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第一部 アストラス編~王の落胤~
141.マリッジブルー
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クレイはその夜、ロックウェルを待たずに街へと飲みに出た。
結婚についてファルに相談したかったからだ。
こんなことを相談できるのはファルくらいしかいない。
何故なら王宮関係はほぼ全てロックウェルに外堀を埋められてしまっているからだ。
王はじめ身内関連及び第一部隊の魔道士達には既に二人の仲は公認。
官吏達その他にも自分の女装姿が広く知られており、そちらの姿でもロックウェルと恋人同士として認識されている。
どちらもクレイ自身なのだから、恐らく誰に聞いても制度が整ったのなら結婚すればいいと言われるのがオチだ。
ロックウェル狙いの女性達は泣いて悔しがって嫌がるかもしれないが、王の落胤だと知る官吏達が諌めてお仕舞いになる可能性が高い。
そんな状況だから、王宮にいる限り自分の逃げ場は皆無と言ってもいいだろう。
「ファル…」
死にそうな顔をしながら酒場で見つけたファルに声を掛けると、彼はいつもの様に豪快な笑みで自分を迎えてくれた。
「なんだなんだ。死にそうな面をして!」
そうしていつもの様に酒を勧めてくれたので黙って隣に腰を下ろす。
「はぁ…」
「なんだ?ロックウェルと喧嘩でもしたのか?」
心配そうにそう声を掛けられるが自分が悩んでいるのはそういうことではない。
「いや。これ以上ないくらい仲は良いぞ?」
「じゃあ他の悩み事か?誰かに言い寄られているとか?」
「いや。今は王宮で二人の仲に割り入ってくるのは特にいないかな?」
ロックウェルに憧れている女は山ほどいるのだろうが、自分が女装して女除けしたのが効いているようで今の所わざわざ近づいてくるような者はいない。
ちなみにその姿は一部の王宮関係者内で自分が女装した姿なのだと噂になっているらしい。
自分が女装した姿にロックウェルが一目惚れして、男でもいいからと口説き落として恋人同士になったのだ云々と何故か脚色されて物凄いラブストーリーが展開されたとかなんとか。
ショーンが先日わざわざ面白おかしく語ってくれた。
その時は冗談も休み休み言えと追い払ったのだが、どうやらことは笑い話では済まなかったらしい。
一部の者が知っての通り、自分が王の落胤だということから、そう言うことならと法改正はそれはもう早々に進められてしまったようだ。
王もドルトもかなり乗り気だったし真実味が強かったのだろう。
まさか皆でそんな法改正などと言う暴走までされるとは思ってもみなかった。
余計なお世話と思ってしまうのは自分がひねくれているからなのだろうか?
男同士で結婚など、特に必要ないと思うのだが……。
「気が重い…。来月から他国での仕事を増やそうかな…」
正直逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
これ以上王宮に居たくない。
気付けば何故かずっと王宮にいるような気がする。
何故こんなことになってしまったのか────。
(あんなにも避けていたはずなのに……な)
「はぁ…」
深いため息を吐きながらゆっくりと酒を傾けるクレイにファルは何かあるのを察して、今日はゆっくりと酒を注いでくれた。
「まあ話したくなったら話せばいいさ。喧嘩なら無理やりにでも聞き出すけどな」
「悪いな」
そうやって暫く飲んでいると突然背後から声が上がった。
「あー!クレイ!」
そこに立っていたのはアイリスだった。
「何だアイリスか」
「何だとはご挨拶ね。昨日はずっと待ってたのよ?」
そう言いながら当然のようにクレイの隣へと腰を下ろす。
「昨日?ああ、そう言えばヒュースが言っていたな」
「なんだ、ちゃんと聞いていたのね。伝わってないのかと思ったわ」
「ヒュースはそういうところはちゃんとしてるぞ?」
「そうなの?」
どことなく疑わしげに言ってくるので少し嫌な気持ちになる。
ヒュースは自分が信頼している眷属なのに……。
「ああ」
「じゃあどうして来てくれなかったの?」
「ロックウェルと楽しく遊んでたから」
その言葉にファルがブッと吹き出すがアイリスは首を傾げるだけだ。
「それなら一緒に来てくれたらよかったのに」
「……ないな」
あんな状態で来れるはずがない。
そう思って眉を顰めたらファルがふるふると震えながら声を殺して笑い始めた。
「ファル。笑いすぎだ」
「…くくっ。腹が痛い。お前俺を殺す気か?」
「煩いな。仕方がないだろう?本当の事なんだから」
「いや…。は~仲が良いって言うのは本当のようだな」
目に涙を滲ませながら笑うファルにクレイは憮然と返すしかない。
「だからそう言っている」
「悪い悪い。お前が死にそうな顔をしてるから、絶対ロックウェル絡みだと思ったんだ」
違うのか?と振られて、違うと答えられないところが既に答えとなってしまっている。
「…俺は結婚したくないだけなんだ」
だから素直にそれだけを口にした。
けれどその言葉に二人は目を丸くしてしまう。
それはそうだろう。
アストラスではまだ同性婚は周知されていないのだから。
だからアイリスが勘違いしたのも無理はない。
「え?クレイ……誰かと結婚するの?」
「誰かに結婚を推し進められているとかか?」
ファルも寝耳に水とばかりにそう尋ねてくる。
「…そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃない……かな」
正直そこまでして結婚して何かメリットがあるのかと言う気もするし、男同士で結婚した最初のカップルとして晒し者にされるくらいなら本気で逃げ出したいとさえ思った。
「はぁ……ロックウェルと二人で逃げたい」
別に結婚なんてしなくてもロックウェルさえいてくれたら自分はそれでいいのに。
仕事は自分がこなせばいいし、現状養えるだけの蓄えもあるから魔道士長なんてやめてもらっても全然構わない。
二人でいればどこに行っても生活に困るようなことにはならないだろう。
けれどロックウェルが今の仕事に生きがいを感じているのもちゃんとわかっているから、それが絶対に叶わないと言うことだってわかっている。
そうなると必然的に傍に居たいのなら結婚と言う選択肢しか残らないのだが…どうしても嫌なものは嫌なのだ。
そしてまたグルグルと同じことを考えて深みに嵌ってしまう。
「最悪だ」
そんな自分をファルは背を叩いて励ましてくれるが、アイリスは何故か蒼白になってしまった。
「アイリス?」
そう声を掛けても彼女は何も答えない。
正直こんな話をアイリスに聞かせる気はなかっただけに少し申し訳ない気がして、クレイは困ったように微笑んだ。
「悪いなアイリス。ただの愚痴だ。忘れてくれ」
けれどその言葉と同時にアイリスがバッと顔を上げてきた。
「クレイ!私じゃ力になれない?」
「え?」
「私クレイの事が好きよ?ロックウェルにも負けないくらい!だから…!」
けれどその言葉は最後まで聞いてはやれなかった。
「悪いが気持ちには応えられない」
自分が好きなのはロックウェルだけだからと言うとアイリスはそのまま黙り込んでしまう。
けれどそれを見たファルがそこまで気持ちがはっきりしているのなら結婚はしなくてもいいんじゃないかと言ってきた。
「もしかしてロックウェルが上からの命令か何かでお前に結婚しろと言ってきてるのか?」
それで悩んでいるんじゃないかと言われてそれは少し違うとクレイは答えを返す。
「いや…。多分あいつはどっちでもいいとか思ってそうだ」
結婚しても結婚しなくても多分ロックウェルは自分が傍に居たらそれでいいと…そう思ってくれているはずだ。
「そうだ。元々王が余計な事をしなければよかっただけの話なんだよな」
あの王は良かれと思ってしているようだが、こちらからしたらいい迷惑でしかない。
(法改正さえなければこんな悩みを抱える必要はなかったのに…)
そうやって愚痴を溢しながらまた酒を傾けていると、アイリスが暗い声でポツリと呟いた。
「許せないわ…」
「え?」
一体何のことだろうと思ったが、アイリスは次の瞬間にっこりと笑顔で立ち上がったのでもしかしたら聞き間違いだったのかもしれないと思い直す。
「クレイ。元気出してね。私はいつでもあなたの味方だから」
そして『今日はもう帰るわ』と言ってそのままあっさりと帰ってしまった。
何となく気に掛かったが、今日はちゃんとアイリスに気持ちには応えられないと直接伝えられたし何も問題はないだろうとクレイはサラリと流した。
後は結婚の問題だけだ。
「で?もしかして王が絡んでいると言うことはその結婚相手がロックウェルだったりするのか?」
アイリスを見送った後、法改正でもされたのかとズバッとファルから言われてしまいクレイはバッと顔を上げる。
「ファル…」
「お前がそこまで悩んでるからもしかしてそういう可能性もあるのかと思ったら…やっぱりか」
「う……」
思わず何と言っていいのかわからなくて俯いてしまうが、ファルは自分の酒を傾けて暫く考えた後でサラリと口を開いた。
「そう言うことなら単純にロックウェルと話し合えばいいだけの話だろう?それで強要されたら逃げてくればいい。お前が本気で逃げたいなら俺が力を貸してやるし、説得してほしいなら話し合いの場に同席したっていい。ここでグチグチ言っていても仕方がないだろう?」
「ファル……」
「まあ悩みすぎて煮詰まったから俺の所に来たんだろうし、ゆっくり考えればいい。ただ…アイリスには気をつけろ。あれは絶対に何かやらかしそうだ」
そんな言葉に『え?』と思わず目を瞠る。
何故そんな風に言われるのかがさっぱりわからなかった。
けれどファルはどこか確信をもって言っているようで────。
「そう言えば王宮魔道士に志願すると言っていたが、あれはどうなったんだ?」
続けて言われた言葉にクレイは暫し考え答えを返す。
「あれは確か…一週間後くらいに候補者を集めて選定試験を行うとか言っていたような…」
「それならその日は気を付けた方がいい。お前かロックウェルに危害を加えるかもしれないし、お前の周りの奴に危害を加えてくるかもしれない」
「さすがにそれは……」
「ないってお前なら言うと思ったが、そんな考えは今すぐ捨てろ。注意しておくに越したことはない。何もなければ何もないでいいんだから、気を抜かず警戒だけはしておけ」
わかったなと念を押され、クレイはキュッと気を引き締める。
昔からファルの勘は侮れないのを知っていたからだ。
「わかった」
「それでいい」
そうしてクシャリとクレイの頭を撫でると、そこからは普通の酒盛りへと変わった。
仕事の話、最近の事、ファルとの時間はいつもあっという間だ。
そうして十分気分転換ができたところでロックウェルが姿を現した。
「クレイ。随分楽しそうだな」
どこか嫉妬を滲ませた声で言ってくるロックウェルにクレイがほんのりと笑う。
「ロックウェル」
今ならさっきのファルの言葉を素直に受け入れてちゃんと話し合える気がする。
けれどロックウェルの方はそれどころではないようだった。
「一人でこんなところに来てアイリスに捕まったらどうするつもりだったんだ?」
「…?アイリスにならもう会ったぞ?」
けれどその答えは意外だったのか、ロックウェルはサッと周囲へと目を配る。
そんな警戒するようなロックウェルにファルが一言添えた。
「あいつならもう帰ったから今日は大丈夫だ。それよりもクレイがマリッジブルーらしいぞ?ちゃんと話し合えよ?」
ワハハと楽しげに茶化してくるからクレイとしてはバツが悪くて俯いてしまう。
何もここで言わなくてもいいではないか。
「ファル…」
だから思わず咎めるように睨んでしまうが、対するロックウェルは驚いたようにクレイを見つめてきた。
「え?」
「結婚するくらいならお前と二人で他国に逃げたいそうだ」
そんな言葉にロックウェルが不思議そうに首を傾げる。
「結婚してもしなくてもずっと一緒だろうに」
けれどその言葉は今のクレイには禁句だった。
「お前なら絶対そう言うだろうと思った!もういい!帰る!」
折角前向きないい気分だったのが今の一言で全て台無しになってしまった。
酒が入っているのも手伝って、クレイはそのまま勢いよく立ち上がるとファルに代金をいくらか渡してそのまま店を飛び出していく。
「クレイ!」
呼び止める言葉なんて聞きたくなくて、そのまま制止の声を振り切って一気に影を渡る。
行き先は当然自分の家だ。
もう強力な目くらましの魔法を掛けて家に誰も近づけないようにしてしまえと、自棄になって瞳の封印を解いた。
ブワッと周辺一帯に魔法を掛けてそのままベッドに倒れ込むように潜りこむ。
「…最悪だ」
折角昨夜は沢山楽しい時間を満喫して愛されて幸せだったのにと、クレイは泣きたい気持ちで眠りについた。
結婚についてファルに相談したかったからだ。
こんなことを相談できるのはファルくらいしかいない。
何故なら王宮関係はほぼ全てロックウェルに外堀を埋められてしまっているからだ。
王はじめ身内関連及び第一部隊の魔道士達には既に二人の仲は公認。
官吏達その他にも自分の女装姿が広く知られており、そちらの姿でもロックウェルと恋人同士として認識されている。
どちらもクレイ自身なのだから、恐らく誰に聞いても制度が整ったのなら結婚すればいいと言われるのがオチだ。
ロックウェル狙いの女性達は泣いて悔しがって嫌がるかもしれないが、王の落胤だと知る官吏達が諌めてお仕舞いになる可能性が高い。
そんな状況だから、王宮にいる限り自分の逃げ場は皆無と言ってもいいだろう。
「ファル…」
死にそうな顔をしながら酒場で見つけたファルに声を掛けると、彼はいつもの様に豪快な笑みで自分を迎えてくれた。
「なんだなんだ。死にそうな面をして!」
そうしていつもの様に酒を勧めてくれたので黙って隣に腰を下ろす。
「はぁ…」
「なんだ?ロックウェルと喧嘩でもしたのか?」
心配そうにそう声を掛けられるが自分が悩んでいるのはそういうことではない。
「いや。これ以上ないくらい仲は良いぞ?」
「じゃあ他の悩み事か?誰かに言い寄られているとか?」
「いや。今は王宮で二人の仲に割り入ってくるのは特にいないかな?」
ロックウェルに憧れている女は山ほどいるのだろうが、自分が女装して女除けしたのが効いているようで今の所わざわざ近づいてくるような者はいない。
ちなみにその姿は一部の王宮関係者内で自分が女装した姿なのだと噂になっているらしい。
自分が女装した姿にロックウェルが一目惚れして、男でもいいからと口説き落として恋人同士になったのだ云々と何故か脚色されて物凄いラブストーリーが展開されたとかなんとか。
ショーンが先日わざわざ面白おかしく語ってくれた。
その時は冗談も休み休み言えと追い払ったのだが、どうやらことは笑い話では済まなかったらしい。
一部の者が知っての通り、自分が王の落胤だということから、そう言うことならと法改正はそれはもう早々に進められてしまったようだ。
王もドルトもかなり乗り気だったし真実味が強かったのだろう。
まさか皆でそんな法改正などと言う暴走までされるとは思ってもみなかった。
余計なお世話と思ってしまうのは自分がひねくれているからなのだろうか?
男同士で結婚など、特に必要ないと思うのだが……。
「気が重い…。来月から他国での仕事を増やそうかな…」
正直逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
これ以上王宮に居たくない。
気付けば何故かずっと王宮にいるような気がする。
何故こんなことになってしまったのか────。
(あんなにも避けていたはずなのに……な)
「はぁ…」
深いため息を吐きながらゆっくりと酒を傾けるクレイにファルは何かあるのを察して、今日はゆっくりと酒を注いでくれた。
「まあ話したくなったら話せばいいさ。喧嘩なら無理やりにでも聞き出すけどな」
「悪いな」
そうやって暫く飲んでいると突然背後から声が上がった。
「あー!クレイ!」
そこに立っていたのはアイリスだった。
「何だアイリスか」
「何だとはご挨拶ね。昨日はずっと待ってたのよ?」
そう言いながら当然のようにクレイの隣へと腰を下ろす。
「昨日?ああ、そう言えばヒュースが言っていたな」
「なんだ、ちゃんと聞いていたのね。伝わってないのかと思ったわ」
「ヒュースはそういうところはちゃんとしてるぞ?」
「そうなの?」
どことなく疑わしげに言ってくるので少し嫌な気持ちになる。
ヒュースは自分が信頼している眷属なのに……。
「ああ」
「じゃあどうして来てくれなかったの?」
「ロックウェルと楽しく遊んでたから」
その言葉にファルがブッと吹き出すがアイリスは首を傾げるだけだ。
「それなら一緒に来てくれたらよかったのに」
「……ないな」
あんな状態で来れるはずがない。
そう思って眉を顰めたらファルがふるふると震えながら声を殺して笑い始めた。
「ファル。笑いすぎだ」
「…くくっ。腹が痛い。お前俺を殺す気か?」
「煩いな。仕方がないだろう?本当の事なんだから」
「いや…。は~仲が良いって言うのは本当のようだな」
目に涙を滲ませながら笑うファルにクレイは憮然と返すしかない。
「だからそう言っている」
「悪い悪い。お前が死にそうな顔をしてるから、絶対ロックウェル絡みだと思ったんだ」
違うのか?と振られて、違うと答えられないところが既に答えとなってしまっている。
「…俺は結婚したくないだけなんだ」
だから素直にそれだけを口にした。
けれどその言葉に二人は目を丸くしてしまう。
それはそうだろう。
アストラスではまだ同性婚は周知されていないのだから。
だからアイリスが勘違いしたのも無理はない。
「え?クレイ……誰かと結婚するの?」
「誰かに結婚を推し進められているとかか?」
ファルも寝耳に水とばかりにそう尋ねてくる。
「…そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃない……かな」
正直そこまでして結婚して何かメリットがあるのかと言う気もするし、男同士で結婚した最初のカップルとして晒し者にされるくらいなら本気で逃げ出したいとさえ思った。
「はぁ……ロックウェルと二人で逃げたい」
別に結婚なんてしなくてもロックウェルさえいてくれたら自分はそれでいいのに。
仕事は自分がこなせばいいし、現状養えるだけの蓄えもあるから魔道士長なんてやめてもらっても全然構わない。
二人でいればどこに行っても生活に困るようなことにはならないだろう。
けれどロックウェルが今の仕事に生きがいを感じているのもちゃんとわかっているから、それが絶対に叶わないと言うことだってわかっている。
そうなると必然的に傍に居たいのなら結婚と言う選択肢しか残らないのだが…どうしても嫌なものは嫌なのだ。
そしてまたグルグルと同じことを考えて深みに嵌ってしまう。
「最悪だ」
そんな自分をファルは背を叩いて励ましてくれるが、アイリスは何故か蒼白になってしまった。
「アイリス?」
そう声を掛けても彼女は何も答えない。
正直こんな話をアイリスに聞かせる気はなかっただけに少し申し訳ない気がして、クレイは困ったように微笑んだ。
「悪いなアイリス。ただの愚痴だ。忘れてくれ」
けれどその言葉と同時にアイリスがバッと顔を上げてきた。
「クレイ!私じゃ力になれない?」
「え?」
「私クレイの事が好きよ?ロックウェルにも負けないくらい!だから…!」
けれどその言葉は最後まで聞いてはやれなかった。
「悪いが気持ちには応えられない」
自分が好きなのはロックウェルだけだからと言うとアイリスはそのまま黙り込んでしまう。
けれどそれを見たファルがそこまで気持ちがはっきりしているのなら結婚はしなくてもいいんじゃないかと言ってきた。
「もしかしてロックウェルが上からの命令か何かでお前に結婚しろと言ってきてるのか?」
それで悩んでいるんじゃないかと言われてそれは少し違うとクレイは答えを返す。
「いや…。多分あいつはどっちでもいいとか思ってそうだ」
結婚しても結婚しなくても多分ロックウェルは自分が傍に居たらそれでいいと…そう思ってくれているはずだ。
「そうだ。元々王が余計な事をしなければよかっただけの話なんだよな」
あの王は良かれと思ってしているようだが、こちらからしたらいい迷惑でしかない。
(法改正さえなければこんな悩みを抱える必要はなかったのに…)
そうやって愚痴を溢しながらまた酒を傾けていると、アイリスが暗い声でポツリと呟いた。
「許せないわ…」
「え?」
一体何のことだろうと思ったが、アイリスは次の瞬間にっこりと笑顔で立ち上がったのでもしかしたら聞き間違いだったのかもしれないと思い直す。
「クレイ。元気出してね。私はいつでもあなたの味方だから」
そして『今日はもう帰るわ』と言ってそのままあっさりと帰ってしまった。
何となく気に掛かったが、今日はちゃんとアイリスに気持ちには応えられないと直接伝えられたし何も問題はないだろうとクレイはサラリと流した。
後は結婚の問題だけだ。
「で?もしかして王が絡んでいると言うことはその結婚相手がロックウェルだったりするのか?」
アイリスを見送った後、法改正でもされたのかとズバッとファルから言われてしまいクレイはバッと顔を上げる。
「ファル…」
「お前がそこまで悩んでるからもしかしてそういう可能性もあるのかと思ったら…やっぱりか」
「う……」
思わず何と言っていいのかわからなくて俯いてしまうが、ファルは自分の酒を傾けて暫く考えた後でサラリと口を開いた。
「そう言うことなら単純にロックウェルと話し合えばいいだけの話だろう?それで強要されたら逃げてくればいい。お前が本気で逃げたいなら俺が力を貸してやるし、説得してほしいなら話し合いの場に同席したっていい。ここでグチグチ言っていても仕方がないだろう?」
「ファル……」
「まあ悩みすぎて煮詰まったから俺の所に来たんだろうし、ゆっくり考えればいい。ただ…アイリスには気をつけろ。あれは絶対に何かやらかしそうだ」
そんな言葉に『え?』と思わず目を瞠る。
何故そんな風に言われるのかがさっぱりわからなかった。
けれどファルはどこか確信をもって言っているようで────。
「そう言えば王宮魔道士に志願すると言っていたが、あれはどうなったんだ?」
続けて言われた言葉にクレイは暫し考え答えを返す。
「あれは確か…一週間後くらいに候補者を集めて選定試験を行うとか言っていたような…」
「それならその日は気を付けた方がいい。お前かロックウェルに危害を加えるかもしれないし、お前の周りの奴に危害を加えてくるかもしれない」
「さすがにそれは……」
「ないってお前なら言うと思ったが、そんな考えは今すぐ捨てろ。注意しておくに越したことはない。何もなければ何もないでいいんだから、気を抜かず警戒だけはしておけ」
わかったなと念を押され、クレイはキュッと気を引き締める。
昔からファルの勘は侮れないのを知っていたからだ。
「わかった」
「それでいい」
そうしてクシャリとクレイの頭を撫でると、そこからは普通の酒盛りへと変わった。
仕事の話、最近の事、ファルとの時間はいつもあっという間だ。
そうして十分気分転換ができたところでロックウェルが姿を現した。
「クレイ。随分楽しそうだな」
どこか嫉妬を滲ませた声で言ってくるロックウェルにクレイがほんのりと笑う。
「ロックウェル」
今ならさっきのファルの言葉を素直に受け入れてちゃんと話し合える気がする。
けれどロックウェルの方はそれどころではないようだった。
「一人でこんなところに来てアイリスに捕まったらどうするつもりだったんだ?」
「…?アイリスにならもう会ったぞ?」
けれどその答えは意外だったのか、ロックウェルはサッと周囲へと目を配る。
そんな警戒するようなロックウェルにファルが一言添えた。
「あいつならもう帰ったから今日は大丈夫だ。それよりもクレイがマリッジブルーらしいぞ?ちゃんと話し合えよ?」
ワハハと楽しげに茶化してくるからクレイとしてはバツが悪くて俯いてしまう。
何もここで言わなくてもいいではないか。
「ファル…」
だから思わず咎めるように睨んでしまうが、対するロックウェルは驚いたようにクレイを見つめてきた。
「え?」
「結婚するくらいならお前と二人で他国に逃げたいそうだ」
そんな言葉にロックウェルが不思議そうに首を傾げる。
「結婚してもしなくてもずっと一緒だろうに」
けれどその言葉は今のクレイには禁句だった。
「お前なら絶対そう言うだろうと思った!もういい!帰る!」
折角前向きないい気分だったのが今の一言で全て台無しになってしまった。
酒が入っているのも手伝って、クレイはそのまま勢いよく立ち上がるとファルに代金をいくらか渡してそのまま店を飛び出していく。
「クレイ!」
呼び止める言葉なんて聞きたくなくて、そのまま制止の声を振り切って一気に影を渡る。
行き先は当然自分の家だ。
もう強力な目くらましの魔法を掛けて家に誰も近づけないようにしてしまえと、自棄になって瞳の封印を解いた。
ブワッと周辺一帯に魔法を掛けてそのままベッドに倒れ込むように潜りこむ。
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折角昨夜は沢山楽しい時間を満喫して愛されて幸せだったのにと、クレイは泣きたい気持ちで眠りについた。
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