黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~

45.口火

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それから三日────。
襲撃が鳴りを潜めるということもなく、連日襲撃は行われた。
しかも時間帯は早朝や深夜、昼間問わずだ。

その悉くをアルバートとロイドが撃退する事に成功したが、王宮の警備は一体どうなっているのかと王が怒りに震え魔道士宮の者達へと檄を飛ばした。
けれど魔道士達は結界は綻びができたわけではないの一点張りだった。
寧ろ不審者を捕らえることができない警備に当たっている騎士団にこそ問題があると言い出す始末。
それに対し騎士団は過剰に反応し、ミシェルの護衛を増員させてほしいと言い始めた。
アルバートは確かに強いが、一人で一日中護衛に当たるのはさすがに無理があるだろうとのことだった。

(大丈夫なのだが…)

はっきり言ってクレイの魔法は完璧だった。
剣の方も素晴らしい働きをしてくれるため、正直向かう所敵なしなのだから。
寧ろ余計な人員が来るとミシェルが過剰に反応するのを知っているだけに、アルバートとしてはこれまで通りの対処でいてほしかった。
大体四六時中護衛が張り付いていてはミシェルの疲れがたまってしまうではないか。
ステファンやシリィが回復役として控えてくれてはいても、余計な気疲れをさせたくはない。
一応ロイドに王宮の結界の件はどうにかできないかと尋ねはしたのだが、王宮魔道士の領分だからどうにもならないと肩を竦められてしまった。
それこそソレーユの役職についていない魔道士が勝手にするなら関係ないんだがと思わせぶりに笑ったので、何かしら考えてはいそうだったのだが……。

そうしてソレーユの王宮内がいつまでも落ち着かない中、その人物はあっさりと現れにこやかに笑った。

「悪いが今日依頼を実行することになった」

そしてクレイはこれまで来た黒魔道士のような派手な襲撃などは一切せず、実に鮮やかにミシェルと共に姿を消してしまった。
それこそちょっと散歩に連れて行くからと言ったノリとでもいうのだろうか?
回廊を歩くミシェルの前に突然現れ、一言だけ告げるとすぐさまそっと手を取り一瞬で影を渡ってしまったのだ。
さすがにアルバートやステファンもそれには唖然とするばかり。
あまりに自然すぎて、攫われたと言う認識すら周囲に認識させないその手口はいっそ見事としか言いようがなかった。

「ミシェル様!」

大丈夫だとはわかっていても不安な気持ちは拭えない。
けれどこうなっては後はもうクレイに任せるしかないのだ。

(クレイ殿……どうかミシェル様を宜しくお願いします)

そうして願うような気持ちですぐさまライアードへと報告に向かった。


***


ミシェルはクレイに連れられ、依頼主であるという商人の元へと瞬時に運ばれていた。

「ほら、連れてきたぞ?」

そんな言葉と共に商人の男が呆けたようにした後ハッと我へと返り、今度は値踏みするかのようにこちらをジロジロと見つめてきた。

「ふむ。確かに噂通りの人物だ。さすが噂に名高い黒魔道士だな。あれほど大金を掛けて雇った黒魔道士達が全滅したというのに、こうも容易く王宮から連れ去ってくるなど思ってもみなかったぞ?」
「御託はいい。もう水晶化に取り掛かってもいいのか?」
「いや。どうせなら引き渡しの時の方がいいだろう。それまでまだ時間はある。どうせ殺すならその前に楽しみたいしな」

そう言って男が急に下卑た顔で笑ったのを見て寒気が走る。
まさかまたあの双子の黒魔道士達のように自分を犯そうとでもいうのだろうか?
そう思って蒼白になったところでクレイがサッと動いてくれた。

「あまり言いたくはないが、ミシェル王子はお前の大事な商品だろう?」
「いいじゃないか。こんなに高貴で綺麗な男はそうそういない。なんだったらお前も一緒に楽しむか?」

黒魔道士なんだから好きだろうと商人が言ったので途端に不安になってしまったが、クレイは不快そうに息を吐いた後、何やら呪文を唱えた。
それと同時に無数の魔法の糸が紡がれて男を天井から吊り下げにかかった。

「ひっ…!ひぃいいっ!」

悲鳴と共にきつく縛り上げられた男にクレイが冷たい声で言い放つ。

「ふざけるな。人の仕事を汚すようなことを言うのなら俺はここで降りて好きにさせてもらう。明らかな契約違反だ。賠償金の用意でもしておくんだな」

その言葉に今度は男が慌てて謝り始めた。

「す、すまん!この通りだ!頼むから許してくれ!」

そんな男をクレイは一瞥するとパチンと指を鳴らして拘束を解いた。

「わかればいいい。言っておくが今度ふざけたことを言えば縛った状態のまま池に落とすからな」
「はっ、はいぃッ!」

そしてカタカタと震え始めた商人には目もくれず今度はこちらへと視線を向けてきた。
どうも以前と印象が違うような気がする。
仕事だからなのだろうか?

「すまないな。水晶化して引き渡しさえすればこの仕事は終わりだ。それまで手出しはさせないから最後まで付き合ってくれ」

当然と言えば当然の要求にとりあえずおとなしく頷き、勧められた椅子へと座る。

「拘束はしないのか?」

ふと疑問に思ってそう尋ねると、クレイからは余裕の返答が返ってきた。

「俺から逃げられる奴はまずいないからな。楽にしていてくれ」

逃げてもすぐに捕まえられるのに拘束する意味がないというクレイになるほどと妙に納得がいく。
そもそも武器だってクレイの前では何の意味もなさないだろうし、こちらが何かするだけ無駄なのだ。
おとなしく従っているのが一番だろう。
そうして暫く所在無げに待っていると、食事の支度でもしてきますと言って商人がいそいそと部屋から出ていった。

「本当に小物だな」

そうしてクレイが何やら眷属へと指示を出した。

「どうせ食事に睡眠薬でも盛るつもりなんだろう。万が一にでも逃げられたら困ると言ったところか」

それに加えて、眠っている状態で水晶化した方が表情が穏やかな分商品価値があるという利点もあるのだろうとクレイは事も無げに言った。

「……それはおとなしく食べた方が?」
「いや?リラックスさえしていれば眠ってなくてもいいんだから気にすることはない。気が乗らなければ、緊張して食べられないとでも言って食べなければいいんだ。今眷属に言って軽食を用意してもらえるように手配したから、腹が減ったら気にせずそっちを食べればいいから」

簡単だろう?と笑うクレイに、なんだか自然と肩から力が抜けるような気がした。
そうして商人の用意した食べ物には手を出さず、男が席を外した隙に差し出された軽食だけを口にしていると、どうやら待ち人が来たようだった。




「凄い!本当にあの麗しいと噂のミシェル王子が!」

目の前で感激したように男が自分を見て褒め称える。
どうやらこの商人がアストラス側の商人で、自分を手に入れたいと言っていた者のようだった。

「クレイ!早く!水晶化の魔法を使ってくれ!」

その言葉にそうだったと本来の目的を思い出す。
犯されたり傷つけられたりする心配はなくなるが、すぐにでも水晶化されると聞いて途端に怖くなってしまった。
けれどそうして強張った顔で固まった自分に、クレイが視線を向けにっこりと艶やかに微笑んだ。

「大丈夫だ。好きな奴の顔でも思い浮かべていればすぐ終わる。その相手の笑顔でも思い浮かべていろ」

好きな相手の笑顔……?
そう言われてすぐに頭に思い浮かんだのはアルバートの姿。
いつも優しく自分を見つめる優しい緑の瞳。
情事の最中に掻き抱く柔らかなアッシュブラウンの髪。
自分をいつでも守ろうとしてくれる力強い腕と大きな背中。
ともすれば年下だと忘れてしまいそうなほどしっかりした自分の大好きな恋人────。
そんな彼の笑顔を思い出すと自然と頬が綻び笑顔になった。

そうやって微笑んだところで、気付けば体が動かなくなっていた。
一体何がとパニックになっていると、目の前で男達が話し始めたので自分が既に水晶化されたのだということを知った。

「素晴らしい!流石噂に名高いクレイの仕事だ!見ろこの美しい微笑みを称えた麗しい水晶像を!これは絶対に壊すことなど考えられない!クレイ!壊れない魔法もしっかりかけておいてくれ!万が一にでもこの芸術作品が壊れたら大変だからな。これなら依頼主も大満足だろう!」
「ふっ…もちろんどんなことがあっても壊れないようにしておく」

そうして余裕の笑みでクレイは呪文を唱えた。
これで身の安全は万全だとでも言いたそうだ。

「さて…これで依頼は完了だな」
「ああ、ご苦労だった。報酬はこれで合っているか?」
「確かに」

それと同時に書類へとサインを終え、無事にクレイの仕事は終わりを告げた。
そして商人へと自分を渡すとそのまま部屋を後にする。
その際『ではまた後で』と小さく言われたので、安堵しながら男達に運ばれていった。


***


「!」

ベルナルドがサティクルドの王宮でその報告を今か今かと待ち望んでいると、やっと待ちに待ったその報告が手元に届けられた。
ミシェル王子を王宮から攫い、水晶化させることに成功したと……。

豊富な資源を有したソレーユを密かに長年狙い続けてきたが、これまでずっと失敗に終わってきていた。
けれどそれもこれも今日で終わりだ。
後は第二王子の婚儀を控えた中での第一王子失踪の報で混乱するソレーユに一気に宣戦布告を出し、魔法兵団を動かすだけ……。
アストラスとソレーユで戦争が始まるのを待って攻め入る方が確実に潰せるが、よく考えたらミシェルを失って混乱するソレーユなら魔法兵団で攻め込めばすぐにでも潰せるのではないかと思い直したのだ。
大義名分など後でどうとでもなる。

「やっとあの国を手に入れることができる……」

ベルナルドはどこか楽し気に笑みを浮かべるとすぐさま父王の元へと向かった。

「父上!機は熟しました!今こそソレーユを攻める時です!」

その言葉に父王もまた顔を輝かせ、すぐさま兵を動かす許可を出す。

ここ数年ソレーユを落とす時のために鍛え上げた精鋭部隊だ。
剣と魔法に優れた兵を鍛えに鍛えたもので、他国の中でも他に類を見ないほどの兵力を有している。
この万能な魔法兵団をもってすればどんな国でも手に入れることは可能だろう。
優秀な騎士団を持つソレーユも、一騎当千の魔道士を抱えるアストラスも、それこそ防御に優れた白魔道士の国トルテッティでさえも全て蹂躙し尽くして、いずれはサティクルドに全て取り込んでやるのだ。
そして強大になった国の力で更なる侵略を進め、最終的にこの大陸全てを手に入れて見せる────!

そして悦に浸り、祝杯をあげる前に弟のクシュナートの絶望に歪んだ哀れな表情でも見てやるかと足を向けた。
ここ最近各地の火種の状況を探るのに忙しくしていたためすっかりご無沙汰だったので、顔を見るのも久しぶりだ。
久方ぶりに蹂躙してやろうと思ってそのまま部屋へと向かったのだが……。

「いない?」

そこは何故か蛻の殻だった。
なんだか嫌な予感がして、すぐさま弟の面倒を見させていた侍女達と白魔道士を探しに行く。
弟が下手に助けを呼べないよう傍に少数の者しか置いていなかったのが災いしたのか、報告などは全く上がってきてはいなかった。
彼らが裏切るとは到底思えないのだが、誰かが密かに逃亡に手を貸したとでもいうのか?
詳細を知ろうにも側にいた者達は何故か悉くその姿を消している。もしや全員逃げたのだろうか?
いずれにせよ今すぐ調査を行ったり捜索隊を出すことはできない。
まずは目の前のソレーユを攻めることの方が先決だ。

(くそっ…!)

なんだか幸先が悪いなと思いながらも自らの策略の成功まであと一歩だと気を取り直し、気持ちを切り替え自室へと向かう。

(見つけたらこれでもかというほど責め立てて、二度と逃げるなど思えないほど調教してやる)

こうしてベルナルドは昏く笑いながら戦争への準備を始めたのだった。



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