黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

77.暴走

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リーネは絶対にクレイの好みの物を見つけてやると街を歩き回っていた。
黒曜石に魔力を込めるとクレイは言っていたから、もし黒曜石にするなら安物ではいけない。
艶があって滑らかな手触りのもので何か身につけやすい物はないだろうか?
クレイは魔法を使う時は特にロッドも必要としないから飾りの類は意味がないだろう。
マントの留め具としては先程ロックウェルがブローチを贈っていたし、無難なのはバングルやピアスなどだが…。

(つけてくれると思えないのよね…)

恐らくクレイは余程気に入ったものでないとその身につけてくれることはないだろう。
普段からシンプルにしているし、ごてごてしたものは明らかに好みそうにない。
それにロックウェルが言っていたように、黒一色の物の方が確かに好みそうだ。
あの喜びようは正直予想外だった。

(まさかあんなシンプルなブローチにあそこまで喜ぶなんて…)

確かに石の質は物凄く良さそうだったが…。
あれだけでもクレイはデザイン的なものよりも質の良いものを喜ぶのだと言うのがよくわかった。
それならばいっそ質を重視した上で装飾品以外の物を用意した方がいいのではないかと思いついた。
黒魔道士らしくて、飾りなどではなく、それでいて確実に喜んで使ってもらえるもの────。

(魔道書…か、もしくは仕事に使える物がいいわね…)

そう考えると、いいものを思いついたとリーネは笑った。

(そうね。あれならきっと使ってもらえるわ)

やったと思いながらリーネはそれを扱う店へと足を向けた。




その頃、リーネの眷属はそっと主を見ていた。

(────まさか主があれほどクレイという者に嵌るとは…)

確かに魔力も高いし従える眷属や使い魔も多い。
見目麗しく、黒魔道士として申し分もない。
けれどあの男は惚れるだけ無駄だ。
今まで気が付かなかったが、こうして出掛けて初めて分かったことがある。
あの男はロックウェルと言う白魔道士のことが好きなのだ。
シリィと言う白魔道士の事も、自身の主の事も全く見てはいない。
その目はただ真っ直ぐに一人の男に向けられているだけだ。
どうして主もそれに気が付かないのだろう?

(それほどまでに盲目的にお好きなのだろうか?)

これまで通り、ただの遊びだと本人は思っているようだが、どうも自分から見るとそれは違うように感じられて仕方がなかった。

(一度でも魔力交流ができればお気づきになられるだろうか?)

それともいっそ媚薬や惚れ薬を使って、クレイを無理にでも主に惚れさせてしまおうか?
既成事実さえ作ってしまえば後はなんとでもなるのではないかとふと思った。
正直主の為なら進んで何でもしてやりたい。
そしてその考えに思い至ると、その眷属はそっとその場を離れ、目的の品を手に入れる為に動いたのだった。


***


昼時。二人が買い物をしているとリーネとシリィがそれぞれ合流してくる。
「クレイ!お待たせ」
そうやって満足げな顔で声を掛けてくるので、恐らく二人とも満足のいく買い物ができたのだろう。
「じゃあまずは食事に行こうか」
「ええ。じゃあそこで渡すわね。絶対に気に入ってもらえると思うわ」
リーネが嬉しそうに笑ってくる。
「私も…自信はないけど、気に入ってもらえたら嬉しいな」
シリィはそう口にはしているが、きっと気に入ってもらえるはずと嬉しそうに笑った。
そんな二人と共に一緒に店へと入って早速注文を行う。

「ここは海鮮がどれもお勧めだって聞いたから、楽しみだな」
「そうだな」
「そう言えば二人は何かいい買い物ができたのかしら?」
シリィがそっと尋ねると、クレイが笑顔で答えを返す。
「ロックウェルはマント、俺はベルトを買ったんだ。靴も見たけどちょっと時間切れだったからそっちはまた今度かな」
「それなら後で皆でまた見に行けばいいわ。時間はたっぷりあるんですもの」
「いいのか?」
「ええ。気にしないで」
そうやって仲良く話す二人にリーネがそれよりもと口を挟んできた。
「これ。受け取ってもらえるかしら?さっきのお礼に」
そう言って差し出された袋をクレイがそっと手に取る。
「開けてみても?」
「ええ。是非」
そうやって促されクレイがそっとその袋の口を開く。
「どうかしら?」
そこには程よい重さで手に馴染む黒一色の一本のペンがあった。
正直ロックウェルとシリィにはそれがなんなのかさっぱりわからなかったが、それを手にしたクレイは満足げな笑みを浮かべていた。

「こんなに良い物…もらってもいいのか?」
「ええ。もちろんよ」
「…じゃあ後でリーネには他の物も贈ってやる」
「嬉しいわ」

そうやって微笑み合う二人の間には何やら二人にしかわからない何かが感じられて仕方がない。
「クレイ。それは何か特別なペンなのか?」
ロックウェルがそっと尋ねると、クレイがニッと笑いながら説明をしてくれる。
「このペンは黒曜石を特殊加工して作られたペンなんだ。手触りだけでなく書き心地もよくて黒魔道士に人気もあるんだが、これだけ質の良い物は高い上に出回っている数も少ない」
その話を聞いてロックウェルは納得がいった。
さすが黒魔道士。
流しの黒魔道士なら確実に契約書の類に使うだろうと考え、そんなペンを贈ってくるとは視点が違う。

そんな二人を前にシリィがおずおずと声を上げた。
「クレイ…ごめんなさい。私、あまり高い物は用意できなくて…」
そんなシリィにクレイはそんなことは気にしなくてもいいと笑みを浮かべる。
「シリィが一生懸命選んでくれた物も見せてもらいたいな」
そうやってクレイが促すと、シリィはそっと包みをクレイへと差し出した。
それをそっと開けると、中からは黒真珠の付いた飾り紐が現れる。
「あの…ね、さっきロックウェル様に白蝶貝のブローチを選んでいたでしょう?それで…二人は一緒にいることも多いし、何かこう対になる物はないかなと思って…」
白と黒で単純な思い付きだったが、さっきのロックウェルからの贈り物とも合う物を選んだつもりだからよかったら合わせて使ってほしいと言ってきたシリィにクレイは思わず破顔した。
「シリィは本当に目の付け所がいいな」
「え?」
「嬉しい。喜んで使わせてもらう」
「本当に?!」
「ああ」
そう言って微笑んだクレイにシリィも嬉しそうに微笑んだ。
「よかった」



ニコニコしている二人には悪いが、これは本当に大丈夫かとロックウェルは困ってしまった。
明らかにクレイは自分と対になる物、しかもブローチと合わせて使える物が貰えて嬉しいと言っているだけのようにしか聞こえなかったのだが、シリィはそうは受け取っていないだろう。
単純に『喜んでもらえた、使ってもらえる物を贈れた』と喜んでいるように見える。

(なるほどな)
これはヒュース達がため息もつきたくなるというものだ。
(本当に罪作りだな…)
勘違いしていた時ならこの光景にもただ嫉妬していただけだろうが、ヒュースから事情を聴いて色々わかってきた今は、ただハラハラと心配になるばかりだ。
(本当に放っておけない奴だ)
そうやってため息を吐いていると、ちょうど注文した品がテーブルへと運ばれてきた。

「ほら。取りあえず食事にするぞ」

そう言って取りあえず促し、皆を食事へと誘導する。
そして皆で美味しい食事に舌鼓を打ち、その後も皆で買い物を楽しんだ。


***


最後に王宮へとまた戻ってくると、クレイがリーネとシリィにそっと品物を手渡す。
「さっき渡せなかったからな」
「ありがとう…」
二人はそれを大切そうに受け取った。
「ああそうだ。リーネにはついでに香水も買っておいたから」
「香水?」
「ああ。前にローズ系が合うと言っただろう?ちょうど良さそうなのが見つかったから購入してみた」
そんなクレイの言葉にリーネが嬉しそうに笑う。
「どんな香りか今試してみてもいいかしら?」
「ああ」
別に構わないとクレイが言ったので、リーネはそっとそれを手に取りつけてみた。
それは甘すぎず、どこかさっぱりしつつも華やかな香りで、とても自然に心地良く身を包み込んだ。
「すごく好み…。よくわかったわね」
「もう何度も会ってるしそれくらいわかる」
「そう。ありがとう…」
どういたしましてと笑ったクレイに、リーネはやっぱり今日クレイを落としたいと強く思った。
「クレイ。この後時間はあるかしら?」
「ああ。別に構わないが?」
そう言ってくれたので、渋るロックウェルとシリィに無理やり別れを告げて、そっと庭園のベンチへと移動する。



「それで?」
そうやって促してくるクレイに、まずはロックウェルからの話をしてみることにした。
「この間、ロックウェル様から第三部隊の部隊長に任命したいと…そう言われたの」
「王宮の事はよくはわからないが、隊長と言うなら栄転だな?おめでとう」
「…第一部隊から第三部隊なら普通は降格なのよ?でもロックウェル様はそこで初の女部隊長を務めれば、将来的に魔道士長も夢じゃないって言ってきたの」
「…随分認められてるんだな」
「どうかしら?単に私を貴方から引き離したいと思って言ってみただけのような気もするけれど…」
「…まあロックウェルの気持ちはよくはわからないが、あいつは認めていない相手を重要なポジションにつける程甘い考えは持っていないと思う」
「…そう」
「それで?受けるんだろう?」
「…受けたいけど、悩んでいるのは本当よ。だって貴方にアプローチできなくなるんですもの」
折角の楽しいゲームが続けられなくなると言うと、クレイはフッと笑って答えた。
「そんなもの、リーネは影を渡れるんだからいつでも時間があれば会いに来ればいいじゃないか」
その言葉にリーネは目を丸くする。
「いいの?」
「別に仕事と…恋人に会っている時以外なら構わないが?」
「本当にずるい男ね。でもそこも好きだわ」
クスクスとリーネが笑いながらするりとクレイの首に腕を回し、そっとその唇を奪う。
「ん…」
「気持ちいいか?」
少しとは言えクレイから魔力を交流してもらえてリーネは驚きに目を見開く。
まさか今日クレイが自分から魔力交流をしてくれるとは思っても見なかったからだ。

「はぁ…気持ちいい…」
「そうか。それはよかった」
「…クレイ。もっと…」

そう言いながら膝に乗ってきたリーネの腰を支えて、クレイが艶やかに笑う。
「まあペンも貰ったしな。特別だ」
「んっ…んぅっ…」
思いがけずクレイが自分を受け入れてくれたのでリーネは嬉しくて仕方がなかった。
望む分だけ交流してくれるクレイにそのまま夢中になってしまう。
まさかクレイとの交流がこんなに気持ちいいものだとは思っても見なかった。
これまでやってきた相手が全て意味のないもののように感じられるくらい極上に感じられて、溺れてしまいそうになる。
これはあのロイドと言う黒魔道士の男もクレイから離れられないはずだ。
「はぁ…クレイ…」
そうやってうっとりとクレイの綺麗な顔を見つめていると、突如自分の眷属が動くのを感じた。

(え?)

驚いて思わず足元を見遣ると自分の眷属がクレイの足に爪を立てているのが見えた。
「ククル?!」
一体何をと思っていると、クレイの身体がふらりと一瞬傾ぐ。
「クレイ?!大丈夫?!」
焦ってそちらを見遣るとクレイの様子がおかしなことに気が付く。

「ククル!一体何をしたの?!」

その問い掛けに眷属が答えを返す。

【惚れ薬と媚薬を混ぜた物をクレイに与えました。どうぞそのまま既成事実をお作り下さい】

その言葉にリーネは怒りが込み上げるのを抑えることができなかった。
「ふざけないでちょうだい!これは私とクレイの勝負なのよ?!」
何故そんな勝手なことをして邪魔をしてくるのだと叱ったところで、突如クレイに抱き寄せられ、そのまま口づけられる。

(え?)

そして先程とは比べ物にならないくらいのクレイの魔力が自分へと注ぎ込まれ身が震えるのを感じた。
どうやら先程までの交流はクレイが自分に合わせてくれていただけのようだった。
これほど一気に魔力を注がれてはあっという間にイかされてしまう。

「あっ…待って…んっ…はぁ…!」

ビクビクと身を震わせ体が満足感で満たされ、そのまま力が抜けてしまった。

「はぁっ…はぁ…ッ…」

ゆっくりと身を離され、そのままクレイが立ち上がるのをリーネはただ見つめることしかできない。
このまま襲われるのは非常に不本意だ。
けれど腰が抜けてどうにも立ち上がることができない。
しかしそんな自分達の元へシリィが走ってくるのが見えた。
これは危険だ。
リーネは焦ったようにそちらへと叫ぶ。
ここで問題が広がってはたまらない。

「シリィ!逃げなさい!」

けれどその言葉と同時に、クレイが動いた。


***


ちょうど回廊を歩いているところでベンチにいる二人の様子が目に飛び込んできて、シリィはわなわなと身を震わせた。

「ちょっ…!どうしてあんなことに?!」

クレイがまさかリーネと口づける姿を見ることになるなんて思ってもみなかったとショックを受ける。
けれど暫く目を離せずにいると、どうもクレイの様子がおかしいような気がしてきた。

「あれ?ロックウェル様。何か様子がおかしくありませんか?」

そう言うと、ロックウェルもどこか厳しい表情で二人を見つめ、戻るぞと短く言って走り出す。
けれどここからなら来た道を戻るよりも最短距離で駆け抜けた方が早い。

「クレイ!」

シリィは急いでそちらへと駆け、二人の元へと向かった。
そしてその場に着くと、何故かリーネが焦ったように逃げてと声を掛けてくる。

「シリィ!逃げなさい!」
「え?」

けれどそれと同時にクレイがゆっくりと笑顔で自分をその腕の中へと捕らえ、逃がさないとばかりに甘く口づけを交わしてきた。

「んんっ?!」

ふわりと口内に広がるクレイの魔力が心地良くてついうっとりと身を任せてしまう。

「ダメよ、シリィ!早く逃げて!」

そんな言葉も耳に入らないほど夢中になってクレイの口づけを甘受していると、一気に腰が抜けてしまった。

「は…っ…はぁ…」

正直気持ち良すぎてたまらない。
どうやらリーネも腰が抜けているのか二人して立ち上がることができなかった。
そんな二人を尻目にクレイは妖艶に笑いながら今度はロックウェルへと目線を向ける。

「クレイ?!」

二人がへたり込んでいる異常事態に何事だと驚くロックウェルに、リーネが叫ぶように手短に説明をした。

「ロックウェル様!お逃げください!私の眷属が余計な事をして、惚れ薬と媚薬を混ぜたものをクレイに…!」

それぞれ単体なら特にこれと言って問題はないのだが、混ぜると理性が崩れてしまう危険なものなのだ。
このままでは男女問わず魔力交流しまくって、そのうち誰かを犯し始めるかもしれないとリーネが報告してくる。
その言葉にロックウェルがすぐさま解毒の魔法を唱え始めるが、クレイが抱きつく方が早かった。
そのままロックウェルに先程と同じように口づけ、呪文を唱えるのを妨害してくる。

「んんっ…」
「ふ…馬鹿だなクレイ。私に勝てると思うのか?」

そんな言葉と共に腰を引き寄せ、舌を絡めて息をも吐かせぬほどに翻弄し、あっと言う間に隙をついてロックウェルは呪文を唱えきった。
それと同時にポウッとクレイの身が光に包まれ解毒が完了する。
どうやらクレイはそのまま眠ってしまったようだ。
意識のなくなったクレイを抱えながらもロックウェルがシリィ達へと回復魔法を唱え、立てるようにしてくれる。

「クレイはこのまま私が預かるから」

そう言うとさっさと踵を返して部屋へと帰っていく。
そんなロックウェルを見送りながら、二人は『さすがロックウェル様』と感嘆の息を吐いた。

(友人からの口づけに動じるどころか、翻弄しながら呪文を唱える余裕まで見せるなんて…)

さすが百戦錬磨は格が違うと改めて思う。
そしてそっと唇へと手をやって、互いにさっきの魔力交流は気持ち良かったなと、そっとクレイを想ったのだった。



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