黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

126.転機

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「ん…」

なんだか狭いなと思いながらクレイが目を開けると、目の前にロイドが寝ていて驚いた。

「あれ?」

一体何があったんだと思いながらグルグル考えていると、そのまま抱き寄せられてしまう。

「ん…クレイ…」

どうやらまた寝ぼけているらしい。
スリスリと身を寄せてくる姿はどこか子犬っぽくて、普段の姿とは程遠くどうにも邪険にできない。
とは言えこの間はそう思っていたところでキスマークを許す羽目になったから、ここはさっさと起こすに限る。

「ロイド。起きろ。また魔力交流で起こされたいのか?」

そんな言葉を口にした途端、突如グイッと後ろから引っ張られた。

「クレイ?聞き捨てならないな?」
「ロ…ロックウェル?!」
「おはよう、クレイ。気分はどうだ?」
「え…?あっ…」

そう言えば昨日は三人で乱れたのだったと思いだし、一気に真っ赤になってしまう。
最後は媚薬のせいで記憶すら怪しい始末。
なにやら物凄いことを口走ってしまったような気もする。

「うぅ…ロックウェル…」

あまりにも恥ずかしくて思わず俯いてしまうが、ロックウェルはそのまま後ろから抱きしめてそっと振り向かせるように甘く唇を重ねてきた。

「クレイ…体は大丈夫か?」

そんな優しい言葉にクレイはそっとはにかみながら頷きを落とす。

「大丈夫だ。今日は酒も残ってなさそうだし…気分も悪くない」
「そうか。それは良かった」

そんな風に微笑み合っているとロイドが前からギュッと抱きついてきた。

「…こいつ」
「…いや。寝惚けてるだけだから起こせばいいだけの……」

露骨に怒りを露わにしたロックウェルにクレイが慌てて諌めようとしたところで、突如大きな声が部屋へと響いた。

「うわぁあああっ!」

ドサッ、ゴンッ!

そちらを見るとシュバルツがソファから転げ落ち、真っ赤な顔で口をパクパクとしながらこちらを見つめている姿があった。
けれどその声に飛び起きたロイドが何事だと臨戦態勢をとったので慌ててストップをかける。
寝台から一瞬で跳び退き、いつでも攻撃に備えて魔法を唱えられる体勢を取れるのは流石だ。
この辺りは元流しの魔道士ならではだろう。

「ロイド!大丈夫だから落ち着け!」
「クレイ?」
「シュバルツが寝起きにソファから転げ落ちただけだ」
「……なんだ。ビックリさせるな」

はぁ…とため息をついたロイドはもうすっかりいつも通りのロイドで、先程までの可愛らしさはない。

「おはよう、クレイ。昨夜は刺激的な夜だったな」

そう言いながらこちらへと戻り、チュッと口づけて早速と言わんばかりに魔力交流を強請ってくる。
最近のロイドは本当に遠慮がなくなった。
極自然に口づけてくるから、なんとなく拒みにくい。

(まあいいか)

襲われるわけじゃないしとサラッと流して、今日もサッサと済ませようと瞳の封印を解き放つ。

「ちょっと待て…」

けれどロイドと唇を合わせる前にロックウェルからストップが入った。

「クレイ?お前はどうしてそんなにガードが緩いんだ?」
「え?」
「ロイドと魔力交流をする前の口づけは必要ない」
「…まあそうだが」

どうやらロックウェル的には相当気に入らなかったらしい。

「お前の恋人は誰だ?」
「ロックウェルだ」
「ロイドは?」
「友人だが?」
「お前は最近友人に対して距離が近いと思うぞ?」

自分と友人関係だった時はそんな事はなかっただろう?と聞かれて、確かにと妙に納得してしまう。

「…そうだな。うん。気をつける」

慣れというものは恐ろしいものだと思いつつそっとロイドを見遣ると、物凄く不本意そうにロックウェルを睨みつけていた。

「ロックウェル…私とクレイの仲にいちいち口出しをするな」
「ふっ…恋人の特権だ。たかが友人にとやかく言われたくはないな」

そんな二人にクレイはどうしたものかと思いながらも、とりあえず服を着て朝食を摂ろうと声を掛けてみる。

「ほら、シュバルツが驚いているだろう?さっさと準備をしてトルテッティの魔道士達の所へ送るぞ」
「…そうだな」
「ああ」

渋々動いてくれた二人にため息を吐いてクレイはバサリと黒衣へと手を通し、そこで思い出したように袋を手に取った。

「ロイド!これを。今回と先日の短剣の礼として受け取ってくれないか?」

ロイドには随分世話になったし、さすがに魔力交流だけでは申し訳ない。
せめてこれくらいは受け取ってもらいたいところだ。

「これは?」
「俺の圧縮した魔力を込めた黒曜石だ。黒曜石自体の質もいいから何度でも魔力を込められるし、中の魔力を使った後はそのままお前の物にしてくれてもいい」

ちゃんと封印を解いた状態で魔力を込めたもので、ざっと10石ほどある。
使い道は沢山あるだろうし、これだけあれば新魔法を試行する時にわざわざ魔力交流をしに来なくても事足りるだろう。

「こんなに沢山…いいのか?」
「ああ。勿論だ」

笑顔でそう言ってやったが、何故かロイドは泣きそうな顔になった。

「ロイド?」

どうかしたのかと尋ねたが、ロイドはすぐにいつもの顔に戻って何でもないと言ってくる。

「……クレイ。暫く会いに来れないが、お前から来てくれる分には全然構わないからいつでも頼ってこい。特にそこの男に捨てられたら真っ先に私の所に来るんだぞ?いつでも待ってる……」
「……そうならないように祈っていてくれ」

どこか切ない表情をしつつも優しい言葉をくれたロイドに微笑んで、さあ食事だと皆を改めて促した。


***


クレイから袋を渡された。
それは今回の報酬だと言うには過ぎた代物で、こんなにポンと簡単にもらっていいものではないと思った。
自分はただクレイを手に入れたくて……今回の件に手を貸したのだ。
誰にもクレイをとられたくなくて色々画策したし、アベルに渡さないようにと自分のために動いた。
ロックウェルを助けるためと言いつつクレイの心に入り込み、クレイの眷属達にも牽制をかけた。
けれどクレイはそんな自分を信用してくれていた。信頼してくれていた。
決して裏切らないと……信じてくれていた。
こんなに貴重な物を礼として与えていいと思うほど、自分に感謝してくれたのだ。

思えばカードゲームでの交渉も…クレイの中に自分に対する信頼感があったからあんな風に言ってきたのだとやっとわかった気がする。
多分あの時、逃げ場はないぞと言ったのがアベルだったなら、クレイは睨み付けて卑怯だと罵ったことだろう。
けれどあの時クレイは自分に対して面白いと言った。
そこには自分に対する絶対の信頼感があったからこそそのセリフが出たのだろう。
下手をしたら元気がないクレイを励ますために自分が敢えてその言葉を口にしたとすら思ったのではないだろうか?

全くそんな気はなかったのに────。

正直クレイに信じてもらえて素直に嬉しい自分がいた。
少し前の自分ならしてやったりと思った事だろう。
信じてくれているクレイをこっそり馬鹿だなと嘲笑していたかもしれない。
黒魔道士のくせに甘い奴だと…。
けれど今はただその信頼が嬉しくて…でも汚い自分が苦しくて────やりきれない思いでいっぱいになった。
そんな自分が不思議で仕方がなかった。
クレイに嫌われたくない。
ずっと傍に居たい。
信頼を失いたくない。
ただただ切なくて…もどかしかった。
そんな自分を認めたくなくて虚勢を張ったが、クレイはどこか不思議そうにしていた。
言葉を交わすとすぐにまたいつもの優しさだと勘違いしてくれたようだが、笑顔のクレイが眩しくてたまらなかった。
だからつい寝室を出る間際、ロックウェルにだけ聞こえるようにボソリと言ってしまう。

「今度クレイを泣かせたら殺す……」

それはどこまでも本心だった。

「あれほどクレイに愛されているくせに他の女にフラフラするな。次は本気で許さん」
「なっ…!」

挑発ではなく、本気で言ってやるとロックウェルにはちゃんと伝わったようだったのでそのままの勢いでクレイの後を追う。
もうロックウェルに用はない。

「クレイ。このもらった黒曜石はお前の魔力専用石にしたいんだが、使ったらまた魔力を入れてもらってもいいか?」
「え?ああ、別にいいぞ?何かまた新しい魔法を試すことがあればいつでも声を掛けてくれ」
「勿論。ああ、そうだ。暫く会えないとは言ったが、どうせなら例の幻影魔法も試したいな」
「あれか…。あれこそお互い影渡りがあるから必要ないと思っていた魔法だが、確かに忙しい時の連絡用に良いかもな」
「ああ。あれなら例えばライアード様とお前が話したい時でも直接顔を見て話せるから使い魔を通すより話も伝わりやすいと思う」
「映像で見せられる分色々使えそうだな。相手が白魔道士でもいけそうだし、そう考えるとかなり需要は広がりそうだな」

そうやってにこやかに楽しく話せるクレイに自然と笑みが零れる。

「じゃあまた色々検討しよう。とりあえず食事だな。今日は食欲はあるか?」
「もちろんだ。お前を喜ばせないようちゃんと自分で食べる」
「ははっ。そうしてくれ」

そんな風に二人の世界を作っていると、何故かシュバルツをムギュッと押し付けられそのままロックウェルに割り込まれた。

「クレイは私が面倒を見るからお前はそいつの世話でもしてやるんだな」

そんな言葉と共にロックウェルはイチャイチャと朝から目の前でクレイに構い始める。
正直腹立たしいことこの上ない。
そんな状況下でシュバルツが居心地悪そうに口を開いた。

「あ…あの…」
「何だ?」
「三人で…恋人関係……なのか?」

そんな問いかけに思わず目を丸くして、次の瞬間吹き出してしまった。
その言葉にはロックウェルも憮然としているし、クレイは真っ赤になっている。
それが何だか面白くて、ついつい楽しげに笑ってしまった。

「ははっ…!お前は意外と面白いことを言うな」
「え?」

違うのかと問われ、今朝のはただの昨日の罰ゲームの結果に過ぎないんだと教えてやる。

「お子様には刺激が強かったか?」

そう言って意地悪く笑ってやるとたちまちお子様じゃないと言って口づけてきた。

「ロイド…魔力交流をしてほしい」

そう言ってきたシュバルツに思わずクスリと笑いが込み上げる。

「まあ今日で最後だしな。好きなだけすればいい」

どうせトルテッティの魔道士もソレーユの魔道士も今日皆国へと帰るのだ。
ここで別れたらもう会うこともないだろう。
そう思ってその言葉を口にしたのだが、シュバルツには意外だったようで嫌だと言われてしまった。

「ロイド…会いに来てくれないのか?」
「…?特に予定はないが?」

別に好きでもなんでもないしと言ってやると、物凄く悲しそうにされてしまう。
そんな姿を見てクレイが深いため息を吐いたのが見て取れた。

「ロイド…可哀想だろう?」
「そうか?まあ魔力交流したくなったら行ってやってもいいが、お前との方が気持ちいいし話してて楽しいからな。必要ない」

そんな風に口にした途端ロックウェルからもため息を吐かれてしまう。

「お前は…人の恋人に手を出す暇があれば、そこにいる新しい恋人候補と仲良くしておけ」
「ふん。お前には言われたくないな。大体こいつの恋人はフローリアとか言うあの女だろう?」

自分はただの一時限りの魔力交流相手だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
だからそう言ったのだが、シュバルツはそれを聞いて何故か動揺していた。

「ほら、さっさと食べてお前も国に帰る準備をしに行くんだな」

しつこくされるのも嫌なので冷たくそう言ってやると、シュバルツはどこか思いつめたような表情で食事をし始めいそいそと食べた後一声かけて部屋を出ていった。

「さあ、私も一旦荷物を纏めに行ってくる。クレイ、アベル達がちゃんと大人しく帰るのを確認するまではいてやるから安心しておけ」
「ああ…。すまないな」

何か言いたげなクレイには気づかない振りをして、ロイドはそのまま部屋を後にした。


***


「ロックウェル…あれ、どう思う?」
「シュバルツか?」

クレイはロックウェルに寄り添いながら先程の二人の様子を思い返していた。
ロイドは本当に興味がなさそうだったが、シュバルツはロイドに気持ちが傾いているように見えた。
それは思い違いだろうか?

「ロイドには幸せになってほしいから、なんとか上手くいってほしいんだがな……」

はぁ…とため息を吐くクレイにロックウェルは意外だという顔をする。

「なんだ。ずっと仲良くしたいと思っているんだとばかり思っていたが違うのか?」
「……友人としては仲良くしたいが、恋人はお前だけだと何度も言っているだろう?ちゃんとロイドには諦めろと何度も言っているし、変に期待させないように思わせぶりな態度はしないように気を付けている」

どうしてそんなに意外な顔をされるのかと憮然として答えたが、それに対しては何故か深いため息を吐かれてしまった。

「お前は…あれで思わせぶりにしていないつもりだったのか?」
「…?そうだが?」

何かおかしかっただろうかと首を傾げていると、ロックウェルからだけではなくヒュースにまでため息を吐かれてしまう。

【クレイ様…。もう少しどうにかなりませんか?】
「?」
【冷たく突き放すとか…無視をするとか最低限の話だけにする等、色々あるでしょうに】
「友人なのにそんなことできるはずがないだろう?」
【……時には関係を断つくらいの心意気も大切ですよ?】
「ロイドはいい奴だし、気も合うし、これからも仲良くしたいんだ」

だからこそ気を遣いながら諦めろと真っ直ぐに伝えているというのに……。

「さっさと他に恋人でも作ってくれればと…そう思っているんだがな」

それなら自分への気持ちもなくなるだろうし、友人関係も壊れることはない。
まさに一石二鳥だ。
そんな自分にロックウェルがまたため息を吐く。

「はぁ…お前は本当に我儘で困った奴だな」

正直言われている意味が分からないが、こればかりは譲れるものではない。

「仕方がないだろう?ロイドはこれまで会った中でも一番気が合う黒魔道士仲間なんだから」

魔法の話をするのも本当に楽しくて、ずっと話していてもちっとも飽きない男なのだ。
向こうだって同じように思ってくれているようだし、できればずっと仲良くしていきたい。
ロイドが自分に『恋人』を望んでいるのを知ってはいるが、できれば『友人』へと気持ちを切り替えてほしいところだ。

「シュバルツでもいいしリーネでもいい。さっさと俺に見切りをつけて誰か他に目を向けてくれるといいんだが…」

そう言った自分にロックウェルがグイッと顎を持ち上げ上を向かせてくる。

「クレイ?その考えは傲慢以外の何物でもない。お前の気持ちもわかるが、今のままだとただの生殺しでしかない」

それはそれで無駄に時間だけが過ぎるし、ロイドが可哀想だと言われてしまった。

「クレイ。ロイドを大切に思うなら、少し自分から距離を置いて他に目が向くようにしてやれ」

そんな言葉を受けてじっくりと考えてみる。
確かに言われてみるとその方がいいような気がしてきた。
自分と一緒にいるとどうしても魔力交流を口実に口づけをすることになる。
それが続けば諦められるものも諦められなくなるだろう。

「わかった。じゃあ後でちゃんとはっきり本人に言う…」

そう答えた自分に、ロックウェルはそうしてやれと言って優しく抱き寄せてくれた。



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