黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

55.手紙

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ひらひらと舞う蝶を捕まえて、やっとこの手の中へと手に入れた。

「ん…っ」

クレイの唇を思うさま堪能し、ロイドはそっと唇を離す。
紫の瞳は相変わらずどこか冷めてはいるが、自分に対する警戒心はもうそこからはなくなっている。
自分を受け入れ始めたクレイにロイドは嬉しくて仕方がなかった。

「クレイ…」

以前とは違う気持ちで名を呼ぶ自分が不思議で、この気持ちはなんだろうという気になった。

「ロイド。魔力は十分補給できたか?」

そう言って自分に笑いかけてくるクレイに以前以上に心奪われてしまっている自分がいて、思わず抱きしめたい衝動に駆られてしまう。

「ロイド?」

急に抱き締められて驚いたように声を上げてくるがそんなものは知らない。

(参ったな…)

放したくない────まさかそんな気持ちになるなんて思いもしなかった。
早く手に入れたいと思う気持ちと、急いて逃げられたらいけないという気持ちが入り混じり、何とも言えない気持ちになる。

「はぁ…早くお前を抱いてしまいたい…」

それでも思わずそんな本音が零れ落ちるが、クレイはまたかとため息を吐いた。

「だから俺はお前に抱かれる気はないと言っているだろう?」

そんなつれない言葉を吐かれてもどうしても諦められない自分がいて、つい何度も言ってしまうのだとロイドは正直に打ち明ける。

「もうなんなら私が抱かれる側でもいいくらいだ…」

それほど肌を重ねたくて仕方がなかった。
けれどその言葉にクレイはきょとんとしたようにした後で面白そうに笑い始めた。

「クッ…ははっ!ロイド…お前は本当に面白いな」
「…それだけお前に夢中なのだとわかってほしいものだな」

そっと顎に手を添えいつもの様にダメ元で口説いてみる。
どうせ答えはいつも一緒だろう。そう思っていたのに…。

「まあそうだな。俺は抱かれるのはロックウェル以外はごめんだが、抱く側なら考えてもいいぞ」

その言葉に……思わず目を見開く。

「ロックウェルとは…もう終わったが、それでも抱かれるのはあいつ以外は嫌だ」
「……抱く方なら相手は私でもいいと?」
「まあ花街で女を抱くことも出てくるだろうし、そうだな…そこにお前が一人セフレで加わるくらいはいいかもしれないな」

そんなどこまでも黒魔道士的な考え方にクレイらしいとは思ったが────。

(隙を見つけた…)

そう思ってつい昏い笑みが浮かんだ。
あれほどまでに頑なだったクレイがそんなことを口にしてくれたのは、偏に自分に気を許してきたからだと言っても過言ではない。

「…本気でそう思ってくれるのか?」

試すようにそう言うと、クレイは案の定あっさりと頷いてくれる。

「まあな」

その返答に思わず満足げな笑みがこぼれてしまった。

「クレイ…」

そういうことなら今夜にでもと誘いたかったのだが、けれど続く言葉はどこまでも残酷で────。

「一年待てたら考えてやる」

「……クレイ?ここまで来てお預けか?」
「ふっ…そんなに簡単に手に入れたらすぐに物足りなくなるくせに」

どこまでも憎たらしいことを言うクレイに、でもそこも好きだと思ってしまう自分が悔しくもあった。

「お前はそう言う奴だった」

けれどそうやって綺麗に躱してくるクレイが好きで仕方がないのだ。

「では一年、口説き倒してお前を手に入れるとしよう」
「そうしてくれ」
そんなクレイにそっと手を伸ばし、再度その唇へと口づける。
「予約だ」
「ははっ…!お前は本当に仕方のない奴だな」

そう言ってクレイは笑うが、きっとどれほど自分が喜んでいるのかわかってはいないのだろう。
恐らくクレイは、一年も男を口説く奴などいないだろうと高を括ってそんなことを言いだしたのだろうが、そんなものはなんの牽制にもならない。
現時点でここまで気を許してくれているのだ。
クレイが手に入るのなら一年くらい大した時間ではないと、そう思える自分がいた。
なんにせよ言質は取れたのだ。
堂々と口説いて絶対に自分の物にして見せる。

「今日はまた新しい魔法の試法だろう?早く見てみたいな」

クレイのそんな言葉に自然と笑顔がこぼれ、そのまま肩を並べて歩きだした。

「ああ。お前といると次々アイデアが湧いてくるから楽しくて仕方がない」
「離れた所に魔力を飛ばすなんて、本当に面白そうだ。お前には本当に驚かされる」
「完成した魔法をすぐに使いこなすお前の方が凄いだろうに」

楽しい時間を…充実した時間を…こうして共に過ごせるこの存在を、絶対に失いたくはない。

(ロックウェル…クレイをお前の元に返すつもりはない!)

絶対に渡さないと強く心に思いながらロイドはそっと隣を歩くクレイを見つめる。
それは束の間の幸せだった。


***


その日、クレイが昼食を食べ終え回廊を歩いていると、前からライアードがやってきたので脇へ下がって礼を執った。
そのまま去るかと思ったのだが、思いがけず自分の前で足を止め、その言葉を告げてくる。
「クレイ。アストラスから正式にお前に依頼が来た」
その言葉に思わず顔を上げ目を見開いた。
「先程使者が到着し、直接お前と話がしたいと言ってきたが、今時間はあるか?」
その言葉に誰か自分の知り合いが来たのだと察しがつく。
「……一体誰がとお伺いしても?」
「シリィだ」
その言葉にどこか安堵した自分とがっかりした自分がいた。
ロックウェルだったら…そう思った自分と、もしそうだったら自分はどうしただろうと考える自分がいて…。
もしそうだったとしたらきっと会わずに逃げ出しただろうなと思い至り、思わず自嘲してしまった。

自分を信じてくれなかったロックウェルの最後の姿が胸に突き刺さって今でも辛くて仕方がなかった。
もう二度と愛してもらえないのだと思うだけで辛くて辛くて仕方がなくて、泣きたい気持ちでいっぱいだった。

会いたい……けれど会いたくない────。

今度会った時一体どういう顔をすればいいのか…それすらもわからなくて、アストラスには帰りたくないと思った。
けれどただの使者なら断りを入れればいいと思ったが、来たのがシリィだと言うのなら行かないといけないだろう。
きっと彼女は、突然いなくなった自分を心配してくれていただろうから……。

(顔だけ見せて安心させてから、話を断ればいい)

そう思ってライアードの言葉に頷き、シリィが待つという部屋まで足を向けた。


***


「クレイ!」
シリィはクレイの姿を見るなり泣きそうな顔で抱きついてきた。
「元気そうで良かった!心配したのよ?」
そうやって変わらない優しさで自分を心配してくれる彼女の存在が嬉しかった。

「シリィ…心配をかけてすまなかった」
「いいのよ。何か誤解があったとかで陛下も謝ってきて欲しいと仰ってたわ」
「……」

それは一体どういうことなのだろう?
誤解も何も紫の瞳の事で自分を探していたのは間違いないはずなのだが…。
どうも周辺の者達は自分が何の件で王に呼び出されたのか把握していないようだった。

「それでね?今回ここに来たのは、実はハインツ様の件なの」
「ハインツ王子の?」
「ええ。ルドルフ様が王妃を糾弾して権利剥奪処分になさったんだけど、共謀していたフェルネス元魔道士長が逃走してしまったの。そのフェルネスがハインツ様の呪を掛けていた張本人だったのに…このままだと呪を解くことができなくて…」
その話を聞いてなるほどと納得がいった。
サシェの件の時と同じように、自分に追跡の依頼をしたいと言うことなのだろう。
けれど────。
「シリィ。力になってやりたいのは山々だが、それはアストラスに行かないと難しいと思う。俺はまだここに居たいから…その仕事は受けられない」
本音はロックウェルに会う勇気が持てない…ただそれだけの事なのだが、彼女にそれを言っても仕方がないので口には出さなかった。
けれどその代わりに、未練がましくその言葉をつい口にしてしまう。

「ロックウェルは…元気にしているか?」

「え?ロックウェル様?…そうね。このひと月、かなりお疲れな感じかしら?色々あったし、回復魔法を使っても疲れが溜まってらっしゃったような気がするわ」
「…そうか」
その言葉に憂うように項垂れてしまう。
そこで「そうだ!」とシリィがそっと手紙を取り出した。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ!問題さえ片付けばまたお元気になると思うし!それよりもこれ。ショーン様から出る前に渡されたの。クレイに渡してくれって」
「俺に?」
ショーンが一体自分に何の用だろうか?
そう思ってその手紙をそっと開くと────。

『クレイ、元気にしているか?詳細はシリィから聞かされるとは思うが、一度アストラスへ戻ってこい。シリィは大丈夫だと言うと思うが、先日ロックウェルが体調を崩して倒れた。あいつにはお前が必要だと思う……』

他にもつらつらと書かれてはあったが、ロックウェルが倒れたという言葉を見て、居ても立ってもいられなくなった。

「シリィ!悪いが先に戻る!」

そして返事も待たずにクレイはそのまま一気に影を渡ってしまう。
「ちょっ…!クレイ?!」
思わず声を掛けるがクレイの姿は既にそこにはない。
しかしそこで突然扉が開いて、ロイドが荒い息を吐きながら飛び込んできた。

「クレイは?!」
「え?今…手紙を見てそのまま…」
影を渡ってどこかへ行ってしまったと伝えると、ギリッと歯を噛みしめロイドもまた姿を消す。

「一体何なの…?」

手紙の内容は全く分からなかったが、クレイは先に戻ると言っていたからもしやアストラスへと向かったのだろうか?
断られたのか、受けてもらえたのか結局どっちなのだろう?
そうやってどうしていいのかわからず呆然とする自分に、部屋の隅で様子をうかがっていたライアードが面白そうに声を掛けてきた。

「シリィ。どうせ詳細はロイドが持ち帰ってくるだろう。それまでゆっくり休んでいくといい」
「…ライアード様」
「クレイからシリィの話もよく聞かせてもらった。私の知らないシリィの話が沢山聞けて楽しかったぞ」
「ええっ?!ク、クレイはなんて言っていました?おかしなお話ばかり聞かせていたのでは?!」
「いや、シリィは元気があって面白いと…」
「そんなっ…!」
「以前は知らなかったそんな一面を聞いて、私も見てみたいと思ってしまったな」
「~~~っ!!お見せできません!」
「ふはっ…!クレイの言は正しいな。からかうと可愛い一面が見られると…」
「えぇっ?!」

そうして二人はロイドが事の結末を持ち帰るまで、暫し二人は戯れの時を過ごした。


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