黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部番外編 シュバルツ×ロイドの恋模様

1.嫉妬(前編)

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シュバルツはクレイとロックウェルの結婚式を見届け、ソレーユの面々と共にソレーユへとやってきたのだが、そこでの生活は正直甘さからはほど遠いものだった。

(しまった…。ロイド相手にどう甘い雰囲気に持っていけばいいのかさっぱりわからない…)

部屋は辛うじて隣り合わせの部屋を用意してもらえたのだが、夜はそれぞれの寝室で眠るのでどう恋人らしい雰囲気に持っていけばいいのかさっぱりわからなかった。
最初は荷物の整理や片づけなどもあり気にしていなかったのだが、気づけばそれぞれの部屋で眠るのが当然になっていて、我に返った時にはすでに別の部屋で休むのが日常と化してしまっていた。

せめてロイドから迫ってきてくれればまだいいのだが、あちらはあまりその気がないのか基本的に主であるライアードの傍に居る時以外は魔道書を読んだり新しい魔法を研究したりしていて、正直邪魔できない雰囲気なのだ。
クレイがソレーユに滞在していた時は一体どうしていたのだろう?

(いや…でもロイドはクレイが好きだったからきっと自分から声を掛けたりしてたんだろうな……)

きっとそうに違いない。
それに何と言ってもクレイは自分と違って駆け引き上手な黒魔道士。
ロイドは嬉々としてそれを楽しんでいたことだろう。
折角恋人同士になってこうして傍に居ても、自分とクレイとの差が大きくあるような気がしてシュバルツは悲しくなってしまった。

「はぁ……」

なんだかソレーユに来てからため息が多い気がする。
そんな中、同じくアストラスからソレーユへとやってきていたシリィが部屋へと飛び込んできた。

「シュバルツ様!」
「シリィ。どうかしたのか?」
「うぅ……聞いてくれますか?」

そして目に涙を溜めるシリィをソファへと促して、お茶の用意をする。
何か嫌な事でもあったのだろうか?

「ほら」
「ありがとうございます」

そう言ってカップを受け取るとシリィはそっとそれへと口をつけてホワリと表情を緩めた。

「美味しいです。これはシュバルツ様が?」
「ああ」

そう。ソレーユに来て一番口に合わなかったのがこの国のお茶だ。
アストラスではそれほど気にならなかったのだが、ソレーユの茶は何故か苦みや渋みなど癖の強いものが多い。
トルテッティの茶は仄かに甘味のある茶が多いからここに来てから飲み慣れなくて敬遠していたのだが、それに気づいたロイドがいくつかハーブを持ってきてくれて、自分で好きにブレンドしろと言ってくれたのだ。
だからここ最近は手持無沙汰な時間は大体自分好みの茶になるようブレンドを試作していることが多かった。
今淹れたこのお茶もなかなかの傑作で、甘味は少ないが頭がすっきりするような爽やかなお茶に仕上がっている。

「それで?聞いてほしいことと言うのは……」

そうやって促したところでちょうどロイドが部屋へと入ってきた。

「シュバルツ。こっちにシリィが……」

その言葉にシリィが飛び上がる。
そんな姿にロイドも思うことがあったのか暫し黙った。

「……まあいい。私も一杯貰おうか」

そう言いながらロイドはシリィと向き合うように自分の隣へと腰掛け、そっとポットからカップへと茶を注ぐ。
そんな姿をシュバルツはドキドキしながら見遣った。
こんな風にロイドが自分がブレンドした茶を飲むのは初めての事だ。

(く……口に合わなかったらどうしよう……)

そうやって見守っていると、ロイドがそれを一口コクリと飲んだ。

「……!美味いな」

感心したようにそうやって呟かれて、思わず顔が綻んでしまう。

(嬉しい!)

こうしてロイドに喜んでもらえるのがこんなに嬉しいとは思わなかった。

「頭がすっきりするな。これなら魔法開発の合間に飲みたいものだ」
「あ、じゃあ茶葉を渡すしよかったら持っていってくれ!」

嬉々としてそう口にすると、ロイドがこちらへと目を向け甘やかに微笑んだ。

(カッコいい……)

やはりこういう時のロイドは自分の目には魅惑的としか映らない。
胸がギュッとなって、好きが溢れてくる。
できればそのまま辛辣なセリフも口にしてほしいが、それは今は望むべきではないだろう。

そんな自分にシリィがため息を吐きながら小さく言った。

「はぁ…シュバルツ様はいいですね。ロイドとラブラブで」

ラブラブ?どこがそんな風に見えたのだろう?
ソレーユに来てから一度として肌も重ねていないと言うのに────。
最後に肌を重ねたのはクレイ達の結婚式の夜だ。
どうせあの二人は盛り上がっているだろうしこちらも盛り上がろうと言ってロイドが押し倒してきた。

あの日の夜はこんな日々が毎日始まるのかとドキドキとしたものだが、まさかあれからご無沙汰になるとは思いもよらなかった。
本当に最初の自分の行動が悔やまれてならない。
そうやってどことなく気鬱になる自分と違い、ロイドはシリィの言葉を綺麗に流してカップを傾けながら何でもないことのようにその言葉を口にした。

「シリィも逃げてばかりいずにそろそろライアード様に身を預けたらどうだ?」

その言葉にシリィの顔が耳まで真っ赤に染まる。
どうやらライアードはシリィに積極的に迫っているらしい。
今日ここへ来たのはその件だったのだろうか?
正直自分からしたら羨ましい限りだ。

「挙式は確かに少し先だが、婚姻は確実なんだ。いつまでも焦らさずさっさと寝たらいいのに」

ロイドが何でもないことの様にそう言うが、シリィは真っ赤になりながらも反論してきた。

「し、仕方がないでしょう?!どうしたらいいのかなんてさっぱりわからないし、は、恥ずかしいし…!」

何かきっかけでもない限り絶対に無理だとシリィは叫んだ。

(贅沢な悩みだな…)

自分ならきっとすぐにでも飛びつくのに────。
それだけ想いの強さが違うと言うことなのだろうか?

「ふっ…ならカードゲームでもしたらどうだ?あの時みたいに」

その言葉にシリィが固まってしまうが、ロイドは実に楽しそうにその先を続ける。

「クレイの腕の中で身を任せ…うっとりしながら魔力に酔っていただろう?」
「~~~~っ!」
「人前で口づけされて……感じなかったか?」

そう言いながらそっとシリィの唇に指先を触れさせ、挑発するかのようにロイドが笑う。

(あ、いいな……)

自分もロイドにあんな風にされてみたい。
そう思っていたところでシリィが負けるもんかと言わんばかりに言葉を紡いだ。

「な、なによ!ロイドだってクレイにあ、あんなことされてメロメロになってたくせに!」

そうやって人のことは言えないだろうと真っ赤な顔で言い放ったが、ロイドはその言葉に物凄く意地悪な笑みを浮かべた。

「ククッ…まさかシリィの口からそんな言葉が出てくるとはな」
「うっ…うるさいわね!」
「ふっ…。はっきり言えばいいだろう?私がクレイに口淫をされてうっとりしていた……と」

その言葉にシリィはギャー!と言わんばかりに顔から湯気をだし、そのまま部屋から飛び出していった。
後に残されたのは楽しげに笑うロイドと、あまりの事に呆然とする自分だけだ。

(そう言えば……)

あの時はそれほど気にしていなかったのだが、確かロックウェル達とのカードゲームの際そんなことを言っていたような────。
そうやって思い出してみると、どうしても気になって思わずロイドの袖を引いてしまう。

「ロイド…その…聞きたいんだが……」
「なんだ?」
「うっ…いや…えっと…その……」
「はっきり言え」

どこか不機嫌そうにそう振られて、思い切って口火を切る。

「口淫が好きなのか?!」
「……は?」
「いや…さっきうっとりしてたとシリィが言ってたから……」

それは相手がクレイだから嬉しかった…ただそれだけの可能性の方が高いとは思うのだが、どこかでそれを否定してほしい自分がいたのだ。
単に口淫そのものが好きなのだと…そう言われればどこかで安心できるような気がした。
けれどそんな自分にロイドは何でもないことのようにその言葉を口にしてくる。

「特に好きと言うほど好きではないぞ?」
「……え?」

それはやはり相手次第ということなのだろうか?
クレイが好きだから…うっとりするほど気持ち良かったと────?

「不満げだな。お前がしたいなら止めないが…」

そう言いながらロイドがクイッと顎を持ち上げてくる。

「私は口づけの方が好きだ」
「…………」

そっと唇を合わせて口づけてくれるロイドに、本来なら嬉しい気持ちが込み上げてくるはずなのに、なんだか心の中がモヤモヤしてたまらなかった。
好きではない口淫でうっとりと酔ったと言うのなら、それは相手がクレイだったからだ。
つまりはロイドはそれだけクレイが好きだと言うことで────。
そう考えると思わず悔し涙が滲んでしまった。
けれどそんな自分にロイドが呆れたようにため息を吐く。

「はぁ…本当にお前はお子様だな」

そんな言葉が胸を抉ってくる。

「……少し頭を冷やすんだな」

そうしてロイドはあっさりと部屋から出ていってしまった。

取り残されたシュバルツは、ロイドが閉じた扉をただただ切なく見遣った────。


***


「はぁ…」

ロイドはシュバルツの部屋を出たところで深いため息を吐いた。

シュバルツがソレーユへ来て約三週間。
最初の三日ほどは荷物の整理などもあるだろうと大して気にしていなかったのだが、その後も特にこちらに何かしてくるということがない。
最初の頃の勢いが鳴りを潜め、随分臆病になってしまっている気がする。
一応話しかけやすいように仕事が終わった後はできるだけ傍にいるようにしているし、不自然にならないよう魔道書を読んだりしながらソファで寛ぐようにしているのだが、特に向こうから話しかけてくると言うことがないのだ。
手元にあるのはもう何度も読みこんだ魔道書だから、特に新たな発見があるわけでもなく最初は正直退屈だった。
だからいつでも話しかけてくれてもいいのにとついクレイに愚痴を溢したら、時間の無駄だから自分から攻めたらいいのにと言われてしまった。

確かにそれはその通りなのだが、それはそれですぐに落とせてしまうから楽しくないのだ。
クレイの結婚式の夜、誘って押し倒したらあっさりとそのまま肌を重ねるに至った。
それはそれで楽しめたのだが、正直折角恋人同士になったのだからできれば恋の駆け引きだって楽しみたい。
だからこちらに来てからは自分からは誘わずに、それとなく隙を作って向こうの出方を見ていたと言うのに……。

「一週間経っても何もしてこないと言うのが信じられん」

不満げにそれを言うとクレイは実に楽しげに笑ってきた。
ロイドらしいな────と。
そしてそれなら好きなだけシュバルツの出方を待てばいいと言いながら、ドサッと沢山の魔道書を貸してくれた。

「駆け引きも大事だが、時間の無駄も嫌いだろう?どうせなら両方楽しめばいい」

そう言って自分の事をどこまでもわかってくれるクレイに感謝しながら、新しい知識をどんどん取り込んでいく日々。
正直貸してもらった本はどれもこれも興味深かった。
自分の好きそうな魔法、新魔法への活用に使えそうな理論、初めて聞くような精霊魔法など、幅広く網羅された魔道書の数々は自分を魅了してやまなかった。

(さすがクレイだな)

自分が好きなツボを心得ている。
これなら楽しく学びながらシュバルツの行動を待つことができるだろう。
そう思ってウキウキと日々を過ごし、魔道書で得たヒントを使って新魔法にも取り組んだ。
シュバルツは新魔法の開発にも興味があると聞いたし、それをもとにこちらに話しかけやすいかと思ったのもある。
けれどシュバルツは一度として動こうとはしなかった。
そこでロックウェルがソレーユの生活に慣れてないだけじゃないのかと言ってきたので、そう言うこともあるのかと一応様子を見てみた。
そこで観察してみると、食べ物は兎も角、どうやら飲み物が口に合っていないようだった。
確かにソレーユの茶は癖の強いものが多い。
黒魔道士は普段コーヒーを好む者が多いし、自分も主人であるライアードもそうだったから全く気にしていなかったのだが、シュバルツはコーヒーを飲まないようだったのでそこは何とかしてやりたいなと思った。
だからライアードに相談したらハーブティーのブレンドはどうだと提案され、それを差し入れた。
それを受け取った時のシュバルツは本当にびっくりしたと言うように目を瞠った後、はにかむように笑っていて、こちらも嬉しくなったのだが……。
まさかそこから熱心にブレンドに勤しむようになるとは思いもよらなかった。

(何故だ……!)

そんなものは適当に好みの物を作って、さっさとこちらに目を向けてくればいいのに。
正直思い通りにならなさ過ぎてイライラする。
いっそこちらから少し水を向けてやろうと思い直し、シリィを迎えに来たついでにその茶へと口をつけた。
その時こちらを窺っているようだったからそっと微笑んでやったらあっさりと見惚れていたから、これなら煽ってやればすぐかと目の前でシリィをダシにしてわざわざ煽ってやったのだが……返ってきたのは思ったような反応とは違った。
何故口淫が好きと言う結論に至ったのか…。
確かにクレイの口淫は気持ち良かったが、あれはクレイが特別上手いから気持ち良かっただけで、普段から口淫が特段好きな訳ではない。
だから正直にそう言ったのに、シュバルツの表情は晴れなかった。
仕方なく口づけてやっても何故か泣きそうな顔をされて、いい加減腹が立ってしまう。

(……今夜は久しぶりに飲みたい気分だ)

ずっとシュバルツのために夜に出掛けることは控えていたが、もうそろそろ我慢も限界だ。

「酒でも持って新居に押しかけてやる」

そうして速やかに使い魔へと指示を出すと、そのままクレイへと向かわせた。


***


シュバルツはロイドが仕事から戻ってくるまで、少しでもロイドに近づきたいなと思いながらソファで魔道書に目を通していた。
けれど今日はいつもの時間に戻ってこない。
何かあったのだろうかとチラチラと時計を見遣っていると、ロイドの使い魔達がやってきて夕餉の用意をしてくれた。
それと同時にロイドの眷属もやってきて今夜は遅くなる旨を伝えてくる。

「……仕事か?」
【アストラスまで愚痴を溢しに行っておられます】

さらりと告げられたその言葉に衝撃が走る。

(愚痴?!愚痴って言った?!)

まさか眷属からそんな言葉を告げられるなど思っても見なかった。
それは一体どうとらえるべきなのだろう?
自分がお子様すぎて呆れられたのだろうか?
それともやっぱりクレイといる方が楽しいと言いに行ったのだろうか?
自分といてもつまらない────つまりはそういうことに他ならなくて…。
そうして蒼白になる自分に眷属すら呆れたようにため息を溢す。
しかも次いで言われた言葉は思いがけないものだった。

【…これは私の独り言ですが…。ロイド様は駆け引きがお好きだから積極的に攻めないと飽きられますよ?】
「え?」
【白魔道士の貴方にはわからなかったかもしれないですが、魔道書を読みながら貴方の動きをつぶさに観察し、魔法開発の時も参加しやすいようにあらかじめ開発しに行ってくると声掛けをされていたでしょう?いつでも受け入れ態勢をとっておられたのに、ことごとくスルーされ、挙句口づけを試みても涙目になられる始末。いい加減ストレスも溜まるというもの】
「……?!」
【これがクレイ様ならこんなことにはなっていなかったでしょうね】

そんな言葉がグサッと真っ直ぐに胸へと突き刺さる。

【言っておきますが私は貴方が嫌いです。魔力の高さは認めますし、身体の相性がいいのもまあ認めましょう。けれど最低限の駆け引きさえできず、ロイド様に一方的に甘えただひたすら受け身になる軟弱な者を傍に置きたくはありません】

このまま動けないならさっさとトルテッティに帰れとまで言われ、初めて自分が全く何も行動できていなかったことに思い至った。
ただただ受け身になっていた自分が情けない。

【クレイ様に嫉妬なさるのは勝手ですが、そう言うことは実際に動いてから言うことですね。だからロイド様にお子様だと言われるんですよ】

それだけを辛辣に告げると眷属はそのままロイドの元へと帰ってしまった。
けれどそうやって言われてやっと目が覚めたような気がする。
だから軽く食事を摂ったところで幻影魔法を唱え、意を決してロイドとコンタクトをとった。




「ロイド」

そうやって呼びかけるとロイドが不機嫌そうに顔を上げるのが見えた。
どうやらクレイ達と飲んでいるらしい。

「何か用か?」

いつもの様にそっけなく返されてグッと言葉に詰まるが、先程言われた言葉がこのまま引き下がるなと背中を押してくる。

「呑みたいなら私が付き合うし、帰ってきてこっちで呑まないか?」
「ふっ…お前と話すよりクレイと話す方がずっと有意義だ」

刺々しいその言葉がグサグサと刺さってくるが、ここで引いたら負けだ。

(何か…何かないか?)

ロイドの気を惹けるような何かはないだろうか?
ロイドが楽しいと思えるような…そんな何かが……。
そう考えたところで先程目を通していた魔道書が目の端に止まった。
そう言えば先程あれを見ながら考えたことがあったのだったと思い出す。
だからそれに一縷の望みをかけて口にしてみた。

「ざ…残念だな。さっきここにあった魔道書を見て考えたことがあったのに…」

敢えて少しつれなく言ってみたが、どうだろう?
そう思ってチラリと窺ってみると、反応は薄そうだったが続きを聞いてくれそうな感じで動きを止めていた。
これは『話してみろ』と言ってくれていると見ていいのだろうか?
そう思いゴクリと唾を飲んで次の言葉を紡ぐ。

「この…精霊魔法は白魔法の元となるものだったと思われるんだ」

そう言ってとあるページをそっと指し示す。

「だから?」

短く促され、その真意を語る。

「重要なのはそれ自体ではなく、その過程だ。ここのスペル構成の一部はこちらの別な魔法への応用にも使われていて……」

そうして気付いたことを次々に口にしていく。

「で、その方式をたとえば黒魔法の方に用いてみたら別な魔法を編み出すのに一役買うんじゃないかと思ったんだ」

一通り持論を述べたところでそっとロイドの方を見遣ると、先程までの興味なさそうな眼差しは消え、実に熱心に話に聞き入ってくれていた。

「なるほどな」

そうして今開発中の魔法に使えないかとブツブツ口にし始め、そこへ横からクレイがあれこれと提案してくる。
それに対してロイドは納得したり別の提案をしたりした後、何やら紙に書きこみし始めた。
しかもそれを見ながら熱心に二人で議論し始める。
すっかり蚊帳の外に追いやられ、やっぱり自分ではロイドを手に入れることができないのではないかと落ち込んでしまったところで、徐にロイドが立ち上がった。

「クレイ!今ので行き詰っていたところは何とか纏まりそうだが、さっきのシュバルツの話で別件も思いついた。また相談させてくれ」
「ああ。ちゃんと仲良くやれよ?」
「わかっている」

そう言ってバサッと黒衣を翻したかと思うと、影を渡って自分の所へと帰ってきてくれた。
それと同時に幻影魔法の向こうでクレイが楽しげに笑う姿が見えた。

「シュバルツ。今日こそ魔力交流をしてやるんだぞ?ロイドは魔法の試行で今魔力も十分じゃないし、少し欲求不満みたいだからな」

そんな言葉に驚いたのだが、それは途中でロイドによって遮られてしまった。

「全く…。そんな風に言うならお前が魔力交流をしてくれればいいのに…!」
「仕方がないだろう?今はシュバルツと距離を縮める時だから邪魔はするなとロックウェルからも言われているんだから」

そうしてクレイはクスリと笑いながら幻影魔法を解呪してしまう。
本当に勝手な奴だ。
けれど正直勝手に魔力交流をされなくて良かったと安堵してしまう自分がいたのも確かだった。

(ロックウェルに感謝だな)

さすが付き合いが長いだけにクレイの扱いを心得ている。

「ロイド…おかえり」

そう言いながらそっとその身を引き寄せて遠慮なく口づけてみたが、ロイドは特に嫌がらずそのまま受け入れてくれた。
どうやらこれくらいは全然大丈夫のようだ。
そう考えていたところで思い切り目の前でため息を吐かれてしまう。

「はぁ…本当に白魔道士は面倒臭い」

グッサー!といきなり突き刺すように放たれた言葉に思わず固まってしまった。
やはりダメだったのだろうか?
そう思ってロイドの顔を見ると、何やら複雑そうな顔をしていた。

「そもそもお子様なお前に勝手に駆け引きを期待して、試みたのが間違いだった」
「え?」
「黒魔道士の理屈を白魔道士に勝手に望むなとロックウェルに嫌味まで言われたぞ?」

酷い言われようにこのまま攻めようと思っていた気持ちが萎んでいく。
これはもうどう考えても面倒臭い奴だと判断され嫌われたとしか思えない。
けれどそんな自分にロイドが酒を一緒に飲むんだろうと声を掛けてきた。

「正直お前の事はそれほど知らないからな。少しゆっくり話そう」

そして新たに使い魔が用意した酒とつまみをテーブルに広げドサリとソファーへと腰を下ろし、トポトポとグラスに琥珀色の酒を注いでそっと差し出してくる。

「ほら」

そんなロイドになんだか胸がいっぱいになって、自然と目頭が熱くなってしまった。

「…ずっと…不安だったんだ」

そうしてそれを受け取りながらソレーユでの不安をそっと口にする。
ただロイドの近くに居たいからと言うだけの理由でここに来たから、今の自分には何もない。
仕事があるわけでもなく、何か目的をもって行動ができるわけでもなく、その上飲み物すら口に合わなくて…まるで自分がここに居る資格がないと言われているように感じられて、酷く空しかった。
せめてロイドと仲良く過ごせていたなら話は別だったのかもしれないが、それすらもなく────。

「どんどん自信がなくなって…受け身になりすぎていた」

そうやって弱い自分をさらけ出したシュバルツにロイドがまたため息を吐く。

「……それなら早くそう言えばよかっただろうに」
「言えるわけがないだろう?カッコ悪い」

そんな自分にロイドがどこか呆れたようにため息を吐いたので、そのままグラスの中身をグッと飲み干した。
ふわりと口の中に広がる芳醇な香りが心地いい。
初めて飲む酒だがなんだか体がふわふわして気持ち良くなれる酒でやけに気に入ってしまった。
これはソレーユの酒なのだろうか?
そうして弱音を聞いてもらいながら勧められるがままに注がれる酒を飲み干していると、ふいに大丈夫かという声が掛けられた。

「?」
「いや。結構強い酒だから気になってな」

どうやらロイドなりに気を遣ってくれたらしい。

「うっ…ロイド……」
「なんだ?泣き上戸か?」
「違う」

自慢じゃないがこれまで酔いつぶれたことなんて一度もない。
だから大丈夫だと言ったのに────。

「覚えていないだけじゃないのか?クレイとの魔力交流でぶっ倒れていたくらいだしな」
「~~~~っ!クレイクレイクレイ!ロイドはそんなにクレイがいいのか?!」

いい加減腹が立って、気づけば酒の勢いのままその場にロイドを押し倒していた。
ロイドの驚いたような顔が珍しい。
けれどそんな顔をされてもそこから退く気はなかった。
ロイドは自分の物だと言いたかった。
誰にも渡したくない。
自分だけを見てほしい。
そうやって熱い眼差しを向けたのに、ロイドの口から飛び出したのはやっぱりクレイの名だった。

「シュバルツ…。そんなにクレイに嫉妬するくらいなら、さっさとこうして押し倒しに来ればよかっただろう?」
「うるさい!クレイの名前なんてもうお前の口から聞きたくない!」

そしてそのまま有無を言わさず魔力交流を試みた。



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