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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
44.気持ちの変化
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ミシェルは一通り指示を出したところで自室へと帰り、冷たいシャワーを浴びていた。
そうすれば少しでも頭が冷えると思ったからだ。
一先ず今日の脅威は過ぎたとみていいだろうが、刺客はまだまだやってくるはずだ。
とてもこれで終わりとは思えない。
早急に着替えてこれからの対策を練るために執務室へと戻る必要があった。
けれどどうしても頭を離れないのがアルバートの事。
先程自分の意志でアルバートの護衛を命じたのだから、これからは自分がアルバートを庇うなどと言った行動は慎まねばならない。
それでもアルバートを心配してしまう気持ちはどうしても湧いてしまうのだから、恋心とは厄介なものだと思わず自嘲してしまう。
けれどいつまでもこうしてグルグル考えているわけにもいかないし、一刻も早く思考を切り替えなければと思った。
そうしてシャワーから出ると、何故かクレイの使い魔が一体ドア前にいるのが目に入った。
何かあったのだろうか?
そう思ってそっと足を向けると、思いがけず使い魔が口を開いた。
まさか話してもらえるとは思ってもみなかったので、その姿に驚いてしまう。
【ミシェル様。外にアルバート様が来ているようなのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?】
その言葉に思わず目を瞠ってしまった。
さっきの今でどんな顔で顔を合わせればいいのかがさっぱりわからなかったからだ。
「……いや。私は大丈夫だから騎士団に戻るよう伝えてもらえないか?」
【ではそのように】
そうして律義に従ってくれる使い魔がなんだか可愛く感じられ、つい少し話をしてみたくなった。
「アルが帰って私の仕事が一段落ついたら少し私と話してくれないだろうか?」
【…ミシェル様がそれをお望みならば】
そう答えると使い魔は外のアルバートへと伝言を伝えに行ってくれたので、先に着替えてしまおうと踵を返したのだが────。
「え?」
気づけば背後から勢いよく抱きしめられている自分がいた。
ふわりと香るこの匂いは自分がよく知っているアルバートのもので……。
「アル…?」
驚きながら振り向くと、何故か捨てられた小犬のような顔で自分を見ている姿があった。
***
ライアードからミシェルのことを頼まれすぐさまミシェルの後を追ったのだが、どうやらミシェルは皆に指示を出した後部屋へと戻ってしまったらしい。
恐らく着替えるためだろうが、先程ライアードが言っていた言葉が気になって、待つよりも自ら赴く方が賢明だろうと歩を進めた。
専属騎士の許しをミシェル本人から得ることができたのだから何も問題はないだろう。
そう思って部屋の前へと来たところで居住まいを正し、軽く扉をノックしてみた。
けれど返事はなく、どうしたものかと途方に暮れてしまう。
さすがにミシェルの私室に勝手に入ることはできないが、中で泣いている可能性があるのなら入りたいとも思った。
そうして暫く悩んだ後、再度ノックしてみたところでクレイの使い魔が姿を見せた。
どうやらミシェルはシャワーを浴びているらしく、暫く待つようにとのことだった。
その言葉にシャワーを浴びながら泣いていないかが気になって、その使い魔へと思わず尋ねてしまったのだが、使い魔の方は律義に答えを返してくれる。
【なにやら酷く落ち込んでいらっしゃるようですが、頭を冷やして思考を切り替えようとなさっているようにも見受けられました】
「…そうか」
それならそれでおとなしくこの場で待機しても大丈夫そうだと判断し、一先ず大きく息を吐く。
自分の騎士としての矜持を守るために自分の望みを受け入れてくれたミシェル。
そんなミシェルにどこまでも敬愛の気持ちが募る。
そしてミシェルのために騎士として側にいられるよう取り計らってくれたクレイには感謝の気持ちしかない。
だから改めて礼を述べたいと思い笑顔で礼を口にする。
「お前たちの主人であるクレイ殿には本当に深く感謝している。実に素晴らしい方だな」
それに対し使い魔はどこか楽し気にしながら答えを返してくれた。
【そう言っていただけて私達も誇らしく嬉しいですが、あの方は全く気にせずご自身のお好きなように行動しておられるので、過剰に恩を感じる必要などはありませんよ】
どうやら本来の依頼のついでだから気にする必要はないということのようだった。
けれどその認識はおかしいのではないかと思った。
先程のことは本当にいくら礼を尽くしても足りないほどの内容だったというのに────。
【大体ですね、あの魔法自体かなり省エネで使用できる魔法のようですから、クレイ様の負担などあって無きが如しなんです。そもそもクレイ様は私から頼まれたこと自体全く気にもされていないと思いますよ?そうですね…アルバート様の感覚で言うと、騎士団に向かう道すがら転んでいた人がいたから手を差し伸べた…くらいの感覚でしょうか?アルバート様もそんな道すがらに助けた人から大げさに感謝されても困ってしまうでしょう?同じことですよ】
あっさりと告げられた内容に思わず目を見開く。
本当にそんな感覚でいいのだろうか?
何と言うか…スケールが違う気がする。
【いいんです、いいんです。クレイ様のことは我々が一番よく分かっていますので。それにしても楽しみですね~。サティクルドを沈めるクレイ様♡かつてのレノバイン王のような荘厳な姿が見られるんでしょうか?わくわく致します!】
そうして何故かはしゃぎ始めた使い魔がなんだか可愛らしい。
言っている内容は怖いのだが、そのモコモコの愛くるしい姿が何故かそれをマイルドに包み込んでいるような気がする。
そうしてなんとなく和んでいると、扉の向こうからもう一体の使い魔が出てきて伝言を伝えてくれた。
ミシェル曰く、騎士団に戻れ────と。
そんな言葉に一瞬心臓が止まるかと思った。
先程自分の側にいて自分を守れと言ってくれたはずなのに…もしや考えが変わってしまったとでもいうのだろうか?
そう思ったと同時に居ても立ってもいられなくなって、気づけば扉を開け放ち、ミシェルの背を見た瞬間抱きしめている自分がいた。
「アル?」
戸惑うようなミシェルの声がすぐ耳元で聞こえてくる。
どうしてこの人はこうして自分を振り回してくるのだろう?
自分は…恋人としては必要としてもらえても、騎士としては必要としてもらえないのだろうか?
そう思うと途端に悲しくなってしまった。
けれどそんな自分にミシェルがそっと気遣うように手を差し伸べてくる。
「アル?どうかしたのか?」
ミシェルのそんな言葉が胸へと突き刺さる。
きっとこの人はわかってくれていないのだ。
自分がどれだけ守りたいと思っているのかを────。
そうして黙り込んでしまった自分に、ミシェルは少し困ったようにしながらそっと口を開いた。
「アルバート…騎士団に戻る前に少しだけ話をしていかないか?」
そうやってそっとソファへと誘われ、腰を下ろすようにと促される。
そして正面へと腰を下ろすと、その綺麗な唇を開いた。
「……まずは先程のことを謝らせてほしい」
その言葉にそっと顔を上げると、ミシェルは落ち着いた様子でこちらを見つめていた。
「ずっと…お前が私を守るために騎士として頑張ってきてくれていたのをちゃんとわかっていたのに、危険な場に自ら飛び出してしまってすまなかった」
そうして頭を下げるミシェルに、そうだったと改めてあの時の気持ちが蘇ってくる。
自分の剣でミシェルを斬りつけるなどあってはならない事態だ。
「……二度とあのようなことはなさらないでくださいね」
ミシェルの気持ちもわからないでもないが、本当にあの時は心臓が止まるかと思った。
「ミシェル様が私の目の前で亡くなりでもしたらとても生きてはいられません」
そんな言葉にミシェルが困ったように笑う。
「そんなもの…私だって同じだ」
尊い皇太子という立場にもかかわらず気持ちは同じだと言ってくれるミシェルの言葉に胸が締め付けられる。
一体どれだけこの人は自分を愛してくれているのだろうか。
対等に考えてくれるその姿に、恐れ多いと思いつつもやはりどうしても嬉しくなってしまう。
「クレイがお前に魔法を掛けてくれた時、本当に泣きたいくらい嬉しい気持ちでいっぱいになった。これでお前を失うことはないのだと…そう思って、自分の弱さと狡さに嫌気がさした」
「…ミシェル様」
自嘲するように笑うミシェルを見て、ミシェルの中で様々な気持ちが交錯していたらしいということがわかった。
自分など一騎士に過ぎないというのに、大切に思ってくれているその気持ちが何よりも嬉しくて、益々守りたい気持ちが強くなってしまう。
「ミシェル様。ミシェル様は弱くて狡いと仰いますが、それは優しさの裏返しです。私のことを考えてくださるそのお気持ちだけで私は十二分に満たされております」
「アル…」
けれどミシェルはその言葉にまた泣きそうに顔を歪めてしまう。
「私はお前の優しさに甘えてばかりだ」
「いいえ。私もミシェル様から沢山のものを頂いております」
手の届かない存在をこの手にできた喜びをミシェルは全くわかっていない。
必要とされる喜びを、側にいられる喜びを、その身に触れられる喜びを────。
そうやって慈しむような眼差しを向ける自分だったが、そこでミシェルが何かを決意したような眼差しで口を開いた。
「アル…私は今よりも強くなりたいと思う」
「ミシェル様?」
これは一体どう受け取ったらいのだろうか?
例えば剣の腕を磨くとでも言い出すのだろうか?
自分に剣の稽古をつけてくれとでも言われると非情に困るのだが……。
さすがに愛すべき主君に剣は向けられない。
「ミシェル様は私が全力で守らせていただきますので、お任せいただければ……」
そうやってやんわりと口にしたところでミシェルが慌てたように訂正を入れた。
「違っ…!そういう意味ではなくて…。お前や守りたい者達のために、もう少し強かに…そして柔軟に動けるようになりたいと思ったんだ」
そんな言葉に思わず目を瞠ってしまう。
「私はこれまで騎士団を遠ざけたり、魔道士だけを護衛に回したりと頑なだった。だがクレイを見て、もっと視野を広げるべきだったと思ったんだ」
それはミシェルの大きな成長への一歩だったからだ。
「私は魔法のことなど魔道士に任せておけばそれでよいようにしてもらえると勝手に考えていた。だから新しい魔法にも懐疑的だった。でも…クレイの魔法はそんな私の常識を吹き飛ばすほどに鮮烈だった。だから手始めにクレイに王宮に来て色々教えてもらえないか、新しい視点を貰えないかと相談して、沢山のことを話してみたいと思ったんだ」
「…………」
「もし叶うならソレーユの王宮に専属魔道士として来てもらいたいとさえ考えている」
その言葉は正直衝撃的だった。
それはこれまでのミシェルからは考えられないほどの柔軟な言葉だったから────。
けれど……。
【ミシェル様?残念ながらクレイ様はそのままでは即お断りになられると思いますよ?】
使い魔達がどこか申し訳なさそうに口を挟んでくる。
普通一国の専属魔道士に招きたいと言われれば魔道士としては誉れ高いと思うものなのだが、クレイは違うのだろうか?
ただの王宮魔道士と専属魔道士はその意味合いが大きく違う。
国の中枢に携わることなくただの一魔道士として王宮に従事し、要請があるまで己を磨くだけの王宮魔道士。
それに比べ専属魔道士は常に王族の側にあり、国の政を共に支えていく存在だ。
時には王族に意見し、国をよりよくするためその力を振るう。
現在ソレーユに専属魔道士はいないため、クレイがそこに収まればソレーユをある程度好きに動かすことさえ可能だというのに────。
(ああ、そう言えば彼はアストラスの王族だったな)
わざわざソレーユに拘らなくても自国で同じようなことが可能だ。
それなら確かに使い魔達のセリフも納得がいく。
けれど使い魔達は誤解してくれるなと言ってきた。
【クレイ様はご自分はレイン家の息子だと断言しておりますし、そもそも政に興味がありません。黒魔道士としての矜持も高く、王族云々を持ち出されるのも好まないのです】
【そうですよ。逆に言えば、黒魔道士として面白いと判断してもらえたなら、わざわざそんな地位を用意せずともいくらでも協力してくださいます。今回のアルバート様の件も私が興味を惹くようお口添えさせていただきましたので嬉々としてご協力いただけたのですよ?】
その言葉は正直驚きだった。
「と言うことは、話だけでも聞いてもらえる可能性はあるということか?」
これにはミシェルも思わず身を乗り出し使い魔達へと勢い込んで尋ねる。
【ええ。要するにクレイ様がやってみたいと思える案件なら良いのです。新しい魔法の提案だったり、クレイ様が知らない知識を教えて見返りにこんなことをしてほしいができないかと提案してみるとか…。まあ平たく言えばクレイ様の中でギブアンドテイクが成り立てばなんでも構わないんです】
【そうですそうです。なんなら惚気を聞くとかでも喜ばれると思いますよ?ロイドは愚痴は聞いてくれても惚気は聞いてくれませんからね】
そして二体は楽し気にクスクスと笑い始めた。
***
楽しげに笑い合う二体の姿を見てミシェルは不思議に思った。
「普通黒魔道士は報酬をもらって依頼をこなすのではないのか?」
そう尋ねたのは、惚気を聞くだけでもいいと言うのがおかしな話だったからだ。
だからそれは最もな問いだったのだが、二体はそんなものは主人には関係ないのだと明るく笑い飛ばした。
【クレイ様はもうお金は山ほど持っていますからね。喜ぶとしたら黒曜石くらいじゃないでしょうか?】
【そうですね。あ、でも今回最高級黒曜石100石分の情報料とか言っちゃってましたし、それも受け取るかどうか…】
【やっぱり面白いと思わせる方向が一番ですよ】
そうしてクレイ攻略法を話してくれる二体にミシェルは考え込む。
正直自分は面白みのない人間だ。
ロイドのようにクレイを喜ばせることなどできるとは到底思えなかった。
けれど僅かでも希望があるのならどうしても諦めたくはない。
確かライアードの結婚式にも来ると聞いたことだし、それまでになんとか打開策を考えて交渉に臨みたいなと思った。
そんな自分にどこか楽し気にしながら使い魔達が声を上げる。
【大丈夫ですよ。ミシェル様は多分クレイ様と話が弾む方だと思いますので】
「?」
それは一体どういう意味なのか?
そう思ったのは自分だけではなかったようで、これまで黙っていたアルバートが険しい顔で声を上げた。
「それはクレイ殿がミシェル様に興味があるということか?」
けれどそれに対して使い魔はやはり楽し気に全く別の答えを返してきた。
【いいえ。クレイ様はロックウェル様にべた惚れですので、ミシェル様によろめくなんて全くないと思いますよ?】
そんな言葉にアルバートがホッと息を吐くのがなんだか嬉しい。
けれどそうなってくると何か他にクレイの興味を惹くようなことがあるのだろうか?
そう思って首をかしげていると、彼らはどこか面白そうにそれを口にしてきた。
【クレイ様はロックウェル様に虐められるのがお好きなので、お勧めの玩具など教えて差し上げたらいいんですよ】
【黒魔道士なのにクレイ様はそのあたりが疎いので、教えたら喜ばれると思いますよ?】
大人なミシェルならいけるのではないかと彼らは事も無げに言う。
【なんとなく雰囲気で感じるんですが、お詳しいでしょう?】
────年上だからと言って詳しいとは限らないのだが。
けれどそれに対してアルバートがそう言うことなら自分が話してみるからと話を引き取ってくれた。
これは非常に助かる。
そしてそれを受けて使い魔達が結婚式後に時間が取ってもらえるよう頼んでくると請け負ってくれたので、それを見送りホッと息を吐いた。
どうやら相当緊張していたようで、知らず肩に力が入っていたらしい。
とは言えこれで少しでも良い方向に変えていけたらと思ったところで、思いがけずアルバートの時間を奪ってしまったことに気が付いた。
「アル。時間を取らせて悪かったな。騎士団には後で私が言っておくから取り敢えず戻ってくれ」
さすがに疲れたが、今からでも着替えて自分も執務室へと戻らなければならない。
互いに忙しい身の上だ。
これ以上引き留めるのも良くはないだろう。
何しろ騎士団は警備の見直しなどもあるのだから。
けれど話は終わりだとばかりにソファから立ち上がったところでアルバートから声が上がった。
「ミシェル様!私は騎士団へは戻りません!」
その言葉に思わず固まってしまう。
一体それはどういうことだろう?
アルバートは時間的に騎士団に寄る前に自分のところへとやってきたはずだ。
専属騎士になるというなら騎士団に報告を入れる必要があるだろうし、書類の提出などもあるはずだ。
それなのに戻らないとはどういう意味なのか?
そうして首をかしげていると、アルバートはどこかもどかし気にしながら自分の身をその腕の中へと引き込んだ。
「アル?」
このままでは着替えに行けないのでそう呼び掛けてみたのだが、アルバートは動こうとはしなかった。
けれど、ポツリと溢された言葉に心臓が激しく高鳴った。
「ミシェル様は私に守られるのはご不満ですか?」
そんなどこか切ない響きに胸が早鐘を打ってしまう。
「私の腕にご不満があるというのならそう仰ってください!もしも…不足があるというのなら、悔しいですが他の騎士や魔道士を追加なさっても……」
そこまで言われたところで思わず言葉を奪うように口づけを交わしている自分がいた。
いつもはあまり意識しないが、こういうところは年下だなと微笑ましく思ってしまう。
こんなに懸命に言葉を重ねられては愛おしさで胸がいっぱいになってしまうではないか。
けれどアルバートはどこか拗ねたようにその言葉を口にして来た。
「ミシェル様?口づけで誤魔化さないでいただきたいのですが?」
「…すまない。あまりにもアルが愛しすぎて我慢できなかった」
だから正直にそう言ったのだが、アルはやはり騎士としては必要とされていないのかと落ち込んでしまった。
そんなアルバートからそっと身を離し、笑顔でその本心を口にする。
「アル…私はお前の安全が保障されているのなら、ずっと誰よりも近くで守ってほしいと…そう思っていた」
その言葉にアルが驚いたように顔を上げる。
「…アルもわかっているとは思うが、私はジャスティンが私のために命を落としてからずっと…後悔していた。だから…それは諦めるべきだと思っていたし、お前を死なせたくないから騎士として傍にあれとはどうしても言えなかった」
「…………」
「けれど…クレイのお陰でこれまで言えなかったそんなわがままを叶えてもらうことができた」
「ミシェル様……」
「今でもこれは夢なのではないかと…そう思えてならない」
そんな自分をアルが強く抱きしめてくる。
それはまるで夢ではなく現実だと思い知らせるかのように────。
「ずっと不安にさせて…待たせて悪かった。どこまでも弱くて情けない主人ですまない」
「いえ……。いいえ……」
「これからのことはクレイにも相談させてもらおうと思うが、お前には専属騎士としてこれからずっと…私を傍で支えて欲しいと思っている」
そうしてずっと言いたくても言えなかったその心を、穏やかな眼差しでアルバートへと真っ直ぐに伝えた。
「アルバート、誰よりも愛している。公私共に生涯私の側にあってほしい」
その言葉にアルバートが感動したかのように目を潤ませそのまま目の前で跪くと、そっと自分の手を取りその指先に恭しく口づけを落とした。
「愛する貴方に永遠にお仕えいたします……」
それは二人だけの結婚の誓いのようで、ミシェルは幸せをかみしめるようにそっと微笑んだ。
「騎士団の方は本当にいいのか?」
その後、手早く着替え二人揃って部屋を出たところでそう尋ねると、アルバートは何も問題はないと言いながら付き従ってくれた。
「ライアード様から騎士団の方へ既に話はいっておりますので。これより先はミシェル様のお側にずっとつかせていただきます」
「そうか」
「襲撃はまだあるでしょうし、どうかご油断はなさらないでください」
「ああ」
そして先ほどまでのどこか甘い空気は余所へやり、すっかり仕事モードの自分にアルバートが騎士として控える。
これからはここにステファンが加わった状態が普通になるのかと思うとなんだか少しおかしな気持ちになった。
そんな自分を知ってか知らずかアルバートがそっと耳元へと唇を寄せ、甘い声で囁きを落としてくる。
「ミシェル様…これから公私共に貴方をお支えできる事を嬉しく思っております」
その言葉に照れ臭さを覚えて返答はしなかったけれど、そっと頬を染める自分の姿を幸せそうに見つめるアルバートを見て、これからは気持ちを切り替えもっと前向きにやっていこうと誓ったのだった。
そうすれば少しでも頭が冷えると思ったからだ。
一先ず今日の脅威は過ぎたとみていいだろうが、刺客はまだまだやってくるはずだ。
とてもこれで終わりとは思えない。
早急に着替えてこれからの対策を練るために執務室へと戻る必要があった。
けれどどうしても頭を離れないのがアルバートの事。
先程自分の意志でアルバートの護衛を命じたのだから、これからは自分がアルバートを庇うなどと言った行動は慎まねばならない。
それでもアルバートを心配してしまう気持ちはどうしても湧いてしまうのだから、恋心とは厄介なものだと思わず自嘲してしまう。
けれどいつまでもこうしてグルグル考えているわけにもいかないし、一刻も早く思考を切り替えなければと思った。
そうしてシャワーから出ると、何故かクレイの使い魔が一体ドア前にいるのが目に入った。
何かあったのだろうか?
そう思ってそっと足を向けると、思いがけず使い魔が口を開いた。
まさか話してもらえるとは思ってもみなかったので、その姿に驚いてしまう。
【ミシェル様。外にアルバート様が来ているようなのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?】
その言葉に思わず目を瞠ってしまった。
さっきの今でどんな顔で顔を合わせればいいのかがさっぱりわからなかったからだ。
「……いや。私は大丈夫だから騎士団に戻るよう伝えてもらえないか?」
【ではそのように】
そうして律義に従ってくれる使い魔がなんだか可愛く感じられ、つい少し話をしてみたくなった。
「アルが帰って私の仕事が一段落ついたら少し私と話してくれないだろうか?」
【…ミシェル様がそれをお望みならば】
そう答えると使い魔は外のアルバートへと伝言を伝えに行ってくれたので、先に着替えてしまおうと踵を返したのだが────。
「え?」
気づけば背後から勢いよく抱きしめられている自分がいた。
ふわりと香るこの匂いは自分がよく知っているアルバートのもので……。
「アル…?」
驚きながら振り向くと、何故か捨てられた小犬のような顔で自分を見ている姿があった。
***
ライアードからミシェルのことを頼まれすぐさまミシェルの後を追ったのだが、どうやらミシェルは皆に指示を出した後部屋へと戻ってしまったらしい。
恐らく着替えるためだろうが、先程ライアードが言っていた言葉が気になって、待つよりも自ら赴く方が賢明だろうと歩を進めた。
専属騎士の許しをミシェル本人から得ることができたのだから何も問題はないだろう。
そう思って部屋の前へと来たところで居住まいを正し、軽く扉をノックしてみた。
けれど返事はなく、どうしたものかと途方に暮れてしまう。
さすがにミシェルの私室に勝手に入ることはできないが、中で泣いている可能性があるのなら入りたいとも思った。
そうして暫く悩んだ後、再度ノックしてみたところでクレイの使い魔が姿を見せた。
どうやらミシェルはシャワーを浴びているらしく、暫く待つようにとのことだった。
その言葉にシャワーを浴びながら泣いていないかが気になって、その使い魔へと思わず尋ねてしまったのだが、使い魔の方は律義に答えを返してくれる。
【なにやら酷く落ち込んでいらっしゃるようですが、頭を冷やして思考を切り替えようとなさっているようにも見受けられました】
「…そうか」
それならそれでおとなしくこの場で待機しても大丈夫そうだと判断し、一先ず大きく息を吐く。
自分の騎士としての矜持を守るために自分の望みを受け入れてくれたミシェル。
そんなミシェルにどこまでも敬愛の気持ちが募る。
そしてミシェルのために騎士として側にいられるよう取り計らってくれたクレイには感謝の気持ちしかない。
だから改めて礼を述べたいと思い笑顔で礼を口にする。
「お前たちの主人であるクレイ殿には本当に深く感謝している。実に素晴らしい方だな」
それに対し使い魔はどこか楽し気にしながら答えを返してくれた。
【そう言っていただけて私達も誇らしく嬉しいですが、あの方は全く気にせずご自身のお好きなように行動しておられるので、過剰に恩を感じる必要などはありませんよ】
どうやら本来の依頼のついでだから気にする必要はないということのようだった。
けれどその認識はおかしいのではないかと思った。
先程のことは本当にいくら礼を尽くしても足りないほどの内容だったというのに────。
【大体ですね、あの魔法自体かなり省エネで使用できる魔法のようですから、クレイ様の負担などあって無きが如しなんです。そもそもクレイ様は私から頼まれたこと自体全く気にもされていないと思いますよ?そうですね…アルバート様の感覚で言うと、騎士団に向かう道すがら転んでいた人がいたから手を差し伸べた…くらいの感覚でしょうか?アルバート様もそんな道すがらに助けた人から大げさに感謝されても困ってしまうでしょう?同じことですよ】
あっさりと告げられた内容に思わず目を見開く。
本当にそんな感覚でいいのだろうか?
何と言うか…スケールが違う気がする。
【いいんです、いいんです。クレイ様のことは我々が一番よく分かっていますので。それにしても楽しみですね~。サティクルドを沈めるクレイ様♡かつてのレノバイン王のような荘厳な姿が見られるんでしょうか?わくわく致します!】
そうして何故かはしゃぎ始めた使い魔がなんだか可愛らしい。
言っている内容は怖いのだが、そのモコモコの愛くるしい姿が何故かそれをマイルドに包み込んでいるような気がする。
そうしてなんとなく和んでいると、扉の向こうからもう一体の使い魔が出てきて伝言を伝えてくれた。
ミシェル曰く、騎士団に戻れ────と。
そんな言葉に一瞬心臓が止まるかと思った。
先程自分の側にいて自分を守れと言ってくれたはずなのに…もしや考えが変わってしまったとでもいうのだろうか?
そう思ったと同時に居ても立ってもいられなくなって、気づけば扉を開け放ち、ミシェルの背を見た瞬間抱きしめている自分がいた。
「アル?」
戸惑うようなミシェルの声がすぐ耳元で聞こえてくる。
どうしてこの人はこうして自分を振り回してくるのだろう?
自分は…恋人としては必要としてもらえても、騎士としては必要としてもらえないのだろうか?
そう思うと途端に悲しくなってしまった。
けれどそんな自分にミシェルがそっと気遣うように手を差し伸べてくる。
「アル?どうかしたのか?」
ミシェルのそんな言葉が胸へと突き刺さる。
きっとこの人はわかってくれていないのだ。
自分がどれだけ守りたいと思っているのかを────。
そうして黙り込んでしまった自分に、ミシェルは少し困ったようにしながらそっと口を開いた。
「アルバート…騎士団に戻る前に少しだけ話をしていかないか?」
そうやってそっとソファへと誘われ、腰を下ろすようにと促される。
そして正面へと腰を下ろすと、その綺麗な唇を開いた。
「……まずは先程のことを謝らせてほしい」
その言葉にそっと顔を上げると、ミシェルは落ち着いた様子でこちらを見つめていた。
「ずっと…お前が私を守るために騎士として頑張ってきてくれていたのをちゃんとわかっていたのに、危険な場に自ら飛び出してしまってすまなかった」
そうして頭を下げるミシェルに、そうだったと改めてあの時の気持ちが蘇ってくる。
自分の剣でミシェルを斬りつけるなどあってはならない事態だ。
「……二度とあのようなことはなさらないでくださいね」
ミシェルの気持ちもわからないでもないが、本当にあの時は心臓が止まるかと思った。
「ミシェル様が私の目の前で亡くなりでもしたらとても生きてはいられません」
そんな言葉にミシェルが困ったように笑う。
「そんなもの…私だって同じだ」
尊い皇太子という立場にもかかわらず気持ちは同じだと言ってくれるミシェルの言葉に胸が締め付けられる。
一体どれだけこの人は自分を愛してくれているのだろうか。
対等に考えてくれるその姿に、恐れ多いと思いつつもやはりどうしても嬉しくなってしまう。
「クレイがお前に魔法を掛けてくれた時、本当に泣きたいくらい嬉しい気持ちでいっぱいになった。これでお前を失うことはないのだと…そう思って、自分の弱さと狡さに嫌気がさした」
「…ミシェル様」
自嘲するように笑うミシェルを見て、ミシェルの中で様々な気持ちが交錯していたらしいということがわかった。
自分など一騎士に過ぎないというのに、大切に思ってくれているその気持ちが何よりも嬉しくて、益々守りたい気持ちが強くなってしまう。
「ミシェル様。ミシェル様は弱くて狡いと仰いますが、それは優しさの裏返しです。私のことを考えてくださるそのお気持ちだけで私は十二分に満たされております」
「アル…」
けれどミシェルはその言葉にまた泣きそうに顔を歪めてしまう。
「私はお前の優しさに甘えてばかりだ」
「いいえ。私もミシェル様から沢山のものを頂いております」
手の届かない存在をこの手にできた喜びをミシェルは全くわかっていない。
必要とされる喜びを、側にいられる喜びを、その身に触れられる喜びを────。
そうやって慈しむような眼差しを向ける自分だったが、そこでミシェルが何かを決意したような眼差しで口を開いた。
「アル…私は今よりも強くなりたいと思う」
「ミシェル様?」
これは一体どう受け取ったらいのだろうか?
例えば剣の腕を磨くとでも言い出すのだろうか?
自分に剣の稽古をつけてくれとでも言われると非情に困るのだが……。
さすがに愛すべき主君に剣は向けられない。
「ミシェル様は私が全力で守らせていただきますので、お任せいただければ……」
そうやってやんわりと口にしたところでミシェルが慌てたように訂正を入れた。
「違っ…!そういう意味ではなくて…。お前や守りたい者達のために、もう少し強かに…そして柔軟に動けるようになりたいと思ったんだ」
そんな言葉に思わず目を瞠ってしまう。
「私はこれまで騎士団を遠ざけたり、魔道士だけを護衛に回したりと頑なだった。だがクレイを見て、もっと視野を広げるべきだったと思ったんだ」
それはミシェルの大きな成長への一歩だったからだ。
「私は魔法のことなど魔道士に任せておけばそれでよいようにしてもらえると勝手に考えていた。だから新しい魔法にも懐疑的だった。でも…クレイの魔法はそんな私の常識を吹き飛ばすほどに鮮烈だった。だから手始めにクレイに王宮に来て色々教えてもらえないか、新しい視点を貰えないかと相談して、沢山のことを話してみたいと思ったんだ」
「…………」
「もし叶うならソレーユの王宮に専属魔道士として来てもらいたいとさえ考えている」
その言葉は正直衝撃的だった。
それはこれまでのミシェルからは考えられないほどの柔軟な言葉だったから────。
けれど……。
【ミシェル様?残念ながらクレイ様はそのままでは即お断りになられると思いますよ?】
使い魔達がどこか申し訳なさそうに口を挟んでくる。
普通一国の専属魔道士に招きたいと言われれば魔道士としては誉れ高いと思うものなのだが、クレイは違うのだろうか?
ただの王宮魔道士と専属魔道士はその意味合いが大きく違う。
国の中枢に携わることなくただの一魔道士として王宮に従事し、要請があるまで己を磨くだけの王宮魔道士。
それに比べ専属魔道士は常に王族の側にあり、国の政を共に支えていく存在だ。
時には王族に意見し、国をよりよくするためその力を振るう。
現在ソレーユに専属魔道士はいないため、クレイがそこに収まればソレーユをある程度好きに動かすことさえ可能だというのに────。
(ああ、そう言えば彼はアストラスの王族だったな)
わざわざソレーユに拘らなくても自国で同じようなことが可能だ。
それなら確かに使い魔達のセリフも納得がいく。
けれど使い魔達は誤解してくれるなと言ってきた。
【クレイ様はご自分はレイン家の息子だと断言しておりますし、そもそも政に興味がありません。黒魔道士としての矜持も高く、王族云々を持ち出されるのも好まないのです】
【そうですよ。逆に言えば、黒魔道士として面白いと判断してもらえたなら、わざわざそんな地位を用意せずともいくらでも協力してくださいます。今回のアルバート様の件も私が興味を惹くようお口添えさせていただきましたので嬉々としてご協力いただけたのですよ?】
その言葉は正直驚きだった。
「と言うことは、話だけでも聞いてもらえる可能性はあるということか?」
これにはミシェルも思わず身を乗り出し使い魔達へと勢い込んで尋ねる。
【ええ。要するにクレイ様がやってみたいと思える案件なら良いのです。新しい魔法の提案だったり、クレイ様が知らない知識を教えて見返りにこんなことをしてほしいができないかと提案してみるとか…。まあ平たく言えばクレイ様の中でギブアンドテイクが成り立てばなんでも構わないんです】
【そうですそうです。なんなら惚気を聞くとかでも喜ばれると思いますよ?ロイドは愚痴は聞いてくれても惚気は聞いてくれませんからね】
そして二体は楽し気にクスクスと笑い始めた。
***
楽しげに笑い合う二体の姿を見てミシェルは不思議に思った。
「普通黒魔道士は報酬をもらって依頼をこなすのではないのか?」
そう尋ねたのは、惚気を聞くだけでもいいと言うのがおかしな話だったからだ。
だからそれは最もな問いだったのだが、二体はそんなものは主人には関係ないのだと明るく笑い飛ばした。
【クレイ様はもうお金は山ほど持っていますからね。喜ぶとしたら黒曜石くらいじゃないでしょうか?】
【そうですね。あ、でも今回最高級黒曜石100石分の情報料とか言っちゃってましたし、それも受け取るかどうか…】
【やっぱり面白いと思わせる方向が一番ですよ】
そうしてクレイ攻略法を話してくれる二体にミシェルは考え込む。
正直自分は面白みのない人間だ。
ロイドのようにクレイを喜ばせることなどできるとは到底思えなかった。
けれど僅かでも希望があるのならどうしても諦めたくはない。
確かライアードの結婚式にも来ると聞いたことだし、それまでになんとか打開策を考えて交渉に臨みたいなと思った。
そんな自分にどこか楽し気にしながら使い魔達が声を上げる。
【大丈夫ですよ。ミシェル様は多分クレイ様と話が弾む方だと思いますので】
「?」
それは一体どういう意味なのか?
そう思ったのは自分だけではなかったようで、これまで黙っていたアルバートが険しい顔で声を上げた。
「それはクレイ殿がミシェル様に興味があるということか?」
けれどそれに対して使い魔はやはり楽し気に全く別の答えを返してきた。
【いいえ。クレイ様はロックウェル様にべた惚れですので、ミシェル様によろめくなんて全くないと思いますよ?】
そんな言葉にアルバートがホッと息を吐くのがなんだか嬉しい。
けれどそうなってくると何か他にクレイの興味を惹くようなことがあるのだろうか?
そう思って首をかしげていると、彼らはどこか面白そうにそれを口にしてきた。
【クレイ様はロックウェル様に虐められるのがお好きなので、お勧めの玩具など教えて差し上げたらいいんですよ】
【黒魔道士なのにクレイ様はそのあたりが疎いので、教えたら喜ばれると思いますよ?】
大人なミシェルならいけるのではないかと彼らは事も無げに言う。
【なんとなく雰囲気で感じるんですが、お詳しいでしょう?】
────年上だからと言って詳しいとは限らないのだが。
けれどそれに対してアルバートがそう言うことなら自分が話してみるからと話を引き取ってくれた。
これは非常に助かる。
そしてそれを受けて使い魔達が結婚式後に時間が取ってもらえるよう頼んでくると請け負ってくれたので、それを見送りホッと息を吐いた。
どうやら相当緊張していたようで、知らず肩に力が入っていたらしい。
とは言えこれで少しでも良い方向に変えていけたらと思ったところで、思いがけずアルバートの時間を奪ってしまったことに気が付いた。
「アル。時間を取らせて悪かったな。騎士団には後で私が言っておくから取り敢えず戻ってくれ」
さすがに疲れたが、今からでも着替えて自分も執務室へと戻らなければならない。
互いに忙しい身の上だ。
これ以上引き留めるのも良くはないだろう。
何しろ騎士団は警備の見直しなどもあるのだから。
けれど話は終わりだとばかりにソファから立ち上がったところでアルバートから声が上がった。
「ミシェル様!私は騎士団へは戻りません!」
その言葉に思わず固まってしまう。
一体それはどういうことだろう?
アルバートは時間的に騎士団に寄る前に自分のところへとやってきたはずだ。
専属騎士になるというなら騎士団に報告を入れる必要があるだろうし、書類の提出などもあるはずだ。
それなのに戻らないとはどういう意味なのか?
そうして首をかしげていると、アルバートはどこかもどかし気にしながら自分の身をその腕の中へと引き込んだ。
「アル?」
このままでは着替えに行けないのでそう呼び掛けてみたのだが、アルバートは動こうとはしなかった。
けれど、ポツリと溢された言葉に心臓が激しく高鳴った。
「ミシェル様は私に守られるのはご不満ですか?」
そんなどこか切ない響きに胸が早鐘を打ってしまう。
「私の腕にご不満があるというのならそう仰ってください!もしも…不足があるというのなら、悔しいですが他の騎士や魔道士を追加なさっても……」
そこまで言われたところで思わず言葉を奪うように口づけを交わしている自分がいた。
いつもはあまり意識しないが、こういうところは年下だなと微笑ましく思ってしまう。
こんなに懸命に言葉を重ねられては愛おしさで胸がいっぱいになってしまうではないか。
けれどアルバートはどこか拗ねたようにその言葉を口にして来た。
「ミシェル様?口づけで誤魔化さないでいただきたいのですが?」
「…すまない。あまりにもアルが愛しすぎて我慢できなかった」
だから正直にそう言ったのだが、アルはやはり騎士としては必要とされていないのかと落ち込んでしまった。
そんなアルバートからそっと身を離し、笑顔でその本心を口にする。
「アル…私はお前の安全が保障されているのなら、ずっと誰よりも近くで守ってほしいと…そう思っていた」
その言葉にアルが驚いたように顔を上げる。
「…アルもわかっているとは思うが、私はジャスティンが私のために命を落としてからずっと…後悔していた。だから…それは諦めるべきだと思っていたし、お前を死なせたくないから騎士として傍にあれとはどうしても言えなかった」
「…………」
「けれど…クレイのお陰でこれまで言えなかったそんなわがままを叶えてもらうことができた」
「ミシェル様……」
「今でもこれは夢なのではないかと…そう思えてならない」
そんな自分をアルが強く抱きしめてくる。
それはまるで夢ではなく現実だと思い知らせるかのように────。
「ずっと不安にさせて…待たせて悪かった。どこまでも弱くて情けない主人ですまない」
「いえ……。いいえ……」
「これからのことはクレイにも相談させてもらおうと思うが、お前には専属騎士としてこれからずっと…私を傍で支えて欲しいと思っている」
そうしてずっと言いたくても言えなかったその心を、穏やかな眼差しでアルバートへと真っ直ぐに伝えた。
「アルバート、誰よりも愛している。公私共に生涯私の側にあってほしい」
その言葉にアルバートが感動したかのように目を潤ませそのまま目の前で跪くと、そっと自分の手を取りその指先に恭しく口づけを落とした。
「愛する貴方に永遠にお仕えいたします……」
それは二人だけの結婚の誓いのようで、ミシェルは幸せをかみしめるようにそっと微笑んだ。
「騎士団の方は本当にいいのか?」
その後、手早く着替え二人揃って部屋を出たところでそう尋ねると、アルバートは何も問題はないと言いながら付き従ってくれた。
「ライアード様から騎士団の方へ既に話はいっておりますので。これより先はミシェル様のお側にずっとつかせていただきます」
「そうか」
「襲撃はまだあるでしょうし、どうかご油断はなさらないでください」
「ああ」
そして先ほどまでのどこか甘い空気は余所へやり、すっかり仕事モードの自分にアルバートが騎士として控える。
これからはここにステファンが加わった状態が普通になるのかと思うとなんだか少しおかしな気持ちになった。
そんな自分を知ってか知らずかアルバートがそっと耳元へと唇を寄せ、甘い声で囁きを落としてくる。
「ミシェル様…これから公私共に貴方をお支えできる事を嬉しく思っております」
その言葉に照れ臭さを覚えて返答はしなかったけれど、そっと頬を染める自分の姿を幸せそうに見つめるアルバートを見て、これからは気持ちを切り替えもっと前向きにやっていこうと誓ったのだった。
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