黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~

10.焦燥

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計画は失敗に終わったと報告を受けたのはその日の夕刻だった。
ライアードは今回の鉱山における不正の首謀者達を首尾よく捕らえ、兵へと引き渡したと聞いた。
それはいい。
自分の弟ながら本当にできた弟だと思いながらも、頭をよぎるのはロイドの事────。

またしてもロイドを陥れることができなかったのは本当に腹立たしい限りだ。
まさか四度にもわたる策を躱されるとは思っても見なかった。

「ちっ…!」

本当にどこまでもしぶとい魔道士にイライラが増す。



そうして仕事を終えた帰り、自室への回廊を苛立たしげに歩いているとその手前でアルバートに会った。
一日に二度も遭遇すると言うのはこれまで一度としてなかったから、思わずどうしてと呟いてしまった程だ。
けれどそんな自分に構わず、アルバートはスッと礼を執った後口を開いた。

「ミシェル様…。たまにでも構いません。どうか私にお部屋までお送りするご許可をいただけないでしょうか?」

そんな言葉にトクリと胸が弾む。
正直接点を持とうとしてくれたことが嬉しくてたまらなかった。
とは言えどうしてアルバートはそんな提案をしてきたのだろう?
今日叱ったことで彼の中の何かが変わったのだろうか?

自分に口づけたことで不敬を働いたと感じ、命を絶とうなど言語道断だと思った。
あの口づけは自分の中ではどこまでも嬉しいものでしかなかったと言うのに、それを苦にして自殺など冗談ではないと……。
ただ今の自分には妻も子もいる。
だから何も考えずにアルバートの胸に飛び込めるはずもなかった。
仕事と勉強で忙しい自分と子供や自分の事で忙しい妃達……。
最近ではほぼ接点さえなくなっている状態とは言え、ここにアルバートを巻き込む気はなかった。
失った恋はいつまでも綺麗なまま心の片隅に置いておくべきだろう。
そう思って今日はあの後、普通の態度で送り出したはずだったのに……。

もしかしたらアルバートは一人になったところで不安になったのかもしれない。
愚かな行為をしようとした自らを自分が許すはずがないとでも────。

(馬鹿だな……アル…)

もう二度と馬鹿なことを考えてほしくはない。
願うのはただそれだけなのに……。
だから大丈夫だと…そう言ってやりたくなった。

「今日の事を気にしてのことなら気にする必要はない」
「いえ…私がミシェル様との時間を作ってみたいと…そう考えてのこと」
「………」

────これはどう考えればいいのだろうか?

物凄く嬉しい申し出ではあるが問題はないだろうか?
正直悩む……。
悩むが────アルの様子が間近で見られるのならそれはそれで安心かもしれないと考え、結局OKを出すことにした。

「わかった。許そう」

そうやって許しを与えると、どこかホッとしたようにアルバートは微笑みを浮かべ一礼した。
けれど次いで口から出た言葉に一気に血の気が下がるのを感じた。


「私に騎士としての役割をお与えいただけたことに深く感謝いたします」


その言葉を耳にして、自分の中にあったどこか浮かれたような気持ちがスッと引いていく。

(ああ…そうだったのか)

アルバートは自分が好きだから傍に居たいと思ってくれたわけではないのだ。
そうだ。あの時も確かに『お慕いしていた』と言っていたではないか。
きっとアルバートの中での自分の気持ちは敬愛に近いものなのだろう。
それに彼はこうも言っていた。

『これからは私が兄に代わり貴方をお支えし、お慰めいたします』────と。

この言葉は即ち騎士として自分に仕えたいという意思表示でしかなかったと言うことだ。
浮かれていて気付いていなかった自分が馬鹿だった。

けれどアルバートがその関係を望むのなら自分としても好都合のはずだ。
お互いにジャスティンの件を割り切って良好な主従関係を築いていく────。
それが一番いいのだと……わかっている。
それでも一瞬でも期待した自分が胸をキリキリと締め付けてくるのだ。

(好き────)

アルバートが好きだ。
ダメだとわかっていても彼に触れたいと願う自分がいた。
一緒に居れば慣れてこの気持ちも少しは落ち着くだろうか?

(そうだ……一緒に居ればどこかで現実が見えてくる)

今はそれに賭けようと思いながら痛む胸を押さえてアルバートと共に歩き始めた。




それからほぼ毎日アルバートは仕事場である自分の執務室から自室までの道のりを護衛するように傍に控えるようになった。
突然始まったその行為は周囲の好奇の目を集めるのには十分ではあったが、騎士団との関係を場合によっては見直してもいいかと考え試しに許しを与えたのだと口にすれば、すぐに納得したと言わんばかりに好意的に見られるようになった。
それだけ自分と騎士団の確執は周囲に険悪に映っていたのだろう。

「ではミシェル様。また明日」
「ああ」

毎日会うと言っても二人の間に特に会話はなく、毎日こんな感じで一言二言で終わってしまう。
けれどそれでも自分にとっては十分幸せなひと時だった。


***


「ライアード様。クレイをお連れしました」
それから暫くした頃、ロイドが見慣れない黒魔道士を連れ、ライアードに挨拶をさせているのを見掛けた。
正直また悪巧みの一環かと思いそれとなく様子を窺っていたのだが、彼を一目見て『ああ。問題はないな』と思った。
何と言うか────純粋に黒曜石を見に来たという感じだったからだ。
けれどそんな彼を見るロイドの眼差しを見て初めて『おや?』と思った。
どうやらその黒魔道士をいたく気に入っているようで、まるで獲物を見つめるかのような眼差しを向けていたのだ。

(なるほどな)

これは好都合だ。
あれだけ執心する相手ができたのなら暫く悪巧みはあの男に対するものに終始することだろう。
そうしてどこかホッとし、仕事に戻ろうと足を向けたところで突然グイッと腕を引かれた。

「ミシェル様…」

そこに居たのはアルバートで、一体どうしたのかと聞きたくなるような真剣な瞳をこちらへと向けている。

「アルバート?」

そうして不思議に思いながら呼び掛けてみると、彼の唇がそっと自分のそれへと重ねられた。
あの日以来一度も重なることのなかった唇が自分の唇と重なっていると…そう認識したところで、ハッと我に返った。
口づけはどんどん濃厚になるが、まさかこんなところでうっとりと酔うわけにはいかない。

「アルバート…こういった事を職務中にするのは感心しない」

だからなんとか離してもらえた後そう言ったのに、アルバートはどこか憂鬱そうに、では職務中以外なら構わないのかと尋ねてきたので少し迷ってコクリと頷いた。

「では…そのように」

そしてアルバートは先程までの態度を改め、一礼して踵を返した。
そんな姿を名残惜しく見つめながら、そっと頬を染めながら唇を指で押さえた。


***


「アルバート…大丈夫なのか?」

あれはミシェルに帰りの付き添いを認めてもらった二日後の事だった。
騎士団長から呼び出され突然そう話を振られたのだ。
どうやらミシェルと騎士団の間にある長年の確執を、その切欠となった兄 ジャスティンの弟である自分が意を決して改善させようと踏み切った────そうとった者が多かったらしく、王宮や騎士団の間に瞬く間に噂が広まったのだと言う。
恐らく騎士団長としてはここでミシェルを怒らせでもしたらという気持ちから呼び出してきたのだろうことは容易に想像ができた。
何しろここ数年ミシェルのご機嫌取りに終始し、悉く空振りを繰り返してきたのだ。
ここで何かあったらと気が気でないのだろう。

「団長がご心配されるようなことはございません。私は個人的に兄を失った悲しみを未だに引きずっておられるお優しいミシェル様をお癒ししたいと思いあのような行動をとったまでの事。決して騎士団に迷惑をかけるつもりはございませんので……」
「とは言え会話すらないとは言うではないか。それでは意味がないのではないか?」

騎士団長が疑わしげに尋ねてくるが、はっきりと自分の意見を口にした。

「それはそれほどミシェル様の心が頑なに閉じられていると言うこと。それを和らげることができれば、もしかしたら騎士団との関係も変わってくるかもしれないと考えております」
「そう…そうか。そうかもしれんな。ではこの件に関しては口出しはせん。ミシェル様のお心を和らげて差し上げてくれ」
「はっ…」

そうしてどこか憂うような顔をした騎士団長だったが、下がってよいと言ってくれたので一礼して部屋を辞した。




「アルバート!」

その帰り、同僚から声を掛けられた。
騎士団の中でも一番仲の良いヘンリーだ。

「大丈夫だったか?」

団長に呼び出されたんだろうと尋ねられ、耳が早いなと思わず苦笑してしまう。

「ああ。ミシェル様の件だったから、適当に理由をつけて納得させてきた」

そう言ってやるとヘンリーは深く息を吐いた。

「はぁ……。お前…まだミシェル様がお好きなのか?」

ヘンリーは長く自分と同室と言うこともあってこちらの事情も随分理解してくれていた。
自分が剣の腕を磨いているのがミシェルの為と言うのも誰よりもわかっていて、それをずっと傍で見てくれていたと言っても過言ではないだろう。

「私はミシェル様をお支えしたいのだ」

だから許される限りは傍に居たいと切ない想いを吐露してしまう。

「まあなぁ…。相手は皇太子。手の届かないお方だしな。せめて傍にと願うお前の気持ちもわかるけど…」

そう言いながら二人で訓練場へと足を向けながら歩く。

「ミシェル様にのめり込むのだけはやめておけ」
「そんなもの……私の勝手だろう?」
「いいや。お前のために言ってるんだ。ちょっと聞き込みをしたんだがな、最近ミシェル様は奥方達からさえ距離を置かれているらしいぞ?」
「え?」

そんな話は初耳だった。
あのミシェルが何かしたとでも言うのだろうか?

「それがな……結婚して子供を作ったのは良かったんだが、家庭には見向きもしないで仕事と勉強にばかり目を向けていたんだと」
「何だそれなら聞いたことがある。でもミシェル様は不器用な方だからそれくらいは大目に見てもらえるのでは…」

予想の範囲内だし許されるのではないかと口にしたのだが、ヘンリーはそれに対して首を振る。

「それだけならまだ不器用なのかと思えなくもないんだが、どうやらライアード王子のお抱え魔道士に随分執着しているらしくてな」
「……え?」
「二人を引き離すためにあの手この手で策を練って襲撃させて、何度も失敗に終わっているらしい」

そんなことがここ何年も続いていて、ミシェルの妃達もいい加減嫌気がさしてきたのだと言う。
曰く、放っておけばいいのに何をそんなに躍起になっているのかと。
最初でこそ弟であるライアードを心配するあまりのことと生暖かく見守ってもらっていたものの、ライアードももうとうに20才を過ぎ立派な大人になったと言うのに過保護が過ぎるのではないかと呆れられてしまったのだとか。
それくらいなら少しくらい自分達の方に目を向けてくれればいいではないかと────妃達はそう思ったらしい。
けれどミシェルはそんな言葉にも耳を貸さず、ロイド排除に相も変わらず力を尽くしているのだとか。

「そのロイドと言う黒魔道士とは話したことがないが、いつもライアード様の傍にそっと控えている人畜無害そうで優しげな男だ。だから俺は勝手にミシェル様がやり合ってるうちに好きになったんじゃないかと邪推してるんだが…」

振り向いてほしくて色々ちょっかいを掛けているのではないか?とヘンリーは結論を口にした。
そんな言葉にドキッと激しく心臓が脈を打つ。

(ミシェル様が……?)

「だからな?お前がのめりこんでも多分無駄だから、早めにそっちは諦めてだな~俺の妹の事、考えてやってくれよ!」

結局それが言いたかっただけかとため息を吐きながらも思うことはミシェルとロイドと言う魔道士の事……。
もし本当にそうだったとしたら────自分はどうするのだろうか?
祝福することが…できるのか?

そうしてもやもやした気持ちを抱えたまま日々を過ごし、とうとうその日を迎えたのだった。



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