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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
31.※その交わりにあるものは…
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ここはとある国の王城の中の一室────。
「ひっ…」
その室内に怯えを含んだ幼い声が小さく響く。
寝台の上には蒼白になりながら男に押し倒されている12、3才の少年の姿があった。
「お前は本当に嗜虐心を煽ってくるな」
それに対し押し倒している方の男はクククと笑いながら少年を見下ろしている。
「いい加減諦めてはどうだ?お前はこのまま私の玩具であり続けるのだと…わかっているだろう?」
「に…兄様……」
「クシュナート。お前は王子とは名ばかりの…ただ私の性欲のはけ口でしかないのだと、もうわかっているはずだ」
その言葉と共に兄と呼ばれた男はクシュナートの服を剥いでいく。
「私は必ずソレーユを手に入れてみせる。それが終わればトルテッティとアストラスも…全て私の物にしてみせる」
「そ…そのような事…!できるはずがありません!そのようなお考えは今すぐやめるべきです!」
「くくっ…威勢の良いことだな。だが私の言葉の意味はすぐにわかるだろう。すでに仕掛けは済んだ。後は踊らされる者達をただ見ておけばいい。それだけで…全ては上手くいくはずだ」
平和ボケをした国々を精々引っ掻き回して翻弄してやろうと男────この国の皇太子 ベルナルドは妖しく笑みを浮かべた。
「あっ…あぅッ…!」
今日もまた兄に嬲られ涙が滲む。
けれど自分はこの城から逃げ出すことなどできはしない。
野心溢れる兄。そんな兄を誇らしく思い、兄に任せれば全て上手くいくと楽観的な父王。政には興味がなく、ただただ贅沢を重ねるだけの母。
最早この国は沈みゆくばかりだ。
一体この先どれだけの血が流れるのだろう?
どれだけ国が荒れ、民が苦しむ羽目になるのだろう?
それらを何とかしたいという思いばかりが胸に溢れるのに、何もできない自分がただ不甲斐なかった。
兄に蹂躙されるだけの自分が悔しくて惨めで情けなかった。
自分は何をすればいいのだろう?
どうすることが一番いいのだろう?
ここ最近はただただそればかりが頭の中をぐるぐると回っている。
「くくっ…。やはりお前はいいな。何度嬲ろうともその瞳の力だけは強いのだから。……だからこそ、より犯してやりたい、屈服させてやりたいと思うのだが、なっ…!」
「ひあぁああぁっ!」
小さな体を奥まで侵されて、あまりの衝撃に涙が滲む。
辛い。痛い。苦しい。
けれどこんな苦しみはきっと民たちに比べたら微々たるものだと歯を食いしばる。
(絶対に……屈服なんてするもんかっ…!)
そうしてクシュナートは強く強く、指先が白くなるほど敷き布を握りしめ、衝撃に耐え続けたのだった。
***
不穏な動きがあるソレーユ王宮内とは裏腹にミシェルとアルバートの関係は順調だった。
さすがにシュバルツにこれ以上迷惑をかけるのも忍びないと言うことで二人で話し合い、あれからは激しく交わるのは控えていると言うのが現状だ。
とは言え気持ちも通じ合っているし、肌を重ねて甘く愛し合えるだけでも十分とは言えた。
「はぁ…アル。こうして朝まで寄り添えるのが嬉しい……」
自分の腕の中でそうやって笑顔で素直に甘えてくれるミシェルに、自分がどれほど幸せを感じているのかミシェルはわかってくれているのだろうか?
「ミシェル様……」
ギュッと抱き締めそっと唇を寄せるとうっとりとした眼差しを向けてもらえるのが本当に嬉しすぎてたまらない。
「こんなにも素敵な貴方をお妃様達がどうして放っておけるのか…私にはわかりかねます」
そう。以前から気にはなっていたのだが、以前からの分も含め自分達の関係も長くなっては来たが、その間これまで一度たりとて妃が絡んでくることはなかったのだ。
一体どれだけ妃達はミシェルに無関心なのだろうか?
だから思わずそんな本音をポロリとこぼしたのだが、それに対しミシェルは困ったように笑った。
「私をそんな風に言うのはお前くらいだ」
それは一体どういうことだと不思議そうな眼差しを向けると、ミシェルはどこか自嘲するように笑ったものの、素直に心境を話してくれた。
「お前は違うようだが……私のこの容姿は、妃達含め皆には人形のようにしか見えないらしい」
ミシェルはそれでずっと昔から苦労をしてきたのだと言う。
「普通にしていると冷たい、近寄りがたいと言われ、何とか意識的に笑うようにしたら綺麗な笑みだけど何を考えているのかわからないと言われた。正直無駄だと判断して公的に笑うべき時しか妃の前で笑わなくなった」
「それは……」
確かに公の場で見るミシェルと妃達の姿を思い出すと、ミシェルは貼りつけたような笑みを浮かべていた様に思う。
「挙句妃二人で茶を飲みながら話していたが…私と寝る時すら人形に抱かれているようで面白味がないと……」
そんな言葉の数々に思わずミシェルを思い切り抱きしめている自分がいた。
ミシェルがそんな結婚生活を送っていたなんて思っても見なかったからだ。
それが事実なら一体どれほど辛かったことだろう?
まさか皇太子妃と言う立場にある者達がミシェルに敬意を払わずにそんなことを口にしていたなんて……。
兄を失った後、心癒されなかったのはそういった事も大きかったのかと思わずにはいられない。
「ミシェル様…辛いことを話させてしまい申し訳ありません」
これでは自分に自信が持てないのも道理だろう。
それと……自分が義務で性欲処理をしていたと思い込んだのもこの辺りが要因だと言うことも何となく察することができた。
正直妃達には腹が立って仕方がない。
「ミシェル様。私は貴方の事を人形のようだなどと思ったことは一度もありません」
「アル……」
「お妃様達は見る目がなかったのです。貴方は人形ではなくこんなにも可愛くて表情豊かなのに……」
「あ……」
口づけだけで蕩けていく表情。
「んぅ……」
愛撫だけで敏感に反応してくれる身体。
「アル…ぅ…」
甘く吐き出される吐息。
「はぁ…アル…もう一度…愛して…」
そうやって強請ってくる姿は本当に愛おしいの一言だ。
どうしてこんな人を放っておくことなどできるのか……。
自分なら愛に飢えたミシェルをもっともっと幸せに満たしてあげたいと────そう思うのに。
「ミシェル様…。私の全てで貴方を愛させてください」
どこまでも深くミシェルに愛を注いで気持ちを伝えていく。
この人が二度と寂しい思いをしないように…幸せにできるのは自分だけなのだと喜びを噛みしめながら────。
***
「アル。明日は朝一でお抱え白魔道士の候補者と顔合わせがあるらしい」
ある日仕事を終えたミシェルを部屋へと送り届けたところでミシェルからそんな話をされて、アルバートは思わず目を瞠った。
「ライアードは本当に仕事が早いな」
まさか一週間かそこらで見つけてくるとは思わなかったとミシェルが笑う。
「ライアード様はミシェル様を本当に大切に想ってくださっているのですね」
そんな言葉にミシェルは少し驚いたように目を瞠った後、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「あれは昔から私を立てることに関しては本当に徹底してるが…なるほど。そうとも言えるか」
そんな言葉になんだか温かな気持ちになった。
ミシェルはあまり表面には出さないが、ライアードの事はちゃんと頼りにしているし認めているようだった。
単純にロイドの事が気に入らなくてぶつかっているだけの事なのだろう。
「ミシェル様。明日の白魔道士の件ですが……私もご挨拶させていただいても構わないでしょうか?」
本来であれば出過ぎた申し出だとは思うのだが、これから世話になる相手だしきちんと挨拶をさせてもらえたらいいなと、思い切って申し出てみた。
そんな自分にミシェルはなんだか嬉しそうに微笑んで、もちろんだと言ってくれた。
けれどその後すぐに表情を曇らせ言い難そうに言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだ。妃達に思い切ってお前の事を話すことにした。釘は刺すつもりだが何かしてくる場合は私が対処するから隠さずに私に言ってほしい」
どうやらここ最近のミシェルの変化から噂が妃達の耳に入ったらしく、誰か恋人ができたのではと周囲に探りを入れられたらしい。
折角両思いになれたのだから下手に探られかき回されてはたまらないので、ここで思い切って話を通しておこうとミシェルは判断したようだ。
これは正直嬉しいの一言だ。
ミシェルが妃よりも自分との関係を大事に想ってくれていると言うことなのだから。
それに、正直言ってこれまでミシェルを幸せにしようとしてくれなかった妃達には物申したい気持ちでいっぱいだった。
いい機会だし、あちらの出方を見極めたいと思う。
そんな風に考えながら黙っていたせいかミシェルが不安そうに声を上げた。
「アル…妃達に何を言われても私はお前と一緒に居たいと思っている。だから……」
離れていかないで────言葉にならないその言葉が今は自分には手に取るようにわかってしまう。
そんなこと……自分がするはずがないのに。
ミシェルは自分の立場をわかっていないのだろうか?
普通であれば手の届かない立場にいるのに、こと恋愛に関してはやはり距離感がずれているように思う。
一度でも手放せば二度と手が届かないとわかっていて、手放すわけがないではないか。
どんな横槍が入ろうともこの先自分がミシェルを手放すことなど絶対にないとわかってほしい。
「ミシェル様。ご不安なことはなんでも私にお話し下さい。ライアード様も仰って下さったではありませんか。何でも相談してくれと。ミシェル様は一人ではありません。お支えしたいと思っている者は他にもおります。どうか一人で抱え込まず、我々側にいる者達をお頼り下さい」
少しでもミシェルの不安を取り除いてやりたくてそうはっきりと明言したところで、どこか泣きそうにしながら胸の中へと飛び込んできたのでそのままギュッと抱きしめる。
本当に可愛い人だ。
「今日は添い寝にしておきますか?」
正直あまりにも可愛すぎて抱き潰してしまいたいほどなのだが、明日の顔合わせを思い出しやめておいた方が賢明かとそう提案した。
けれどミシェルはそれがと言いながら複雑そうに返してくる。
「その白魔道士は私達の行為後の回復が主な仕事になるだろう?実際に採用する前に、不埒な事を考えるような相手でないことを確認しておく方がいいとライアードからも言われてな」
その時の反応次第で採用の可否を決めるべきだとのこと。
なので今日は普通に…いや。どちらかと言うと激しめに抱いて構わないらしい。
最初に見極めておけば後々問題が発生してくる可能性は低くなるから自分もその案には賛成なのだと言うミシェルに、なるほどと納得がいく。
「まあ私に欲情できるのはアルくらいだとは思うんだが…念には念をと言うことなのだろうな」
そうやってサラリと言ってくるあたり、ミシェルが自分の事をわかっていないのは確実だった。
ここ一週間で周囲の視線が変わったことに気付いていないのだろうか?
ミシェルがそれまで纏っていた近寄りにくい空気が薄まり、最初は戸惑っていた者達が徐々に慣れ始めここ最近では見惚れる者も続出していると聞く。
正直好意的な眼差しが増えるのは良いことだが、ライバルが増えるのは遠慮願いたい。
「ミシェル様は誰よりも魅力的ですよ」
「アル……」
「最近ライバルが増えて私も色々心配しているのです」
だから素直にそう口にしたのだが、ミシェルらしいと言えばらしいが全く信じてくれず冗談としか取ってもらえなかった。
「そんないらぬ慰めはいらない。アル以上に私を愛してくれる者など他にはいないし、私が好きなのもアルだけだ」
しかもそんな嬉しいセリフまで紡がれたらもう攫っていくしかないだろう。
「そういう事なら話せる程度に今日は沢山貴方を愛させてください」
そしてそのままミシェルを抱き上げ幸せな気持ちのままベッドへと連れ去った。
そっと口づけを交わしたのを合図に、ミシェルが甘い声で自分の名を呼ぶ。
「アル…んぅ…」
「はぁ…ミシェル様…」
その白磁の肌を堪能しながら唇を離しミシェルを見遣ると、蒸気させた頰で幸せそうに笑みを返され嬉しい気持ちが込み上げてくる。
恋人同士になってからのミシェルは日々色香が増し、蕩けるように幸せオーラを出してただひたすら自分だけを見つめてくれるのだが、それが本当に嬉しくてもっともっと愛したくなってしまう。
「アル……今日はこれがいい……」
そう言って恥じらいながら縄を手渡すミシェルからそっとそれを受け取る。
どうやら不安な時ほどミシェルは拘束してほしくなるらしい。
愛されることに対しての不安とでもいうのだろうか?
きっと新しい白魔道士の件での不安と言うよりも妃達の件での不安が消えないのだろうなと思った。
「ミシェル様…ここがもう物欲しそうですよ?」
今日は足を閉じられないようM字で固定し縛って可愛がっていたのだが、その状態でミシェルがうっとりとこちらを見てくるので先程から煽られるように欲情して仕方がない。
どうやらミシェルの不安な気持ちもそろそろなくなってきたようだ。
「んんっ……アルぅ…」
「見られるのもお好きなんですね」
「んっ…アルに見つめられるの、好きぃ…」
目に見えて不安よりも安堵感に満たされているのが見て取れる。
「可愛いミシェル様をもっと私に見せていただけますか?」
「はぁ…ん…。もっといっぱい見ていっぱい触って…」
「もちろん。沢山可愛がらせて下さい」
こんなに心許してもらえて甘えてもらえて…求めてもらえて、本当に自分は幸せ者だ。
「ミシェル様。愛しています」
どうやら今日はこれ以上自分の衝動を止められそうにない。
愛しすぎてリミットが外れてしまうのはもうどうしようもないなと思いながら、目の前の愛しい人へとそのまま覆いかぶさる。
そうしてゆっくりとまた二人で蕩けるように口づけを交わし、幸せに溺れあった。
「ひっ…」
その室内に怯えを含んだ幼い声が小さく響く。
寝台の上には蒼白になりながら男に押し倒されている12、3才の少年の姿があった。
「お前は本当に嗜虐心を煽ってくるな」
それに対し押し倒している方の男はクククと笑いながら少年を見下ろしている。
「いい加減諦めてはどうだ?お前はこのまま私の玩具であり続けるのだと…わかっているだろう?」
「に…兄様……」
「クシュナート。お前は王子とは名ばかりの…ただ私の性欲のはけ口でしかないのだと、もうわかっているはずだ」
その言葉と共に兄と呼ばれた男はクシュナートの服を剥いでいく。
「私は必ずソレーユを手に入れてみせる。それが終わればトルテッティとアストラスも…全て私の物にしてみせる」
「そ…そのような事…!できるはずがありません!そのようなお考えは今すぐやめるべきです!」
「くくっ…威勢の良いことだな。だが私の言葉の意味はすぐにわかるだろう。すでに仕掛けは済んだ。後は踊らされる者達をただ見ておけばいい。それだけで…全ては上手くいくはずだ」
平和ボケをした国々を精々引っ掻き回して翻弄してやろうと男────この国の皇太子 ベルナルドは妖しく笑みを浮かべた。
「あっ…あぅッ…!」
今日もまた兄に嬲られ涙が滲む。
けれど自分はこの城から逃げ出すことなどできはしない。
野心溢れる兄。そんな兄を誇らしく思い、兄に任せれば全て上手くいくと楽観的な父王。政には興味がなく、ただただ贅沢を重ねるだけの母。
最早この国は沈みゆくばかりだ。
一体この先どれだけの血が流れるのだろう?
どれだけ国が荒れ、民が苦しむ羽目になるのだろう?
それらを何とかしたいという思いばかりが胸に溢れるのに、何もできない自分がただ不甲斐なかった。
兄に蹂躙されるだけの自分が悔しくて惨めで情けなかった。
自分は何をすればいいのだろう?
どうすることが一番いいのだろう?
ここ最近はただただそればかりが頭の中をぐるぐると回っている。
「くくっ…。やはりお前はいいな。何度嬲ろうともその瞳の力だけは強いのだから。……だからこそ、より犯してやりたい、屈服させてやりたいと思うのだが、なっ…!」
「ひあぁああぁっ!」
小さな体を奥まで侵されて、あまりの衝撃に涙が滲む。
辛い。痛い。苦しい。
けれどこんな苦しみはきっと民たちに比べたら微々たるものだと歯を食いしばる。
(絶対に……屈服なんてするもんかっ…!)
そうしてクシュナートは強く強く、指先が白くなるほど敷き布を握りしめ、衝撃に耐え続けたのだった。
***
不穏な動きがあるソレーユ王宮内とは裏腹にミシェルとアルバートの関係は順調だった。
さすがにシュバルツにこれ以上迷惑をかけるのも忍びないと言うことで二人で話し合い、あれからは激しく交わるのは控えていると言うのが現状だ。
とは言え気持ちも通じ合っているし、肌を重ねて甘く愛し合えるだけでも十分とは言えた。
「はぁ…アル。こうして朝まで寄り添えるのが嬉しい……」
自分の腕の中でそうやって笑顔で素直に甘えてくれるミシェルに、自分がどれほど幸せを感じているのかミシェルはわかってくれているのだろうか?
「ミシェル様……」
ギュッと抱き締めそっと唇を寄せるとうっとりとした眼差しを向けてもらえるのが本当に嬉しすぎてたまらない。
「こんなにも素敵な貴方をお妃様達がどうして放っておけるのか…私にはわかりかねます」
そう。以前から気にはなっていたのだが、以前からの分も含め自分達の関係も長くなっては来たが、その間これまで一度たりとて妃が絡んでくることはなかったのだ。
一体どれだけ妃達はミシェルに無関心なのだろうか?
だから思わずそんな本音をポロリとこぼしたのだが、それに対しミシェルは困ったように笑った。
「私をそんな風に言うのはお前くらいだ」
それは一体どういうことだと不思議そうな眼差しを向けると、ミシェルはどこか自嘲するように笑ったものの、素直に心境を話してくれた。
「お前は違うようだが……私のこの容姿は、妃達含め皆には人形のようにしか見えないらしい」
ミシェルはそれでずっと昔から苦労をしてきたのだと言う。
「普通にしていると冷たい、近寄りがたいと言われ、何とか意識的に笑うようにしたら綺麗な笑みだけど何を考えているのかわからないと言われた。正直無駄だと判断して公的に笑うべき時しか妃の前で笑わなくなった」
「それは……」
確かに公の場で見るミシェルと妃達の姿を思い出すと、ミシェルは貼りつけたような笑みを浮かべていた様に思う。
「挙句妃二人で茶を飲みながら話していたが…私と寝る時すら人形に抱かれているようで面白味がないと……」
そんな言葉の数々に思わずミシェルを思い切り抱きしめている自分がいた。
ミシェルがそんな結婚生活を送っていたなんて思っても見なかったからだ。
それが事実なら一体どれほど辛かったことだろう?
まさか皇太子妃と言う立場にある者達がミシェルに敬意を払わずにそんなことを口にしていたなんて……。
兄を失った後、心癒されなかったのはそういった事も大きかったのかと思わずにはいられない。
「ミシェル様…辛いことを話させてしまい申し訳ありません」
これでは自分に自信が持てないのも道理だろう。
それと……自分が義務で性欲処理をしていたと思い込んだのもこの辺りが要因だと言うことも何となく察することができた。
正直妃達には腹が立って仕方がない。
「ミシェル様。私は貴方の事を人形のようだなどと思ったことは一度もありません」
「アル……」
「お妃様達は見る目がなかったのです。貴方は人形ではなくこんなにも可愛くて表情豊かなのに……」
「あ……」
口づけだけで蕩けていく表情。
「んぅ……」
愛撫だけで敏感に反応してくれる身体。
「アル…ぅ…」
甘く吐き出される吐息。
「はぁ…アル…もう一度…愛して…」
そうやって強請ってくる姿は本当に愛おしいの一言だ。
どうしてこんな人を放っておくことなどできるのか……。
自分なら愛に飢えたミシェルをもっともっと幸せに満たしてあげたいと────そう思うのに。
「ミシェル様…。私の全てで貴方を愛させてください」
どこまでも深くミシェルに愛を注いで気持ちを伝えていく。
この人が二度と寂しい思いをしないように…幸せにできるのは自分だけなのだと喜びを噛みしめながら────。
***
「アル。明日は朝一でお抱え白魔道士の候補者と顔合わせがあるらしい」
ある日仕事を終えたミシェルを部屋へと送り届けたところでミシェルからそんな話をされて、アルバートは思わず目を瞠った。
「ライアードは本当に仕事が早いな」
まさか一週間かそこらで見つけてくるとは思わなかったとミシェルが笑う。
「ライアード様はミシェル様を本当に大切に想ってくださっているのですね」
そんな言葉にミシェルは少し驚いたように目を瞠った後、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「あれは昔から私を立てることに関しては本当に徹底してるが…なるほど。そうとも言えるか」
そんな言葉になんだか温かな気持ちになった。
ミシェルはあまり表面には出さないが、ライアードの事はちゃんと頼りにしているし認めているようだった。
単純にロイドの事が気に入らなくてぶつかっているだけの事なのだろう。
「ミシェル様。明日の白魔道士の件ですが……私もご挨拶させていただいても構わないでしょうか?」
本来であれば出過ぎた申し出だとは思うのだが、これから世話になる相手だしきちんと挨拶をさせてもらえたらいいなと、思い切って申し出てみた。
そんな自分にミシェルはなんだか嬉しそうに微笑んで、もちろんだと言ってくれた。
けれどその後すぐに表情を曇らせ言い難そうに言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだ。妃達に思い切ってお前の事を話すことにした。釘は刺すつもりだが何かしてくる場合は私が対処するから隠さずに私に言ってほしい」
どうやらここ最近のミシェルの変化から噂が妃達の耳に入ったらしく、誰か恋人ができたのではと周囲に探りを入れられたらしい。
折角両思いになれたのだから下手に探られかき回されてはたまらないので、ここで思い切って話を通しておこうとミシェルは判断したようだ。
これは正直嬉しいの一言だ。
ミシェルが妃よりも自分との関係を大事に想ってくれていると言うことなのだから。
それに、正直言ってこれまでミシェルを幸せにしようとしてくれなかった妃達には物申したい気持ちでいっぱいだった。
いい機会だし、あちらの出方を見極めたいと思う。
そんな風に考えながら黙っていたせいかミシェルが不安そうに声を上げた。
「アル…妃達に何を言われても私はお前と一緒に居たいと思っている。だから……」
離れていかないで────言葉にならないその言葉が今は自分には手に取るようにわかってしまう。
そんなこと……自分がするはずがないのに。
ミシェルは自分の立場をわかっていないのだろうか?
普通であれば手の届かない立場にいるのに、こと恋愛に関してはやはり距離感がずれているように思う。
一度でも手放せば二度と手が届かないとわかっていて、手放すわけがないではないか。
どんな横槍が入ろうともこの先自分がミシェルを手放すことなど絶対にないとわかってほしい。
「ミシェル様。ご不安なことはなんでも私にお話し下さい。ライアード様も仰って下さったではありませんか。何でも相談してくれと。ミシェル様は一人ではありません。お支えしたいと思っている者は他にもおります。どうか一人で抱え込まず、我々側にいる者達をお頼り下さい」
少しでもミシェルの不安を取り除いてやりたくてそうはっきりと明言したところで、どこか泣きそうにしながら胸の中へと飛び込んできたのでそのままギュッと抱きしめる。
本当に可愛い人だ。
「今日は添い寝にしておきますか?」
正直あまりにも可愛すぎて抱き潰してしまいたいほどなのだが、明日の顔合わせを思い出しやめておいた方が賢明かとそう提案した。
けれどミシェルはそれがと言いながら複雑そうに返してくる。
「その白魔道士は私達の行為後の回復が主な仕事になるだろう?実際に採用する前に、不埒な事を考えるような相手でないことを確認しておく方がいいとライアードからも言われてな」
その時の反応次第で採用の可否を決めるべきだとのこと。
なので今日は普通に…いや。どちらかと言うと激しめに抱いて構わないらしい。
最初に見極めておけば後々問題が発生してくる可能性は低くなるから自分もその案には賛成なのだと言うミシェルに、なるほどと納得がいく。
「まあ私に欲情できるのはアルくらいだとは思うんだが…念には念をと言うことなのだろうな」
そうやってサラリと言ってくるあたり、ミシェルが自分の事をわかっていないのは確実だった。
ここ一週間で周囲の視線が変わったことに気付いていないのだろうか?
ミシェルがそれまで纏っていた近寄りにくい空気が薄まり、最初は戸惑っていた者達が徐々に慣れ始めここ最近では見惚れる者も続出していると聞く。
正直好意的な眼差しが増えるのは良いことだが、ライバルが増えるのは遠慮願いたい。
「ミシェル様は誰よりも魅力的ですよ」
「アル……」
「最近ライバルが増えて私も色々心配しているのです」
だから素直にそう口にしたのだが、ミシェルらしいと言えばらしいが全く信じてくれず冗談としか取ってもらえなかった。
「そんないらぬ慰めはいらない。アル以上に私を愛してくれる者など他にはいないし、私が好きなのもアルだけだ」
しかもそんな嬉しいセリフまで紡がれたらもう攫っていくしかないだろう。
「そういう事なら話せる程度に今日は沢山貴方を愛させてください」
そしてそのままミシェルを抱き上げ幸せな気持ちのままベッドへと連れ去った。
そっと口づけを交わしたのを合図に、ミシェルが甘い声で自分の名を呼ぶ。
「アル…んぅ…」
「はぁ…ミシェル様…」
その白磁の肌を堪能しながら唇を離しミシェルを見遣ると、蒸気させた頰で幸せそうに笑みを返され嬉しい気持ちが込み上げてくる。
恋人同士になってからのミシェルは日々色香が増し、蕩けるように幸せオーラを出してただひたすら自分だけを見つめてくれるのだが、それが本当に嬉しくてもっともっと愛したくなってしまう。
「アル……今日はこれがいい……」
そう言って恥じらいながら縄を手渡すミシェルからそっとそれを受け取る。
どうやら不安な時ほどミシェルは拘束してほしくなるらしい。
愛されることに対しての不安とでもいうのだろうか?
きっと新しい白魔道士の件での不安と言うよりも妃達の件での不安が消えないのだろうなと思った。
「ミシェル様…ここがもう物欲しそうですよ?」
今日は足を閉じられないようM字で固定し縛って可愛がっていたのだが、その状態でミシェルがうっとりとこちらを見てくるので先程から煽られるように欲情して仕方がない。
どうやらミシェルの不安な気持ちもそろそろなくなってきたようだ。
「んんっ……アルぅ…」
「見られるのもお好きなんですね」
「んっ…アルに見つめられるの、好きぃ…」
目に見えて不安よりも安堵感に満たされているのが見て取れる。
「可愛いミシェル様をもっと私に見せていただけますか?」
「はぁ…ん…。もっといっぱい見ていっぱい触って…」
「もちろん。沢山可愛がらせて下さい」
こんなに心許してもらえて甘えてもらえて…求めてもらえて、本当に自分は幸せ者だ。
「ミシェル様。愛しています」
どうやら今日はこれ以上自分の衝動を止められそうにない。
愛しすぎてリミットが外れてしまうのはもうどうしようもないなと思いながら、目の前の愛しい人へとそのまま覆いかぶさる。
そうしてゆっくりとまた二人で蕩けるように口づけを交わし、幸せに溺れあった。
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