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第一部 アストラス編~王の落胤~
151.宣言
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王とドルトが仕事に戻って少しした頃、先程別れたばかりのクレイが目の前へと現れ驚きに目を瞠った。
「陛下…少しお話があるのですが」
しかもドルトではなく王へとそう口を開き丁寧に願い出たので、二人は更に驚いてしまう。
けれど正直今はタイミングが悪かった。
何故ならこの場にはクレイがレイン家に迎えられるのをよく思っていない王宮関係者が多くいたからだ。
クレイが王の子であると知る大臣や官吏達が間に入ってまあまあと宥めてはくれていたが、当の本人がいきなりこの場に現れてしまったのはマイナスでしかない。
案の定、相手に付け入る隙を与えてしまった。
「このように影を渡り無作法にやってきて、いきなり陛下に声を掛ける無法者を大貴族レイン家に迎え入れようなどとは笑止もよいところ」
「そうでございます。ドルト殿は一体何を考えておられるのか」
「魔力の高い者を飼って何やら企む気では?」
その場に悪意に満ちた言葉が溢れ、王も思わず不快になってしまう。
クレイが息子であると公表するのが一番手っ取り早いが、折角関係が改善して話が丸く収まりそうなところでそんなことをしようものならまたクレイがどこかに飛んで行ってしまいそうで動くに動けない自分がいた。
けれどそんな自分にクレイが全く何の前触れもなくこう言ったのだ。
「それについて陛下に許可を頂きたく参りました」
────許可?
それは一体何のことなのか?
「……許可とは?」
意味が分からずただそう問い返すと、クレイは艶やかに笑いながら一言口にした。
「私が陛下の息子であることを公表することについて……」
それは心底意外な言葉でしかなく、自分だけではなくドルトも思わず目を見開いてしまうほど衝撃的な言葉だった。
だからすぐには言葉が出てこなくて、相手の嘲りの言葉の方が早くその場へと響いてしまった。
「そなたが陛下の息子?ははっ…!馬鹿も休み休み言うがいい。何を根拠にそんな荒唐無稽なことを…」
「左様。不敬にも程がある!」
そんな言葉に思わずハッと我へと返り、恐る恐るクレイへと声を掛ける。
「……よいのか?」
本当にクレイは本心からそのようなことを言ってくれたのだろうか?
そう思って問い掛けると、クレイは仕方がないだろうとでも言わんばかりに答えてくれた。
「父様に迷惑をかけるのは本意ではないし、レイン家に戻れることになったのなら事実を公表した方がおかしな勘繰りをする者も黙るだろうと思って決めたことだ。異存はない」
「そうか…そうだな。さすが私とドルトの息子だ。素晴らしい判断だ」
そんな言葉にクレイがフッと笑ってくれる。
それが何よりも嬉しかった。
「では…お前のその瞳を解放し、私の息子であることをこの場にて証明せよ」
その言葉と共にクレイがそっと自分の目へと手をやって、その瞳の封印を解き放つ。
そこにあるのはただの紫の瞳ではない。
初代国王レノバインと同様に、美しく光り輝くアメジスト・アイ。
誰にも否やは言わせぬほどの絶対的な王族の証でしかなかった────。
***
前回のように閉ざされた場ではなく官吏の行き交う開放された場で起こった出来事だったため、クレイの瞳が解放されると共にそれを目撃した者達によって物凄い速さで話は王宮中へと広まっていった。
それこそその瞳を遠目でもいいから一目見ようと人が押し寄せるようにやってくる始末だ。
そしてクレイの事が明らかになって一番舞い上がったのはレノバイン王を崇めている者達だった。
自分達が誰よりも崇拝している初代と同じ瞳を持つ者ということで、嬉々として駆けつけてきて、次の王には是非クレイ様を!と言い出した。
けれどクレイはその者達をあっさりと一刀両断にしてしまう。
「俺は王位に一切興味はない」
「そんな!これほど素晴らしい強大な魔力をお持ちですのに!」
「既に王にも伝えてあるが俺は国政にも王宮にも全く興味がないし、黒魔道士の仕事しかするつもりはない。第一ロックウェルと結婚するんだから跡継ぎだってできるはずもないし、どう考えても後継者として相応しくないだろう?諦めろ」
「何を仰います!クレイ様ならどんな姫でもより取り見取り!きっとすぐにでも貴族の姫君たちが花嫁には是非自分をと押し寄せてまいりますよ?敢えて同性婚の道を選ばずともそちらからお選びになってはいかがです?」
けれどそれを聞いたドルトがそっと横から加勢してくれる。
「アルブロス殿。申し訳ありませんがクレイとロックウェル様の結婚は既に決まったこと。それにクレイはアート家ではなくレイン家に籍を置きたいとの事ですし、王位継承は従来通りハインツ様ということで宜しいのでは?」
「しかしドルト殿!ハインツ王子はまだまだ子供ではありませんか!それなら皇太子としてはクレイ様の方がずっと相応しいですし、魔法の熟練度からしても圧倒的です!なにせ初代と同じ、伝説のアメジスト・アイの持ち主なのですよ?!国政についてもこれから少しずつ学んでいただければきっとレノバイン王のように素晴らしい王としてアストラスをより素晴らしい国へと導いてくださると…!」
「貴殿の仰りたいこともわかりますが、跡継ぎの件から考えても早々にお諦め頂いた方が賢明かと」
「それなら同性婚の法に一文足せばよいのでは?同性婚者はその後異性とも結婚できると言うように!つまりは一夫二婦制のようなもの!男女共に配偶者として迎えることができると言うようにすればよいのです!これなら子を為すこともできるし名案でしょう?!」
そんな驚くべき提案までしてくるからクレイとしてはドン引きだ。
一体どれだけ自分に期待しているのか……。
「…それは確かに名案のように思われるかもしれませんが、それですとクレイだけではなくロックウェル様もどなたか女性をお迎えになる可能性が出てきますよね?」
だからドルトのその言葉に思わず自分の耳を疑ってしまった。
そんなことになったら絶対に嫌だ。
「良いではありませんか!ロックウェル様は無類の女好きと聞きますし、寧ろお喜びになられるのでは?」
アルブロスはすっかり舞い上がっているようで、ただただそうだそうすべきだと口にするばかり。
けれどそんな彼の言葉は正直聞き入れ難くて、思わずポツリと本音が零れ落ちる。
「……ロックウェルを独り占めできなくなるのは嫌だ」
「これこのようにクレイも言っておりますので、どうぞ本人の意思を御尊重ください」
「ですが!」
そこで王が鶴の一声でいい加減にしろと口を挟んだ。
「将来的に法を改正しても構わんが、本人が嫌だと言っているのだからしつこく言うでない。お前は息子の門出を祝いもせず、不必要に水を差す気なのか?」
「……陛下」
「クレイは本当に王位に興味はないのだ。以前ルドルフに中継ぎの王になってもらい、ハインツの子にその後を継がせればいいと言っていたくらいだぞ?今更考えを変えるなどと…あるはずもない」
そんな言葉に大臣も項垂れる他ない。
「大体このじゃじゃ馬を御せる女などいるはずがなかろう。ロックウェルだからこそクレイを捕まえることができたのだぞ?ロックウェルがいないとそもそもこのへそ曲がりが自分から王宮にやってくることもなかったはずだし、レイン家の問題についてもそうだ。ロックウェルの後押しがなかったらクレイは自分からは動かなかっただろう。最終的にクレイが丸くなったのもロックウェルのお蔭だと私は考えている。その結婚にケチをつけるのは王である私が許さん」
そうはっきりと明言した王にクレイは思わず目を瞠ってしまった。
どうやら王は自分が思っていた以上にロックウェルを認め、自分との仲を推奨してくれていたらしい。
そうこうしている内に騒ぎを聞きつけて噂のロックウェルがやってきた。
「クレイ?!」
解放された紫の瞳を見てロックウェルが驚きに目を見開く。
それはそうだろう。
唐突と言えば唐突だったのだろうから────。
「さっき自主的に王の子だと宣言させてもらった」
間違っても事故でもなければうっかりでもないと口にすると、なんだか困ったような顔で笑われてしまった。
「お前は本当にしようのない奴だな」
「仕方がないだろう?ショーンが来て、父様が困っていると教えてくれたんだから」
そんな言葉にドルトが驚いたようにこちらを見てくるが、別に構わなかった。
「俺は自分がしたいことをしたいようにする黒魔道士だからな」
そうやってニッと笑ってやるとロックウェルはわかっているとばかりに微笑んでくれる。
「そうだな。それでは公表ついでに我々の結婚式についても報告させてもらうとしようか」
だから唐突に言われた言葉の意味がクレイには咄嗟にわからなかった。
「は?」
「お前が陛下の息子であると周知され、レイン家に戻ることに文句を言う者もいなくなっただろうし、ちょうどいいタイミングだろう?」
「え…っと?」
それは確かにそうかもしれないが、それとこれとは別問題のような気もしないでもない。
けれど次いでドルトが笑顔で口を開いたので、その考えは間違っているのかと少し思ってしまった。
「そうですね。ちょうど一か月後くらいならロックウェル様のお仕事の方も落ち着いていることでしょう。陛下いかがです?」
「そうだな。私の方もひと月後なら予定の調整はしやすいだろう」
「では決まりですね」
そんな風にサクッと決まってしまったところでやっと我に返って慌てて声を上げる。
「ひと月後?!あまりにも急すぎる!」
「そんなことはないぞ?お前は仕事が落ち着いたら結婚してもいいと言ってくれただろう?」
言った。確かに言ったが、それにしても早すぎる。
「そ、そうだ!せめて同性婚第一号が受理された後にしないか?それなら別に…!」
少しでも時間稼ぎができないだろうかと思ってそう提案してみたのだが、今度はドルトからにこやかに言われてしまった。
「同性婚第一号は既に承認済みだから心配する必要はないよ?クレイ。恥ずかしがらず安心してひと月後ロックウェル様と心置きなく結婚すればいいから」
「え?」
一体いつの間に同性婚一号が受理されていたのだろうか?
特に大きな問題も噂話も聞かなかったし、もしかして自分が気にし過ぎなだけだったのかもしれないとふと思った。
何にせよ第一号が自分でなくなったのなら一安心だ。
これで必要以上に騒がれることもないだろう。
「そ…そういうことなら……」
「ひと月後、私と結婚してくれるな?クレイ」
「……わかった」
「おめでとうクレイ。それならすぐにお祝いの準備に入るから待っていてくれ」
ロックウェルとドルトからキラキラした嬉しそうな目を向けられて、もうこれは諦めるしかないなと観念してしまう。
「ではドルト殿。早速日取りなど諸々調整しないといけませんね」
「そうですね。可愛い息子の門出ですし、盛大に祝いたいところです」
そうやって嬉しそうに話し合う二人にため息を吐いて、話はこれで終わりだとばかりに身を翻した。
恐らく今日一日この紫の瞳で過ごせば完璧にドルトにいらぬことを言ってくる者はいなくなるだろう。
明日からはまた瞳を封印して過ごせばまた目立たなくなるはずだ。
こうしてクレイはそっと執務室へと帰っていった。
***
王は去っていくクレイの背に向けて思わずため息を吐いてしまう。
本当に何と言うか母親に似て隙がありすぎる息子だと思う。
正直クレイはドルトの事を誤解しているように思えて仕方がない。
ドルトは確かにクレイには優しい良い父親に見えるのかもしれないが、仕事面では自分の片腕を長く務めるだけあって有能だ。
その辺の大臣達と渡り合うのは優しいだけでは務まらない。
それなりに相手を丸め込むのはお手の物と言っても過言ではないだろう。
そんな彼だからこそ自分は彼を信頼し仕事を任せているのだとわかっていないのだろうか?
はっきり言ってドルトはロックウェルと同類と思って間違いはない。
と言うよりも二人は仕事ができるところも穏やかに相手を上手く丸め込むところも、実によく似ている。
普段は淡々と仕事をこなすドルトだが、いざ問題が生じるとその手腕は素晴らしくあっという間に問題を解決してしまうのだ。
そう言う意味ではクレイがロックウェルを選んだのも、父の背を思い出していたからなのかもしれないとさえ思えて仕方がなかった。
最年少で魔道士長に任命されただけあってロックウェルは仕事面では文句のつけようがないし、その手腕はドルト同様素晴らしいの一言。
「はぁ…同性婚第一号が自分だと知れば真っ赤になって騙されたと叫びそうだな」
同性婚第一号が即日受理されたのは本当だし、それが王宮内で騒がれなかったのは箝口令がしっかりと敷かれていたからだ。
何事もものは言い様だ。
この二人で掛かればクレイを丸め込むのは簡単だったことだろう。
サインの件からしてもそうだが、クレイは半分騙されて結婚させられたようなものだ。
とは言えクレイがロックウェルを好きなのは誰よりも知っているので、本人の幸せにも繋がることだし自分から何かをバラすこともないのだが…。
本人が結婚したと思った日がきっと結婚記念日ということなのだろうなとなんだか妙に感慨深い気持ちになってしまった。
「本当に…ロックウェルが言うように、存外可愛い息子だな」
もう初めて会った時にクレイに抱いた不安などはどこにもなかった。
クレイが先日食事会の席で自分に言ってくれた言葉は真実だったのだと今なら心から実感できる。
これならクレイが言うようにこれからは必要以上に気に掛ける必要もなくなることだろう。
全てロックウェルに任せればいいのだから……。
こうして王は晴れ晴れとした表情で政務へと向かったのだった。
「陛下…少しお話があるのですが」
しかもドルトではなく王へとそう口を開き丁寧に願い出たので、二人は更に驚いてしまう。
けれど正直今はタイミングが悪かった。
何故ならこの場にはクレイがレイン家に迎えられるのをよく思っていない王宮関係者が多くいたからだ。
クレイが王の子であると知る大臣や官吏達が間に入ってまあまあと宥めてはくれていたが、当の本人がいきなりこの場に現れてしまったのはマイナスでしかない。
案の定、相手に付け入る隙を与えてしまった。
「このように影を渡り無作法にやってきて、いきなり陛下に声を掛ける無法者を大貴族レイン家に迎え入れようなどとは笑止もよいところ」
「そうでございます。ドルト殿は一体何を考えておられるのか」
「魔力の高い者を飼って何やら企む気では?」
その場に悪意に満ちた言葉が溢れ、王も思わず不快になってしまう。
クレイが息子であると公表するのが一番手っ取り早いが、折角関係が改善して話が丸く収まりそうなところでそんなことをしようものならまたクレイがどこかに飛んで行ってしまいそうで動くに動けない自分がいた。
けれどそんな自分にクレイが全く何の前触れもなくこう言ったのだ。
「それについて陛下に許可を頂きたく参りました」
────許可?
それは一体何のことなのか?
「……許可とは?」
意味が分からずただそう問い返すと、クレイは艶やかに笑いながら一言口にした。
「私が陛下の息子であることを公表することについて……」
それは心底意外な言葉でしかなく、自分だけではなくドルトも思わず目を見開いてしまうほど衝撃的な言葉だった。
だからすぐには言葉が出てこなくて、相手の嘲りの言葉の方が早くその場へと響いてしまった。
「そなたが陛下の息子?ははっ…!馬鹿も休み休み言うがいい。何を根拠にそんな荒唐無稽なことを…」
「左様。不敬にも程がある!」
そんな言葉に思わずハッと我へと返り、恐る恐るクレイへと声を掛ける。
「……よいのか?」
本当にクレイは本心からそのようなことを言ってくれたのだろうか?
そう思って問い掛けると、クレイは仕方がないだろうとでも言わんばかりに答えてくれた。
「父様に迷惑をかけるのは本意ではないし、レイン家に戻れることになったのなら事実を公表した方がおかしな勘繰りをする者も黙るだろうと思って決めたことだ。異存はない」
「そうか…そうだな。さすが私とドルトの息子だ。素晴らしい判断だ」
そんな言葉にクレイがフッと笑ってくれる。
それが何よりも嬉しかった。
「では…お前のその瞳を解放し、私の息子であることをこの場にて証明せよ」
その言葉と共にクレイがそっと自分の目へと手をやって、その瞳の封印を解き放つ。
そこにあるのはただの紫の瞳ではない。
初代国王レノバインと同様に、美しく光り輝くアメジスト・アイ。
誰にも否やは言わせぬほどの絶対的な王族の証でしかなかった────。
***
前回のように閉ざされた場ではなく官吏の行き交う開放された場で起こった出来事だったため、クレイの瞳が解放されると共にそれを目撃した者達によって物凄い速さで話は王宮中へと広まっていった。
それこそその瞳を遠目でもいいから一目見ようと人が押し寄せるようにやってくる始末だ。
そしてクレイの事が明らかになって一番舞い上がったのはレノバイン王を崇めている者達だった。
自分達が誰よりも崇拝している初代と同じ瞳を持つ者ということで、嬉々として駆けつけてきて、次の王には是非クレイ様を!と言い出した。
けれどクレイはその者達をあっさりと一刀両断にしてしまう。
「俺は王位に一切興味はない」
「そんな!これほど素晴らしい強大な魔力をお持ちですのに!」
「既に王にも伝えてあるが俺は国政にも王宮にも全く興味がないし、黒魔道士の仕事しかするつもりはない。第一ロックウェルと結婚するんだから跡継ぎだってできるはずもないし、どう考えても後継者として相応しくないだろう?諦めろ」
「何を仰います!クレイ様ならどんな姫でもより取り見取り!きっとすぐにでも貴族の姫君たちが花嫁には是非自分をと押し寄せてまいりますよ?敢えて同性婚の道を選ばずともそちらからお選びになってはいかがです?」
けれどそれを聞いたドルトがそっと横から加勢してくれる。
「アルブロス殿。申し訳ありませんがクレイとロックウェル様の結婚は既に決まったこと。それにクレイはアート家ではなくレイン家に籍を置きたいとの事ですし、王位継承は従来通りハインツ様ということで宜しいのでは?」
「しかしドルト殿!ハインツ王子はまだまだ子供ではありませんか!それなら皇太子としてはクレイ様の方がずっと相応しいですし、魔法の熟練度からしても圧倒的です!なにせ初代と同じ、伝説のアメジスト・アイの持ち主なのですよ?!国政についてもこれから少しずつ学んでいただければきっとレノバイン王のように素晴らしい王としてアストラスをより素晴らしい国へと導いてくださると…!」
「貴殿の仰りたいこともわかりますが、跡継ぎの件から考えても早々にお諦め頂いた方が賢明かと」
「それなら同性婚の法に一文足せばよいのでは?同性婚者はその後異性とも結婚できると言うように!つまりは一夫二婦制のようなもの!男女共に配偶者として迎えることができると言うようにすればよいのです!これなら子を為すこともできるし名案でしょう?!」
そんな驚くべき提案までしてくるからクレイとしてはドン引きだ。
一体どれだけ自分に期待しているのか……。
「…それは確かに名案のように思われるかもしれませんが、それですとクレイだけではなくロックウェル様もどなたか女性をお迎えになる可能性が出てきますよね?」
だからドルトのその言葉に思わず自分の耳を疑ってしまった。
そんなことになったら絶対に嫌だ。
「良いではありませんか!ロックウェル様は無類の女好きと聞きますし、寧ろお喜びになられるのでは?」
アルブロスはすっかり舞い上がっているようで、ただただそうだそうすべきだと口にするばかり。
けれどそんな彼の言葉は正直聞き入れ難くて、思わずポツリと本音が零れ落ちる。
「……ロックウェルを独り占めできなくなるのは嫌だ」
「これこのようにクレイも言っておりますので、どうぞ本人の意思を御尊重ください」
「ですが!」
そこで王が鶴の一声でいい加減にしろと口を挟んだ。
「将来的に法を改正しても構わんが、本人が嫌だと言っているのだからしつこく言うでない。お前は息子の門出を祝いもせず、不必要に水を差す気なのか?」
「……陛下」
「クレイは本当に王位に興味はないのだ。以前ルドルフに中継ぎの王になってもらい、ハインツの子にその後を継がせればいいと言っていたくらいだぞ?今更考えを変えるなどと…あるはずもない」
そんな言葉に大臣も項垂れる他ない。
「大体このじゃじゃ馬を御せる女などいるはずがなかろう。ロックウェルだからこそクレイを捕まえることができたのだぞ?ロックウェルがいないとそもそもこのへそ曲がりが自分から王宮にやってくることもなかったはずだし、レイン家の問題についてもそうだ。ロックウェルの後押しがなかったらクレイは自分からは動かなかっただろう。最終的にクレイが丸くなったのもロックウェルのお蔭だと私は考えている。その結婚にケチをつけるのは王である私が許さん」
そうはっきりと明言した王にクレイは思わず目を瞠ってしまった。
どうやら王は自分が思っていた以上にロックウェルを認め、自分との仲を推奨してくれていたらしい。
そうこうしている内に騒ぎを聞きつけて噂のロックウェルがやってきた。
「クレイ?!」
解放された紫の瞳を見てロックウェルが驚きに目を見開く。
それはそうだろう。
唐突と言えば唐突だったのだろうから────。
「さっき自主的に王の子だと宣言させてもらった」
間違っても事故でもなければうっかりでもないと口にすると、なんだか困ったような顔で笑われてしまった。
「お前は本当にしようのない奴だな」
「仕方がないだろう?ショーンが来て、父様が困っていると教えてくれたんだから」
そんな言葉にドルトが驚いたようにこちらを見てくるが、別に構わなかった。
「俺は自分がしたいことをしたいようにする黒魔道士だからな」
そうやってニッと笑ってやるとロックウェルはわかっているとばかりに微笑んでくれる。
「そうだな。それでは公表ついでに我々の結婚式についても報告させてもらうとしようか」
だから唐突に言われた言葉の意味がクレイには咄嗟にわからなかった。
「は?」
「お前が陛下の息子であると周知され、レイン家に戻ることに文句を言う者もいなくなっただろうし、ちょうどいいタイミングだろう?」
「え…っと?」
それは確かにそうかもしれないが、それとこれとは別問題のような気もしないでもない。
けれど次いでドルトが笑顔で口を開いたので、その考えは間違っているのかと少し思ってしまった。
「そうですね。ちょうど一か月後くらいならロックウェル様のお仕事の方も落ち着いていることでしょう。陛下いかがです?」
「そうだな。私の方もひと月後なら予定の調整はしやすいだろう」
「では決まりですね」
そんな風にサクッと決まってしまったところでやっと我に返って慌てて声を上げる。
「ひと月後?!あまりにも急すぎる!」
「そんなことはないぞ?お前は仕事が落ち着いたら結婚してもいいと言ってくれただろう?」
言った。確かに言ったが、それにしても早すぎる。
「そ、そうだ!せめて同性婚第一号が受理された後にしないか?それなら別に…!」
少しでも時間稼ぎができないだろうかと思ってそう提案してみたのだが、今度はドルトからにこやかに言われてしまった。
「同性婚第一号は既に承認済みだから心配する必要はないよ?クレイ。恥ずかしがらず安心してひと月後ロックウェル様と心置きなく結婚すればいいから」
「え?」
一体いつの間に同性婚一号が受理されていたのだろうか?
特に大きな問題も噂話も聞かなかったし、もしかして自分が気にし過ぎなだけだったのかもしれないとふと思った。
何にせよ第一号が自分でなくなったのなら一安心だ。
これで必要以上に騒がれることもないだろう。
「そ…そういうことなら……」
「ひと月後、私と結婚してくれるな?クレイ」
「……わかった」
「おめでとうクレイ。それならすぐにお祝いの準備に入るから待っていてくれ」
ロックウェルとドルトからキラキラした嬉しそうな目を向けられて、もうこれは諦めるしかないなと観念してしまう。
「ではドルト殿。早速日取りなど諸々調整しないといけませんね」
「そうですね。可愛い息子の門出ですし、盛大に祝いたいところです」
そうやって嬉しそうに話し合う二人にため息を吐いて、話はこれで終わりだとばかりに身を翻した。
恐らく今日一日この紫の瞳で過ごせば完璧にドルトにいらぬことを言ってくる者はいなくなるだろう。
明日からはまた瞳を封印して過ごせばまた目立たなくなるはずだ。
こうしてクレイはそっと執務室へと帰っていった。
***
王は去っていくクレイの背に向けて思わずため息を吐いてしまう。
本当に何と言うか母親に似て隙がありすぎる息子だと思う。
正直クレイはドルトの事を誤解しているように思えて仕方がない。
ドルトは確かにクレイには優しい良い父親に見えるのかもしれないが、仕事面では自分の片腕を長く務めるだけあって有能だ。
その辺の大臣達と渡り合うのは優しいだけでは務まらない。
それなりに相手を丸め込むのはお手の物と言っても過言ではないだろう。
そんな彼だからこそ自分は彼を信頼し仕事を任せているのだとわかっていないのだろうか?
はっきり言ってドルトはロックウェルと同類と思って間違いはない。
と言うよりも二人は仕事ができるところも穏やかに相手を上手く丸め込むところも、実によく似ている。
普段は淡々と仕事をこなすドルトだが、いざ問題が生じるとその手腕は素晴らしくあっという間に問題を解決してしまうのだ。
そう言う意味ではクレイがロックウェルを選んだのも、父の背を思い出していたからなのかもしれないとさえ思えて仕方がなかった。
最年少で魔道士長に任命されただけあってロックウェルは仕事面では文句のつけようがないし、その手腕はドルト同様素晴らしいの一言。
「はぁ…同性婚第一号が自分だと知れば真っ赤になって騙されたと叫びそうだな」
同性婚第一号が即日受理されたのは本当だし、それが王宮内で騒がれなかったのは箝口令がしっかりと敷かれていたからだ。
何事もものは言い様だ。
この二人で掛かればクレイを丸め込むのは簡単だったことだろう。
サインの件からしてもそうだが、クレイは半分騙されて結婚させられたようなものだ。
とは言えクレイがロックウェルを好きなのは誰よりも知っているので、本人の幸せにも繋がることだし自分から何かをバラすこともないのだが…。
本人が結婚したと思った日がきっと結婚記念日ということなのだろうなとなんだか妙に感慨深い気持ちになってしまった。
「本当に…ロックウェルが言うように、存外可愛い息子だな」
もう初めて会った時にクレイに抱いた不安などはどこにもなかった。
クレイが先日食事会の席で自分に言ってくれた言葉は真実だったのだと今なら心から実感できる。
これならクレイが言うようにこれからは必要以上に気に掛ける必要もなくなることだろう。
全てロックウェルに任せればいいのだから……。
こうして王は晴れ晴れとした表情で政務へと向かったのだった。
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