99 / 264
第一部 アストラス編~王の落胤~
97.※睦み合い
しおりを挟む
「クレイ?」
「ルドルフ」
ロックウェルを執務室へと送り出しルドルフの元へとやってきたクレイに、その場にいた者達の目が集中する。
そして事情を知る官吏達がすぐさま積極的に場を整えに掛かった。
「クレイ様。ようこそいらっしゃいました。あちらでどうぞごゆっくりお話下さいませ」
「……別に歩きながらでも…」
「そう言う訳には参りません!どうぞあちらの方へ」
そんな姿に事情を知らぬ者も何事だろうと視線を向けてくる。
これでは目立って仕方がない。
「クレイ。気にするな」
やりにくいなと思いながら動きを止めたクレイをルドルフがサラリと促しそちらへ誘導する。
「どうせ例の件だろう?それなら人払いができるこちらの方がいい」
「…そうか」
それは確かにとクレイが納得したのを見て、ルドルフはクスリと笑ってそっと人払いを済ませた。
***
「王妃の方は落ち着いたのか?」
「ああ。母上はあの後調べさせたら指輪にも毒を仕込んでいてな。危うく自害されるところをショーンが助けて事なきを得た」
「…そうか」
ルドルフはクレイに現在の王妃の状況について説明をする。
ちなみにこんなことになってノーティアス達は蒼白になって慄いていたらしい。
本人達は自分達を裏切っていた母親に復讐するだけのつもりだったのだろうが、結果的に王宮に混乱をもたらしてしまったのだからそれもまた致し方のないことではあっただろう。
現在は二人揃って謹慎を言い渡されている。
そしてショーンによると、王妃の状態は薬物によるものは解毒魔法で何とかなっても洗脳の方は解くのに時間がかかるとのことだった。
こればかりは仕方がない。
「なんとか早急に元に戻してやりたいとは思っているのだが…」
そう思ってため息を吐いていると、クレイがそっと口を開いた。
「お前が望むなら洗脳は俺が解いてやることもできるぞ?」
「え?」
それは思ってもみない言葉だったので思わず目を見開いてしまう。
「解毒魔法は白魔道士しか扱えないが、記憶操作は逆に黒魔道士の術だ。それを上手く使えば洗脳は解くことができる」
「…記憶操作…か?」
「ああ。俺が父にしたような、ああいうものだ…」
ただこれについては賛否あるものだし、無理にとは言わないとクレイは言った。
「場合によっては人の人生を左右してしまう類の物だ。よく考えてから答えを出してくれ」
そんな言葉にルドルフが暫し考え口を開く。
「それはそんなに難しい魔法なのか?」
「いや。種類さえ間違わなければ比較的簡単だ」
そしてクレイは順を追ってその魔法について教えてくれる。
ルドルフが魔法について何も知らないからこそ恐らくそこまで細かく教えてくれたのだろう。
「ほんの一部を記憶から消したり書き換えたりするのが俺がライアード王子にした、よくある記憶操作の魔法だ。これは趣味嗜好をほんの僅か変える程度の時に使うことができる」
そう言いながらクレイはそれをわかりやすく紙に書いた。
「そもそもの主原因を記憶から消したように見せかけるのが、両親に施したまやかしの魔法。これは存在を別なものに置き換えているんだ。そして過去に遡り、元となる現象が起こる前の状態に戻すならこの不要な部分の一斉消去魔法。まあ一種の記憶喪失状態にするようなものだな」
そんな風に記憶操作の魔法とは言っても実は種類があるらしい。
「これからいくと、王妃の洗脳を解くのはこの三つ目のものがいいとは思うんだが」
「そうだな。この種類の中ならそれが一番いいだろうな」
「別に王宮魔道士でもできると思うから、ロックウェルに立ち会ってもらって第一部隊の者で済ますのも手だぞ?」
「そうか。それなら陛下にも相談して決めようと思う」
「ああ。そうしてくれ」
そうして結論を出したところで、ふとルドルフは聞いてみたくなった。
「お前はドルト殿達にどんな風にまやかしの魔法を掛けたんだ?」
この魔法は聞く限り消去魔法とは違って記憶の封印のようだと感じたからだ。
「…俺か?」
けれどそれはクレイにとっては思いがけない言葉だったようで、そっと沈んだ顔を見せながら小さく呟くように答えた。
「…そうだな、あの頃は花に置き換えて…使ったんだった」
そしてどこか懐かしむように…そっとクレイは外へと視線を向ける。
「あの頃庭園にはちょうど紫の花が咲き乱れていてな…それに置き換えたんだ」
あの花は何と言っただろう?
庭園に咲く…特別でもなんでもないどこにでもあるような花だったが、自分の好きな花ではあった。
だからこそ当時の自分は無意識にそれに置き換えてみようと思ったのかもしれない。
あの屋敷に紫の瞳の子などどこにもいなかった。
あるのはただ、庭園に咲くその紫の花だけ────それでいい。
枯れようと、別の花に植え替えられようと好きにすればいい。
けれど願わくば…今でも咲いていてくれればいい…。
それを確かめに行く勇気はないけれど…とクレイは言っているようだった。
「そうか…」
けれどその話を聞いてルドルフは以前ドルトと話したことを思い出し、胸が苦しくなってしまう。
「ドルト殿はお子がいらっしゃらないと伺いましたが、養子などは取られないのですか?」
そう尋ねた自分にドルトは珍しくふわりと微笑みながらその言葉を口にした。
「我々は夫婦でいるのが一番幸せなのですよ」
「…しかし」
「そうですね…。今の季節、我が家の庭に紫の花が綺麗に咲いていましてね…。朝露に濡れてキラキラと輝くその花を見ていると何故か誰かを思い出すのです」
それが誰なのかはさっぱりわからないが、そんな気持ちがあるから養子を迎えたいとは全く思わないのだと彼は言っていた。
「大切な者だったのですね…」
「どうなのでしょう?どこかほろ苦い思い出のようでもありますよ?けれど…幸せであってほしい相手であったように思います」
そう語るドルトの表情はとても穏やかで優しかった。
「…待ち人がくるといいですね」
そう言った自分の言葉に彼はただそうですねと答えたのだった。
「…クレイ。言い難いことを聞いてしまって悪かった」
「いや」
「ハインツの教育係は明後日だったな?」
「え?ああ」
突然の話の展開に戸惑うクレイにルドルフはさりげなさを装いながらその言葉を告げる。
「…それならその際に母上の件で返事をさせてもらいたい」
「ああ。別に俺はいつでもいいから…」
「そうか。ではまた二日後に」
ルドルフはそう返答を返すとそっとクレイを促し立ち上がった。
クレイを見送ったら、すぐさま王とドルトに食事会への出席をお願いしに行こうと思いながら────。
***
その日、クレイは久方ぶりに女装をしていた。
ルドルフが食事会にドルトを呼んだと言うので、悩んだ末にクレアの姿で会おうと思ったからだ。
よく考えたらドルトは王の片腕だ。
当然クレイが王の落胤であることや紫の瞳を持っていることなど耳に入っている可能性は高い。
そこから万が一にでも生い立ちの話になってしまっては大変だ。
リスクはできるだけ回避しておく方がいいだろう。
「ロックウェル。迎えに来たぞ」
そう言ってひょっこりと執務室へと顔を出すと、何故か皆が驚きの表情を見せた。
「え?あれ?」
「ひょっとして……クレイだったの?!」
「…そうだが?」
不思議そうな顔をするクレイに第一部隊の面々はやられたと項垂れてしまう。
「てっきりそっちは別人だと思っていたのに…!」
「いや。噂払拭にシリィが手を貸してくれてな」
もうリーネとの噂は下火になっただろうからばらしてしまってもいいだろうと、クレイはあっさりとそう答えた。
「完璧に化けてるな。それなら俺も付き合いたい!」
「…?中身は男だぞ?」
「だって、超美人じゃないか!これで夜のテクもあれば最高だぞ?!」
「黒魔道士は夜は大抵誰でも白魔道士より上手いと思うが?」
「天然!可愛い!」
抱きつきたいと騒ぐ白魔道士に、周囲の者がそろそろやめておけと宥めにかかる。
「こいつ以前彼女にかっこ悪いとかセンス悪いとか散々言われて振られてさ、それからずっとフリーなんだ。だから誰でもいいから彼女が欲しいんだよ」
わかってやってくれと言う同僚になるほどとクレイは言って、上から下までざっと見た後、的確なアドバイスをし始めた。
「お前の場合元がいいんだから、もっと似合う服装に変えて、髪型もいっそ変えてみたらどうだ?まだまだかっこよくなると思うぞ?」
「たとえば?」
「髪型か?」
そう言ってクレイは使い魔に指示を出し、あっという間に変えてしまう。
「こんな感じかな」
「あら。いいじゃない」
「すごく似合ってるぞ」
「え?何?どうなった?!」
慌てて鏡を見に行く魔道士にクレイがクスリと笑った。
「変な奴だな」
「え~?こういうのはセンスの問題だと思うぞ」
「そうそう。クレイはセンスが良いのよ」
「センスね。どうなんだろうな?自分ではよくわからないが…」
クレイが戸惑っていると、先程の魔道士の服装も今度変えてやってくれとまで言われてしまう。
それこそロックウェルに頼めばいいのにと思っていると、今度は別の相手まで頼まれてしまった。
「じゃああそこの引っ詰めにしてるベリルも可愛くしてやってくれない?今日飲み会なのよ」
「ちょっと!仕事に支障を来たす髪型とかやめてよね!」
焦って手を振るベリルにクレイがふむと考えて、また使い魔へと指示を出す。
「これでどうだ?」
サイドをふわりと流し後ろは編み込みでスッキリまとめつつ、適度にフェミニンさも忘れない絶妙な仕上がりになった。
「可愛い!」
「アリだな」
「え?何?」
ベリルも気になるのか鏡を見に飛んでいってしまう。
「それよりもロックウェルは?」
正直あまり興味はないので、クレイはあっさりと話を切り替えロックウェルの姿を探した。
「ああ。ロックウェル様なら今打ち合わせ中で…」
その言葉と同時に奥の部屋からちょうどロックウェルが姿を現す。
「では第二部隊の方はこのように」
「かしこまりました」
そうやってコーネリアと部屋から出てきたロックウェルに、一番近くにいた男が元気に声を掛けた。
「ロックウェル様!愛しの恋人がお待ちかねですよ!」
「なんだ。来ていたのか」
その言葉と同時にロックウェルの表情がふっと綻ぶ。
「ロックウェル様の噂のお相手でございますか?」
コーネリアが尋ねて来たので、ロックウェルはそうだと答えを返す。
「噂通りの美しい方ですね」
「ああ。私を夢中にさせる悪い奴だ」
そう言いながらもそっと抱き寄せる様は愛しくて仕方がないと言わんばかりだ。
「……これからハインツ様の教育もあると伺っておりますので、その方は私がお送りいたしましょうか?」
コーネリアが気を利かせてそう言うも、ロックウェルはあっさりとそれを断った。
「いや。彼女は私が連れていくから心配には及ばない」
「左様でございますか。では私はこのあたりで失礼いたします」
「ああ」
そうしてコーネリアは静かに退室していった。
「ほら、もういいだろう?いつまでも人前でベタベタするな」
そう言ってクレイはあっさりとロックウェルの腕から脱出してしまう。
そんな姿に第一部隊の者達はあれ?と首を傾げた。
そこには全く甘さの欠片もない。
確かこの二人は恋人同士だったと思うのだが…。
ちょうどその時、先程部屋から出て行った白魔道士のレアーノが戻って来て、上機嫌でクレイへと飛びついた。
「クレイ!凄い!ありがとう!何これカッコいいんだけど!」
「そうか。気に入ってくれて何よりだ」
けれどムギュッと抱きしめるレアーノをクレイがポンポンと抱きしめ返したところで、ロックウェルが二人をバリッと引き剥がす。
「レアーノ…?」
「ひっ…!ロックウェル様?!」
申し訳ありませんとレアーノが蒼白になって謝罪するが、そこでクレイが呆れたように口を挟んだ。
「単なる喜びの抱擁だろう?怒ることでもない」
ほら行くぞとサラリと流すクレイに、見ている方はドキドキだ。
「そうやってすぐに嫉妬するからロイドに狭量だと言われるんだ」
しかもそんな地雷まで踏みにかかるものだから、皆は一斉に二人から距離を置いた。
正直いくらなんでもロックウェルにそこまで言えるほど度胸のある者はここには誰もいない。
「いい度胸だな…」
それはこの部屋にいる誰もが「怒った?!」と思うほど低い声で────。
その言葉と同時にロックウェルはあっと言う間にクレイを腕の中へと閉じ込めて、そのまま深く口付けた。
「ん…?!んんっ……!」
腰と頭をしっかりと支えて絶対に離さないと言わんばかりに口付けるロックウェルに、クレイは逃げる術なく囚われる。
「ん…はぁ…」
「クレイ…反省は?」
「誰がするか!この馬鹿…」
そう言いながらもクレイは潤む瞳でロックウェルを見つめるばかり。
そこには先程までなかった色気が溢れている。
「クレイ?」
そうやってロックウェルから甘やかに声を掛けられて落ちない者はいないだろうと第一部隊の面々はそっと頰を染めたのだが、そこはそれ。クレイは一筋縄ではいかなかった。
「もういい!先に行ってるから!」
そしてクレイはスルリとロックウェルから逃げ出すと、怒って執務室を飛び出してしまった。
そんなクレイをロックウェルが慌てて追う。
「クレイ!待て!そのまま行くな!色気がダダ漏れだ!」
「誰のせいだ!追ってくるな!」
そうしてまたギャイギャイ言いながら去って行った二人に残された面々はため息をつく。
「意外ね。ロックウェル様の方が夢中みたい」
「いや…あれはロックウェル様が放っておかないわけだ」
「無自覚天然でロックウェル様を翻弄しているし、あれじゃあ全く飽きなさそうですね…」
「ロックウェル様を落とすだけあるな。あれだけ夢中ならこれまでみたいに簡単に別れたりはしないだろう」
こうして、ある意味お似合いだなと思いながら皆は仕事へと戻って行った。
***
「クレイ!」
ハインツの部屋近くでやっとクレイを捕まえロックウェルはクレイを抱き締める。
ここにくるまで一体どれだけの男達がこの姿に見惚れていただろう?
それを思うと、口づけなど安易にしなければよかったと反省してしまう。
「私が悪かった」
「……」
「許してくれないか?」
「ん…」
そう言いながらクレイがそっと腕を回し、身を寄せてくる。
「お前の口づけはすぐに体が反応してしまうから、人前でして欲しくない」
そうやって頰を染めて見つめてくるからたまらないのだと、この小悪魔は分かっているのだろうか?
「クレイ…それは口づけで感じたから、今すぐ抱いてほしいと言っているのか?」
「え?そ、そんなわけがない!」
「でもほら…ここはこんなに大きくなっているぞ?」
「ん…んんっ…!やだッ…!」
「後ろもほら、気持ち良さそうだ。諦めて一緒に気持ちよくなろうな?」
そして柱の影へと引き摺り込み、そのまま必死に声を抑えるクレイを犯してやった。
「……ッ!ぁあッ…ふぅ…んんッ!」
グッと奥まで突き上げるたびにクレイが身を震わせ縋り付く。
そして一番感じる場所を穿つように責め立てるともうダメだと訴えてきた。
「はッ…。も、イきたい…!」
「任せておけ」
こちらもキュッと締め付けられてそろそろ限界だった。
パンパンと勢いよく追い上げて行くとクレイが腰を突き出すようにしながら甘い声を上げる。
「あッ!ロックウェルッ!ロックウェルッ!ん────!!」
ハンカチにそっとクレイのものを吐き出させながら、自身も中へと勢いよく注ぎ暫しの余韻に浸る。
そしてヒクヒクと身を震わせるクレイを支えてそっと後孔を拭った。
「あぁっ…」
そこには先程までとは比べ物にならないほどの色香を纏うクレイがいて、もっと欲しくてたまらない気持ちになってしまう。
本当にいくら抱いても足りないくらいだ。
とは言えここでそれをしてしまうわけにもいかない。
「クレイ…ハインツ王子をあまり待たせても申し訳ない。すぐに行こう」
そうして名残惜しくはあるが、サッと回復魔法を口にした。
「…はぁ…お前は本当に罪作りだ」
身支度を整えたところでクレイがそっとそんなことを言ってきたので、一体どう言う意味だと尋ねてやると、困ったように口を開いてきた。
「俺はもっと淡白だったのに…お前に付き合ってしているうちに貪欲になった気がする」
「いい傾向だな。それだけ私を欲してくれていると言うことだろう?」
「…好きすぎて拒めないだけだ」
「それは光栄だ」
もっともっと身も心も自分に囚われればいいのだ。
他の男の名などその口から出なくなればいい。
「クレイ…今夜は食事会だが、私も付いているから辛かったら途中で退席してもいいから頼ってくれ」
「……ロックウェル」
「他の誰よりもお前だけを愛してる。だからどんな時も一番に頼るのは私だけと誓ってくれ」
「…わかった」
そうして頰を染めるクレイに軽く口づけを落として二人でハインツの元へと向かう。
そう言えば今日は眷属についての授業だった。
自分もついでに眷属と契約してみようかなと思いながら、ロックウェルはそっと愛しい恋人を見つめたのだった。
「ルドルフ」
ロックウェルを執務室へと送り出しルドルフの元へとやってきたクレイに、その場にいた者達の目が集中する。
そして事情を知る官吏達がすぐさま積極的に場を整えに掛かった。
「クレイ様。ようこそいらっしゃいました。あちらでどうぞごゆっくりお話下さいませ」
「……別に歩きながらでも…」
「そう言う訳には参りません!どうぞあちらの方へ」
そんな姿に事情を知らぬ者も何事だろうと視線を向けてくる。
これでは目立って仕方がない。
「クレイ。気にするな」
やりにくいなと思いながら動きを止めたクレイをルドルフがサラリと促しそちらへ誘導する。
「どうせ例の件だろう?それなら人払いができるこちらの方がいい」
「…そうか」
それは確かにとクレイが納得したのを見て、ルドルフはクスリと笑ってそっと人払いを済ませた。
***
「王妃の方は落ち着いたのか?」
「ああ。母上はあの後調べさせたら指輪にも毒を仕込んでいてな。危うく自害されるところをショーンが助けて事なきを得た」
「…そうか」
ルドルフはクレイに現在の王妃の状況について説明をする。
ちなみにこんなことになってノーティアス達は蒼白になって慄いていたらしい。
本人達は自分達を裏切っていた母親に復讐するだけのつもりだったのだろうが、結果的に王宮に混乱をもたらしてしまったのだからそれもまた致し方のないことではあっただろう。
現在は二人揃って謹慎を言い渡されている。
そしてショーンによると、王妃の状態は薬物によるものは解毒魔法で何とかなっても洗脳の方は解くのに時間がかかるとのことだった。
こればかりは仕方がない。
「なんとか早急に元に戻してやりたいとは思っているのだが…」
そう思ってため息を吐いていると、クレイがそっと口を開いた。
「お前が望むなら洗脳は俺が解いてやることもできるぞ?」
「え?」
それは思ってもみない言葉だったので思わず目を見開いてしまう。
「解毒魔法は白魔道士しか扱えないが、記憶操作は逆に黒魔道士の術だ。それを上手く使えば洗脳は解くことができる」
「…記憶操作…か?」
「ああ。俺が父にしたような、ああいうものだ…」
ただこれについては賛否あるものだし、無理にとは言わないとクレイは言った。
「場合によっては人の人生を左右してしまう類の物だ。よく考えてから答えを出してくれ」
そんな言葉にルドルフが暫し考え口を開く。
「それはそんなに難しい魔法なのか?」
「いや。種類さえ間違わなければ比較的簡単だ」
そしてクレイは順を追ってその魔法について教えてくれる。
ルドルフが魔法について何も知らないからこそ恐らくそこまで細かく教えてくれたのだろう。
「ほんの一部を記憶から消したり書き換えたりするのが俺がライアード王子にした、よくある記憶操作の魔法だ。これは趣味嗜好をほんの僅か変える程度の時に使うことができる」
そう言いながらクレイはそれをわかりやすく紙に書いた。
「そもそもの主原因を記憶から消したように見せかけるのが、両親に施したまやかしの魔法。これは存在を別なものに置き換えているんだ。そして過去に遡り、元となる現象が起こる前の状態に戻すならこの不要な部分の一斉消去魔法。まあ一種の記憶喪失状態にするようなものだな」
そんな風に記憶操作の魔法とは言っても実は種類があるらしい。
「これからいくと、王妃の洗脳を解くのはこの三つ目のものがいいとは思うんだが」
「そうだな。この種類の中ならそれが一番いいだろうな」
「別に王宮魔道士でもできると思うから、ロックウェルに立ち会ってもらって第一部隊の者で済ますのも手だぞ?」
「そうか。それなら陛下にも相談して決めようと思う」
「ああ。そうしてくれ」
そうして結論を出したところで、ふとルドルフは聞いてみたくなった。
「お前はドルト殿達にどんな風にまやかしの魔法を掛けたんだ?」
この魔法は聞く限り消去魔法とは違って記憶の封印のようだと感じたからだ。
「…俺か?」
けれどそれはクレイにとっては思いがけない言葉だったようで、そっと沈んだ顔を見せながら小さく呟くように答えた。
「…そうだな、あの頃は花に置き換えて…使ったんだった」
そしてどこか懐かしむように…そっとクレイは外へと視線を向ける。
「あの頃庭園にはちょうど紫の花が咲き乱れていてな…それに置き換えたんだ」
あの花は何と言っただろう?
庭園に咲く…特別でもなんでもないどこにでもあるような花だったが、自分の好きな花ではあった。
だからこそ当時の自分は無意識にそれに置き換えてみようと思ったのかもしれない。
あの屋敷に紫の瞳の子などどこにもいなかった。
あるのはただ、庭園に咲くその紫の花だけ────それでいい。
枯れようと、別の花に植え替えられようと好きにすればいい。
けれど願わくば…今でも咲いていてくれればいい…。
それを確かめに行く勇気はないけれど…とクレイは言っているようだった。
「そうか…」
けれどその話を聞いてルドルフは以前ドルトと話したことを思い出し、胸が苦しくなってしまう。
「ドルト殿はお子がいらっしゃらないと伺いましたが、養子などは取られないのですか?」
そう尋ねた自分にドルトは珍しくふわりと微笑みながらその言葉を口にした。
「我々は夫婦でいるのが一番幸せなのですよ」
「…しかし」
「そうですね…。今の季節、我が家の庭に紫の花が綺麗に咲いていましてね…。朝露に濡れてキラキラと輝くその花を見ていると何故か誰かを思い出すのです」
それが誰なのかはさっぱりわからないが、そんな気持ちがあるから養子を迎えたいとは全く思わないのだと彼は言っていた。
「大切な者だったのですね…」
「どうなのでしょう?どこかほろ苦い思い出のようでもありますよ?けれど…幸せであってほしい相手であったように思います」
そう語るドルトの表情はとても穏やかで優しかった。
「…待ち人がくるといいですね」
そう言った自分の言葉に彼はただそうですねと答えたのだった。
「…クレイ。言い難いことを聞いてしまって悪かった」
「いや」
「ハインツの教育係は明後日だったな?」
「え?ああ」
突然の話の展開に戸惑うクレイにルドルフはさりげなさを装いながらその言葉を告げる。
「…それならその際に母上の件で返事をさせてもらいたい」
「ああ。別に俺はいつでもいいから…」
「そうか。ではまた二日後に」
ルドルフはそう返答を返すとそっとクレイを促し立ち上がった。
クレイを見送ったら、すぐさま王とドルトに食事会への出席をお願いしに行こうと思いながら────。
***
その日、クレイは久方ぶりに女装をしていた。
ルドルフが食事会にドルトを呼んだと言うので、悩んだ末にクレアの姿で会おうと思ったからだ。
よく考えたらドルトは王の片腕だ。
当然クレイが王の落胤であることや紫の瞳を持っていることなど耳に入っている可能性は高い。
そこから万が一にでも生い立ちの話になってしまっては大変だ。
リスクはできるだけ回避しておく方がいいだろう。
「ロックウェル。迎えに来たぞ」
そう言ってひょっこりと執務室へと顔を出すと、何故か皆が驚きの表情を見せた。
「え?あれ?」
「ひょっとして……クレイだったの?!」
「…そうだが?」
不思議そうな顔をするクレイに第一部隊の面々はやられたと項垂れてしまう。
「てっきりそっちは別人だと思っていたのに…!」
「いや。噂払拭にシリィが手を貸してくれてな」
もうリーネとの噂は下火になっただろうからばらしてしまってもいいだろうと、クレイはあっさりとそう答えた。
「完璧に化けてるな。それなら俺も付き合いたい!」
「…?中身は男だぞ?」
「だって、超美人じゃないか!これで夜のテクもあれば最高だぞ?!」
「黒魔道士は夜は大抵誰でも白魔道士より上手いと思うが?」
「天然!可愛い!」
抱きつきたいと騒ぐ白魔道士に、周囲の者がそろそろやめておけと宥めにかかる。
「こいつ以前彼女にかっこ悪いとかセンス悪いとか散々言われて振られてさ、それからずっとフリーなんだ。だから誰でもいいから彼女が欲しいんだよ」
わかってやってくれと言う同僚になるほどとクレイは言って、上から下までざっと見た後、的確なアドバイスをし始めた。
「お前の場合元がいいんだから、もっと似合う服装に変えて、髪型もいっそ変えてみたらどうだ?まだまだかっこよくなると思うぞ?」
「たとえば?」
「髪型か?」
そう言ってクレイは使い魔に指示を出し、あっという間に変えてしまう。
「こんな感じかな」
「あら。いいじゃない」
「すごく似合ってるぞ」
「え?何?どうなった?!」
慌てて鏡を見に行く魔道士にクレイがクスリと笑った。
「変な奴だな」
「え~?こういうのはセンスの問題だと思うぞ」
「そうそう。クレイはセンスが良いのよ」
「センスね。どうなんだろうな?自分ではよくわからないが…」
クレイが戸惑っていると、先程の魔道士の服装も今度変えてやってくれとまで言われてしまう。
それこそロックウェルに頼めばいいのにと思っていると、今度は別の相手まで頼まれてしまった。
「じゃああそこの引っ詰めにしてるベリルも可愛くしてやってくれない?今日飲み会なのよ」
「ちょっと!仕事に支障を来たす髪型とかやめてよね!」
焦って手を振るベリルにクレイがふむと考えて、また使い魔へと指示を出す。
「これでどうだ?」
サイドをふわりと流し後ろは編み込みでスッキリまとめつつ、適度にフェミニンさも忘れない絶妙な仕上がりになった。
「可愛い!」
「アリだな」
「え?何?」
ベリルも気になるのか鏡を見に飛んでいってしまう。
「それよりもロックウェルは?」
正直あまり興味はないので、クレイはあっさりと話を切り替えロックウェルの姿を探した。
「ああ。ロックウェル様なら今打ち合わせ中で…」
その言葉と同時に奥の部屋からちょうどロックウェルが姿を現す。
「では第二部隊の方はこのように」
「かしこまりました」
そうやってコーネリアと部屋から出てきたロックウェルに、一番近くにいた男が元気に声を掛けた。
「ロックウェル様!愛しの恋人がお待ちかねですよ!」
「なんだ。来ていたのか」
その言葉と同時にロックウェルの表情がふっと綻ぶ。
「ロックウェル様の噂のお相手でございますか?」
コーネリアが尋ねて来たので、ロックウェルはそうだと答えを返す。
「噂通りの美しい方ですね」
「ああ。私を夢中にさせる悪い奴だ」
そう言いながらもそっと抱き寄せる様は愛しくて仕方がないと言わんばかりだ。
「……これからハインツ様の教育もあると伺っておりますので、その方は私がお送りいたしましょうか?」
コーネリアが気を利かせてそう言うも、ロックウェルはあっさりとそれを断った。
「いや。彼女は私が連れていくから心配には及ばない」
「左様でございますか。では私はこのあたりで失礼いたします」
「ああ」
そうしてコーネリアは静かに退室していった。
「ほら、もういいだろう?いつまでも人前でベタベタするな」
そう言ってクレイはあっさりとロックウェルの腕から脱出してしまう。
そんな姿に第一部隊の者達はあれ?と首を傾げた。
そこには全く甘さの欠片もない。
確かこの二人は恋人同士だったと思うのだが…。
ちょうどその時、先程部屋から出て行った白魔道士のレアーノが戻って来て、上機嫌でクレイへと飛びついた。
「クレイ!凄い!ありがとう!何これカッコいいんだけど!」
「そうか。気に入ってくれて何よりだ」
けれどムギュッと抱きしめるレアーノをクレイがポンポンと抱きしめ返したところで、ロックウェルが二人をバリッと引き剥がす。
「レアーノ…?」
「ひっ…!ロックウェル様?!」
申し訳ありませんとレアーノが蒼白になって謝罪するが、そこでクレイが呆れたように口を挟んだ。
「単なる喜びの抱擁だろう?怒ることでもない」
ほら行くぞとサラリと流すクレイに、見ている方はドキドキだ。
「そうやってすぐに嫉妬するからロイドに狭量だと言われるんだ」
しかもそんな地雷まで踏みにかかるものだから、皆は一斉に二人から距離を置いた。
正直いくらなんでもロックウェルにそこまで言えるほど度胸のある者はここには誰もいない。
「いい度胸だな…」
それはこの部屋にいる誰もが「怒った?!」と思うほど低い声で────。
その言葉と同時にロックウェルはあっと言う間にクレイを腕の中へと閉じ込めて、そのまま深く口付けた。
「ん…?!んんっ……!」
腰と頭をしっかりと支えて絶対に離さないと言わんばかりに口付けるロックウェルに、クレイは逃げる術なく囚われる。
「ん…はぁ…」
「クレイ…反省は?」
「誰がするか!この馬鹿…」
そう言いながらもクレイは潤む瞳でロックウェルを見つめるばかり。
そこには先程までなかった色気が溢れている。
「クレイ?」
そうやってロックウェルから甘やかに声を掛けられて落ちない者はいないだろうと第一部隊の面々はそっと頰を染めたのだが、そこはそれ。クレイは一筋縄ではいかなかった。
「もういい!先に行ってるから!」
そしてクレイはスルリとロックウェルから逃げ出すと、怒って執務室を飛び出してしまった。
そんなクレイをロックウェルが慌てて追う。
「クレイ!待て!そのまま行くな!色気がダダ漏れだ!」
「誰のせいだ!追ってくるな!」
そうしてまたギャイギャイ言いながら去って行った二人に残された面々はため息をつく。
「意外ね。ロックウェル様の方が夢中みたい」
「いや…あれはロックウェル様が放っておかないわけだ」
「無自覚天然でロックウェル様を翻弄しているし、あれじゃあ全く飽きなさそうですね…」
「ロックウェル様を落とすだけあるな。あれだけ夢中ならこれまでみたいに簡単に別れたりはしないだろう」
こうして、ある意味お似合いだなと思いながら皆は仕事へと戻って行った。
***
「クレイ!」
ハインツの部屋近くでやっとクレイを捕まえロックウェルはクレイを抱き締める。
ここにくるまで一体どれだけの男達がこの姿に見惚れていただろう?
それを思うと、口づけなど安易にしなければよかったと反省してしまう。
「私が悪かった」
「……」
「許してくれないか?」
「ん…」
そう言いながらクレイがそっと腕を回し、身を寄せてくる。
「お前の口づけはすぐに体が反応してしまうから、人前でして欲しくない」
そうやって頰を染めて見つめてくるからたまらないのだと、この小悪魔は分かっているのだろうか?
「クレイ…それは口づけで感じたから、今すぐ抱いてほしいと言っているのか?」
「え?そ、そんなわけがない!」
「でもほら…ここはこんなに大きくなっているぞ?」
「ん…んんっ…!やだッ…!」
「後ろもほら、気持ち良さそうだ。諦めて一緒に気持ちよくなろうな?」
そして柱の影へと引き摺り込み、そのまま必死に声を抑えるクレイを犯してやった。
「……ッ!ぁあッ…ふぅ…んんッ!」
グッと奥まで突き上げるたびにクレイが身を震わせ縋り付く。
そして一番感じる場所を穿つように責め立てるともうダメだと訴えてきた。
「はッ…。も、イきたい…!」
「任せておけ」
こちらもキュッと締め付けられてそろそろ限界だった。
パンパンと勢いよく追い上げて行くとクレイが腰を突き出すようにしながら甘い声を上げる。
「あッ!ロックウェルッ!ロックウェルッ!ん────!!」
ハンカチにそっとクレイのものを吐き出させながら、自身も中へと勢いよく注ぎ暫しの余韻に浸る。
そしてヒクヒクと身を震わせるクレイを支えてそっと後孔を拭った。
「あぁっ…」
そこには先程までとは比べ物にならないほどの色香を纏うクレイがいて、もっと欲しくてたまらない気持ちになってしまう。
本当にいくら抱いても足りないくらいだ。
とは言えここでそれをしてしまうわけにもいかない。
「クレイ…ハインツ王子をあまり待たせても申し訳ない。すぐに行こう」
そうして名残惜しくはあるが、サッと回復魔法を口にした。
「…はぁ…お前は本当に罪作りだ」
身支度を整えたところでクレイがそっとそんなことを言ってきたので、一体どう言う意味だと尋ねてやると、困ったように口を開いてきた。
「俺はもっと淡白だったのに…お前に付き合ってしているうちに貪欲になった気がする」
「いい傾向だな。それだけ私を欲してくれていると言うことだろう?」
「…好きすぎて拒めないだけだ」
「それは光栄だ」
もっともっと身も心も自分に囚われればいいのだ。
他の男の名などその口から出なくなればいい。
「クレイ…今夜は食事会だが、私も付いているから辛かったら途中で退席してもいいから頼ってくれ」
「……ロックウェル」
「他の誰よりもお前だけを愛してる。だからどんな時も一番に頼るのは私だけと誓ってくれ」
「…わかった」
そうして頰を染めるクレイに軽く口づけを落として二人でハインツの元へと向かう。
そう言えば今日は眷属についての授業だった。
自分もついでに眷属と契約してみようかなと思いながら、ロックウェルはそっと愛しい恋人を見つめたのだった。
10
お気に入りに追加
891
あなたにおすすめの小説


塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる