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第一部 アストラス編~王の落胤~
76.お出掛け
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その日、リーネはいつもの様に仕事をこなすロックウェルを横目に思わず目を瞠った。
昨日魔力をかなり使ったと聞いたが、今日のこの充実具合はどうだ。
全身に魔力が満ち溢れている。
けれどいつものロックウェルの魔力の質とは明らかに違うのが感じられた。
「…ロックウェル様。どなたかと魔力交流なさったのですか?」
思わずそう尋ねると、気になるかと思わせぶりに問い返される。
「以前仰られていた恋人の方でしょうか?」
そう言ってやると、ロックウェルが艶やかに笑ってきた。
どうやらその答えは正解のようだ。
「…………」
思わずゴクリと嚥下してしまうほど、羨ましいほどの濃厚な気を孕んだ魔力。
これほど力のある魔道士はそうそういないだろう。
力のある眷属をあっさりとロックウェルに預けていることと言い、生半可な相手ではない。
そうやってしばらく動けない自分に、ふとロックウェルが思い至ったようにその言葉を告げた。
「ああ、リーネ。追って陛下から連絡がくると思うが、お前に第三部隊の隊長を推しておいた」
その言葉は寝耳に水で、どうして自分がと思わずにはいられない。
「ロックウェル様?私はこの第一部隊で満足しておりますわ」
第三部隊など降格もいいところだと抗議するが、ロックウェルは全く気にした様子もなく言葉を続ける。
「まあそう言うな。お前も知っての通りカルロがあのようなことになって、現在の第三部隊の者達の動揺も無視できない状況だ。ここは圧倒的な力で第三部隊を立て直せる人材がいいだろうと第一部隊から人を出すことにした」
「……仰ることはわかりますが、どうして私に?」
「わからないか?」
「わかりませんわ」
「私の次に魔道士長になる者は黒魔道士と決まっている。いつまで私もここに居られるかわからないし、次代を育てるのも悪くはないと思ってな」
そうしてロックウェルが楽しげに自分の方を見つめてくる。
「お前が無事に第三部隊を上手く整えまとめあげることができれば、将来的に初の女魔道士長も考えられるかと…そう思っての事なのだが。どうだ?」
そのための布石にしてはどうだと囁かれ思わず衝撃がその身に走る。
それは確かに願ってもないチャンスだった。
けれど失敗すれば魔道士長への道は閉ざされる…つまりはそういうことだ。
(…悔しいわ)
どこまでがこの男の思惑なのかわからないが、その話の上手さに心がグラリと揺れる。
けれどそれは同時にクレイへの接触がなくなってしまうことも意味していた。
これでは魔力を上げると言う目的は果たされなくなってしまう。
「少し…考えさせてください」
「ああ。もちろん、一週間ほどじっくり考えて答えを聞かせてくれ」
満足げに返したロックウェルにリーネはフルリと身を震わせた。
何もかもお見通しと言わんばかりに余裕の笑みを浮かべるこの男を初めて怖いと思った。
こんな男の恋人になりたいと思う者の気がしれない。
「では、失礼いたします」
一礼して部屋を辞し、やっとホッと息を吐く。
(なんとかしなくちゃ…)
リーネは今度の祝日で確実にクレイを落とす案はないものかと、急いで考え始める。
恐らくそれが最後のチャンスだろう。
(魔道士長の地位も、魔力を高めてくれそうなクレイも、どちらも手に入れてみせるわ!)
そうしてリーネは速やかに仕事へと戻っていった。
***
そして迎えた祝日当日。
リーネはクレイが言っていたように、露出は少なめに華やかな上品さを出しつつ身体のラインを意識した大人っぽいデザインの黒衣に身を包みクレイを待ち構えていた。
隣には光が当たるとキラキラとビーズが煌めくすっきりと上品且つ可愛らしいデザインの白ワンピースを着こんだシリィもいる。
(上品な方が好きなのかなと思ってこうしてみたけど大丈夫かしら?)
シリィもまたドキドキと胸を弾ませながらクレイがくるのを今か今かと待ち構えていた。
そこへロックウェルと共にクレイが姿を現す。
「待たせてすまない」
その姿はやけに色っぽくてキラキラ眩しくて仕方がなかった。
「大丈夫よ。それよりどうやって行くの?」
影渡りでと言ってはいたが、人数が増えたからどうするのかと尋ねてみたのだが、それに対してクレイはあっさりと口を開いた。
「リーネも影渡りができるし、シリィはリーネと一緒に行ってくれるか?」
ロックウェルは自分が運ぶからと笑顔で言ってきたクレイにリーネとシリィは同時に嫌だと叫んだ。
「「絶対嫌よ!!」」
「え?…じゃあリーネがロックウェルを運ぶのか?」
「それもお断り!私はクレイに運んでほしいわ」
「…それだと皆で出掛けられないだろう?」
けれどリーネは嫌だの一点張りだった。
「…………」
これではどうしようもないと、クレイが別の提案をしてくる。
「…じゃあ俺が二人を運べばいいんだな?」
「それも嫌。私だけ仲間外れみたいじゃない」
「……」
これではちっとも出掛けられない。
クレイは呆れたようにため息を吐いた後、仕方がないとその提案をしてきた。
「じゃあリーネとシリィが俺の腕に捕まって、ロックウェルは肩にでも手を置いてくれ」
それでなんとか運ぶからと言ってくれたので、やったとリーネが腕へと飛びついた。
シリィもそっとクレイの腕を取り、ギュッと抱きつくようにしがみつく。
両腕がふさがってしまったが、仕方がないとクレイがロックウェルにも声を掛ける。
「ほら、早くしろ」
けれど肩に手を置くと思いきや、ロックウェルはそのまま正面からクレイを抱きしめた。
「ぶっ…!こら、苦しいだろ?!」
「両手がふさがっているようだし、途中で落とされたら大変だからな」
「…ああ、なるほど。そうか」
あっさりと納得したクレイにロックウェルが楽しそうに笑う。
「じゃあ行くぞ」
その言葉と同時に、四人は一気に貿易町へと向かったのだった。
ふわりと目的の貿易街へとたどり着くと、クレイがため息をつきながら皆に声を掛ける。
「着いたぞ」
その言葉と同時にそっとロックウェルは離れるが、シリィとリーネはそのままくっついて離れなかった。
両側で何やら牽制し合っているようだ。
「ねぇクレイ。今日の服、あなたの為に選んだのよ。どう?似合っているかしら?」
「私だってクレイが言っていたように可愛い感じの服にしてきたわよ!そんな風にあからさまにクレイにベタベタしないでちょうだい!」
「…取り敢えず色々見て回りたいから離れてほしいんだが…」
「あ、ごめんなさい!」
その言葉と同時にシリィがパッと手を離したので、クレイは笑顔でリーネから身を離しそっとシリィの手を取った。
「今日は元々シリィと出掛ける予定だったんだから、ちゃんと見て回りたいしな」
「クレイ…」
(優しい…)
ポッと頰を染めながらシリィがクレイの手を握り返す。
「そうね!今日は助けてもらったお礼の品を選びたかったんだったわ。リーネなんて放っておいて行きましょう!」
そんな二人にリーネが不満げにするが、クレイはあっさりとシリィと行ってしまった。
「ふっ…作戦ミスだな」
「…ロックウェル様」
「クレイはしつこくされるのも好きではないと思うぞ?」
「…しつこそうなロックウェル様とご友人だからその方がいいと思っただけなのに、心外ですわ」
「なるほど。上手く言うものだな」
フッと笑ってくるロックウェルにゾクリと背が震える。
どうやら怒らせてしまったらしく、その笑みはいつもの笑みとは違って壮絶だった。
(綺麗は綺麗だけど、見惚れるを通り越して怖くて仕方がないわよ?!)
言ってみればドSそのものだ。
クレイが好きな笑みだとロックウェル自身が以前言っていたように思うが本当だろうか?
やはり友人に見せる顔とは全然違うのではないかとリーネは蒼白になった。
「リーネ!ロックウェル!置いていくぞ!」
遠くからクレイが声を掛けてくれたのにホッとして、これ幸いとその場から逃げ出しそちらへと向かう。
「クレイ!置いていかないで!」
今日はシリィがいようとなんだろうと絶対にロックウェルと二人きりにはならないよう、クレイから離れないようにしようとリーネは心に誓ったのだった。
***
ロックウェルはリーネの姿を見送りながらそっと思案する。
恐らくリーネは今日か次回のハインツとの教育日に何か仕掛けてくるはずだ。
そのために第三部隊の隊長の話をしてやったのだから────。
正直クレイにあんな女が長々と付きまとうのは不快でしかない。
シリィはベタベタするわけではないから少ししか気にならないが、キスマークの件といいクレイの好みを探ってくるのといい、リーネにはいい加減にしてほしいと思っていたのだ。
クレイが靡くわけではないのはもうわかりきってはいるが、見たくないものは見たくないのだ。
ちょうど第三部隊の隊長の座が空席になったことだし、レーチェが隊長になりたいと言ってきたのを見て、これはいいかもしれないとそう思った。
レーチェの思惑も自分にとってはどうでもいいものだったが、ルドルフ王子には恩もある。
ここでその野望を潰しておくに越したことはないだろうとも思った。
初の女部隊長────それを他の者にしてやるだけで事は終わる。
そこにリーネを据えてやればクレイと接触するのは難しくなることも当然わかっていた。
魔道士長の座を狙っているのなら一番の近道だと甘く囁けば悪い気はしないだろう。
あとは上手く失脚させてやれば全て片はつく。
不穏分子を一掃し、恋人に近づく輩を排除できればそれでいい。
(それまで精々クレイにアピールするんだな)
それくらいなら自分の忍耐も持つことだろう。
そのためにここ5日ほど、クレイの愛情が感じられるように、散々可愛がってきたのだから…。
そうやって四人で街をふらふらと歩いていると、なかなか良さそうな黒曜石のブローチを発見した。
クレイが好みそうなシンプルで使いやすそうなデザインだ。
【ああ。それは良さそうですね。石も大きく艶やかでクレイ様好みでございます】
ヒュースもそう太鼓判を押してくれたのですぐにそれを購入した。
(喜んでくれるといいな…)
そう思いながら────。
***
「クレイ!何かいいものはあった?」
「ねえねえ、クレイ!ほら、これなんてどう?素敵じゃない?」
クレイ達に追いつくとシリィとリーネが一生懸命クレイにあれこれと見繕っている姿が目に留まる。
けれどクレイは自分の物と言うよりも他の方に目がいっているようで、全く聞いていない。
そしてこれはと言うような顔をしてそっと一つの髪飾りを手に取った。
「ほら。これはシリィに似合いそうだ」
白羽のついたパールの髪飾りをそっとシリィの髪にあてがって嬉しそうに笑う姿は罪作りそのものだ。
それ以上彼女を魅了して一体どうするつもりだと突っ込みを入れたくなる。
「友人として今日の記念に贈らせてくれ」
さらりとそんなことを言うものだからシリィの顔は真っ赤に染まってしまった。
「もうっ!クレイ!」
そうやって怒ってくるリーネにもクレイは別な物をそっと手に取る。
「リーネにはこっちだな。黒衣に赤が映えてとてもよく似合う」
少し変わったデザインにも関わらず、その簪のような形のブローチは彼女の魅力をとてもよく引き出していて、正直文句のつけようがなかった。
「あ…ありがとう」
そうやって戸惑うように礼を言うリーネにクレイは花開くように艶やかに笑う。
(これは…落ちたな)
正直相手によって全く違う対応をするクレイには驚くしかない。
けれどそんな三人を少し離れたところで見ていると、また暫くしてハッとしたように何かを見つけたようだった。
その表情は嬉しそうに綻んでいる。
その手にあるのは白蝶貝のブローチだ。
「ロックウェル!」
そんなクレイの方へとクスリと笑いながら足を向けると嬉しそうにそれをあてがってきた。
「お前に似合いそうなのを見つけたぞ!」
「私にも買ってくれるのか?」
「?…当然だろう?」
一体何を言い出すんだと言い出したクレイに笑いが止まらない。
「なっ…!どうして笑うんだ!」
「いや。お前らしいと思ってな」
恐らくリーネやシリィのことなどどうでもいいのだろう。
二人の気持ちなど全く考えてもいなさそうだ。
こういうところは天然だなと安心してしまう。
そんな自分達にシリィが呆れたようにため息を吐いた。
「もうっ…!仲がいいのは知ってますけど、見せつけないで下さいよ!」
ぷんぷんと可愛く怒るシリィには悪いが、やはり自分とその他をこうして比較すればするほどクレイが自分を想ってくれているのがよくわかって嬉しくなってしまう。
「…ロックウェル様と仲の良い友人だとは伺っていましたが、私達に見せる顔とは全く違うのですね」
「まあ蟠りが解けて更に仲が深まったからな」
クレイが支払いをしている間にそうやって意味深に笑ってやるとリーネが悔しそうに顔を歪めた。
そんな中、シリィがあっと声を上げる。
「ロックウェル様!これ、これはどうでしょう?付き合いが長いのならクレイの好みもご存じでしょう?アドバイスしてください!」
その手にあったのはシルバーの肩章だった。
確かに黒衣には映えそうだが、クレイの好みとは違っている。
「馬鹿ね。それならこっちのブラックオパールが綺麗な手甲の方が似合うに違いないわ」
確かにそれはキラキラとして綺麗ではあるが、手甲自体が黒でも、ブラックオパール自体が目立ちすぎてクレイの好みからは外れている気がした。
「どちらも却下だな」
「ええっ?!」
あっさりと言い切られて二人が叫び声を上げるが本当に好みではないため仕方がない。
「どうせなら黒単色で探した方がいいぞ?」
「…わかりました」
渋々とその言葉に従う二人だが、どこか納得がいかないようだったのでクレイが戻ると同時に先程購入したブローチを目の前で渡してみた。
「クレイ。これは私からお前に」
そうやってそっと手渡すと、袋を開けてすぐに目を輝かせる。
「凄い!嬉しい!」
満面の笑みで抱きついてきたクレイを抱きとめて、思わず満足げに笑ってしまった。
「そんなに気に入ってもらえて光栄だ」
「だってこの黒曜石の艶、魔力が込めやすそうだし本当に最高だ!よくわかったな」
「お前の好みはよく知っているからな」
嬉しい嬉しいと全身で喜ぶクレイにシリィもリーネも悔しそうにしているが知ったことではない。
恋人が喜んでくれるのが一番なのだから。
「…黒曜石。どうして気づかなかったのかしら」
黒魔道士の王道なのにとリーネが悔しそうに呟き、そのまま身を翻す。
「クレイ!待ってて。絶対に素敵なものを探し出して貴方に贈らせてもらうわ。お昼に合流しましょう」
「え?」
「私も!クレイに似合う黒くて素敵なものを探してくるから!場所は使い魔に聞けば分かるわよね?お昼に合流させてもらうわ!」
シリィまで対抗意識を燃やしてあっさりとその場から去っていくのだから、クレイは戸惑う以外にない。
「…一体どうしたんだ?」
「さあな。私は愛しいお前と二人でデートができるなら別に構わないが?」
思わぬ展開に正直頬が緩むのを止められなかった。
単純な二人で嬉しい限りだ。
そんな去りゆく二人を前に、クレイは先程までの姿からは想像もつかないほど不思議そうな顔をしている。
「やっぱり俺には他人の事はよくわからないな…」
そんな天然な発言までしてくるクレイに苦笑しながらそっと手を取りデートに誘った。
「さあ、二人で楽しもうか。どこか行きたいところはないか?」
「あ、それじゃあ靴とベルトを見たいな」
「いいな。私もマントを見たい」
「じゃあ順番に見て回ろう」
楽しそうなクレイの顔を独り占めして、二人で買い物を堪能する。
それは普段とは全く違う時間で楽しくて仕方がなく、あっという間に昼を迎えたのだった。
昨日魔力をかなり使ったと聞いたが、今日のこの充実具合はどうだ。
全身に魔力が満ち溢れている。
けれどいつものロックウェルの魔力の質とは明らかに違うのが感じられた。
「…ロックウェル様。どなたかと魔力交流なさったのですか?」
思わずそう尋ねると、気になるかと思わせぶりに問い返される。
「以前仰られていた恋人の方でしょうか?」
そう言ってやると、ロックウェルが艶やかに笑ってきた。
どうやらその答えは正解のようだ。
「…………」
思わずゴクリと嚥下してしまうほど、羨ましいほどの濃厚な気を孕んだ魔力。
これほど力のある魔道士はそうそういないだろう。
力のある眷属をあっさりとロックウェルに預けていることと言い、生半可な相手ではない。
そうやってしばらく動けない自分に、ふとロックウェルが思い至ったようにその言葉を告げた。
「ああ、リーネ。追って陛下から連絡がくると思うが、お前に第三部隊の隊長を推しておいた」
その言葉は寝耳に水で、どうして自分がと思わずにはいられない。
「ロックウェル様?私はこの第一部隊で満足しておりますわ」
第三部隊など降格もいいところだと抗議するが、ロックウェルは全く気にした様子もなく言葉を続ける。
「まあそう言うな。お前も知っての通りカルロがあのようなことになって、現在の第三部隊の者達の動揺も無視できない状況だ。ここは圧倒的な力で第三部隊を立て直せる人材がいいだろうと第一部隊から人を出すことにした」
「……仰ることはわかりますが、どうして私に?」
「わからないか?」
「わかりませんわ」
「私の次に魔道士長になる者は黒魔道士と決まっている。いつまで私もここに居られるかわからないし、次代を育てるのも悪くはないと思ってな」
そうしてロックウェルが楽しげに自分の方を見つめてくる。
「お前が無事に第三部隊を上手く整えまとめあげることができれば、将来的に初の女魔道士長も考えられるかと…そう思っての事なのだが。どうだ?」
そのための布石にしてはどうだと囁かれ思わず衝撃がその身に走る。
それは確かに願ってもないチャンスだった。
けれど失敗すれば魔道士長への道は閉ざされる…つまりはそういうことだ。
(…悔しいわ)
どこまでがこの男の思惑なのかわからないが、その話の上手さに心がグラリと揺れる。
けれどそれは同時にクレイへの接触がなくなってしまうことも意味していた。
これでは魔力を上げると言う目的は果たされなくなってしまう。
「少し…考えさせてください」
「ああ。もちろん、一週間ほどじっくり考えて答えを聞かせてくれ」
満足げに返したロックウェルにリーネはフルリと身を震わせた。
何もかもお見通しと言わんばかりに余裕の笑みを浮かべるこの男を初めて怖いと思った。
こんな男の恋人になりたいと思う者の気がしれない。
「では、失礼いたします」
一礼して部屋を辞し、やっとホッと息を吐く。
(なんとかしなくちゃ…)
リーネは今度の祝日で確実にクレイを落とす案はないものかと、急いで考え始める。
恐らくそれが最後のチャンスだろう。
(魔道士長の地位も、魔力を高めてくれそうなクレイも、どちらも手に入れてみせるわ!)
そうしてリーネは速やかに仕事へと戻っていった。
***
そして迎えた祝日当日。
リーネはクレイが言っていたように、露出は少なめに華やかな上品さを出しつつ身体のラインを意識した大人っぽいデザインの黒衣に身を包みクレイを待ち構えていた。
隣には光が当たるとキラキラとビーズが煌めくすっきりと上品且つ可愛らしいデザインの白ワンピースを着こんだシリィもいる。
(上品な方が好きなのかなと思ってこうしてみたけど大丈夫かしら?)
シリィもまたドキドキと胸を弾ませながらクレイがくるのを今か今かと待ち構えていた。
そこへロックウェルと共にクレイが姿を現す。
「待たせてすまない」
その姿はやけに色っぽくてキラキラ眩しくて仕方がなかった。
「大丈夫よ。それよりどうやって行くの?」
影渡りでと言ってはいたが、人数が増えたからどうするのかと尋ねてみたのだが、それに対してクレイはあっさりと口を開いた。
「リーネも影渡りができるし、シリィはリーネと一緒に行ってくれるか?」
ロックウェルは自分が運ぶからと笑顔で言ってきたクレイにリーネとシリィは同時に嫌だと叫んだ。
「「絶対嫌よ!!」」
「え?…じゃあリーネがロックウェルを運ぶのか?」
「それもお断り!私はクレイに運んでほしいわ」
「…それだと皆で出掛けられないだろう?」
けれどリーネは嫌だの一点張りだった。
「…………」
これではどうしようもないと、クレイが別の提案をしてくる。
「…じゃあ俺が二人を運べばいいんだな?」
「それも嫌。私だけ仲間外れみたいじゃない」
「……」
これではちっとも出掛けられない。
クレイは呆れたようにため息を吐いた後、仕方がないとその提案をしてきた。
「じゃあリーネとシリィが俺の腕に捕まって、ロックウェルは肩にでも手を置いてくれ」
それでなんとか運ぶからと言ってくれたので、やったとリーネが腕へと飛びついた。
シリィもそっとクレイの腕を取り、ギュッと抱きつくようにしがみつく。
両腕がふさがってしまったが、仕方がないとクレイがロックウェルにも声を掛ける。
「ほら、早くしろ」
けれど肩に手を置くと思いきや、ロックウェルはそのまま正面からクレイを抱きしめた。
「ぶっ…!こら、苦しいだろ?!」
「両手がふさがっているようだし、途中で落とされたら大変だからな」
「…ああ、なるほど。そうか」
あっさりと納得したクレイにロックウェルが楽しそうに笑う。
「じゃあ行くぞ」
その言葉と同時に、四人は一気に貿易町へと向かったのだった。
ふわりと目的の貿易街へとたどり着くと、クレイがため息をつきながら皆に声を掛ける。
「着いたぞ」
その言葉と同時にそっとロックウェルは離れるが、シリィとリーネはそのままくっついて離れなかった。
両側で何やら牽制し合っているようだ。
「ねぇクレイ。今日の服、あなたの為に選んだのよ。どう?似合っているかしら?」
「私だってクレイが言っていたように可愛い感じの服にしてきたわよ!そんな風にあからさまにクレイにベタベタしないでちょうだい!」
「…取り敢えず色々見て回りたいから離れてほしいんだが…」
「あ、ごめんなさい!」
その言葉と同時にシリィがパッと手を離したので、クレイは笑顔でリーネから身を離しそっとシリィの手を取った。
「今日は元々シリィと出掛ける予定だったんだから、ちゃんと見て回りたいしな」
「クレイ…」
(優しい…)
ポッと頰を染めながらシリィがクレイの手を握り返す。
「そうね!今日は助けてもらったお礼の品を選びたかったんだったわ。リーネなんて放っておいて行きましょう!」
そんな二人にリーネが不満げにするが、クレイはあっさりとシリィと行ってしまった。
「ふっ…作戦ミスだな」
「…ロックウェル様」
「クレイはしつこくされるのも好きではないと思うぞ?」
「…しつこそうなロックウェル様とご友人だからその方がいいと思っただけなのに、心外ですわ」
「なるほど。上手く言うものだな」
フッと笑ってくるロックウェルにゾクリと背が震える。
どうやら怒らせてしまったらしく、その笑みはいつもの笑みとは違って壮絶だった。
(綺麗は綺麗だけど、見惚れるを通り越して怖くて仕方がないわよ?!)
言ってみればドSそのものだ。
クレイが好きな笑みだとロックウェル自身が以前言っていたように思うが本当だろうか?
やはり友人に見せる顔とは全然違うのではないかとリーネは蒼白になった。
「リーネ!ロックウェル!置いていくぞ!」
遠くからクレイが声を掛けてくれたのにホッとして、これ幸いとその場から逃げ出しそちらへと向かう。
「クレイ!置いていかないで!」
今日はシリィがいようとなんだろうと絶対にロックウェルと二人きりにはならないよう、クレイから離れないようにしようとリーネは心に誓ったのだった。
***
ロックウェルはリーネの姿を見送りながらそっと思案する。
恐らくリーネは今日か次回のハインツとの教育日に何か仕掛けてくるはずだ。
そのために第三部隊の隊長の話をしてやったのだから────。
正直クレイにあんな女が長々と付きまとうのは不快でしかない。
シリィはベタベタするわけではないから少ししか気にならないが、キスマークの件といいクレイの好みを探ってくるのといい、リーネにはいい加減にしてほしいと思っていたのだ。
クレイが靡くわけではないのはもうわかりきってはいるが、見たくないものは見たくないのだ。
ちょうど第三部隊の隊長の座が空席になったことだし、レーチェが隊長になりたいと言ってきたのを見て、これはいいかもしれないとそう思った。
レーチェの思惑も自分にとってはどうでもいいものだったが、ルドルフ王子には恩もある。
ここでその野望を潰しておくに越したことはないだろうとも思った。
初の女部隊長────それを他の者にしてやるだけで事は終わる。
そこにリーネを据えてやればクレイと接触するのは難しくなることも当然わかっていた。
魔道士長の座を狙っているのなら一番の近道だと甘く囁けば悪い気はしないだろう。
あとは上手く失脚させてやれば全て片はつく。
不穏分子を一掃し、恋人に近づく輩を排除できればそれでいい。
(それまで精々クレイにアピールするんだな)
それくらいなら自分の忍耐も持つことだろう。
そのためにここ5日ほど、クレイの愛情が感じられるように、散々可愛がってきたのだから…。
そうやって四人で街をふらふらと歩いていると、なかなか良さそうな黒曜石のブローチを発見した。
クレイが好みそうなシンプルで使いやすそうなデザインだ。
【ああ。それは良さそうですね。石も大きく艶やかでクレイ様好みでございます】
ヒュースもそう太鼓判を押してくれたのですぐにそれを購入した。
(喜んでくれるといいな…)
そう思いながら────。
***
「クレイ!何かいいものはあった?」
「ねえねえ、クレイ!ほら、これなんてどう?素敵じゃない?」
クレイ達に追いつくとシリィとリーネが一生懸命クレイにあれこれと見繕っている姿が目に留まる。
けれどクレイは自分の物と言うよりも他の方に目がいっているようで、全く聞いていない。
そしてこれはと言うような顔をしてそっと一つの髪飾りを手に取った。
「ほら。これはシリィに似合いそうだ」
白羽のついたパールの髪飾りをそっとシリィの髪にあてがって嬉しそうに笑う姿は罪作りそのものだ。
それ以上彼女を魅了して一体どうするつもりだと突っ込みを入れたくなる。
「友人として今日の記念に贈らせてくれ」
さらりとそんなことを言うものだからシリィの顔は真っ赤に染まってしまった。
「もうっ!クレイ!」
そうやって怒ってくるリーネにもクレイは別な物をそっと手に取る。
「リーネにはこっちだな。黒衣に赤が映えてとてもよく似合う」
少し変わったデザインにも関わらず、その簪のような形のブローチは彼女の魅力をとてもよく引き出していて、正直文句のつけようがなかった。
「あ…ありがとう」
そうやって戸惑うように礼を言うリーネにクレイは花開くように艶やかに笑う。
(これは…落ちたな)
正直相手によって全く違う対応をするクレイには驚くしかない。
けれどそんな三人を少し離れたところで見ていると、また暫くしてハッとしたように何かを見つけたようだった。
その表情は嬉しそうに綻んでいる。
その手にあるのは白蝶貝のブローチだ。
「ロックウェル!」
そんなクレイの方へとクスリと笑いながら足を向けると嬉しそうにそれをあてがってきた。
「お前に似合いそうなのを見つけたぞ!」
「私にも買ってくれるのか?」
「?…当然だろう?」
一体何を言い出すんだと言い出したクレイに笑いが止まらない。
「なっ…!どうして笑うんだ!」
「いや。お前らしいと思ってな」
恐らくリーネやシリィのことなどどうでもいいのだろう。
二人の気持ちなど全く考えてもいなさそうだ。
こういうところは天然だなと安心してしまう。
そんな自分達にシリィが呆れたようにため息を吐いた。
「もうっ…!仲がいいのは知ってますけど、見せつけないで下さいよ!」
ぷんぷんと可愛く怒るシリィには悪いが、やはり自分とその他をこうして比較すればするほどクレイが自分を想ってくれているのがよくわかって嬉しくなってしまう。
「…ロックウェル様と仲の良い友人だとは伺っていましたが、私達に見せる顔とは全く違うのですね」
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そんな中、シリィがあっと声を上げる。
「ロックウェル様!これ、これはどうでしょう?付き合いが長いのならクレイの好みもご存じでしょう?アドバイスしてください!」
その手にあったのはシルバーの肩章だった。
確かに黒衣には映えそうだが、クレイの好みとは違っている。
「馬鹿ね。それならこっちのブラックオパールが綺麗な手甲の方が似合うに違いないわ」
確かにそれはキラキラとして綺麗ではあるが、手甲自体が黒でも、ブラックオパール自体が目立ちすぎてクレイの好みからは外れている気がした。
「どちらも却下だな」
「ええっ?!」
あっさりと言い切られて二人が叫び声を上げるが本当に好みではないため仕方がない。
「どうせなら黒単色で探した方がいいぞ?」
「…わかりました」
渋々とその言葉に従う二人だが、どこか納得がいかないようだったのでクレイが戻ると同時に先程購入したブローチを目の前で渡してみた。
「クレイ。これは私からお前に」
そうやってそっと手渡すと、袋を開けてすぐに目を輝かせる。
「凄い!嬉しい!」
満面の笑みで抱きついてきたクレイを抱きとめて、思わず満足げに笑ってしまった。
「そんなに気に入ってもらえて光栄だ」
「だってこの黒曜石の艶、魔力が込めやすそうだし本当に最高だ!よくわかったな」
「お前の好みはよく知っているからな」
嬉しい嬉しいと全身で喜ぶクレイにシリィもリーネも悔しそうにしているが知ったことではない。
恋人が喜んでくれるのが一番なのだから。
「…黒曜石。どうして気づかなかったのかしら」
黒魔道士の王道なのにとリーネが悔しそうに呟き、そのまま身を翻す。
「クレイ!待ってて。絶対に素敵なものを探し出して貴方に贈らせてもらうわ。お昼に合流しましょう」
「え?」
「私も!クレイに似合う黒くて素敵なものを探してくるから!場所は使い魔に聞けば分かるわよね?お昼に合流させてもらうわ!」
シリィまで対抗意識を燃やしてあっさりとその場から去っていくのだから、クレイは戸惑う以外にない。
「…一体どうしたんだ?」
「さあな。私は愛しいお前と二人でデートができるなら別に構わないが?」
思わぬ展開に正直頬が緩むのを止められなかった。
単純な二人で嬉しい限りだ。
そんな去りゆく二人を前に、クレイは先程までの姿からは想像もつかないほど不思議そうな顔をしている。
「やっぱり俺には他人の事はよくわからないな…」
そんな天然な発言までしてくるクレイに苦笑しながらそっと手を取りデートに誘った。
「さあ、二人で楽しもうか。どこか行きたいところはないか?」
「あ、それじゃあ靴とベルトを見たいな」
「いいな。私もマントを見たい」
「じゃあ順番に見て回ろう」
楽しそうなクレイの顔を独り占めして、二人で買い物を堪能する。
それは普段とは全く違う時間で楽しくて仕方がなく、あっという間に昼を迎えたのだった。
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「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
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書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
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