黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

134.※認められない

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「ロックウェル…」

どうにも待てなくて、そのままクレイの家へと足を向け、あっという間に組み敷いた。
クレイを独り占めしたい────そんな気持ちばかりが募ってしまう。
クレイの熱い眼差しが自分へと向けられ、誘われるように口づけを落とした。
けれどそこでふと、動きを止めてしまう。

クレイは女を抱く時、どんな表情をしていたのだろう?
甘い言葉を囁き、優しい愛撫で酔わせたのだろうか?
艶やかに笑いながら女を夢中にさせるクレイを想像すると、嫉妬に駆られそうになる。

「ロックウェル?」

腕の中にいるクレイがどこか不思議そうに首を傾げるが、なんでもないと答えてそのまま愛撫を再開した。
けれど何か思うことがあったのか、そのまま口づけられて、気がつけば上に乗られる事態になっていた。

「クレイ?」

どうして急に攻める体勢になったのだろうと思っていると、実に楽しそうに微笑んできたので思わず見惚れてしまう。

「ロックウェル…なんだか俺に襲われたそうにしているぞ?」

そんな言葉に思わず図星を指されたようにドキッとしてしまった。

「どうせ俺がアイリスをどんな風に抱いたのかと考えて嫉妬してたんだろう?」

まさかその通りのことを言われるとは思ってもみなかった。

「お前は本当に嫉妬深いからな」

そう言いながらゆっくりと服を剥ぎ、肌へと手を滑らせあちこちに口づけを落としていく。
時に吸い上げ、時に舐め上げる。
相手の反応をちゃんと見ながら攻め、妖艶に笑う姿はいつもと少しだけ違うように感じられた。

「大体こうして溶かしてから…下を攻めるだけで、特に特別な事はしないんだが?」

そう言いながらも自身に伸ばされた手は絶妙の力加減で官能を引き出していく。
正直クレイはかなりのテクニシャンだ。
普通に考えて女が溺れないわけがない。

「ロックウェル……口でしてもいいか?」

そっと耳元で囁かれた声にゾクリと背が震えてしまった。

「ああ…もちろんだ」

そう答えた自分にクレイがまた楽しげに笑い、自身をゆっくりと口に含んだかと思うと最高に気持ちのいい口淫を施してくれる。

「う…クレイ……」

(上手くなった……)

こんなに口淫が上手い相手にはそうそう出会えないだろうことは自分が一番よくわかっていた。
これまで付き合ってきたどの女達よりも、それこそ戯れに行った花街の女よりも上手いのがクレイだ。
気がつけばそのまま追い上げられて、喉奥に思い切り吐き出している自分がいた。

「はぁ…ロックウェル…」

欲情し切ったクレイが熱く自分を見つめ、そのまま服を脱ぎながら口づけて雄同士を擦り合わせてくる。

「ロックウェル…俺は女に挿れるより、ロックウェルに挿れられる方がいいんだが?」

女に挿れるのも気持ちいいが、後ろを自分に犯される方が好きだとクレイは訴えてきた。

「ロックウェル…早く奥まで入れてメチャクチャに乱して欲しい」
「お前は…本当に私に火をつけるのが上手いな」
「はぁ…仕方がないだろう?ロックウェルが俺を変な風に育てるから…ッあっ!」
「そうだったな…」

今ここにいるのは過去のクレイじゃない。
自分が育てた可愛い恋人だ。

「んっああっ!おっきい…」

切ない声を出すクレイの後孔にゆっくりと先端をあてがい、ゆっくりと腰を進める。

「ほら…さっきまで散々犯していたから、すぐに入るぞ?」
「はっ…はぁあ…ッ。気持ちいい…」

恍惚とした表情で自分を受け入れていくクレイが愛おしい。

「んあぁッ…!ロックウェル…のが…ッ!」
「私の…何が気持ちいいんだ?」
「そ…な、恥ずかしい事…言えな…ッ!」

そんなクレイを思い切りズンッと突き上げてやると、たちまち嬌声を上げた。

「んあッ!やっやっやっ!ひっ…気持ちいいッ!ロックウェル…ッ!あぁんッ!」

好きな所を突き上げるとクレイは身を震わせて絶頂へと飛んだ。
けれどそれでもそのまま腰を止めずに責め立てると、たまらないとばかりに切なげに腰を揺らし出す。

「あっ…あはぁッ!イッてる時に揺らすのダメッ!」
「ここからの蹂躙が大好き…の間違いだろう?そんなに腰を揺らして強請っているのに…素直じゃないな」
「あぁッ!ひっ、ひぃいんッ!もっとぉッ!」

寝台へと押さえつけ、腰を高く上げさせてそのまま激しく奥まで蹂躙するとクレイがたまらないとばかりに甘く啼いた。

「クレイ…ッ、そんなに締め付けるな。そんなに気持ちいいのか?」
「あぁっ…んッ!気持ちいッ…気持ちいい…!激しいの好きッ!早くいっぱい中をロックウェルのでグチャグチャにして欲しっ…!」
「はぁ…ッ!まだ待て…ッ」

程々にして欲しいと言っていたから、クレイ的にはやっても二回くらいのはずだ。
だからこそできれば中に注ぐのはもう少し我慢したい。

「ん────ッ!」

胸の尖りを可愛がりながら、後ろも奥まで犯すとクレイが身を震わせながらまたイッてしまう。
ビクビクと震えるクレイに持っていかれそうなのをグッとこらえて、荒い息を整えながら髪をかきあげた。
どうやら少しだけ余裕が戻ってきたようだ。
やはりどこまでいってもクレイは自分の物だと実感した。

「はっ…はぁあ…ロックウェル…好き…」

そんな切ない声が耳を擽り愛しい気持ちが増してくる。

「ああ。私も…お前が好きすぎてたまらない」

そうして幸せな気持ちで息を吐いた所で、突然クレイが思いもよらないことを口にしてきた。

「や…ッ。ロックウェル…ッ。終わらないで…。ちゃんと奥にご褒美欲しい…。熱いのちょうだい…」

涙目でこちらを見ながら快楽に溺れた眼差しを向けられて、折角戻った余裕があっという間に根こそぎ奪われる。
それこそ自分の中のドSな部分がゆっくりと頭をもたげたような気がした。
一体いつの間にそんな言葉を覚えたのだろうと思った後で、そう言えばロイドと三人でした時に言葉責めの一環でうっかりそんな言葉を口にしてしまったのを思い出した。


『クレイ…ロックウェルにそんなに何度もたっぷり注がれて悦ぶなんて…そんなに嬉しいのか?』
『あ…嬉しい…』
『クレイは私がやるこの御褒美が大好きなんだよな?』
『ん…好き…ぃ』


放心状態になったクレイに二人でそんな言葉を掛けたことを思い出して、しまったなと思わず頭を抱えてしまう。
こんなに淫らに育たれると理性が持たなくなりそうだ。
ただでさえ何度抱いても足りない気持ちになってしまうというのに────。

「ロックウェル…?」

上気した頬と蕩ける眼差しで早くと訴えられるともう本当に犯し尽くしたくなって、とてもではないが一度や二度で終われる気がしなくなってしまった。
だからそのまま奥まで一気に突き上げながら体位を変え、より深くつながる体勢へと変えてやる。

「あぁッ!!」

急にそんな体勢へと変えられて、クレイがまたビクビクと快感に身を震わせ、ふるふると首を振り始めた。

「あっ…!これダメッ!」
「今のはお前が悪い…!」
「ひっ…やぁっ!な…んで…?気持ち良すぎてダメッ!あぁッ!!熱いぃ…っ!」

そこからは理性が吹き飛び二人で何度も駆け上がり、クレイがグッタリするまでついつい回復魔法も忘れて責め立ててしまった。

「クレイ…」

溢れる程奥まで注がれて、どこまでも快楽に堕ちたクレイにそっと手を伸ばす。
意識はないが体だけが淫靡にヒクヒクと震え、いつまでも自分を誘っているように見えて仕方がない。
どこまでも愛しくて、そのままギュッと強く抱きしめその身を確かめる。

「お前はずっと私だけのものだ……」

切ないその声でそう呟いたところで、そっと眷属が声を掛けてきた。

【ロックウェル様。追い払ってはおきましたが、アイリスとローラの二人が途中こちらに……】

どうやら本当に二人が付き合っているのか確認しに来たらしい。

「問題ない」

自分に抱かれるクレイの嬌声を少しでも聞いたと言うのなら、これ以上付きまとってくることもないだろう。
万が一それでも諦められないとなったとしても、王宮魔道士の件もまだ志願はこれからと言うニュアンスだったし、恐らく普通に考えて一度トルテッティに戻って身辺の整理をしてからと言う形になるはずだ。
それらを考えると王宮に来るにしてもひと月近くかかるだろう。
何かしてくるにしても、暫くは何もできないはず…。

それにひと月後ならロイドとシュバルツの件も目処が立つ予定だ。
それさえ終わればクレイとしては王宮への用事もなくなってしまう。
そうなればまた自分の部屋くらいしかこちらへの出入りはなくなってしまうだろう。
クレイの性格的に家に帰ると言う可能性が高いし、王宮魔道士との接点もグッと減るはず…。

「クレイ…」

ふわりと回復魔法を掛けてそっと優しく言葉を掛ける。

「誰にももう油断はしない。ずっとお前とこの先も一緒にいさせてくれ……」

そっと目を閉じ思わず口にしてしまったその言葉に、腕の中でクレイが安堵したように無邪気に笑ったような気がした。


***


「さすがロックウェルね」

眷属に追い払われて逃げるようにクレイの家を後にしたローラが、ため息を吐きながら隣を歩くアイリスへと声を掛けた。
アイリスの表情は酷く暗い。
それはそうだろう。
長年好きだった相手が久しぶりに会ったら男とできていたなんて、信じたくない気持ちでいっぱいにもなる。
ましてやそれを今日は実際に目の当たりにさせられたのだから────。

実際あれほど二人がラブラブだとは思ってもみなかった。
けれどロックウェルと付き合いずっと女性関係を傍で見ていた自分に言わせれば、それも所詮一時の関係に過ぎないだろうと思われた。
先程酒場でクレイ一筋と言う印象は受けたが、これまでのロックウェルを振り返るにどうにも信じがたいのだ。

一夜の相手は星の数。
付き合いに至っても大抵はひと月持てばいい方だ。
二股三股当たり前の状況に女の方が根を上げる。
自分が一番になりたいのになれなくて、その女と自分のどちらがいいのと問い詰めたところで大抵あっさりと振られてしまう。
そんな状況を耐えられるだけの精神力と、ロックウェルに声を掛けてもらう為に自分から迫る積極性、そして何より忍耐力。これがないと長続きはしない。
それでももって三か月がいいところなのではないだろうか?
ここ最近はそんな女遊びに飽きたのか、それとも仕事の方が忙しいのか、王宮でのつまみ食い程度じゃないかとファルからは聞いていた。
ちょうどクレイの姿を見掛けなくなったあたりの事だ。
それなのに今年に入って何気なくファルに話を振ったら、そのロックウェルが何を思ったのかクレイと付き合いだしたらしいと言い出した。
その話を聞いた時は当然すぐに別れると思って特に気にもしていなかったのだが、三か月以上経っても二人は仲がいいと聞いて驚きを隠せなかった。
けれど元々友人同士だからセフレ感覚に違いないとすぐに思い直す。

クレイは黒魔道士で、テクニックも凄いとアイリスからも聞いていたし、それこそロックウェルがセフレとして付き合うにはもってこいの存在だと言える。
二人がセフレな関係なら割り込む隙はいくらでもあるだろう。
だからこそ近況報告と共に、今冬帰った際にまだ二人の関係が続いていても応援するからとアイリスに手紙を書いた。
しかしその話を聞いてアイリスはすぐさまトルテッティの家を引き払いアストラスへと帰ってきたのだ。

「私のクレイがロックウェルにとられると思ったら居ても立ってもいられなくて…」

そんな一途なアイリスに応援したい気持ちばかりが膨らんでしまう。
だからこそ本気で今日は二人の仲を確認しようと思ったのだが────。

「あっあっ…ロックウェル…好き…」

ただの睦言とは思えないほど切ないクレイの声が耳へと蘇る。
あの不遜なクレイがあんな可愛い声で啼かされているなんて思っても見なかった。
あんな声を聞かされたらアイリスだってショック倍増だろう。
クレイのあの声は紛れもなく本気だった。
これまでロックウェルと付き合ってきた数多の女達同様、クレイは確実にロックウェルに溺れていた。
とは言え相手がロックウェルなら仕方がないとも思った。
あの百戦錬磨なら女だけではなく男だって魅了し、あっという間に夢中にさせてしまうことだろう。
先程のように嬌声を上げてクレイが溺れるのもわからなくはない。

「アイリス…」

そんな状況にどうしたものかと思ってそっと声を掛けるが、アイリスは口を開こうとはしない。
クレイがロックウェルに捨てられるのを待つか、アイリスが諦めるのが先か────。
選択肢は二つに一つしかないのだが…。

「ねえアイリス。クレイに思い切って気持ちをぶつけて、ちゃんと関係を清算したらどうかしら?」

少なくとも酒場でファルはそうした方がいいと考え、クレイに話を振っていたのだろうと今なら思う。
クレイから『ロックウェルに本気だから』と言われたら、アイリスは納得はいかなくともクレイへの想いを断ち切るしかなかっただろう。
けれどそれを敢えて流したのは自分達だ。

決定的な言葉がない方が、二人が別れた時に声を掛けやすいと踏んでの事。
けれど立ち去り際のロックウェルの様子に衝撃を受けて、どうしても気になって追ってきてしまった。
ロックウェルがあんな風に独占欲を露わにした姿を見たのは初めてだ。
ロックウェルの事だからすぐに熱は冷めるのかもしれないが、少なくとも今はクレイに夢中なのだろうと言うことだけはわかった。
そしてクレイの方もあの状態ということは、今二人が別れる可能性はないに等しい。

「アイリス?」

再度そう呼びかけてみたところで、突如アイリスが顔を上げてくる。

「ねえローラ?シリィって誰かしらね?」

その声の抑揚からは感情が抜け落ちたように何も感じられない。
「え?」
思わず言われている意味が分からなくてそう聞き返したが、アイリスの目にはどこか狂気が宿っているように見えてゾクリと身が震えてしまう。

「クレイの特別って何人いるのかしら?私は何人と戦えばいいの?」
「ア…アイリス?」
「クレイって本当にしょうがない人よね。でもね?彼と寝たことがある女達は皆どんどん綺麗に魅力的になっていって…でもいつもそこで終わるらしいわ。クレイがね、あっさり振るのよ」

友人と遊ぶ方が楽しいからと言う実にどうしようもない理由で。
ローラはアイリスから、クレイに会う度に一年の女性関係をそれとなく聞きだし、それで結局どうなったのかを確認した後『それなら溜まっているでしょう?』と言って毎回誘うとなんだかんだと抱いてもらえるのだと聞いたことを思い出した。

「クレイはどこまでいっても黒魔道士なの。自由で何にも囚われないの。でもそうね。もしかしたらロックウェルのテクニックに溺れちゃったのかもしれないわ。そうよ。そうに決まっているわ。だって彼は黒魔道士ですもの。気持ちいいことがきっと大好きなんだわ」

だから今はロックウェルとの関係は認めてもいいとまるで自分に言い聞かせるかのように言葉を紡ぐ。

「どうせロックウェルの方はすぐにいつも通り飽きてくれるはずよ。それならそれで私はそれを待てばいいだけ。ただ…横からクレイを掻っ攫われたら嫌ですもの。先にその他の『クレイの特別』をなんとかしなくちゃ」

アイリスはまるでロックウェルと別れた後でそちらに走られたら自分の存在意義がなくなってしまうとでも言いたげだった。
そんなアイリスにローラは何も言えなくなってしまう。

「クレイの特別は私だけでいいの。簡単よ。近づきすぎなければずっと傍に居て、クレイに抱いてもらえるんですもの」

その姿に、ローラは自分は物凄い勘違いをしていたのではないかという気がしてきた。
アイリスがいつまでもクレイに積極的に付き合ってほしいと言わないのは、奥手だからだと思っていた。
けれどアイリスはクレイが黒魔道士で誰にも本気にならないと思い、敢えて今の関係を築いていたのではないだろうか?
いつまでも自分だけがクレイの傍に居られるように、彼女なりに考えた結果の…現状。
それは彼女が本気だろうとなんだろうと、ただのセフレでしかない。
クレイに自分を見て欲しいならきちんと気持ちを伝えないと、何も始まらないし終われない。
たとえ望んだ結果に繋がらなくても…だ。
もしかしたらアイリスはそれをわかっているからこそ、現状に甘んじていたのかもしれないが…。

けれど先程突きつけられた現実を見て、本当に現状維持で満足できるのだろうか?
クレイに愛されたいと…そう望んだりはしないのだろうか?
ずっとセフレでクレイに愛されることなく、つかず離れずただ抱かれるだけで良しとするなど不毛もいいところだ。
ちらりとその表情を窺っても、彼女の考えは何もわからない。
ロックウェルとのことが相当ショックだったのはそうだろうと思う。
それを気にしないとばかりに明後日の方向へ持っていこうとしているのは、自分を保つためなのではないかと…そう考えてはおかしいだろうか?

(…どうしよう)

この先重大な何かを起こしてしまうのではないかと嫌な予感がして、友人とは言え今すぐ逃げ出したい気持ちが込み上げてしまう。

「ア…アイリス……」

何か言えることはないかとそう声を出したところで、アイリスからにっこりと微笑まれた。

「ローラ。王宮魔道士、一緒に頑張りましょうね!」

その言葉を受け、最早逃げる術はないと肩を落としローラは心とは裏腹に頷いたのだった。


***


翌日の午前────第一部隊の者に連れられて姿を現したアイリス達にロックウェルは眉を顰めた。
まさか昨日の今日で自分の前に姿を見せるとは思っても見なかったからだ。

「ロックウェル様。王宮魔道士に志願したいと言ってきた魔道士をお連れ致しました」

そんな言葉と共に執務室へ連れられてきた二人に正直どう対処したものかと思案しているところに、クレイがシュバルツと共にやってきてしまう。

「ロックウェル…!シュバルツの色気のなさをなんとかしないととてもじゃないが…!…アイリス?」
「クレイ!」

アイリスはクレイの姿を見るなり満面の笑みで抱きつきにかかった。

「なんだ随分早いな。トルテッティの方の家はいいのか?」
「ええ。実は今年はこっちに戻ってこようと思っていたから引き払ってきたのよ。昨日はすぐに帰っちゃったからそこまで話せなくてごめんなさい?」
「いや。トルテッティに一度帰るなら影渡りで連れていってやってもよかったかと少し思っていたところだったから、そう言うことならよかった」
「え~?!それなら無理に引き払ってこずにクレイに連れて行ってもらえばよかったわ」
「?」

アイリスの言葉にクレイは不思議そうに首を傾げているが、どうして自分に気があるからそのセリフが出たのだとわからないのかとやきもきしてしまう。
そんな中、突如執務室の扉が開き、今度はリーネが飛び込んできた。

「クレイ、聞いてよ!ロイドったら酷いのよ?私に服のセンスがないとか言いだして!悔しいからやっぱり服を買いに行くのに付き合ってほしいの!ついでに下着も!」

そんなセリフに思わず第一部隊の者達がブッと吹き出すが、対するクレイはアイリスに向けていた表情とは全く違い、その表情を綻ばせる。

「ははっ!ロイドは結構厳しいな。別に構わないぞ?どうせ午後は暇だし、一緒に見に行こう」
「本当に?!さすがクレイ!そうそう。シュバルツの教育も確認して来いって言われたんだけどどう?順調?」
「…いや。そこは断然リーネの方が色気もあるし有利だろう」
「やっぱり?うふふ。負けるわけがないって思ってたのよ」

そう言いながらリーネがクレイへとするりと腕を絡め、挑発するようにシュバルツへと視線を向けた。

「ねえクレイ…ロイドを陥落させるのに何かアドバイスをくれないかしら?」
「そうだな。じゃあ買い物をしながら色々教えてやる」
「やった♡じゃあ今日は午後からよろしくね」

そうやってイチャイチャし始めた二人にロックウェルもイラッとするが、それは当然自分だけではなかった。
アイリスはリーネを睨み付けているし、シュバルツに至っては自分も行くと言い出す始末だ。
どうやら色気がないと言われて相当悔しかったのと、リーネとロイドの仲が気になるかららしかった。
ロックウェルとしても二人で行かせるよりは断然その方がいい。

「シュバルツ殿。是非一緒に行って色々学んできては?その方がライバルの動向も見られて一石二鳥でしょうし」
「そうだな!そうさせてもらう」

そんな言葉にクレイは全然構わないと答えたのでホッと安堵の息を吐く。

「そうだ、ロックウェル!黒曜石の代わりになる石がないかと言っていたが、水晶で良さそうなのがあれば一緒に見てきてやろうか?」
「え?」

それは今朝ポツリと、魔力を圧縮させるのに自分用に何か欲しいんだがと口にしたせいだろう。

「ちゃんと質の良くて使いやすいものをシュバルツにも確認させるし、楽しみにしていてくれ」

そうやって自分に向けられた笑みはリーネに向けられるものよりももっと柔らかくどこまでも輝くような笑みで、思わず見惚れてしまった。
こんな顔を見せられては放っておけない。
何が何でも一緒に出掛けたくなってしまう。

「……クレイ。私も一緒に行きたくなった」
「お前は仕事だろう?」
「……死ぬ気でやれば午後の分も午前中に終わらせられる」
「そんなに無理はしなくても……」
「いいから大人しく待っていろ」
「まあ…そこまで言うなら」

本当に無理はするなよと言ってクレイはシュバルツとリーネを連れて部屋を出ていったが、それを見送ったところでロックウェルは第一部隊の者達へと向き直り笑顔で言い切った。

「すまないが出掛ける用ができた。急ぎの物は至急私のところまで持ってきてくれ」

それを聞いた面々も心得たもので、すぐにでもお持ちしますと速やかに下がっていく。
そんな光景にローラとアイリスも呆気にとられるばかりだ。

「え…っと…私達は?」

そんな言葉にロックウェルは短くその言葉を口にした。

「悪いが王宮魔道士の件は一週間後志願者達を広間に集めて一度に選定試験を行うことにしたい。その方が手間も省けるしな」

エントリーだけして帰ってくれていいと言ってやると、ローラはすぐにそういうことならと引き下がったが、アイリスの方は引き下がらなかった。

「それなら私はまだロックウェルの部下でもなんでもないってことよね?」
「…そうだな」
「それなら午後からの買い物には私も一緒に行かせてもらうわ」
「…どうやって?」

アイリスは白魔道士で、眷属すら持ってはいない。
影渡りができないのだから無理やりついてくることなどできないだろう。
けれど彼女はどこか確信を持っているかのようにこう口にした。

「クレイに頼めば絶対に私も連れて行ってくれるはずよ」
「…それはどうかな?」

正直リーネがシュバルツ、クレイが自分を連れていく形になるはずだから断る可能性の方が高い。
これはどうしたものかと考えていたところでヒュースが動くのを感じた。

【…クレイ様に確認しましたところ、今日は遠慮してほしいとのことでした】
「だそうだ」

そうやって二人で事実を突きつけてもアイリスは引こうとしない。

「嘘だわ。クレイが断るはずがないもの」
【そうは仰いましても…先程リーネと歩いていたところシリィ様に遭遇いたしまして、シュバルツ様がお誘いになってしまったのです】

だから実質すでに五人のメンバーで決定してしまったので、これ以上は難しいのだともっともらしくヒュースはため息を吐いた。

「……っ!」
【どうぞまたの機会と言うことで】
「~~~~ッ!わかったわ。その代わりクレイに今夜は一緒に呑みましょうと伝えておいてちょうだい」
【お伝えいたします】

そうやって是と答えたヒュースに満足し、アイリスはローラと共に帰っていったが、ロックウェルとしてはヒュースの答えに物申したい気分でいっぱいだった。

「ヒュース…」
【ああでも言わないと引き下がらなかったでしょう?それに私は伝えるとは言いましたが、行けと言うつもりは一切ございませんよ?】

ヒュースの話を聞く限り、どうやら最初からクレイをアイリスと飲ませる気はなかったらしい。

【なに、簡単な言葉でクレイ様はすぐに納得してくださいますのでご心配には及びません】

これまでもこういった事は何度もあったから大丈夫だとヒュースは軽く流してしまった。

【それよりもサクサクお仕事を片付けていただかないと…】

そうやって促され、ロックウェルは自分の仕事へと向き直る。
ざっと見る限り追加が来るまでに少なくとも片付けなければならないものがいくつかあった。
まずはそれからさっさと終わらせてしまうとしよう。

「よし。じゃあやるとしようか」

こうしてロックウェルはこれ以上ないと言うほど仕事へと集中し、速やかに仕事を片付けていった。


***


「シュバルツ…本当に酷いわね。ライバルとして悲しくなっちゃうレベルよ」

リーネが目の前にいるシュバルツにため息をつくが、シュバルツは言われたようにやっているのにと納得がいかないようだった。

「だ、大丈夫ですよ!シュバルツ様にはシュバルツ様の良さがありますし、そこをロイドにアピールしてみてはどうです?」

シリィが精一杯慰めの言葉をかけるが、シュバルツは落ち込むばかりだ。

「はぁ…シリィはそう言うが、相手はロイドだぞ?色気が出ないと落とせる気がしない…」
「うっ…確かにそうかも知れないですけど…でもですね、クレイも前に私に言ってくれましたが、自分らしいのが一番だって私も思うんですよ!」

なんだか随分仲が良くなった二人の会話がやけに微笑ましい。

「こうしてみるとやっぱり黒魔道士には黒魔道士。白魔道士には白魔道士が合うんだって実感するわね」

リーネがポツリとそう溢すが、クレイもそれには同感だった。

「本当にな。とは言えこれだとロイドも面白くないだろうし、別方面から攻めてみるか」
「別方面?」
「ああ。確かにシリィが言うようにシュバルツの良さを引き出す方が理にかなっているしな」

時間がない分そちらを伸ばした方がいっそいいかもしれないとクレイは口にする。

「シュバルツは魔力も高いし、仕事面でロイドに有益な存在だと思わせられたら案外いけるかもしれないぞ?」
「ああ、なるほど」

そんな風に『あるかも』と言い合う二人にシュバルツの目がパッと希望に輝いた。

「クレイ!」
「ああ。ロイドは仕事面では優秀だが防御等は少し苦手みたいだし、その辺りを的確に素早く状況判断してサポートできるようになれば重宝してもらえるはずだ」

そんな言葉にシュバルツが俄然やる気を出し始める。

「わかった。それなら今日からその方向で特訓してくれ!」
「あまり時間はかけたくないから死ぬ気でやってもらうが、いいか?」
「え?」
「まあ午後には出掛けるから今日は少ししかできないが……」

そんな言葉と共にクレイがリーネの許可を得て第三部隊の演習場へと足を向ける。

「シリィはこちらは気にせずロックウェルの仕事を手伝ってやってくれ」

また午後に会おうと言ってシリィと別れ、三人は早速特訓を開始した。


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