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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
32.お抱え白魔道士
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「兄上……」
ライアードは寝台の上でしどけなく横たわるミシェルを前にして思い切りため息を吐いていた。
見極めに必要だからと言ったのは確かに自分だし、それはいい。
けれど────この色香ははっきり言って想像以上だ。
日増しに幸せオーラを撒き散らし、キラキラしさが増してはいたが、まさかこれ程とは……。
一応シャワーを浴びて身を清めてはいるが、アルバートに愛されその身に纏った色香は全く消えておらず、それ故にその姿を見た白魔道士の候補者達4名の内1名が鼻血を吹き2名は前屈みになって動けなくなってしまった。
立ち会ったシュバルツはそんな状況にオロオロしているし、残った一人の白魔道士とロイドはそんな光景に笑いをこらえながら肩を震わせている。
「…いくらなんでも少しはお控えください」
これでは思わず苦言も言いたくなると言うもの。
「…私はお前が言った通りにしただけだ。今日は話ができるくらいには加減してもらったのだから責められる謂れはない」
これで本人は全くの無自覚だから頭が痛い。
今の自分の状態をわかっていないのは本当に鈍いとしか言いようがなかった。
(これは絶対に白魔道士の方が初心なだけだと思い込んでいそうだな……)
当然初心ではない者ばかりを集めているのだが、如何せん状況が状況だけにそれを言ったところでこの兄が信じるわけがないと諦めにも近しい感情に襲われ溜息を吐いてしまう。
本当に困った兄だ。
「取りあえずそこの三名は却下だ。残る一人は……」
そして恐らく反応を見る為なのだろう。チラリと残る一人を流し目で見遣った後、採用だと口にした。
そんな言葉にロイドと笑っていた白魔道士が堂々と回復魔法を唱え、ミシェルの身が光に包まれる。
「私のお抱え魔道士はお前で決まりだ。これからよろしく頼む」
「光栄でございます。私の名はステファンと申します。以後宜しくお願い致します」
そうして男は優雅に一礼した。
その姿に流しの魔道士にしては優雅すぎると引っかかるものを感じたが、それに対してロイドが笑顔で付け加えてくる。
「ライアード様。この者はアストラスの貴族出身なのです。身元は確かなのでどうぞご安心を」
そんな言葉にステファンも笑う。
「私はフォルト家の出身で、ロックウェル魔道士長とも幼少の折はよく遊んだ仲なのです」
「ほぅ」
そう言う事なら確かに身元は確かなのだろうと納得はいった。
「では兄上の事、宜しく頼む」
「はっ。お任せ下さい」
「ステファン殿。私からもご挨拶をさせていただきたい」
そして決まったのならとそこでアルバートが声を上げてくる。
「ああ、貴殿がミシェル様の恋人だろう。見ればわかる」
「第一騎士団所属のアルバートと申します。以後お見知り置きを」
そうして丁寧に頭を下げたアルバートにステファンが楽しげに笑いながら手を差し出した。
「こちらこそ宜しく。同い年だと聞いたし、気軽に話してもらえると嬉しい」
***
「ライアード様!」
挨拶を終え、ミシェルが支度をすると言ったため皆で部屋を出たところで何故かシリィがこちらへとやってくるのが見え、ライアードは不思議に思った。
朝の送り出し後にシリィの方から会いに来るというのは非常に珍しい。
何かあったのだろうか?
そう思って話を振ると、シリィは珍しい表情を見せてくれた。
「今日新しい白魔道士の方がお抱え魔道士になると聞きました。どうして教えて下さらなかったんです?」
少し拗ねたような表情がなんとも可愛らしい。
「いや。兄上のお抱え魔道士だしシリィには関係ないかと思ったんだが?」
正直に事実だけを伝えるがシリィはそこからロイドとシュバルツの顔を見てまた視線を戻してくる。
「………私だけ教えていただけないのは悲しいです」
どうやらロイドだけなら兎も角シュバルツもいたことでそう思ってしまったらしい。
単純にミシェルの回復に最初からかかわっていたから引き継ぎも兼ねて連れてきただけだったのだが勘違いさせてしまったようだ。
「シリィ。すまない。ちゃんと紹介しておこう。あちらにいる白魔道士達は関係ないが、こちらにいる者が今度兄上のお抱え魔道士として採用されたステファンだ。ロックウェルとは幼馴染らしいし、もしかしたら話も合うかもしれないな」
そうやって話を振るとステファンがにこやかにシリィへと向き直り優雅に一礼する。
「ステファンと申します。どうぞお見知りおきください」
「初めまして。ライアード様の婚約者のシリィと申します。宜しくお願い致します」
シリィはそうして丁寧に挨拶を返し、不思議そうに彼を見つめた。
「……どうかしたのか?」
なんだかそれが気になって尋ねてみたのだが、シリィは何やら記憶を辿っているようで────。
「あっ!」
「?」
「どうかしたのか?」
突然思い出したように声を上げたシリィに思わず怪訝な顔をしてしまう。
「いえっ!何でもありません!」
その姿はどう見ても何でもないような感じではない。
「シリィ?」
隠されるのは性に合わないので思わず問い詰めるような口調になってしまったのは仕方がないだろう。
そんな自分にシリィがウッと詰まった後、渋々ながら口を開いてくる。
「申し訳ありません…。あの…どこかで見たことがあるなと思いまして…」
そして記憶を辿ったところで思い出したのだと言う。
「ロックウェル様と……昔口づけされていた方…ですよね?」
その言葉に場の者達が一同固まってしまう。
これははっきり言って衝撃的な内容だ。
シリィが最初何でもないと否定したのも頷けるものだった。
「………シリィ様はどこでそれを?」
ステファンが動揺を笑顔で隠しながらそう口にするが、シリィは申し訳なさそうに本当にいいのかと言うように目線だけで訴えたがステファンは話してもいいと許可を出すように頷きを落とす。
それによるとどうやら王宮外でステファンと逢引しているところにロックウェルを探しに来たシリィが遭遇してしまったことがあるらしい。
「あの時は女好きのロックウェル様だし見間違いかと思ったんですけど……」
「事実だ」
「……ですよね」
どうやらロックウェルの幼馴染はロックウェルの元恋人だったようだ。
あの男は本当に一体どれだけ見境がなかったのか……。
けれどその話ですっきりしたのか、ステファンの顔から気負いが消える。
「まあそう言う訳なので、男同士の負担もわかっていることだし気にせず回復魔法を使えるのでご安心を」
先程動じなかったのはその所為だったのかと妙に納得がいったので、ただそうかと頷きアルバートにもそう言うことだからと目線で伝えた。
これならばいっそ使いやすいことだろう。
けれどアルバートはロックウェルを知らないのでここで少し心配になったようだ。
「ステファン殿。万が一と言うこともあるので言わせてもらいたい」
それを受けてステファンはすぐさま察して返事を返す。
「ああ、心配はいらない。俺は抱かれる側だったからお前からミシェル様を寝取ろうなんて考えていないから」
「……その言葉を信じても?」
「ああ。もちろん」
それでもまだ疑わしげなアルバートを見て一応フォローを入れておく。
折角決まったお抱え魔道士との仲が険悪になってしまっては大変だ。
「アルバート。大丈夫だ。ロックウェルは誰が見ても抱く側だし、この男がロックウェルと付き合っていたのならまず間違いないだろう」
「………」
そんなどこか緊迫した状況のなか、ミシェルが支度を終えて部屋の扉を開けた。
「…?どうかしたのか?」
場の空気を読んで怪訝な声を上げるミシェルにアルバートがいち早く笑顔で何でもありませんと答えたので、ミシェルはホッとしたように笑みを浮かべる。
「そうか。ステファン。言っておくがアルバートは私の大切な相手だ。くれぐれも害など与えぬように」
「心得ております」
ミシェルのそんな一言で緊迫していた空気が緩み、そのままミシェルを先頭に皆で歩き出す。
どうせ行き先は皆同じ方向だ。
そんな中、シリィがそっと袖を引いてきたので少し嬉しく思った。
これまでなら迷わずシュバルツの方へと尋ねに行っていただろうに、こうして自分の方に来てくれるのだから。
断然距離感が縮まってきている良い証拠だ。
「ライアード様。あの騎士の方は?」
「兄上の恋人だ」
「ええっ?!」
そんな話にシリィが目を白黒させている。
ミシェルは妃も二人いるし、シリィとしては俄かには信じ難かったのだろう。
「つい先日長年の恋を成就させたんだ。兄上が幸せそうで何よりだ」
「そ…そうだったんですか。それでは今日の午後のお茶会ではそちら方面の話が出たら誤魔化した方が良さそうですね」
そんな言葉に思わず首を傾げてしまう。
もしや女性達の間で何か噂でも立っているのだろうか?
そう思って興味半分で尋ねてみると、自分が思っている以上に突飛な話が飛び出した。
「あ、いえ。ここ一週間ほどミシェル様の姿が神々しいと噂されていまして、私とライアード様の結婚に合わせてミシェル様も第三妃をお迎えになるのではとか、他に恋人ができたのではとか色々言われているんです。それに伴って、現在のお妃様達もお茶会に誘って詳細や心境を聞いてみたいと言う方々も多々出てきていまして……」
実はその第一弾が今日の午後に開かれるのだとか。
「知らなかった時は私も話題が自分からそれて気持ち的に楽だなと思ってたんですが……これはさすがに……」
「そうか」
知ってしまったのならシリィ的には皆に話を合わせるのも難しくなってしまうことだろう。
そんな話をしているとミシェルが徐に振り返ってきて言った。
「少し聞こえたが…妃と茶会をするのならその前に私の方から話をしておこうと思う」
「え?」
それは正直意外な申し入れだ。
ミシェルの性格的にアルバートとの仲は周囲にばれるまでは隠しておくだろうと思っていたからだ。
けれどミシェルは意外にもはっきりと言い切った。
「この一週間…ずっと悩んだが、ライアードもアルバートを恋人として公表することは問題ないと言ってくれたことだし、アルバートも…私を好きだと言ってくれている。それならば早い内に妃達に話を通しておくに越したことはないと昨夜決心した」
「それは…良い判断ですね」
これもまたミシェルの変化の一つだろう。
これまでと比べるとやはり一皮剥けた感がある。
「では善は急げと申しますし、これからお妃様方に新しい白魔道士の紹介と、新しい恋人の紹介を同時になさって来てください。私が先に執務室に行ってその旨を兄上の側近の方々にお伝えしておきますので」
「そうか」
それならよろしく頼むと言い、ミシェルは二人を引き連れてそのまま妃達の元へと向かっていった。
これでシリィが午後の茶会で困ることもなくなることだろう。
(さて…兄上がそのつもりなら大臣達にも裏から手を回しておくとするか)
こうしてやることがまた増えたなと思いながら色々策略を練りつつフッと笑っている自分をこっそりシリィが見つめていることには気づかずに、ライアードはまた速やかに動き始めた。
***
シリィは動き出した面々を為すすべなく見送りながら、ため息をついて自室へと帰る。
正直新しい魔道士に挨拶をと思って来ただけなのに、思いもよらない話を聞いてしまい戸惑ってしまっていた。
まさかミシェルに男の恋人がいるなんて思いもよらなかったのだ。
自分の知るミシェルは妃を二人迎えているこの国の皇太子。
仲が良いという話は聞いたことがないが、結婚しているということはそれなりに愛情はあるのだろうと考えていた。
それなのに────。
(女性から男性に走るって……どういう心境なのかしら)
もしかしたら妃達はミシェルに愛情を与えるということをしていなかったのだろうか?
(そう言えば一緒にいる姿も見たことがなかったわ)
けれど王族とはそういうものなのかもしれないとどこかで納得している自分もいた。
責務と愛情は別物。
それはアストラスの王宮でも嫌というほど見知っている。
例えばアストラスの王であるブランシュ王もそうだ。
ここ最近変わっては来ているが、彼の愛は長らく末の息子であるハインツにしか向けられてこなかった。
だから妃への愛がすべてではないと知っている。
それでも────。
(ライアード様とはちゃんとお互いのことを知り合って、良好な関係を築いていきたいって…思うんだけどな)
それは甘い考えなのだろうか?
王子妃として自分にできること。自分に与えられた責務。それはもちろん心に留めている。
けれどそれとは別にライアードと末永く良好な関係を築いていきたい。
そのためにはもっともっと彼のことを知りたいと思う自分がいた。
(最近あのちょっと何か企んでるような顔に何故かキュンとしちゃうのよね…。私、どうしちゃったのかしら……)
なんだか段々ライアードに嵌ってきている自分が自分でも良くわからなくて、シリィはハァと深い溜息を吐いたのだった。
ライアードは寝台の上でしどけなく横たわるミシェルを前にして思い切りため息を吐いていた。
見極めに必要だからと言ったのは確かに自分だし、それはいい。
けれど────この色香ははっきり言って想像以上だ。
日増しに幸せオーラを撒き散らし、キラキラしさが増してはいたが、まさかこれ程とは……。
一応シャワーを浴びて身を清めてはいるが、アルバートに愛されその身に纏った色香は全く消えておらず、それ故にその姿を見た白魔道士の候補者達4名の内1名が鼻血を吹き2名は前屈みになって動けなくなってしまった。
立ち会ったシュバルツはそんな状況にオロオロしているし、残った一人の白魔道士とロイドはそんな光景に笑いをこらえながら肩を震わせている。
「…いくらなんでも少しはお控えください」
これでは思わず苦言も言いたくなると言うもの。
「…私はお前が言った通りにしただけだ。今日は話ができるくらいには加減してもらったのだから責められる謂れはない」
これで本人は全くの無自覚だから頭が痛い。
今の自分の状態をわかっていないのは本当に鈍いとしか言いようがなかった。
(これは絶対に白魔道士の方が初心なだけだと思い込んでいそうだな……)
当然初心ではない者ばかりを集めているのだが、如何せん状況が状況だけにそれを言ったところでこの兄が信じるわけがないと諦めにも近しい感情に襲われ溜息を吐いてしまう。
本当に困った兄だ。
「取りあえずそこの三名は却下だ。残る一人は……」
そして恐らく反応を見る為なのだろう。チラリと残る一人を流し目で見遣った後、採用だと口にした。
そんな言葉にロイドと笑っていた白魔道士が堂々と回復魔法を唱え、ミシェルの身が光に包まれる。
「私のお抱え魔道士はお前で決まりだ。これからよろしく頼む」
「光栄でございます。私の名はステファンと申します。以後宜しくお願い致します」
そうして男は優雅に一礼した。
その姿に流しの魔道士にしては優雅すぎると引っかかるものを感じたが、それに対してロイドが笑顔で付け加えてくる。
「ライアード様。この者はアストラスの貴族出身なのです。身元は確かなのでどうぞご安心を」
そんな言葉にステファンも笑う。
「私はフォルト家の出身で、ロックウェル魔道士長とも幼少の折はよく遊んだ仲なのです」
「ほぅ」
そう言う事なら確かに身元は確かなのだろうと納得はいった。
「では兄上の事、宜しく頼む」
「はっ。お任せ下さい」
「ステファン殿。私からもご挨拶をさせていただきたい」
そして決まったのならとそこでアルバートが声を上げてくる。
「ああ、貴殿がミシェル様の恋人だろう。見ればわかる」
「第一騎士団所属のアルバートと申します。以後お見知り置きを」
そうして丁寧に頭を下げたアルバートにステファンが楽しげに笑いながら手を差し出した。
「こちらこそ宜しく。同い年だと聞いたし、気軽に話してもらえると嬉しい」
***
「ライアード様!」
挨拶を終え、ミシェルが支度をすると言ったため皆で部屋を出たところで何故かシリィがこちらへとやってくるのが見え、ライアードは不思議に思った。
朝の送り出し後にシリィの方から会いに来るというのは非常に珍しい。
何かあったのだろうか?
そう思って話を振ると、シリィは珍しい表情を見せてくれた。
「今日新しい白魔道士の方がお抱え魔道士になると聞きました。どうして教えて下さらなかったんです?」
少し拗ねたような表情がなんとも可愛らしい。
「いや。兄上のお抱え魔道士だしシリィには関係ないかと思ったんだが?」
正直に事実だけを伝えるがシリィはそこからロイドとシュバルツの顔を見てまた視線を戻してくる。
「………私だけ教えていただけないのは悲しいです」
どうやらロイドだけなら兎も角シュバルツもいたことでそう思ってしまったらしい。
単純にミシェルの回復に最初からかかわっていたから引き継ぎも兼ねて連れてきただけだったのだが勘違いさせてしまったようだ。
「シリィ。すまない。ちゃんと紹介しておこう。あちらにいる白魔道士達は関係ないが、こちらにいる者が今度兄上のお抱え魔道士として採用されたステファンだ。ロックウェルとは幼馴染らしいし、もしかしたら話も合うかもしれないな」
そうやって話を振るとステファンがにこやかにシリィへと向き直り優雅に一礼する。
「ステファンと申します。どうぞお見知りおきください」
「初めまして。ライアード様の婚約者のシリィと申します。宜しくお願い致します」
シリィはそうして丁寧に挨拶を返し、不思議そうに彼を見つめた。
「……どうかしたのか?」
なんだかそれが気になって尋ねてみたのだが、シリィは何やら記憶を辿っているようで────。
「あっ!」
「?」
「どうかしたのか?」
突然思い出したように声を上げたシリィに思わず怪訝な顔をしてしまう。
「いえっ!何でもありません!」
その姿はどう見ても何でもないような感じではない。
「シリィ?」
隠されるのは性に合わないので思わず問い詰めるような口調になってしまったのは仕方がないだろう。
そんな自分にシリィがウッと詰まった後、渋々ながら口を開いてくる。
「申し訳ありません…。あの…どこかで見たことがあるなと思いまして…」
そして記憶を辿ったところで思い出したのだと言う。
「ロックウェル様と……昔口づけされていた方…ですよね?」
その言葉に場の者達が一同固まってしまう。
これははっきり言って衝撃的な内容だ。
シリィが最初何でもないと否定したのも頷けるものだった。
「………シリィ様はどこでそれを?」
ステファンが動揺を笑顔で隠しながらそう口にするが、シリィは申し訳なさそうに本当にいいのかと言うように目線だけで訴えたがステファンは話してもいいと許可を出すように頷きを落とす。
それによるとどうやら王宮外でステファンと逢引しているところにロックウェルを探しに来たシリィが遭遇してしまったことがあるらしい。
「あの時は女好きのロックウェル様だし見間違いかと思ったんですけど……」
「事実だ」
「……ですよね」
どうやらロックウェルの幼馴染はロックウェルの元恋人だったようだ。
あの男は本当に一体どれだけ見境がなかったのか……。
けれどその話ですっきりしたのか、ステファンの顔から気負いが消える。
「まあそう言う訳なので、男同士の負担もわかっていることだし気にせず回復魔法を使えるのでご安心を」
先程動じなかったのはその所為だったのかと妙に納得がいったので、ただそうかと頷きアルバートにもそう言うことだからと目線で伝えた。
これならばいっそ使いやすいことだろう。
けれどアルバートはロックウェルを知らないのでここで少し心配になったようだ。
「ステファン殿。万が一と言うこともあるので言わせてもらいたい」
それを受けてステファンはすぐさま察して返事を返す。
「ああ、心配はいらない。俺は抱かれる側だったからお前からミシェル様を寝取ろうなんて考えていないから」
「……その言葉を信じても?」
「ああ。もちろん」
それでもまだ疑わしげなアルバートを見て一応フォローを入れておく。
折角決まったお抱え魔道士との仲が険悪になってしまっては大変だ。
「アルバート。大丈夫だ。ロックウェルは誰が見ても抱く側だし、この男がロックウェルと付き合っていたのならまず間違いないだろう」
「………」
そんなどこか緊迫した状況のなか、ミシェルが支度を終えて部屋の扉を開けた。
「…?どうかしたのか?」
場の空気を読んで怪訝な声を上げるミシェルにアルバートがいち早く笑顔で何でもありませんと答えたので、ミシェルはホッとしたように笑みを浮かべる。
「そうか。ステファン。言っておくがアルバートは私の大切な相手だ。くれぐれも害など与えぬように」
「心得ております」
ミシェルのそんな一言で緊迫していた空気が緩み、そのままミシェルを先頭に皆で歩き出す。
どうせ行き先は皆同じ方向だ。
そんな中、シリィがそっと袖を引いてきたので少し嬉しく思った。
これまでなら迷わずシュバルツの方へと尋ねに行っていただろうに、こうして自分の方に来てくれるのだから。
断然距離感が縮まってきている良い証拠だ。
「ライアード様。あの騎士の方は?」
「兄上の恋人だ」
「ええっ?!」
そんな話にシリィが目を白黒させている。
ミシェルは妃も二人いるし、シリィとしては俄かには信じ難かったのだろう。
「つい先日長年の恋を成就させたんだ。兄上が幸せそうで何よりだ」
「そ…そうだったんですか。それでは今日の午後のお茶会ではそちら方面の話が出たら誤魔化した方が良さそうですね」
そんな言葉に思わず首を傾げてしまう。
もしや女性達の間で何か噂でも立っているのだろうか?
そう思って興味半分で尋ねてみると、自分が思っている以上に突飛な話が飛び出した。
「あ、いえ。ここ一週間ほどミシェル様の姿が神々しいと噂されていまして、私とライアード様の結婚に合わせてミシェル様も第三妃をお迎えになるのではとか、他に恋人ができたのではとか色々言われているんです。それに伴って、現在のお妃様達もお茶会に誘って詳細や心境を聞いてみたいと言う方々も多々出てきていまして……」
実はその第一弾が今日の午後に開かれるのだとか。
「知らなかった時は私も話題が自分からそれて気持ち的に楽だなと思ってたんですが……これはさすがに……」
「そうか」
知ってしまったのならシリィ的には皆に話を合わせるのも難しくなってしまうことだろう。
そんな話をしているとミシェルが徐に振り返ってきて言った。
「少し聞こえたが…妃と茶会をするのならその前に私の方から話をしておこうと思う」
「え?」
それは正直意外な申し入れだ。
ミシェルの性格的にアルバートとの仲は周囲にばれるまでは隠しておくだろうと思っていたからだ。
けれどミシェルは意外にもはっきりと言い切った。
「この一週間…ずっと悩んだが、ライアードもアルバートを恋人として公表することは問題ないと言ってくれたことだし、アルバートも…私を好きだと言ってくれている。それならば早い内に妃達に話を通しておくに越したことはないと昨夜決心した」
「それは…良い判断ですね」
これもまたミシェルの変化の一つだろう。
これまでと比べるとやはり一皮剥けた感がある。
「では善は急げと申しますし、これからお妃様方に新しい白魔道士の紹介と、新しい恋人の紹介を同時になさって来てください。私が先に執務室に行ってその旨を兄上の側近の方々にお伝えしておきますので」
「そうか」
それならよろしく頼むと言い、ミシェルは二人を引き連れてそのまま妃達の元へと向かっていった。
これでシリィが午後の茶会で困ることもなくなることだろう。
(さて…兄上がそのつもりなら大臣達にも裏から手を回しておくとするか)
こうしてやることがまた増えたなと思いながら色々策略を練りつつフッと笑っている自分をこっそりシリィが見つめていることには気づかずに、ライアードはまた速やかに動き始めた。
***
シリィは動き出した面々を為すすべなく見送りながら、ため息をついて自室へと帰る。
正直新しい魔道士に挨拶をと思って来ただけなのに、思いもよらない話を聞いてしまい戸惑ってしまっていた。
まさかミシェルに男の恋人がいるなんて思いもよらなかったのだ。
自分の知るミシェルは妃を二人迎えているこの国の皇太子。
仲が良いという話は聞いたことがないが、結婚しているということはそれなりに愛情はあるのだろうと考えていた。
それなのに────。
(女性から男性に走るって……どういう心境なのかしら)
もしかしたら妃達はミシェルに愛情を与えるということをしていなかったのだろうか?
(そう言えば一緒にいる姿も見たことがなかったわ)
けれど王族とはそういうものなのかもしれないとどこかで納得している自分もいた。
責務と愛情は別物。
それはアストラスの王宮でも嫌というほど見知っている。
例えばアストラスの王であるブランシュ王もそうだ。
ここ最近変わっては来ているが、彼の愛は長らく末の息子であるハインツにしか向けられてこなかった。
だから妃への愛がすべてではないと知っている。
それでも────。
(ライアード様とはちゃんとお互いのことを知り合って、良好な関係を築いていきたいって…思うんだけどな)
それは甘い考えなのだろうか?
王子妃として自分にできること。自分に与えられた責務。それはもちろん心に留めている。
けれどそれとは別にライアードと末永く良好な関係を築いていきたい。
そのためにはもっともっと彼のことを知りたいと思う自分がいた。
(最近あのちょっと何か企んでるような顔に何故かキュンとしちゃうのよね…。私、どうしちゃったのかしら……)
なんだか段々ライアードに嵌ってきている自分が自分でも良くわからなくて、シリィはハァと深い溜息を吐いたのだった。
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