黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

53.懐柔

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「クレイ。大丈夫か?」
泣き疲れて目覚めた朝、クレイはロイドのそんな声で目が覚めた。
「…ああ」

ロイドは何があったのか何も聞かなかった。
ただ泣き続ける自分をそっと抱き寄せて泣きやむまでその胸を貸してくれた。
いつもの様な軽口も一切なく、黙って包みこんでくれたのだ。
それがただ有難くて嬉しかった。

「ロイド…昨日はすまなかった」
「別に構わない」
気にするなと笑いながらコーヒーを差し出してくれるロイドに僅かでも笑える自分が意外だった。
きっと一人だったら絶望的な気持ちに陥ってこんな風に笑うことなどできなかっただろう。
「…ありがとう」
素直に感謝を伝えカップを受け取り一口飲むと、その温かさがじんわりと身にしみていった。



ロックウェルが自分を信じてくれなかったことが悲しかった。
信じてもらえない自分が空しかった。
やはり自分のような者を信じる者などいないのではないか……そう思った。
けれどロイドがいたから…泣くしかできなかった自分をただ受け止めてくれたから、自分はまだ大丈夫だと思うことができた気がする。

「お前がいてくれて良かった」

そんな言葉にロイドが楽しげに笑う。
「まさかお前の口からそんな言葉が聞けるとは…嬉しいものだ」
それはいつもの軽口で、妙に耳に心地よかった。
「ただの褒め言葉だ」
「そうか。それよりもここはアストラスではなくソレーユだ。気にせず紫の瞳で過ごしても構わないぞ?」
そのままの自分でいていいとロイドが何でもないことのように勧めてくる。
確かに言われてみればその通りだ。
ここでは何も気にする必要はないだろう。
その言葉にさえ何となくロイドの優しさが感じられたような気がした。
けれど瞳の封印を解こうと思ったところで自分の眷属達が珍しく騒ぎ立て始めた。

【クレイ様!おやめください!】
【そうですよ!唇を終始狙われてしまいます!】
【あちらに帰れなくなってしまいますよ⁈】
【どうかお止まり下さい!】

「……お前達」
一体どれだけ自分は信用がないのだろう?
「ロイドは悪い奴じゃない。唇だって別に報酬以外狙ってこないだろう?」
その言葉にロイドが笑顔で固まったのだが、クレイはそれに気づかず眷属達を窘める。
「大体ロイドはちょっと性格は悪いが、面白いし話は合うし優しいところだってある。そんなに警戒する必要はない」

「…………」

【そうですかねぇ?今まさにクレイ様のお言葉に思うところがあったように感じましたけど?】
【そうですよ。クレイ様は本当に甘すぎます。どうつけ込まれるか分かったものじゃありません!】
「俺はそこまで甘くはない」
【しっかりしているところと抜けているところがあると皆は言っているのです!】
「ヒュース!お前まで…!」
【クレイ様はご自分が天然トラブルメーカーだともう少しご自覚ください!】
「言われている意味がわからない!もういい、お前達は黙っていろ!」
そんな風に言い合いをするクレイ達に、ロイドが暫し考えたところでフッと笑いそっと口を開いた。

「クレイ。それなんだが、別に今すぐお前と寝たいと言うつもりはないが、魔力交流は積極的にできたらと思っている」

その言葉にクレイは「え?」と驚いたように振り向いた。
まさかそんなことを言われるとは思っても見なかったからだ。
けれど続く言葉にほんの少し心が揺れた。

「ロックウェルと離れて辛い時があれば報酬以外でも口づけてくれて構わない」

それはつまり欲求不満になった時や寂しくなった時に自分を利用してくれていいと…そういう意味合いのようだった。

「私はお前と魔力交流ができれば魔力も気力も充実するから正直嬉しいことだらけだ。だからお前も気にせず気軽に声を掛けてくれていい」
「ロイド…」
「ギブアンドテイクだ。考えてみろ。お互いにいいこと尽くめだろう?」

そう言っていつもの様に笑ってくるから、なんだか妙に納得がいくような気がして…気が付けば頷いている自分がいた。

「……わかった」

【クレイ様?!】
眷属たちが驚いて止めに掛かるが、別に寝るわけではないし特に悪い話ではないだろうと言って納得させた。

「瞳の方は?」

そう言ってロイドが嬉しそうに笑う。

「……それはこのままでいい。お前と交流する時だけ封印を解くから」
「そうか…」

別にそれならそれで構わないとロイドが笑ってそっと手を差し出してくる。

「さあ。一緒に仕事といこうじゃないか」
「何かあるのか?」
「ああ。ちょうど面白そうな仕事があってな。…きっとお前の気も紛れる」
「そうか」

そうやって楽しげに話しながら朝食へと向かう二人を、眷属達は複雑そうに見送った。

(クレイ様を絶対に無事にロックウェル様の元へ返さなければ…)

そう思いながら…。


***


それからひと月。
眷属達は二人の仲をやきもきしながら見守っていた。
クレイは一人になるとすごく悲しそうにロックウェルを想っているようだったが、ロイドといる時は仕事や魔法の話で盛り上がるからか、幾分気持ち的に楽そうで、気が紛れるようだった。

(クレイ様…)

どう見てもロックウェルの事が好きなのに、無理をしているクレイの姿が痛々しくて仕方がない。
ロイドがクレイ狙いなことは重々承知だが、それで主の心が救われると言うのなら甘受せざるを得ないような気もした。

「クレイ。お前に口づけたい」

ロイドは頻繁にそんな言葉でクレイと積極的に魔力交流をしたがった。
クレイはロイドがあまりに堂々と誘ってくるので呆れたように口を開く。

「ロイド…。最初に言っておくが、俺はお前の物になる気はないぞ?」

ギブアンドテイクは構わないがそこだけは言っておくとクレイは一応最初に釘を刺したが、ロイドはわかっていると笑顔で請け負った。

「そんなことはわかっている。ちょうど欲求不満だから魔力交流がしたいだけだ」

そんなストレートな言葉にクレイも苦笑せざるを得ない。

「お前は本当に変わらないな」
「言いたいことは言う主義だ」
「そうか。まあいい。少しだけだぞ?」
「ああ」

そう言って条件も出さずに瞳の封印を解き、ロイドと魔力交流をしてしまった。
それは少しでもロックウェルを忘れたいからか、それとも寂しさを埋めたいからなのか…。
主の気持ちが満たされることがないことが、ただただ眷属達は悲しくて仕方がなかった。

今ではそれも日常と化していて、自分から誘うことはないが、ロイドが求めてきたらあっさりと魔力交流を承諾している姿があった。
このままではロイドの手に落ちるのも時間の問題だろう。




そんな中、アストラスから使者が来たと言う知らせが届いた。
その話を聞いた時、クレイの顔が強張ったのを受けてロイドが囁きを落とす。

「大丈夫だ。ライアード様には話は通してあるし、お前をあちらに渡すつもりはない」

そんな言葉にクレイが小さく頷く。
けれど眷属達はクレイの気持ちを敏感に感じとっていた。
その使者がロックウェルだったらいいのにとクレイが思ったことを。
一目でも会いたい。
切ないほどにただそう願っているのが痛いほどに伝わってくるのだ…。

【本当にクレイ様には困ったものです】

それから幾度か使者は来たが、クレイは期待をしては落ち込むと言うことを繰り返していた。
そんな主の姿にヒュースがぼやくようにそっと呟きを落とすと、他の眷属達もまた頷いた。

あんな風にロックウェルの元から去って大丈夫なわけがないのだ。
信じてもらえなくて、勝手に落ち込んで、そのまま自己完結して泥沼にはまる。
挙句そこをロイドにつけ込まれながら、来ない者を待ち続けるとは……。

【このままだとロイドと流れで寝てロックウェル様の元に戻れなくなるだけだと…わかっているんですかねぇ…】
【…全くわかってらっしゃらないと思います】
【本当にクレイ様は放っておけないお方ですね】

そう口々に心配の言葉を囁き合っていたところで、案の定ロイドがクレイに誘いを掛けた。

「クレイ…試しにそろそろ私と寝てみないか?あの男を忘れることができるかもしれないぞ?」

いつまでも落ち込むクレイを見たくないと労わるように声を掛けてくる。
けれどそれに対してクレイはため息を吐きながらもあっさりと断りを入れた。

「ロイド…。何度も言うが、俺はお前と寝る気はない」
「何故だ?魔力交流もできるし、私にもお前を満足させてやることはできるぞ?」
口づけも回数が増えたことだし、以前ほど自分に抵抗はないだろう?と試すようにロイドが尋ねてくるが、クレイは暫し考えた後でその言葉を吐いた。

「…お前は多分俺と同じタイプだから、ロックウェルを忘れるのは絶対無理だと思う」

その言葉に、ロイドがどういう意味だと首を傾げる。
「お前は短時間で満足する方が好きだろう?」
それに対してロイドは勿論だと普通に頷いた。
「そうだと思った」
その返答にはクレイも満足げだ。
「俺はお前のそういうところも気に入っているしな」
そうやって笑って言ってくるから、ロイドとしては更に断られる理由がわからない。
しかしクレイの口から飛び出した言葉に納得がいった。

「あんまり言いたくないが、あいつはしつこいんだ」

「……」
「回復魔法を駆使して朝まで抱き潰されるから身が持たない」
「……それは…大変だな」
「だろう?あいつは無駄に魔力が高いからいくらでも回復魔法が使えるんだ。適量を覚えてほしいといつも言っているのに聞いてくれなくて…。それでも気持ちいいからつい流されるんだ」

そのまま明後日の方向に話を持って行ってしまったクレイに眷属達はまたため息を吐いてしまう。

【ロイドも苦労してますねぇ…】
【見事に流しきられましたね。あれで惚気てないと本人は思っているから性質が悪いんですよ…】

ロイドは今日の所は大人しく引き下がろうと考えたようで、そのままクレイの話に相槌だけを返していた。
この分なら今日の所は大丈夫だろう。

【さすが天然、と言いたいところですが…困りましたねぇ】
【確かに。いつまでも天然で流せるとは限りませんし…】
【本当に…どうしたものですかねぇ…】

時間稼ぎはできているが、ロイドもこのまま黙ってはいないだろう。
最悪寝込みでも襲われたらたまったものではない。

【私は思い切ってロックウェル様の所に行ってこようかと…】
ヒュースが思い切ったようにそう提案すると、周りの眷属達がざわめき立った。
【ヒュース、クレイ様のお傍を離れるのか?】
【アストラスの内情なら子飼いに探らせているからお前はここに居ればいいのに…】
眷属が命令もないまま傍を離れてはクレイにすぐにばれてしまう。
動かすなら子飼いの方がいいと皆が口々に言った。
それを受けてヒュースが確かにと頷きを落とす。けれど────。
【なに。ほんの一刻だ。それくらい誤魔化しておいてくれ】
【…わかった。それなら引き受けよう】
【すぐに戻る】
そう言ってヒュースは仲間達に言い置くと、一気にロックウェルの元へと向かったのだった。


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