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第一部 アストラス編~王の落胤~
155.門出
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ロックウェルが仕事をしていると、ロイドと一緒にいたはずのクレイがひょっこりと顔を出したので思わず目を瞠ってしまう。
絶対に自分が迎えに行くまで二人で仲良く一緒にいると思っていたのに、どうしたのだろう?
そう思ってそっとクレイに目を向けると、あっさりと自分の所までやってきて用件を口にした。
「ロックウェル。俺の部屋をロイドとシュバルツに貸しているからお前の部屋に居てもいいか?」
「…………」
つまりは今まさに二人はお楽しみ中ということに他ならなくて────。
(一体どうしてそんな展開になったんだ?)
正直あのシュバルツ相手ならさすがのロイドも時間が掛かると思ったのに、まさかさっきの今でそんな展開になるとは思いもよらなかった。
「一体どんな手を使ったんだ?」
「え?ロイドが抱かれる側に興味津々だったみたいだから、ちょっと二人でシュバルツを煽ってその気にさせてやっただけだが?」
何と言うこともなくそうやって答えてきたクレイに思わずガックリと肩を落としてしまう。
一体何をやっているのか……。
まさかシュバルツ相手にロイドがそちら側に回ることになるとは思ってもみなかった。
「これでロックウェルがロイドに嫉妬することもなくなるし、俺は俺でいい相談相手ができるようになっただろう?」
まるで名案だったと言わんばかりのクレイに、正直驚きを隠せない。
本当にあのロイドがそんなに簡単にクレイの口車に乗ったのだろうか?
【あ~…ロイドはクレイ様には弱いですからね。似た所もありますし、お勧めされると興味が湧いてしまう可愛いところもあるようですよ?】
ヒュースの言葉にそうだったのかと思うが、確かにこれならロイドを可愛いと言うクレイの気持ちもわからないでもなかった。
【何にせよ。これで丸く収まりましたね】
「そうだな」
これで何の心配もいらなくなったと思えばいいかとホッと息を吐き、クレイには自室で好きに寛ぐようにとだけ伝えておいた。
そしてクレイが下がっていったところでそっとため息を吐く。
「クレイは意外と計算高いところもあるんだな」
知らなかったとポツリと呟いていると、ヒュースからまだまだですねと笑われてしまった。
【あれは計算と言うよりも、その場の思い付きのようなものです。クレイ様は勘と閃きのようなもので極まれに素晴らしい行動をなさることがありますので…今回もそれに近いものだったのでしょう】
例えるなら苦手なパズルをやっていて、たまたま連続してこれだ!とパチパチと上手くピースが面白いくらいに嵌っていく…そんな感じなのだと言う。
【いつもそうだといいんですが…そういう性格とは違うのだとお考えください】
勘違いしているとまた振り回される羽目になるからと、ヒュースからは有難い忠告を頂いてしまった。
本当にクレイは一筋縄ではいかない男だ。
【これでロイドとの遊びにも終止符が打たれましたし、恐らくこれからクレイ様はお仕事の方に専念したいと言い出すと思いますが、構わないでしょうか?】
「……仕方がないな」
黒魔道士の仕事はクレイにとって必要なものだし、クレイは王宮仕事ではきっと物足りないだろうことは簡単に想像がつく。
自分の傍に置いておきたいと言う気持ちが強くあるにはあるのだが、自由にのびのびと仕事をこなしている姿こそがクレイの本来の姿なのだから無理強いもよくはないだろうと思い直した。
「まあ確かにロイドがクレイに絡んでこなければ特に問題はないだろう。あいつほどライバルと呼べる相手はもう誰も現れないだろうし…」
クレイとは極秘とは言えもう入籍だって済んでいる。
後は式を挙げるだけ────。
そう。それでもう誰にもクレイを渡さずに済むのだ。
何も心配することはない。
「長かったな…」
嫉妬に狂う日ももうそれで最後だと思うと妙に感慨深い気持ちになる。
クレイを封印から解き放った日からの幾月……。
あの苦い思い出は今はすっかり遠い過去へと変わろうとしている。
そこから少しずつ少しずつ二人の関係は形を変えて、想いはすれ違いながらも徐々に一つになった。
周囲の者達に支えてもらいながら紡いできた時間はとても大切で、何物にも代えがたいものだと実感している。
その時間は、きっとこれから出会うどんな障害にも立ち向かえる強さを与えてくれることだろう。
「さて、さっさと私も仕事を終えて愛しいクレイを迎えに行くとするか」
そんなロックウェルの言葉に、ヒュースは満足そうに微笑みを浮かべる。
幼き頃からずっと傍で見守ってきた愛し子をやっと幸せへと導くことができたのだ。
感無量と言っても過言ではない。
あの封印が解かれた日からずっと見守ってきた二人の関係。
手の掛かる主を諌め、ロックウェルのクレイに対する誤解を解きつつその扱い方を伝え続ける日々。
それは非常に面倒この上ないものでしかなかったが、こうして結果が出てくれたのだからもう何も言うことはない。
【どうぞクレイ様を末永く宜しくお願い致します】
自分の最後の主と定めたクレイをどうかずっとずっと幸せにしてやってほしい。
そのためなら自分だけではなく、クレイの眷属達は皆喜んで協力することだろう。
ヒュースは主がただ一人愛したその魔道士に敬意を込めて、そっと頭を下げた。
***
その翌日の夕刻────。
「どうも白魔道士は黒魔道士を勘違いしているようにしか思えない」
ロイドとクレイは酒を酌み交わしながら愚痴を溢しあっていた。
「わかる!絶対認識が間違ってるよな」
「黒魔道士は確かにセックスは好きだし、快楽の追及もしたい方だが、絶倫じゃない!」
「その通りだ!俺だって三回もイケたら十分なんだ!それをロックウェルは…!」
意見が合うなと言いながら二人で食事を摂り、酒を飲んで語り合うのは何とも楽しい時間だ。
「お前には同情するな。シュバルツはまだ聞いてくれるし、引いてくれるだけマシだ」
「羨ましい…。上手く自分好みに育てるんだぞ?」
「本当にな。ロックウェルはシュバルツと違って最初から手管の方もかなりなものだっただろうし、お前も苦労するな」
「まあそれでも最初に比べたら少しは譲歩してくれるようになったんだぞ?」
たまにはこちらに合わせてくれるからとクレイが惚気のようなことも溢すが、ロイドはバッサリ言い切った。
「お前はロックウェルに調教されすぎだ。たまの譲歩だってあいつの手段の一つだろう?」
「そうか?ん~…まあ何をされても大好きだから別に構わないけどな」
「はぁ…。そんなことを言ってるとそのうちとんでもないプレイまでされそうだな」
「うっ…でも黒魔道士的には美味しいぞ?この間は…」
そうやって店の片隅で黒魔道士同士楽しく盛り上がっていると、入り口付近がざわりとざわめくのを感じた。
そこには黒魔道士の飲み屋には相応しくないどこか清廉な気配が漂っている。
「ロイド…」
「ああ。逃げるが勝ちだな」
お互いの恋人達の気配を感じ取り、見つかる前にとそのまま代金をテーブルへと置いて二人で仲良く一気に影を渡りにかかった。
行き先は当然王宮のロイドの部屋だ。
一人が目くらましの魔法を掛けてもう一人が相手を掴んで影を渡れば絶対に捕まることはない。
後は何食わぬ顔で自室へ逃げ込んでしまえば問題はないだろう。
「やっぱりお前は最高の親友だな。いや、相棒か?」
「くっ…最高の褒め言葉だな。クレイ」
白魔道士の恋人を振り回しながらこれからも楽しく付き合っていこうと微笑み合って、黒衣の魔道士達は艶やかに笑う。
そこにはもう甘い空気は感じられない。
けれどそれは友人が少ない二人にとっては最高の関係だった。
***
「逃げられたか」
ここに居るのはわかっていると言わんばかりに追い掛けてきたが、気配を察したところであっという間に二人に逃げ切られてしまった。
あの二人に組まれたらさすがにこちらは手も足も出ない。
「ロックウェル!ロイドはやはり私では満足できなくて愚痴を溢したくなったのかな…?」
シュバルツが自信なさ気にそう尋ねてくるが、クレイにつけていた自分の眷属の記憶を見るとそうでもないと言うのが伝わってきた。
「いや。そうではなく、単に友人同士の会話をしていただけのようだし心配は無用のようですよ?」
正直ロイドがクレイと同じ立場になったことで浮気の心配はなくなったようだが、益々仲が良くなったようで面白くないのは事実だった。
ここで下手にシュバルツをつついてロイドに不満でもたまらせてしまったら、下手をすれば新居にまで入り浸られてしまう気がする。
「シュバルツ殿。ロイドは『黒魔道士は絶倫じゃないから程々が一番だ』と言っていたようなので、三回くらいを目安に満足させてやれば問題はないかと」
「三回か……」
「取りあえずここは引いて、道すがらロイドを満足させてやれそうなことでも話しましょうか」
「……!お前が教えてくれるのなら助かる!」
「しっかりロイドに縄をつけておいてもらえたらこちらも助かるので、是非頑張って頂きたい」
「ああ!任せておけ」
こうして白魔道士は白魔道士同士、手の掛かる黒魔道士を如何に捕まえておくか、そっと思案に暮れたのだった。
***
それからひと月半後────今日はクレイとの結婚式。
はっきり言ってクレイはずっと渋っていた。
曰く、盛大に祝われるのは恥ずかしいから嫌だと。
そこをなんとか宥め賺して、黒衣で構わないならしてもいいと言わせることに成功した。
とは言え結婚式は結婚式だ。
黒衣と言えど王族の正装とも言える豪華なものを、王自らがわざわざ用意してくれた。
そして、結婚式の時は皆へのお披露目も兼ねているので是非紫の瞳でと念押しされた。
「全く…別に瞳の色なんてどうでもいいだろうに…」
「どうでもいいなら紫の瞳でも構わないと言うことだろう?いいから大人しく封印を解け」
挙式直前までブツブツ言っていたクレイだったが、さすがに最後は観念したのか王の言葉に素直に従っていた。
艶めく黒髪に豪奢な黒衣。
その中で映える端正な顔立ちと美しく煌めく紫の瞳。
その姿は堂々としていてどこまでも気高く、恐らく始祖レノバイン崇拝者は涙を流して喜ぶだろうし、他の者達も心奪われてしまう事だろう。
だがそれ故にどこか遠い存在のように思われて、王の退室後、気付けばそのまま抱き寄せそっと口づけている自分がいた。
「んん…っ」
そうやって頬を染める姿は確かに自分の知っているクレイに他ならなくて思わずホッと息を吐く。
(良かった…)
「はぁ…今日のお前は最高に綺麗だ」
「……綺麗じゃない」
お前の目は節穴かと言われ、しまったと思ったが遅かった。
クレイは女のように扱われるのが嫌いなのに、思わず安堵と共にそんな言葉を口にしてしまった自分を恨みたくなる。
「お前は本当に女誑しが板につきすぎなんだ」
そんな自分をよくわかってくれているだけにクレイの意見は的を射ているのだが、折角の晴れの日に喜ぶ言葉一つ掛けられなかった自分が歯痒くて仕方なかった。
そこへちょうど一番気に入らない男がやってきてしまう。
「クレイ!」
「ロイド!来てくれたのか?」
「お前の晴れ姿くらい見ておこうと思ってな」
「そうか。来てくれて嬉しい」
そうやって本当に嬉しそうに笑うから気に入らない。
「それにしても随分豪華だな」
「ああ。俺はもっと普通で良かったんだが……」
「いや。結婚式ならそれくらいでいいんじゃないか?あしらってある黒曜石がお前によく似合っている」
「…そう言ってもらえたら嬉しい」
はにかむように笑うクレイにロイドが満足げに笑う。
やはりこの男はクレイを喜ばすことにかけては本当に外さないなと感心してしまうほどだ。
「アメジスト・アイも随分久しぶりに見た気がするな。もう完全に公認なのか?」
「ああ。でも目立つから普段は碧眼にしてるんだ」
「そうか。勿体ないような気もするが…まあこの瞳に魅入られる者が増えたらそこの花婿がまた嫉妬に狂って大変だろうし、仕方がないか」
ククッと底意地悪く笑われて腹が立つものの、確かに言っていることには一理あり、既に王宮内ではアメジスト・アイが見たいと言う輩が後を絶たない状況になりつつあった。
伝説の真偽を確かめたいと言う者もいれば、初めて見た時にその美しさに魅了されたと言う者もいる。
最悪なことに下僕志願だと言う者まで出始めたので、そちらは丁重にお引き取り願うことになった。
(あんな輩に私のクレイに指一本触れさせるわけにはいかないしな……)
その時の事を思い出してクッと昏い笑みを浮かべたところで、ロイドが相変わらず独占欲の強い男だなとからかいの言葉を向けてくる。
「そう言えばシュバルツ殿は今日は一緒じゃないのか?」
相手の思う壺に嵌る気もないのでそう尋ねてやると、ロイドはシュバルツはソレーユに来る前の準備調整で忙しかったため、こちらへの到着がギリギリになってしまうようだと答えを返した。
「なんだ。迎えに行ってやればいいのに」
「私はライアード様の護衛もあるしな。主人と恋人を天秤にかけたら当然主人を取る」
どうやらそこはロイド的に譲れないポイントらしかったが、これまでもライアードの護衛を眷属に任せてひょいひょいクレイの元へとやってきていたくせにどの口がそんな言葉を紡ぐのか…。
「あ~そうか。シュバルツはまだその位置なんだな」
「当然だ。これからの成長に期待はしているが……」
意味深に話す二人にまた疎外感を感じさせられる。
「さて、そこの男にこれ以上睨まれる前に退散するとするか。後で酌はしに行くから、またその時話そう」
サラリとそう告げさっさと退散してくれたのはいいが、その後も王宮関係者以外の魔道士達も次々挨拶に訪れたのでゆっくり話す間もない。
そうこうしている内にあっという間に挙式の時間になってしまう。
「ロックウェル…行くぞ」
そうやって手を差し伸べてくる姿は妙に男前で、花嫁ではなく花婿そのもの。
けれど思わず溜息をつきそうになったところで、グイッと手を引かれて耳元に囁きを落とされてしまう。
「お前の格好良さにさっきから当てられっぱなしなんだ。今日は飲み過ぎるなよ?」
そんな言葉に思わず耳を疑ってしまった。
それはどう聞いても『惚れ惚れして欲情したから抱いてほしい』という意味合いでしかない。
「クレイ…そういう事なら期待に応えるしかないな。お前も飲み過ぎるなよ?」
「わかっている」
自分の言葉に薄っすらと頬を染める姿に満足して、ロックウェルはそっとクレイの手に自分の手を重ねた。
絶対に自分が迎えに行くまで二人で仲良く一緒にいると思っていたのに、どうしたのだろう?
そう思ってそっとクレイに目を向けると、あっさりと自分の所までやってきて用件を口にした。
「ロックウェル。俺の部屋をロイドとシュバルツに貸しているからお前の部屋に居てもいいか?」
「…………」
つまりは今まさに二人はお楽しみ中ということに他ならなくて────。
(一体どうしてそんな展開になったんだ?)
正直あのシュバルツ相手ならさすがのロイドも時間が掛かると思ったのに、まさかさっきの今でそんな展開になるとは思いもよらなかった。
「一体どんな手を使ったんだ?」
「え?ロイドが抱かれる側に興味津々だったみたいだから、ちょっと二人でシュバルツを煽ってその気にさせてやっただけだが?」
何と言うこともなくそうやって答えてきたクレイに思わずガックリと肩を落としてしまう。
一体何をやっているのか……。
まさかシュバルツ相手にロイドがそちら側に回ることになるとは思ってもみなかった。
「これでロックウェルがロイドに嫉妬することもなくなるし、俺は俺でいい相談相手ができるようになっただろう?」
まるで名案だったと言わんばかりのクレイに、正直驚きを隠せない。
本当にあのロイドがそんなに簡単にクレイの口車に乗ったのだろうか?
【あ~…ロイドはクレイ様には弱いですからね。似た所もありますし、お勧めされると興味が湧いてしまう可愛いところもあるようですよ?】
ヒュースの言葉にそうだったのかと思うが、確かにこれならロイドを可愛いと言うクレイの気持ちもわからないでもなかった。
【何にせよ。これで丸く収まりましたね】
「そうだな」
これで何の心配もいらなくなったと思えばいいかとホッと息を吐き、クレイには自室で好きに寛ぐようにとだけ伝えておいた。
そしてクレイが下がっていったところでそっとため息を吐く。
「クレイは意外と計算高いところもあるんだな」
知らなかったとポツリと呟いていると、ヒュースからまだまだですねと笑われてしまった。
【あれは計算と言うよりも、その場の思い付きのようなものです。クレイ様は勘と閃きのようなもので極まれに素晴らしい行動をなさることがありますので…今回もそれに近いものだったのでしょう】
例えるなら苦手なパズルをやっていて、たまたま連続してこれだ!とパチパチと上手くピースが面白いくらいに嵌っていく…そんな感じなのだと言う。
【いつもそうだといいんですが…そういう性格とは違うのだとお考えください】
勘違いしているとまた振り回される羽目になるからと、ヒュースからは有難い忠告を頂いてしまった。
本当にクレイは一筋縄ではいかない男だ。
【これでロイドとの遊びにも終止符が打たれましたし、恐らくこれからクレイ様はお仕事の方に専念したいと言い出すと思いますが、構わないでしょうか?】
「……仕方がないな」
黒魔道士の仕事はクレイにとって必要なものだし、クレイは王宮仕事ではきっと物足りないだろうことは簡単に想像がつく。
自分の傍に置いておきたいと言う気持ちが強くあるにはあるのだが、自由にのびのびと仕事をこなしている姿こそがクレイの本来の姿なのだから無理強いもよくはないだろうと思い直した。
「まあ確かにロイドがクレイに絡んでこなければ特に問題はないだろう。あいつほどライバルと呼べる相手はもう誰も現れないだろうし…」
クレイとは極秘とは言えもう入籍だって済んでいる。
後は式を挙げるだけ────。
そう。それでもう誰にもクレイを渡さずに済むのだ。
何も心配することはない。
「長かったな…」
嫉妬に狂う日ももうそれで最後だと思うと妙に感慨深い気持ちになる。
クレイを封印から解き放った日からの幾月……。
あの苦い思い出は今はすっかり遠い過去へと変わろうとしている。
そこから少しずつ少しずつ二人の関係は形を変えて、想いはすれ違いながらも徐々に一つになった。
周囲の者達に支えてもらいながら紡いできた時間はとても大切で、何物にも代えがたいものだと実感している。
その時間は、きっとこれから出会うどんな障害にも立ち向かえる強さを与えてくれることだろう。
「さて、さっさと私も仕事を終えて愛しいクレイを迎えに行くとするか」
そんなロックウェルの言葉に、ヒュースは満足そうに微笑みを浮かべる。
幼き頃からずっと傍で見守ってきた愛し子をやっと幸せへと導くことができたのだ。
感無量と言っても過言ではない。
あの封印が解かれた日からずっと見守ってきた二人の関係。
手の掛かる主を諌め、ロックウェルのクレイに対する誤解を解きつつその扱い方を伝え続ける日々。
それは非常に面倒この上ないものでしかなかったが、こうして結果が出てくれたのだからもう何も言うことはない。
【どうぞクレイ様を末永く宜しくお願い致します】
自分の最後の主と定めたクレイをどうかずっとずっと幸せにしてやってほしい。
そのためなら自分だけではなく、クレイの眷属達は皆喜んで協力することだろう。
ヒュースは主がただ一人愛したその魔道士に敬意を込めて、そっと頭を下げた。
***
その翌日の夕刻────。
「どうも白魔道士は黒魔道士を勘違いしているようにしか思えない」
ロイドとクレイは酒を酌み交わしながら愚痴を溢しあっていた。
「わかる!絶対認識が間違ってるよな」
「黒魔道士は確かにセックスは好きだし、快楽の追及もしたい方だが、絶倫じゃない!」
「その通りだ!俺だって三回もイケたら十分なんだ!それをロックウェルは…!」
意見が合うなと言いながら二人で食事を摂り、酒を飲んで語り合うのは何とも楽しい時間だ。
「お前には同情するな。シュバルツはまだ聞いてくれるし、引いてくれるだけマシだ」
「羨ましい…。上手く自分好みに育てるんだぞ?」
「本当にな。ロックウェルはシュバルツと違って最初から手管の方もかなりなものだっただろうし、お前も苦労するな」
「まあそれでも最初に比べたら少しは譲歩してくれるようになったんだぞ?」
たまにはこちらに合わせてくれるからとクレイが惚気のようなことも溢すが、ロイドはバッサリ言い切った。
「お前はロックウェルに調教されすぎだ。たまの譲歩だってあいつの手段の一つだろう?」
「そうか?ん~…まあ何をされても大好きだから別に構わないけどな」
「はぁ…。そんなことを言ってるとそのうちとんでもないプレイまでされそうだな」
「うっ…でも黒魔道士的には美味しいぞ?この間は…」
そうやって店の片隅で黒魔道士同士楽しく盛り上がっていると、入り口付近がざわりとざわめくのを感じた。
そこには黒魔道士の飲み屋には相応しくないどこか清廉な気配が漂っている。
「ロイド…」
「ああ。逃げるが勝ちだな」
お互いの恋人達の気配を感じ取り、見つかる前にとそのまま代金をテーブルへと置いて二人で仲良く一気に影を渡りにかかった。
行き先は当然王宮のロイドの部屋だ。
一人が目くらましの魔法を掛けてもう一人が相手を掴んで影を渡れば絶対に捕まることはない。
後は何食わぬ顔で自室へ逃げ込んでしまえば問題はないだろう。
「やっぱりお前は最高の親友だな。いや、相棒か?」
「くっ…最高の褒め言葉だな。クレイ」
白魔道士の恋人を振り回しながらこれからも楽しく付き合っていこうと微笑み合って、黒衣の魔道士達は艶やかに笑う。
そこにはもう甘い空気は感じられない。
けれどそれは友人が少ない二人にとっては最高の関係だった。
***
「逃げられたか」
ここに居るのはわかっていると言わんばかりに追い掛けてきたが、気配を察したところであっという間に二人に逃げ切られてしまった。
あの二人に組まれたらさすがにこちらは手も足も出ない。
「ロックウェル!ロイドはやはり私では満足できなくて愚痴を溢したくなったのかな…?」
シュバルツが自信なさ気にそう尋ねてくるが、クレイにつけていた自分の眷属の記憶を見るとそうでもないと言うのが伝わってきた。
「いや。そうではなく、単に友人同士の会話をしていただけのようだし心配は無用のようですよ?」
正直ロイドがクレイと同じ立場になったことで浮気の心配はなくなったようだが、益々仲が良くなったようで面白くないのは事実だった。
ここで下手にシュバルツをつついてロイドに不満でもたまらせてしまったら、下手をすれば新居にまで入り浸られてしまう気がする。
「シュバルツ殿。ロイドは『黒魔道士は絶倫じゃないから程々が一番だ』と言っていたようなので、三回くらいを目安に満足させてやれば問題はないかと」
「三回か……」
「取りあえずここは引いて、道すがらロイドを満足させてやれそうなことでも話しましょうか」
「……!お前が教えてくれるのなら助かる!」
「しっかりロイドに縄をつけておいてもらえたらこちらも助かるので、是非頑張って頂きたい」
「ああ!任せておけ」
こうして白魔道士は白魔道士同士、手の掛かる黒魔道士を如何に捕まえておくか、そっと思案に暮れたのだった。
***
それからひと月半後────今日はクレイとの結婚式。
はっきり言ってクレイはずっと渋っていた。
曰く、盛大に祝われるのは恥ずかしいから嫌だと。
そこをなんとか宥め賺して、黒衣で構わないならしてもいいと言わせることに成功した。
とは言え結婚式は結婚式だ。
黒衣と言えど王族の正装とも言える豪華なものを、王自らがわざわざ用意してくれた。
そして、結婚式の時は皆へのお披露目も兼ねているので是非紫の瞳でと念押しされた。
「全く…別に瞳の色なんてどうでもいいだろうに…」
「どうでもいいなら紫の瞳でも構わないと言うことだろう?いいから大人しく封印を解け」
挙式直前までブツブツ言っていたクレイだったが、さすがに最後は観念したのか王の言葉に素直に従っていた。
艶めく黒髪に豪奢な黒衣。
その中で映える端正な顔立ちと美しく煌めく紫の瞳。
その姿は堂々としていてどこまでも気高く、恐らく始祖レノバイン崇拝者は涙を流して喜ぶだろうし、他の者達も心奪われてしまう事だろう。
だがそれ故にどこか遠い存在のように思われて、王の退室後、気付けばそのまま抱き寄せそっと口づけている自分がいた。
「んん…っ」
そうやって頬を染める姿は確かに自分の知っているクレイに他ならなくて思わずホッと息を吐く。
(良かった…)
「はぁ…今日のお前は最高に綺麗だ」
「……綺麗じゃない」
お前の目は節穴かと言われ、しまったと思ったが遅かった。
クレイは女のように扱われるのが嫌いなのに、思わず安堵と共にそんな言葉を口にしてしまった自分を恨みたくなる。
「お前は本当に女誑しが板につきすぎなんだ」
そんな自分をよくわかってくれているだけにクレイの意見は的を射ているのだが、折角の晴れの日に喜ぶ言葉一つ掛けられなかった自分が歯痒くて仕方なかった。
そこへちょうど一番気に入らない男がやってきてしまう。
「クレイ!」
「ロイド!来てくれたのか?」
「お前の晴れ姿くらい見ておこうと思ってな」
「そうか。来てくれて嬉しい」
そうやって本当に嬉しそうに笑うから気に入らない。
「それにしても随分豪華だな」
「ああ。俺はもっと普通で良かったんだが……」
「いや。結婚式ならそれくらいでいいんじゃないか?あしらってある黒曜石がお前によく似合っている」
「…そう言ってもらえたら嬉しい」
はにかむように笑うクレイにロイドが満足げに笑う。
やはりこの男はクレイを喜ばすことにかけては本当に外さないなと感心してしまうほどだ。
「アメジスト・アイも随分久しぶりに見た気がするな。もう完全に公認なのか?」
「ああ。でも目立つから普段は碧眼にしてるんだ」
「そうか。勿体ないような気もするが…まあこの瞳に魅入られる者が増えたらそこの花婿がまた嫉妬に狂って大変だろうし、仕方がないか」
ククッと底意地悪く笑われて腹が立つものの、確かに言っていることには一理あり、既に王宮内ではアメジスト・アイが見たいと言う輩が後を絶たない状況になりつつあった。
伝説の真偽を確かめたいと言う者もいれば、初めて見た時にその美しさに魅了されたと言う者もいる。
最悪なことに下僕志願だと言う者まで出始めたので、そちらは丁重にお引き取り願うことになった。
(あんな輩に私のクレイに指一本触れさせるわけにはいかないしな……)
その時の事を思い出してクッと昏い笑みを浮かべたところで、ロイドが相変わらず独占欲の強い男だなとからかいの言葉を向けてくる。
「そう言えばシュバルツ殿は今日は一緒じゃないのか?」
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「なんだ。迎えに行ってやればいいのに」
「私はライアード様の護衛もあるしな。主人と恋人を天秤にかけたら当然主人を取る」
どうやらそこはロイド的に譲れないポイントらしかったが、これまでもライアードの護衛を眷属に任せてひょいひょいクレイの元へとやってきていたくせにどの口がそんな言葉を紡ぐのか…。
「あ~そうか。シュバルツはまだその位置なんだな」
「当然だ。これからの成長に期待はしているが……」
意味深に話す二人にまた疎外感を感じさせられる。
「さて、そこの男にこれ以上睨まれる前に退散するとするか。後で酌はしに行くから、またその時話そう」
サラリとそう告げさっさと退散してくれたのはいいが、その後も王宮関係者以外の魔道士達も次々挨拶に訪れたのでゆっくり話す間もない。
そうこうしている内にあっという間に挙式の時間になってしまう。
「ロックウェル…行くぞ」
そうやって手を差し伸べてくる姿は妙に男前で、花嫁ではなく花婿そのもの。
けれど思わず溜息をつきそうになったところで、グイッと手を引かれて耳元に囁きを落とされてしまう。
「お前の格好良さにさっきから当てられっぱなしなんだ。今日は飲み過ぎるなよ?」
そんな言葉に思わず耳を疑ってしまった。
それはどう聞いても『惚れ惚れして欲情したから抱いてほしい』という意味合いでしかない。
「クレイ…そういう事なら期待に応えるしかないな。お前も飲み過ぎるなよ?」
「わかっている」
自分の言葉に薄っすらと頬を染める姿に満足して、ロックウェルはそっとクレイの手に自分の手を重ねた。
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