黒衣の魔道士

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第一部 アストラス編~王の落胤~

153.それぞれの新しい関係へ

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ロックウェルはクレイにシリィについていてやってくれと追いやられ、正直もやもやした気持ちで二人を見守っていた。

ここはアストラスで、今回ライアードは賓客だ。
さすがに他国でおかしな真似をしでかすほどライアードは愚かな王子ではない。
だから大丈夫だと言ったのにクレイは聞いてくれなかった。
今頃ロイドと一緒かと思うとイライラは増すばかりだ。

シリィとライアードは庭園で仲良く話しながら穏やかに微笑み合っている。
読唇術で会話を拾っても特に問題もない。
はっきり言って自分が遠目に見守っているのにも気づいていないのではないだろうか?
これならこの場を眷属に任せて自分はクレイの方に行った方がいいのではないかとそう思っていたところで、二人の会話がクレイの話になった。

ちょうどクレイがソレーユに行った時の話から始まり、次第にシリィのクレイへの気持ちの話へと変わっていく。
それを目にしたところで、彼女の気持ちを軽んじてしまっていた自分に気づいて反省してしまった。
自分も余裕がなかったとはいえ、もう少し慮ってやればよかったと思う。
ライアードに気持ちを聞いてもらったシリィはなんだか閊えていたものが取れたような表情をしていたからだ。
それは泣き顔ではあったけれど、前へ進むために必要な事だったのだと感じられた。

そんなシリィを抱き寄せてライアードはそっと優しく口づけを落とし、そのままシリィを抱きしめた。
それは極自然な流れだったし、シリィも嫌がってはおらず無理強いでもなんでもなかったので温かく見守っていたのだが、そこに突如シュバルツがやってきてしまった。


***


シリィの身体がライアードの腕の中にすっぽりと納まっている。
その顔は泣き濡れていて、それを見た瞬間守らなければと言う強い思いが自分の中に湧き起こるのを感じた。

「シリィを離せ!」

はっきり言って無意識ともいえる行動だった。
気が付けばその言葉と共に攻撃呪文を唱えてしまっていた。
それを察したシリィが素早くライアードから身を離し強固な防御壁を張るが、魔力としては自分の方が強い。
このままではシリィの防御壁を壊して二人に怪我をさせてしまう。
しまった!と思って思わず半ば放心してしまったところで、ライアードを守っていたのであろうロイドの眷属がこちらへと攻撃してくる姿が見えた。

(間に合わない…!)

すぐに身を守ろうと思ったが、眷属の動きの方がどう足掻いても早い。
けれどその攻撃が自分へと届くよりも早くロックウェルの防御壁が素早く自分の周囲へと張られ事なきを得た。

「シリィ!大丈夫か?!」

背後からクレイの声が聞こえてくる。

「うぅ…クレイ。ありがとう……」

どうやら追いかけてきていたクレイが咄嗟にシリィの防御壁を強化したらしく、二人は無傷のようだった。
その姿にホッとすると共に自分が如何に軽率な行動をしてしまったのかを改めて思い知らされ、蒼白になってしまう。
国賓であるライアードを客人である自分が攻撃してしまったのだ。
これは普通に考えて国際的大問題だ。
これでは自国にまで迷惑が掛かってしまう。
ソレーユとアストラス双国に一体どう償えばよいのだろう……。

そうやって固まっている自分に、ロイドがため息を吐きながら傍へとやってきた。

「お前は人の主人にいきなり攻撃するなんて何を考えているんだ」
「そうだぞ?無傷だったから良かったものの、下手をすれば国際問題だ」
「……申し訳ない」
「ライアード様に怪我でも負わせていたら一生こき使ってやるところだ」
「ロイドらしいな。クッ…主人が傷つけられたら魔法の実験台とかにして酷い目に合わせそうだ」
「ああ、それもいいな。嬲ってやるのも楽しそうだ。試してやるのも一興かもな」

正直二人の黒魔道士の目が本気過ぎて怖い。
そんな二人にライアードが声を掛ける。

「そこの二人は本当に人を揶揄うのが好きだな。もうそれくらいにしてやれ。可哀想だろう?」
「…ライアード様。子供には躾けが必要だと考えますが?」

ロイドが止めてくれるなとライアードに物申すが、ライアードは自分は気にしていないからと再度下がるようにとロイドへと命じた。

「……かしこまりました」

主人の命令に大人しく従ったロイドだったが、そのままため息を吐いてまたクレイと会話をし始めてしまう。

「クレイ……こいつはやはり私というよりもシリィの方が好きなんじゃないのか?」
「それがわからないから俺も困ってるんだ。本人達は違うの一点張りなんだが、こうして見るとそうとしか思えなくてな」
「困った奴だな」

そんな二人にシュバルツは異議ありと声を上げた。

「私が好きなのはロイドだ!」

どうして本気にしてもらえないのだろうか?

「シリィはアストラスの王宮で少しでも私が過ごしやすいようにと心を砕いて優しく接してくれた相手だ。だからそんなシリィがクレイに傷つけられているのを黙って見ていられなかったから支えてやりたいと思った。ただそれだけの事だ」
「…………」
「さっきのもシリィが泣いているのが見えたから咄嗟に体が動いてしまっただけで、悪意あっての事ではなかった。軽率だったと反省している。申し訳ない!」

わかってほしい。
ただその思いでライアード達へと頭を下げる。
正直怖くて頭が上げられない。
そんな自分の耳にロイドのため息が聞こえてきた。

「まさかここまでお子様だとはな」
「ロイド。そう言ってやるな」
「ですがライアード様。これはあまりにも……」
「別に構わない。それよりも私はシリィの気持ちを聞かせてほしいものだな」

そんなライアードの言葉にそっと頭を上げると、そこには呆れたような顔の面々と戸惑うような表情を浮かべるシリィの姿があった。

「シリィは今のシュバルツ殿の話を聞いてどう思ったのか聞かせてほしい」

そうやってライアードから促されたシリィは、暫し考えてから口を開いた。

「シュバルツ様はお優しいのでいつでも私を元気づけてくれていました。そんなシュバルツ様に今回ご心配をお掛けしてしまって申し訳ないと言う気持ちしかありません。私がもっとしっかりしていたらこんな事にはならなかったのではないでしょうか…」
「シリィ……」
「だから、今回の件についてはシュバルツ様の罪と言うよりはそれをさせてしまった私の罪だと思います。どうかライアード様。シュバルツ様への罰は私へとお与えください」
「つまりは自分が罪を被ってでもシュバルツ殿を守りたいほど好ましく思っていると…?」
「…?言われている意味がよくわからないのですが」

本気でわからないと言うようなシリィにライアードが困ったように笑う。

「ああ。これは確かにクレイが言うように、困った二人だな」

その言葉にシュバルツとしては皆が何を言いたいのかがさっぱりわからなかった。
なにやら自分とシリィの仲を勘繰られているとしか思えないのだが……。
けれどそんな自分達に、ライアードは意を決したように居住まいを但し、シリィに向けて言葉を紡いだ。

「シリィ。やはり改めて今日シリィと話をして、私の相手にはシリィがいいと思った。特に国政についての新しい視点には驚かされたし、非常に興味深い意見も聞けて実に面白かった。できればこれから先、私と共に生涯を共にしてほしいと強く願っている。以前のこともあるし難しいとは思うが、この手を取ってもらえるのなら生涯大切にすると誓おう」

そして大きく息を吸い、その次の言葉を真っ直ぐにシリィへと告げる。

「そこのシュバルツ殿と私のどちらかを選ぶとしたらシリィはどちらを選ぶのか、答えを聞かせてほしい」

何故そこで自分の名が出されるのか正直さっぱりわからなかった。
自分は恋敵でもなんでもないと言うのに────。
そんな風に戸惑う自分に、シリィが少しお待ちくださいと言ってそっとこちらへと目を向けてくる。

「あの…シュバルツ様とロイドの件はどうなりましたか?」
「え?ああ。それは先程話が終わって、ロイドの傍に居てもいいと言ってもらえたが…?」

それが何か関係あるのかよくはわからないが、聞かれたのなら答えないといけないだろうと思い、そのまま結果を口にした。
そしてそれを聞いたシリィは本当に嬉しそうに笑ってよかったですと言ってくれる。

「それなら私も安心してライアード様の手を取ることができます」

その言葉に何故か胸がチクッとした気がしたが、それがどうしてなのかはよくわからなかった。
とは言えシリィがそれでいいと言うのならきっとそれが一番いいのだろう。

「シュバルツ様がロイドの傍にいるならまた会えますね」
「ああ、そうだな。悩み事があればいつでも頼ってほしい」
「ありがとうございます」

そうだ。自分達はこんな風に良い友人関係なのだ。
言ってみればクレイとロイドのような関係だ。
白魔道士同士仲良く話す間柄。それ以上でもそれ以下でもない。
二人の間に勘繰られるようなものなど何一つないのだから────。
そんな風に微笑み合う自分達に周囲の目がやけに同情的に感じられたが、それが何故なのかまではやっぱりわからなかった。
そうやってシリィと仲良く向き合っていると、何故か嘆息するクレイの声が耳へと届いて驚いて振り返ってしまう。

「……ロイド。本気で可哀想だから、三年くらい恋人として扱ってやってくれないか?」
「…三年か。まあライアード様の幸せのためには確かにそれくらいの期間が必要だな。そういう事なら妥協してもいい。その間精々私に夢中にさせておいてやるとしよう」
「すまないな」
「他ならないお前の頼みだし、ライアード様の為にもなることだ。別に構わない。気にするな」

何やらよくわからない取引が二人の間で行われているが、これは一体どういう意味なのか…。

「シュバルツ。三年限定で恋人に昇格してやる。有難く思え」
「は?」
「良かったなシュバルツ。三年の猶予が貰えたから、本気で好きならその三年でロイドを本気にさせるんだぞ?」

頑張れよとクレイから微笑まれ驚きを隠せないが、どうやら自分は恋人としてロイドの傍に居てもよいことになったらしい。
それはなんだか夢のような話で、頭の中でロイドの言葉を反芻しながらそっと頬を染めてしまう。

(こ…恋人……)

それは自分がこのひと月ずっと望んできたことだ。
正直経緯はどうあれ嬉しくて仕方がなかった。
けれどリーネの方はいいのだろうか?
そう思ってそっとリーネを振り返ると、リーネがやれやれと肩をすくめていた。

「私はいいわよ?三年経ってからまたロイドにアタックしてもいいし、それまでにもっと素敵な出会いに恵まれて、いい男を捕まえているかもしれないもの」

そうやって随分あっさりと引いてくれたので拍子抜けしてしまう。
この辺りの黒魔道士達の心中は自分にはさっぱりわからないが、リーネが納得したのならロイドの恋人は自分で決定ということなのだろう。

「……ロイド。よろしく頼む」

そうやって微笑んだ自分にロイドが笑顔でそっと手を差し伸べてくれる。
それは本当に夢のような瞬間だった────。


***


ロックウェルは目の前で繰り広げられた光景に正直驚きを隠せなかった。
どう考えてもシリィとシュバルツは淡い恋心を抱きあっているのに、どうしてこんな風に話が纏まってしまったのだろう?
シュバルツはロイドに夢中と言えば夢中だから恋人になれて嬉しい気持ちもわからないでもないのだが、シリィの方は本当にライアードに嫁いで問題はないのだろうか?
だからシュバルツ達の方にライアードが視線を向けている間にそっとシリィの袖を引き、小声で本当にいいのかと尋ねてみた。

「シリィ。本気でライアード殿の所に嫁ぐつもりなのか?」

そうやって尋ねると、シリィは実にあっさりと答えを返してきた。

「ええ。以前のライアード様と比べて今のライアード様はとても話しやすいですし、私の事を理解してくれているように思います。クレイへの気持ちを消化できたのも先程お話を聞いてくださったからですし、私としてはこれからライアード様をお支えしていくことに異存はありませんから」

正直このあたりのシリィの心境はよくわからないが、特に蟠りなどはなさそうだ。
そうして笑顔で続く言葉を聞かせてくれる。

「ロックウェル様は他国へ嫁ぐ私を心配してくださってるんでしょうけど、大丈夫ですよ!だってシュバルツ様もロイドの恋人としてソレーユにいてくださるでしょう?相談相手がいると言うだけでとても心強いですし、向こうに行っても絶対大丈夫と自信を持って言えますので」

安心してくださいと断言されて、もうこれは仕方がないかと諦めがついた。
本人達がそれでいいのならもう止める必要などないのだろう。

「わかった。シリィがそこまで決意しているのなら私ももう何も言わない。だが…何かあれば結婚後でも私を頼ってほしい」
「ロックウェル様……」
「これまで色々と苦労を掛けた分、シリィには誰よりも幸せになってほしいと願っている」
「うっ…。ありがとうございます。本当にロックウェル様とのことは今でも色々忘れられません。昔女性と遊び歩いてらっしゃった時に、私を目の敵にする女性から水を掛けられたことがあった時も、後で申し訳なかったと服を下さったことがありましたよね」
「ああ。そう言えばあったな」
「あの服、あまりにも腹が立ったのでロックウェル様が選んだ服だって言ってその女性に3倍の値段で売りつけて、再度のやっかみを回避したりしたんですよ!」

あのまま素直に着ていたらまたやっかまれるところだったとシリィは言った。
意外にも逞しい対処法だ。

「そ…そうか」
「あと、三股を掛けておられた時もいがみ合っている三人に出くわして嫌味を言われて…」
「……もしかしてシャラ達の事か?」
「覚えてらっしゃいます?あの人達、私に胸が大きいからロックウェル様の傍に居られるんだろうなんて暴言を吐いてきたので、不正を調べ上げて上に提出してやったんですよ!ロックウェル様に貢ぐ為に不正をする相手なんて選ばないでいただきたかったです!」

どうやらこの一件が一番腹立たしかったらしい。
けれどこれはシリィなりにソレーユの王宮に行って何かあってもちゃんと自分で対処してみせるというアピールのようで、こちらを安心させようという意図もあるようだった。

「…すまない」
「他にもいっぱいいっぱいありましたけど…それでも仕事は完璧ですし、部下思いで魔法の指導も的確ですし…!うぅ…大好きな上司でした…!」

そうやってわんわん泣きながら胸に飛び込んできたシリィを抱きしめて幸せになれと言ってやる。
本当にシリィにはこれまで随分助けてもらったのだ。
どこまでも優秀で真っ直ぐな、自分が一番信頼のおける部下だった。

「詳細はこれから決めていくんだろうが、ソレーユに旅立つ前に私達の結婚式には参加していってくれ」
「も…もちろんです…!」

そして涙が止まらないと言うシリィをそのまま宥めていると、ライアードがそろそろシリィを返してくれないかと言ってきたのでそっとそのまま彼女を託す。

「ライアード様。どうかシリィの事、宜しくお願い致します」
「もちろんだ。お前の方も結婚式ということは結婚が決まったと言うことか?クレイと結婚したいが為に法を変えるとはさすがだな」
「恐れ入ります」
「ロイドは残念に思うだろうが、私からも盛大に祝わせてほしい」
「ありがとうございます」

そうして礼を執り今度は自分の方へとクレイを呼び寄せる。

「クレイ!私達の結婚をライアード様がお祝いしてくださるとのことだ」
「え?」
「クレイ。おめでとうと言わせてくれ。お前には世話になった」
「いえ」
「そう言えば先日良質な黒曜石をいくつか取り置いておいた。ひと月前ロイドに随分良い石を沢山くれたと聞いたから、その代わりにと思ったのだが…。結婚が決まったのならそれも含め祝いの品の中へ黒曜石を沢山入れておいてやるとしよう」
「……!ありがとうございます」

ライアードが選んだものならまず間違いないだろうことがわかっているだけに、クレイはかつてないほど嬉しそうに微笑んだ。
正直ちょっと嫉妬してしまう。
そんな自分に気付いたロイドがクッと笑いながら面白そうに口を開いた。

「相変わらず余裕がないな。ロックウェル」
「…大きなお世話だ」
「ふっ…まあいい。クレイ!結婚式が終わったらどうせ新婚旅行に行こうとでも言われただろう?」
「え?ああ。よくわかるな」
「どうせならソレーユに来るといい。黒曜石が産出される鉱山の近くに良い温泉が出る宿があるからな。そこで二人で温泉を満喫したらどうだ?ついでに鉱山を見たいなら私が案内してやることもできるぞ?」
「……!行く!」

まさにやった!と言わんばかりのクレイに思わずギリギリと歯噛みしたい気持ちでいっぱいになる。
どうしてロイドはこんなところでまで邪魔をしに来るのだろうか?

「楽しみだな…クレイ?」
「ああ!お前は本当に俺の事がよくわかっているな」
「当然だな。そうだ、ついでに旅行が終わったら王宮にも顔を出さないか?お前の新しい魔法を私にも見せてほしいんだが…」
「別に構わないぞ?」
「そうか。ロックウェルは仕事も忙しいだろうし、別にお前だけでも構わないからな」
「ああ、そうか。確かに仕事との兼ね合いもあるな。それならその時の状況次第でどうするか決めようか」
「そうするといい」

相変わらずのやり取りに腹立たしい気持ちが積もりに積もっていく。
これは意地でも仕事を上手く調整しなければ────。
けれどそこでふと、ロイドが少し表情を変えたような気がした。

「クレイ…」

けれどそれは気のせいだったのか、そっとクレイの耳元へと顔を寄せて何事かを囁いたので、不快指数が一気に上がってしまう。
一体何の内緒話をしているのか。

「ああ。なるほど。それなら別に旅行の時じゃなくて、今日にでも俺の部屋に来るか?」
「いいのか?」
「別に構わないぞ?新居に泊まれと言ったらさすがにロックウェルが嫌がるだろうしな。早い方がいいだろう?」
「そうか。それなら早速…」

そうやって何やら不穏なことを言いだしたクレイにちょっと待てとストップをかけた。

「クレイ!ロイドと部屋で二人きりにさせる気はないぞ?」
「いや…これは必要なことで……」
「そうだぞ?お前は下がっていろ」

クスクスと楽しげにしながらクレイにしなだれかかるロイドに、とうとうロックウェルは怒りが頂点に達してしまった。

「ふざけるな。人のものに手を出してただで済むと思うのか?」
「ククッ…クレイにバレたら困るくせによくも言えたものだな」

どうやら既に婚姻届を出しているのはロイドにはバレバレだったらしい。
けれどそこで口車に乗ってクレイに知らせる気はない。

「何のことかわからないな。それよりもお前には新しい恋人がいるだろう?クレイから今すぐ離れてくれないか?」
「馬鹿だなロックウェル。必要だからクレイに相談したんだ。離れるはずがないだろう?なあクレイ?」

そうやって思わせぶりに返してくるロイドに思わず拳を握ってしまう。
どこまでも自分をイラつかせてくるこの男を今すぐ引き剥がしてやりたい。

「ロックウェル…そんなに怒ることでもないだろう?ロイドは別に俺に手を出そうとして二人きりになろうとしてるんじゃなくてだな…」

そうやって何故か自分ではなくロイドの味方をするクレイにも同時に腹が立ってしまう。
しかしそこで足元からそっとヒュースが声を上げてくれた。

【クレイ様。この場で言いたくないお気持ちはわかりますが、ロックウェル様を安心させたいのなら耳打ちで結構ですし、きちんとお話し下さい】
「え…。ああ、そうか」

そしてそっとロイドから離れて自分の方へと来てくれる。

「だから……」

一体何の話なんだと訝しく思いながら一応話を聞くことにすると、それは思いがけないものだった。

「ロイドが男同士のやり方を教えてほしいって言ったんだ」

どうやら相手がシュバルツだけにちゃんと話が聞きたいと言ったらしい。

「…いいだろう?そんなに怒るな」

そうやってこちらを窺うように言ってくる姿が少し上目遣いでやけに可愛い。

「……本当にそれだけなんだろうな?」
「もちろんだ」
「……お前の眷属に誓って言えるか?」
「…?当然だ」
「わかった」

ここまで言うのならきっと大丈夫だろう。
それにしてもこう言った些細なことでまで嫉妬を煽ってくるなんて本当にロイドは嫌な男だ。
明らかに結婚の件を聞いた上での嫌がらせ行為としか思えなかった。
けれどそこでそっとロイドの方へと視線を向けると、そこにはどこか諦めたような残念そうな…そんな視線でクレイを見るようなロイドの姿があった。
一体どうしてそんな目でクレイを見つめているのかはわからなかったのだが、ロイドはそんな自分にクスリと笑って答えを返してくる。

「随分不思議そうだな。ロックウェル。正直…お前の手腕にはいつも腹立たしい気分でいっぱいだ」

実力では負けていないはずなのに、いつもクレイが選ぶのはロックウェルだとロイドは珍しく弱音を吐いた。

「クレイに隙はなくなった。ただそれを残念に思っただけの話だ」

そんなロイドの言葉に自分としては正直首を傾げざるを得ない。
自分からすればいつも通りのクレイにしか見えなかったし、特に二人の間に変わった様子も見受けられなかったのだが…。
けれどそんなロイドにクレイが困ったように笑った。

「ロイド。悪かったな」
「…別に楽しかったから構わない。お前との遊びはまた別で考えればいいだけの話だ」
「そうか…」

その空気で、どこかで『ああ、終わったんだな』というものを感じてしまう自分がいた。
それが何故なのか、何に対するものなのかはよくわからなかったが、きっともうクレイをロイドと二人にさせても大丈夫だろう。
自然にそう思える自分が正直不思議で仕方がなかった。

「さあ、そろそろ中に入ろうか」

ライアードのその言葉で皆が皆そっと新たな気持ちで一歩を踏み出し王宮へと入っていく。
────こうしてそれぞれの新しい関係が始まったのだった。



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