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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
41.※トルテッティにて
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「え?何?クレイを怒らせたって?」
シュバルツはロイドから話を聞いて目を丸くした。
今日は朝一番にミシェルを伴って例の双子の魔道士の処遇を決めに行くと言って出ていったのだが、そのまま仕事に行くわけでもなくこちらへと戻ってきたので何事かと思った。
はっきり言って相手は馬鹿としか言いようがない。
あのクレイ相手に喧嘩を売るなど命知らずもいいところだ。
「ああ。それでソレーユ、アストラス共に仕掛けていることからトルテッティの方は大丈夫かと思ってな」
どうやらライアードに確認してくるようにと言われやってきたらしい。
それでなるほどと納得がいき、すぐにトルテッティの方へと繋ぎをとってみた。
不穏なことは起こっていないかと父に尋ねてみると、現時点では特に国内で大きなことは起こっていないと言いつつ、何やら憂うような顔をしていた。
「父上?何か……」
「いや。経験からの胸騒ぎだから特に心当たりがあるわけではないんだ」
その言葉に思わず警戒心が膨れ上がる。
「父上。現在サティクルドが各国に戦争を仕掛けようと蠢いております」
「サティクルドが?」
「はい。どうぞご油断なさらぬよう」
そこまで言ったところで父は難しい顔をして考え込んだ。
何か思い当たることでも出てきたのだろうか?
「父上?」
そうして呼びかけるとハッと我に返って実はと話をしてくれる。
それによると先日サティクルドの皇太子ベルナルドが、アベルと交流を持ちたいと言って手紙を送ってきたらしい。
それ以降アベルの様子がおかしくなった気がするのだと言う。
「どうも何かに怯えているようなんだ」
「……アベルと話せますか?」
そんな父の言葉に確信を持ちすぐさまアベルを呼び出してもらうと、アベルは驚いたようにしながらも元気かと尋ねてくれた。
「こちらは元気にやっている。それよりもアベル…。お前は何かしようと企んではいないだろうな?サティクルドは既にクレイを怒らせたぞ?」
挨拶もそこそこにそうやって単刀直入に切り出してみると、アベルは蒼白になりながらガックリと肩を落とした。
「そうか……」
それからアベルはベルナルドからの手紙の内容を話し始めた。
それによると、何故か友好的な文章でクレイをなんとかしてやると言ってきたらしい。
「弱みを握ってやるとか、上手くやってやるとか……頼んでもいないのにもっともらしく言ってきたんだ」
それを見てアベルは慄いたらしい。
以前のアベルならまず間違いなくこれ幸いと飛びついただろうが、今のアベルがそれに乗る可能性はゼロだ。
アベルはクレイを恐れ、二度と怒らせたくないと強く思っているのだから。
「向こうはそれを元にアストラスとトルテッティを上手くぶつけて一触即発状態にしたかったらしいが、正直こんなものに加担してクレイにバレでもしたら二度と私の残りの魔力は戻ってこないだろう。話に乗る気はないから余計な事をしてくれるなと返事は出したが向こうは遠慮するなの一点張りでな。もうどうしていいかわからなくて……」
生きた心地がしなかったのだと言う。
「シュバルツ…!あの皇太子が暴走して下手に動いたら私は身の破滅だ!私は本当にクレイを怒らせたくないんだ!頼む!助けてくれ!」
あの不遜なアベルが泣きそうになりながら自分に懇願してくるなど初めての事で、あまりにも哀れに見えて仕方がない。
そんなアベルに仕方がないなとため息を吐いて、そのままクレイへと連絡を取ってやった。
「シュバルツ。どうした?」
クレイが『忙しいんだが…』と言いながら尋ねてきたのでそのままアベルの件を話し、その二つの幻影魔法を繋いでやる。
「……アベル。久しぶりだな」
「クレイ!私はやってない!何もやってないし、やるつもりもない!」
そうやって必死に弁明するアベルにクレイはクッと黒魔道士らしい笑みを浮かべ言い放つ。
これではどちらが悪役かわかったものではない。
「馬鹿だな…そんなに焦らなくてもちゃんとわかっている」
けれどそうやって口にしたクレイにアベルは重ねて懇願した。
「頼む!信じてくれ!」
そんなアベルにクレイは冷たく言葉を紡ぐ。
「信じてほしいなら……わかっているな?」
そんな言葉にアベルがハッとした顔で居住まいを正す。
どうやら冷静さが戻って来たようだ。
「何を……すればいい?」
「何も。サティクルドの王子は近い内に行方不明になる予定だ。場合によっては捜索隊が各所に出るだろうが、黙ってお前は知らないと言っておけばいい」
「それは…サティクルドの王が黙っていないぞ?」
確実に戦争になると言ったアベルにクレイが何でもないことのようにクスリと笑った。
「問題はない。別に攫うわけじゃないしな。単に人知れずサティクルドの王宮の片隅で飾りになるだけの話だ」
それは暗に殺すことなく水晶化して無力化すると言ったようなものだった。
けれどそんなクレイにアベルは厳しい口調で言葉を続ける。
「…そんなものどうとでも向こうは取るだろう。サティクルドの今一番の脅威はその兵力だ。攻められたらいくらアストラスと言えど大きな被害が出るぞ」
「ふっ…。噂の魔法兵団か?」
サティクルドはアストラスに次ぐ魔法大国で、魔法力が然程ないソレーユを襲って領土を広げたいと昔から狙っている。
ソレーユは資源豊富な恵まれた土地ゆえにどうしても彼らは欲しくなるのだろう。
それをこれまではソレーユの国王が外交を上手く回して回避していたというのが現状だ。
大義名分なり攻め入る隙さえあればいつでも攻め込めるのにとギリギリ歯噛みしながら作り上げた最強の軍団。
それが魔法兵団なのだが、その内容は魔法での攻撃と物理での攻撃を兼ね備えた精鋭部隊と言える。
さすがにそんな軍勢に攻め入られればソレーユに対抗できる手段はない。
そしてソレーユが落ちれば次は隣国のアストラスかトルテッティを狙ってくることだろう。
それは各国に仕掛けられた戦争への火種を見ても明らかだし、恐らくそれを狙い先導しているのはベルナルド王子なのだろうと誰もが思った。
どこが作用しても戦争への口火を切るのは容易いよう、よく考えられている。
けれど……。
「ふん。魔法兵団など俺の前にはただの無力な存在でしかないな」
何を思ったのかそんな風に言い放ったクレイに、ロイドが笑って応えた。
「そうだな。お前を敵に回した時点でサティクルドはもう終わっている」
それさえなければ凄く良い手だったのにとロイドは言った。
それはどういう意味だろう?
さすがにクレイ一人で一国の大軍を倒せるとは思えないのだが……。
そうして首をかしげる自分に二人がどこか楽し気に告げてくる。
「シュバルツ。わからないか?」
「?」
「魔法兵団は魔法が使えなければただの腕の立つ兵隊だ」
クレイはそこではっきりと明言した。
「やつらが魔力を使えないよう攻撃前に封じてしまえばいいだけの話だ。そして、ただの兵は魔法の前には無力でしかない」
「いやいやいやっ!簡単に言うが、流石に数が多すぎるだろう?!」
「軍がいくら多かろうと、一塊になっているならまとめて倒せるじゃないか。どれだけ多くても国より狭い範囲なんだから囲えばいいだけの話だ」
結界を広域魔法で広げて魔法を行使したら一気に倒せるぞと言ったクレイに、愕然とする。
そんな戦い方があるなど聞いたことがない。
一体どれだけ魔力が高いのか。
いや、あの圧縮魔法を使った黒曜石さえあればいくらでも可能なのではないだろうか?
そうすれば下手をすれば魔力の消費すら最低限で済むのではないだろうか?
「怖ッ!」
これではクレイの存在そのものが最終兵器のようではないか。
そう言えば彼のレノバイン王もアストラスを興す時に大魔法を行使したのではなかっただろうか?
彼と同じアメジスト・アイを持つクレイになら、同じようなことができるのでは……?
そこまで考えて、知らずゾゾッと背筋が寒くなり思わず腕をさすってしまった。
「なんだ?サティクルド全土に結界を張って俺以上の魔力を持った者しか魔法が使えなくした方が良かったか?それならあとは王を脅せば済むし、俺は別にどちらでもいいぞ?」
それは実質的にサティクルド国をクレイの支配下に置くと宣言したようなもので、先程の考えと重なり思わず叫び声をあげてしまう。
「…っ!やめろ!本当にシャレにならないから!」
クレイが本気でやろうと思ったらできてしまうだけに怖くて仕方がない。
けれどロイドは実に楽しげに笑い、肩を叩いてきた。
「ははっ!シュバルツ、慌て過ぎだ。クレイがそんな魔力を大量に使う面倒臭そうなことをするはずがないだろう?」
「もちろんだ。面倒臭いことは嫌いだからな」
クレイは冗談のつもりだったのにと言うが、全く冗談になっていない。
その冗談が通じるのははっきり言ってロイドだけだと思う。
「と……兎に角、魔法兵団をなんとかするのは本気なんだな?」
疲れてそう尋ねると、クレイがニッと笑って首を縦に振った。
「ああ。まあさっきの案にしろ他の手にしろ、手はいくらでも考えられることだし、取り敢えずサティクルドの戦力を確実に削いで叩き潰してやるつもりだ。最終的に交渉には応じてやるがアストラスとソレーユに対する不戦条約は必須だな」
その言葉にはロイドも満足げだ。
「アストラスはわかるとしてソレーユの件もお前が一緒に交渉を進めるのか?」
「もちろんだ。その方が話は早いし、その為の協力態勢だろう?ソレーユにはロイド始め色々世話になっているし、有利に事を運ぶのは当然だ」
そう言われて確かに当然といえば当然かと納得がいく。
アストラスという国単体で見ればソレーユに然程恩も義理もないが、クレイという一個人からすればソレーユは別枠なのだ。
そしてその理屈からいくとトルテッティの方は頼んでも含めてはくれないのだろうなと思ってため息を吐いた。
「はぁ…わかった。それなら……」
トルテッティはトルテッティで交渉した方が良さそうだと気持ちを切り替える。
そうして話を終わらせようとしたところでロイドが声を上げた。
「クレイ!悪いがトルテッティも条件に加えてやってくれないか?」
「……?」
「今はソレーユにいるがこいつは一応お前のロックウェルを助けてくれた恩人だろう?」
そう言いながら自分を指さされ、思わず目を丸くしてしまった。
「ロイド……」
正直ロイドがそんな提案をしてくれるなんて思いもよらなかった。
けれどクレイはその提案にクスリと笑い、あっさりと了承してくれる。
「他ならないお前の頼みなら含めてやる」
「助かる」
「クレイ……」
これにはアベルも驚いたのか呆けたように声を上げるが、クレイはどこまでも辛辣だった。
「勘違いするな。お前の為じゃない。俺はロイドの為なら一肌脱いでもいいが、お前のために動く気は一切ない」
(そうだよな)
クレイは自分の認めた相手にしか優しくはないのだ。
けれどそこで思いがけないことを口にされる。
「ああ、シュバルツ。お前は別だぞ?」
「は?」
「お前の言うことなら少しくらいは聞いてやるから、なんでも言ってこい」
「はあぁ?!お前からは既にあの時の礼として水晶を受け取ってるだろう?私から大嫌いなお前に好き好んで何かを頼む気はない!」
自分はそこまで強欲なつもりはないとはっきりと言ってやると、クレイもロイドも笑い出して、何故かわからないがそういうお前だから言ったんだと言われてしまった。
(くそっ!馬鹿にして!)
はっきり言って、いつまで経っても子供扱いは酷いと思う。
自分だってこれでも成長しているつもりなのに……!
「なんでもって言うならロイドを夢中にさせる方法でも教えて欲しいくらいだ!」
そうしてプンスカと怒りながら言い放つと、もう切るぞと言ってクレイの方の幻影魔法を解呪してやった。
「全く!いつまでも子供扱いして腹立たしい!」
けれどそんな自分にアベルと父は蒼白になっていた。
「お前…ッ!クレイが怒ったらどうするんだ…!」
「はぁ?クレイがあんな事くらいで怒るわけがないだろう?本当に図太いんだから!」
いつものやり取りだと言ってやったらアベルは物凄く死にそうな顔になった。
「うぅ…最悪だ」
正直何が最悪なのかさっぱりわからない。
「シュバルツ…私も先程の件はまずかったと思うぞ?」
しかも父までそう言って絶望的な顔を向けてくる。
けれどそんな二人を他所に、ロイドは面白そうに肩を震わせて笑っていた。
「本当に最高だな。お前を勧めたクレイの気持ちがよくわかった」
「?」
一体どういう意味なのか……。
「シュバルツ。私はお前のそういうところは面白くて好きだな」
好き?好きって言った?
「えっ?!」
何がどうなってそう言われたのかは謎だが、ロイドからそんな風に言われたのが嬉しくて、思わず舞い上がってしまう。
「ロイド……」
けれどこの男はすぐにそんな気持ちも萎ませてくるのだ。
「そういう小犬のような所は別だがな」
「~~~~~っ!」
(くそぉ!負けるもんか!)
そうして悔しすぎてたまらなくてそのままロイドを引き寄せ唇を奪ってやる。
「絶っっっ対に!クレイよりも私に惚れさせてみせるから、覚悟しておけ!」
負けないと改めて宣言すると、クスリと笑って父親の前だぞと言われたが、そんなもの構いはしない。
「そうだ、父上!私はフローリアとは結婚しませんから!」
それだけを告げると、そのままトルテッティ側の幻影魔法も解呪してロイドを押し倒す。
「やけに積極的だな」
「お前が煽るからだろう?」
どこか楽しげに言ってくるロイドを熱く見つめてそのままゆっくりと服を剥いでいく。
「ロイド…」
「少しだけだぞ?」
そして気付けばリードされながらロイドを襲っている自分がいたのだった────。
***
「ひ…ぁあ…っ」
か細い声が部屋へと響く。
その部屋では少年が涙目でふるふると震えていた。
「クシュナート様。大丈夫でございますか?」
目の前にいるのは自分が頼ったはずの白魔道士だ。
兄に凌辱されるたびに自分に回復魔法をかけて助けてくれていた男────。
そんな彼を信用して、なんでも言うことを聞くから兄から助けてくれと思い切って声を掛けたはずだったのに……。
「あっあぁ…ッ!やめッ、やめてぇ…!」
彼の手に今握られているのは魔力注入型のバイブだった。
それを自分の後孔へと突き刺し愉悦の表情を浮かべている。
「ご安心ください。兄上にちゃんと可愛がってもらえるように、私がこれからお育てして差し上げますので」
そんな言葉に背筋が寒くなるのを感じてしまう。
自分は一体これまで彼の何を見てきたのだろう?
白魔道士だからと言って善人であるとは限らなかったのに────。
「ひっ…ひんっ…!」
中で震える玩具が自分の快感をどんどん煽っていく。
いつもとは違うその感覚がただただ怖かった。
「やっ…やだぁッ!」
逃げたくても拘束魔法で寝台へと固定されていて、とてもではないが逃げ出せそうにない。
せめてもの抵抗をとできるだけ声を我慢し続けてはいたがそれさえもう限界へと達しそうだった。
「さあ。今から私がここを広げて差し上げますね」
そんな言葉と共に玩具をズルリと引き出され、代わりとばかりに今度は男の股間からいきり立った男根が取り出される。
「ひっ…!」
正直怖くて怖くて逃げだしたかった。
「た、助けてっ!誰かっ!」」
あんなものを自分の身にこれから挿れられるのかと思うと身が竦んでしまう。
兄のものだけでも辛かったのに…。
そうして絶望感でいっぱいになったところで、突如男の体が魔法に捕らわれるのを見た。
「グエッ…!」
勢いよく男を締め付けるその黒い縄のようなものに思わず目を瞠る。
自分を窮地に追い込んでいた男はそのまま気を失ったのか、ピクリとも動かなくなってしまった。
その姿に呆気にとられていると、今度は目の前に黒魔道士らしき男の姿が現れた。
黒髪碧眼の黒衣を身に纏ったまるで死神のような冷たい表情の男だ。
けれどその顔はどこまでも綺麗で、思わず彼になら殺されてもいいような気がした。
そんな自分にその死神がそっと声を掛けてくる。
「大丈夫か?」
最初は言われている意味が分からなかった。
けれど、その冷たかった表情にどこか心配そうな色を見つけた途端、目から涙があふれてくるのを感じた。
「う……」
自分は助かったのだろうか?
もう怯えなくてもいいのだろうか?
それともまだこの苦痛の日は続くのだろうか?
そうして頭の中がグチャグチャで整理できないまま、ただただ当面の窮地から救われた安堵感で泣きじゃくった。
「落ち着いたか?」
彼は自分が泣き出したところで部屋に結界を張り、落ち着くまで少し離れたところで優しく見守ってくれていた。
正直その行動が自分に冷静さを取り戻させてくれたと言っても過言ではない。
ここで抱きしめられたりしていたらきっと自分はそのままダメになっていたことだろう。
「とりあえず魔法で体は綺麗にしてやるから、服を着てここから脱出するぞ」
彼が一体何者なのかは知らないが、どうやら兄の手の者というわけではないようだった。
とりあえず状況は良くわからなくても彼が自分を害す気がないことだけはわかったので一先ず従うことにする。
「これからどこへ?」
答えが返ってくるとは期待せずそうやって尋ねてみたのだが、彼は思いがけずふわりと柔らかく微笑み、一言こう言った。
「アストラスの王宮へ」
こうして訳の分からぬままに、自分は一度も訪れたことのないアストラス国へと連れていかれたのだった。
シュバルツはロイドから話を聞いて目を丸くした。
今日は朝一番にミシェルを伴って例の双子の魔道士の処遇を決めに行くと言って出ていったのだが、そのまま仕事に行くわけでもなくこちらへと戻ってきたので何事かと思った。
はっきり言って相手は馬鹿としか言いようがない。
あのクレイ相手に喧嘩を売るなど命知らずもいいところだ。
「ああ。それでソレーユ、アストラス共に仕掛けていることからトルテッティの方は大丈夫かと思ってな」
どうやらライアードに確認してくるようにと言われやってきたらしい。
それでなるほどと納得がいき、すぐにトルテッティの方へと繋ぎをとってみた。
不穏なことは起こっていないかと父に尋ねてみると、現時点では特に国内で大きなことは起こっていないと言いつつ、何やら憂うような顔をしていた。
「父上?何か……」
「いや。経験からの胸騒ぎだから特に心当たりがあるわけではないんだ」
その言葉に思わず警戒心が膨れ上がる。
「父上。現在サティクルドが各国に戦争を仕掛けようと蠢いております」
「サティクルドが?」
「はい。どうぞご油断なさらぬよう」
そこまで言ったところで父は難しい顔をして考え込んだ。
何か思い当たることでも出てきたのだろうか?
「父上?」
そうして呼びかけるとハッと我に返って実はと話をしてくれる。
それによると先日サティクルドの皇太子ベルナルドが、アベルと交流を持ちたいと言って手紙を送ってきたらしい。
それ以降アベルの様子がおかしくなった気がするのだと言う。
「どうも何かに怯えているようなんだ」
「……アベルと話せますか?」
そんな父の言葉に確信を持ちすぐさまアベルを呼び出してもらうと、アベルは驚いたようにしながらも元気かと尋ねてくれた。
「こちらは元気にやっている。それよりもアベル…。お前は何かしようと企んではいないだろうな?サティクルドは既にクレイを怒らせたぞ?」
挨拶もそこそこにそうやって単刀直入に切り出してみると、アベルは蒼白になりながらガックリと肩を落とした。
「そうか……」
それからアベルはベルナルドからの手紙の内容を話し始めた。
それによると、何故か友好的な文章でクレイをなんとかしてやると言ってきたらしい。
「弱みを握ってやるとか、上手くやってやるとか……頼んでもいないのにもっともらしく言ってきたんだ」
それを見てアベルは慄いたらしい。
以前のアベルならまず間違いなくこれ幸いと飛びついただろうが、今のアベルがそれに乗る可能性はゼロだ。
アベルはクレイを恐れ、二度と怒らせたくないと強く思っているのだから。
「向こうはそれを元にアストラスとトルテッティを上手くぶつけて一触即発状態にしたかったらしいが、正直こんなものに加担してクレイにバレでもしたら二度と私の残りの魔力は戻ってこないだろう。話に乗る気はないから余計な事をしてくれるなと返事は出したが向こうは遠慮するなの一点張りでな。もうどうしていいかわからなくて……」
生きた心地がしなかったのだと言う。
「シュバルツ…!あの皇太子が暴走して下手に動いたら私は身の破滅だ!私は本当にクレイを怒らせたくないんだ!頼む!助けてくれ!」
あの不遜なアベルが泣きそうになりながら自分に懇願してくるなど初めての事で、あまりにも哀れに見えて仕方がない。
そんなアベルに仕方がないなとため息を吐いて、そのままクレイへと連絡を取ってやった。
「シュバルツ。どうした?」
クレイが『忙しいんだが…』と言いながら尋ねてきたのでそのままアベルの件を話し、その二つの幻影魔法を繋いでやる。
「……アベル。久しぶりだな」
「クレイ!私はやってない!何もやってないし、やるつもりもない!」
そうやって必死に弁明するアベルにクレイはクッと黒魔道士らしい笑みを浮かべ言い放つ。
これではどちらが悪役かわかったものではない。
「馬鹿だな…そんなに焦らなくてもちゃんとわかっている」
けれどそうやって口にしたクレイにアベルは重ねて懇願した。
「頼む!信じてくれ!」
そんなアベルにクレイは冷たく言葉を紡ぐ。
「信じてほしいなら……わかっているな?」
そんな言葉にアベルがハッとした顔で居住まいを正す。
どうやら冷静さが戻って来たようだ。
「何を……すればいい?」
「何も。サティクルドの王子は近い内に行方不明になる予定だ。場合によっては捜索隊が各所に出るだろうが、黙ってお前は知らないと言っておけばいい」
「それは…サティクルドの王が黙っていないぞ?」
確実に戦争になると言ったアベルにクレイが何でもないことのようにクスリと笑った。
「問題はない。別に攫うわけじゃないしな。単に人知れずサティクルドの王宮の片隅で飾りになるだけの話だ」
それは暗に殺すことなく水晶化して無力化すると言ったようなものだった。
けれどそんなクレイにアベルは厳しい口調で言葉を続ける。
「…そんなものどうとでも向こうは取るだろう。サティクルドの今一番の脅威はその兵力だ。攻められたらいくらアストラスと言えど大きな被害が出るぞ」
「ふっ…。噂の魔法兵団か?」
サティクルドはアストラスに次ぐ魔法大国で、魔法力が然程ないソレーユを襲って領土を広げたいと昔から狙っている。
ソレーユは資源豊富な恵まれた土地ゆえにどうしても彼らは欲しくなるのだろう。
それをこれまではソレーユの国王が外交を上手く回して回避していたというのが現状だ。
大義名分なり攻め入る隙さえあればいつでも攻め込めるのにとギリギリ歯噛みしながら作り上げた最強の軍団。
それが魔法兵団なのだが、その内容は魔法での攻撃と物理での攻撃を兼ね備えた精鋭部隊と言える。
さすがにそんな軍勢に攻め入られればソレーユに対抗できる手段はない。
そしてソレーユが落ちれば次は隣国のアストラスかトルテッティを狙ってくることだろう。
それは各国に仕掛けられた戦争への火種を見ても明らかだし、恐らくそれを狙い先導しているのはベルナルド王子なのだろうと誰もが思った。
どこが作用しても戦争への口火を切るのは容易いよう、よく考えられている。
けれど……。
「ふん。魔法兵団など俺の前にはただの無力な存在でしかないな」
何を思ったのかそんな風に言い放ったクレイに、ロイドが笑って応えた。
「そうだな。お前を敵に回した時点でサティクルドはもう終わっている」
それさえなければ凄く良い手だったのにとロイドは言った。
それはどういう意味だろう?
さすがにクレイ一人で一国の大軍を倒せるとは思えないのだが……。
そうして首をかしげる自分に二人がどこか楽し気に告げてくる。
「シュバルツ。わからないか?」
「?」
「魔法兵団は魔法が使えなければただの腕の立つ兵隊だ」
クレイはそこではっきりと明言した。
「やつらが魔力を使えないよう攻撃前に封じてしまえばいいだけの話だ。そして、ただの兵は魔法の前には無力でしかない」
「いやいやいやっ!簡単に言うが、流石に数が多すぎるだろう?!」
「軍がいくら多かろうと、一塊になっているならまとめて倒せるじゃないか。どれだけ多くても国より狭い範囲なんだから囲えばいいだけの話だ」
結界を広域魔法で広げて魔法を行使したら一気に倒せるぞと言ったクレイに、愕然とする。
そんな戦い方があるなど聞いたことがない。
一体どれだけ魔力が高いのか。
いや、あの圧縮魔法を使った黒曜石さえあればいくらでも可能なのではないだろうか?
そうすれば下手をすれば魔力の消費すら最低限で済むのではないだろうか?
「怖ッ!」
これではクレイの存在そのものが最終兵器のようではないか。
そう言えば彼のレノバイン王もアストラスを興す時に大魔法を行使したのではなかっただろうか?
彼と同じアメジスト・アイを持つクレイになら、同じようなことができるのでは……?
そこまで考えて、知らずゾゾッと背筋が寒くなり思わず腕をさすってしまった。
「なんだ?サティクルド全土に結界を張って俺以上の魔力を持った者しか魔法が使えなくした方が良かったか?それならあとは王を脅せば済むし、俺は別にどちらでもいいぞ?」
それは実質的にサティクルド国をクレイの支配下に置くと宣言したようなもので、先程の考えと重なり思わず叫び声をあげてしまう。
「…っ!やめろ!本当にシャレにならないから!」
クレイが本気でやろうと思ったらできてしまうだけに怖くて仕方がない。
けれどロイドは実に楽しげに笑い、肩を叩いてきた。
「ははっ!シュバルツ、慌て過ぎだ。クレイがそんな魔力を大量に使う面倒臭そうなことをするはずがないだろう?」
「もちろんだ。面倒臭いことは嫌いだからな」
クレイは冗談のつもりだったのにと言うが、全く冗談になっていない。
その冗談が通じるのははっきり言ってロイドだけだと思う。
「と……兎に角、魔法兵団をなんとかするのは本気なんだな?」
疲れてそう尋ねると、クレイがニッと笑って首を縦に振った。
「ああ。まあさっきの案にしろ他の手にしろ、手はいくらでも考えられることだし、取り敢えずサティクルドの戦力を確実に削いで叩き潰してやるつもりだ。最終的に交渉には応じてやるがアストラスとソレーユに対する不戦条約は必須だな」
その言葉にはロイドも満足げだ。
「アストラスはわかるとしてソレーユの件もお前が一緒に交渉を進めるのか?」
「もちろんだ。その方が話は早いし、その為の協力態勢だろう?ソレーユにはロイド始め色々世話になっているし、有利に事を運ぶのは当然だ」
そう言われて確かに当然といえば当然かと納得がいく。
アストラスという国単体で見ればソレーユに然程恩も義理もないが、クレイという一個人からすればソレーユは別枠なのだ。
そしてその理屈からいくとトルテッティの方は頼んでも含めてはくれないのだろうなと思ってため息を吐いた。
「はぁ…わかった。それなら……」
トルテッティはトルテッティで交渉した方が良さそうだと気持ちを切り替える。
そうして話を終わらせようとしたところでロイドが声を上げた。
「クレイ!悪いがトルテッティも条件に加えてやってくれないか?」
「……?」
「今はソレーユにいるがこいつは一応お前のロックウェルを助けてくれた恩人だろう?」
そう言いながら自分を指さされ、思わず目を丸くしてしまった。
「ロイド……」
正直ロイドがそんな提案をしてくれるなんて思いもよらなかった。
けれどクレイはその提案にクスリと笑い、あっさりと了承してくれる。
「他ならないお前の頼みなら含めてやる」
「助かる」
「クレイ……」
これにはアベルも驚いたのか呆けたように声を上げるが、クレイはどこまでも辛辣だった。
「勘違いするな。お前の為じゃない。俺はロイドの為なら一肌脱いでもいいが、お前のために動く気は一切ない」
(そうだよな)
クレイは自分の認めた相手にしか優しくはないのだ。
けれどそこで思いがけないことを口にされる。
「ああ、シュバルツ。お前は別だぞ?」
「は?」
「お前の言うことなら少しくらいは聞いてやるから、なんでも言ってこい」
「はあぁ?!お前からは既にあの時の礼として水晶を受け取ってるだろう?私から大嫌いなお前に好き好んで何かを頼む気はない!」
自分はそこまで強欲なつもりはないとはっきりと言ってやると、クレイもロイドも笑い出して、何故かわからないがそういうお前だから言ったんだと言われてしまった。
(くそっ!馬鹿にして!)
はっきり言って、いつまで経っても子供扱いは酷いと思う。
自分だってこれでも成長しているつもりなのに……!
「なんでもって言うならロイドを夢中にさせる方法でも教えて欲しいくらいだ!」
そうしてプンスカと怒りながら言い放つと、もう切るぞと言ってクレイの方の幻影魔法を解呪してやった。
「全く!いつまでも子供扱いして腹立たしい!」
けれどそんな自分にアベルと父は蒼白になっていた。
「お前…ッ!クレイが怒ったらどうするんだ…!」
「はぁ?クレイがあんな事くらいで怒るわけがないだろう?本当に図太いんだから!」
いつものやり取りだと言ってやったらアベルは物凄く死にそうな顔になった。
「うぅ…最悪だ」
正直何が最悪なのかさっぱりわからない。
「シュバルツ…私も先程の件はまずかったと思うぞ?」
しかも父までそう言って絶望的な顔を向けてくる。
けれどそんな二人を他所に、ロイドは面白そうに肩を震わせて笑っていた。
「本当に最高だな。お前を勧めたクレイの気持ちがよくわかった」
「?」
一体どういう意味なのか……。
「シュバルツ。私はお前のそういうところは面白くて好きだな」
好き?好きって言った?
「えっ?!」
何がどうなってそう言われたのかは謎だが、ロイドからそんな風に言われたのが嬉しくて、思わず舞い上がってしまう。
「ロイド……」
けれどこの男はすぐにそんな気持ちも萎ませてくるのだ。
「そういう小犬のような所は別だがな」
「~~~~~っ!」
(くそぉ!負けるもんか!)
そうして悔しすぎてたまらなくてそのままロイドを引き寄せ唇を奪ってやる。
「絶っっっ対に!クレイよりも私に惚れさせてみせるから、覚悟しておけ!」
負けないと改めて宣言すると、クスリと笑って父親の前だぞと言われたが、そんなもの構いはしない。
「そうだ、父上!私はフローリアとは結婚しませんから!」
それだけを告げると、そのままトルテッティ側の幻影魔法も解呪してロイドを押し倒す。
「やけに積極的だな」
「お前が煽るからだろう?」
どこか楽しげに言ってくるロイドを熱く見つめてそのままゆっくりと服を剥いでいく。
「ロイド…」
「少しだけだぞ?」
そして気付けばリードされながらロイドを襲っている自分がいたのだった────。
***
「ひ…ぁあ…っ」
か細い声が部屋へと響く。
その部屋では少年が涙目でふるふると震えていた。
「クシュナート様。大丈夫でございますか?」
目の前にいるのは自分が頼ったはずの白魔道士だ。
兄に凌辱されるたびに自分に回復魔法をかけて助けてくれていた男────。
そんな彼を信用して、なんでも言うことを聞くから兄から助けてくれと思い切って声を掛けたはずだったのに……。
「あっあぁ…ッ!やめッ、やめてぇ…!」
彼の手に今握られているのは魔力注入型のバイブだった。
それを自分の後孔へと突き刺し愉悦の表情を浮かべている。
「ご安心ください。兄上にちゃんと可愛がってもらえるように、私がこれからお育てして差し上げますので」
そんな言葉に背筋が寒くなるのを感じてしまう。
自分は一体これまで彼の何を見てきたのだろう?
白魔道士だからと言って善人であるとは限らなかったのに────。
「ひっ…ひんっ…!」
中で震える玩具が自分の快感をどんどん煽っていく。
いつもとは違うその感覚がただただ怖かった。
「やっ…やだぁッ!」
逃げたくても拘束魔法で寝台へと固定されていて、とてもではないが逃げ出せそうにない。
せめてもの抵抗をとできるだけ声を我慢し続けてはいたがそれさえもう限界へと達しそうだった。
「さあ。今から私がここを広げて差し上げますね」
そんな言葉と共に玩具をズルリと引き出され、代わりとばかりに今度は男の股間からいきり立った男根が取り出される。
「ひっ…!」
正直怖くて怖くて逃げだしたかった。
「た、助けてっ!誰かっ!」」
あんなものを自分の身にこれから挿れられるのかと思うと身が竦んでしまう。
兄のものだけでも辛かったのに…。
そうして絶望感でいっぱいになったところで、突如男の体が魔法に捕らわれるのを見た。
「グエッ…!」
勢いよく男を締め付けるその黒い縄のようなものに思わず目を瞠る。
自分を窮地に追い込んでいた男はそのまま気を失ったのか、ピクリとも動かなくなってしまった。
その姿に呆気にとられていると、今度は目の前に黒魔道士らしき男の姿が現れた。
黒髪碧眼の黒衣を身に纏ったまるで死神のような冷たい表情の男だ。
けれどその顔はどこまでも綺麗で、思わず彼になら殺されてもいいような気がした。
そんな自分にその死神がそっと声を掛けてくる。
「大丈夫か?」
最初は言われている意味が分からなかった。
けれど、その冷たかった表情にどこか心配そうな色を見つけた途端、目から涙があふれてくるのを感じた。
「う……」
自分は助かったのだろうか?
もう怯えなくてもいいのだろうか?
それともまだこの苦痛の日は続くのだろうか?
そうして頭の中がグチャグチャで整理できないまま、ただただ当面の窮地から救われた安堵感で泣きじゃくった。
「落ち着いたか?」
彼は自分が泣き出したところで部屋に結界を張り、落ち着くまで少し離れたところで優しく見守ってくれていた。
正直その行動が自分に冷静さを取り戻させてくれたと言っても過言ではない。
ここで抱きしめられたりしていたらきっと自分はそのままダメになっていたことだろう。
「とりあえず魔法で体は綺麗にしてやるから、服を着てここから脱出するぞ」
彼が一体何者なのかは知らないが、どうやら兄の手の者というわけではないようだった。
とりあえず状況は良くわからなくても彼が自分を害す気がないことだけはわかったので一先ず従うことにする。
「これからどこへ?」
答えが返ってくるとは期待せずそうやって尋ねてみたのだが、彼は思いがけずふわりと柔らかく微笑み、一言こう言った。
「アストラスの王宮へ」
こうして訳の分からぬままに、自分は一度も訪れたことのないアストラス国へと連れていかれたのだった。
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