黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~

13.※ずれた歯車

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※このお話は第一部『40.王妃の手札』とリンクしています。

────────────────

「…………馬鹿なのか?この二人は」

ライアードはロイドからの追加報告を受けて吐き捨てるようにそう口にした。
双方共に片思いをこじらせているとはとんだ茶番だ。
これなら放っておいても支障はないだろう。
どこかで両思いだったと気づいて上手くいくはずだ。

「わかった。もうこの件に関しては放っておいて構わない。但し…念のため兄上には眷属を密かにつけておけ」
「かしこまりました」

何かあった時の保険だと言い置くと、ロイドがあっさりと諾と答えてくれる。
これは正直本当に有難いことだ。
これを他の下手な魔道士に頼むと『魔力が持続できないから他の仕事ができない』と嘆かれてしまうのだ。
その点ロイドはこれくらいのことなら片手間にやってくれるので非常に使いやすい。

「そう言えばライアード様。ご自身の方の花嫁候補との逢瀬の方は大丈夫でしょうか?」

不意にロイドから話を振られて、ああ、忘れていたなと思いだす。
今の所どんな女にも心惹かれることがないのだが、無為に時間を過ごすのも好きではないし、いっそ色々な女と試しに寝てみようかと考えた。
もしかしたら身体の相性が良ければ気に入ることもあるかもしれないし、心動かされるかもしれない。

「兄上の事は一先ず置いておいて、先に自分の事を片付けるか」

そうして思考を切り替え、卒なく貴族の娘との距離を縮めていくため動くことにした。


***


アルバートが口淫をしてくれた翌日から、ミシェルはアルバートから少し距離を置かれているのを感じていた。
帰りに送ってくれるのは何も変わらない。
けれどいつもそこであっさりと帰ってしまうようになった。
口づけさえなくなってしまったことが正直悲しくて仕方がなかった。

(アル……)

あの時は義務的な態度が悲しかっただけで別にアルバートとの行為が嫌だったわけではないのだが、もしや誤解させてしまったのだろうか?
今現在のこの関係の方が本来の正しい姿で、これまでの日々の方が歪だとわかってはいても切ない気持ちばかりが込み上げて、それを慰めるように自慰をしてしまう。

「アルッ、アルッ…!」

アルバートに口づけてもらいたい。
アルバートに触れてもらいたい。
できればその手でイかせて欲しい。

「アルッ……うっ…!はぁ…ッ…」

アルバートが恋しくて恋しくて、涙が溢れてくるのを止められなかった。

「アルバート…お前に抱いて欲しい……」

絶対に口にできない望みをそっと口にして、ミシェルは泣きながら浅ましい自分を慰め続けた。


***


「もういい!下がれ!」

そう言われて怒りを買ってしまったと蒼白になった。
やはり許しを得たとはいえ出過ぎたことをしてしまったのだろう。

もう来なくていいと言われるのではないか?
必要ないと切り捨てられるのではないか?

そう思いながら翌日ドキドキしながらミシェルを迎えに行ったが、ミシェルの態度は変わらなかった。
これはまだ側にいることを許してもらえているのだと……そう考えていいのだろうか?
まだ自分はミシェルに必要としてもらえるのだろうか?
不安に思いながらもここで何か言って『もういらない』と言われるのが怖くて、結局何も口にできない自分がいた。

本音を言えば口づけだけでも交わしたかった。
その身の温もりを腕の中で感じたかった。

欲を言えばその尊い身に触れさせて欲しい。
もっと可愛い声を聞かせて欲しいし、その先も許してほしかった。

叶わぬ願いと知りつつも、どこまでも欲は膨らんでしまう。

「ミシェル様……ッ」

あの時のミシェルの声が忘れられない。
ミシェルを抱きたい。
この腕の中で啼かせたい。
乱れる姿を見せて欲しい。
そうしてこっそり乱れるミシェルを想像して自分を慰め、自己嫌悪に陥ってしまった。

「お綺麗なミシェル様を汚してしまった……」

自分の主人とも言えるミシェルを想像とは言え犯してしまったのがショックだった。
それでも……ミシェルを欲しいと願う自分を止められなかった。




それから二週間程が過ぎた頃、いつものようにミシェルを部屋まで送り届け一礼して去ろうとしたところで突如思い切り腕を引かれてそのまま部屋へと引き込まれ、驚いている間に唇を塞がれてしまった。

(え……?)

少し遅れて、すぐ目の前にある美しい顔が自分と口づけをしているのだと認識して一気に顔が熱くなる。
まさかミシェルの方から口づけをしてくれるなど思いもよらなかった。

「んっんっ…」

しかも懸命に舌を絡めてくる姿に愛おしさが込み上げてきてしまう。

(ミシェル様……)

自然にそっと腕を回し抱き締めると、どこかホッとしたように寄り添ってくれて、また嬉しい気持ちが溢れてしまった。

「ミシェル様…」
「はっ…はぁっ……」

離された唇からツッ…と銀糸が艶めかしく光るが、ミシェルはそれをそっと舐め取りゆっくりと身を離す。

「……すまない。忘れてくれ」

申し訳なさそうにあらぬ方を向くミシェルの姿がなんだか頼りなげで、嬉しい気持ちとは裏腹に庇護欲まで擽られてしまう。
あれ程熱く口づけてくれたというのに、忘れろと言われて忘れられるはずがない。

「ミシェル様……。まだ私に触れてもいいと…そう仰って頂けるのですか?」

もしそうであればどれだけ嬉しいだろう?
そう思いながら恐る恐る尋ねると、ミシェルはどこか憂いを宿した瞳でこちらを暫し見つめた後、短く告げた。

「……私はお前に口づけもその先も許すと伝えたはずだ」

その言葉にあの────初めて口づけを交わした日のことが思い出される。

(ああ…そうか……)

もしかしたら同じ気持ちでいてくれたのかと淡い期待を抱いたのだが、これはミシェルにとっての贖罪だったのだ。
恐らく自分の気持ちを汲んでくれた上での温情のようなものなのだろう。
それプラス欲求不満の解消にもなるからと思ってくれたのかもしれない。
けれどそれでもよかった。
またミシェルに触れてもいいと…そう言ってもらえるのなら、ミシェルの勘違いも利用させてもらおうと思った。

「ミシェル様。お慕いしております」

こうして気持ちを伝え続ければいつか振り向いてもらえる日も来るかもしれない。
それに一縷の希望を託して、更に自分の気持ちを伝えた。

「どうかこれからも私にミシェル様に触れる御許可をお与えください」

「……許す」

背を向けながらも短く答えてくれたミシェルをそっと抱き寄せて、今度は自分からもう一度唇を重ねた。


***


ミシェルの件を横に置き、花嫁候補と何度か逢瀬を繰り返し、気に入った者と寝てみたライアードだったが、正直感想は『こんなものか』だった────。
やはり気持ちが動くと言うことはない。
試しに他にも二、三人と寝てみたが結果は同じだった。

(これでも好みの綺麗な女を選んだつもりだったんだがな……)

やはりシリィほど自分の心を揺さぶる相手には出会えなかった。
そうこうしている間にアストラスから近々ハインツ王子の快気祝いを兼ねた生誕祭が盛大に行われると言う話が飛び込んできた。
父王は皇太子同士の交流になると言って兄のミシェルを行かせようとしたのだが、ライアードとしては自分が行きたかった。

あの日以来会っていないシリィに会ったら自分の中の何かが変わるかもしれないと思ったのだ。
向こうは会いたくないだろうが、できれば直接謝りたいと言う気持ちもあった。
だから正直に兄と二人で行ってきたいと申し出たのだが、ここで兄は自分に『一人で行ってこい』と言ってきた。

「ミシェル?!」

これには父王も驚いたようだったが、ハインツの年はその生誕祭の日でやっと15。
現時点で会う必要などないと一刀両断にしてきた。

「アストラスの間者から政治の話もできない王子だと報告を受けております。私が出向く意義を感じませんので」

氷の王子と陰で呼ばれている姿そのままにミシェルは冷淡に言い捨て仕事へと戻っていく。
そんな兄に父王はため息を吐いて首を振ったが、ライアードは思わず兄らしいなと笑ってしまった。
こういう行動から誤解されやすいのだが、兄にとっては時間は非常に貴重なのだ。
時間があればその分国政について学びたいし、仕事もこなしたい。
その完璧な容姿からは想像できないほど不器用だから、なんでも必要以上に時間を要する兄にとって無駄な時間などないのだ。
アストラスに行って滞在して帰る日数を考えると、それを加味した上で補って余りあるほどの利がなければ動きたくないのだろう。

「父上。今回は私が交流を深めてまいりますのでご心配には及びません。兄上にはまた機会もあることでしょうし、今回はどうぞお許しください」
「ライアード…。わかった。お前にアストラス行きを命じる。失礼のないよう挨拶をしてくるように」
「かしこまりました」

こうしてアストラス行きは決定し、ライアードは嬉々としてその日を心待ちにしたのだった。


***


それと時を同じくして、ロイドもまたその日を楽しみにしていた。
主の護衛を兼ねて堂々とクレイに会いに行けるのだから嬉しくないわけがない。



「クレイ!」

そうして黒曜石の件以降久方ぶりにクレイの元へと顔を出すと、クレイの対応は以前よりも少し親しみやすく変わっているのを感じた。
どうやら掴みは上々のようだ。
これなら少しずつ距離を詰めれば落とすのも時間の問題だ。

(私は狙った獲物を落とし損ねたことは一度もないしな……)

絶対に手に入れてみせると思いながら、そんなことは綺麗に隠し今度アストラスの祝典に参加することになったのだがクレイも行くのかと尋ねた。

「ああ。ロックウェルが言ってたやつか。俺は行かないぞ?」
「そうなのか?残念だな。まあいい。だがかなり大がかりな行事のようだし、そうなってくると警備の関係からロックウェルも忙しくなるだろうな」

そう口にすると案の定クレイは酷く残念そうに暫く会えないと言われたのだと答えてきた。

「ふっ……随分寂しそうだな」
「まあな。さすがに二週間ほど会えなくなると言われたら少しでも会えないのかと言いたくもなる」

そんなクレイに思わず笑みをこぼしてしまう。
それならそれでロックウェルに見せつけるように傍に置いたら面白そうだと思ったからだ。
傍に置くことでクレイとの距離も縮められるし、まさに一石二鳥……。

「クレイ。それなら護衛の仕事として私と一緒に祝典に参加しないか?」
「え?」
「ロックウェルに会いたいだろう?王宮に行けば少なくとも姿を見ることはできるぞ?」
「いや…でもさすがにできれば近づきたくないし…」

自分が王に近づきたくないのは知っているだろうと言ってきたので、それなら男に見えないように女装してしまえば誰にもばれないだろうと言ってやる。

「どうせ誰も他国の女魔道士がお前だなんて気づきもしないし、それなら王宮でロックウェルに会うのに不都合なこともない」
「…………」
「かつらも化粧も女用黒衣も全てこちらで用意してやるし、悪い話ではないだろう?」
「……仕事か」
「ああ。仕事だ」

あくまでもそこを強調して言ってやると、案の定クレイはそういうことならと話に乗ってきた。

「決まりだな。お前は仕事ついでに恋人に会えるし良いこと尽くめだし、私もお前と仕事ができるのが今から楽しみだ。詳細はまた連絡する」
「わかった。じゃあまた」




そうして上手く事が運んだとほくそ笑みながらソレーユへと戻り心弾ませていると、自分の眷属がその情報を持ってきた。
曰く、ライアードを狙う動きがある────と。

【先日の関係を持ったうちの一人────クルティア侯爵令嬢の手の者のようです】
「ああ…」

遠くは王族の血も混ざっているクルティア侯爵家の令嬢は確かにライアード好みの美しさを持ち合わせた娘だった。
関係を持てたことから侯爵自身も婚姻に乗り気で、このまま一気に話を纏めようと王にまで話がいっていたのだが、あらかじめ掴んでいた弱みをちらつかせて話を握りつぶしたのはつい先日の話。
ライアード曰く、『綺麗なだけの人形は兄上だけで十分だ』とのことだった。
まだ政治の話ができるだけミシェルの方がマシと言うことのようだ。
まあ言いたいことは非常によくわかる。

大体からしてライアードのあの『美しいものを穢したい欲求』の8割は兄ミシェルの事が要因だとロイドは思っていた。
ただ『完璧な美しさ』を持つミシェルの中身が完璧ではなく、どう足掻いても凡庸すぎて穢したい欲求を満たしてくれようがないからイラつくのだと思う。
非常に勝手な理屈なのだが、ライアードはその望んでも得られない中身の完璧さをどうしても兄の中に見出したかったのだろう。
それを持っているのは自分の方だと言うのに────。

はっきり言ってミシェルほど見た目が綺麗な人間はそうそういないと思う。
何と言うか、彼は無機質な美しさの持ち主なのだ。
そこに性別を感じさせない、どこまでも人形のように冷たくも美しい完璧な美の持ち主────それがミシェルだった。
その近寄りがたい雰囲気から『氷の王子』と呼ばれ、ミシェルをよく知らない者達からは距離を置かれてしまう。そんな残念王子だ。
自分からしたらそれは本当に大変だなの一言に尽きる。

その中身は完璧からほど遠いため本人はかなり努力をしているのだが、やってもやってもできて当然と見られるし返ってあれもこれもできて当然だろう、何故できないと言われる始末。
黙って立ってると冷たいだの人形みたいに何を考えているのかわからないだの言われるし、概ねその容姿のせいで損ばかりしていると言っても過言ではないだろう。
そんな見た目と中身がちぐはぐなミシェルの息抜きになっているのが、自分の排除という名目のストレス解消法だとロイドは感じていたのだが、それを口にしたことはない。
感情を露わにできるのはいいことだし、自分も暇つぶし程度にはなるから特に困ってもいない。
王宮生活の良い刺激剤程度の事。
向こうからは嫌われているが、こちらは好きでも嫌いでもないただの暇つぶし相手。
それで彼が周囲からどう見られようと妃達から呆れられて距離を置かれようと知ったことではない。
ストレス解消できるならそれもありなんだろうなとしか思わない。
申し訳ないが自分にとってのミシェルはそんな位置づけだった。
見慣れればその辺の人形と変わらないただの置物同然だ。
正直主であるライアードほど興味も湧かないので、関わってこないならこないでどうでもよいのだ。

ただライアード本人が自覚していなくても、実は非常に兄を意識しているというのが問題で、それは彼の恋愛にも大きく影響を及ぼしている。
上記の事を全て踏まえた上で言わせてもらうと、彼の相手として求められる条件は『美しいだけではなく魅力ある相手でなければならない』ということなのだ。

ただ単に綺麗な人間、美しい人間は掃いて捨てるほどいると思うし、それ以上に魅力的な人間も沢山いると思う。
そう言った意味ではロックウェルやクレイ、シリィやサシェはかなりハイレベルだ。
その中でもライアードが『完璧な美しさ』を持つサシェを水晶像にしたのもまたある意味必然だったと言えるだろう。
彼女は中身もまた完璧に近しい才女だったからだ。
けれどそれすら口で何と言おうと、ライアードにとって『完璧』なものは恋の対象ではなく観賞用でしかなかった。
だから壊しても平気。替えはいくらでも利く。
あの時壊してもいいと言った言葉は狂った彼の中にあったある種の真実。

『綺麗なだけの美しい人形だけなら兄で十分』

だからこの言葉を口にしたのはクレイが記憶操作したから穢したい欲求が女性に向かわなくなったと言うよりも、元々根底にあった思いが強いのだと思う。
要するに『兄よりも自分を惹きつける相手でなければ結婚したくない』ということ。

そこに恋愛感情はなくとも、ライアードにとって兄の存在はある意味それだけ大きかった。
だから今回のクルティア侯爵令嬢には残念ながらライアードの興味を引くような魅力がなかった────ただそれだけの話なのだ。

ライアードがこれまでに唯一恋愛対象として見たのは真実シリィだけ────。

(アストラスでシリィに会って少しでも何かが変わるといいんだが……)

主の幸せを考えるのも自分の仕事だと密かに思っているだけに、そこから新しい良い出会いに向かえるといいなと思わずため息がこぼれ落ちた。




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