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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
28.ミシェルの本心
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「失礼致します。アルバート殿をお連れ致しました」
そうして一礼するロイドに構わず、ライアードはアルバートの姿を確認するや否やいつもとは違う冷たい表情でそちらを見遣った。
「アルバート。兄上の件につき、申し開きはないか」
その姿はいつもの親しげなものとは違い臣下に対するものでしかなかった。
(ライアード王子のこういう姿も久方ぶりに見たな)
いつもロイドと居る自分を面白そうに眺めている姿かシリィと仲良く並んで立つ姿ばかり見ていたから失念していたが、彼もまた王子だった。
「………申し訳…ございません」
それに対しアルバートはただ恐縮し頭を下げるだけだ。
その姿はミシェルを前にした時とは大違いだった。
「兄上とお前の関係は私の方で随分前から把握していたが……今回の件についてはあまりにも無礼が過ぎよう」
しかも逃がしはしないと言わんばかりに追い詰めていくライアードが怖い。
事情はさっぱり分からないが、どうやらライアードは二人の仲をよくは思っていないようだった。
「たとえ兄上の親友の弟とは言え、拒絶された上で主人を嬲るとは許される行為ではないことくらい承知しているな?」
「は……」
「兄上の温情に甘え、いつまでも立場をはっきりしないお前に私は怒っているのだが?」
そこまで言われたところでアルバートがハッと顔を上げる。
「ライアード様!私は…!」
「……言いたいことがあるのなら聞いてやろう。申してみよ」
そんな不遜な態度に怖気づきはしたものの、アルバートは意を決したように口を開いた。
「私は…本気でミシェル様をお慕いしております。その気持ちに嘘偽りはございません!」
「ほぅ?遊びでもなければ同情やただの責務でもないと?」
「はい。そのようなはずがございません!私は…兄を失ってからずっと傷つき続けるミシェル様をお癒ししたかったのです。嬲る気持ちなど…全くありませんでした」
そうやって肩を落とすアルバートにけれどライアードの言葉はどこまでも辛辣だ。
「お前は癒したいと言ったが、ここ数か月で兄上を快楽へと落とし淫乱に育てたではないか。それは癒しなのか?私には全く意味が理解できないが?」
その言葉にアルバートは一気に蒼白になった。
「あ……」
ライアードの言葉にアルバートがカタカタと震え始める。
「あまりにも押し付けがましいお前の暴走行為に兄上もそろそろ嫌気がさしてきたのではないか?別れを切り出されるのも時間の問題だな」
そんな言葉がアルバートへと鋭く突き刺さるのを見てシュバルツは『うわっ…痛烈…』と思った。
今朝まさにフラれたアルバートにはこれ以上ないほどの一言だろう。
「もう話を聞くまでもない。ロイド。この男が兄上にこれ以上執着するのも面倒だ。さっさと水晶化して兄上の部屋の飾りにでもしてやってくれ」
(え?)
その言葉に驚きのあまり目を見開くが、ロイドはそれを受けてあっさりと諾と頷いた。
「ライアード様のお望みのままに」
それと共に呪文が唱えられ、アルバートはそのまま言葉を紡ぐ間もなくあっという間にその体を水晶と化してしまった。
「ひっ……!」
その衝撃的な光景にシュバルツは思わず悲鳴を上げてしまう。
黒魔法でこんなことができるなんて全く知らなかっただけに驚きを隠すことができなかった。
「シュバルツ殿。そう怯えずともよい。別に殺したわけではない。術を解いたらまたすぐに戻る魔法だ」
ライアードから掛けられたそんな言葉でハッと我に返ると、安心させるようにコクリと頷いてもらえる。
「これから兄上を呼び出して本音を聞き出すつもりだからシュバルツ殿には邪魔をせずに見守っていていただきたい」
どうやらこれには意味があったらしい。
ロイドも何も言わないところを見ると予め決めていたことなのだろう。
それならそれで自分は大人しくしているしかない。
自分を同席させたのは恐らくもしもの為を想定してと言う可能性もある。
ここで逃げても何も良い方向には進まないだろう。
「…わかりました」
だから静かに頷き、邪魔はしない旨を伝えた。
***
ミシェルが仕事をしているとそこにライアードの使いだと言ってお付きの者がやってきた。
ライアードからの呼び出しと言うのは非常に珍しい。
用があるのなら向こうからやってくるのが常なのだ。
何かあるのかと尋ねると、会わせたい相手がいるのだと言われそう言うことならと席を立つ。
会わせたい相手とは一体誰なのだろうか?
そう思いながら赴くと、部屋に入ってすぐに驚愕に目を見開いた。
「アルバート!!」
そこにあったのは今朝別れたばかりのアルバートの変わり果てた姿だった。
「やっ…!嫌だ!アルバート!!」
全身が水晶化しているがこれは作り物ではなくアルバート本人だと、言われなくてもどこかで理解している自分がいた。
何故こんなことになっているのか────。
「ライアード!これは一体どういうことだ?!返答如何によってはお前と言えど容赦しないぞ!」
怒りのままにそう叫ぶが、対するライアードは酷く冷めた目でこちらを見るばかり。
「兄上…そうお怒りにならずとも。私は邪魔者を排除したに過ぎないでしょう?そのような者、部屋の飾りにでもしてやればよいのです」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどおりませんよ。現にその男は兄上にとっての害でしかなかったではありませんか」
そんな言葉に思わずドクンッと胸が嫌な音を立てた。
「ここ数か月、私は兄上とその男の事をこれでも一応生暖かく見守ってきたつもりなのですが……」
そんな言葉に一体どこまで把握されているのだろうと空恐ろしくなる。
もしやあの嬌態を把握されているのだろうか?
「兄上が何も言わないのを良いことに好き放題していたでしょう?兄上の表情が沈み込んでいようと理由を尋ねもせず、ただ慰めるという上っ面の言葉だけで兄上を嬲り続けたのですよ?いい加減兄上もお気づきでは?この男の慰み者になっていただけだと言うことを……」
それは考えないようにと思いつつも、どこかで考えていた事だっただけに思い切り鋭く自分の心へと突き刺さった。
「う…煩い……」
辛うじて言葉を絞り出すがライアードの言葉は止まらなかった。
「立場を利用した悪質な行為です。兄上もどうしてお止めにならなかったのか…。ああ、妻にそっぽを向かれてお淋しかったから一緒に楽しんでいたと言うのなら話は別ですが?」
そんなどこか揶揄するような口調にふつふつと怒りが湧いてくる。
「ライアード!兄を侮辱するにも程がある!」
「ふっ…では他に何か特別な理由でも?それほどのお怒りようなら、たかが元親友の弟だと言うだけで大人しく慰み者になったわけではないのでしょう?」
そう促されて、思い切り睨み付けるかのように言葉を紡いだ。
それまでの言葉の数々からもうどうせ全てバレているのだと悟り、開き直って本音を一気に曝け出すことにした。
最早隠し立てするものなど自分にはない。
「私は…初めてアルに会った時からずっとアルの事が好きだった!恋人になりたいとジャンにも相談して、許してもらってもいた。ジャンが亡くなった時に一度は諦めた想いだったが、それでもずっと……ずっとアルの事が好きだったんだ…!」
そんな自分にライアードは軽い調子で『ああ、兄上は諦めが悪くてしつこいですものね。納得です』と言ってきた。
恐らくロイドに対する数々の所業がそのセリフを言わせたのだろう。
腹は立つが事実は事実だ。
自分はどこまでいっても自分でしかない。
アルバートの件も、諦められなかった自分がすべて悪い。
「アルは純粋に臣下として私を慰めようとしていただけだ。皇太子である私に…望まれるままに仕方なく付き合ってくれていたに過ぎない。責務を全うしていただけのアルは何も悪くない。悪いのは…純粋な敬愛の気持ちを捻じ曲げて無理やり行為をさせてしまった私だ。その関係も今朝もう本人に終わりだと告げた。アルバートにこれ以上私の勝手な想いに付き合わせるつもりはない。だから…どうか助けてやってほしい」
そうやって小さく願いを付け加えた自分にライアードはクスリと笑った。
「つまりは私が先程言ったこととは関係なく、兄上の一方的な片思いによる関係だったから許してやって欲しいと…そう仰りたいのですか?」
「そうだ」
「アルバートの方に兄上への悪意や恋慕の気持ちは一切ないと?」
「ああ。アルにあるのはただの敬愛の念だけだ」
それが全てだと哀しげに口にすると、何故かその場にいた三人に大きなため息を吐かれてしまった。
「兄上…アルバートは何か閨で思わせぶりな言葉を口にしたりはしなかったのですか?」
何故そんなことを聞かれるのかはわからなかったが、アルバートを助けるためならここは素直に質問に答えていくしかないだろうと思い、きちんと誠心誠意答えを返す。
「全くなかった。あったのは『お慕いしています』とか『ずっとお傍に居させてください』という騎士としての言葉だけだ」
「……兄上?寝惚けていらっしゃいますか?それは私からすると愛の言葉に聞こえますが?」
「……?どこからどう聞いてもただの主従の言葉だろう?」
一体何を言っているのか。
そこに愛があると言うのなら自分はこれほどまでに悩んではいない。
それなのにライアードは頭が痛いとばかりに額を押さえた。
「兄上…貴方が遠回りしがちな鈍臭いお方だと言うことは百も承知しておりますが、まさかここまで鈍いとは思っておりませんでした」
「?」
鈍臭いなどと非常に不快な言葉を吐かれたが、もしかしたら一を聞いて十を知るライアードからしたら自分に見えないことでも見えたのかもしれないなと思い、一応話の続きへと大人しく耳を傾ける。
「宜しいですか?貴方は皇太子です」
「もちろんそうだ」
「アルバートは臣下の騎士です」
「ああ」
そんなわかりきった事、言われなくても十分承知しているのに一体何を今更口にしているのか。
「想いを伝えるのに、閨でその言葉以外に何を言えと?」
「……?普通は好きなら『愛している』だろう?」
もし仮にアルバートが自分を想ってくれているのであれば当然そう言ってくれるはずだろうと口にすると、何故か思い切り首を振られてしまった。
本当によくわからない奴だ。
「よくわかりました。私がこの十年近くお支えしてきたにも関わらず気付かなかったのは不徳の致すところだったと反省しましょう。ロイド!」
その言葉と共に自分の魔道士に声を掛けたライアードに慌てて視線を向ける。
その姿に、まさか自分の気持ちを聞いておいてこれを壊すということはないだろうなと突然不安にかられてしまったのだ。
ロイドのことだから、これまでの所業に対する報復だとでも言って壊しにかかってもおかしくはない。
「や…やめてくれ……」
だから気づけばアルバートを背に庇うように剣を構え、ふるふると首を振って懇願していた。
「兄上。ロイドを信用していただきたい」
「嫌だ!これまでの仕返しに絶対に壊すつもりだろう!」
「兄上……」
呼び掛けられようとどうしようと引く気は無かった。
自分はアルバートを失ったらもう立ち直れないとわかっていたからだ。
「アルバートが死んだら私も死ぬ!」
自分は本気だと、その勢いのままに自らの剣を首へと添える。
「兄上…馬鹿な真似はおやめください」
呆れたようにライアードが言ってくるが自分は本気だった。
アルバートを失ったらショックが大きすぎて心は完全に死んでしまうだろう。
そうなるくらいなら一緒に死にたかった。
もうジャンの時のような思いは沢山だと思った。
「うっ……愛してるんだ。たとえ愛してもらえなくても…遠くから見つめることしかできなくても…ただ元気な姿を見られるならそれだけでいい。もう十分わがままは叶えてもらったから…アルには幸せになって欲しいんだ…」
────だから殺さないで。
ボロボロと泣きながら剣を押し当て、大嫌いなロイドに懇願する姿は滑稽でしかないだろう。
一国の皇太子が何をと呆れられているだろう。
それでも…プライドも何もなく訴え続けた。
「頼むから私からアルを奪わないでくれ……!」
そんな自分にロイドとは別方面から魔法が飛んでくる。
ふわりと自分に掛けられたのは癒しの魔法……。
これはシュバルツの魔法だ。
「ミシェル様。アルバート殿はちゃんと貴方の元に戻りますよ……」
その言葉を合図に背後で魔法が解ける気配がして、それと同時に暖かな温もりが自分を包み込むのを感じた。
「ミシェル様。どうぞ剣をお離し下さい」
その声が耳に届くと共に一気に力が抜けて手から剣が滑り落ちてゆく。
「う…アル…アル……っ」
安堵から涙が止まらなくなった自分をアルバートは優しく抱き締めてくれた。
生きている────今はただそれが嬉しかった。
そんな自分達に誰も声をかけようとはしなかったからか、少し落ち着いてからアルがそっと口を開いた。
「ライアード様。この度のご尽力に感謝申し上げます」
「いや。お前が本当に兄上を嬲っているだけなら殺してやろうと思っていたからな。礼には及ばん。精々兄上に感謝することだ」
そんなライアードにアルバートは深々と頭を下げる。
「ああ、兄上。兄上はもしかしたらこちらも思い悩んでいたかもと思ったので一つご忠告を。兄上にはすでに妃は二人もおりますし後継もおります。今更三人目の相手が男だからといって何か問題になるはずもありません。何か言ってくる輩がおりましたら私がすぐさま潰しますのでどうぞご相談を」
「ライアード……」
正直自分にはライアードの真意がさっぱりわからない。
こんな時にまで弟の立場を崩さず、自分の味方の立場を表明してくる。
自分よりも聡明でロイドという優秀な黒魔道士まで抱え、自分の情けない姿まで見ているにもかかわらず王位には興味がないとばかりに振る舞うのはどうにも理解できない。
「お前はこれを機に立場を逆転させて私の立場に成り代わりたいとは思わないのか?」
そんな自分にライアードは実に楽しげに言い切った。
「兄上…私ははっきり言って、その何度も目を通さないと理解できない凡庸さも、要領の悪過ぎるところも、人から誤解され散々遠回りする不器用さも全く尊敬できません。が、粘り強く真面目に努力して国の為にと励むお姿はこれでも認めているつもりです。どうぞ清廉潔白で努力家な王におなり下さい。私はそんな堅苦しいものよりも、裏で悪党達を相手にロイドと戯れる方がずっと楽しいのです。裏方はこちらが全て引き受けますので、無駄な勘繰りに労力を使わずそろそろご自身のお幸せに目をお向け下さい」
ライアードの言い分は半分ほどしか分からなかったが、兎に角王位に興味などないから何も心配せず安心して幸せになれと言いたかったようだと理解する。
「……幸せ…か」
そうだ。アルは無事に助かったのだから、これからは多くを望まずそっと見守って小さな幸せを噛み締めよう。
自分としては、ここでライアードの言うように自分の幸せのためにアルバートに命令を出すつもりは一切ない。
命令で手に入れたものには自分が本当に求めている愛などというものはないのだから……。
無理矢理手に入れたものにまた失望するなど愚かの極みだ。
そこに本当の幸せなどはない。あるのはただ空虚なひと時の夢幻だけ。
それくらいなら小さな幸せを感じて満足する方がずっといいことだろう。
(そうだそれでいい……)
そうしてもう少しだけこの温もりを感じさせてもらってから離れようと、また切なく考えていたところでロイドの呆れたような声が耳へと飛び込んできた。
「はぁ…ライアード様。ここまで言われてもまだわかっていないように見受けられるのですが…。いっそ記憶操作でも致しましょうか?」
「上手くできるか?」
「まあ…それなりにですが」
それと同時にロイドが徐にこちらへと足を向けてきたので慌ててアルバートの腕の中から逃げ出した。
いきなり恐ろしい行動を起こされそうになって、ロイドに対する警戒心がまた込み上げてしまったのだ。
「私に触るな!」
するとロイドが楽しそうに口を開いてくる。
「ふっ…私には触れられたくないと?」
「当然だ!たかがお抱え魔道士の分際で無礼も甚だしい!許可なく私に触れるな!」
「ククッ…そこの男には散々好きに触れさせていたくせに?」
「アルはお前とは違う!アルは…ッ……特別…だ」
流石に本人の前でそんなことを言うのはまずいかと後半は消え入りそうな声になったが、その言葉と共にまた気づけばアルバートに抱き込まれている自分がいて驚いた。
先程は落ち着かせて剣を離させるために咄嗟に抱きしめたのだと思ったが、今回はどう考えればいいのだろう?
意味がわからず混乱してしまう。
そうして固まっているところに、ライアードが口を開いた。
「アルバート。兄上にはどうやら直球でなければ伝わらないらしい。それを踏まえた上で上手く伝えてやれ。こちらで後を引き受けるから、このまま兄上の部屋で存分に語り合ってくるといい」
はっきり言って言われていることがさっぱり理解できない。
それなのにアルバートは失礼しますと言って自分を抱き上げてしまった。
「ライアード様。申し訳ございません。このお礼は必ずさせていただきますので」
「期待している。私は兄上を立派な王にしたいのだ。これ以上腑抜けにだけはしてくれるな」
「はっ…。仰せのままに」
そして騎士の礼を尽くしたアルバートに抱かれながら、何が何だか分からぬままにその場から連れ出されたのだった。
そうして一礼するロイドに構わず、ライアードはアルバートの姿を確認するや否やいつもとは違う冷たい表情でそちらを見遣った。
「アルバート。兄上の件につき、申し開きはないか」
その姿はいつもの親しげなものとは違い臣下に対するものでしかなかった。
(ライアード王子のこういう姿も久方ぶりに見たな)
いつもロイドと居る自分を面白そうに眺めている姿かシリィと仲良く並んで立つ姿ばかり見ていたから失念していたが、彼もまた王子だった。
「………申し訳…ございません」
それに対しアルバートはただ恐縮し頭を下げるだけだ。
その姿はミシェルを前にした時とは大違いだった。
「兄上とお前の関係は私の方で随分前から把握していたが……今回の件についてはあまりにも無礼が過ぎよう」
しかも逃がしはしないと言わんばかりに追い詰めていくライアードが怖い。
事情はさっぱり分からないが、どうやらライアードは二人の仲をよくは思っていないようだった。
「たとえ兄上の親友の弟とは言え、拒絶された上で主人を嬲るとは許される行為ではないことくらい承知しているな?」
「は……」
「兄上の温情に甘え、いつまでも立場をはっきりしないお前に私は怒っているのだが?」
そこまで言われたところでアルバートがハッと顔を上げる。
「ライアード様!私は…!」
「……言いたいことがあるのなら聞いてやろう。申してみよ」
そんな不遜な態度に怖気づきはしたものの、アルバートは意を決したように口を開いた。
「私は…本気でミシェル様をお慕いしております。その気持ちに嘘偽りはございません!」
「ほぅ?遊びでもなければ同情やただの責務でもないと?」
「はい。そのようなはずがございません!私は…兄を失ってからずっと傷つき続けるミシェル様をお癒ししたかったのです。嬲る気持ちなど…全くありませんでした」
そうやって肩を落とすアルバートにけれどライアードの言葉はどこまでも辛辣だ。
「お前は癒したいと言ったが、ここ数か月で兄上を快楽へと落とし淫乱に育てたではないか。それは癒しなのか?私には全く意味が理解できないが?」
その言葉にアルバートは一気に蒼白になった。
「あ……」
ライアードの言葉にアルバートがカタカタと震え始める。
「あまりにも押し付けがましいお前の暴走行為に兄上もそろそろ嫌気がさしてきたのではないか?別れを切り出されるのも時間の問題だな」
そんな言葉がアルバートへと鋭く突き刺さるのを見てシュバルツは『うわっ…痛烈…』と思った。
今朝まさにフラれたアルバートにはこれ以上ないほどの一言だろう。
「もう話を聞くまでもない。ロイド。この男が兄上にこれ以上執着するのも面倒だ。さっさと水晶化して兄上の部屋の飾りにでもしてやってくれ」
(え?)
その言葉に驚きのあまり目を見開くが、ロイドはそれを受けてあっさりと諾と頷いた。
「ライアード様のお望みのままに」
それと共に呪文が唱えられ、アルバートはそのまま言葉を紡ぐ間もなくあっという間にその体を水晶と化してしまった。
「ひっ……!」
その衝撃的な光景にシュバルツは思わず悲鳴を上げてしまう。
黒魔法でこんなことができるなんて全く知らなかっただけに驚きを隠すことができなかった。
「シュバルツ殿。そう怯えずともよい。別に殺したわけではない。術を解いたらまたすぐに戻る魔法だ」
ライアードから掛けられたそんな言葉でハッと我に返ると、安心させるようにコクリと頷いてもらえる。
「これから兄上を呼び出して本音を聞き出すつもりだからシュバルツ殿には邪魔をせずに見守っていていただきたい」
どうやらこれには意味があったらしい。
ロイドも何も言わないところを見ると予め決めていたことなのだろう。
それならそれで自分は大人しくしているしかない。
自分を同席させたのは恐らくもしもの為を想定してと言う可能性もある。
ここで逃げても何も良い方向には進まないだろう。
「…わかりました」
だから静かに頷き、邪魔はしない旨を伝えた。
***
ミシェルが仕事をしているとそこにライアードの使いだと言ってお付きの者がやってきた。
ライアードからの呼び出しと言うのは非常に珍しい。
用があるのなら向こうからやってくるのが常なのだ。
何かあるのかと尋ねると、会わせたい相手がいるのだと言われそう言うことならと席を立つ。
会わせたい相手とは一体誰なのだろうか?
そう思いながら赴くと、部屋に入ってすぐに驚愕に目を見開いた。
「アルバート!!」
そこにあったのは今朝別れたばかりのアルバートの変わり果てた姿だった。
「やっ…!嫌だ!アルバート!!」
全身が水晶化しているがこれは作り物ではなくアルバート本人だと、言われなくてもどこかで理解している自分がいた。
何故こんなことになっているのか────。
「ライアード!これは一体どういうことだ?!返答如何によってはお前と言えど容赦しないぞ!」
怒りのままにそう叫ぶが、対するライアードは酷く冷めた目でこちらを見るばかり。
「兄上…そうお怒りにならずとも。私は邪魔者を排除したに過ぎないでしょう?そのような者、部屋の飾りにでもしてやればよいのです」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどおりませんよ。現にその男は兄上にとっての害でしかなかったではありませんか」
そんな言葉に思わずドクンッと胸が嫌な音を立てた。
「ここ数か月、私は兄上とその男の事をこれでも一応生暖かく見守ってきたつもりなのですが……」
そんな言葉に一体どこまで把握されているのだろうと空恐ろしくなる。
もしやあの嬌態を把握されているのだろうか?
「兄上が何も言わないのを良いことに好き放題していたでしょう?兄上の表情が沈み込んでいようと理由を尋ねもせず、ただ慰めるという上っ面の言葉だけで兄上を嬲り続けたのですよ?いい加減兄上もお気づきでは?この男の慰み者になっていただけだと言うことを……」
それは考えないようにと思いつつも、どこかで考えていた事だっただけに思い切り鋭く自分の心へと突き刺さった。
「う…煩い……」
辛うじて言葉を絞り出すがライアードの言葉は止まらなかった。
「立場を利用した悪質な行為です。兄上もどうしてお止めにならなかったのか…。ああ、妻にそっぽを向かれてお淋しかったから一緒に楽しんでいたと言うのなら話は別ですが?」
そんなどこか揶揄するような口調にふつふつと怒りが湧いてくる。
「ライアード!兄を侮辱するにも程がある!」
「ふっ…では他に何か特別な理由でも?それほどのお怒りようなら、たかが元親友の弟だと言うだけで大人しく慰み者になったわけではないのでしょう?」
そう促されて、思い切り睨み付けるかのように言葉を紡いだ。
それまでの言葉の数々からもうどうせ全てバレているのだと悟り、開き直って本音を一気に曝け出すことにした。
最早隠し立てするものなど自分にはない。
「私は…初めてアルに会った時からずっとアルの事が好きだった!恋人になりたいとジャンにも相談して、許してもらってもいた。ジャンが亡くなった時に一度は諦めた想いだったが、それでもずっと……ずっとアルの事が好きだったんだ…!」
そんな自分にライアードは軽い調子で『ああ、兄上は諦めが悪くてしつこいですものね。納得です』と言ってきた。
恐らくロイドに対する数々の所業がそのセリフを言わせたのだろう。
腹は立つが事実は事実だ。
自分はどこまでいっても自分でしかない。
アルバートの件も、諦められなかった自分がすべて悪い。
「アルは純粋に臣下として私を慰めようとしていただけだ。皇太子である私に…望まれるままに仕方なく付き合ってくれていたに過ぎない。責務を全うしていただけのアルは何も悪くない。悪いのは…純粋な敬愛の気持ちを捻じ曲げて無理やり行為をさせてしまった私だ。その関係も今朝もう本人に終わりだと告げた。アルバートにこれ以上私の勝手な想いに付き合わせるつもりはない。だから…どうか助けてやってほしい」
そうやって小さく願いを付け加えた自分にライアードはクスリと笑った。
「つまりは私が先程言ったこととは関係なく、兄上の一方的な片思いによる関係だったから許してやって欲しいと…そう仰りたいのですか?」
「そうだ」
「アルバートの方に兄上への悪意や恋慕の気持ちは一切ないと?」
「ああ。アルにあるのはただの敬愛の念だけだ」
それが全てだと哀しげに口にすると、何故かその場にいた三人に大きなため息を吐かれてしまった。
「兄上…アルバートは何か閨で思わせぶりな言葉を口にしたりはしなかったのですか?」
何故そんなことを聞かれるのかはわからなかったが、アルバートを助けるためならここは素直に質問に答えていくしかないだろうと思い、きちんと誠心誠意答えを返す。
「全くなかった。あったのは『お慕いしています』とか『ずっとお傍に居させてください』という騎士としての言葉だけだ」
「……兄上?寝惚けていらっしゃいますか?それは私からすると愛の言葉に聞こえますが?」
「……?どこからどう聞いてもただの主従の言葉だろう?」
一体何を言っているのか。
そこに愛があると言うのなら自分はこれほどまでに悩んではいない。
それなのにライアードは頭が痛いとばかりに額を押さえた。
「兄上…貴方が遠回りしがちな鈍臭いお方だと言うことは百も承知しておりますが、まさかここまで鈍いとは思っておりませんでした」
「?」
鈍臭いなどと非常に不快な言葉を吐かれたが、もしかしたら一を聞いて十を知るライアードからしたら自分に見えないことでも見えたのかもしれないなと思い、一応話の続きへと大人しく耳を傾ける。
「宜しいですか?貴方は皇太子です」
「もちろんそうだ」
「アルバートは臣下の騎士です」
「ああ」
そんなわかりきった事、言われなくても十分承知しているのに一体何を今更口にしているのか。
「想いを伝えるのに、閨でその言葉以外に何を言えと?」
「……?普通は好きなら『愛している』だろう?」
もし仮にアルバートが自分を想ってくれているのであれば当然そう言ってくれるはずだろうと口にすると、何故か思い切り首を振られてしまった。
本当によくわからない奴だ。
「よくわかりました。私がこの十年近くお支えしてきたにも関わらず気付かなかったのは不徳の致すところだったと反省しましょう。ロイド!」
その言葉と共に自分の魔道士に声を掛けたライアードに慌てて視線を向ける。
その姿に、まさか自分の気持ちを聞いておいてこれを壊すということはないだろうなと突然不安にかられてしまったのだ。
ロイドのことだから、これまでの所業に対する報復だとでも言って壊しにかかってもおかしくはない。
「や…やめてくれ……」
だから気づけばアルバートを背に庇うように剣を構え、ふるふると首を振って懇願していた。
「兄上。ロイドを信用していただきたい」
「嫌だ!これまでの仕返しに絶対に壊すつもりだろう!」
「兄上……」
呼び掛けられようとどうしようと引く気は無かった。
自分はアルバートを失ったらもう立ち直れないとわかっていたからだ。
「アルバートが死んだら私も死ぬ!」
自分は本気だと、その勢いのままに自らの剣を首へと添える。
「兄上…馬鹿な真似はおやめください」
呆れたようにライアードが言ってくるが自分は本気だった。
アルバートを失ったらショックが大きすぎて心は完全に死んでしまうだろう。
そうなるくらいなら一緒に死にたかった。
もうジャンの時のような思いは沢山だと思った。
「うっ……愛してるんだ。たとえ愛してもらえなくても…遠くから見つめることしかできなくても…ただ元気な姿を見られるならそれだけでいい。もう十分わがままは叶えてもらったから…アルには幸せになって欲しいんだ…」
────だから殺さないで。
ボロボロと泣きながら剣を押し当て、大嫌いなロイドに懇願する姿は滑稽でしかないだろう。
一国の皇太子が何をと呆れられているだろう。
それでも…プライドも何もなく訴え続けた。
「頼むから私からアルを奪わないでくれ……!」
そんな自分にロイドとは別方面から魔法が飛んでくる。
ふわりと自分に掛けられたのは癒しの魔法……。
これはシュバルツの魔法だ。
「ミシェル様。アルバート殿はちゃんと貴方の元に戻りますよ……」
その言葉を合図に背後で魔法が解ける気配がして、それと同時に暖かな温もりが自分を包み込むのを感じた。
「ミシェル様。どうぞ剣をお離し下さい」
その声が耳に届くと共に一気に力が抜けて手から剣が滑り落ちてゆく。
「う…アル…アル……っ」
安堵から涙が止まらなくなった自分をアルバートは優しく抱き締めてくれた。
生きている────今はただそれが嬉しかった。
そんな自分達に誰も声をかけようとはしなかったからか、少し落ち着いてからアルがそっと口を開いた。
「ライアード様。この度のご尽力に感謝申し上げます」
「いや。お前が本当に兄上を嬲っているだけなら殺してやろうと思っていたからな。礼には及ばん。精々兄上に感謝することだ」
そんなライアードにアルバートは深々と頭を下げる。
「ああ、兄上。兄上はもしかしたらこちらも思い悩んでいたかもと思ったので一つご忠告を。兄上にはすでに妃は二人もおりますし後継もおります。今更三人目の相手が男だからといって何か問題になるはずもありません。何か言ってくる輩がおりましたら私がすぐさま潰しますのでどうぞご相談を」
「ライアード……」
正直自分にはライアードの真意がさっぱりわからない。
こんな時にまで弟の立場を崩さず、自分の味方の立場を表明してくる。
自分よりも聡明でロイドという優秀な黒魔道士まで抱え、自分の情けない姿まで見ているにもかかわらず王位には興味がないとばかりに振る舞うのはどうにも理解できない。
「お前はこれを機に立場を逆転させて私の立場に成り代わりたいとは思わないのか?」
そんな自分にライアードは実に楽しげに言い切った。
「兄上…私ははっきり言って、その何度も目を通さないと理解できない凡庸さも、要領の悪過ぎるところも、人から誤解され散々遠回りする不器用さも全く尊敬できません。が、粘り強く真面目に努力して国の為にと励むお姿はこれでも認めているつもりです。どうぞ清廉潔白で努力家な王におなり下さい。私はそんな堅苦しいものよりも、裏で悪党達を相手にロイドと戯れる方がずっと楽しいのです。裏方はこちらが全て引き受けますので、無駄な勘繰りに労力を使わずそろそろご自身のお幸せに目をお向け下さい」
ライアードの言い分は半分ほどしか分からなかったが、兎に角王位に興味などないから何も心配せず安心して幸せになれと言いたかったようだと理解する。
「……幸せ…か」
そうだ。アルは無事に助かったのだから、これからは多くを望まずそっと見守って小さな幸せを噛み締めよう。
自分としては、ここでライアードの言うように自分の幸せのためにアルバートに命令を出すつもりは一切ない。
命令で手に入れたものには自分が本当に求めている愛などというものはないのだから……。
無理矢理手に入れたものにまた失望するなど愚かの極みだ。
そこに本当の幸せなどはない。あるのはただ空虚なひと時の夢幻だけ。
それくらいなら小さな幸せを感じて満足する方がずっといいことだろう。
(そうだそれでいい……)
そうしてもう少しだけこの温もりを感じさせてもらってから離れようと、また切なく考えていたところでロイドの呆れたような声が耳へと飛び込んできた。
「はぁ…ライアード様。ここまで言われてもまだわかっていないように見受けられるのですが…。いっそ記憶操作でも致しましょうか?」
「上手くできるか?」
「まあ…それなりにですが」
それと同時にロイドが徐にこちらへと足を向けてきたので慌ててアルバートの腕の中から逃げ出した。
いきなり恐ろしい行動を起こされそうになって、ロイドに対する警戒心がまた込み上げてしまったのだ。
「私に触るな!」
するとロイドが楽しそうに口を開いてくる。
「ふっ…私には触れられたくないと?」
「当然だ!たかがお抱え魔道士の分際で無礼も甚だしい!許可なく私に触れるな!」
「ククッ…そこの男には散々好きに触れさせていたくせに?」
「アルはお前とは違う!アルは…ッ……特別…だ」
流石に本人の前でそんなことを言うのはまずいかと後半は消え入りそうな声になったが、その言葉と共にまた気づけばアルバートに抱き込まれている自分がいて驚いた。
先程は落ち着かせて剣を離させるために咄嗟に抱きしめたのだと思ったが、今回はどう考えればいいのだろう?
意味がわからず混乱してしまう。
そうして固まっているところに、ライアードが口を開いた。
「アルバート。兄上にはどうやら直球でなければ伝わらないらしい。それを踏まえた上で上手く伝えてやれ。こちらで後を引き受けるから、このまま兄上の部屋で存分に語り合ってくるといい」
はっきり言って言われていることがさっぱり理解できない。
それなのにアルバートは失礼しますと言って自分を抱き上げてしまった。
「ライアード様。申し訳ございません。このお礼は必ずさせていただきますので」
「期待している。私は兄上を立派な王にしたいのだ。これ以上腑抜けにだけはしてくれるな」
「はっ…。仰せのままに」
そして騎士の礼を尽くしたアルバートに抱かれながら、何が何だか分からぬままにその場から連れ出されたのだった。
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