしかしたら自分に話がいくかもしれないからと予めクレイから話だけは聞いていた。
だからその件だろうとあたりをつけてミシェルの元へとやってきたのだが、挨拶をした途端物凄く申し訳なさそうに謝罪されてしまい驚いてしまった。

「シュバルツ殿!申し訳ない」
「え?」

そして例の双子の黒魔道士の扱いをロイドが請け負ったという話を聞かされた。

「ロイドのことは嫌いだし、以前の私なら黒魔道士の仕事だから本人がよいと言えばよいのだろうと割り切ったとは思う。だが……」

恋人であるシュバルツに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだから、どうか謝らせてほしいとのことだった。
その話を聞いて正直頭が真っ白になるような気がした。
ただでさえロイドを落とす自信がないのに、ここに来て黒魔道士がライバルにでもなったら自分に勝ち目などなくなってしまうのではないかという焦燥感に襲われてしまう。
ロイドは自分にしか抱かれたことがなかったからこそ、今自分を満足させられるのはお前だけと言ってくれていたはずだ。
それが他の男を知ってしまったというのなら────。



正直気が気ではなくて蒼白になりながらミシェルに礼を取り、そのままロイドを探しにライアードの元へと走った。
すると既に報告は終わり、例の双子の黒魔道士を魔道士宮へと送り届けている最中だと言われてしまった。
それを聞き、ミシェルの話は本当だったのだと本気で泣きそうになった。
もう手遅れかもしれないと考えるだけで心臓が破裂しそうな思いだった。
そして魔道士宮の近くまで来たところでロイドの姿を見つけて、気づけば思い切り抱きしめている自分がいた。

「ロイド!」
「シュバルツ?」

その声はいつもと変わらない。
けれどその体をしっかりと腕の中に閉じ込めているのに、不安ばかりが押し寄せて鼓動がちっとも落ち着かなかった。

「どうかしたのか?」

優しく声を掛けてくれるけど、そんなロイドにまで不安になってしまうのはどうすればいいのだろう?
そうしてただただ抱きしめ続ける自分にロイドが溜息を吐くのを感じた。

「少し待て」

そして何やら眷属に指示を出したところで、そのまま腰を抱かれて影を渡られた。
そこは見知った自分達の居室だ。

「シュバルツ。あんな往来での抱擁は感心しないな」

そうは言いつつも大体何があったのか察しているのか、特に怒った様子は見受けられなかった。

「ロイド。ごめん」
「……ライアード様から聞いたのか?」
「いや。ミシェル様から……すまないと」

その言葉に深く息を吐き、ロイドはそっとそのまま自分をソファへと誘導し押し倒した。

「それで?お前は私があの二人に抱かれたとでも思い込んで、落ち込んでいる……と?」

けれどそんな思いがけない言葉が降ってきて、思わず目を丸くしてしまう。

「え?」
「私がお前以外に抱かれるようなへまをしたと思っているのかと聞いている」

その言葉は思ってもみなかった言葉で動揺してしまうが、それはロイドにとっては不本意なものだったのだろう。

「言っておくが抱きはしたが、抱かれてはいないぞ?」
「う…そ……」

あの双子はミシェルを抱いたと聞いた。
それならば当然ロイドは抱かれる側だったのではないのだろうか?
そんな信じられない思いでロイドを見返すが、ロイドの目は全くと言っていいほど揺らがなかった。

「そんなに信じられないなら今から抱くか?相手は黒魔道士だ。お前と違って回復魔法なんて使えないから、もし私が本当に抱かれていたならお前にならすぐにわかるはずだ」

中がほぐれているんだからとロイドが笑う。
それは調べられても問題ないと言わんばかりだった。
そんなロイドに信じたい気持ちが湧き上がってくる。

「ロイド……信じてもいい?」
「ああ」
「抱いても……怒らない?」
「もちろん」
「私以外に…気持ちを移さないでくれ……」
「もともとお前のものでもないだろう?」

けれどそんなつれない言葉を言うくせに、ロイドの眼差しはいつだって優しいのだ。
一体どうしたらこの男の気持ちを手に入れられるのだろう?
夢の中でしか甘えてくれないロイドが酷く憎らしい。

(今は普通に抱かせてもらって、今夜は夢現で溺れさせてしまおうか?)

そうだそうしよう。
そうすればこんな不安な気持ちも少しは和らぐかもしれない。

「ロイド……」

そうして誘われるままに口づけ、その身を確かめるようにゆっくりと押し倒した。


***


結論から言うとロイドは本当にあの双子には抱かれていなかった。
中はいつも通り自分を心地よく迎え入れてくれたが、慣らさなければ入らなかったし、夜に再度尋ねた時は自分以外に抱かれる気になれなかったから上手く回避したのだと教えてもらえた。
どうして現実ではいつも揶揄い交じりなのに、夢の中だとあんなに素直に嬉しい言葉を口にしてくれるのだろう?
反則もいいところだ。
けれど一つ気になることもある。

「ロイド…?」
「ん…はぁ…。なんだ……?」

そしてイッた後の落ち着くまでの待ち時間で、そのわからなかった言葉を質問してみた。

「サンドイッチって何?」
「……?3Pの一種だ」
「どういうの?」
「んん…。この状態で、お前が後ろから犯されてる感じ…だ。はぁ…ッ」

つまり繋がっている状態で更に後ろに一人いる状態らしい。

(なにその超高度な3P……)

そんな閨、想像もしたことがなかった。

「ロイドもしたかったりする?」

黒魔道士としてはたまにはそう言ったプレイもしたくなったりするのだろうか?
そう思って尋ねたのだが、ロイドは意外にも別にと言った。

「まあクレイなら混ざっても別にいいが、感じている姿は他の奴にはあまり見られたくない」
「そっか……」

そう言われれば納得だ。
ロイドがわざわざ好んでそんな事をするはずがない。

「んん…シュバルツ。それより今日はこの後、鏡の前で思い切り犯されたい」
「ロイド…。いいのか?」

感じている姿をあまり見せたくないと言ったばかりなのに────これはいいのだろうか?

「はぁ…お前になら見せても別に構わない。それよりお前の感じている顔も見せて欲しい」
「わかった。じゃあ移動しようか」

こんな言葉で翻弄してくるなんてロイドは本当に狡いと思う。
これではまるで自分に気を許してくれているようではないか。
これは夢現じゃなければ絶対に言ってくれない言葉だ。

「アッ!シュバルツ……気持ちいいッ!」
「うん。もっと感じて、ロイド。魔力も交流しよう?」
「んあぁッ!はぁッ…もっと…!」

そうして嬌声を上げて嬉しそうに自分を再度受け入れてくれるロイドを姿見の前で犯しながら、もっと勉強して喜ばせてあげようと強く思った。
今の自分にできることは精々それくらいしかないのだから……。


***


「ロイド、おはよう」

今朝はやけにスッキリした目覚めだ。
隣にいるのはいつものように子犬のようなシュバルツだが、昨夜は夢のシュバルツに会えたからいつも以上に気分が良かった。
正直子守より、一緒に楽しめる相手とのセックスの方が楽しいのだ。
けれど相手はその辺の黒魔道士より夢のシュバルツの方が断然嬉しい。
昨日は鏡の前で抱いてもらったが、シュバルツの色っぽい顔が見られて興奮してしまった。
あの顔は夢ならではだろう。
熱っぽい眼差しで、焦がれるように見つめられるともっともっととねだりたくなる。

そうして充実した気持ちで隣をチラリと見て、子犬のようなシュバルツに溜息が出る。
言っても仕方がないが、ここは悠然と微笑んで色っぽくおはようと言われたかった。

(この辺りがお子様と夢のシュバルツとの違いだな……)

非常に残念だが、夢は夢と割り切って今日も仕事に精を出すべきだろう。
そうして気持ちを切り替えさっさと朝の支度をして朝食を摘まみ、コーヒーを飲む。

「そう言えば今日だったか?」

そこでふと、今日は黒魔道士の実力を底上げする為にクレイが来ることを思い出した。

「後でライアード様と様子を見に行くか」

そうしてほくそ笑んでいると、何故かムッとしたような顔でシュバルツが隣へと座ってきた。

「ロイド…クレイに会えるからって喜びすぎじゃないか?それに魔道士宮には今双子の魔道士もいるんだろう?」

どうやらシュバルツ的に嫉妬しているらしい。
可愛らしいものだ。

「ふっ…気になるならお前も来るか?なんなら白魔道士達を鍛えるという名目で堂々と参加すればいい」

どうせクレイから話は聞いているのだから、積極的に自分からやると言えばミシェルが喜んで許可してくれる事だろう。
そう言ってやると、少し考えてからそうすると口にしてきた。
本当にわかりやすい奴だ。

「じゃあ後でな」

そうして揶揄うように流し目を送ってやり、頬を染める姿に満足しながら仕事へと向かった。


***


「クレイ!」
「ロイドか」

嬉しそうに声を掛けるロイドに、クレイは薄っすらと笑いながら視線を向けて来る。
どうやらまだ来てそれほど経っていないにもかかわらず、既に何かをやらかしたようだった。
白魔道士は兎も角、黒魔道士の殺気のこもった眼差しがこれでもかというほどクレイへと向けられていて、どうしてこの状況で笑えるのかと問い掛けたくなる程だ。

「随分楽しそうだな」

そんなクレイにロイドはクッと笑いながら近づき、そっとしなだれかかる。

「さてな。ここに居る100人よりお前一人を相手にする方が楽しいと思うが?」

しかもロイドの言葉に対して言ったこの言葉が更に場の空気を煽ってしまった。
わざと挑発するにも程があると思うのだが────。

「言わせておけば…!」

ほら、キレられた。
いくらレベルが下がったとは言え、ここに居るのは王宮魔道士。
プライドの高い黒魔道士だって多いことだろう。
けれどクレイはそんな彼らの気持ちなど慮りはしないのだ。
クレイが優しいのは自分が懐に入れた相手だけ……。

キンキンキンッと甲高い音が場に響き、たちまち魔法が展開されて、あっという間に特殊な結界が構築されていく。
これはこの場にいる相手のレベルに合わせた結界だ。
この結界の中では実力の半分ほどしか発揮できないことだろう。
けれど、だからこそ特訓のし甲斐がある。
しかも────酷いことに魔物はクレイに弱かった。

「何故だシリル!俺は攻撃しろと言ったのに!」
「戻ってこい!カルフィ!」

自分の魔法ではなく、眷属をけしかけようとした黒魔道士の者達が慄きながらそれぞれ自分の眷属へと悲鳴を上げた。

【クレイ様♡】
「よしよし。可愛いな」

クレイが彼らの眷属達を何故かあっという間に懐柔していく姿に驚愕してしまう。
眷属が主人以上に懐くとは一体どういうことなのか…。
もしや自分の主人よりも格上な事を察して、逆らわず尻尾を振っているとでもいうのだろうか?

【クレイ様。我々も可愛がって下さい】

そんな彼らを可愛がるクレイに気を悪くしたのか、今度はクレイの眷属が声を上げる。

「レオ。馬鹿だな。当然信頼するお前達が一番可愛いに決まっているだろう?」

そうして絶対に他者には向けないような優しい笑みを浮かべるのだからタチが悪い。
一体クレイの中で彼らの位置づけはどうなっているのだろうか?
下手をすると父王やドルトよりも上かもしれないとさえ考えてしまう。

【クレイ様…私もクレイ様の眷属になりたいです】
【抜け駆けするな!お前など使い魔で十分だ!クレイ様、是非私を…!】

そうして交渉し始める他者の眷属達にクレイは変わらぬ笑みで答えを返す。

「お前達。主人をより高みに連れて行くのも眷属としての大事な仕事だぞ?俺よりも自分の選んだ主人を大事にしてやれ」
【はうっ!流石はクレイ様です!】
【なるほど!我々の主人の事まで考えてくださるとは…!なんとお優しいっ…!】

(いや、それ丸め込まれていないか?)

どうやらクレイは人相手よりも眷属相手の方がコミュニケーションを取るのが得意らしい。

【またクレイ様は…。八方美人も大概にして下さい。これ以上眷属候補を増やすおつもりですか?】
【そうですよ。優秀な者がまだまだ使い魔の中に控えておりますのに…。ご自重ください】
「…?そんなつもりはないぞ?魔物は人と違って一部の種族を除けば皆善良だし、眷属は主人想いだ。そういうところが大好きなだけで、他意はない」
【はいはい、そうですね。わかっておりますよ】
【本当にクレイ様は……】

そう言いながらもクレイの眷属達もどこか嬉しそうだ。
この辺りの眷属を思い遣るところがロイドの眷属にも好評なのかもしれないと思った。
正直眷属を持たない自分にはわからない事だが、素直に羨ましいと思ってしまう。
けれどそれをよくは思わないのがその場で眷属を放とうとした黒魔道士達で……。

「ふざけやがって!」
「殺してやる!」

眷属を奪われそうになった事で怒りが増してしまったらしい。
そしてそのまま攻撃魔法を唱え始めたことから、他の魔道士達も便乗してクレイへと攻撃を開始し始める。
けれどそれらをクレイは一切合切無視してロイドに話しかけた。
危機感がないとはまさにこの事だろう。
人に興味がなさすぎる。

(眷属に向ける八方美人を人にも発揮すればいいのに……)

そうして溜息を吐く自分に目もくれず、クレイはロイドしか見ていなかった。

「そう言えばロイド。防御魔法の方は相変わらず苦手なのか?」
「…そうだな。特にそっちは特訓したりはしないし、あまり得意ではない」
「そうか。それならシュバルツを仕事に連れて行ってやればいいのに。俺が特訓しただけにかなり使えるぞ?」

そう言いながらクレイは物凄い速さで各攻撃に適した防御魔法を展開していく。
まさに神業と言ってもいいほど無駄のない最低限の魔力を使った防御魔法だ。
攻撃相手を見もせずにこんな芸当をこなすなど普通はできない。
これは白魔道士顔負けではないだろうか?
どうもクレイは回復魔法系統が苦手なだけで、それ以外は全て得意なようだった。
これではロックウェルが嫉妬するのもわかる気がする。

「このぉ!くらえぇ!」

結界内でこれだけの力を出してくるなんてと思えるような攻撃がクレイへと放たれ、そこで初めてクレイはそちらへと視線を向けフッと笑った。

「これはなかなかだな」

けれどその言葉と共に展開された反射魔法で攻撃を返されたその魔道士が驚愕に目を見開く。
防御が間に合わない。

「こうして返されることもあるんだから、常に防御の事も頭に入れておくべきだと知っておくといい」
「ひっ!」

そして怯える魔道士の目前でパシュンッと掻き消えた魔法を見て、その場の黒魔道士が一斉に顔色をなくして動きを止める。
一体何が起こったのか理解できなかったからだ。
そんな中、ロイドだけは通常運転だった。

「クレイ。今のも防御魔法なのか?」
「いや?単純に相殺させただけだな。防御が苦手なら、こういう方法で主人の身を守るのも手だとお前に教えようかと思って」

ポイントはきっかり同じだけの魔法を放つこと。
相手の攻撃を一瞬で見極め、同時に同じだけの魔法を行使しなければならないのが難しい点だ。
けれど『お前ならできるだろう?』と挑発するように言ってくる姿にロイドが楽しげに言葉を返す。

「面白い。結界に閉じ込める方法が楽だからいつも人数が多い時は極力そうしていたが、これなら相手がばらけていても相殺、反撃、捕縛を時間差で繰り出せるし無駄もほぼないな」
「ああ。やってみるといい」

そうして易々とロイドを乗せ、ライアードの許可を取らせると、クレイはその場をあっさりとロイドへと渡し、今度は自分へと向き直る。

「シュバルツ。お前もあっちの白魔道士に混じって、久し振りに勘を取り戻すか?」
「うぇっ!」

思わずあの地獄の特訓を思い出して悲鳴を上げたが、よく考えればこれは良い機会だ。
ライアードに自分の実力を見せておけば、ロイドと組んで仕事をさせてもらえることも出てくるかもしれない。

「わかった。やる」

そして足手纏いな白魔道士達を上手く誘導しつつ、クレイの魔法を防ぎ切ったのだった。


***


「し…死ぬ……」

流石に他の魔道士達が泣き言を言い出したところでクレイは休憩を入れた。
ちょうどそのタイミングでライアードがロイドへと声を掛ける。

「ロイド。特訓もいいがそろそろ時間だ」
「は。ではご一緒させていただきます」

そうして一礼しクレイへと向き直ると、ひらりと手を振り去ろうとしたが、そんなロイドにクレイはコロリと一粒の黒曜石を手渡した。

「結構魔力を使っただろう?ライアード王子の護衛に差し障ると悪いし、これで回復しておけ」

そんな気遣いが嬉しかったのだろう。
ロイドはそれを受け取りつつもクレイに抱きつき、甘えるように口を開いた。

「クレイ。これもいいが、折角だし直接交流してほしいものだな」
「お前は本当に好きだな。シュバルツに頼んだらどうだ?」
「時間もないし、お前に頼む方が手っ取り早い」

一体どういう意味だろう?
自分に言ってくれたほうが嬉しいし、いくらでも交流してあげるのに……。
けれどクレイはその言葉に含まれた意味がちゃんとわかっているようで、何故か楽しげに笑った。

「ハハッ!上手くいっているようだし、そういう事なら問題ないな」

そして瞳の封印を解くとそっと甘やかに口づけロイドと魔力交流し始めた。

「んん……最高だ」

うっとりするロイドの姿に胸がズキリと痛む。
ロイドを怒らせたくなくて、あの口づけを止められない自分が嫌だ。

「ほら、これくらいにしておけ。ライアード王子も待ってるぞ?」

足りなければ黒曜石を使えと言って送り出すクレイに、ロイドは僅かに名残惜しそうな眼差しを送ったが、意外にもあっさりと身を離した。

「相変わらずつれないな」
「少し物足りないくらいの方が次が欲しくなる癖に。これくらいが適量だろう?」
「ふっ…流石、わかっているな。シュバルツもお前くらい私の事をわかってくれたらいいのに」
「頑張ってもっと育ててやれ」

そうして思わせぶりにやり取りしたところで、ロイドはライアードと共に執務室へと帰っていった。
けれど自分としては今のやり取りには物申したくて仕方がなかった。
どうしてクレイは『少し物足りないくらい』にしたのだろう?
自分に気を遣ってくれるならそもそも魔力交流しなくてもいいし、するならするで後をひかないように中途半端にせず、満足させてやってほしかった。
これではロイドがまたクレイの方にばかり夢中になってしまうのではないかと、そう考えてしまってもおかしくはないだろう。

だからクレイに対して文句を言ったのに、本人は驚いたような顔で「え?」と言うのでこちらの方が驚いてしまった。
本当にわかっていなかったのだろうか?
けれどそんな会話にクレイの眷属が溜息を吐いて物申してくれる。

【クレイ様?先程のは誤解されても仕方ありませんよ?】
「そうか?俺なりにエールを送ったつもりなんだが……」
【全く伝わっていませんね】
「ロイドには伝わってたぞ?」
【それはお二人がツーカーな仲だからです。普通は伝わりません】
「ええっ?!」

そうだったのかと愕然としているから、どうやら二人にしかわからないやり取りだったのだろう。

「そうか…。それは悪かったな。さっきのは、少し物足りないくらいにしておけば、仕事が終わった時にお前との夜が充実するだろうと…そういう意図だったんだが……」

そしてそんな説明をされて、やっと先程のやり取りの意味がわかった。
では先程のロイドの言葉の方はどう言う意味だったのだろう?

「ロイドの?ああ、お前じゃなく俺に魔力交流を頼んだわけか?それはあれだ。お前とは駆け引きしながら楽しく魔力交流したいから、今は時間が取れなくて残念だと。その分代わりにして欲しいって言ってたんだ。俺ならサクッと終わらせるから早いし。石からより口づけを選んだのは、単純に口づけが大好きだからだな。と言うか、それくらい分かるだろう?」

そうやってキョトンとしながら言われるが、『わかるかー!』と言いたい。
どうしてこの二人はこんなに分かり合えているのだろう?
いつか自分もこんな風にロイドの事を一番に理解できるようになりたい。
そうやって歯噛みしてると、唐突に声を掛けられた。

「凄い!本当にアメジスト・アイだ!」
「あの時牢のところでロイドと仲良くしてたあの凄い黒魔道士だよな?」

そこにいたのは双子の黒魔道士だ。

「クレイ、ロイドだけじゃなく俺達にも魔力を交流させてくれ」
「いいだろう?」

そうして誘うように声を上げる二人にクレイがくすりと笑う。

「ああ、あの時のか。さっきは様子見でサボっていた奴らだな」
「ふっ。人聞きが悪いな」
「そうそう。挑発に乗らないのは一流の黒魔道士として当然だ」

そうだろう?と笑う二人にクレイは確かにと笑みを浮かべる。

「だが、まだ甘いな」

嫌いではないが、このタイミングで不意打ちのように魔法を使おうとするなとクレイは言った。
無効化されたらしいが、どうやら何かをクレイに仕掛けていたらしい。
恐ろしい事をするものだ。

「残念。記憶操作でセフレ認定してもらおうと思ったのに」
「そうそう。そしたら魔力交流し放題だし、ロイドと寝れない時にクレイと寝られると思ったのに……」

そうしてクスクスと笑っているが、この双子達は自分がどれだけ恐ろしい事を口にしているのかわかっていないのだろうか?
クレイの地雷を踏んだらどれだけ恐ろしい事になることか……。
そうしてチラリとクレイの方を窺うが、何故かクレイはアベルの時のようには怒っていないようだった。

(相手が黒魔道士だからか?)

何か意図してのことなのだろうか?
そうして様子を伺っていると、クレイは黒魔道士然とした態度で、双子達を楽しげに流し見た。

「なるほど?因みにその口調だと、お前達がロイドと寝たと考えていいのか?」
「ああ。『黒魔道士として』寝たら牢から出してくれるって言ったから」
「そうそう。初めて男に抱かれたけど最高だった!もう一回楽しみたいから今度は遊びの誘いをしたけど、落とせたらなって躱されちゃったんだよねー」
「本当、ロイドって落とし甲斐がありそうで燃えるよね」

そんなやり取りにスッと肝が冷えるような気がした。
単純にロイドがこの双子に抱かれなくて良かったと安心していたが、狙われているなら話は別だ。
これを放っておくわけにはいかない。
何か手を打たなければ、あの不安が現実のものとなってしまう。
けれど、そこでクレイが双子へと向きながら妖艶に笑った。

「なるほどな。そういう事ならお前達との事も考えなくはないな。但し、魔力交流はシュバルツが先だ」
「へ?」

それと共にクレイに口付けられて、濃厚な魔力が自分の中へと注ぎ込まれる。

(う…わ……)

酩酊するような魔力に足元がふわふわしてしまう。
封印を解いた状態のクレイの魔力は本当に凄かった。

「ロイドだけじゃなくお前も魔力をかなり使っていたからな。これでさっきのロイドとの口付けは許してくれ」

どうやら今のは詫びのつもりだったらしい。

(狡い!)

ロイドとの方がずっと気持ちがいいが、魔力が回復したのは確かだし、こう言われて仕舞えばあまり文句を言うこともできないではないか。

「じゃあ次々!」
「俺にも!」

そうして嬉々としてねだる双子に、クレイはフッと笑って特に拒否する事なく口付けた。
これは本当に意外に感じられた。
ほぼ初対面の相手にこうして交流してやるなんて、クレイとしてはかなり珍しいのではないだろうか?

「ふっふぁあッ!」

けれどその場で真っ赤になって腰が抜けたようにへたり込んだ双子の片割れに驚き目を瞠る。
一体どうしたというのだろう?

「ほら、今度はお前だ」

そうしてもう一人にも同じように口付け、そちらも甘い声を上げながら腰を抜かした。

「んぁ!はあっ……」

ビクビクと身体を震わせて頬を染め上げる姿に驚きを隠せない。
そんな双子にクレイは冷たく笑い、なんでもないことのように言葉を紡ぐ。

「これくらいで腰を抜かすうちはロイドには釣り合わないな。そこのシュバルツの方がお前達よりずっとロイドの遊び相手に相応しい。今ので身をもって思い知っただろう?」
「そ…んなこと……」
「シュバルツは白魔道士だが魔力はお前達よりも高いし、あのロイドが半年ほど可愛がっているからな。閨での喜ばせ方もお前達に負けず劣らず上手いはずだ。掠め取りたいならもっとシュバルツのように魔力を上げて、腕も磨くといい。ロイドが無視できないほどになれれば、少しくらいは遊んでもらえるかもな」

そんな言葉に双子達は悔しそうにしながらも、返す言葉がないようだった。
あまりの展開についていけないが、呆気にとられる自分の傍でダートが『良かったな』と言ってくれたことで、どうやらクレイが自分を気遣って言ってくれたのだということがわかった。
今の自分では双子黒魔道士の相手は難しいとでも考えたのだろう。

(本当にクレイは……)

何も考えていないようで、たまにこうしてフォローを入れてくれるのだから、憎みきれない男だ。

(こういう所が大人…なのかな)

どうしても勝てない自分が悔しくて、お子様な自分が嫌になる。
もっともっと成長したい。
こうしてクレイにフォローされないほど大人になりたい。
誰にもロイドを取られないよう、自信を持ちたい。

(でもどうやって?)

そんな遣る瀬無い思いを抱えながら俯いていると、クレイが自分へと向いて口を開いた。

「シュバルツ!さっきの防御はなかなか良かった。勘は鈍っていないようだし、体力だけもう少しつけておくといい」
「え?」
「この後は引き続きお前が白魔道士に指示を出せ。黒魔道士の方はこっちの双子だ。あまり時間をかける気はないからな。ひと月で全員の能力を底上げさせるぞ」

そうして地獄の特訓の手伝いをさせられたのだが、最早落ち込む暇もないほどハードに行われ、最後にはこれでもかという程気合を入れさせられた。
気を抜いたらこちらがやられそうになるのだから、他のことなど考えられるはずもない。

「ほらほら!さっさと防げ!」

次々飛んでくる攻撃を防御し、潰れそうな白魔道士には回復魔法をかけ、押し切られそうな者がいればフォローを入れる。
終わる頃には何故か周囲から絶賛されている自分がいて、クレイからも流石だなと褒めてもらえた。

前半で把握した白魔道士の能力を把握してフォーメーションを組ませたのが上手くハマっただけなのだが、これで良かったのだろうか?
黒魔道士の方も双子が各黒魔道士を動かしていたようだが、そちらはまだまだ上手くは動けていないようだった。

「くそっ!クレイ!次はいつだ?!今度は絶対にもっと上手く連携させる!」
「そうだ!このクソ魔道士達を次までに鍛えて全員二重で魔法を唱えられるレベルにまで上げてやるから覚悟していろ!」
「それは楽しみだな。精々頑張ることだ」

そして挑発するような一瞥を送りその場の結界を解くと、全員に『ではまたな』と言って余裕の顔で帰ってしまった。
本当にクレイは規格外だ。

「疲れた…」

全員が全員ぐったりしているので流石に可哀想になり、圧縮した魔力を閉じ込めた水晶を魔道宮の演習場の四隅に配置して回復魔法を唱えてやる。
これは広域魔法と一緒に唱えると、その範囲内の全員を一回の消費魔力で回復させられるので非常に便利なのだ。
だから普通に強めの回復魔法を口にしたのだが、それで回復したこの場の全員に凄いと称賛されてしまった。

「シュバルツ様…この人数を一度に回復させるなんて、凄いですね」
「さすがトルテッティの王族なだけはあります」
「この人数を全て回復しようとしてくださるなんて、なんて慈悲深い……」

そんな風に崇拝するように見つめられても正直困ってしまう。
圧縮魔法を開発したのはロイドだし、石にそれを閉じ込めて活用する方法を考えたのはクレイだ。
自分はそれを活用して使っただけの話なのだが…。

けれどダートは、この場で回復魔法を行使したのは自分なのだから、素直に感謝を受け取って自信に変えろと言ってきた。
どうやら先程自信が持てなくて落ち込んでいたから、励ましてくれているらしい。
確かに言ってくれていることは一理ある事だし、いつまでも凹んでいるわけにもいかないから、今回はお言葉に甘えて少しくらいは素直にみんなの言葉を受け取ったほうがいいだろうか?
そう思いながらも、なんだか申し訳ない気持ちで困ったように微笑み『どういたしまして』と返す事しかできなかった。



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