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第一部 アストラス編~王の落胤~
114.策略
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「クレイ!」
クレイが歩いているとソレーユの魔道士達が声をかけてきたので挨拶ついでに話へと加わってみる。
一応以前ひと月滞在していた際にソレーユの魔道士とはそれなりに面識もあるし、見知った顔が気さくに話しかけてきた。
「久し振りだ。元気そうで何よりだが、今日はロイドと一緒じゃないのか?」
いつも一緒だったのにと笑われ、懐かしいなと思い出す。
「ロイドはあっちで有意義な時間を満喫中だ。きっと色々盛り上がっているだろう」
その言葉にリーネがそっと寄り添いながら話を振って来る。
「そう言えば結局昨日は邪魔が入ったせいで例のロイドの新魔法を見せてもらえなかったのよね。また今度見せてもらってもいいかしら?」
「ああ。別に構わないぞ?」
そうやってクレイが口にすると、ソレーユの魔道士達はため息を吐く。
「またロイドと二人で新魔法の試行をするつもりか?そんなものより既にある魔法を深く理解し使いこなす方が有意義だろうに」
けれどクレイはそれに対してクッと笑う。
「馬鹿だな。こういう事に興味を持って聞いてこその交流会だろうに。あいつは本当に天才だぞ?既にいくつか成功させているし、今もそれの応用で盛り上がっているところだ」
「そうよね。折角自国の魔道士を認めてもらっているのに…その態度はないと思うわ。ロイドに以前教えてもらった圧縮魔法なんてそれこそ応用したらすごく役に立つものなのに勿体ないわよ?」
「あいつは我々には言っても無駄だとばかりに何も言ってこないからな」
仕方がないのだとソレーユの者達はため息を吐いた。
どうやらロイドは一匹狼よろしくこの魔道士達とは上手くいっていないらしい。
「はぁ…仕方がない。今回は俺が一肌脱ぐか」
そう言ってクレイはソレーユの魔道士達にロイドの新魔法について話をし始めた。
その内容について語っている内に彼らの表情も変わってくる。
「魔力を上げることができるのは魔道士としても実に有意義だろう?」
「私も何度か試したけど、短期間で随分上がってきたわよ。それに…ほらこれ。クレイの応用法で黒曜石にも圧縮して持ち歩いているの」
いざと言う時のお守りにしてるのよとリーネがくすっと笑った。
「いいな。俺も持ち歩いているぞ。便利だし」
そんな言葉にシリィがそっと口を挟む。
「それって白魔道士にもできる?」
「ああ。すぐにできるしここで試してみるといい」
そう言ってクレイがシリィへと石を渡し呪文を教えると、シリィはドキドキしながらそれを試して見た。
ポウッ…という優しい光を放ちながらシリィの魔力が掌へと集まり、それが一定量になったと同時にキュオッと音を立てて石へと吸い込まれる。
「できた!」
嬉しそうに微笑むシリィにフッと笑って、クレイは更に三つの石をシリィへと渡した。
「ほら、こっちにも圧縮してみろ」
「え?こんなに?」
戸惑うシリィを促して、クレイは全部で4つの石に圧縮した魔力を込めさせる。
「つ、疲れた…」
流石にしんどいと言うシリィにクレイがささやかだがと言い置いて、回復魔法を口にした。
ふわりと包む光の中でシリィがホッと息を吐く。
「ありがとう。それで?この石で何をするの?」
「ああ。これをこんな感じで四方に置くんだ」
そうしてソレーユの魔道士含めてそこにいた7人全てをその石で囲う。
「今はお試しだから少人数で囲っているが、広間の四隅に配置しても大丈夫だ。その場合は広域魔法と同時に唱える必要があるが、この位だとそこまではしなくてもいい」
「?」
「この状態で石とシンクロするように回復魔法を唱えてもらってもいいか?」
そんな言葉にシリィは少し考えてからコクリと頷きその呪文を唱えた。
現在の魔力残量からして大したものは唱えられないため、本当に最低限のものだ。
普通にやっと一人を回復できる程度のものでしかない。
それなのに術が発動すると共にその範囲にいたもの達の体がポゥッと光に包まれて、全員を一度に回復することができた。
「え?」
驚く自分に、クレイがニッと笑って成功だと微笑んだ。
「こんな感じで魔法の補助や増強など可能性を広げてくれる魔法なんだ。活用しない手はない」
そうやって説明したクレイに周囲から拍手が起こる。
「すごい!今の魔法について詳しくお話を聞かせて欲しいです」
「私にも是非!」
わいわいと人が集まりクレイの周りはたちまち興味を抱いた者達で埋め尽くされた。
***
ロックウェルは突然広間の片隅に人だかりができたためそっとそちらの方へと視線を向けた。
どうやら誰かが魔法の試行を行ったらしい。
(…広間ではなく演習場の方でやるよう注意した方がいいだろうな)
何か問題が生じても困ると思いそちらへと足を向けようとしたところで、傍らにいたフローリアに引き留められた。
「ロックウェル様。どちらへ?」
「ああ、あちらで誰かが魔法を使ったようなので注意をしに行こうかと…」
「そのような事、部下の方にお願いすればよいのです。ああ、そこの貴方?ちょっとよろしいかしら?」
そう言って近くにいた者へと声を掛けてしまう。
フローリアとは昨日からの付き合いだが、正直何故付き合うことになったのかよく思い出せなかった。
美しい姫ではあるのだが、どうにも物足りない気がする。
言ってはなんだが遊びで十分だ。
一先ず滞りなく相手をして交流会が終わると同時に後腐れなく別れてしまうのがベストだろう。
そう思うのに、何故か『恋人だから離れてはいけない』的なものを感じてモヤモヤしてしまう。
「はぁ…」
どうも何か大切なことを忘れている気がして、昨日から妙に気が重たくて仕方がない。
けれど考えようとすればするほど頭が痛くて胃がキリキリと痛む気がした。
その度に回復魔法を唱えてはみるのだが今一効果が出ない。
魔力が落ちているのだろうか?
そう思っているところでソレーユの魔道士が声を掛けてきた。
「ロックウェル。どうした?具合でも悪いのか?」
不敵に笑いながらそう言ってきたのは確かロイドと言う魔道士だったと思う。
以前サシェの件で戦った相手だから正直気分の良い相手ではない。
相手もそれは同じようでいちいち突っかかった言い方をしてきた。
「こんなに綺麗な恋人ができたくせに何か不満でもあるのか?」
ククッと笑ってくるその姿が不快で仕方がなかった。
「…お前には関係ないだろう?」
「まあそうだが…。嫌がらせくらいさせてもらいたいものだ」
そう言ってまたクッと笑ったかと思うと、徐に唇をそっと重ねられて驚いてしまう。
「お前の元恋人との間接キスだ。もう二度と返す気は無いから覚悟しておけ」
「…なっ?!」
一体誰の事だと思いながら声を上げるがロイドはそれについては何も言おうとはせず、そのまま踵を返してあっさりと立ち去ってしまった。
「なんて無礼な男なんでしょう。昨日はシュバルツにも口づけをしたそうですし…。黒魔道士は本当にタチが悪いとしか言いようがありませんわ」
フローリアはロイドを睨み付けてそっとロックウェルにハンカチを差し出してくる。
「ロックウェル様。どうぞお気になさらないでくださいませ。必要なら私がいくらでもお口直しさせていただきますわ」
そんな言葉をどこか遠くで聞きながらロックウェルは先程のロイドの言葉を反芻した。
(元恋人?)
一体誰の事なのだろう?
二度と返す気がないと言うからには、あの男と誰かを取り合ったとでも言うのだろうか?
自分にそんなに惚れた女性がいた覚えはないのだが…。
何かの勘違いではないのかと思いながらなんとなく目で追っていると、ロイドはクレイの元へと向かったようだった。
どうやら黒魔道士同士交流があるらしい。
仲良く話す姿はなんとも親しげだ。
そう言えば先程もシリィ達と一緒にじゃれ合っていたように思う。
「ロックウェル様。アベルお兄様からお話ししたいことがあるそうですわ。こちらへいらして」
そんな言葉にハッと我へと返り、笑顔でフローリアへと向き直った。
「ああ、ええ。ではそちらに…」
行きましょうかと言ってそっと姫の手を取りアベルの元へと向かうが、その心は何故か先程以上に締め付けられて仕方がなかった。
***
「クレイ。お前は何をしているんだ?」
「ああ、ロイド。お前の魔法を丁度紹介していてな」
そんな風に笑むクレイにロイドはため息をつく。
「わざわざそんなことをしなくてもいいだろうに」
魔道士には新魔法など必要ないという者の方が多いのだ。
無駄にアピールする必要などないだろう。
けれどクレイはこういう時こそチャンスだろうと言い出した。
「勿体ないだろう?こんな凄い魔法なのに。折角なんだからこの機会に生かしたらどうだ?」
自分はこれからもずっとお抱え魔道士なのだから正直他の魔道士などどうでもいい。
自分の才能は主であるライアードと自分さえわかっていればそれでいいのだ。
ただ…クレイに認められるのは素直に嬉しい。
「まあお前が言うなら構わないが?」
「じゃあ問題ないな。お前はもっとその才能を誇ればいいのに」
そう言ってクレイは屈託無くまた説明に戻ってしまう。
こんなにつれない相手をどう攻略してやろうかと考えるだけで楽しくて仕方がない。
今は邪魔も入らないし、正直思う存分口説いてやりたいところだ。
「クレイ、私も一緒に居てもいいか?」
「ああ勿論。お前の魔法だし、お前が説明するのが一番だろう」
そんな風に笑ってくれるクレイが愛おしい。
けれど折角甘い視線を送っても悉くスルーされてしまう。
「お前と私でじっくり時間を掛けて完成させた魔法だろう?一緒に説明しようじゃないか」
「まあそうだが、元はお前のものだし」
サラッと流すこの辺りの態度は本当に絶妙だ。
「では石に圧縮して持ち歩けばいつでも広域魔法に活かせるというわけですね?」
「そういうことだな」
黒魔道士の話にもかかわらず、トルテッティの魔道士達は素晴らしいとベタ褒めで、正直ロイドには意外に思えて仕方がなかった。
だから珍しくもう少し話してもいいかもと思えたのかもしれない。
そうやって話を弾ませていると、クレイがそっと場を離れるのを感じた。
「ロイド、ちょっとショーンを探しに行ってくるから」
「ああ。じゃあまた後で」
そう言ってそっと名残惜しげにその背を見送った。
***
「クレイって本当に身内には優しいわよね」
クレイと共に場を離れたシリィがそっとその言葉を口にしてくる。
「…どうかな。ただロイドはもっと認められていいと思うんだが…」
「ロイドは性格がいい感じに歪んでるから、主人にだけ認められていればそれでいいとか思っていそうよね」
横から同じくリーネが言ってくるのでクレイは楽しげに笑った。
「ははっ!…違いない」
そう言えばロイドはそう言う奴だったと笑い合う。
「まあクレイの所に行くのもそう言う意味では必然なのかしら?あの性格と才能ならそもそも話が合う人も少なそうだし」
「そんなのは俺も一緒だぞ?今でこそこうしてリーネやシリィと話しているが、前は友人といえばロックウェルくらいしかいなかったからな」
人付き合いは苦手だし、好きな仕事をサクサク終わらせるだけの日々だったんだとクレイはサラリと告げた。
「そうなの?じゃあ二人共今は良い傾向なのね。ロイドもクレイももっと色んな人と交流しないと勿体無いわよ?」
「シリィが社交的なのはわかるが、そう言えばリーネも意外と社交的だな」
「そうでもないわよ?私は自分より優れている人にしか興味はないし、努力しない馬鹿は大嫌いだし」
「そういうはっきりしたところは共感できるし好きだな」
「……ありがとう」
そっと頬を染めたリーネにクレイはクスッと笑って、さてショーンと話したらもう少し交流会を楽しむとしようかとそのまままた歩き始めた。
そんな姿を傍にいたコーネリアはギリギリと歯噛みしながら見つめていた。
(あれほどまでにロックウェル様から愛されているというのに、堂々と両側に女を侍らせて浮気?!許せないわ…!)
これは早急になんとかしてやりたい。
とは言えロックウェルの方も何故かトルテッティの姫と親しげだ。
もしや二人は喧嘩でもしているのだろうか?
あれほど二人して強く「別れない」と口にしていたのに?
まさか昨日今日で別れたということはないだろうが────。
けれどこれはある意味二人を別れさせるチャンスかもしれない。
先程のやり取りからリーネを利用してみるのもありだと思った。
リーネは元々気に入らない相手だし、利用して陥れるのには好都合だ。
(なんとかクレイと二人きりで部屋に閉じ込めるなりなんなりできないかしら?)
浮気の事実でもでっち上げてロックウェルに訴えれば、二人の仲に亀裂も入れられるのではないだろうか?
ただ、黒魔道士は影渡りができる為そうそう閉じ込めるようなことはできそうにない。
特殊な結界を張れば可能かもしれないが、相手は魔力が高いと評判のクレイだ。
それは相当難しいだろう。
それならばもっと他の手を考えた方がいい。
(できれば揃って絶望的な気分に陥れてやりたいわ…)
ロックウェルのあれほどの執着ぶりを見るに、恐らくクレイが誰かとくっつくだけでショックを受けてくれることだろう。
クレイの方はどうだろうか?
リーネとくっつけるだけでは単にいい思いをさせてやるだけのような気がする。
(そうだわ…)
なんとかクレイを眠らせて、その間に誰かに犯させてみてはどうだろう?
それならばクレイは相当ショックを受けるだろうし、ロックウェルから責められて更にショックも倍増することだろう。
寝取られたロックウェルも言わずもがな。
(いいかもしれないわ)
但しこの方法だとクレイの眷属を怒らせる可能性が出てくる。
そこで暫し考え、リーネを誰かに襲わせる方法ならどうだろうと思い直した。
これならクレイの眷属を怒らせることもないだろうし、リーネの眷属さえ大人しくさせれば事足りる。
クレイを眠らせた横でリーネを男達に襲わせるのだ。
きっとリーネはショックのあまり、助けてくれなかったクレイを責め立てるだろう。
場合によっては同情してクレイがリーネと付き合う方向に動くかもしれない。
それならそれでロックウェルからクレイを引き離すこともできそうだ。
(お金で雇える者なんていくらでもいるものね…)
流しの黒魔道士ならリーネの眷属を押さえられる者も探せばいくらでも見つかるはずだ。
(ふふふ…楽しみにしていらっしゃい)
コーネリアはクッと笑ってそっと二人を見遣ったのだった。
クレイが歩いているとソレーユの魔道士達が声をかけてきたので挨拶ついでに話へと加わってみる。
一応以前ひと月滞在していた際にソレーユの魔道士とはそれなりに面識もあるし、見知った顔が気さくに話しかけてきた。
「久し振りだ。元気そうで何よりだが、今日はロイドと一緒じゃないのか?」
いつも一緒だったのにと笑われ、懐かしいなと思い出す。
「ロイドはあっちで有意義な時間を満喫中だ。きっと色々盛り上がっているだろう」
その言葉にリーネがそっと寄り添いながら話を振って来る。
「そう言えば結局昨日は邪魔が入ったせいで例のロイドの新魔法を見せてもらえなかったのよね。また今度見せてもらってもいいかしら?」
「ああ。別に構わないぞ?」
そうやってクレイが口にすると、ソレーユの魔道士達はため息を吐く。
「またロイドと二人で新魔法の試行をするつもりか?そんなものより既にある魔法を深く理解し使いこなす方が有意義だろうに」
けれどクレイはそれに対してクッと笑う。
「馬鹿だな。こういう事に興味を持って聞いてこその交流会だろうに。あいつは本当に天才だぞ?既にいくつか成功させているし、今もそれの応用で盛り上がっているところだ」
「そうよね。折角自国の魔道士を認めてもらっているのに…その態度はないと思うわ。ロイドに以前教えてもらった圧縮魔法なんてそれこそ応用したらすごく役に立つものなのに勿体ないわよ?」
「あいつは我々には言っても無駄だとばかりに何も言ってこないからな」
仕方がないのだとソレーユの者達はため息を吐いた。
どうやらロイドは一匹狼よろしくこの魔道士達とは上手くいっていないらしい。
「はぁ…仕方がない。今回は俺が一肌脱ぐか」
そう言ってクレイはソレーユの魔道士達にロイドの新魔法について話をし始めた。
その内容について語っている内に彼らの表情も変わってくる。
「魔力を上げることができるのは魔道士としても実に有意義だろう?」
「私も何度か試したけど、短期間で随分上がってきたわよ。それに…ほらこれ。クレイの応用法で黒曜石にも圧縮して持ち歩いているの」
いざと言う時のお守りにしてるのよとリーネがくすっと笑った。
「いいな。俺も持ち歩いているぞ。便利だし」
そんな言葉にシリィがそっと口を挟む。
「それって白魔道士にもできる?」
「ああ。すぐにできるしここで試してみるといい」
そう言ってクレイがシリィへと石を渡し呪文を教えると、シリィはドキドキしながらそれを試して見た。
ポウッ…という優しい光を放ちながらシリィの魔力が掌へと集まり、それが一定量になったと同時にキュオッと音を立てて石へと吸い込まれる。
「できた!」
嬉しそうに微笑むシリィにフッと笑って、クレイは更に三つの石をシリィへと渡した。
「ほら、こっちにも圧縮してみろ」
「え?こんなに?」
戸惑うシリィを促して、クレイは全部で4つの石に圧縮した魔力を込めさせる。
「つ、疲れた…」
流石にしんどいと言うシリィにクレイがささやかだがと言い置いて、回復魔法を口にした。
ふわりと包む光の中でシリィがホッと息を吐く。
「ありがとう。それで?この石で何をするの?」
「ああ。これをこんな感じで四方に置くんだ」
そうしてソレーユの魔道士含めてそこにいた7人全てをその石で囲う。
「今はお試しだから少人数で囲っているが、広間の四隅に配置しても大丈夫だ。その場合は広域魔法と同時に唱える必要があるが、この位だとそこまではしなくてもいい」
「?」
「この状態で石とシンクロするように回復魔法を唱えてもらってもいいか?」
そんな言葉にシリィは少し考えてからコクリと頷きその呪文を唱えた。
現在の魔力残量からして大したものは唱えられないため、本当に最低限のものだ。
普通にやっと一人を回復できる程度のものでしかない。
それなのに術が発動すると共にその範囲にいたもの達の体がポゥッと光に包まれて、全員を一度に回復することができた。
「え?」
驚く自分に、クレイがニッと笑って成功だと微笑んだ。
「こんな感じで魔法の補助や増強など可能性を広げてくれる魔法なんだ。活用しない手はない」
そうやって説明したクレイに周囲から拍手が起こる。
「すごい!今の魔法について詳しくお話を聞かせて欲しいです」
「私にも是非!」
わいわいと人が集まりクレイの周りはたちまち興味を抱いた者達で埋め尽くされた。
***
ロックウェルは突然広間の片隅に人だかりができたためそっとそちらの方へと視線を向けた。
どうやら誰かが魔法の試行を行ったらしい。
(…広間ではなく演習場の方でやるよう注意した方がいいだろうな)
何か問題が生じても困ると思いそちらへと足を向けようとしたところで、傍らにいたフローリアに引き留められた。
「ロックウェル様。どちらへ?」
「ああ、あちらで誰かが魔法を使ったようなので注意をしに行こうかと…」
「そのような事、部下の方にお願いすればよいのです。ああ、そこの貴方?ちょっとよろしいかしら?」
そう言って近くにいた者へと声を掛けてしまう。
フローリアとは昨日からの付き合いだが、正直何故付き合うことになったのかよく思い出せなかった。
美しい姫ではあるのだが、どうにも物足りない気がする。
言ってはなんだが遊びで十分だ。
一先ず滞りなく相手をして交流会が終わると同時に後腐れなく別れてしまうのがベストだろう。
そう思うのに、何故か『恋人だから離れてはいけない』的なものを感じてモヤモヤしてしまう。
「はぁ…」
どうも何か大切なことを忘れている気がして、昨日から妙に気が重たくて仕方がない。
けれど考えようとすればするほど頭が痛くて胃がキリキリと痛む気がした。
その度に回復魔法を唱えてはみるのだが今一効果が出ない。
魔力が落ちているのだろうか?
そう思っているところでソレーユの魔道士が声を掛けてきた。
「ロックウェル。どうした?具合でも悪いのか?」
不敵に笑いながらそう言ってきたのは確かロイドと言う魔道士だったと思う。
以前サシェの件で戦った相手だから正直気分の良い相手ではない。
相手もそれは同じようでいちいち突っかかった言い方をしてきた。
「こんなに綺麗な恋人ができたくせに何か不満でもあるのか?」
ククッと笑ってくるその姿が不快で仕方がなかった。
「…お前には関係ないだろう?」
「まあそうだが…。嫌がらせくらいさせてもらいたいものだ」
そう言ってまたクッと笑ったかと思うと、徐に唇をそっと重ねられて驚いてしまう。
「お前の元恋人との間接キスだ。もう二度と返す気は無いから覚悟しておけ」
「…なっ?!」
一体誰の事だと思いながら声を上げるがロイドはそれについては何も言おうとはせず、そのまま踵を返してあっさりと立ち去ってしまった。
「なんて無礼な男なんでしょう。昨日はシュバルツにも口づけをしたそうですし…。黒魔道士は本当にタチが悪いとしか言いようがありませんわ」
フローリアはロイドを睨み付けてそっとロックウェルにハンカチを差し出してくる。
「ロックウェル様。どうぞお気になさらないでくださいませ。必要なら私がいくらでもお口直しさせていただきますわ」
そんな言葉をどこか遠くで聞きながらロックウェルは先程のロイドの言葉を反芻した。
(元恋人?)
一体誰の事なのだろう?
二度と返す気がないと言うからには、あの男と誰かを取り合ったとでも言うのだろうか?
自分にそんなに惚れた女性がいた覚えはないのだが…。
何かの勘違いではないのかと思いながらなんとなく目で追っていると、ロイドはクレイの元へと向かったようだった。
どうやら黒魔道士同士交流があるらしい。
仲良く話す姿はなんとも親しげだ。
そう言えば先程もシリィ達と一緒にじゃれ合っていたように思う。
「ロックウェル様。アベルお兄様からお話ししたいことがあるそうですわ。こちらへいらして」
そんな言葉にハッと我へと返り、笑顔でフローリアへと向き直った。
「ああ、ええ。ではそちらに…」
行きましょうかと言ってそっと姫の手を取りアベルの元へと向かうが、その心は何故か先程以上に締め付けられて仕方がなかった。
***
「クレイ。お前は何をしているんだ?」
「ああ、ロイド。お前の魔法を丁度紹介していてな」
そんな風に笑むクレイにロイドはため息をつく。
「わざわざそんなことをしなくてもいいだろうに」
魔道士には新魔法など必要ないという者の方が多いのだ。
無駄にアピールする必要などないだろう。
けれどクレイはこういう時こそチャンスだろうと言い出した。
「勿体ないだろう?こんな凄い魔法なのに。折角なんだからこの機会に生かしたらどうだ?」
自分はこれからもずっとお抱え魔道士なのだから正直他の魔道士などどうでもいい。
自分の才能は主であるライアードと自分さえわかっていればそれでいいのだ。
ただ…クレイに認められるのは素直に嬉しい。
「まあお前が言うなら構わないが?」
「じゃあ問題ないな。お前はもっとその才能を誇ればいいのに」
そう言ってクレイは屈託無くまた説明に戻ってしまう。
こんなにつれない相手をどう攻略してやろうかと考えるだけで楽しくて仕方がない。
今は邪魔も入らないし、正直思う存分口説いてやりたいところだ。
「クレイ、私も一緒に居てもいいか?」
「ああ勿論。お前の魔法だし、お前が説明するのが一番だろう」
そんな風に笑ってくれるクレイが愛おしい。
けれど折角甘い視線を送っても悉くスルーされてしまう。
「お前と私でじっくり時間を掛けて完成させた魔法だろう?一緒に説明しようじゃないか」
「まあそうだが、元はお前のものだし」
サラッと流すこの辺りの態度は本当に絶妙だ。
「では石に圧縮して持ち歩けばいつでも広域魔法に活かせるというわけですね?」
「そういうことだな」
黒魔道士の話にもかかわらず、トルテッティの魔道士達は素晴らしいとベタ褒めで、正直ロイドには意外に思えて仕方がなかった。
だから珍しくもう少し話してもいいかもと思えたのかもしれない。
そうやって話を弾ませていると、クレイがそっと場を離れるのを感じた。
「ロイド、ちょっとショーンを探しに行ってくるから」
「ああ。じゃあまた後で」
そう言ってそっと名残惜しげにその背を見送った。
***
「クレイって本当に身内には優しいわよね」
クレイと共に場を離れたシリィがそっとその言葉を口にしてくる。
「…どうかな。ただロイドはもっと認められていいと思うんだが…」
「ロイドは性格がいい感じに歪んでるから、主人にだけ認められていればそれでいいとか思っていそうよね」
横から同じくリーネが言ってくるのでクレイは楽しげに笑った。
「ははっ!…違いない」
そう言えばロイドはそう言う奴だったと笑い合う。
「まあクレイの所に行くのもそう言う意味では必然なのかしら?あの性格と才能ならそもそも話が合う人も少なそうだし」
「そんなのは俺も一緒だぞ?今でこそこうしてリーネやシリィと話しているが、前は友人といえばロックウェルくらいしかいなかったからな」
人付き合いは苦手だし、好きな仕事をサクサク終わらせるだけの日々だったんだとクレイはサラリと告げた。
「そうなの?じゃあ二人共今は良い傾向なのね。ロイドもクレイももっと色んな人と交流しないと勿体無いわよ?」
「シリィが社交的なのはわかるが、そう言えばリーネも意外と社交的だな」
「そうでもないわよ?私は自分より優れている人にしか興味はないし、努力しない馬鹿は大嫌いだし」
「そういうはっきりしたところは共感できるし好きだな」
「……ありがとう」
そっと頬を染めたリーネにクレイはクスッと笑って、さてショーンと話したらもう少し交流会を楽しむとしようかとそのまままた歩き始めた。
そんな姿を傍にいたコーネリアはギリギリと歯噛みしながら見つめていた。
(あれほどまでにロックウェル様から愛されているというのに、堂々と両側に女を侍らせて浮気?!許せないわ…!)
これは早急になんとかしてやりたい。
とは言えロックウェルの方も何故かトルテッティの姫と親しげだ。
もしや二人は喧嘩でもしているのだろうか?
あれほど二人して強く「別れない」と口にしていたのに?
まさか昨日今日で別れたということはないだろうが────。
けれどこれはある意味二人を別れさせるチャンスかもしれない。
先程のやり取りからリーネを利用してみるのもありだと思った。
リーネは元々気に入らない相手だし、利用して陥れるのには好都合だ。
(なんとかクレイと二人きりで部屋に閉じ込めるなりなんなりできないかしら?)
浮気の事実でもでっち上げてロックウェルに訴えれば、二人の仲に亀裂も入れられるのではないだろうか?
ただ、黒魔道士は影渡りができる為そうそう閉じ込めるようなことはできそうにない。
特殊な結界を張れば可能かもしれないが、相手は魔力が高いと評判のクレイだ。
それは相当難しいだろう。
それならばもっと他の手を考えた方がいい。
(できれば揃って絶望的な気分に陥れてやりたいわ…)
ロックウェルのあれほどの執着ぶりを見るに、恐らくクレイが誰かとくっつくだけでショックを受けてくれることだろう。
クレイの方はどうだろうか?
リーネとくっつけるだけでは単にいい思いをさせてやるだけのような気がする。
(そうだわ…)
なんとかクレイを眠らせて、その間に誰かに犯させてみてはどうだろう?
それならばクレイは相当ショックを受けるだろうし、ロックウェルから責められて更にショックも倍増することだろう。
寝取られたロックウェルも言わずもがな。
(いいかもしれないわ)
但しこの方法だとクレイの眷属を怒らせる可能性が出てくる。
そこで暫し考え、リーネを誰かに襲わせる方法ならどうだろうと思い直した。
これならクレイの眷属を怒らせることもないだろうし、リーネの眷属さえ大人しくさせれば事足りる。
クレイを眠らせた横でリーネを男達に襲わせるのだ。
きっとリーネはショックのあまり、助けてくれなかったクレイを責め立てるだろう。
場合によっては同情してクレイがリーネと付き合う方向に動くかもしれない。
それならそれでロックウェルからクレイを引き離すこともできそうだ。
(お金で雇える者なんていくらでもいるものね…)
流しの黒魔道士ならリーネの眷属を押さえられる者も探せばいくらでも見つかるはずだ。
(ふふふ…楽しみにしていらっしゃい)
コーネリアはクッと笑ってそっと二人を見遣ったのだった。
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数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
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