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第一部 アストラス編~王の落胤~
62.蠢く者達
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「ロックウェル様!」
ロックウェルが仕事をしていると、王のお召しだと呼ばれ謁見の間へと通された。
そこには呪が解かれ元気になったハインツの姿も見られ、ホッと安堵の息を吐く。
「ロックウェル。この度の働き、見事であった」
「いえ…。無事に呪が解け私も安堵いたしております」
そうやって礼を尽くすロックウェルに王もご機嫌だった。
「いや。尋問官からも、そなたの働きが見事であったと聞いている。望みがあれば聞き届ける故、なんでも言うがいい」
「……私はクレイの事を御目溢しいただけるのなら特にこれと言って望みはございません」
自分の今の望みはただそれだけだと伝えると、王は暫し考えた末にポツリと言葉を落とした。
「それなのだが…恋人同士だと言うのは本当か?」
「はい」
あの時は驚きに何も言えない様子だったが、やはり認めてはもらえないだろうかと思い黙って王の次の言葉を待った。
けれどその口から飛び出した言葉はとんでもないもので────。
「……それならば、どうだろう?いっそクレイを私の娘として公表し、お前と結婚させると言うのは?」
「…は?」
そのあまりにも突飛な発言に、ロックウェルは思わず顔を上げてしまう。
「いや…私も色々クレイの扱いについては考えたのだが、今のままと言うのも不安は不安でな」
「……」
それはまぁそうだろうとは思う。
思うが、どうしてそれが娘として公表へと繋がるのかが全く分からなかった。
「ただ息子として公表しては王位継承権の問題でややこしいことになりかねないのもわかっている」
それも…周囲が黙っていないと言う点で理解はできる。
「それで、この間の女装を思い出してな。紫の瞳でも、その姿なら問題なく皆に周知できるのではと…」
「…陛下」
「そこでまた婿争いや権力争いが起こっても面倒だから、公表と共にお前との結婚を発表すれば…」
「陛下…!」
「なんだ?」
「…クレイは男ですが?」
「知っている。だがそんなものは誤魔化せばよい」
実にあっさりと二人の仲を認めてくれたのは嬉しいのだが、これはどう考えても話がおかしすぎる。
「それは…クレイが頷くとは思えないのですが…」
「何故だ?」
「…まず、クレイは王宮を敬遠しております。もし仮に私と結婚と言う形を取ったとしても王宮に住むとは言ってくれないでしょう」
「む…それは…」
「第二に、常に女装と言うのも恐らく嫌がると思われます」
あれは仕事だったから受けただけで、普段は違うのだと念押しする。
「クレイは自由でありたいと望んでおりますので、どうぞご勘弁いただければと…」
「…そうか」
名案だと思ったのにと王が項垂れるが、この親にしてあの子ありと思わせる何かが感じられて仕方がなかった。
クレイのどこかずれたところは国王譲りだったのだろうか?
「…しかし私としても少しは安心できる何かが欲しいのだ」
完全に野放しというのは些か不安で仕方がないのだと王は言う。
そんな姿に、それまで黙っていたハインツが声を上げた。
「父上!クレイを僕の教育係として週に一度王宮に招待すると言うのはいかがでしょう?」
その言葉に二人で思わずハインツの方へと視線を向ける。
「教育係?」
「ええ。僕はまだ魔法についてもわかっていないことが多いですし、クレイに教えてもらえるのならとても助かります。それに、ロックウェル様と一緒に教えると言う形を取れば、頷いてもらえるのではないかと…」
週に一度でもそうやって姿を見ることができれば少しは王の安心材料に繋がるのではと言ってくるハインツに、王はふわりと表情を和らげた。
「ハインツ…」
そんな二人を見遣りながらもロックウェルはどうしたものかと思案する。
確かにそれならクレイを王宮に招くいい口実にはなる。
けれど教育係という話だけを持っていけば即却下してくることは間違いはない。
自分も一緒だと言ったとしても果たして頷いてくれるかどうか…。
「ヒュース。お前はどう思う?」
ここは主をよく知る眷属に聞くのが一番かとそう声を掛けると、ヒュースは暫し考え言葉を紡いだ。
【そうですね~。『クレイ様がお断りになれば怪しい女魔道士が隣に来るかも』とでも言えば受けてくださると思いますよ?】
それは一体どういう意味だと問えば、そのままの意味だと返される。
けれどヒュースがこう言うということは、受けてくれる可能性は高いのだろう。
「陛下、では一度本人には尋ねてみようと思います」
「そうしてくれるか」
「はっ…」
その言葉に安堵した王に礼を執ると、ロックウェルはそのまま部屋を辞した。
この後は例の件でカルロを呼び出している。
そちらの方も気がかりで仕方がない。
王宮魔道士は150人ほどで成り立っているが、基本的にその全てを統括するのが自分の役目だ。
それらは全部で三つの部隊に分かれており、そのうちの第一部隊40名が自分直下の部下でもあった。
シリィやリーネが所属しているのもその第一部隊だ。
第二部隊は約60名の白魔道士、第三部隊は約50名の黒魔道士で構成されているが、第一部隊だけは黒白関係なく、優秀な者だけが集められている。
皆、エリート中のエリートと言っても過言ではないだろう。
完全実力主義の第一部隊だからこそ、そこに入りたくて仕方のない者達も多い。
カルロは第三部隊内のそんな者達を上手くまとめる役割をこなしてくれているはずなのだが…。
「ロックウェル様。お呼びと伺い只今馳せ参じました」
「ああ、カルロ。呼び出してすまなかったな」
「いえ。ロックウェル様のお呼びとあらば…」
「…今日は少しばかり尋ねたいことがあってお前を呼んだのだが」
「はい。何なりとお尋ねくださいませ」
そうやって畏まったまま自分の言葉を待つカルロに、ロックウェルはそっと用件を口にする。
「お前の部隊の者達について聞きたい」
「…と仰いますと?」
「先日貴族の屋敷に潜入するような仕事はあったか?」
「…いいえ。私は特に把握しておりませんが…」
顔を上げさせ再度問うても、彼の表情は特に変わりはないように見えた。
「…そうか。では私用の可能性もあるな」
魔道士は与えられた王宮の仕事さえ上手くこなしていれば、別に外の仕事も行ってもよいことになっている。
もしかしたら何人かで組んでそちらの仕事を行ったのかもしれない。
「…もしや誰ぞロックウェル様のお耳に届くような何かをやらかしてしまったのでしょうか?」
そうやって真摯な目で尋ねてくるカルロに気にしなくてもいいと答えるが、彼は何かあるのなら言ってほしいと言ってくる。
「いや…とある貴族の者が仕事中のソフィアを見初めたと聞いたのでな」
「左様でございましたか」
「…祝い事があれば私の方にも一言教えてくれ」
「お気遣い頂きありがとうございます」
納得がいったと言うようにカルロが頭を下げたので、そのまま下がってよいと見送り、そっとヒュースへと声を掛けた。
「ヒュース。カルロを見張ってもらってもいいか?」
何か引っかかるものを感じたので念のためヒュースへと頼む。
けれど返ってきたのは既に手配済みと言う言葉だった。
【ご心配なさらずとも既に子飼いの使い魔を放っておりますよ】
そうやって答えてくるヒュースに、ロックウェルは首を傾げてしまう。
正直クレイから眷属を預かるまで使い魔と眷属の違いをよくわかっていなかったのだが、ヒュースではなく使い魔が動いていると言うのは職務範囲が違ったりするからなのだろうか?
そう思ってついでに尋ねてみると、ヒュースは簡単に教えてくれた。
【そうですね~。言われれば動くこともありますが、仕事内容によりますね】
特に職務範囲が分けられているなどはないが、使い魔は調査や言伝、雑用何でもこなすため、本来ならわざわざ眷属に仕事をさせる必要はない。
眷属を動かせばその分魔力も大きく消費するから、使い魔を使う方が断然楽なのだ。
そもそも使い魔と違って抱えるだけで魔力を消費するような眷属は敬遠されることが多い。
眷属を持たない魔道士が多いのはそのためだ。
ただ、魔力の高い黒魔道士は好んで眷属を従えることも多かった。
ロイドなどはそうだ。
主の護衛など自分の代わりを努めさせることもできる為、重宝しているようだったとヒュースは言う。
あとは、基本的に主の言うことしか聞かない使い魔と違い、眷属は主に意見をすることもある。
そこから有益な意見を取り入れることなどもできるし、それを上手く使って仕事をこなす魔道士もいる。
そこが使い魔と眷属の大きく違うところではあった。
【クレイ様からロックウェル様のお役に立つようにと言い含められておりますので、子飼いも広く放ちました。得たい情報はすぐに集まることでしょう】
そうやって飄々と言い切ったヒュースにロックウェルは素直に感謝する。
「ありがたい」
【いいえ。ロックウェル様に何かあればまたクレイ様がいらぬことに首を突っ込みそうなので…これは職務範囲内の事なのですよ】
やはり行きつくところはそこにあるらしい。
穏便に事が治まるのが一番だとヒュースは言って、そのまままた静かになった。
***
カルロはロックウェルの元から下がってそっと思案する。
ひと月ほど前にあったハインツ王子の快気祝いを兼ねた祝典を利用して、目立たぬようにととある貴族を狙ったのだが、思いがけずその際に実行部隊を捕縛されてしまったのだ。
その貴族は王宮魔道士に黒魔道士は必要ないと言い切る輩で、正直目の上のたんこぶでしかない。
状況を上手く使って失脚させてやろうと綿密に画策していたのに、実行に移す前に捕縛されてしまったのはとんだ誤算だった。
なんとか捕縛された者達を『勘違いで巻き込まれたようだ』と逃がしてやることはできたが、正直やりにくいことこの上なかった。
狙いは王子ではなく貴族だったと言うのにどうしてこうなったのか…。
(あの女魔道士め…!)
見事な捕り物だっただけに思わず警備についていた自分も見惚れてしまったが、まさか王子を狙った者以外まで一息に捕縛しにかかってくるとは思ってもみなかった。
あんな魔法をよくも使えたものだと苦々しくなる。
その貴族は今も変わらず黒魔道士排除へと動いているから、黒魔道士容認派の貴族の屋敷へと先日手の者を内密に派遣し強固な関係を築いて対策にあたろうと思った矢先の今日の呼び出しだった。
まさかのロックウェルからの呼び出しに内心焦りでいっぱいで、何を言われるのかとハラハラして仕方がなかったが、特段バレてはいなかったようでホッと安堵の息を吐く。
正直魔道士長は白魔道士だからこんなことを相談してもわかってもらえるはずがないと、敢えて報告は上げていなかった。
けれどここを上手く収めて報告を入れれば第一部隊に引き抜いてもらえるかもしれないと言う淡い期待もある。
自分だって実力はあるのだと見せつけてやりたかった。
引き抜かれることができれば周囲の眼差しも変わってくる。
それは何にも勝る栄誉なこと────。
(上手くやらなければ…)
目立たぬようにあちらもこちらも目を配り、必ず事を収めてみせる。
そう思いながらカルロは第三部隊へと戻っていった。
***
「レーチェ」
「あら、リーネ」
王宮の回廊で二人の女魔道士が顔を合わせる。
「相変わらず何か企んでそうね」
「ふふっ。貴女には負けるわ」
「さっき部隊長がロックウェル様に呼び出されていたわよ?」
「ああ。きっとあれね。新人がうっかり貴族に見初められたせいだと思うわ」
「……どこまで貴女の計画の一部なのか…お手並み拝見といかせてもらうわ」
「うふふ。楽しみにしていてちょうだい」
こうして意味深に笑いあいながら二人はそっと何事もなかったかのようにすれ違う。
(ああ…本当に楽しい)
リーネはそっと去りゆくレーチェへと視線を向けてほくそ笑んだ。
元魔道士長フェルネスの元で、ルドルフ王子の王子妃候補として育てられた女魔道士は自分も含めて全部で6名。
彼女達は今は各部隊に散り散りに配属されているが、皆機を狙って蠢いている。
正直自分はそんなつまらないことにかかわる気はなかったため途中で競争から離脱したが、第一部隊は魅力的だったため、王宮からは出ずそちらに留まることにした。
ちなみにレーチェは花嫁候補者の一人だ。
彼女は候補者の中でも特に魔力は高いのだが、それをある程度隠して今の場所へと留まっている。
それは部隊長を失脚させて自分がそこで初の女部隊長になることを目的としているからだ。
そうすることで注目を浴び、王子の目にとまろうと思っている節がある。
それは傍から見ているとひどく滑稽で、面白くて仕方がなかった。
恐らく彼女は師フェルネスの意志を継いで、ハインツ王子ではなくルドルフ王子を王位につけようと更なる画策も行うだろう。
そんな彼女の行動がこれからも楽しみで仕方がない。
けれど────。
「正直部隊長なんてどうでもいいわ」
自分が狙うのは魔道士長の地位一択だ。
ロックウェルを如何にその地位から引き摺り下ろすのか────それが問題だ。
「何故かここ数か月で魔力が上がってきているようだし…何か考えなくちゃね。…ローレンス」
【リーネ様。何かご用でしょうか?】
「何でもいいからロックウェル様の弱みを見つけてきてくれないかしら?」
【…かしこまりました】
眷属へと指示を出し、リーネは妖しく笑う。
「狩りは面白くなくては…ね」
こうして各所で王宮魔道士達の思惑が交錯していったのだった────。
ロックウェルが仕事をしていると、王のお召しだと呼ばれ謁見の間へと通された。
そこには呪が解かれ元気になったハインツの姿も見られ、ホッと安堵の息を吐く。
「ロックウェル。この度の働き、見事であった」
「いえ…。無事に呪が解け私も安堵いたしております」
そうやって礼を尽くすロックウェルに王もご機嫌だった。
「いや。尋問官からも、そなたの働きが見事であったと聞いている。望みがあれば聞き届ける故、なんでも言うがいい」
「……私はクレイの事を御目溢しいただけるのなら特にこれと言って望みはございません」
自分の今の望みはただそれだけだと伝えると、王は暫し考えた末にポツリと言葉を落とした。
「それなのだが…恋人同士だと言うのは本当か?」
「はい」
あの時は驚きに何も言えない様子だったが、やはり認めてはもらえないだろうかと思い黙って王の次の言葉を待った。
けれどその口から飛び出した言葉はとんでもないもので────。
「……それならば、どうだろう?いっそクレイを私の娘として公表し、お前と結婚させると言うのは?」
「…は?」
そのあまりにも突飛な発言に、ロックウェルは思わず顔を上げてしまう。
「いや…私も色々クレイの扱いについては考えたのだが、今のままと言うのも不安は不安でな」
「……」
それはまぁそうだろうとは思う。
思うが、どうしてそれが娘として公表へと繋がるのかが全く分からなかった。
「ただ息子として公表しては王位継承権の問題でややこしいことになりかねないのもわかっている」
それも…周囲が黙っていないと言う点で理解はできる。
「それで、この間の女装を思い出してな。紫の瞳でも、その姿なら問題なく皆に周知できるのではと…」
「…陛下」
「そこでまた婿争いや権力争いが起こっても面倒だから、公表と共にお前との結婚を発表すれば…」
「陛下…!」
「なんだ?」
「…クレイは男ですが?」
「知っている。だがそんなものは誤魔化せばよい」
実にあっさりと二人の仲を認めてくれたのは嬉しいのだが、これはどう考えても話がおかしすぎる。
「それは…クレイが頷くとは思えないのですが…」
「何故だ?」
「…まず、クレイは王宮を敬遠しております。もし仮に私と結婚と言う形を取ったとしても王宮に住むとは言ってくれないでしょう」
「む…それは…」
「第二に、常に女装と言うのも恐らく嫌がると思われます」
あれは仕事だったから受けただけで、普段は違うのだと念押しする。
「クレイは自由でありたいと望んでおりますので、どうぞご勘弁いただければと…」
「…そうか」
名案だと思ったのにと王が項垂れるが、この親にしてあの子ありと思わせる何かが感じられて仕方がなかった。
クレイのどこかずれたところは国王譲りだったのだろうか?
「…しかし私としても少しは安心できる何かが欲しいのだ」
完全に野放しというのは些か不安で仕方がないのだと王は言う。
そんな姿に、それまで黙っていたハインツが声を上げた。
「父上!クレイを僕の教育係として週に一度王宮に招待すると言うのはいかがでしょう?」
その言葉に二人で思わずハインツの方へと視線を向ける。
「教育係?」
「ええ。僕はまだ魔法についてもわかっていないことが多いですし、クレイに教えてもらえるのならとても助かります。それに、ロックウェル様と一緒に教えると言う形を取れば、頷いてもらえるのではないかと…」
週に一度でもそうやって姿を見ることができれば少しは王の安心材料に繋がるのではと言ってくるハインツに、王はふわりと表情を和らげた。
「ハインツ…」
そんな二人を見遣りながらもロックウェルはどうしたものかと思案する。
確かにそれならクレイを王宮に招くいい口実にはなる。
けれど教育係という話だけを持っていけば即却下してくることは間違いはない。
自分も一緒だと言ったとしても果たして頷いてくれるかどうか…。
「ヒュース。お前はどう思う?」
ここは主をよく知る眷属に聞くのが一番かとそう声を掛けると、ヒュースは暫し考え言葉を紡いだ。
【そうですね~。『クレイ様がお断りになれば怪しい女魔道士が隣に来るかも』とでも言えば受けてくださると思いますよ?】
それは一体どういう意味だと問えば、そのままの意味だと返される。
けれどヒュースがこう言うということは、受けてくれる可能性は高いのだろう。
「陛下、では一度本人には尋ねてみようと思います」
「そうしてくれるか」
「はっ…」
その言葉に安堵した王に礼を執ると、ロックウェルはそのまま部屋を辞した。
この後は例の件でカルロを呼び出している。
そちらの方も気がかりで仕方がない。
王宮魔道士は150人ほどで成り立っているが、基本的にその全てを統括するのが自分の役目だ。
それらは全部で三つの部隊に分かれており、そのうちの第一部隊40名が自分直下の部下でもあった。
シリィやリーネが所属しているのもその第一部隊だ。
第二部隊は約60名の白魔道士、第三部隊は約50名の黒魔道士で構成されているが、第一部隊だけは黒白関係なく、優秀な者だけが集められている。
皆、エリート中のエリートと言っても過言ではないだろう。
完全実力主義の第一部隊だからこそ、そこに入りたくて仕方のない者達も多い。
カルロは第三部隊内のそんな者達を上手くまとめる役割をこなしてくれているはずなのだが…。
「ロックウェル様。お呼びと伺い只今馳せ参じました」
「ああ、カルロ。呼び出してすまなかったな」
「いえ。ロックウェル様のお呼びとあらば…」
「…今日は少しばかり尋ねたいことがあってお前を呼んだのだが」
「はい。何なりとお尋ねくださいませ」
そうやって畏まったまま自分の言葉を待つカルロに、ロックウェルはそっと用件を口にする。
「お前の部隊の者達について聞きたい」
「…と仰いますと?」
「先日貴族の屋敷に潜入するような仕事はあったか?」
「…いいえ。私は特に把握しておりませんが…」
顔を上げさせ再度問うても、彼の表情は特に変わりはないように見えた。
「…そうか。では私用の可能性もあるな」
魔道士は与えられた王宮の仕事さえ上手くこなしていれば、別に外の仕事も行ってもよいことになっている。
もしかしたら何人かで組んでそちらの仕事を行ったのかもしれない。
「…もしや誰ぞロックウェル様のお耳に届くような何かをやらかしてしまったのでしょうか?」
そうやって真摯な目で尋ねてくるカルロに気にしなくてもいいと答えるが、彼は何かあるのなら言ってほしいと言ってくる。
「いや…とある貴族の者が仕事中のソフィアを見初めたと聞いたのでな」
「左様でございましたか」
「…祝い事があれば私の方にも一言教えてくれ」
「お気遣い頂きありがとうございます」
納得がいったと言うようにカルロが頭を下げたので、そのまま下がってよいと見送り、そっとヒュースへと声を掛けた。
「ヒュース。カルロを見張ってもらってもいいか?」
何か引っかかるものを感じたので念のためヒュースへと頼む。
けれど返ってきたのは既に手配済みと言う言葉だった。
【ご心配なさらずとも既に子飼いの使い魔を放っておりますよ】
そうやって答えてくるヒュースに、ロックウェルは首を傾げてしまう。
正直クレイから眷属を預かるまで使い魔と眷属の違いをよくわかっていなかったのだが、ヒュースではなく使い魔が動いていると言うのは職務範囲が違ったりするからなのだろうか?
そう思ってついでに尋ねてみると、ヒュースは簡単に教えてくれた。
【そうですね~。言われれば動くこともありますが、仕事内容によりますね】
特に職務範囲が分けられているなどはないが、使い魔は調査や言伝、雑用何でもこなすため、本来ならわざわざ眷属に仕事をさせる必要はない。
眷属を動かせばその分魔力も大きく消費するから、使い魔を使う方が断然楽なのだ。
そもそも使い魔と違って抱えるだけで魔力を消費するような眷属は敬遠されることが多い。
眷属を持たない魔道士が多いのはそのためだ。
ただ、魔力の高い黒魔道士は好んで眷属を従えることも多かった。
ロイドなどはそうだ。
主の護衛など自分の代わりを努めさせることもできる為、重宝しているようだったとヒュースは言う。
あとは、基本的に主の言うことしか聞かない使い魔と違い、眷属は主に意見をすることもある。
そこから有益な意見を取り入れることなどもできるし、それを上手く使って仕事をこなす魔道士もいる。
そこが使い魔と眷属の大きく違うところではあった。
【クレイ様からロックウェル様のお役に立つようにと言い含められておりますので、子飼いも広く放ちました。得たい情報はすぐに集まることでしょう】
そうやって飄々と言い切ったヒュースにロックウェルは素直に感謝する。
「ありがたい」
【いいえ。ロックウェル様に何かあればまたクレイ様がいらぬことに首を突っ込みそうなので…これは職務範囲内の事なのですよ】
やはり行きつくところはそこにあるらしい。
穏便に事が治まるのが一番だとヒュースは言って、そのまままた静かになった。
***
カルロはロックウェルの元から下がってそっと思案する。
ひと月ほど前にあったハインツ王子の快気祝いを兼ねた祝典を利用して、目立たぬようにととある貴族を狙ったのだが、思いがけずその際に実行部隊を捕縛されてしまったのだ。
その貴族は王宮魔道士に黒魔道士は必要ないと言い切る輩で、正直目の上のたんこぶでしかない。
状況を上手く使って失脚させてやろうと綿密に画策していたのに、実行に移す前に捕縛されてしまったのはとんだ誤算だった。
なんとか捕縛された者達を『勘違いで巻き込まれたようだ』と逃がしてやることはできたが、正直やりにくいことこの上なかった。
狙いは王子ではなく貴族だったと言うのにどうしてこうなったのか…。
(あの女魔道士め…!)
見事な捕り物だっただけに思わず警備についていた自分も見惚れてしまったが、まさか王子を狙った者以外まで一息に捕縛しにかかってくるとは思ってもみなかった。
あんな魔法をよくも使えたものだと苦々しくなる。
その貴族は今も変わらず黒魔道士排除へと動いているから、黒魔道士容認派の貴族の屋敷へと先日手の者を内密に派遣し強固な関係を築いて対策にあたろうと思った矢先の今日の呼び出しだった。
まさかのロックウェルからの呼び出しに内心焦りでいっぱいで、何を言われるのかとハラハラして仕方がなかったが、特段バレてはいなかったようでホッと安堵の息を吐く。
正直魔道士長は白魔道士だからこんなことを相談してもわかってもらえるはずがないと、敢えて報告は上げていなかった。
けれどここを上手く収めて報告を入れれば第一部隊に引き抜いてもらえるかもしれないと言う淡い期待もある。
自分だって実力はあるのだと見せつけてやりたかった。
引き抜かれることができれば周囲の眼差しも変わってくる。
それは何にも勝る栄誉なこと────。
(上手くやらなければ…)
目立たぬようにあちらもこちらも目を配り、必ず事を収めてみせる。
そう思いながらカルロは第三部隊へと戻っていった。
***
「レーチェ」
「あら、リーネ」
王宮の回廊で二人の女魔道士が顔を合わせる。
「相変わらず何か企んでそうね」
「ふふっ。貴女には負けるわ」
「さっき部隊長がロックウェル様に呼び出されていたわよ?」
「ああ。きっとあれね。新人がうっかり貴族に見初められたせいだと思うわ」
「……どこまで貴女の計画の一部なのか…お手並み拝見といかせてもらうわ」
「うふふ。楽しみにしていてちょうだい」
こうして意味深に笑いあいながら二人はそっと何事もなかったかのようにすれ違う。
(ああ…本当に楽しい)
リーネはそっと去りゆくレーチェへと視線を向けてほくそ笑んだ。
元魔道士長フェルネスの元で、ルドルフ王子の王子妃候補として育てられた女魔道士は自分も含めて全部で6名。
彼女達は今は各部隊に散り散りに配属されているが、皆機を狙って蠢いている。
正直自分はそんなつまらないことにかかわる気はなかったため途中で競争から離脱したが、第一部隊は魅力的だったため、王宮からは出ずそちらに留まることにした。
ちなみにレーチェは花嫁候補者の一人だ。
彼女は候補者の中でも特に魔力は高いのだが、それをある程度隠して今の場所へと留まっている。
それは部隊長を失脚させて自分がそこで初の女部隊長になることを目的としているからだ。
そうすることで注目を浴び、王子の目にとまろうと思っている節がある。
それは傍から見ているとひどく滑稽で、面白くて仕方がなかった。
恐らく彼女は師フェルネスの意志を継いで、ハインツ王子ではなくルドルフ王子を王位につけようと更なる画策も行うだろう。
そんな彼女の行動がこれからも楽しみで仕方がない。
けれど────。
「正直部隊長なんてどうでもいいわ」
自分が狙うのは魔道士長の地位一択だ。
ロックウェルを如何にその地位から引き摺り下ろすのか────それが問題だ。
「何故かここ数か月で魔力が上がってきているようだし…何か考えなくちゃね。…ローレンス」
【リーネ様。何かご用でしょうか?】
「何でもいいからロックウェル様の弱みを見つけてきてくれないかしら?」
【…かしこまりました】
眷属へと指示を出し、リーネは妖しく笑う。
「狩りは面白くなくては…ね」
こうして各所で王宮魔道士達の思惑が交錯していったのだった────。
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