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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
34.プライド
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王宮で開かれる優雅なお茶会はこれでもう幾度目だろうか?
シリィは本日のお茶会の面々に内心ガクブルしながらも、見た目だけは優雅に微笑みを浮かべていた。
長テーブルにスコーンやクッキーなどが配され、給仕達がずらりと控える中、皇太子妃である二人が優雅に挨拶を行いにこやかに会話が始まっていく。
正直シリィは皇太子妃とこうして顔を合わせるのは初めてのこと。
どんな性格の人達なのか全くと言っていいほど知らなかった。
だから様子を窺うためにもここは余計なことはせずにただ笑顔でここにいようと決めていた。
「ティア様の本日の装いはいつも以上に麗しいですわね」
「本当に。リルフェ様もそちらのネックレスとピアスはもしや今噂のグラデウス産の宝石をあしらわれたものでは?素晴らしい輝きですわ」
そうして華やかに話す令嬢達の話に耳を傾けながらカップを手に取り、さり気なく二人へと視線を向ける。
艶やかに流れるストロベリーブロンドにどこか気の強そうな赤い瞳が印象的な美女。ティア。
少し青みがかった銀の髪を緩やかにまとめ、そのおっとりとした雰囲気を崩さぬよう柔らかな印象を与えてくる可愛らしい女性。リルフェ。
タイプは違えどどちらも皇太子妃に相応しい気品を持ち合わせた淑女だ。
正直こんなに完璧な妻達がいて他に目を向けられるミシェルは凄いなと思う。
(まあミシェル様の場合本人が彼女達以上に綺麗だから、見目は関係なかったりするのかしら?)
そうなってくるとやはり問題は中身だと思うのだが……。
(アルバートさんってちょっと見ただけでもミシェル様に好意的で、なんて言うか…大事にしてますって空気が凄かったわよね)
振り返ってみると彼は周囲への目配りをしつつミシェルを隙なく守ってるというのが自分にも凄く伝わってきていた。
騎士だからそんなものなのかもしれないが、そんな間柄もいいのかもしれないなと何となく物思いにふけっていると、唐突にこちらへと話が飛んできた。
「シリィ様?ティア様とリルフェ様が麗しいからと言ってそんなに見つめるものではありませんわ」
「え?あ、申し訳ありません!お二方とも本当にお美しいのでこんなに素晴らしい奥方をお迎えになられてミシェル様はお幸せだろうなとつい物思いに耽っておりました」
この答えで間違ってないよねと内心冷や汗をかきながら笑顔で答えると、話を振ってきた令嬢方はどこかしてやったりという笑みを浮かべ、皇太子妃の二人はどこか忌々し気な眼差しをこちらへと向けてきた。
(な、なんで────?!)
一体何が悪かったのかさっぱりわからない。
まさかここで本当のことを口にするわけにはいかなかったからそう返しただけだったのにと内心焦りまくる。
何とか挽回せねばと慌てて口を開こうとするが、それよりも先に令嬢方の方がいち早く口を開いた。
「本当にシリィ様の仰る通りお二方ともこんなにもお美しいというのに…あの噂は本当なのでしょうか?」
「あの噂というのはミシェル様の新しい恋人のお噂かしら?キャロライン様はご存知?」
「ええ。私も噂を耳に致しましたわ。なんでもここ一週間ほどミシェル様の様子がお変わりになられたのだとか」
「そうなのです。そんなミシェル様にうちの父もなんだか浮足立ってしまって……」
一気に畳みかけるように令嬢方がミシェルの話で盛り上がる。
これはもしかしてもしかしなくとも自分が切っ掛けを作ってしまったことになるのだろうか?
正直非常に気まずくて、もうどうしていいのかわからなくなってしまう。
はっきり言うと、顔を上げて皇太子妃たちの顔を見るのが怖い!
(ど……どうしよう…)
そうやって蒼白になりながらカップを手に取りなんとか落ち着こうと茶を口に含むが、そこに入っているのは苦手なお茶だ。
シュバルツが入れてくれるハーブティーではない。
もういっそこの場から消えてしまいたいと思うほどに肩身が狭くて、ただただ時間が経つことだけを願い続けてしまう。
けれどそんな自分に皇太子妃であるティアがやんわりと声を掛けた。
「シリィ様?そんな顔をせず、堂々となさいませ。たとえどのような心境であろうとも、淑女たるものいつでも毅然としておくものですわ。ねえ?リルフェ」
「本当に。いつまでも一白魔道士の心持ちでは困りますわ。私達はいつでもその場その場で夫の立場に合わせた立ち居振る舞いを求められるのですから」
そんな言葉にそっと顔を上げると、二人は令嬢方の噂話など鳥の囀りとばかりに嫣然と微笑み、こちらを毅然と見つめていた。
「それにしてもミシェル様は本当に男女問わず虜にされるお方ですこと。新しい恋人の方にも先程会いましたが、ミシェル様に夢中という感じでしたわ」
「あのお美しさは本当に罪ですわね。そんな夫を持てて私達も妻として本当に鼻が高いですわ」
ホホホと笑う妃達の心境は決して穏やかではないだろう。
彼女達としては、ミシェル自身が新しい恋人に夢中なわけではなく、あくまでも相手の方がミシェルに夢中なのだと皆に言っておきたいようだった。
会ったというからには恐らくついさっき二人の仲睦まじさを目の当たりにしてしまったのだろう。
けれど二人はそんな感情を綺麗に笑顔の裏へと隠し、あからさまな不満をこの場で吐き出すことなくサラリと話し、同時にそれ以上この話題を追求すればただでは済まないぞと言う空気をも感じさせていた。
その為、その場にいた令嬢達もそれを肌で感じとるとすぐさま別の話題へと話を転換した。
(怖い!怖いわ!)
その後も水面下で飛び散る火花をビシビシと感じながら、表面上はしっかりと笑みを保ち平静を装った。
***
「お…終わった……」
正直魔法での戦いとは違う意味で疲労困憊する茶会だった。
当然と言えば当然かもしれないが、皇太子妃へ矛先が向けられないならと令嬢達が次に矛先を向けたのは自分だった。
はたから見ると優雅なやり取りでも、精神力の削られ方が半端ない。
中には婚約者である自分からライアードに対し第二妃にと推してほしいと冗談交じり&本気の眼差しで告げてくる猛者までいる始末。
それらを全て受け流すのはなかなか骨が折れる。
はっきり言って疲れるのも無理はない。
「うぅ……癒しが欲しい……」
そうしてヨロヨロと回廊を歩いていると、前からステファンを伴ったミシェルとロイドを伴ったライアードがやってくるのが見えた。
「シリィ。茶会は無事に終わったか?」
ライアードがそうやって声を掛けてくれたのでなんとか気力を振り絞り笑みを浮かべる。
「はい。問題なく」
けれどそんな取り繕った虚勢もライアードにはお見通しのようで、そっと引き寄せられゆっくりと頭を撫でられた。
「ラ、ライアード様?!」
ミシェルや他の面々もいるのに何をと慌てて身を放そうとするが、ライアードはその胸の中に囲ったまま離そうとはしない。
「シリィ。私は癒しの魔法を使うことはできないが、話を聞くことくらいはできる。そうやって取り繕ってなんでも抱え込まず、私にだけは素直に心情を話してほしい」
その言葉はいつも通りどこかホッとするように優しくて思わず身を任せたくなるほどではあるのだが、これまでの経験上ただ甘えるだけではいけないのだと自分を心の中で叱咤する。
このままではクレイやシュバルツの優しさに頼っていた自分と変わらないではないか。
「いえ!本当に大丈夫です!ライアード様の妻になるのならもっと頑張るべきだと思いますので!これくらい何ということはありません」
そうだ。ティアやリルフェをお手本にもっと何事にも動じない妃を目指さなければいけないのだ。
今日のことを教訓にもっともっと自分に厳しく生きなければと改めて気合を入れなおす。
けれどそんな自分にライアードは何故か深く息を吐いた。
「本当に…シリィは難しいな」
そう言いながらギュッと抱き込むとライアードはそっと身を離し、どこか切なそうな眼差しでこちらを見つめてきた。
「シリィ…君が早く心を開いてくれるよう、心から願っている」
そうしてそのまま他の面々と共にその場から離れていった。
正直何故ライアードがそんな言葉を口にしてきたのかさっぱりわからない。
一体自分の何がその言葉を言わせてしまったのだろうか?
そうして訳の分からぬままに、疲れた体に鞭打って自室へと帰ったのだった。
***
「お前も……珍しく苦労しているようだな」
ライアードはミシェルの言葉に思わず眉を顰めてしまう。
他でもない不器用な兄に気遣われるなんて思ってもみなかった。
これまでの兄ならまず見て見ぬ振りをしてくれただろうに、一体どういった心境の変化なのか。
「私が言うことではないかもしれないが……あの娘はお前のことを以前よりもよく見ているようになった。恐らく本人なりにお前を知り更に向き合おうと努力しているのだろう。温かく見てやることだ」
「……兄上。まさか兄上からそんな言葉が飛び出すとは思ってもみませんでしたが…?」
「言っておくが私は仕事はお前より不出来だが、人の感情には敏感だぞ?」
「……そうは思えませんが」
あれだけアルバートとすれ違っていたくせにどの口がそんなセリフを吐くのか。
(いや…。そうとも言い切れないか?)
確かにアルバートとはすれ違いまくっていたし仕事面でも愚鈍だが、ミシェルの現在の取り巻き達を見るに何故か無能な者を重用したりはしていない。
むしろ手堅く真面目に仕事をこなす優秀な者が多い。
自分のフォローをしてもらうために選んだ人材達ということなのだろうが、それだけであそこまで有能な者達が集められるのかという気もする。
だからもしかしたらミシェルに相手の意を汲んだり人を見る目があるのかもしれないとふと思い至った。
(特に間者の質は物凄く高いようだしな……)
これまでは不穏な輩を排除している自分達と本人のその超然とした容姿のお陰で不穏な輩が近寄ってきていないだけかとも思ったが、それは穿ちすぎた偏見だったかもしれない。
ミシェルの周囲に控える者達が皆優秀だったのだ。
でなければもっと野心溢れる者たちに囲まれて身動きが取れない状態になっていてもおかしくはなかっただろう。
ハイエナ達はそこかしこに潜んでいて、いつでも我々の隙を窺っているのだから────。
その点に関しては腐っても皇太子といったところか。
「……今、物凄く内心で私を貶めているだろう?」
折角上手く隠しているのにこうして表情を読んでくるところもなかなか鋭いと思ってしまう。
「別に構わないが、あの娘にはお前のそういう所も含めて好きになってもらえたらいいなと……兄としては思っている」
正直予想外の言葉が飛び出しすぎて若干食傷気味だ。
良いのか悪いのか急なミシェルの変化には戸惑ってしまう。
けれど折角の忠告ではあるが、その言葉のままにこんな自分をシリィの前で積極的に見せる気は一切ない。
「…ご忠告、心に留めさせていただきます」
だからやんわりとそう返すものの、こちらに聞く気がないというのが分かったのだろう。
ミシェルは小さく息を吐くとそれ以上は何も言わず、ここに来るまでの話へと話を戻した。
「お前の第二妃の件が下火になったと報告があったが…その報告と共に不穏な輩の動きも報告された」
「…と言いますと?」
「お前を次王にと思う者達の動きが活発になってきているのは知っているな?」
「ええ」
けれどそれは別に今に始まったことではない。
これまでできるだけ面倒な輩はロイドと共に潰してはきたが、虎視眈々と策略を巡らせるもの達が未だにいるのは確かだ。
そう言った者達が自分の結婚を機に活発に動き出すのは当然と言えば当然のこと。
いつも通り対処すればいいだけの話だ。
けれど兄の口調はどこかそれだけとは思えないような代物だった。
「どうもそこにあのサティクルドが絡んできているようだと……報告があった」
サティクルド────それはソレーユの豊富な資源を常に狙っている隣国である。
昔から自分達王子の命を狙い続けているのもこの国の手の者だ。
「……第二王子を王位につける手助けをすると持ちかけつつ本音はこの国の乗っ取り、もしくは好条件の引き出しということですか。相変わらずやることが見え見えで取るに足らない輩ですね」
どうせ表向きには同盟を結ぶとでも言って信用を勝ち取ることに成功したのだろうが────。
「くだらない」
何がくだらないかというと、自分には王になる気が一切ないということだ。
自分がミシェルを陰で支えているのは玉座を狙っているからではないというのが何故わからないのだろうか?
「わかりました。そちらは私にお任せください。ロイド。詳細を調べてすぐに報告を入れろ」
「かしこまりました」
どうせ武器でも集めて兄の暗殺でも企てているのだろう。
それさえ発覚すればすぐさま潰すことができる。
「……一網打尽だ」
そうしてクッと笑うとミシェルからまた溜息を吐かれてしまったが構うものか。
裏の者を潰すのは自分達の楽しみの一つなのだから。
しかし今回のサティクルドの企みがいつもとは少し様子が違っているということに、この時はまだこの場の誰も気づいてはいなかった────。
シリィは本日のお茶会の面々に内心ガクブルしながらも、見た目だけは優雅に微笑みを浮かべていた。
長テーブルにスコーンやクッキーなどが配され、給仕達がずらりと控える中、皇太子妃である二人が優雅に挨拶を行いにこやかに会話が始まっていく。
正直シリィは皇太子妃とこうして顔を合わせるのは初めてのこと。
どんな性格の人達なのか全くと言っていいほど知らなかった。
だから様子を窺うためにもここは余計なことはせずにただ笑顔でここにいようと決めていた。
「ティア様の本日の装いはいつも以上に麗しいですわね」
「本当に。リルフェ様もそちらのネックレスとピアスはもしや今噂のグラデウス産の宝石をあしらわれたものでは?素晴らしい輝きですわ」
そうして華やかに話す令嬢達の話に耳を傾けながらカップを手に取り、さり気なく二人へと視線を向ける。
艶やかに流れるストロベリーブロンドにどこか気の強そうな赤い瞳が印象的な美女。ティア。
少し青みがかった銀の髪を緩やかにまとめ、そのおっとりとした雰囲気を崩さぬよう柔らかな印象を与えてくる可愛らしい女性。リルフェ。
タイプは違えどどちらも皇太子妃に相応しい気品を持ち合わせた淑女だ。
正直こんなに完璧な妻達がいて他に目を向けられるミシェルは凄いなと思う。
(まあミシェル様の場合本人が彼女達以上に綺麗だから、見目は関係なかったりするのかしら?)
そうなってくるとやはり問題は中身だと思うのだが……。
(アルバートさんってちょっと見ただけでもミシェル様に好意的で、なんて言うか…大事にしてますって空気が凄かったわよね)
振り返ってみると彼は周囲への目配りをしつつミシェルを隙なく守ってるというのが自分にも凄く伝わってきていた。
騎士だからそんなものなのかもしれないが、そんな間柄もいいのかもしれないなと何となく物思いにふけっていると、唐突にこちらへと話が飛んできた。
「シリィ様?ティア様とリルフェ様が麗しいからと言ってそんなに見つめるものではありませんわ」
「え?あ、申し訳ありません!お二方とも本当にお美しいのでこんなに素晴らしい奥方をお迎えになられてミシェル様はお幸せだろうなとつい物思いに耽っておりました」
この答えで間違ってないよねと内心冷や汗をかきながら笑顔で答えると、話を振ってきた令嬢方はどこかしてやったりという笑みを浮かべ、皇太子妃の二人はどこか忌々し気な眼差しをこちらへと向けてきた。
(な、なんで────?!)
一体何が悪かったのかさっぱりわからない。
まさかここで本当のことを口にするわけにはいかなかったからそう返しただけだったのにと内心焦りまくる。
何とか挽回せねばと慌てて口を開こうとするが、それよりも先に令嬢方の方がいち早く口を開いた。
「本当にシリィ様の仰る通りお二方ともこんなにもお美しいというのに…あの噂は本当なのでしょうか?」
「あの噂というのはミシェル様の新しい恋人のお噂かしら?キャロライン様はご存知?」
「ええ。私も噂を耳に致しましたわ。なんでもここ一週間ほどミシェル様の様子がお変わりになられたのだとか」
「そうなのです。そんなミシェル様にうちの父もなんだか浮足立ってしまって……」
一気に畳みかけるように令嬢方がミシェルの話で盛り上がる。
これはもしかしてもしかしなくとも自分が切っ掛けを作ってしまったことになるのだろうか?
正直非常に気まずくて、もうどうしていいのかわからなくなってしまう。
はっきり言うと、顔を上げて皇太子妃たちの顔を見るのが怖い!
(ど……どうしよう…)
そうやって蒼白になりながらカップを手に取りなんとか落ち着こうと茶を口に含むが、そこに入っているのは苦手なお茶だ。
シュバルツが入れてくれるハーブティーではない。
もういっそこの場から消えてしまいたいと思うほどに肩身が狭くて、ただただ時間が経つことだけを願い続けてしまう。
けれどそんな自分に皇太子妃であるティアがやんわりと声を掛けた。
「シリィ様?そんな顔をせず、堂々となさいませ。たとえどのような心境であろうとも、淑女たるものいつでも毅然としておくものですわ。ねえ?リルフェ」
「本当に。いつまでも一白魔道士の心持ちでは困りますわ。私達はいつでもその場その場で夫の立場に合わせた立ち居振る舞いを求められるのですから」
そんな言葉にそっと顔を上げると、二人は令嬢方の噂話など鳥の囀りとばかりに嫣然と微笑み、こちらを毅然と見つめていた。
「それにしてもミシェル様は本当に男女問わず虜にされるお方ですこと。新しい恋人の方にも先程会いましたが、ミシェル様に夢中という感じでしたわ」
「あのお美しさは本当に罪ですわね。そんな夫を持てて私達も妻として本当に鼻が高いですわ」
ホホホと笑う妃達の心境は決して穏やかではないだろう。
彼女達としては、ミシェル自身が新しい恋人に夢中なわけではなく、あくまでも相手の方がミシェルに夢中なのだと皆に言っておきたいようだった。
会ったというからには恐らくついさっき二人の仲睦まじさを目の当たりにしてしまったのだろう。
けれど二人はそんな感情を綺麗に笑顔の裏へと隠し、あからさまな不満をこの場で吐き出すことなくサラリと話し、同時にそれ以上この話題を追求すればただでは済まないぞと言う空気をも感じさせていた。
その為、その場にいた令嬢達もそれを肌で感じとるとすぐさま別の話題へと話を転換した。
(怖い!怖いわ!)
その後も水面下で飛び散る火花をビシビシと感じながら、表面上はしっかりと笑みを保ち平静を装った。
***
「お…終わった……」
正直魔法での戦いとは違う意味で疲労困憊する茶会だった。
当然と言えば当然かもしれないが、皇太子妃へ矛先が向けられないならと令嬢達が次に矛先を向けたのは自分だった。
はたから見ると優雅なやり取りでも、精神力の削られ方が半端ない。
中には婚約者である自分からライアードに対し第二妃にと推してほしいと冗談交じり&本気の眼差しで告げてくる猛者までいる始末。
それらを全て受け流すのはなかなか骨が折れる。
はっきり言って疲れるのも無理はない。
「うぅ……癒しが欲しい……」
そうしてヨロヨロと回廊を歩いていると、前からステファンを伴ったミシェルとロイドを伴ったライアードがやってくるのが見えた。
「シリィ。茶会は無事に終わったか?」
ライアードがそうやって声を掛けてくれたのでなんとか気力を振り絞り笑みを浮かべる。
「はい。問題なく」
けれどそんな取り繕った虚勢もライアードにはお見通しのようで、そっと引き寄せられゆっくりと頭を撫でられた。
「ラ、ライアード様?!」
ミシェルや他の面々もいるのに何をと慌てて身を放そうとするが、ライアードはその胸の中に囲ったまま離そうとはしない。
「シリィ。私は癒しの魔法を使うことはできないが、話を聞くことくらいはできる。そうやって取り繕ってなんでも抱え込まず、私にだけは素直に心情を話してほしい」
その言葉はいつも通りどこかホッとするように優しくて思わず身を任せたくなるほどではあるのだが、これまでの経験上ただ甘えるだけではいけないのだと自分を心の中で叱咤する。
このままではクレイやシュバルツの優しさに頼っていた自分と変わらないではないか。
「いえ!本当に大丈夫です!ライアード様の妻になるのならもっと頑張るべきだと思いますので!これくらい何ということはありません」
そうだ。ティアやリルフェをお手本にもっと何事にも動じない妃を目指さなければいけないのだ。
今日のことを教訓にもっともっと自分に厳しく生きなければと改めて気合を入れなおす。
けれどそんな自分にライアードは何故か深く息を吐いた。
「本当に…シリィは難しいな」
そう言いながらギュッと抱き込むとライアードはそっと身を離し、どこか切なそうな眼差しでこちらを見つめてきた。
「シリィ…君が早く心を開いてくれるよう、心から願っている」
そうしてそのまま他の面々と共にその場から離れていった。
正直何故ライアードがそんな言葉を口にしてきたのかさっぱりわからない。
一体自分の何がその言葉を言わせてしまったのだろうか?
そうして訳の分からぬままに、疲れた体に鞭打って自室へと帰ったのだった。
***
「お前も……珍しく苦労しているようだな」
ライアードはミシェルの言葉に思わず眉を顰めてしまう。
他でもない不器用な兄に気遣われるなんて思ってもみなかった。
これまでの兄ならまず見て見ぬ振りをしてくれただろうに、一体どういった心境の変化なのか。
「私が言うことではないかもしれないが……あの娘はお前のことを以前よりもよく見ているようになった。恐らく本人なりにお前を知り更に向き合おうと努力しているのだろう。温かく見てやることだ」
「……兄上。まさか兄上からそんな言葉が飛び出すとは思ってもみませんでしたが…?」
「言っておくが私は仕事はお前より不出来だが、人の感情には敏感だぞ?」
「……そうは思えませんが」
あれだけアルバートとすれ違っていたくせにどの口がそんなセリフを吐くのか。
(いや…。そうとも言い切れないか?)
確かにアルバートとはすれ違いまくっていたし仕事面でも愚鈍だが、ミシェルの現在の取り巻き達を見るに何故か無能な者を重用したりはしていない。
むしろ手堅く真面目に仕事をこなす優秀な者が多い。
自分のフォローをしてもらうために選んだ人材達ということなのだろうが、それだけであそこまで有能な者達が集められるのかという気もする。
だからもしかしたらミシェルに相手の意を汲んだり人を見る目があるのかもしれないとふと思い至った。
(特に間者の質は物凄く高いようだしな……)
これまでは不穏な輩を排除している自分達と本人のその超然とした容姿のお陰で不穏な輩が近寄ってきていないだけかとも思ったが、それは穿ちすぎた偏見だったかもしれない。
ミシェルの周囲に控える者達が皆優秀だったのだ。
でなければもっと野心溢れる者たちに囲まれて身動きが取れない状態になっていてもおかしくはなかっただろう。
ハイエナ達はそこかしこに潜んでいて、いつでも我々の隙を窺っているのだから────。
その点に関しては腐っても皇太子といったところか。
「……今、物凄く内心で私を貶めているだろう?」
折角上手く隠しているのにこうして表情を読んでくるところもなかなか鋭いと思ってしまう。
「別に構わないが、あの娘にはお前のそういう所も含めて好きになってもらえたらいいなと……兄としては思っている」
正直予想外の言葉が飛び出しすぎて若干食傷気味だ。
良いのか悪いのか急なミシェルの変化には戸惑ってしまう。
けれど折角の忠告ではあるが、その言葉のままにこんな自分をシリィの前で積極的に見せる気は一切ない。
「…ご忠告、心に留めさせていただきます」
だからやんわりとそう返すものの、こちらに聞く気がないというのが分かったのだろう。
ミシェルは小さく息を吐くとそれ以上は何も言わず、ここに来るまでの話へと話を戻した。
「お前の第二妃の件が下火になったと報告があったが…その報告と共に不穏な輩の動きも報告された」
「…と言いますと?」
「お前を次王にと思う者達の動きが活発になってきているのは知っているな?」
「ええ」
けれどそれは別に今に始まったことではない。
これまでできるだけ面倒な輩はロイドと共に潰してはきたが、虎視眈々と策略を巡らせるもの達が未だにいるのは確かだ。
そう言った者達が自分の結婚を機に活発に動き出すのは当然と言えば当然のこと。
いつも通り対処すればいいだけの話だ。
けれど兄の口調はどこかそれだけとは思えないような代物だった。
「どうもそこにあのサティクルドが絡んできているようだと……報告があった」
サティクルド────それはソレーユの豊富な資源を常に狙っている隣国である。
昔から自分達王子の命を狙い続けているのもこの国の手の者だ。
「……第二王子を王位につける手助けをすると持ちかけつつ本音はこの国の乗っ取り、もしくは好条件の引き出しということですか。相変わらずやることが見え見えで取るに足らない輩ですね」
どうせ表向きには同盟を結ぶとでも言って信用を勝ち取ることに成功したのだろうが────。
「くだらない」
何がくだらないかというと、自分には王になる気が一切ないということだ。
自分がミシェルを陰で支えているのは玉座を狙っているからではないというのが何故わからないのだろうか?
「わかりました。そちらは私にお任せください。ロイド。詳細を調べてすぐに報告を入れろ」
「かしこまりました」
どうせ武器でも集めて兄の暗殺でも企てているのだろう。
それさえ発覚すればすぐさま潰すことができる。
「……一網打尽だ」
そうしてクッと笑うとミシェルからまた溜息を吐かれてしまったが構うものか。
裏の者を潰すのは自分達の楽しみの一つなのだから。
しかし今回のサティクルドの企みがいつもとは少し様子が違っているということに、この時はまだこの場の誰も気づいてはいなかった────。
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