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第一部 アストラス編~王の落胤~
106.ロイド
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「ふぅん…」
ロイドは自分の主人の許可をもらってすぐにトルテッティへと足を運び、すぐさま眷属と使い魔から報告を受けた。
それによると敵はアベルだけではなく、妹姫と従兄の二人もらしいということがわかった。
(妹の方はロックウェル狙いだからいいとして…、従兄のシュバルツはアベル同様クレイ狙いなのか…)
これは確かに自分が参加する必要はありそうだ。
あんな黒魔道士の地位が低い国で、王族に飼い殺されるクレイを黙って見過ごすわけにはいかない。
(あいつはロックウェルが絡むとなんでも言うことを聞いてしまいそうなところがあるからな…)
正直嫌われてもクレイを手に入れたいと思うのならその手を使うのが一番手っ取り早い。
ただ自分が欲しいのはそんな風に手に入れたクレイではなく、自分に向き合い自分をちゃんと見てくれるクレイだからやらないだけだ。
(あいつとは対等の関係でないとつまらないしな)
本当に心からそう思う。
けれどアベル達はそうではないのだろう。
傲慢な王族らしくただ望むままに無理矢理手に入れたいと思っているだけだ。
そんな相手に、自分の力を認め、対等に話し、互いに高め合っていける相手をみすみす手渡すわけにはいかない。
「一人ずつ潰すか」
相手は幸いクレイから嫌われている人物だ。
叩き潰そうとどうしようとクレイからの心象を悪くすることはない。
【ロイド様。久しぶりに腕が奮えそうですね】
「お前もそう思うか?ナッシュ」
【ええ。ロイド様の想い人をみすみす手渡す必要などないんですから、徹底的に潰してやりましょう】
王族だろうと関係ないとロイドの眷属は言い切った。
「そうだな。とは言えライアード様に迷惑がかからない程度には抑えておきたいところだ」
【そこは勿論ですとも。いつもの通り上手くやればいいんです】
面倒臭ければ結界の迷路に放り込んでやればいいと言ってきたナッシュに、ロイドはそれは楽しそうだとクスリと笑う。
自分の結界をすり抜けられるのはクレイくらいのものだろう。
高位だろうとなんだろうと、白魔道士風情に自分の結界を易々と破られる事はないはずだ。
「これを機にクレイに恩を売ってもいいしな」
そうして一通り自分の目でも情報を集めると、ロイドはそのまま影を渡りソレーユではなくアストラスへと向かった。
交流会はもう目の前────。
この国でも打てる手は打っておきたいところだ。
(リーネにも話を通しておくか)
協力者は多いに越したことはない。
できることなら王宮側の魔道士をもう少し味方に引き入れておきたいくらいだ。
(そう言う意味ではシリィもクレイの為と言えば動いてくれそうだな…)
後はクレイに懐いているという弟王子くらいだろうか?
「クレイはできるだけ巻き込みたくないと言って話さずにいそうだからな…」
ロックウェルもそんなクレイの意図を汲み、必要最低限に秘密裏に動くだけだろう。
それならば下手に任せず自分が動きやすい様にこっそりと手回しをしておくに限る。
クレイには内緒で動けるだけ動いておこうとロイドは速やかに王宮へと向かい手はずを整えた。
***
「ロイド!」
夕刻、魔力を辿って店へと辿り着くとクレイがここだと言いながら軽く手を上げてきた。
どうやらここは昨日の店とは違い黒魔道士が情報交換をするため多く出入りする店のようで、其処彼処で興味深い会話が繰り広げられている。
「どうだ?お前にも楽しめそうな店だろう?」
クレイが楽しげに笑いながら促してくるので、こちらも嬉しくなってしまう。
クレイなりに今回の一件に巻き込んだ侘びのつもりなのだろう。
ここでならアストラスの黒魔道士との情報交換が自然にできそうだ。
「ここは実はまだロックウェルも連れてきたことがないんだ」
「まぁそうだろうな」
基本的には昨日のような店で十分だからだろう。
こんな黒魔道士メインの店にわざわざ白魔道士を連れてくる物好きは早々いない。
「ここは食事も美味いし情報交換もできる場所だから、機会があればお前を一度連れて来てやろうと思ってたんだ。今日はちょうど良かった」
そう言って艶やかに笑うクレイは本当に罪作りだ。
他意がないのは分かりきっているが、そんな言葉の数々に喜んでしまう自分がいる。
まあだからこそつけこんでみたり、言葉遊びを楽しんだりしているのだが…。
「ロックウェルよりも優先してもらえるなんて嬉しい限りだな」
「お前は特別だろう?」
こんな風に自分をとらえてはなさないクレイが心底好きで仕方がない。
一体いつの間に自分はこれ程抜け出せないくらいクレイにはまってしまったのだろうか?
「そんなことを言っていると、またロックウェルに叱られるぞ?」
クレイが黒魔道士としての自分だからこそ連れて来たかったと思って言っていたとしても、ロックウェルからすれば全然違うようにしか受け取れないだろう事は容易に想像がついたからそう言ってやったのに、クレイはそこがわからないのか不思議そうに首を捻った。
「その分だと今夜もお仕置きだな。まあ私はお前の可愛い声が聞けて嬉しい限りだが」
ククッと笑ってやるとクレイが真っ赤になって怒ってくる。
「なっ…!」
「そう怒るな。私は別に気にしないから好きなだけ可愛がってもらえ」
クレイはその言葉に恥ずかしすぎると項垂れてしまったが、自分としてはそれでも朝から顔を合わせられる方が嬉しいのだ。
ロックウェルと付き合っているのは分かりきっていた事だし、昨日の展開から言ってあの男が大人しくしているはずがないということも分かりきっていた。
その上でクレイが自分を意識しながら抱かれていることにたまらない気持ちになって、こっそり抜いてしまったのは許してほしい。
(ああ…。私もあんな風にクレイを啼かせてみたい…)
言葉責めが好きみたいだったし、相性は悪くないと思うのだが…余程上手く持ち込まないとそんなシチュエーションには持ち込めないだろう。
「ほら。そんな風に隙を見せているとつけこんでやりたくなるだろう?」
そうやって頤に手を添えて誘うように笑ってやる。
本音半分、忠告半分。これくらいがクレイには丁度いい。
案の定クレイはそんな自分にクスリと笑ってくれた。
「お前は本当にいつまで経っても分かりやすい奴だな」
「だとしたら私達は相思相愛でわかり合っているということだな。私もお前の事はよくわかる」
「ふっ…そこは以心伝心くらいにしておけ」
「ははっ…!」
こうやって本音を素直にみせてやるのは本気で落としてやりたいからだとクレイはわかっていないのだろうか?
(まぁ半分はわかっていつつも応えられないから誤魔化して流すと言ったところかもしれないが…)
クレイの事は大抵考え方が手に取るようにわかってしまうから、恐らくこの答えで間違ってはいないはずだ。
自分はロックウェルと何が違う?
自分ならあんな風にクレイに振り回されたりしない。
いつだってクレイの気持ちを汲んでやれるし、嫉妬に狂ってクレイに無体を強いたりもしない。
仕事ができるという点でも劣ってはいないし、魔力の高さでいうなら自分の方が上だ。
それなのに手に入れられないもどかしさに遣る瀬無さばかりが募ってしまう。
「クレイ…今日はトルテッティでも下調べをして来たんだ」
「そうか。どうだった?」
「ロックウェルから裏の裏まで調べておけと言われたから念入りに調べたら、アベル以外にもお前を狙っている奴がいたぞ?」
「……!」
その言葉はクレイには衝撃的だったようで、ギリギリと歯噛みしてしまう。
「大丈夫だ。私の方でも打てる手は既に打った。それに当日は私が傍に居るんだ。何も心配することはない」
そう言ってやるとホッとしたように自分を認めてくれる。
「さすがロイド。頼りになるな」
「惚れ直したか?」
「ああ」
もちろんと言ってくれそうなところで、いつもの如く邪魔が入ってしまった。
「クレイ?」
そこに立つのは勿論ロックウェルで、今日はショーンと言ういつかの王の犬まで連れて来ていた。
「お前は本当に放っておけない奴だな」
その意見には同感だが、口説く邪魔はやめてほしいものだ。
「残念。クレイ、こんな嫉妬深い男のどこがいいのかわからないが、嫌になったらいつでも私の所へ来い」
いつでも受け入れてやると言ってやると、案の定クレイは自分が優しさでそう言ったのだと勘違いし、且つロックウェルの嫉妬を煽るのにも成功した。
これでロックウェルの意識は自分へと向かうからクレイが直接怒られることもない。
それは即ち、二人だけの世界を見せつけられることがないと言うのと同義だ。
「ロイド…私の前でクレイを口説くのはやめてくれないか?」
「フッ…綺麗な顔が台無しだな。ロックウェル」
睨みつけてくる姿はどこまでも綺麗で、恐らくこんな顔もクレイは好きなんだろうなと思いつつ敢えて挑発するようにそう言ってやったのだが、ここでクレイが口を挟んで来た。
「ロイド。ロックウェルはいつだってカッコいいぞ?」
「ハハッ!相変わらずベタ惚れで妬けるな、クレイ」
「本当のことだから仕方がないだろう?」
「まぁそんなお前を落とすのも悪くはないが…」
「またお前はそんなことばっかり」
これでロックウェルは何も言えなくなって、クレイはまた自分と話してくれる。
本当に簡単だ。
ただ…クレイの心だけがいつまでも手に入らないだけで────。
(クレイ…早くお前を手に入れたい)
そんな想いを抱えながら、今日も適度にライバルを挑発しながらクレイを口説く自分がいた。
***
「ロイド…!ロイド!」
交流会の打ち合わせをしてある程度話を詰めたところで、疲れていたのかロイドは酔いが回って眠ってしまいクレイは途方に暮れていた。
まさかロイドが酔いつぶれるとは思ってもみなくて、つい強い酒を勧めてしまったのだ。
「しまったな…」
そうやってため息を吐く自分にロックウェルもため息を吐く。
「今日は三カ国を回って疲れたんだろう。かなりな情報量だったからな」
「…さすがにこのまま放っておけないから今日も連れ帰っていいか?」
「…そうだな。不本意だがお前がこいつの部屋まで送るよりもその方が安全な気がするし、別に構わない」
それだけ酔っていれば問題ないだろうと言ってくれたロックウェルにホッとして、クレイはロイドの身体を支えて運ぼうとしたのだが、その体はあっさりとショーンへと奪われた。
「こいつは俺に任せてくれ」
「助かる」
「ショーンもついでに泊めてやれればいいんだが、場所がなくて悪いな」
「いや、いいさ。時間もないことだし俺は先に王宮に帰って今日の事を纏めておくから」
「そうか」
そうしてロイドをクレイの家まで運んだ後、ショーンはあっさりと帰っていく。
「はぁ…。ソファで大丈夫かな?」
転がり落ちたりしないだろうかと心配するクレイにロックウェルはため息を吐きながら心配のし過ぎだと告げた。
「そんなに心配なら今度このソファをソファベッドに買い替えておいたらどうだ?」
冗談半分でそう言ったのに、クレイはそれはいいな等と言いだすから始末が悪い。
(それはこれからもこいつを家に泊める気があるということか?)
家で二人きりになるなと言ったはずなのに、忘れているのだろうか?
とは言え万が一自分がいない時にロイドと飲んでいて、今日のように酔いつぶれることがあればきっとクレイは泊めてしまうのだろう。
(クレイの事だから、うっかり『酔っているから大丈夫だろう』と同衾してしまいそうだしな…)
恐らく雑魚寝感覚であっさりと自分のベッドに運びそうな気がする
それこそ危険極まりない。
そう考えると、この案は通しておいた方がいいような気もした。
ソファがベッドになるならわざわざ一緒に寝ようなどとは考えないだろう。
「クレイ?ソファベッドに買い替えるのには賛成だが、基本的にロイドをここに泊めるなよ?」
「え?」
「今日みたいなどうしようもない時以外は禁止だ」
「?勿論わかっている」
「それならいい」
じゃあ順にシャワーを浴びようかと誘ってクレイをロイドから引き離し、バスルームへと向かわせる。
こうして見ると年相応のあどけなさだが、ロイドは本当に油断がならない。
「ハインツ王子とリーネ、シリィにはクレイに黙っておくようにと口止めした上で話は通しておいた。他にも協力してくれる者がいればお前の独断で話しておいてくれ」
クレイが用足しに出た隙にポツリと溢された言葉で、この男が本当に優秀な奴だというのはよくわかった。
けれどそれ故にやはり一番油断できないのはこの男なのだと思い知らされたのだ。
クレイの考えを汲んだ上で動くこの男はきっと自分と同じか、それ以上にクレイの事をわかっているのだろう。
クレイもそれを分かった上で信頼しているようだし、友人として好意的に接しているのだ。
もし万が一、ロイドがアベルのように洗脳をクレイに試みたとしたら────。
そう考えるだけで一気に冷や水を浴びせられたような気持ちになった。
(しっかりしなければ…)
取りあえずの敵はアベルとその従兄というシュバルツの二人だ。
妹姫の方は気にしなくてもいいだろう。
自分が女に振り回されたことなどこれまで一度もないのだから…。
(クレイは私が守ってみせる)
ロックウェルはそう強く誓うと、シャワーから出てきたクレイにそっと口づけを落とし、自分もシャワーへと向かった。
ロイドは自分の主人の許可をもらってすぐにトルテッティへと足を運び、すぐさま眷属と使い魔から報告を受けた。
それによると敵はアベルだけではなく、妹姫と従兄の二人もらしいということがわかった。
(妹の方はロックウェル狙いだからいいとして…、従兄のシュバルツはアベル同様クレイ狙いなのか…)
これは確かに自分が参加する必要はありそうだ。
あんな黒魔道士の地位が低い国で、王族に飼い殺されるクレイを黙って見過ごすわけにはいかない。
(あいつはロックウェルが絡むとなんでも言うことを聞いてしまいそうなところがあるからな…)
正直嫌われてもクレイを手に入れたいと思うのならその手を使うのが一番手っ取り早い。
ただ自分が欲しいのはそんな風に手に入れたクレイではなく、自分に向き合い自分をちゃんと見てくれるクレイだからやらないだけだ。
(あいつとは対等の関係でないとつまらないしな)
本当に心からそう思う。
けれどアベル達はそうではないのだろう。
傲慢な王族らしくただ望むままに無理矢理手に入れたいと思っているだけだ。
そんな相手に、自分の力を認め、対等に話し、互いに高め合っていける相手をみすみす手渡すわけにはいかない。
「一人ずつ潰すか」
相手は幸いクレイから嫌われている人物だ。
叩き潰そうとどうしようとクレイからの心象を悪くすることはない。
【ロイド様。久しぶりに腕が奮えそうですね】
「お前もそう思うか?ナッシュ」
【ええ。ロイド様の想い人をみすみす手渡す必要などないんですから、徹底的に潰してやりましょう】
王族だろうと関係ないとロイドの眷属は言い切った。
「そうだな。とは言えライアード様に迷惑がかからない程度には抑えておきたいところだ」
【そこは勿論ですとも。いつもの通り上手くやればいいんです】
面倒臭ければ結界の迷路に放り込んでやればいいと言ってきたナッシュに、ロイドはそれは楽しそうだとクスリと笑う。
自分の結界をすり抜けられるのはクレイくらいのものだろう。
高位だろうとなんだろうと、白魔道士風情に自分の結界を易々と破られる事はないはずだ。
「これを機にクレイに恩を売ってもいいしな」
そうして一通り自分の目でも情報を集めると、ロイドはそのまま影を渡りソレーユではなくアストラスへと向かった。
交流会はもう目の前────。
この国でも打てる手は打っておきたいところだ。
(リーネにも話を通しておくか)
協力者は多いに越したことはない。
できることなら王宮側の魔道士をもう少し味方に引き入れておきたいくらいだ。
(そう言う意味ではシリィもクレイの為と言えば動いてくれそうだな…)
後はクレイに懐いているという弟王子くらいだろうか?
「クレイはできるだけ巻き込みたくないと言って話さずにいそうだからな…」
ロックウェルもそんなクレイの意図を汲み、必要最低限に秘密裏に動くだけだろう。
それならば下手に任せず自分が動きやすい様にこっそりと手回しをしておくに限る。
クレイには内緒で動けるだけ動いておこうとロイドは速やかに王宮へと向かい手はずを整えた。
***
「ロイド!」
夕刻、魔力を辿って店へと辿り着くとクレイがここだと言いながら軽く手を上げてきた。
どうやらここは昨日の店とは違い黒魔道士が情報交換をするため多く出入りする店のようで、其処彼処で興味深い会話が繰り広げられている。
「どうだ?お前にも楽しめそうな店だろう?」
クレイが楽しげに笑いながら促してくるので、こちらも嬉しくなってしまう。
クレイなりに今回の一件に巻き込んだ侘びのつもりなのだろう。
ここでならアストラスの黒魔道士との情報交換が自然にできそうだ。
「ここは実はまだロックウェルも連れてきたことがないんだ」
「まぁそうだろうな」
基本的には昨日のような店で十分だからだろう。
こんな黒魔道士メインの店にわざわざ白魔道士を連れてくる物好きは早々いない。
「ここは食事も美味いし情報交換もできる場所だから、機会があればお前を一度連れて来てやろうと思ってたんだ。今日はちょうど良かった」
そう言って艶やかに笑うクレイは本当に罪作りだ。
他意がないのは分かりきっているが、そんな言葉の数々に喜んでしまう自分がいる。
まあだからこそつけこんでみたり、言葉遊びを楽しんだりしているのだが…。
「ロックウェルよりも優先してもらえるなんて嬉しい限りだな」
「お前は特別だろう?」
こんな風に自分をとらえてはなさないクレイが心底好きで仕方がない。
一体いつの間に自分はこれ程抜け出せないくらいクレイにはまってしまったのだろうか?
「そんなことを言っていると、またロックウェルに叱られるぞ?」
クレイが黒魔道士としての自分だからこそ連れて来たかったと思って言っていたとしても、ロックウェルからすれば全然違うようにしか受け取れないだろう事は容易に想像がついたからそう言ってやったのに、クレイはそこがわからないのか不思議そうに首を捻った。
「その分だと今夜もお仕置きだな。まあ私はお前の可愛い声が聞けて嬉しい限りだが」
ククッと笑ってやるとクレイが真っ赤になって怒ってくる。
「なっ…!」
「そう怒るな。私は別に気にしないから好きなだけ可愛がってもらえ」
クレイはその言葉に恥ずかしすぎると項垂れてしまったが、自分としてはそれでも朝から顔を合わせられる方が嬉しいのだ。
ロックウェルと付き合っているのは分かりきっていた事だし、昨日の展開から言ってあの男が大人しくしているはずがないということも分かりきっていた。
その上でクレイが自分を意識しながら抱かれていることにたまらない気持ちになって、こっそり抜いてしまったのは許してほしい。
(ああ…。私もあんな風にクレイを啼かせてみたい…)
言葉責めが好きみたいだったし、相性は悪くないと思うのだが…余程上手く持ち込まないとそんなシチュエーションには持ち込めないだろう。
「ほら。そんな風に隙を見せているとつけこんでやりたくなるだろう?」
そうやって頤に手を添えて誘うように笑ってやる。
本音半分、忠告半分。これくらいがクレイには丁度いい。
案の定クレイはそんな自分にクスリと笑ってくれた。
「お前は本当にいつまで経っても分かりやすい奴だな」
「だとしたら私達は相思相愛でわかり合っているということだな。私もお前の事はよくわかる」
「ふっ…そこは以心伝心くらいにしておけ」
「ははっ…!」
こうやって本音を素直にみせてやるのは本気で落としてやりたいからだとクレイはわかっていないのだろうか?
(まぁ半分はわかっていつつも応えられないから誤魔化して流すと言ったところかもしれないが…)
クレイの事は大抵考え方が手に取るようにわかってしまうから、恐らくこの答えで間違ってはいないはずだ。
自分はロックウェルと何が違う?
自分ならあんな風にクレイに振り回されたりしない。
いつだってクレイの気持ちを汲んでやれるし、嫉妬に狂ってクレイに無体を強いたりもしない。
仕事ができるという点でも劣ってはいないし、魔力の高さでいうなら自分の方が上だ。
それなのに手に入れられないもどかしさに遣る瀬無さばかりが募ってしまう。
「クレイ…今日はトルテッティでも下調べをして来たんだ」
「そうか。どうだった?」
「ロックウェルから裏の裏まで調べておけと言われたから念入りに調べたら、アベル以外にもお前を狙っている奴がいたぞ?」
「……!」
その言葉はクレイには衝撃的だったようで、ギリギリと歯噛みしてしまう。
「大丈夫だ。私の方でも打てる手は既に打った。それに当日は私が傍に居るんだ。何も心配することはない」
そう言ってやるとホッとしたように自分を認めてくれる。
「さすがロイド。頼りになるな」
「惚れ直したか?」
「ああ」
もちろんと言ってくれそうなところで、いつもの如く邪魔が入ってしまった。
「クレイ?」
そこに立つのは勿論ロックウェルで、今日はショーンと言ういつかの王の犬まで連れて来ていた。
「お前は本当に放っておけない奴だな」
その意見には同感だが、口説く邪魔はやめてほしいものだ。
「残念。クレイ、こんな嫉妬深い男のどこがいいのかわからないが、嫌になったらいつでも私の所へ来い」
いつでも受け入れてやると言ってやると、案の定クレイは自分が優しさでそう言ったのだと勘違いし、且つロックウェルの嫉妬を煽るのにも成功した。
これでロックウェルの意識は自分へと向かうからクレイが直接怒られることもない。
それは即ち、二人だけの世界を見せつけられることがないと言うのと同義だ。
「ロイド…私の前でクレイを口説くのはやめてくれないか?」
「フッ…綺麗な顔が台無しだな。ロックウェル」
睨みつけてくる姿はどこまでも綺麗で、恐らくこんな顔もクレイは好きなんだろうなと思いつつ敢えて挑発するようにそう言ってやったのだが、ここでクレイが口を挟んで来た。
「ロイド。ロックウェルはいつだってカッコいいぞ?」
「ハハッ!相変わらずベタ惚れで妬けるな、クレイ」
「本当のことだから仕方がないだろう?」
「まぁそんなお前を落とすのも悪くはないが…」
「またお前はそんなことばっかり」
これでロックウェルは何も言えなくなって、クレイはまた自分と話してくれる。
本当に簡単だ。
ただ…クレイの心だけがいつまでも手に入らないだけで────。
(クレイ…早くお前を手に入れたい)
そんな想いを抱えながら、今日も適度にライバルを挑発しながらクレイを口説く自分がいた。
***
「ロイド…!ロイド!」
交流会の打ち合わせをしてある程度話を詰めたところで、疲れていたのかロイドは酔いが回って眠ってしまいクレイは途方に暮れていた。
まさかロイドが酔いつぶれるとは思ってもみなくて、つい強い酒を勧めてしまったのだ。
「しまったな…」
そうやってため息を吐く自分にロックウェルもため息を吐く。
「今日は三カ国を回って疲れたんだろう。かなりな情報量だったからな」
「…さすがにこのまま放っておけないから今日も連れ帰っていいか?」
「…そうだな。不本意だがお前がこいつの部屋まで送るよりもその方が安全な気がするし、別に構わない」
それだけ酔っていれば問題ないだろうと言ってくれたロックウェルにホッとして、クレイはロイドの身体を支えて運ぼうとしたのだが、その体はあっさりとショーンへと奪われた。
「こいつは俺に任せてくれ」
「助かる」
「ショーンもついでに泊めてやれればいいんだが、場所がなくて悪いな」
「いや、いいさ。時間もないことだし俺は先に王宮に帰って今日の事を纏めておくから」
「そうか」
そうしてロイドをクレイの家まで運んだ後、ショーンはあっさりと帰っていく。
「はぁ…。ソファで大丈夫かな?」
転がり落ちたりしないだろうかと心配するクレイにロックウェルはため息を吐きながら心配のし過ぎだと告げた。
「そんなに心配なら今度このソファをソファベッドに買い替えておいたらどうだ?」
冗談半分でそう言ったのに、クレイはそれはいいな等と言いだすから始末が悪い。
(それはこれからもこいつを家に泊める気があるということか?)
家で二人きりになるなと言ったはずなのに、忘れているのだろうか?
とは言え万が一自分がいない時にロイドと飲んでいて、今日のように酔いつぶれることがあればきっとクレイは泊めてしまうのだろう。
(クレイの事だから、うっかり『酔っているから大丈夫だろう』と同衾してしまいそうだしな…)
恐らく雑魚寝感覚であっさりと自分のベッドに運びそうな気がする
それこそ危険極まりない。
そう考えると、この案は通しておいた方がいいような気もした。
ソファがベッドになるならわざわざ一緒に寝ようなどとは考えないだろう。
「クレイ?ソファベッドに買い替えるのには賛成だが、基本的にロイドをここに泊めるなよ?」
「え?」
「今日みたいなどうしようもない時以外は禁止だ」
「?勿論わかっている」
「それならいい」
じゃあ順にシャワーを浴びようかと誘ってクレイをロイドから引き離し、バスルームへと向かわせる。
こうして見ると年相応のあどけなさだが、ロイドは本当に油断がならない。
「ハインツ王子とリーネ、シリィにはクレイに黙っておくようにと口止めした上で話は通しておいた。他にも協力してくれる者がいればお前の独断で話しておいてくれ」
クレイが用足しに出た隙にポツリと溢された言葉で、この男が本当に優秀な奴だというのはよくわかった。
けれどそれ故にやはり一番油断できないのはこの男なのだと思い知らされたのだ。
クレイの考えを汲んだ上で動くこの男はきっと自分と同じか、それ以上にクレイの事をわかっているのだろう。
クレイもそれを分かった上で信頼しているようだし、友人として好意的に接しているのだ。
もし万が一、ロイドがアベルのように洗脳をクレイに試みたとしたら────。
そう考えるだけで一気に冷や水を浴びせられたような気持ちになった。
(しっかりしなければ…)
取りあえずの敵はアベルとその従兄というシュバルツの二人だ。
妹姫の方は気にしなくてもいいだろう。
自分が女に振り回されたことなどこれまで一度もないのだから…。
(クレイは私が守ってみせる)
ロックウェルはそう強く誓うと、シャワーから出てきたクレイにそっと口づけを落とし、自分もシャワーへと向かった。
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