209 / 264
第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
49.結婚式を迎えて
しおりを挟む
「ミシェル様!」
ソレーユへと帰るとすぐさま自分を見つけたアルバートが駆け寄ってきた。
どうやら皆揃って心配してくれていたらしく、一様にホッとしたような顔を向けてくれていた。
「心配を掛けたな」
「いえ。ご無事で何よりでした」
そして本当は抱きしめたいのだろうアルバートはそれでもなんとか思いとどまり、騎士としての礼を尽くすにとどまる。
他の目が多いのだから仕方がないとは言え、なんとも立場の違いがもどかしくて仕方がない。
(早く抱きしめて欲しいものだな……)
思い出されるのはクレイとロックウェルの仲睦まじい姿。
自分だってあんな風にアルバートと愛し合いたい。
けれどそこまで思ったところではたと我に返り、今はそれよりもするべきことがあったのだと頭を切り替えることにした。
「ライアード。クレイから聞いたが、ここ数か月で王宮魔道士の質が大幅に下がっているらしい。それに関して何か情報は入っていないか?」
「え?」
それはライアードも知らなかった情報らしく、物凄く驚いたような顔をしていた。
「魔道士長に反発した面々が王宮魔道士を辞したらしいが……」
「ええ。その情報は知っています。けれどそれはしっかりと補充されたと聞き及んでおりますが」
「私も魔道士長選定の元しっかりと行われたものとばかり思い込んでいたのだが、クレイによると以前よりもレベルの低い者ばかりが採用されたらしい。お前の結婚式も近いことだし、できるだけ安全面から早急に調査し人員の入れ替えをしたい」
その言葉に確かにと頷きライアードがすぐさま動く。
「兄上、情報感謝いたします。魔道士のあてはいくつかありますのですぐに対応させてください」
恐らくロイド経由で集めるのだろう。
それならそれであちらのことは任せても大丈夫なはずだ。
「そうか。では頼む。一応クレイが魔道士の底上げに手を貸してくれると言ってくれているから、それも加味した上で揃えてもらって構わない。まずは現状確認を急いでほしい」
その言葉にライアードはすぐさま魔道士宮へと向かって行くが、問題は魔道士長の処遇だ。
こちらは父へと相談し、すぐにでも対策を取らねばならないだろう。
サティクルドの件が落ち着いて皆がホッとしているところで問題提起するのもどうかとは思うが、正直時間はあまりないのだ。
ここで油断してサティクルド以外の輩に襲撃でもされればひとたまりもない。
「アル!現在掛けられている魔道士の結界が相当杜撰で脆いことが判明した。すぐに王宮の警備を騎士団に確認してほしい」
「はっ!」
そしてすぐさま父の元へと足を向け、挨拶を手短に終わらせ魔道士達の現状を訴えた。
それに対し父は驚いたようだが、今回の襲撃の数々に関してかなり思うことがあったのかすぐに魔道士長を呼び出し罷免を言い渡していた。
「此度の責任はお主にある。しかと反省し潔く王宮から立ち去るがいい。これまでご苦労だった」
そんな風に突き放す父に魔道士長は慌てたように追い縋るが、王はこれ以上の問答は無用とばかりに冷たい視線を向けるだけだ。
けれどそんな態度に魔道士長は甚くプライドを傷つけられたのか、ブルブルと震え、次いでギッと睨みつけたかと思うとそのまま王へと攻撃魔法を唱えた。
「父上!」
慌てて間に入り父を庇うが、魔道士長は狂ったように魔法を行使し続ける。
「ミシェル様!」
それに対し側にいたステファンがすぐさま動き、魔道士長を拘束しにかかった。
シュルシュルと音を立て、物凄い速さでステファンの魔法で魔道士長が拘束されていく。
「放せ!放せ────!この私を誰だと思っている!この国を影で支え続けてきた魔道士長だぞ?!私あってのソレーユなのだ!私あっての────ッ!」
魔道士長が憎悪に満ちた目でステファンを睨み据えるがその姿は醜悪でしかない。
「陛下並びにミシェル様に対する無礼は許さん!ミシェル様。この者はいかがいたしましょう?」
ステファンの声にそっと父を窺うと、自分に任せるとばかりに軽く頷きを落とされる。
「では…この者は牢へ」
「かしこまりました」
どんどん牢屋に人が増えていくなと苦笑しながら、これからはもう少しこれまで目を向けなかったところへも目を向けなければと思い直した。
父の後を継ぐにあたっては広い視野を持つことが大事なのだとよくわかったからだ。
「父上。私は今回思いがけずアストラスで色々と学ぶことができ、視野を広げることができたと考えております。これまでは足元を堅実に固めることに終始しておりましたが、これからは少し違った目で他の事にも目を向けていけたらと思っております」
そうして穏やかに口を開いた自分に父王が驚いたように目を瞠り、そして笑った。
「ミシェル。いつの間にか一皮むけて立派になったな」
そうやって認めてくれる父に柔らかく微笑みがこぼれ落ちる。
「そう言っていただき嬉しく思います。すべてはクレイのお陰かと。つきましては私の別荘を一つ彼に譲ろうと考えているのですがお許し頂けますでしょうか?」
その言葉に父王は驚いたように声を上げた。
「別荘を?」
「はい。何か問題が?」
「いや。あまりにも意外なものを言われたのでな。報奨金などでなくても良いのか?」
「はい。元々最高級黒曜石100石を提案されていましたので、それと別荘で一先ず本人に話をつけてまいりました」
それは確かに破格ではあるが、今回の件に関してはもっと出してもいいのではないかと父は思ったらしい。
けれどこれ以上はクレイが受け取らないだろうと口にすると、そうかと渋々引き下がってくれた。
「クレイは今度のライアードの結婚式にも参列予定ですので、王宮の結界もその時にしっかりしたものを張ってくれるとのこと。こちらの方もまた別に礼をできればと考えております」
「なんと…!」
本当にそんなことを申し出てもらえたのかと驚く父に、しっかりと頷き返す。
「はい。クレイはこれまでのライアードとの付き合いから非常に好意的にソレーユを見てくれている様子。それ故に、失礼がないよう周知徹底をした上で当日は配慮していただければと」
「もちろんだ!国賓として失礼のないよう早速皆に申し伝えるとしよう!」
それならアストラスに過剰な感謝を伝えずにすむし、本人に直接恩返しができると王は満足げに笑った。
***
それから十日後、いよいよライアードとシリィの結婚式の日がやってきた。
この日のために騎士団によって王宮の警備はより厳重にされ、魔道士達も急場凌ぎではあるが実力に応じて見直しが行われた。
そして三日前には一足先にクレイが王宮を訪れ強固な結界を張り直してくれ、守りの方は万全となっている。
その際アルバートとクレイの顔合わせもミシェルの手で行われ、王からも改めて謝辞が述べられた。
けれどあまりにも丁重に王宮に迎えすぎたためか、クレイが物凄く嫌そうにしていたのでライアードがすぐさま調整を掛け、無難な対応へと変えさせるというハプニングもあった。
そして今、大聖堂の中には既に大勢の招待客達が溢れかえっている。
戦争を数日前に回避したばかりとはいえ準備期間が長かったお陰で式の準備は滞りなく終えることができた。
あとは花嫁の支度が整うのを待つばかりだ。
「ライアード様、おかしくないでしょうか?」
その可憐さを引き立たせるような上品な銀糸の刺繍とフリルいっぱいの純白のドレスに身を包み、シリィが自分の方へと問いかけてくる姿に、ライアードは幸せいっぱいに笑みを浮かべた。
「いや。凄く綺麗だ」
「そっ、そうですか?」
「ああ。やはりワンショルダーのデザインで正解だったな。胸元の花も良く映える」
「ありがとうございます」
そんな言葉にシリィがカァッと初々しく頬を染め上げるのが愛おしい。
やっと自分の花嫁に迎えることができて感慨もひとしおだった。
「シリィ。今日は式の後も宴が長く続く。もししんどくなったら途中で退席しても大丈夫だから……」
そうして気遣いを見せるのだが、思った通りこの花嫁は気合を入れ始めたので思わず苦笑が漏れてしまった。
「大丈夫です!回復魔法が得意技の白魔道士にしんどいなどという言葉は存在しません!ライアード様も飲み過ぎて気分が悪くなったらすぐに私に言ってくださいね?いくらでも魔法を使いますから!」
「ふっ…本当にこういう所は相変わらず頑固だな」
「ええっ?!そんなことはないですよ。それに、頑固と言えばライアード様だって同じくらい頑固です。未だに私にあまり素のところを見せてくださらないじゃありませんか」
見せるとか見せてるつもりだとかいろいろ誤魔化してとシリィはブツブツと言ってくるが、そうそう見せたいものでもないのでこれは許してほしいと思う。
そうして挙式前のひと時を二人で過ごしていたのだが、あと少しで時間かと思っているところでシリィが物凄く言い難そうにそっと口を開いた。
「ライアード様…今日はその…本当にするんでしょうか?」
今この控室は人払いをしているので実は二人きりだ。
だからこそコソコソとシリィはそんな言葉を口にしてきたのだとわかっているのだが…思わずそんな姿に笑みが零れ落ちてしまう。
「今日が初夜だしな。これまでシリィが頑張ってくれたからきっと緊張せずに終えられるはずだ」
そうして宥めるようにそっとサイドに垂らされた髪を掬い取り口づけを落とす。
「うっ…そ、それは確かに大丈夫だとは思うんですけど……」
そうして真っ赤になっているシリィに、思わず騙されてるぞと言いたくなってしまった。
本当に自分には勿体ないほどの純粋な娘だと思う。
最初は式前に体の関係を持つのも良いかと考えていたし、シリィの方も別に構わないと意を決して言ってくれていたから二人で甘い雰囲気になった日にそうしようと思ったのだ。
けれどここでシリィの方に問題が発生した。
いや、シリィにというよりも周囲の魔道士の影響が出たと言ってもいいのかもしれない。
口づけで溶かし、ゆっくりと服を剥いでいる最中に、シリィが真っ赤な顔をしながらこう言ったのがきっかけだった。
「あ、あの!私、以前クレイがロイドに口でしているところを勉強させてもらったんですけど、ああいう行為はどのタイミングでやったらいいか全くわからないので教えてください!」
あの時の衝撃と言ったらなかった。
正直目が点になったと言っても過言ではない。
まさかそのタイミングでそんなカミングアウトをされるなんて思いもよらず、我に返ってから思わず大笑いしてしまったほどだ。
そしていつまでも笑いやまない自分に、最初は恥ずかしさで顔を真っ赤にしていたシリィも段々緊張がなくなったのか頬を膨らませてそんなに笑わなくてもいいじゃないですかと怒り出したのだ。
そんな姿を見せられても可愛すぎるとしか思えないのに…。
けれどこれはいい機会なのかもしれないなと思い直し、笑ったことに関して謝って、ではと言いながら提案したのだ。
実際に二人で結婚式の日まで一緒に勉強しよう────と。
もちろん自分は知識も経験もあるから勉強と言ってもシリィに実地で教えるのが主なのだが、シリィは意外にもそれはいいですねと話に乗ってきた。
どうやらこれまでの経験や知識がないことを本人的にかなり気にしていたらしく、俄然やる気を見せていたので、折角だからさり気なく自分好みに色々教えることにしたのだ。
『挿入は初夜本番に』という安全アピールは忘れずに、それこそ色々教えてしまったのは仕方がないと思う。
多分今なら立ったままでも後ろを使ったセックスでも、シリィはそんなものだと思い込んでいるから拒否などせずそのまま受け入れてくれることだろう。
下手に知識がなかったことと、身近に男同士のカップルがいたのも手伝ってか、前だけではなく男女でも後ろを使ったりすることがあるのだと言えば意外とすんなり『そうなんですか~。知らなかったです』とすぐに頷いたくらいなのだ。
立ったままの行為も『あ、ロックウェル様がしてるのをちらっと何度か見てしまったことがあるので…その…頑張ります!』くらいなものだったし、口でしてもらうのも『ちゃんとできてますか?クレイみたいに上手くできなくてすみません』と気恥ずかしそうに辿々しく言われ、もう自分が一から全部優しく教えるからそれは忘れていいからと何度言いそうになったことか。
正直周囲の者達に物申したい気持ちでいっぱいだ。
こんなに純粋だと他の事でも自分以外に騙されないかが物凄く心配なので、そちらはロイドの眷属に頼んで鬼のように監視させておこうと思う。
「じゃあシリィ。またあとで」
「は、はい!その…ライアード様…今日は宜しくお願い致します」
そうして真っ赤な顔でぴょこんと頭を下げたシリィに優しく微笑んで、一足先に大聖堂脇の小部屋へと移動したのだった。
***
厳かな空気の中、身内だけではなく周辺諸国からの招待客の中で愛を誓いあう。
そうして祝福の言葉を前に二人が口づけを交わすと湧き上がるような拍手に包まれた。
改めての婚約ということで最初でこそ両親からは大丈夫かと思われていたようだが、シリィの早期滞在を機にその人となりをしっかりと周知させてから結婚の日を迎えたことで好感度は非常に上がっている。
こうして晴れの日を迎えることができて本当に良かったとライアードはシリィと揃って幸せな気持ちで満たされていた。
そんな姿にロイドはじめシュバルツやクレイ達も皆温かい眼差しで祝福してくれているようだった。
式を終え披露宴も滞りなく進む中、気心の知れた者達が次々と祝辞を述べに来てくれる。
「シリィ!おめでとう」
「シュバルツ様!ありがとうございます」
「シリィ。幸せにしてもらうんだぞ」
「ロックウェル様…。ええ、もちろんです!」
「シリィ。おめでとう。この後は飲み過ぎないようにするんだぞ?俺はそれで酷い目にあったからな」
「うぅ…クレイ。ただでさえ緊張してるのに不安になるようなこと言わないで…。大丈夫よ。ライアード様はロックウェル様みたいにドSにはならないと思うから」
「そうだぞ、クレイ?ライアード様はどこかのドSよりは優しいはずだ」
「ロイド…そこは素直に『ライアード様は優しいから大丈夫だ』と言ってほしかったわ」
こうして茶化しながら緊張をほぐそうとしてくれている面々になんだか嬉しい気持ちが湧き上がる。
そうして盛り上がっていると、公式行事だからか、妻のティアと恋人であるアルバートを伴ったミシェルが自分達の元へとやってきたのですぐさま彼らは距離を取ってくれた。
ちなみに本人たちは無意識なのだろうが、その華やかさは正直本日の主役である自分達よりも数段上にしか見えない。
衣装は自分達より控えてくれているはずなのに、幸せオーラと高貴さと神々しさが半端ないので隠しようがないのだ。
美形は立っているだけで絵になるとはこのことだろう。
(くぅ…!なんて主役級に絵になる光景なの?!でもミシェル様だもの仕方がないわ!それにしても物凄い目の保養ね。ずっと見ていたくなるほどの美しさ……)
両手に花状態なのに本人が一番綺麗なのはどういうことだとミシェルに内心ツッコミを入れながら、それでもシリィは笑顔で優雅に挨拶を行った。
「ミシェル様ごきげんよう」
「シリィ。ライアードも。今日は本当におめでとう」
「「おめでとうございます」」
「ありがとうございます」
「兄上からの祝辞、ありがたく頂戴いたします」
二人で頭を下げ挨拶をすると、ミシェルは本当に嬉しそうな笑みで自分へと言ってくれた。
「シリィ。これからも末永くライアードを傍で支えてやって欲しい」
その言葉にそう言えば以前も言われたなと思い出し、本当に弟想いな方だと自然と頬が緩むのを感じた。
「はい。お任せください。私にできる限り誠心誠意お支えさせていただきます」
「ありがとう」
今日から義理とは言え自分に兄ができるのだというのがなんだか嬉しく感じられる。
こんなに優しい兄なら尚更だろう。
けれどそうして微笑み合う姿に何を思ったのかライアードがそっと肩を抱いてきた。
「シリィ?兄上には必要以上に近寄るな。ドSなロックウェルも問題だが、ドMな兄上の影響も受けてほしくはない。なるべく自分からは近づかないように」
そうしてこっそり耳元で囁かれて、思わず呆けた表情になってしまう。
いくらなんでもその言い草は酷すぎる。
「もう、ライアード様?焼きもちはほどほどになさってください。そもそも恋人の前と他で見せる姿が変わるのはよくあることでしょう?そう言うのはクレイでよく知ってるので私は気にしませんよ?全く……」
心配もほどほどにしてくださいねと困ったように言うが、ライアードは何故か微妙な顔をした後、各魔道士達の方をギロリと睨んでいた。
兄を睨まないのがライアードらしいと言えばライアードらしいなと思わず笑ってしまう。
「シリィ様の本日のドレスはライアード様のお見立てでしょうか?可憐さがより引き立って本当に素晴らしいですわ」
場の空気を読んだのか、そうしてティアが褒めてくれたのもまた嬉しいことだった。
例の事件で皇太子妃が一人となってしまったのは残念だったが、現在の二人の関係は以前よりも改善されているらしく、アルバートを入れて三人で仲良くやっているらしいとは小耳に挟んでいた。
たとえお飾りと周囲に陰口を叩かれようと、常に毅然としているティアの姿にはシリィとしても見習いたいと思う所が多々あるので、これを機に沢山仲良くなれたらいいなとは思っている。
「ティア様、もしよろしければ今度私と気軽にお茶を飲みながら妃としての心得などをお聞かせいただけたら嬉しく思います」
「あら。私でよろしいのかしら?」
「はい!いつも誇り高く毅然とされる姿は私の憧れであり目標なのです。これからも近くでティア様に色々教えて頂ければと」
そうして笑顔で告げると、ティアは一瞬目を瞠った後そっと扇子で口元を隠し『そう言うことなら構いませんわ』と答えてくれた。
その姿にミシェルが柔らかく微笑み、そっと口添えしてくれる。
「ティア。シリィのことはお前に任せる。義妹となる者だ。仲良くしてやって欲しい」
「しかとお受けいたします」
なんとも堅苦しい夫婦の会話だが、その表情は気心が知れた仲らしくしっかりとアイコンタクトがなされているようにも見えた。
(アイコンタクトかぁ……)
自分もいつかこんな風にライアードと目で会話できる夫婦になれるといいなと思いながら、ではまたと去っていく三人を見送り、続く者へと目線を向けると、そこには懐かしのトルテッティの姫が立っていた。
「ライアード様、シリィ様。この度は本当におめでとうございます。トルテッティ一同、心より寿ぎ申し上げます」
「これはフローリア姫。わざわざのお越し誠にありがとうございます」
これにはライアードが笑顔で返事を返す。
彼女もまたライアードの第二妃候補だったのでどうなることかと思っていたのだが、無事にその話は流れたようだった。
こうして本人に直接会うのは例のロックウェルの事件の時以来なのだが、やはりシュバルツに似て非常に綺麗な姫だなと思った。
キラキラと輝く金の髪は光を反射して美しく煌めき、その白皙の美貌は周囲の男達を安易に虜にしていく。
それは先に挨拶に来てくれていた、彼女よりも年下であるハインツですら例外なく見惚れるほどだった。
けれど────彼女の目はそんな男達など歯牙にもかけず、ただ一人の元へと向けられていた。
その先にいるのはロックウェルではなくシュバルツだ。
どうやらロックウェルは吹っ切れてもシュバルツのことはずっと気にかかっているらしい。
「ライアード様、シュバルツはこちらでご迷惑を掛けてはおりませんでしょうか?」
あくまでも自国の者を気遣っている様子を見せてはいるが、本音は恐らく彼とロイドの仲を聞きたいのだろうということは一目でわかった。
その視線の向こうではいつものように仲良くじゃれ合う二人の姿があるのだから一目瞭然だ。
「シュバルツ殿はただの客人としてではなく、非常によくやってくれています。彼が来てくれてから私の魔道士も退屈になる暇がないようなので非常に嬉しく思っているのですよ」
「そうなのですか。もしご迷惑をお掛けするようなことがあればすぐさま連れ帰りますので、遠慮なくお申し出くださいませ」
『では失礼いたします』と礼を取り、どこか悲しげな表情で去っていく彼女の姿がなんだか痛々しい。
やはり少しは二人が上手くいっていないことを期待していたのではないだろうか?
けれど非常に残念ながらあの二人は本当に上手くやっているなと言わざるを得ない状況だ。
自分も最初でこそシュバルツが諦めるかロイドがあっさり飽きてしまうかのどちらかになると思っていたのだが、今では意外と合う二人なのではと自然に受け入れてしまっているのだから……。
(早く吹っ切って新しい出会いに恵まれるといいのだけど……)
シリィは複雑な表情でフローリアとシュバルツを見遣った。
ソレーユへと帰るとすぐさま自分を見つけたアルバートが駆け寄ってきた。
どうやら皆揃って心配してくれていたらしく、一様にホッとしたような顔を向けてくれていた。
「心配を掛けたな」
「いえ。ご無事で何よりでした」
そして本当は抱きしめたいのだろうアルバートはそれでもなんとか思いとどまり、騎士としての礼を尽くすにとどまる。
他の目が多いのだから仕方がないとは言え、なんとも立場の違いがもどかしくて仕方がない。
(早く抱きしめて欲しいものだな……)
思い出されるのはクレイとロックウェルの仲睦まじい姿。
自分だってあんな風にアルバートと愛し合いたい。
けれどそこまで思ったところではたと我に返り、今はそれよりもするべきことがあったのだと頭を切り替えることにした。
「ライアード。クレイから聞いたが、ここ数か月で王宮魔道士の質が大幅に下がっているらしい。それに関して何か情報は入っていないか?」
「え?」
それはライアードも知らなかった情報らしく、物凄く驚いたような顔をしていた。
「魔道士長に反発した面々が王宮魔道士を辞したらしいが……」
「ええ。その情報は知っています。けれどそれはしっかりと補充されたと聞き及んでおりますが」
「私も魔道士長選定の元しっかりと行われたものとばかり思い込んでいたのだが、クレイによると以前よりもレベルの低い者ばかりが採用されたらしい。お前の結婚式も近いことだし、できるだけ安全面から早急に調査し人員の入れ替えをしたい」
その言葉に確かにと頷きライアードがすぐさま動く。
「兄上、情報感謝いたします。魔道士のあてはいくつかありますのですぐに対応させてください」
恐らくロイド経由で集めるのだろう。
それならそれであちらのことは任せても大丈夫なはずだ。
「そうか。では頼む。一応クレイが魔道士の底上げに手を貸してくれると言ってくれているから、それも加味した上で揃えてもらって構わない。まずは現状確認を急いでほしい」
その言葉にライアードはすぐさま魔道士宮へと向かって行くが、問題は魔道士長の処遇だ。
こちらは父へと相談し、すぐにでも対策を取らねばならないだろう。
サティクルドの件が落ち着いて皆がホッとしているところで問題提起するのもどうかとは思うが、正直時間はあまりないのだ。
ここで油断してサティクルド以外の輩に襲撃でもされればひとたまりもない。
「アル!現在掛けられている魔道士の結界が相当杜撰で脆いことが判明した。すぐに王宮の警備を騎士団に確認してほしい」
「はっ!」
そしてすぐさま父の元へと足を向け、挨拶を手短に終わらせ魔道士達の現状を訴えた。
それに対し父は驚いたようだが、今回の襲撃の数々に関してかなり思うことがあったのかすぐに魔道士長を呼び出し罷免を言い渡していた。
「此度の責任はお主にある。しかと反省し潔く王宮から立ち去るがいい。これまでご苦労だった」
そんな風に突き放す父に魔道士長は慌てたように追い縋るが、王はこれ以上の問答は無用とばかりに冷たい視線を向けるだけだ。
けれどそんな態度に魔道士長は甚くプライドを傷つけられたのか、ブルブルと震え、次いでギッと睨みつけたかと思うとそのまま王へと攻撃魔法を唱えた。
「父上!」
慌てて間に入り父を庇うが、魔道士長は狂ったように魔法を行使し続ける。
「ミシェル様!」
それに対し側にいたステファンがすぐさま動き、魔道士長を拘束しにかかった。
シュルシュルと音を立て、物凄い速さでステファンの魔法で魔道士長が拘束されていく。
「放せ!放せ────!この私を誰だと思っている!この国を影で支え続けてきた魔道士長だぞ?!私あってのソレーユなのだ!私あっての────ッ!」
魔道士長が憎悪に満ちた目でステファンを睨み据えるがその姿は醜悪でしかない。
「陛下並びにミシェル様に対する無礼は許さん!ミシェル様。この者はいかがいたしましょう?」
ステファンの声にそっと父を窺うと、自分に任せるとばかりに軽く頷きを落とされる。
「では…この者は牢へ」
「かしこまりました」
どんどん牢屋に人が増えていくなと苦笑しながら、これからはもう少しこれまで目を向けなかったところへも目を向けなければと思い直した。
父の後を継ぐにあたっては広い視野を持つことが大事なのだとよくわかったからだ。
「父上。私は今回思いがけずアストラスで色々と学ぶことができ、視野を広げることができたと考えております。これまでは足元を堅実に固めることに終始しておりましたが、これからは少し違った目で他の事にも目を向けていけたらと思っております」
そうして穏やかに口を開いた自分に父王が驚いたように目を瞠り、そして笑った。
「ミシェル。いつの間にか一皮むけて立派になったな」
そうやって認めてくれる父に柔らかく微笑みがこぼれ落ちる。
「そう言っていただき嬉しく思います。すべてはクレイのお陰かと。つきましては私の別荘を一つ彼に譲ろうと考えているのですがお許し頂けますでしょうか?」
その言葉に父王は驚いたように声を上げた。
「別荘を?」
「はい。何か問題が?」
「いや。あまりにも意外なものを言われたのでな。報奨金などでなくても良いのか?」
「はい。元々最高級黒曜石100石を提案されていましたので、それと別荘で一先ず本人に話をつけてまいりました」
それは確かに破格ではあるが、今回の件に関してはもっと出してもいいのではないかと父は思ったらしい。
けれどこれ以上はクレイが受け取らないだろうと口にすると、そうかと渋々引き下がってくれた。
「クレイは今度のライアードの結婚式にも参列予定ですので、王宮の結界もその時にしっかりしたものを張ってくれるとのこと。こちらの方もまた別に礼をできればと考えております」
「なんと…!」
本当にそんなことを申し出てもらえたのかと驚く父に、しっかりと頷き返す。
「はい。クレイはこれまでのライアードとの付き合いから非常に好意的にソレーユを見てくれている様子。それ故に、失礼がないよう周知徹底をした上で当日は配慮していただければと」
「もちろんだ!国賓として失礼のないよう早速皆に申し伝えるとしよう!」
それならアストラスに過剰な感謝を伝えずにすむし、本人に直接恩返しができると王は満足げに笑った。
***
それから十日後、いよいよライアードとシリィの結婚式の日がやってきた。
この日のために騎士団によって王宮の警備はより厳重にされ、魔道士達も急場凌ぎではあるが実力に応じて見直しが行われた。
そして三日前には一足先にクレイが王宮を訪れ強固な結界を張り直してくれ、守りの方は万全となっている。
その際アルバートとクレイの顔合わせもミシェルの手で行われ、王からも改めて謝辞が述べられた。
けれどあまりにも丁重に王宮に迎えすぎたためか、クレイが物凄く嫌そうにしていたのでライアードがすぐさま調整を掛け、無難な対応へと変えさせるというハプニングもあった。
そして今、大聖堂の中には既に大勢の招待客達が溢れかえっている。
戦争を数日前に回避したばかりとはいえ準備期間が長かったお陰で式の準備は滞りなく終えることができた。
あとは花嫁の支度が整うのを待つばかりだ。
「ライアード様、おかしくないでしょうか?」
その可憐さを引き立たせるような上品な銀糸の刺繍とフリルいっぱいの純白のドレスに身を包み、シリィが自分の方へと問いかけてくる姿に、ライアードは幸せいっぱいに笑みを浮かべた。
「いや。凄く綺麗だ」
「そっ、そうですか?」
「ああ。やはりワンショルダーのデザインで正解だったな。胸元の花も良く映える」
「ありがとうございます」
そんな言葉にシリィがカァッと初々しく頬を染め上げるのが愛おしい。
やっと自分の花嫁に迎えることができて感慨もひとしおだった。
「シリィ。今日は式の後も宴が長く続く。もししんどくなったら途中で退席しても大丈夫だから……」
そうして気遣いを見せるのだが、思った通りこの花嫁は気合を入れ始めたので思わず苦笑が漏れてしまった。
「大丈夫です!回復魔法が得意技の白魔道士にしんどいなどという言葉は存在しません!ライアード様も飲み過ぎて気分が悪くなったらすぐに私に言ってくださいね?いくらでも魔法を使いますから!」
「ふっ…本当にこういう所は相変わらず頑固だな」
「ええっ?!そんなことはないですよ。それに、頑固と言えばライアード様だって同じくらい頑固です。未だに私にあまり素のところを見せてくださらないじゃありませんか」
見せるとか見せてるつもりだとかいろいろ誤魔化してとシリィはブツブツと言ってくるが、そうそう見せたいものでもないのでこれは許してほしいと思う。
そうして挙式前のひと時を二人で過ごしていたのだが、あと少しで時間かと思っているところでシリィが物凄く言い難そうにそっと口を開いた。
「ライアード様…今日はその…本当にするんでしょうか?」
今この控室は人払いをしているので実は二人きりだ。
だからこそコソコソとシリィはそんな言葉を口にしてきたのだとわかっているのだが…思わずそんな姿に笑みが零れ落ちてしまう。
「今日が初夜だしな。これまでシリィが頑張ってくれたからきっと緊張せずに終えられるはずだ」
そうして宥めるようにそっとサイドに垂らされた髪を掬い取り口づけを落とす。
「うっ…そ、それは確かに大丈夫だとは思うんですけど……」
そうして真っ赤になっているシリィに、思わず騙されてるぞと言いたくなってしまった。
本当に自分には勿体ないほどの純粋な娘だと思う。
最初は式前に体の関係を持つのも良いかと考えていたし、シリィの方も別に構わないと意を決して言ってくれていたから二人で甘い雰囲気になった日にそうしようと思ったのだ。
けれどここでシリィの方に問題が発生した。
いや、シリィにというよりも周囲の魔道士の影響が出たと言ってもいいのかもしれない。
口づけで溶かし、ゆっくりと服を剥いでいる最中に、シリィが真っ赤な顔をしながらこう言ったのがきっかけだった。
「あ、あの!私、以前クレイがロイドに口でしているところを勉強させてもらったんですけど、ああいう行為はどのタイミングでやったらいいか全くわからないので教えてください!」
あの時の衝撃と言ったらなかった。
正直目が点になったと言っても過言ではない。
まさかそのタイミングでそんなカミングアウトをされるなんて思いもよらず、我に返ってから思わず大笑いしてしまったほどだ。
そしていつまでも笑いやまない自分に、最初は恥ずかしさで顔を真っ赤にしていたシリィも段々緊張がなくなったのか頬を膨らませてそんなに笑わなくてもいいじゃないですかと怒り出したのだ。
そんな姿を見せられても可愛すぎるとしか思えないのに…。
けれどこれはいい機会なのかもしれないなと思い直し、笑ったことに関して謝って、ではと言いながら提案したのだ。
実際に二人で結婚式の日まで一緒に勉強しよう────と。
もちろん自分は知識も経験もあるから勉強と言ってもシリィに実地で教えるのが主なのだが、シリィは意外にもそれはいいですねと話に乗ってきた。
どうやらこれまでの経験や知識がないことを本人的にかなり気にしていたらしく、俄然やる気を見せていたので、折角だからさり気なく自分好みに色々教えることにしたのだ。
『挿入は初夜本番に』という安全アピールは忘れずに、それこそ色々教えてしまったのは仕方がないと思う。
多分今なら立ったままでも後ろを使ったセックスでも、シリィはそんなものだと思い込んでいるから拒否などせずそのまま受け入れてくれることだろう。
下手に知識がなかったことと、身近に男同士のカップルがいたのも手伝ってか、前だけではなく男女でも後ろを使ったりすることがあるのだと言えば意外とすんなり『そうなんですか~。知らなかったです』とすぐに頷いたくらいなのだ。
立ったままの行為も『あ、ロックウェル様がしてるのをちらっと何度か見てしまったことがあるので…その…頑張ります!』くらいなものだったし、口でしてもらうのも『ちゃんとできてますか?クレイみたいに上手くできなくてすみません』と気恥ずかしそうに辿々しく言われ、もう自分が一から全部優しく教えるからそれは忘れていいからと何度言いそうになったことか。
正直周囲の者達に物申したい気持ちでいっぱいだ。
こんなに純粋だと他の事でも自分以外に騙されないかが物凄く心配なので、そちらはロイドの眷属に頼んで鬼のように監視させておこうと思う。
「じゃあシリィ。またあとで」
「は、はい!その…ライアード様…今日は宜しくお願い致します」
そうして真っ赤な顔でぴょこんと頭を下げたシリィに優しく微笑んで、一足先に大聖堂脇の小部屋へと移動したのだった。
***
厳かな空気の中、身内だけではなく周辺諸国からの招待客の中で愛を誓いあう。
そうして祝福の言葉を前に二人が口づけを交わすと湧き上がるような拍手に包まれた。
改めての婚約ということで最初でこそ両親からは大丈夫かと思われていたようだが、シリィの早期滞在を機にその人となりをしっかりと周知させてから結婚の日を迎えたことで好感度は非常に上がっている。
こうして晴れの日を迎えることができて本当に良かったとライアードはシリィと揃って幸せな気持ちで満たされていた。
そんな姿にロイドはじめシュバルツやクレイ達も皆温かい眼差しで祝福してくれているようだった。
式を終え披露宴も滞りなく進む中、気心の知れた者達が次々と祝辞を述べに来てくれる。
「シリィ!おめでとう」
「シュバルツ様!ありがとうございます」
「シリィ。幸せにしてもらうんだぞ」
「ロックウェル様…。ええ、もちろんです!」
「シリィ。おめでとう。この後は飲み過ぎないようにするんだぞ?俺はそれで酷い目にあったからな」
「うぅ…クレイ。ただでさえ緊張してるのに不安になるようなこと言わないで…。大丈夫よ。ライアード様はロックウェル様みたいにドSにはならないと思うから」
「そうだぞ、クレイ?ライアード様はどこかのドSよりは優しいはずだ」
「ロイド…そこは素直に『ライアード様は優しいから大丈夫だ』と言ってほしかったわ」
こうして茶化しながら緊張をほぐそうとしてくれている面々になんだか嬉しい気持ちが湧き上がる。
そうして盛り上がっていると、公式行事だからか、妻のティアと恋人であるアルバートを伴ったミシェルが自分達の元へとやってきたのですぐさま彼らは距離を取ってくれた。
ちなみに本人たちは無意識なのだろうが、その華やかさは正直本日の主役である自分達よりも数段上にしか見えない。
衣装は自分達より控えてくれているはずなのに、幸せオーラと高貴さと神々しさが半端ないので隠しようがないのだ。
美形は立っているだけで絵になるとはこのことだろう。
(くぅ…!なんて主役級に絵になる光景なの?!でもミシェル様だもの仕方がないわ!それにしても物凄い目の保養ね。ずっと見ていたくなるほどの美しさ……)
両手に花状態なのに本人が一番綺麗なのはどういうことだとミシェルに内心ツッコミを入れながら、それでもシリィは笑顔で優雅に挨拶を行った。
「ミシェル様ごきげんよう」
「シリィ。ライアードも。今日は本当におめでとう」
「「おめでとうございます」」
「ありがとうございます」
「兄上からの祝辞、ありがたく頂戴いたします」
二人で頭を下げ挨拶をすると、ミシェルは本当に嬉しそうな笑みで自分へと言ってくれた。
「シリィ。これからも末永くライアードを傍で支えてやって欲しい」
その言葉にそう言えば以前も言われたなと思い出し、本当に弟想いな方だと自然と頬が緩むのを感じた。
「はい。お任せください。私にできる限り誠心誠意お支えさせていただきます」
「ありがとう」
今日から義理とは言え自分に兄ができるのだというのがなんだか嬉しく感じられる。
こんなに優しい兄なら尚更だろう。
けれどそうして微笑み合う姿に何を思ったのかライアードがそっと肩を抱いてきた。
「シリィ?兄上には必要以上に近寄るな。ドSなロックウェルも問題だが、ドMな兄上の影響も受けてほしくはない。なるべく自分からは近づかないように」
そうしてこっそり耳元で囁かれて、思わず呆けた表情になってしまう。
いくらなんでもその言い草は酷すぎる。
「もう、ライアード様?焼きもちはほどほどになさってください。そもそも恋人の前と他で見せる姿が変わるのはよくあることでしょう?そう言うのはクレイでよく知ってるので私は気にしませんよ?全く……」
心配もほどほどにしてくださいねと困ったように言うが、ライアードは何故か微妙な顔をした後、各魔道士達の方をギロリと睨んでいた。
兄を睨まないのがライアードらしいと言えばライアードらしいなと思わず笑ってしまう。
「シリィ様の本日のドレスはライアード様のお見立てでしょうか?可憐さがより引き立って本当に素晴らしいですわ」
場の空気を読んだのか、そうしてティアが褒めてくれたのもまた嬉しいことだった。
例の事件で皇太子妃が一人となってしまったのは残念だったが、現在の二人の関係は以前よりも改善されているらしく、アルバートを入れて三人で仲良くやっているらしいとは小耳に挟んでいた。
たとえお飾りと周囲に陰口を叩かれようと、常に毅然としているティアの姿にはシリィとしても見習いたいと思う所が多々あるので、これを機に沢山仲良くなれたらいいなとは思っている。
「ティア様、もしよろしければ今度私と気軽にお茶を飲みながら妃としての心得などをお聞かせいただけたら嬉しく思います」
「あら。私でよろしいのかしら?」
「はい!いつも誇り高く毅然とされる姿は私の憧れであり目標なのです。これからも近くでティア様に色々教えて頂ければと」
そうして笑顔で告げると、ティアは一瞬目を瞠った後そっと扇子で口元を隠し『そう言うことなら構いませんわ』と答えてくれた。
その姿にミシェルが柔らかく微笑み、そっと口添えしてくれる。
「ティア。シリィのことはお前に任せる。義妹となる者だ。仲良くしてやって欲しい」
「しかとお受けいたします」
なんとも堅苦しい夫婦の会話だが、その表情は気心が知れた仲らしくしっかりとアイコンタクトがなされているようにも見えた。
(アイコンタクトかぁ……)
自分もいつかこんな風にライアードと目で会話できる夫婦になれるといいなと思いながら、ではまたと去っていく三人を見送り、続く者へと目線を向けると、そこには懐かしのトルテッティの姫が立っていた。
「ライアード様、シリィ様。この度は本当におめでとうございます。トルテッティ一同、心より寿ぎ申し上げます」
「これはフローリア姫。わざわざのお越し誠にありがとうございます」
これにはライアードが笑顔で返事を返す。
彼女もまたライアードの第二妃候補だったのでどうなることかと思っていたのだが、無事にその話は流れたようだった。
こうして本人に直接会うのは例のロックウェルの事件の時以来なのだが、やはりシュバルツに似て非常に綺麗な姫だなと思った。
キラキラと輝く金の髪は光を反射して美しく煌めき、その白皙の美貌は周囲の男達を安易に虜にしていく。
それは先に挨拶に来てくれていた、彼女よりも年下であるハインツですら例外なく見惚れるほどだった。
けれど────彼女の目はそんな男達など歯牙にもかけず、ただ一人の元へと向けられていた。
その先にいるのはロックウェルではなくシュバルツだ。
どうやらロックウェルは吹っ切れてもシュバルツのことはずっと気にかかっているらしい。
「ライアード様、シュバルツはこちらでご迷惑を掛けてはおりませんでしょうか?」
あくまでも自国の者を気遣っている様子を見せてはいるが、本音は恐らく彼とロイドの仲を聞きたいのだろうということは一目でわかった。
その視線の向こうではいつものように仲良くじゃれ合う二人の姿があるのだから一目瞭然だ。
「シュバルツ殿はただの客人としてではなく、非常によくやってくれています。彼が来てくれてから私の魔道士も退屈になる暇がないようなので非常に嬉しく思っているのですよ」
「そうなのですか。もしご迷惑をお掛けするようなことがあればすぐさま連れ帰りますので、遠慮なくお申し出くださいませ」
『では失礼いたします』と礼を取り、どこか悲しげな表情で去っていく彼女の姿がなんだか痛々しい。
やはり少しは二人が上手くいっていないことを期待していたのではないだろうか?
けれど非常に残念ながらあの二人は本当に上手くやっているなと言わざるを得ない状況だ。
自分も最初でこそシュバルツが諦めるかロイドがあっさり飽きてしまうかのどちらかになると思っていたのだが、今では意外と合う二人なのではと自然に受け入れてしまっているのだから……。
(早く吹っ切って新しい出会いに恵まれるといいのだけど……)
シリィは複雑な表情でフローリアとシュバルツを見遣った。
9
お気に入りに追加
891
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる