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第一部 アストラス編~王の落胤~
101.招かれざる客
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「なんだ。そんなことがあったのか」
コーヒーを手にすっかり寛ぎモードのロイドがクレイの話を聞いてくれる。
「そうなんだ。まさか仕事関連の相手から眠らされるなんて思っても見なかったから、つい油断した…」
「それは災難だったな」
けれどそれで媚薬まで盛られるなど、普通は思い付きはしない。
これは眷属が怒るのも無理はなかっただろうとロイドは返してくれる。
「ああ、でも媚薬を盛られたお前と言うのも見てみたかったな」
フッと笑いながら楽しげに言ってくるロイドに、クレイは『笑い事じゃない!』と思わず拗ねてしまった。
「あんな目に合わされるなんて本当に腹が立って、思わず魔力剥奪魔法まで使ってしまった…」
「へぇ…そんな魔法があるんだな」
そこにロイドが興味深げに反応を示す。
「ああ。もうほとんど見られなくなった精霊魔法の一種らしいんだが、昔ヒュース達が教えてくれたんだ。まだいろんな奴と組んで仕事をしていた時に、あまりにも腹が立つことがあって愚痴を溢していたことがあって…」
そんな時にどうしても許せない相手がいたら使うといいと言って、その魔法をそっと教えてくれたのだ。
「それは魔法を使えないように封じ込めるのか?」
「いや。文字通り魔力を全部剥奪して自分が預かる感じだったな。やってやろうか?」
クレイが冗談っぽくそう言ってやると、ロイドは意外にも話に乗ってくる。
「……絶対に戻してくれるなら興味がある」
「ははっ…お前のそのチャレンジ精神が面白い」
普通なら絶対にごめんだと言いそうなものだが、ロイドはこの辺りが面白かった。
「あ、そうだ。その場合お前の眷属はどうなるんだろう?」
「ああ、そうだな。いなくなられると困るな…」
そしてクレイはコートを呼び出して詳細を尋ねてみる。
「コート。この魔法を使うと眷属はどうなるんだ?契約解除とかになるのか?」
その問いに対してコートは暫く思い出すように考えてから答えを述べた。
【その際は一時的に眷属達はクレイ様が預かる形になりますね】
「なるほど」
その答えに再度クレイがどうすると尋ねると、ロイドはそれなら問題ないと言ったのでそのまま魔法を試みる。
あの時と同じように呪文を唱え、許すまで魔力を剥奪すると口にすると、それと同時にロイドの魔力が全て剥奪された。
「すごい!本当にただ人だ…!」
アベルと違いロイドが心底感動したと言わんばかりに目を輝かせる。
「へぇ…魔力がないとこんな感じなんだな」
「不安になったりとかはしないのか?」
「そうだな。何というか、自分が自分じゃなくなったような気はするな」
それが不安に繋がるのはあるかもしれないとロイドは言う。
「これまでできたことが何もできなくなるし、眷属を感じられないのも寂しいかもしれないな」
「え…それは俺なら無理だな」
そしてあっという間にクレイはロイドに魔力を戻しにかかった。
「戻った…」
「戻すと言っただろう?」
「そうだったな」
ロイドが嬉しそうにしたのでクレイも嬉しそうに笑った。
「そうそう。この間王宮で倒れた時に眷属と使い魔が全部出払ってな…」
そうしてその時の事をまた話し始める。
「なんだ。その瞳の件が王宮内でバレて公認になったなら、もう瞳の封印を解いてしまえばいいのに」
ロイドが目を丸くしてそう言ってくるが、クレイとしてはそれも納得がいかないのだと口を開いた。
「公認と言っても箝口令も敷かれて最低限の者にしかバレてはいない。あれは確かに俺が迂闊だったから悪かったが不可抗力だったし、これ以上変に王宮の問題に巻き込まれたくないんだ」
「ああ、なるほどな。お前は今の仕事に誇りを持っているしな」
王子になどなりたくないのだろうと言ってくれたロイドにそうなんだと更に愚痴を溢す。
「俺は王宮にはできるだけ関わらず、ずっとこの仕事をやっていきたい。だから放っておいてほしいんだ」
「それなら尚更王宮とはできるだけ距離を置いた方がいいな。ロックウェルと会う時だけ王宮に行けばいい」
「そうなんだが、その白魔道士の件があったから、怖くてなかなかここに戻れなくてな…」
ここ暫くはずっとロックウェルの部屋に滞在していたのだとクレイはため息を吐いた。
「なるほどな。それで最近ここに居なかったのか」
「そうなんだ。何度も足を運ばせて悪かったな」
「いや。今日会えたし、満足いくだけの魔力交流もしてもらえたから別に構わない」
「まあそろそろ戻ろうとは思っているし、またいつでも交流しにくればいい」
無駄足を踏ませた分いくらでも応えてやると言ったクレイにそっとほくそ笑みながら、ロイドは嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「ああ、それは嬉しい申し出だ。あれだけ気持ちいいなら毎日でも通いたくなるかもしれないな…」
そしてクレイの頤をクイッと指で持ち上げ、誘うように笑った。
「またお前は…」
呆れたようにそこまで言ったところで、クレイの身は勢いよくロイドから引き離された────。
***
それより少し前に時は遡り、ここはトルテッティの王宮内────。
「アベル兄様!お久しぶりでございます」
「ああ。フローリア。元気そうだな」
アベルは妹へと微笑みながら父王はいるかと尋ねた。
「父上なら先程シュビッツ地方の視察に向かわれましたわ」
「そうか。ではニ、三日は留守になるかもしれないな」
近場とは言え国の要所の視察だ。
ここは大人しく帰りを待つに越したことはないだろう。
「アストラスで何かあったのですか?」
「…ああ。黒魔道士にしてやられたんだが…なかなか面白い奴だから上手く懐柔してこちらに引き入れてみてはと思ってな」
「…黒魔道士なのでしょう?奴隷か愛人扱いで囲って利用するのですか?」
「そうだな。ただあの男はアストラスの王族だと思う。珍しいアメジスト・アイの持ち主で、魔力が相当高かった。魔力剥奪魔法も使えるから迂闊には手が出せないし、こちらに取り込むには上手くやる必要はあるだろうな」
「魔力剥奪魔法?そのようなものが?」
「ああ。私の魔力を全て奪い去ってきた」
魔力自体は返してもらえたが、正直プライドはズタズタだとアベルは憎々しげに口にする。
「表面的に謝っておけばすんなり納得して返してくるような男だ。最初の時も易々と眠りの魔法にかかるような甘い輩だったし、上手くやればいくらでも懐柔してやれるだろう」
「それならば私が混乱魔法を使って洗脳してやりましょうか?」
「…そう上手くいくか?」
あの男を洗脳するのは実に骨が折れそうだ。それよりも────。
「あの男の恋人をお前に落としてもらえるとありがたいんだが?」
「…女は落としたくないですわ。面白味に掛けますもの」
「いや。男だ。しかもお前好みの高位の白魔道士だぞ?」
そしてアベルはロックウェルの話をフローリアへと話した。
「アストラスの王宮魔道士の頂点に立つ若くて美麗な男だ。きっとお前も気に入るだろう」
「…そう言うことなら従兄のシュバルツも誘ってアストラスの王宮に乗り込んでみましょうか?」
近々アストラスでは三カ国の魔道士交流会が予定されている。
そこに潜りこめば接触は容易いだろうとフローリアは言った。
「ちょうど国内でトラブルを撒き散らしてしまったところで居心地も悪かったのです。きっとシュバルツも二つ返事で受けてくれると思いますわ」
「そうか」
それなら父が帰ったらすぐにその提案をしてみようとアベルは楽しげに微笑んだ。
「ロックウェルは落としたらお前の好きにすればいい。クレイの方は私が愛人として貰い受けよう」
「あら。奴隷ではないのですか?」
「あの魔力はかなり魅力的だからな。じっくりと味わいたいものだ」
「なるほど。では手に入れたら私にも是非味見をさせてくださいませ」
そうして兄妹はフッと笑い合った。
***
「…クレイ。ロイドと随分楽しげな話をしているな?」
クレイは背後から掛けられたその声にビクッと身を震わせた。
自分を抱き込むそれは誰あろう、嫉妬深い自分の恋人で────。
「ロ、ロックウェル?!仕事中じゃないのか?」
「もちろんそうだが?」
では何故ここにと言いたくて仕方がない。
そんな自分にロックウェルはクッと笑いながら言ってくる。
「どこかの迂闊な恋人が他の男に口説かれてると知って放置するとでも?」
「え?慰めた覚えはあっても口説かれた覚えはないぞ?」
それはロックウェルの勘違いだと弁明するが、ロックウェルは冷たい笑みを崩さなかった。
「相変わらず嫉妬深いな、ロックウェル。クレイは親友として落ち込んでいた私を精一杯慰めてくれただけで、他意はないぞ?」
ロイドがどこか楽しげにロックウェルへと告げるが、ロックウェルはただただロイドを睨むばかりだ。
「お前は本当に口が上手いな。それでクレイは丸め込めても、私には通用しないぞ?」
「フッ…何のことかわからないな。単に言葉の駆け引きを楽しんでいただけだ。そうだろう?クレイ」
「ああ。まあ」
極自然にクレイが答えたのにロイドが満足気に笑った。
「クレイはそうでも、お前は違うだろうに…」
そして、甘く言い含めるようにクレイへと向かって告げる。
「クレイ?恋人同士でこういうシチュエーションは嫉妬を煽るだけだ。しっかり覚えておけ」
「え?……ああ、そうか。じゃあヒュースに注意しておく」
知ったら嫉妬するなら知らせなければ問題ないんだろうなと勘違いしたクレイがそんな事を言い出したので、リーネとロイドがクスリと笑った。
これではロイドの思う壺だ。
「クレイ?私が言いたいのは、最初からこういうシチュエーションに持ち込むなという事だ」
そこをロックウェルが違わずしっかりとクギを刺す。
ここでうっかり流したらクレイはずっと間違え続けてしまうことだろう。
「…そんな事を言ってもロイドは友人だし」
「セフレ予備軍の…だろう?」
なかなか納得しないクレイにロックウェルの笑みがどんどん凄絶になっていく。
「…そんなに怒らなくても大丈夫だ。俺がお前だけだって知ってるくせに」
ふいっと頬を染めて視線を逸らしたクレイにリーネが目を瞠る。
これは珍しいパターンだ。
「そう言えばロイドに聞いたんだが、近々王宮で魔道士交流会があるんだって?」
照れ隠しなのかクレイが不意に大きく話を変えたので、ロックウェルがハッとしてその話を肯定する。
「ああ。5日後に三ヶ国の魔道士が集まる予定で…」
「じゃあまたお前は忙しくなるな」
少し寂しそうに言ったクレイが可愛くて、ロックウェルは笑顔で心配するなと告げた。
「お前は私の部屋で待っていればいいだろう?」
けれどクレイの返答はどこまでも予想外でしかない。
「いや。それなら王宮内もバタバタするだろうし、そろそろここに帰ろうと思う」
サクッとそう告げたクレイにロイドがそれはいいなと笑った。
「なに。言っていた白魔道士が来ても大丈夫なようにお前と私で強力なまやかしの魔法を掛けよう。そうしたら誰もここには入ってこれないだろう」
「ああ。それはいいかもしれないな」
そう言えばロイドは幾重にも結界を掛けるのが得意だった。
クレイのものと合わせれば確かに誰もここには入り込めないだろう。
そんな風にそれは名案だとクレイは目を輝かせるが、そんな事をされたら自分もここには来れないではないかとロックウェルは慌てて話に割り込んだ。
「クレイ!私まで閉め出す気か?!」
「え?ああ、そうか。それは確かに…」
自分達が本気を出したらロックウェルではここまで絶対に来られないと思い至り、クレイは思案し始める。
そこへロイドがまた笑顔で別の案を提案して来た。
「それなら私がここに暫く一緒に住んでやろうか?それならその白魔道士が来ても追い返してやれるし、お前もこの男がいなくても寂しくなくていいだろう?」
「ああ、なるほど。そういう手もあるか…」
影渡りがあるから別にここに住んでも問題ないとロイドが言い出したのをクレイはあっさりと了承しそうになる。
そんな風に迂闊に答えるクレイにいい加減ロックウェルとしても限界で、気付けば苛立ちと共に拘束魔法を唱え上げ、クレイを勢いよく天井から縛り上げていた。
それにはさすがにロイドも驚きすぎて動きを止めてしまう。
「ロ、ロックウェル様?!」
リーネが慌てて取り成そうとしてくるがロックウェルは怒り心頭だ。
「クレイ?いい加減にしないと、このままこの二人の前で犯してやるぞ?」
「ええっ?!」
何故そんな事にと慌てふためくクレイにロックウェルは容赦がない。
「お前次第だが…どうする?」
「え…えっと…?悪かった。ちゃんと考えて反省するから、許してくれ…」
「何が悪かったのか言ってみろ」
「────ロイドと二人きりになるシチュエーションになりそうだったから…?」
「そうだ」
わかればいいとロックウェルはあっさりと拘束魔法を解き、そのままクレイを抱きとめた。
「お前の調教は本当に骨が折れる。あまり私を困らせるな」
わかったなと口づけるロックウェルにクレイがそっと頬を染めすまなかったと謝ってその場は甘い空気で収まったが、ロックウェルの調教風景にその場にいた二人はため息しか出ない。
まさに飴と鞭だ。
このクレイがこんなに大人しく言うことを聞いているなんて思いもしなかった。
クレイの実力ならロックウェルの拘束魔法などいくらでも解こうと思えば解けるのに……。
それだけ好きな相手なのかと思い知らされた気分だ。
「ほら。仕事を放ったらかしにしてここに来たんだろう?早く戻れ」
そう言いながらクレイが外まで皆を見送ってくれる。
「ロイドも、また今度は外でゆっくり会おう」
酒場で飲むなら大丈夫だからと言ったクレイにロイドがクスリと笑いながら、じゃあ次はそれでとさらりと流した。
そうやって外へと出たところで、突如魔法を使ってクレイを拘束しにかかる者がいた。
「クレイ!」
地面から蔓のようなものが突然湧き上がるように現れクレイの身を拘束し、呪文を唱えられないよう口内にまで蔓を侵入させてくる。
「う…うぅ…ッ!」
そしてそこに現れたのは白魔道士アベルだった。
「やっと捕まえた。なかなか会えないからもう直接王宮に乗り込まないとダメかと思っていたところだ」
けれどその言葉と共にクレイの眷属が素早く動き、クレイを拘束する蔦を一瞬で引き裂いた。
【クレイ様!ご無事ですか?!】
他の眷属もクレイを守る為に四方からアベルを威嚇しに掛かる。
【クレイ様。お下がりください】
「うぅ…最悪だ」
「クレイ…!」
ロイドとリーネも臨戦態勢でアベルへと向き合い、ロックウェルもまたクレイへと駆け寄り守るようにその身を包み込んだ。
けれどクレイはその怒りのままにアベルに対して言葉を言い放つ。
「折角ロックウェルの魔力に浸って気分が良かったのに!」
その言葉にリーネとロイドが不思議そうな顔をしてくるが、クレイは余程腹が立っているのかアベルに向かって冷たく言葉を紡ぐ。
「貴様は余程俺を怒らせるのが好きと見える。絶対に許さん…」
ゴォ…ッとクレイの周囲に広域魔法が発動される。
これではアベルが如何に逃げようとしても徒労に終わってしまうだろうことが容易に想像がついた。
「ちょっ…!ちょっと待て!」
アベルが焦ったようにクレイに言うが、クレイは冷たい笑みを浮かべながら瞳の封印を解き、アベルに対して言い放つ。
「二度とお前に魔力は返さないからな?」
そして呪文を唱えようとしたところで、ロックウェルが慌ててクレイの口に指を差し入れそれを阻止した。
「クレイ、待て!」
「んん…ッ!」
何故止めると言わんばかりにクレイが抗議してくるが、ロックウェルとしてはここは止めねばと思わずにはいられなかった。
「よく見ろ。あいつはトルテッティの服を着ているだろう?」
恐らく交流会絡みで何か話があるに違いないと踏み、ロックウェルが説得を試みる。
「お前が怒るのも最もだ。お前が喜ぶのは私が相手の時だけだものな?」
「ん…んぅ…」
クチュクチュと口内を指で犯しながらロックウェルが言うと、クレイがトロリとした目でうっとりとロックウェルを見つめ始める。
「後で魔力交流もしてやるからそう怒るな」
「ん…んんっ…」
「ほら。これで一先ず落ち着け」
そう言いながらそっと指を引き抜きそのまま口づけたロックウェルにクレイがふて腐れたようにそっぽを向くが、どうやら怒りは多少収まったようだ。
「…仕方がないな。今回はお前に免じて許してやる」
「それは良かった。もちろんこの礼は夜にもたっぷりしてやるとしよう」
「……わかった」
絶対だと言いながらクレイは瞳を封印し直し、さっさと踵を返した。
そんなクレイをロイドが追う。
「クレイ。やっぱり暫く付いていてやろうか?」
「正直有り難い…。あんな奴に付き纏われるくらいなら、本気で交流会が終わるまでの間ソレーユに行きたくなった!」
そんな言葉と共に扉は思い切りバタンと閉じられた。
コーヒーを手にすっかり寛ぎモードのロイドがクレイの話を聞いてくれる。
「そうなんだ。まさか仕事関連の相手から眠らされるなんて思っても見なかったから、つい油断した…」
「それは災難だったな」
けれどそれで媚薬まで盛られるなど、普通は思い付きはしない。
これは眷属が怒るのも無理はなかっただろうとロイドは返してくれる。
「ああ、でも媚薬を盛られたお前と言うのも見てみたかったな」
フッと笑いながら楽しげに言ってくるロイドに、クレイは『笑い事じゃない!』と思わず拗ねてしまった。
「あんな目に合わされるなんて本当に腹が立って、思わず魔力剥奪魔法まで使ってしまった…」
「へぇ…そんな魔法があるんだな」
そこにロイドが興味深げに反応を示す。
「ああ。もうほとんど見られなくなった精霊魔法の一種らしいんだが、昔ヒュース達が教えてくれたんだ。まだいろんな奴と組んで仕事をしていた時に、あまりにも腹が立つことがあって愚痴を溢していたことがあって…」
そんな時にどうしても許せない相手がいたら使うといいと言って、その魔法をそっと教えてくれたのだ。
「それは魔法を使えないように封じ込めるのか?」
「いや。文字通り魔力を全部剥奪して自分が預かる感じだったな。やってやろうか?」
クレイが冗談っぽくそう言ってやると、ロイドは意外にも話に乗ってくる。
「……絶対に戻してくれるなら興味がある」
「ははっ…お前のそのチャレンジ精神が面白い」
普通なら絶対にごめんだと言いそうなものだが、ロイドはこの辺りが面白かった。
「あ、そうだ。その場合お前の眷属はどうなるんだろう?」
「ああ、そうだな。いなくなられると困るな…」
そしてクレイはコートを呼び出して詳細を尋ねてみる。
「コート。この魔法を使うと眷属はどうなるんだ?契約解除とかになるのか?」
その問いに対してコートは暫く思い出すように考えてから答えを述べた。
【その際は一時的に眷属達はクレイ様が預かる形になりますね】
「なるほど」
その答えに再度クレイがどうすると尋ねると、ロイドはそれなら問題ないと言ったのでそのまま魔法を試みる。
あの時と同じように呪文を唱え、許すまで魔力を剥奪すると口にすると、それと同時にロイドの魔力が全て剥奪された。
「すごい!本当にただ人だ…!」
アベルと違いロイドが心底感動したと言わんばかりに目を輝かせる。
「へぇ…魔力がないとこんな感じなんだな」
「不安になったりとかはしないのか?」
「そうだな。何というか、自分が自分じゃなくなったような気はするな」
それが不安に繋がるのはあるかもしれないとロイドは言う。
「これまでできたことが何もできなくなるし、眷属を感じられないのも寂しいかもしれないな」
「え…それは俺なら無理だな」
そしてあっという間にクレイはロイドに魔力を戻しにかかった。
「戻った…」
「戻すと言っただろう?」
「そうだったな」
ロイドが嬉しそうにしたのでクレイも嬉しそうに笑った。
「そうそう。この間王宮で倒れた時に眷属と使い魔が全部出払ってな…」
そうしてその時の事をまた話し始める。
「なんだ。その瞳の件が王宮内でバレて公認になったなら、もう瞳の封印を解いてしまえばいいのに」
ロイドが目を丸くしてそう言ってくるが、クレイとしてはそれも納得がいかないのだと口を開いた。
「公認と言っても箝口令も敷かれて最低限の者にしかバレてはいない。あれは確かに俺が迂闊だったから悪かったが不可抗力だったし、これ以上変に王宮の問題に巻き込まれたくないんだ」
「ああ、なるほどな。お前は今の仕事に誇りを持っているしな」
王子になどなりたくないのだろうと言ってくれたロイドにそうなんだと更に愚痴を溢す。
「俺は王宮にはできるだけ関わらず、ずっとこの仕事をやっていきたい。だから放っておいてほしいんだ」
「それなら尚更王宮とはできるだけ距離を置いた方がいいな。ロックウェルと会う時だけ王宮に行けばいい」
「そうなんだが、その白魔道士の件があったから、怖くてなかなかここに戻れなくてな…」
ここ暫くはずっとロックウェルの部屋に滞在していたのだとクレイはため息を吐いた。
「なるほどな。それで最近ここに居なかったのか」
「そうなんだ。何度も足を運ばせて悪かったな」
「いや。今日会えたし、満足いくだけの魔力交流もしてもらえたから別に構わない」
「まあそろそろ戻ろうとは思っているし、またいつでも交流しにくればいい」
無駄足を踏ませた分いくらでも応えてやると言ったクレイにそっとほくそ笑みながら、ロイドは嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「ああ、それは嬉しい申し出だ。あれだけ気持ちいいなら毎日でも通いたくなるかもしれないな…」
そしてクレイの頤をクイッと指で持ち上げ、誘うように笑った。
「またお前は…」
呆れたようにそこまで言ったところで、クレイの身は勢いよくロイドから引き離された────。
***
それより少し前に時は遡り、ここはトルテッティの王宮内────。
「アベル兄様!お久しぶりでございます」
「ああ。フローリア。元気そうだな」
アベルは妹へと微笑みながら父王はいるかと尋ねた。
「父上なら先程シュビッツ地方の視察に向かわれましたわ」
「そうか。ではニ、三日は留守になるかもしれないな」
近場とは言え国の要所の視察だ。
ここは大人しく帰りを待つに越したことはないだろう。
「アストラスで何かあったのですか?」
「…ああ。黒魔道士にしてやられたんだが…なかなか面白い奴だから上手く懐柔してこちらに引き入れてみてはと思ってな」
「…黒魔道士なのでしょう?奴隷か愛人扱いで囲って利用するのですか?」
「そうだな。ただあの男はアストラスの王族だと思う。珍しいアメジスト・アイの持ち主で、魔力が相当高かった。魔力剥奪魔法も使えるから迂闊には手が出せないし、こちらに取り込むには上手くやる必要はあるだろうな」
「魔力剥奪魔法?そのようなものが?」
「ああ。私の魔力を全て奪い去ってきた」
魔力自体は返してもらえたが、正直プライドはズタズタだとアベルは憎々しげに口にする。
「表面的に謝っておけばすんなり納得して返してくるような男だ。最初の時も易々と眠りの魔法にかかるような甘い輩だったし、上手くやればいくらでも懐柔してやれるだろう」
「それならば私が混乱魔法を使って洗脳してやりましょうか?」
「…そう上手くいくか?」
あの男を洗脳するのは実に骨が折れそうだ。それよりも────。
「あの男の恋人をお前に落としてもらえるとありがたいんだが?」
「…女は落としたくないですわ。面白味に掛けますもの」
「いや。男だ。しかもお前好みの高位の白魔道士だぞ?」
そしてアベルはロックウェルの話をフローリアへと話した。
「アストラスの王宮魔道士の頂点に立つ若くて美麗な男だ。きっとお前も気に入るだろう」
「…そう言うことなら従兄のシュバルツも誘ってアストラスの王宮に乗り込んでみましょうか?」
近々アストラスでは三カ国の魔道士交流会が予定されている。
そこに潜りこめば接触は容易いだろうとフローリアは言った。
「ちょうど国内でトラブルを撒き散らしてしまったところで居心地も悪かったのです。きっとシュバルツも二つ返事で受けてくれると思いますわ」
「そうか」
それなら父が帰ったらすぐにその提案をしてみようとアベルは楽しげに微笑んだ。
「ロックウェルは落としたらお前の好きにすればいい。クレイの方は私が愛人として貰い受けよう」
「あら。奴隷ではないのですか?」
「あの魔力はかなり魅力的だからな。じっくりと味わいたいものだ」
「なるほど。では手に入れたら私にも是非味見をさせてくださいませ」
そうして兄妹はフッと笑い合った。
***
「…クレイ。ロイドと随分楽しげな話をしているな?」
クレイは背後から掛けられたその声にビクッと身を震わせた。
自分を抱き込むそれは誰あろう、嫉妬深い自分の恋人で────。
「ロ、ロックウェル?!仕事中じゃないのか?」
「もちろんそうだが?」
では何故ここにと言いたくて仕方がない。
そんな自分にロックウェルはクッと笑いながら言ってくる。
「どこかの迂闊な恋人が他の男に口説かれてると知って放置するとでも?」
「え?慰めた覚えはあっても口説かれた覚えはないぞ?」
それはロックウェルの勘違いだと弁明するが、ロックウェルは冷たい笑みを崩さなかった。
「相変わらず嫉妬深いな、ロックウェル。クレイは親友として落ち込んでいた私を精一杯慰めてくれただけで、他意はないぞ?」
ロイドがどこか楽しげにロックウェルへと告げるが、ロックウェルはただただロイドを睨むばかりだ。
「お前は本当に口が上手いな。それでクレイは丸め込めても、私には通用しないぞ?」
「フッ…何のことかわからないな。単に言葉の駆け引きを楽しんでいただけだ。そうだろう?クレイ」
「ああ。まあ」
極自然にクレイが答えたのにロイドが満足気に笑った。
「クレイはそうでも、お前は違うだろうに…」
そして、甘く言い含めるようにクレイへと向かって告げる。
「クレイ?恋人同士でこういうシチュエーションは嫉妬を煽るだけだ。しっかり覚えておけ」
「え?……ああ、そうか。じゃあヒュースに注意しておく」
知ったら嫉妬するなら知らせなければ問題ないんだろうなと勘違いしたクレイがそんな事を言い出したので、リーネとロイドがクスリと笑った。
これではロイドの思う壺だ。
「クレイ?私が言いたいのは、最初からこういうシチュエーションに持ち込むなという事だ」
そこをロックウェルが違わずしっかりとクギを刺す。
ここでうっかり流したらクレイはずっと間違え続けてしまうことだろう。
「…そんな事を言ってもロイドは友人だし」
「セフレ予備軍の…だろう?」
なかなか納得しないクレイにロックウェルの笑みがどんどん凄絶になっていく。
「…そんなに怒らなくても大丈夫だ。俺がお前だけだって知ってるくせに」
ふいっと頬を染めて視線を逸らしたクレイにリーネが目を瞠る。
これは珍しいパターンだ。
「そう言えばロイドに聞いたんだが、近々王宮で魔道士交流会があるんだって?」
照れ隠しなのかクレイが不意に大きく話を変えたので、ロックウェルがハッとしてその話を肯定する。
「ああ。5日後に三ヶ国の魔道士が集まる予定で…」
「じゃあまたお前は忙しくなるな」
少し寂しそうに言ったクレイが可愛くて、ロックウェルは笑顔で心配するなと告げた。
「お前は私の部屋で待っていればいいだろう?」
けれどクレイの返答はどこまでも予想外でしかない。
「いや。それなら王宮内もバタバタするだろうし、そろそろここに帰ろうと思う」
サクッとそう告げたクレイにロイドがそれはいいなと笑った。
「なに。言っていた白魔道士が来ても大丈夫なようにお前と私で強力なまやかしの魔法を掛けよう。そうしたら誰もここには入ってこれないだろう」
「ああ。それはいいかもしれないな」
そう言えばロイドは幾重にも結界を掛けるのが得意だった。
クレイのものと合わせれば確かに誰もここには入り込めないだろう。
そんな風にそれは名案だとクレイは目を輝かせるが、そんな事をされたら自分もここには来れないではないかとロックウェルは慌てて話に割り込んだ。
「クレイ!私まで閉め出す気か?!」
「え?ああ、そうか。それは確かに…」
自分達が本気を出したらロックウェルではここまで絶対に来られないと思い至り、クレイは思案し始める。
そこへロイドがまた笑顔で別の案を提案して来た。
「それなら私がここに暫く一緒に住んでやろうか?それならその白魔道士が来ても追い返してやれるし、お前もこの男がいなくても寂しくなくていいだろう?」
「ああ、なるほど。そういう手もあるか…」
影渡りがあるから別にここに住んでも問題ないとロイドが言い出したのをクレイはあっさりと了承しそうになる。
そんな風に迂闊に答えるクレイにいい加減ロックウェルとしても限界で、気付けば苛立ちと共に拘束魔法を唱え上げ、クレイを勢いよく天井から縛り上げていた。
それにはさすがにロイドも驚きすぎて動きを止めてしまう。
「ロ、ロックウェル様?!」
リーネが慌てて取り成そうとしてくるがロックウェルは怒り心頭だ。
「クレイ?いい加減にしないと、このままこの二人の前で犯してやるぞ?」
「ええっ?!」
何故そんな事にと慌てふためくクレイにロックウェルは容赦がない。
「お前次第だが…どうする?」
「え…えっと…?悪かった。ちゃんと考えて反省するから、許してくれ…」
「何が悪かったのか言ってみろ」
「────ロイドと二人きりになるシチュエーションになりそうだったから…?」
「そうだ」
わかればいいとロックウェルはあっさりと拘束魔法を解き、そのままクレイを抱きとめた。
「お前の調教は本当に骨が折れる。あまり私を困らせるな」
わかったなと口づけるロックウェルにクレイがそっと頬を染めすまなかったと謝ってその場は甘い空気で収まったが、ロックウェルの調教風景にその場にいた二人はため息しか出ない。
まさに飴と鞭だ。
このクレイがこんなに大人しく言うことを聞いているなんて思いもしなかった。
クレイの実力ならロックウェルの拘束魔法などいくらでも解こうと思えば解けるのに……。
それだけ好きな相手なのかと思い知らされた気分だ。
「ほら。仕事を放ったらかしにしてここに来たんだろう?早く戻れ」
そう言いながらクレイが外まで皆を見送ってくれる。
「ロイドも、また今度は外でゆっくり会おう」
酒場で飲むなら大丈夫だからと言ったクレイにロイドがクスリと笑いながら、じゃあ次はそれでとさらりと流した。
そうやって外へと出たところで、突如魔法を使ってクレイを拘束しにかかる者がいた。
「クレイ!」
地面から蔓のようなものが突然湧き上がるように現れクレイの身を拘束し、呪文を唱えられないよう口内にまで蔓を侵入させてくる。
「う…うぅ…ッ!」
そしてそこに現れたのは白魔道士アベルだった。
「やっと捕まえた。なかなか会えないからもう直接王宮に乗り込まないとダメかと思っていたところだ」
けれどその言葉と共にクレイの眷属が素早く動き、クレイを拘束する蔦を一瞬で引き裂いた。
【クレイ様!ご無事ですか?!】
他の眷属もクレイを守る為に四方からアベルを威嚇しに掛かる。
【クレイ様。お下がりください】
「うぅ…最悪だ」
「クレイ…!」
ロイドとリーネも臨戦態勢でアベルへと向き合い、ロックウェルもまたクレイへと駆け寄り守るようにその身を包み込んだ。
けれどクレイはその怒りのままにアベルに対して言葉を言い放つ。
「折角ロックウェルの魔力に浸って気分が良かったのに!」
その言葉にリーネとロイドが不思議そうな顔をしてくるが、クレイは余程腹が立っているのかアベルに向かって冷たく言葉を紡ぐ。
「貴様は余程俺を怒らせるのが好きと見える。絶対に許さん…」
ゴォ…ッとクレイの周囲に広域魔法が発動される。
これではアベルが如何に逃げようとしても徒労に終わってしまうだろうことが容易に想像がついた。
「ちょっ…!ちょっと待て!」
アベルが焦ったようにクレイに言うが、クレイは冷たい笑みを浮かべながら瞳の封印を解き、アベルに対して言い放つ。
「二度とお前に魔力は返さないからな?」
そして呪文を唱えようとしたところで、ロックウェルが慌ててクレイの口に指を差し入れそれを阻止した。
「クレイ、待て!」
「んん…ッ!」
何故止めると言わんばかりにクレイが抗議してくるが、ロックウェルとしてはここは止めねばと思わずにはいられなかった。
「よく見ろ。あいつはトルテッティの服を着ているだろう?」
恐らく交流会絡みで何か話があるに違いないと踏み、ロックウェルが説得を試みる。
「お前が怒るのも最もだ。お前が喜ぶのは私が相手の時だけだものな?」
「ん…んぅ…」
クチュクチュと口内を指で犯しながらロックウェルが言うと、クレイがトロリとした目でうっとりとロックウェルを見つめ始める。
「後で魔力交流もしてやるからそう怒るな」
「ん…んんっ…」
「ほら。これで一先ず落ち着け」
そう言いながらそっと指を引き抜きそのまま口づけたロックウェルにクレイがふて腐れたようにそっぽを向くが、どうやら怒りは多少収まったようだ。
「…仕方がないな。今回はお前に免じて許してやる」
「それは良かった。もちろんこの礼は夜にもたっぷりしてやるとしよう」
「……わかった」
絶対だと言いながらクレイは瞳を封印し直し、さっさと踵を返した。
そんなクレイをロイドが追う。
「クレイ。やっぱり暫く付いていてやろうか?」
「正直有り難い…。あんな奴に付き纏われるくらいなら、本気で交流会が終わるまでの間ソレーユに行きたくなった!」
そんな言葉と共に扉は思い切りバタンと閉じられた。
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