黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

135.心配事

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「ギャー!!し、死ぬッ!」
「大袈裟だな。ほら、素早く判断して素早く呪文を唱えろ。アベルのように三重で魔法を唱えろとまでは言わないが、サクサク捌かないと怪我が増える一方だぞ?」
「この鬼!」
悪態はつくがそれでも負けるものかとシュバルツは次々と呪文を唱え続ける。
さすがに魔力が高いだけあってその防御壁は強固だが、如何せん魔法の使い方がまだまだ甘い。

「何にでも同じ魔法で防ごうとするな。魔力の無駄だ。相手の魔法の威力を図ってそれに適した防御魔法、対抗魔法を唱えるようにしろ」

一番適した魔法を使うのが一番効率がいい。
だからこそ判断力、詠唱力を取りあえずしっかりと鍛えるところから始めたい。

「凄いわね、クレイ。私もやってみたいわ」
「リーネには別なことを教えてやる。この間言っていた危機回避のやつだ」

その言葉にリーネの顔も嬉しそうに綻んだ。

「本当に?じゃあ出掛けた後でどうかしら?ロックウェル様の前で教えてもらったらそこまで怒られないわよね?」
「ああ、それはいいな。さすがリーネ。ロックウェルの事をよくわかっている」

それならきっと嫉妬でお仕置きされることもないことだろう。
今日の午後の買い物も恐らく嫉妬からついてくると言い出したに決まっているのだ。
それなら危機回避はしておくに越したことはない。
そんなことを考えていると、自分の怪我を回復魔法で治したシュバルツが再開を促した。

「クレイ!少しコツがわかってきたぞ!早く次を頼む!」
「わかった」

こうして魔法の特訓であっという間に時間は過ぎ、約束の午後を迎えた。


***


「ロックウェル!シリィ!」

仕事を片付けヒュースに場所を訊いてそちらへと向かうと、クレイがリーネとシュバルツと一緒にこちらへと笑みを浮かべてくる。

「待たせたな」
「いや。こっちも今来たところだ」

どうやら話を聞くと三人で第三部隊の演習場にいたらしい。
何がどうなったのか知らないが、色気を出す特訓から魔法の特訓へと切り替えたようだ。
とは言えこれはいい傾向かもしれない。
クレイではないがシュバルツの色気のなさは自分から見ても一目瞭然で、それは一朝一夕で何とかなるような代物ではなかったからだ。

(まあ白魔道士はそれが普通だしな…)

敢えて言うなら自分が珍しいだけで、こういうことは普通は黒魔道士の得意分野なのだから────。
そんなことを考えていると、そっとクレイが自分の方へと手を伸ばしてきた。

「ほら。ロックウェル」

真っ直ぐに自分へと伸ばされた手。
それは自分を連れて行ってくれると言うことで…素直に嬉しい。
けれど人というものはどこまでも欲が出るもので…ついその言葉を口にしてしまう。

「嬉しいな。今回は抱きつかなくても運んでくれるのか?」

何でもいいとクレイが言ってくれたなら迷わず抱きしめてそのまま運んでもらうのに…。
けれどクレイの口からは全く違うセリフが飛び出てくる。

「別に。リーネがシュバルツを運んでくれると言うから、お前とシリィは俺が運ぶことになっただけだ」

嫌なら自分の眷属に運んでもらえと言われてしまったが、様子をみる限りそれは自分が断らないのを分かった上で言っているように見えた。
自分もだいぶクレイの事がわかってきたからこそわかる、そんな心の動き…。
以前なら自分をそれほど好きではないのではないだろうかと疑ったかもしれないし、冷たいとさえ思ったかもしれない。
取りつく島もないと思って、そこからの攻略は難しいと溜め息まで吐いていたかもしれない。
けれど今の自分は違う。
クレイが自分を好きでいてくれているのは誰よりもわかっているのだから、少しくらい自惚れても罰は当たらないだろう。
ここからなら容易に自分の望むシチュエーションへと持っていけるはずだ。

「お前は本当に素直じゃないな」
「煩い」
「そうやって素直じゃないお前を…素直にしてやるのがたまらなく好きなんだが?」

そう言いながらそっと髪へと口づけるとやめろと怒られてしまうが、気にすることはない。

「お前はそうやってすぐに恥ずかしいことを口にするな!」
「…私は何もおかしなことを言っていないだろう?」

寝台の上でだけ素直になるクレイはたまらなく可愛いが、別に今それをあからさまに口にした覚えはない。
けれどクレイが勘違いしたのは明白だった。
シュバルツやシリィは何故クレイがこれほど恥ずかしがっているのか全く分かってはいないだろう。

「…何か恥ずかしいことでも考えたのか?クレイ」

わかっていて耳元でそう囁いてやると、クレイはたちまち耳まで真っ赤になってしまった。

「最悪だ!もういい!お前はヒュースに…っ!」

そうやって逃げようとするクレイを捕まえて、それ以上先を口にできないよう優しく口を塞ぐ。

「んっ…」

甘く溶かすように軽めに舌を絡めて、宥めるようにそっと背を抱いた。

「そう怒るな」
「……行くぞ」

(ほら。素直になった…)

もうこのままでいいからと真っ赤な顔でポツリと言われ、してやったりと気を良くしてシリィへと満面の笑みで声を掛ける。

「シリィ。クレイの腕に捕まっていいぞ」

自分は勝手に抱きついているから気にするなと言ってやると、シリィはこちらをよくわかっているためうんざりしたような表情で小さく呟いた。

「本当にロックウェル様は確信犯ですよね」
「何のことかわからないな」
「いいですよ。ちゃんとわかっていますから」

優秀な部下のその一言に艶やかに微笑んでいると、腕の中でクレイが不思議そうにしているのを感じた。
本当にクレイはどこまでも鈍い奴だ。
恐らく自分がこのシチュエーションに持ち込むために狙ってやったなど思ってもいないのだろう。
どこまでも独占欲丸出しでシリィやリーネに改めて牽制をかけてやれるこの機会を、自分がそう簡単に逃すはずがないのに…。

(まあ、そんなクレイも好きなんだがな…)

そうして愛おしげに見つめているうちにクレイが一気に影を渡った。
そして次の瞬間にはもう市場へとたどり着いてしまう。

「さあ、行くか」

遅れてやってきたリーネ達の姿を確認すると、クレイはすぐさま自分から離れ笑顔で皆を促した。


***


「じゃあリーネ!まずは服からだな」
「そうね♪クレイはどんなのが好み?ひらひらした服?それとも体のラインが出る方が好き?」
「そうだな。俺の好みだとこっちの服だが…よりリーネに似合うのはこっちだな」

そう言って一つの服を手に取ったクレイがそれをそっとリーネへとあてがう。

「着てみろ」
「え?ええ」

どうやらそれはリーネの好みとは少し違ったようだったが、確かにそれを試着したリーネはグッと大人っぽくて可愛く見えた。

「どうだ?」
「すごくいいわ…」

自分でも驚くほどしっくりきたようで、リーネも満足そうだ。

「後はこれとこれ、これも似合うと思うぞ」

そうやって店内をざっと回った後いくつかリーネへと手渡したクレイはとても楽しげだった。
正直不満な気持ちでいっぱいだ。
こういう時は自分が女だったらよかったのにとさえ思ってしまう。

「こ、こんなに?!」
「ああ、どれも似合うと思うから好きなものをその中から何着か選ぶといい」

全部買ってやるからと言って今度はシュバルツへと向き直って思わぬ提案をしてきた。

「シュバルツ。女の服を選ぶのはやったことがあるか?」
「え?ああ、まあそれなりには」
「そうか。それじゃあシリィの服を試しに選んでみろ」
「え?」

そんな言葉にシュバルツは暫くシリィをじっと見た後、店内へとざっと目をやった。

「ん~…これ、かな」

そう言って手に取ったものをそっとシリィにあてがうが、どうやら少しイメージと違ったらしく、やっぱりあっちの方がいいかもとウンウン唸りだした。
シュバルツは王宮育ちだしドレスを選ぶのなら慣れているだろうが、こういう街で着る服はさっぱりわからないのだろうことが窺えた。
これは嫌な予感がする。

「ロックウェル。一緒に見立ててやってくれないか?」

そんな言葉にロックウェルはやっぱりと思わず溜め息を吐いてしまった。
クレイ的にはどうやらこれもシュバルツの教育の一端だったらしい。
確かにセンスを磨くのも大事は大事なのかもしれないが……。

「ク…クレイ…」

しかも不安げな声を出すシリィにクレイは全く悪気なくこう言うのだ。

「シリィ。悪いが協力してくれるか?気に入らなかったらバッサリ好みじゃないと言ってやってほしい」
「…わかったわ」

全く女心をわかっていない。

「付き合ってもらって悪いな。お礼に後で俺からも一着贈らせてもらえたら嬉しい」

それなのにそんな言葉をサラッと口にするものだから、またシリィが頬を染めてしまう。
本当にクレイは狙ってやっているわけじゃないだけにタチが悪い。
振り回されるシリィが段々気の毒になってくるレベルだ。
なんだか昔の自分とその姿が重なって居た堪れない気分になってしまった。

「シリィ!ほら、こちらへ来い」

だからこれ以上クレイがうっかり発言をしないよう声を掛け、二人を引き離してやる。

「クレイ!どうかしら?」

そうこうしている内にリーネが試着を終えて出てきた。

「これが一番好みなんだけど…」

そう言って出てきたリーネは赤と黒のコントラストが綺麗な服を上品に着こなしていて、ロックウェルも思わず感心するほどしっくりと本人に馴染んでいた。
これにはクレイも満足げだ。

「ああ、いいな。やっぱりリーネは黒と赤がよく似合う」
「そう言ってもらえたら嬉しいわ」

そう言ってまたイチャイチャしそうになったところで、クレイの天然が炸裂した。

「ロイドは俺と好みが似ているところがあるからな。きっと喜んでもらえると思うぞ?」

これがあるから一概にクレイの言葉を鵜呑みにするのは危険なのだ。

「もうっ!クレイったら…本当につれないわね」

案の定リーネはわかっていたけどと呆れ顔だ。
シリィのように振り回されていない所がさすが黒魔道士と言える。
そんなリーネにクレイがクスリと笑いながら、また悪気なく口を開いた。

「リーネは元々俺の好みど真ん中だからこうして服を選んだりするのは楽しいし、できれば髪型や化粧なんかもやってやりたいくらいだが…今はロイドと遊んでる真っ最中だろう?悪いがその辺はロイドに頼んでくれ」

正直聞き捨てならない言葉が多々含まれていたが、一応ロイドに勧めている点は認めてもいいかと考え直したところでリーネがあり得ないことを口にしてしまった。

「それなら下着を見た後化粧品も買いに行こうかしら?ロイドったらいつも余裕の表情だから、ちょっとくらいハッとさせてやりたいのよ」

この流れは非常にまずい。

「…なるほど?そう言うことなら先に二人でそっちを見に行くか?」

嫌な予感というものは当たるもので、クレイはリーネから自然に服を受け取りそのままさっさと会計を済ませてしまった。
正直この辺りは黒魔道士ならではのやり取りだと思う。

「ロックウェル!悪いが先にリーネの用を済ませてくるから、シュバルツとシリィの事は任せる」

こんな風に言われてしまったらこちらとしても断れない。
以前の自分ならまず間違いなく断って追い掛けただろうが、さすがに今回はそれはしなかった。
今はうっかりは別として本人のことは信用しているし、恐らく少しくらいなら離れても大丈夫だろう。

「…わかった。その代わり眷属はつけさせてもらうぞ?」
「はぁ…。わかった」

眷属に指示を出したロックウェルに仕方がないなと言って、クレイはそのままリーネと共にあっさりと店から出ていってしまった。

「ロックウェル…本当に行かせて大丈夫なのか?」

シュバルツがそう尋ねてくれるが、こちらが終わればさっさと合流できるのだ。
迅速に済ませてしまうに限る。

「シュバルツ殿?私もなるべく早くクレイを追い掛けたいので、サクサクシリィの服を選んでいただきたい」

これがそう簡単な事でないことくらいは重々わかっているが、思わず声が冷たくなってしまったのは仕方がないだろう。

「女性の服の選び方を…今すぐ伝授するのでその頭に叩き込んでください」

そうしてギラリと目を光らせ、蒼白になった二人を促し速やかに服を選んでいった。


***


「はぁ…本当にクレイってセンスがいいのね」

第一部隊の魔道士達からも話を聞いたことがあるのだが、確かに驚くほどセンスがいい。
これならさすがのロイドも文句のつけようがないだろう。

「ほら。リップはこの色がさっきの服にはよく合うぞ?」

下着をサクサク購入した後今度は化粧品を見ていたのだが、どれもこれも自分に似合うものばかり。

「クレイったら本当に凄いわ。これなら今まで凄くモテたんじゃない?」

けれどクレイからの返事は思いがけないものだった。

「いや?まあ大体贈り物は喜ばれたが、モテるということはなかったな」
「ええ?!何それ、あり得ないわ!クレイの周囲って目が節穴だったんじゃないの?!」
「いや。俺はロックウェルと違って社交的でもないしな。用もないのに話しかけてくる女なんてまずいないから」

それは確かに言われてみれば納得のいく理由ではあるのだが、そうは言っても勿体ない。
クレイは整った顔立ちもしているし魔力だって高い。
それこそ優秀な黒魔道士と言うだけあって仕事の報酬だって沢山得ているだろう。

(お金を持ってて、顔もよくて、実力もある…こんな優良物件に目を留めない女ってどうなのよ?)

性格も確かに天然で不器用なところはあるが慣れてしまえばどうってことはないし、黒魔道士としての駆け引きだって楽しめる。
しかもロイドとの件を見て思ったが、あちらの方も恐らくかなりなテクニシャンだ。
わざわざ男と付き合わなくても当然女、それも黒魔道士にモテる要素は多分にあると思う。
王族と言うことを差し引いても十分優良物件だ。
だから何故ロックウェルと付き合っているのかが不思議で仕方がなかった。
それ以前の相手でいい人はいなかったのだろうか?

「これまでクレイと付き合った相手ってどんな人だったの?」

どんな相手でも虜に出来そうなのにと思いながら、思わずそんな言葉を口にしている自分がいた。
もしやクレイの方から惚れ込んだ相手で、振られたショックで男に走る羽目になったとかだったりするのだろうか?
それなら慰めてもらっている内に友人と…というパターンも考えられる。
相手がロックウェルなら体で慰めて…という可能性だって十分にあり得ることだろう。
そこからどんどん嵌って────。
そう思って話を振ってみたのだが、返ってきた言葉はどこまでも予想外だった。

「え?ああ、俺はロックウェルと付き合うまで誰とも付き合うことがなかったから…」

そんな言葉に思わず目が点になってしまう。

(誰とも…付き合ったことがない?)

「嘘でしょ?!」

そんなことが信じられるわけがない。
あのテクニックがロックウェルと付き合ってからのものだとは到底思えなかったからだ。
けれどクレイはとても嘘をついているようには見えなかった。

「本当だ。まあ寝る相手はいるにはいたが恋人とは違ったし、何と言うか友達以上恋人未満な感じだったな」
「ええっ?!」

その言葉に、そんな馬鹿なと思わず力が抜けてしまう。

「それって、ロックウェル様と付き合うより前にクレイに出会って誘惑してたら捕まえられたかもしれないってこと?」

クレイは自分を好みのタイプだと言っていたし、その可能性は高かったのではないだろうか?

(本気で付き合ってみたかったわ…)

そう思っていると、クレイの眷属がため息を吐きながらその言葉を告げてきた。

【期待するだけ無駄ですよ。クレイ様はどんな女性も最後には『ロックウェル様と遊ぶ方が楽しいから』とお断りになっていたくらいですから】

どうやら一応告白は受けていたらしいが、クレイが本気にとらなかったりサラリと振ってしまっていたようだ。
モテなかった云々はあくまでもクレイ基準で、ロックウェルと比較しての事なのかもしれないとふと思い至った。

(そう言えば長い付き合いだって言っていたし…)

そう考えるとこれまでクレイにアタックした女性達には同情を禁じ得ない。
クレイは自分の事を理解し最も似合うものを贈ってくれるのだから、自分の事を想ってくれていると女は勘違いしてしまう。
だからこそどの女性も一番綺麗になった自分で自信満々にクレイに告白したはずだ。
それがあえなく撃沈────。これはかなり凹む。

「はぁ…クレイを捕まえられたロックウェル様には感心するわ」

しみじみそう思う。
一体どうやってこんな鈍感で罪作りな男を落としたのか…不思議で仕方がない。

「ロックウェルは本当に昔からどんな相手も落とすような奴だからな。男から見てもカッコいいし…」
「はいはい。惚気はいいわ。きっとロックウェル様にしかクレイは手に負えなかったから捕まえてくれてるのよね?」

正直もう答えはこの一択に尽きると見た。
そうだ。きっとそうに違いない。
百戦錬磨だからこそこんな罪作りな男を捕まえておくことができるのだろう。
破れ鍋に綴じ蓋とはよく言ったものだ。

「え?」
「まあロイドもいい線いっていたけど、その辺の女じゃクレイは手に余っちゃうのね~…」

お似合いの二人だわと言ってやると、クレイは本当に嬉しそうに微笑んだ。

「そう言ってもらえたら嬉しい」

本当にどこまでもクレイはロックウェルにぞっこんのようだ。

「ご馳走様。まあ私とはたまに遊んでもらえたらそれでいいわ」

きっとクレイにはその距離感が一番いいのだろう。

「ああ。リーネは本当に物わかりが良くて助かる」
「どういたしまして」

クレイのこう言うところは本当に仕方がないなと思わず苦笑してしまった。
自分がこんなにすんなり納得するのは、クレイの事を理解しつつロックウェルとの関係も知っているからだ。
例えばこれがシリィのようなタイプで且つロックウェルとのことを全く理解しない相手だったなら、身を引きつつも傷つきながら想いだけをいつまでも引きずってしまうことだろう。
悪気がないから仕方がないと自分は思えるし気持ちを切り替えもできるが、下手をすればトラブルの元だ。
そう思ったところでふと、執務室にいた見慣れない顔ぶれを思い出した。
どちらも白魔道士のようだったが、どうも剣呑な空気を感じたのだ。
あの時は然程気にはしなかったが、もしやクレイの知り合いだったりしたのだろうか?

「ねえクレイ。午前中に執務室にいた女白魔道士の二人組のことなんだけど…」
「え?ああ、アイリスとローラか?あの二人は昔の仲間で、今回王宮魔道士に志願してきたんだ」

そんな風にサラリと笑顔で教えてくれたクレイに何となく嫌な予感がしてしまう。

「えっと…その二人の内、どっちかがクレイと関係があったとか…言わないわよね?」
「?あったぞ?」
「二人とも?」
「いや。ローラはロックウェルの元彼女で、俺と関係があったのはアイリスの方だな」

それから毎年冬に誘われて寝るだけの関係だったからなど聞かされて、それは現在進行形でまずい展開なのではないかと思わず冷や汗が浮かんでしまった。
そんな話をしているところにロックウェル達がタイミングよくやってきたので、思わずグイッとロックウェルの袖を掴んでこそこそとその件を尋ねる羽目になってしまう。

「ロックウェル様!クレイから今アイリスと言う白魔道士の件で話を聞いたのですが、大丈夫なのですか?」

そんな言葉にロックウェルがため息を吐いてくる。
これは絶対に大丈夫ではない雰囲気だ。

「リーネ。クレイはあの通り全くわかっていないから、この件は私に一任してくれ」
「…わかりました。では何かあればお声掛けください」
「お前もすっかりフォロー要員だな」
「当然です。先ほどクレイの女性遍歴を聞いて距離感が一番大事だと学びましたので」
「ああ、なるほど。そうやって弁えてくれるのは嬉しいことだ」

微笑を浮かべるロックウェルにただ礼を執り静かにクレイの元へと戻る。

正直今日話を聞けて本当に良かった。
クレイの気持ちはロックウェルから動くことはないから、クレイに本気になった方が負けだ。
ロイドも、自分も―――気持ちの差こそあれ根本は変わらない。
クレイと遊ぶのは楽しいが、絶対に手に入らない相手に振り回されながら一方的に恋人の恐ろしい悋気に晒され続けるのはさすがにリスクが高すぎる。
それでも傍に居たい気持ちはなくせないから、友人と言う立場に落ち着くのが一番いいのだろう。

(これでやっと吹っ切れそうだわ)

ロイドのようにきっぱり振られた訳ではないが、これで自分もやっと前へ進めるのだ。
クレイに嵌りきる前で本当に良かったと思おう。

(アイリス…ね)

先程話に出た彼女はちゃんとクレイを吹っ切ることができるだろうか?
数年体の関係があったということと、黒魔道士ではなく白魔道士だというのが酷く引っ掛かる。
ロックウェルが対処するとは言っていたが、正直クレイがそれを台無しにしそうな気がして仕方がない。
できるだけフォローに入れるといいなと思いながら、リーネは深いため息を吐いたのだった。




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