黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

140.憂鬱

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翌日上機嫌で仕事をこなすロックウェルの元に第一部隊の者達は次々と仕事を持ち込み、サクサクと仕事を片付けていた。

「ロックウェル様、随分ご機嫌ですね」
「ああ。昨夜は実に楽しかったからな」
「呑みにでも行ったんですか?」
「いや。なんだ?惚気でも聞きたいのか?」
「いいえ。お腹いっぱいになりそうなので遠慮しておきます」
「そうか」

そんな会話をしながらも素早く仕事を片付けていくロックウェルに部下も何も言うことができない。
本当にロックウェルの仕事ぶりはいつ見ても無駄がない。
そしてある程度目処が立ったところでコンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。

「ロックウェル」

やってきたのはクレイだったのだが、その姿を見たところで部屋にいた数人が思わずその姿に見惚れてしまった。
一体どうやったらそんなに色気が出るのだろうと言うくらい今日はいつも以上にフェロモンが放出されていたのだ。

「悪いがこの後シュバルツの相手を変わってくれないか?さっきルドルフの女除けに一役買ってくれないかと言われたんだが……」

けれどそんな言葉を急に口にするものだから、ロックウェルの動きがピタリと止まってしまう。
それは即ち女装でと言うことに他ならないのではないだろうか?

「…却下だ」

当然のようにそう紡がれた言葉に皆もうんうんと頷いたが、クレイはため息を吐きながら事情を説明し始める。

「仕方がないだろう?俺だって断ろうとしたが、居合わせた王が力になってやってくれと言い出したんだから…」
「陛下が?とは言えいつものお前ならそれでも断るだろう?」

王の依頼を突っぱねられるクレイがおかしいのだが、確かにクレイならやりそうだなとこれもまた皆頷いてしまう。

「もちろんすぐに断ったが、ドルト殿の前で食い下がられてさすがに断り切れなかったんだ!だからお前に聞いてくると言って逃げてきた」

そんなどこかバツが悪そうなクレイにロックウェルが思案する様子を見せたので正直第一部隊の者達は首を傾げてしまう。
ドルトはそんなにクレイにとって重要な人物だったのだろうか?
けれどそこでロックウェルが思わぬ提案をしてきたので、皆首を傾げるどころではなくなってしまった。

「お前の女装姿は私の恋人として皆に認知されているだろう?いらぬトラブルの元だ。やめておけ。どうしてもと言うなら第一部隊の誰かを連れていく方がずっとマシだ」

代わりの誰かを用意すればいいと言い放ったロックウェルに皆が我先にと忙しいからと退室しようとするが、そこはあっさりとクレイに止められてしまう。

「なるほど。それはいいかもな」

逃がすものかと言う表情で立ちふさがったクレイからは到底簡単に逃げられそうにない。
けれどそんな大役は自分達には荷が重いし、何と言ってもトラブルに巻き込まれそうだからできるだけ遠慮したいところだ。

「ク…クレイ。ほら。女除けと言うくらいだから、色気がないと難しいわよ?」
「そ、そうよ。それにルドルフ様の相手役なら私じゃ恐縮しちゃうわ。多少交流もあるリーネに頼んだらどうかしら?」

取りあえず第三部隊に丸投げしてしまえと逃げに走る面々にクレイがう~んと考え始める。
これなら上手くすれば逃げ切れるのではないだろうか?
そうやってジリジリと間合いを計っていると、ちょうどそこへノックの音が聞こえてきた。

「失礼します」

入ってきたのはメリッサとカサドラと言う黒魔道士だった。

「あらクレイ。今日はいつも以上に色気たっぷりなのね」
「…文句があるならロックウェルに言ってくれ。あいつのせいだからな」

メリッサが気さくに話しかけてきて、クレイもさらりと流す。

「文句なんてないわ。黒魔道士として羨ましいなと思っただけよ。その色気がシュバルツ様にも分けてあげられたいいのにね」

クスクスと笑うメリッサにクレイもそうだなと少し微笑みそっとメリッサへと手を伸ばした。

「本当に…シュバルツが黒魔道士なら事はもっと簡単だったのに…」

ごく自然に髪を一房手に取り甘く見つめながら髪に口づけを落としたクレイに、メリッサが妖しく笑う。

「こうやって自然に口説けるようになるには10年くらいかかりそうね」
「本当に…困った奴だ」

けれどそこでロックウェルがグイッと二人の身体を引き離しにかかった。

「困った奴なのはお前だ、クレイ。昨日私が言ったことをもう忘れたのか?」
「え?いや、これはただの戯れだろう?昨日禁止されたのは本気で落とすのはやめろというやつじゃなかったか?」

きょとんとしたようなクレイの言葉に室内の温度が一気に下がったような気がして、場にいた全員が一斉に壁際へと下がる。

「クレイ?お前は本当にいくら言っても次から次へと私を怒らせて…そんなに調教されたいのか?」
「え?いやいやいや!そんなはずがないだろう?!」

蒼白になりながらふるふると首を振り後ずさるクレイにロックウェルが冷笑を浮かべながらジワジワと追い詰めていく。

「落ち着け!話せばわかる!」
「話してもわからないから調教されるのだということを、いい加減その身で思い知っているだろうに」
「~~~~~っ!!」

そうやって追い込まれるクレイにその場の誰も助けには行けず、ただ見ていることしかできない。

(デジャヴだ……!)

本当にクレイはどうしてこうも迂闊な言動を繰り返すのだろうか?
シリィがいれば助け舟を出したかもしれないが、これはどう見てもクレイが悪いし、ここに居るメンバーではロックウェルを止めるだけの力はない。
けれどそこでそっとクレイの眷属が動いた。

【ロックウェル様。申し訳ございません。あまり教育的指導の邪魔をしたくはないのですが、ルドルフ様のご用件が至急でして…】

早急に代理を立てなければ結局クレイがやる羽目になるのだとその眷属はため息を吐きながら口にする。

「バルナ!」

ナイスフォローだとクレイがパッと顔を輝かせるが、ロックウェルは逃がす気は全くないようだった。

「仕方がないな。メリッサ!悪いがクレイの代わりにルドルフ王子の所に行ってきてくれ。詳細はそこで聞けばいい」
「…かしこまりました」

自分とのことが切欠だっただけにメリッサには断るという選択肢はない。

「さてクレイ?お前は勿論これからお仕置きだ。わかっているな?」
「し、仕事があるだろう?!」
「お仕置きの後で戻ってくれば問題ないじゃないか」
「いや!仕事を優先してくれ!それに俺もシュバルツの教育があるし…!」
「…そういうことならシュバルツの前でお仕置きをしてやろうか?色気の出し方が勉強できて一石二鳥だろうからな」
「なっ…!それは酷いッ!」
「酷くて結構だ」

そうやってクレイを追い込みながらもその眼差しはどこか甘くて、指先までが誘うようにクレイを惑わしていく。

「ロ…ロックウェル…」
「昨日のようにお前は大人しく私だけに落とされて溺れていればいい」

つッ…と唇に触れたロックウェルの指がゆっくりとクレイの口へと挿し入れられる。

「んっ…」

それと同時にうっとりとしたようにブワッと色香を撒き散らしたクレイに、周囲の者達がゴクリと唾を飲む。
これではさすがにクレイも逃げられないだろうと誰もが思ったが、ここでまたクレイが思いがけない行動に出た。
ロックウェルの手を払いのけてそのまま勢いよくロックウェルを引き寄せ、口づけたのだ。
これにはロックウェルも驚いたようでなされるがままにクレイの口づけを受け入れている。

「んっ…んんっ…」

どうやら魔力交流もしているようで、ロックウェルの方もかなり気持ちよさそうだった。

「はぁ…」

そしてそっと口づけを終えた二人の間には甘い空気が流れていて、先程のロックウェルの怒りは収まったように見えた。

「ロックウェル…頼むからこれ以上俺を翻弄するな」

しかもほんのりと頬を染めながら恥ずかしそうに俯くその姿にロックウェルは勿論、その場の数人の胸があっさりと射抜かれてしまう。

「ルドルフが心配だから様子をみてくる」

だからそう言ってクレイが執務室から出ていった時にロックウェルが動けなかったのも仕方がないのかもしれない。
ロックウェルはどこからどう見ても『可愛すぎる…』と悶絶しているようにしか見えなかった。

クレイのこういう一面がたまらないんだろうなと妙に納得してしまった第一部隊の面々だった。


***


「はぁ…なんとか逃げられた」

クレイはホッとしながら回廊を歩いていた。
正直あのままうっかり流されそうになってしまったが、執務室には他の魔道士もいるしさすがにまずいと思ってなんとか逃げに徹した次第だ。
最近ロックウェルから逃げるのが難しくなってきたため、一か八かの手ではあったが何とかなってよかった。

「さて…と」

ルドルフの方は大丈夫だろうか?
あれから花嫁候補達は幾度もルドルフに突撃しているらしいが、最初の印象が悪かっただけにルドルフ的にはあの中から花嫁を選びたくないらしい。
それでシリィに仮の恋人役を頼んだらしいのだが、昨日シュバルツから『もうすぐライアード王子がシリィに会いに来るのに、このタイミングで恋人宣言を出すのはさすがに外聞が悪いんじゃないでしょうか?』と言われ考え直したそうだ。
とは言えどう収拾をつけるべきかと思い悩んでいたところで今朝自分と遭遇したらしい。
そうやって事情を聞いていたまさにちょうどその時、運悪く王とドルトがやってきてルドルフの花嫁候補の件を持ち出してきた。
曰く、どうするつもりだと────。

王としては王妃の息の掛かった者が花嫁候補というのは喜ばしいものではないようだったが、もしその中に気に入った者がいるのなら祝福してもいいと考えていたようだった。

「お前には色々苦労を掛けたし、どんな立場の者でも好きな相手と結婚するのがよかろう」

どんな相手でも反対はしないと言った王にルドルフは嬉しそうにしてはいたが、その場ではっきりと花嫁候補達に困っていて悩んでいるのだと打ち明けてしまった。
それを受けて、そう言うことなら早急に対策をとろうと王が言い出し、ふとクレイに目を止めたところでこう叫んだのだ。

「クレイ!兄弟のために一肌脱いでやってくれ!」
「?」

なんだか嫌な予感がしたが一応話を聞くと、本当にとんでもない話だった。

「お前は女装も似合うし、色気もあるから花嫁候補なんて簡単に追い払えるだろう?力になってやってくれないか?」
「断る」

どうして自分がと思って即答で断ったが王は尚も言い募った。

「ルドルフと仲がいいんだから少しくらい力を貸してやってくれ。別に恋人役をやれとは言わん。自分より色気のない奴はルドルフに近づくなとでも言って追い払ってくれればそれでいいんだ。魔力がないのに魔道士に追い回されて可哀想だとは思わないのか?」

ドルトの前でそんな風に言われて、ここで突き放したら自分はどんな目で見られるのかわからないと考えると冷や汗が出てきてしまう。
だからもうこれしかないと思って、ロックウェルの許可が得られれば…と逃げてきたのだ。
まさか逃げた先で恋人からお仕置きされかけるとは思っても見なかったのだが…。




「あ…」

そうやって先程の件を思い返しながら歩いていると、ちょうど視線の先に目的のルドルフ達の姿を見つけたので足を止める。
そこにはショーンの部下の女が二人立っていて、ルドルフに迫っているようだった。
ルドルフの隣にはちゃんとメリッサの姿もあり、どうやら事情は把握できているように見えた。
ちゃんと対処できるだろうかとそのまま見守っていると、ルドルフの腕へとキュッと抱きつきしっかりとあちらへ牽制を掛けた。なかなかの名演だ。
けれどあちらの方が役者が上のようで、全くと言っていいほど怯んでいない。
これは手を貸すべきかと暫し成り行きを見守ってみる。

「ルドルフ様?我々を遠ざけようとそのようなことをなさるなんて悲しいですわ」
「そうですわ。正直私達がそこの黒魔道士に負けるとは思えませんし、そろそろお諦めになってはいかがです?」

クスクスと笑う二人にルドルフははっきりと必要ないと言い張るが、王妃が味方についているからか彼女達は強気だった。

「確かにその黒魔道士は色気がありますし、第一部隊の者なら魔力も十分でしょう。けれど…王妃にはふさわしくありません」
「次の王はハインツだ。私ではない」
「そんなもの…どうとでもなりますわ。貴方が望めば王位は望みのままと王妃様も仰っております」

にっこりと微笑む二人にはクレイもため息しか出ない。
本当に厄介な者達だ。

(仕方がないか…)

そう思って、そっとそちらへと歩を進めた。

「ルドルフ。そろそろハインツの教育の時間じゃないのか?ここは任せて行ってやってくれ」
「クレイ」

そうやってどこかホッとしたような表情になったルドルフに安心させるように笑ってやるが、邪魔をされた二人は忌々しげだ。

「クレイ…邪魔をしないで」
「そうよ。例え王の子と言えど貴方に口を挟む権利はないわ」

そんな言葉にそう言えば妃候補の中には第一部隊の者が含まれていたなと思い出す。
恐らくそこから漏れたのだろう。
人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。

「別に邪魔をする気はなかったんだが…お前達は思い違いをしている」
「?」
「相手を落としたいのなら、お前達がやっていることは逆効果だ」

そう言いながらクッと笑う。

「せめてこれくらいの色香で誘うくらいはしてやったらどうだ?」

その言葉と共にスッと一人の耳元へと近づき、低く甘く誘うように言葉を落とす。

『私と二人で…これからひと時をご一緒しませんか?』

その言葉に囁かれた方の女が真っ赤になりながらへなへなとその場へとへたり込み、もう一人の女が驚きに目を瞠った。

「なっ…!」
「きゃんきゃんと色気の欠片もなく迫るよりもずっと効果的だ。今度はそうやって誘うことだな」

そして『行くぞ』とルドルフ達を促し颯爽と踵を返した。




「はぁ…鮮やか」

メリッサが感嘆の息を吐くがクレイは物凄くバツが悪そうだ。

「悪いが今のはロックウェルには内緒にしておいてくれ」
「え?」
「昨日叱られたばかりだからな。バレたらまたお仕置きコースだ」

そんな言葉にルドルフはハハッと楽しげに笑った。

「なんだ。そうだったのか」
「そうだ。口説くのは自分だけにしろと言ってきてな、俺の使ってる手管がほとんどあいつのを参考にしているものだから本人にやれと言われたら恥ずかしくて仕方がない」
「そうだったの?」
「ああ。まあ多少自分なりに使いやすく変えてはいるがな」
「そうか。でもそれは確かに恥ずかしいかもな」

大変だなとクシャリと頭を撫でられて、クレイは深いため息を吐くばかり。

「はぁ…ロックウェルの事を相談できるのはルドルフくらいだな」
「お前にはいつも世話になっているしな。愚痴くらいいくらでも聞いてやろう」
「…助かる」

いつの間にか随分兄弟らしくなっている二人にメリッサは驚いたが、よく考えるとハインツを挟んでよく一緒にいるし、当然といえば当然かと納得した。

「そう言えばルドルフの花嫁候補の第一部隊所属の女は随分大人しいな」
「え?ああ、カサドラよね?そう言えばさっき一緒にいたけど、特に動かなかったわ。あの子もちょっとわかりにくいのよね」

何を考えているのかわかりづらい相手なのだとメリッサはため息を吐く。

「おっとりのんびりしているように見えて仕事は早いし、さりげなく気も強いしね。そっと近づいてガッとくる肉食なイメージはあるわよね」

だからそのうちそんな感じでやってくるのではないかと口にしたところで、ちょうど前からカサドラがやってくるのが見えた。

「あら。無事に逃げられたのね」
「お陰様で」

そうやってにこやかに答えたメリッサにカサドラがにっこりと笑う。

「私、少しルドルフ様にお話があるのだけれど…外してくださる?」

随分と正攻法で来たなと思いつつ、こう切り出されてはクレイとメリッサもダメだとは言い辛かった。

「ハインツを待たせているから手短に頼む。メリッサは先に戻っていいぞ」

そんなクレイの言葉にメリッサは小さく頷きそっと執務室へと帰っていくが、クレイは二人から距離を置いてその場へととどまった。
勿論何かあったらすぐに助けてやれるようにだ。

「ルドルフ様…長年貴方のために花嫁修業に励んでまいりました。どうか私を選んではいただけないでしょうか?」
「悪いが期待には応えられない。諦めてほしい」

真っ直ぐに告げられた言葉も今更感があるためかルドルフに真っ向から断られてしまう。

「もちろんすぐに花嫁にしてくれと言うつもりはありませんわ。ゆっくりと時間を掛けていただいても構いませんのでご一考いただきたいのです」
「すまないが、時間を掛けようと候補者の中から選ぶ可能性はゼロだ。早々に諦めてくれ」

つれない言葉と共にルドルフがそのままカサドラを振り切るように歩を進め、クレイへと声を掛けた。

「クレイ。用は済んだ。行こうか」
「ああ」

けれどそこに追撃が来る。

「クレイ?さっき候補者を一人落としてくれて助かったわ。ライバルが減ってくれるのは嬉しいもの。お礼を言わせてちょうだい」

クスクスと笑うカサドラにクレイがゆっくりと振り返る。

「それは脅しのつもりか?」

どうやらこっそりと眷属にでも見張らせて観察していたらしい。

「あら。純粋なお礼よ?」

けれどそんなことはおくびにも出さずカサドラは軽やかに笑った。

「リーネも貴方に夢中だったし…できれば他の候補者達も全員落としてもらえたら有難いわ」

そうしたらルドルフも助かるのではないかと言ってくるカサドラにクレイは正直嫌な気分になってしまう。
他者を使って最終的に自分が残ればそれでいいと言わんばかりのこの態度はどうにも好きになれない。

「怒らないで?言っておくけど私は貴方を敵に回す気もなければ貴方に落とされる気もないのよ?…だってロックウェル様は本当に怖いんですもの。特に貴方が絡むと…」

フフッと楽しげに笑うカサドラに『もう行っていいか』と尋ねると彼女は別に構わないと言ってきた。

「それではルドルフ様。また後日ご一緒してくださいませ」

優雅に礼を執り去っていくカサドラに二人は唖然とするしかない。
正直あれだけはっきり断られてもまた来るのかと驚きを隠せなかった。




「はぁ…なんだかどっと疲れるな」
「本当に。一体いつになったら諦めてくれるのか…」
「これは本当に冗談じゃなくすぐにでも恋人を作ったらどうだ?」

二人で歩きながらそんな話をしていると前からシリィの姉サシェがやってくる。

「ルドルフ様。先程マーシャが探しておりましたよ?」

そんな言葉にルドルフがそっと胃を押さえる。

「今度はそっちか…」

マーシャと言うのもどうやら候補者の一人のようだ。

「もういっそ全員集めて、この中から選ぶ気はないと言ってやったらどうだ?」
「…多分無駄だと思うぞ?さっきのあれを見ただろう?」

面と向かって断られようと、すぐに何事もなかったかのようにやってくる女達なのだ。
それこそ先程言っていたように恋人を作ってしまう以外に逃げる手立てはない。

「とは言え適当に恋人を作っても、関係なく向かってきそうで怖いしな」

はぁ…と深いため息を吐くルドルフに同情しながらも、クレイには慰めてやることくらいしかできることがない。

「確実にあの女達よりも魔力が高くて、気品があって、美人で、誰もが認める地位と後ろ盾を持つ相手だったら文句のつけようもなくて諦めてくれるんだろうがな…」
「それこそお前が女装したらそれに近いんだが…」
「冗談だろう?それにそれはロックウェルに却下されたぞ?」

そうして二人でまたため息をついていると、そこにいたサシェにクスクスと笑われてしまった。

「随分お困りのようですね」
「ああ。女の心境はさっぱりわからない」

そうしてポロリと愚痴をこぼしたルドルフに、そう言うことならとサシェが突如申し出た。

「私でよければ恋人役をお引き受け致しましょうか?」
「え?」

そうは言ってもサシェは魔道士ではない。
ここで恋人役というのは無理があるのではないだろうか?
そうやって首を傾げていると、サシェは笑顔で何もおかしくはないですよと答えてきた。

「魔道士の女性に追い回されて怖くなった。だから恋人は魔力のない女性がいいと思った。これで全て解決です」

にこやかに告げられた言葉に二人は目から鱗だとばかりになるほどと思わず感心してしまう。

「とは言えいきなり恋人同士というのはおかしいですから、少しずつ距離が近づく感じで演出致しましょう」

幸い自分は官吏だから仕事を一緒にしていても何もおかしくはないし、普通に用を言いつけてもらえればいいからとサシェは提案した。

「女には女の戦い方というのがありまして、これでもこれまで色々あったので対処法は心得ておりますので」

どうぞ心配せずに使ってやってくださいと笑った彼女はとても輝いて見えた。

「頼もしいな」
「ふふっ。そう言っていただけて光栄でございます」

そんな二人に安堵して、クレイはすぐさまルドルフにつけていた眷属にサシェのことも守るようにと言い含めた。

「サシェ、ルドルフのことは任せる。何か手伝えることがあればなんでも言ってきてくれ」
「ありがとうございます。そうそう。クレイ様にはこちらをお渡しするようにとドルト様からお預かりいたしました」

そんな言葉と共にそっと書類が手渡される。

「驚きましたが、お二方は確かにお似合いですし納得がいきました。お幸せになってくださいませ」

では行きましょうかとルドルフを促して、サシェはそっとクレイの元から去っていく。
残されたのは手元のその書類ただ一つ。

(…まさか本当にこんなに早く法改正をしてくるなんて…)

その書類に目を通して、先程とは全く違うガックリ感が自分を襲いまたもやため息が口からこぼれ落ちた。

「いらないだろう…」

どうしたものかなと考えながら、クレイはそっと自室へと足を向けたのだった。





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