黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~

33.火花

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ノックの音に合わせてその部屋に入ると、そこにはミシェルの妻である女性が二人いて驚いたような表情でこちらへと顔を向けていた。

「ミシェル様?いかがなさいましたか?」

そのうちの一人である妻ティアが声を掛けてきたのだが、それに対しミシェルがどこか貼りつけたような笑みを浮かべて口を開く。

「今日からお抱え白魔道士を迎えることにしたから一応紹介をと思ってな。ステファンだ」
「初めまして。ステファンと申します。誠心誠意お仕え致しますので今後とも宜しくお願い致します」

そうして礼を執ったステファンに妃達もああなるほどと納得がいったように挨拶を返した。

「ミシェル様のことを宜しくお願い致します」

そして続いてそのまま自分の紹介もされる。

「それとこちらは騎士のアルバート。私の恋人だ」

その言葉に妃達が驚きの目をこちらへと向けてくる。
まさかそうやって紹介されるとは思っても見なかったのだろう。

「アルバートでございます。どうぞお見知りおきください」

そうして礼を執った自分にやはりと言うか妃達が声を上げた。

「ミシェル様。ここで男性をご紹介とは……。それは私達への当てつけなのでしょうか?」

ティアがまずは睨むようにこちらを見遣ってくるが、ミシェルは淡々とそう言う訳ではないと明言する。

「アルバートは元々私の好きだった相手だ。お前達に対する当てつけなどではない」
「……ミシェル様が元々お好きだった方はそちらの騎士ではなく、亡くなられたジャスティン様ではないのですか?少なくとも私はそう聞き及んでおりますが」

そこでもう一人の妻リルフェもおっとりと口を挟んできた。
けれどミシェルはそれに対しても全面的に否定する。

「ジャスティンは私の親友だ。想い人ではない。アルバートはジャスティンの弟で…私がずっと好きだった相手だ」

けれどそんな言葉も妃達はサラリと流してしまう。

「言い訳は結構ですわ。つまりは親友の面影をその騎士に重ねたと言うわけですわね」
「それならば納得がいきますわ」

どうやら彼女達の中では最初から自分をミシェルが好きだったと言う考えには至らないようだった。
確かにミシェルはあの初めて口づけを交わした日まで自分とは接点らしい接点も持たずにいたのだから言い分もわからないでもないが、それにしても話を聞かなさすぎる気がする。

「ミシェル様?私達が貴方と距離を置いたことで寂しく思って下さったのは嬉しいですが、そこで男性に走られると些か問題がございます」
「そうですわ。何も男性に走らずともよいではありませんか。素直に私共の元に戻ってきてくださいませ。ちょうど私達も二人目の子を欲しいという話をしていたところなのです。悪い話ではありませんでしょう?」

妃達は笑顔でそう提案してくるが、正直その顔は自分から見てもどこか上から目線で気持ちの良いものではなかった。
それは恐らくミシェルも同じだったのだろう。あっさりとその話を一蹴してしまう。

「お前達には悪いが、私はもうアルバート以外と寝る気はない。私は私を愛してくれるアルバートとこの先を歩いていきたいんだ」

どこまでも真摯にそう告げてくれるミシェルに胸が熱くなる。
けれどその言葉は彼女達には全く響かなかった。

「……ミシェル様。私達の愛はいらないと…そう仰るのですか?」
「お前達に愛があれば話は別だったかもしれないが…私にはこれまで全く伝わっては来なかった」

ミシェルのその表情はどこか諦めに近いもので、無性に抱き締めてあげたくなるほど頼りなげに見えた。
恐らく話すら聞いてもらえないのに愛も何もないとしか思えないのだろう。
もしかしてこれまでもずっと妃達とこんな感じだったのだろうか?
とは言え事が事だけにこのままではミシェルが一方的に悪者になってしまうのは明らかだ。

「困りましたわ。ミシェル様。お考え直していただかないと私共にも考えがございますわ」
「……アルに手を出したら私が許さん」
「まあ怖い。私達は後継を産んだのですよ?無碍にはできないはずですわ」

そうやってどこか勝ち誇ったように口にする妃にミシェルはただただ冷淡に言い捨てた。

「お前達こそ分かっているのか?次期王は私だと言うことを」
「当然わかっておりますわ」
「では後継者を決めるのも、父ではなく私だと言うことも当然知っているはずだな?」
「……?」
「お前達がアルを傷つけるのなら私はお前達を絶対に許す気はない。もしそうなった場合、後継者はこれから先生まれてくるだろうライアードの子を指名させてもらう」
「なっ?!」

それは思いがけない宣言で、優位に立っていると思っていた妃達を黙らせるには十分なものだった。

「今日はそれだけを伝えに来た。この件に関しては一切譲る気はない。話は以上だ」

そうして話を切り上げ踵を返したミシェルに妃達が悔しそうに身を震わせる。
そんな妃達にふと尋ねてみたいなと思った。

「ミシェル様。お妃様方にお尋ねしたいことがあるのですが構わないでしょうか?」

そうして引き留めた自分にミシェルが戸惑うように視線を向けてくる。

「アル?」

けれどその瞳に否の気持ちは見えなかったので笑顔で軽く頷き妃達へと向き直る。

「お妃様。お妃様方も私同様ミシェル様を愛してくださっていると思うのですが、具体的にどういったところを一番に愛してくださっているのかお聞かせ願いたいのです」

その質問に妃達が眉を顰めるが、ミシェルが意図を察してくれ答えるよう促してくれた。

「私は……皇太子という大任を背負い日々努力なさっているところ尊敬しております」
「私もそうですわ。当然でしょう」

そうやって答える二人に更に言葉を重ねてみる。

「では…お妃様方はそのように日々励まれるミシェル様を当然癒して差し上げようと思っていらっしゃるわけですよね?」
「当然です!たかが騎士風情が知ったような口を!無礼にも程があります!」

そうして憤った妃にそれならばとその問いを真っ直ぐにぶつけてみた。

「では…結婚してからのこの8年。ミシェル様に対して行って下さった癒しをどうぞ私にお教えください」
「……!!」
「どうかなさいましたか?」
「わ、私達は子を為してミシェル様のお仕事の邪魔をせぬよう子育てに専任していました」
「そうですわ。それは次代に王家の血を繋ぐための私達の責務。それ即ちこの国のために必要な事ですわ」
「ええ。それはお妃様方の責務ですよね?私がお尋ねしているのはお妃様方がミシェル様にお与えくださった癒しと言う名の愛情表現は何かとお尋ねしております」
「…………」
「よもやないなどとは仰いませんよね?」
「…………」
「挙句茶を飲みながらミシェル様を侮辱するようなことを口になさった等と…許されることではないと言わせていただきたい」
「なっ…!」
「……ミシェル様はお綺麗ではありますが人形ではありません。お妃様と言えど今後一切ミシェル様を傷つけるような発言はお控えいただきたいのですが?」
「ひっ…!」

妃達に向けて殺気を飛ばすと二人揃って一気に蒼白になりガクガクと震え始めてしまうが、自分としてはこれ以上のことをする気はない。

「アル?」

どうしてそれほど妃達が怯えているのかわからないミシェルが不安そうに声を掛けてくるが、正直ミシェルを怖がらせる気はないのでやんわりと謝罪するに留めた。

「ミシェル様。申し訳ございません。私の怒気にお妃様方が怯えてしまわれたようです。御無礼をお許しください」

本当は怒気ではなく殺気だったのだが、傍から見れば似たようなものだろうと敢えてやんわりと言い換えたのだ。
はっきり言って誰よりも大切なミシェルをこれ以上傷つけられるのは絶対にごめんだ。
自分に出来うる限りの手段で少しでも守ってやりたいと思った。

「いや。アルは何も悪くない。それに…私のために怒ってくれる気持ちは嬉しい」

そうしてはにかむように笑みを浮かべてくれるミシェルの何と可愛いことか。
今すぐ口づけて攫ってしまいたい気持ちでいっぱいだ。
そんな自分に気づくことなくミシェルは改めて妃達へと口を開いた。

「アルバートには手出し無用だとくれぐれも忘れるな」

そうして最後まで釘を刺し自分を守ろうとしてくれたミシェルに改めて心の中で忠誠を誓い直し、そのまま妃達から隠すように共に部屋を後にした。




「……凄かったですね」

完全に傍観者だったステファンが、部屋を出たところで思い切り息を吐き出しそう口にしてくる。

「ステファン。悪かったな。ゴタゴタに巻き込んで」
「いいえ。お抱え魔道士として知っておくべきことは知っておいた方がいいと判断なさったからの事なのでしょう?私は別に構いません」

すぐにそうして気持ちを切り替えてくるのはどことなくロイドと似ているような気がする。
お抱え魔道士とはそういったものなのだろうか?
けれどそこで『歩きながらお話したいことが…』と話を振られる。

「お二方の愛の深さはわかりましたが、女というものは逆恨みをしてくるものです。対策はしておくに越したことはないでしょう」

そうしてミシェルだけではなく自分にも守護の魔法を掛けてくれた。

「物理攻撃、魔法攻撃に対する防御魔法と毒劇物を無効にする魔法を掛けておきました。その他何かあればいつでもご相談ください」

恐らく先程のミシェルの発言を受けてなのだろう。
まさか自分の身まで一緒に守ってくれるとは思わなかっただけに有難いなと思った。

「ステファン殿。ありがとうございます」
「いや。元々私は二人の仲を応援すると言う位置づけのようだし礼には及ばない。ただお抱え魔道士と言う特性上ミシェル様の傍にいる時間は私の方が長くなってしまうのだけは許してもらいたい」

それは確かに言われてみればその通りだ。
とは言え白魔道士は防御魔法に優れているし、ミシェルを守ると言う点においてはこれほど頼れる存在もないだろう。
本音を言えば自分が常に傍に居て守りたいと思っているが、恐らくそれはミシェルが許してくれない。
許したとしても昼間の護衛は騎士達の持ち回りとなってしまうはずだ。
それは職務上仕方のないことだとわかっているだけに自分も理解しているつもりだ。
それならば答えは一つしかないだろう。
自分の目の届かないところはステファンに任せるしかない。

「ステファン殿。どうか宜しくお願い致します」

そうして頭を下げた自分にステファンは力強く頷き任せておいてくれと口にした。


***


「許せませんわ!」

ティアはミシェル達が出ていった扉を見つめ苛立たしげにそう吐き出した。
それに対しもう一人の妻であるリルフェもまた同じように悪態を吐く。

「私も…許せそうにありません」

確かに自分達はミシェルを放っておいたかもしれない。
けれどそれはミシェルだって同じではないか。
政略結婚だったとは言え自分達は正式な皇太子妃だ。
あそこまで愚弄されるべきではない。
自分達にも立場やプライドというものがある。
ただでさえこの一週間で不快な思いをしていたと言うのに相手が女性ではなく男性と言うのがまた腹立たしい。




最初は侍女の一言が原因だった。

「本日のミシェル様は輝くように麗しくて……一体何があったのかと皆が噂しているのですよ」
「ミシェル様はいつもお美しい方でしょう?」
「ええ。もちろんですわ。けれど明らかにこれまでとは違ったのです!雰囲気が柔らかくなって、時折優しい笑みも浮かべるようになられたとか」
「笑みを?」

自分達だってミシェルの笑みくらいは見たことがある。
あの何を考えているのかよくわからない人形のような微笑みだ。
正直自分はあの笑みを見ても何も感じないし、単に人形が笑っているようにしか見えない。
例えるならば観賞美だろうか?
何度も見れば飽きるものだ。
けれど侍女はどこかうっとりとしたような顔で言葉を続ける。

「私、噂を聞いて気になって休憩時間にこっそり噂を確かめに行ったのですが、遠目に見てもキラキラしていらっしゃったので何かあったのはまず間違いないと確信しております」

自分付きの侍女になって久しいこの侍女がここまでいうのは初めての事だ。
彼女は公的な場でも何度もミシェルを見ているのにこの反応────気にするなと言う方がおかしい。
その後もあちらこちらで似たような噂を耳にすることとなった。
そしてその噂の中に当然のようにミシェルに新しい恋人ができたのではというものがあったのだ。

「最近お妃様達から距離を置かれていたし…」
「ああ、そう言えばそうだったな。それならば…」

自分達がミシェルから距離を置いているのは既に周知の事実。
これはミシェルがロイドに対してあれこれ画策しているのに自分達には構ってこないと言うのに腹を立ててと言うのが公への言い分だ。
けれど本当は違う。
自分達はこれ幸いと思い切って距離を置いたのだ。

元々が政略結婚。
夫は綺麗ではあるが全くと言っていいほど面白味のない生真面目な男だ。
一緒に話していても楽しくもなんともないし、その時々で当たり障りなく会話をするだけで十分。
跡継ぎも産んだことだし、はっきり言って好き好んで傍にいる理由もない。
だからロイドをだしにして距離を置いたのだ。
こうすれば自分達に非難の眼差しが来ることもなく同情的に見てもらえる。
あとは平和に過ごせばいいだけ。
非常に簡単だ。
亭主元気で留守がいいとはよく言ったものだと思う。

それなのにここで恋人────それも男が相手と言うのはなんとも外聞が悪い。
女だったなら自分達も上手く付き合えただろうし、いくらでも対処のしようもあった。
けれど相手は思いがけず男……。
それに加えてあのミシェルの変わりっぷりが問題だ。
妃達は今まで何をしていたのだと言われても仕方がないほどの変化はまさに驚異と言ってもいいだろう。
このままでは自分達の立場が脅かされてしまう可能性すらあった。
さすがにそれは許容できそうにない。

「私…大臣達に根回しをしてまいりますわ」
「では私も何かできることがないか探ってまいります」

そうして急いで二人で動いては見たのだが────。

「申し訳ございませんが、私はライアード様の案に賛成しておりますので」
「私はミシェル様にとって良いようにと考えております」
「ミシェル様のお幸せそうな姿に感涙いたしました」

それとなく話をしても皆こちらの味方には付いてくれそうにない。
どうやらミシェルだけではなくライアードまで先手を打っていたようだ。
全くもって腹立たしい限りだがこれでは動くに動けない。

「……仕方ありませんわ」

そんな状況にティアは諦めたようにため息を吐く。
悔しいが王子二人を敵にしても良いことは何もない。
打てる手がないと言うのなら時折チクチクと嫌味をぶつけることくらいしかできないだろう。
そう思って深く再度ため息を吐いたが、もう一人の妃リルフェは悔しそうに拳を握りしめるばかり。

「リルフェ。一先ず午後からのお茶会に向かいましょう?ここで隙を見せたら私達の負けですわ」

敵は王子達だけではない。
ここには自分達を話のタネに嘲笑おうと手ぐすね引いて待ち構えている令嬢達が沢山いるのだ。
皇太子妃という立場だけに早々愚弄されることはないが、隙を見せればたちまち弱みを握られ食いつかれてしまうだろう。
自分のプライドに掛けて絶対にそんなことはさせるつもりはない。

「ティア……」
「行きますわよ」

こうしてティアとリルフェは気を引き締めながら茶会へと臨んだのだった。



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