黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

52.蜘蛛の糸

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その頃、ロイドはクレイを送り出し、フッと笑っていた。

折角思いがけない事態が起こってソレーユにクレイが来てくれたのに、それをわざわざ恋敵の元に返すのは御免だと思っていた。
だからどうしてもロックウェルに説明に行きたいと訴えたクレイを一度は引き留めたのだ。

影渡りでも王に気付かれるかもしれないぞ────と。

けれどあのクレイが自分に縋りながら辛そうに「ロイド…それでもロックウェルの所に行きたいんだ」と珍しく頼み込んでくるから、その提案をしてみた。

「魔力交流をいつもより多めにしたらお前の気も薄まって王に気取られなくなるかもしれないな」

その言葉にクレイは飛びつくように乗ってきた。
てっとり早く自分と寝てみるかと最初は言ってみたがそれはすぐに却下された。
それ自体は最初からダメ元で言ってみただけだったから別に構わなかった。
クレイが自分の魔力をその身に纏ってあの男の元へ行くと考えるだけで優越感でいっぱいになる。
いつもは瞳の封印を解いて魔力交流をするのが常だが、今回の目的から言って封印をした状態で自分と口づけを交わした方がより自分の魔力をその身に纏いやすくなるだろうと伝えるとクレイはすぐにそれに従ってくれた。
正直封印された状態でのクレイとの魔力交流は若干の物足りなさを感じたが、いつもは冷めた眼差しのクレイがどこか気持ちよさそうにする姿は可愛くて、心が満たされるような気がした。
だからつい長々と味わってしまったのは仕方がないだろう。

「はぁ…。もう…いいだろう?」

そう言って唇を離したクレイは熱っぽい眼差しで自分を見つめてくれていた。
その身には十分に自分の魔力が浸透していて、思わずクレイが自分の物になったような錯覚に陥りそうになる。

「ああ。十分だな」
「そうか」

クレイは嬉しそうに笑って身を翻し「行ってくる」とロックウェルの元へ向かったが、果たしてそれをあの男が許すとは到底思えなかった。
嫉妬に駆られたあの男はどうするだろう?
冷たくあしらうだろうか?
それとも嫉妬から手酷く抱き潰すだろうか?
いずれにしてもクレイが傷ついて帰ってくるのはまず間違いなかった。

(馬鹿だな…クレイ)

どうしていつもは優秀なのに、ことロックウェルが絡むとこうも外れた行動をしてしまうのだろうか?
あとは傷ついたクレイに優しい言葉を掛け、懐柔すればおしまいだ。

(意外と早く決着がつきそうだな)

あの男から奪いたいと思っていたクレイがもうすぐ手に入る。
それを考えると頬が緩むのを止められない自分がいた。

「クレイ…早く帰ってこい」
そうやって昏い笑みを浮かべる自分の前に、クレイは思っていた以上に早くその姿を現したのだった。


***


「…ロイド。待っていてくれたのか?」

真夜中の部屋でクレイが力なくポツリとその言葉をこぼす。
やはり予想通り上手くはいかなかったのだろう。

「ああ。お前が心配だったからな」
その言葉にそっとその泣きそうな顔を上げてくる。
「ロックウェルが…」
「ああ」

わかっている。どうせ信じられないとでも言われたのだろう。

「お前の気持ちを…汲んでもらえなかったんだろう?」

そう言ってやると、ドンッとクレイがぶつかるように自分の胸へと飛び込んできた。
胸ぐらを掴むようにしながら額を押し付けてくる。
肩が震えているからきっと泣いているのだろう。
正直思った通りの展開で嬉しくて仕方がなかった。

そっとクレイの身体を優しく包み込んで、ロイドはその言葉を紡ぐ。
「泣きたいだけ泣けばいい」
「……悪い」
「いいさ。好きなだけ利用してくれ」
「うっ…ふっうぅ…」
そうやって泣くクレイをただ黙って受け止めて、ロイドは満足げに笑みを深くした。


***


クレイが来たその日、ロックウェルは結局眠ることができなかった。
それでも仕事はあるため回復魔法で寝不足を解消し、執務室へと向かう。

クレイが姿を消してからのここ数日、王は躍起になってクレイを探させていたが、ソレーユにいる可能性が高いと言う情報を受けて身柄を請求することに決めたようだった。
もちろんそれはロックウェルにも他人事とは思えなくて…なんとか穏便にクレイが帰ってこれるよう、打てる手は全て打とうとショーンにも相談していた矢先だった。
けれどロイドの気を纏ったクレイを見て、これからどうしていいのかわからなくなった。
自分の元に帰ってきてほしい。
けれど既にロイドの物になっていたのだとしたら…?
それでも自分は戻ってこいと言えるのだろうか?

そんなことを考えながら執務室に入ると、シリィが奥の扉を指し示し来客を告げた。

「あ、ロックウェル様。おはようございます。先程ルドルフ様がいらっしゃいまして、あちらでお待ちいただいていますが…」

一体自分に何の用だろう?
そう思いながらも念のため人払いを指示し、そちらへと向かう。

「やあ、ロックウェル」

その姿はいつもとは違い、どこか憂いに満ち溢れていて驚きを隠せない。

「ルドルフ様?一体どうなさったのです?」

その言葉にルドルフは何故か空しげに笑うばかりだ。
本当に一体何があったのだろうと尋ねると、その口から意外なことを返された。

「お前は…クレイの瞳が紫だったと…封印を解いた際知ったと聞いたが本当か?」

その言葉に胸がギュッと掴まれたような気持ちに襲われたが、ここまではっきりと聞かれたからには正直に答えざるを得ない。

「…はい」
「事情は本人から聞いているか?」
「…はい」
「あいつは王になりたいと…、王宮に来たいと…そう望んでいたか?」
「いいえ。クレイは昔からですが王宮とは一切かかわりたくないと思っているようでしたし、それは今も変わりません」
「それは…本当の事か?」
「ええ。クレイは自分の仕事を誇りに思っていますし、ずっと黒魔道士として生きていきたいと…」
「…そうか」

その言葉にルドルフが深く息を吐く。
それから暫く沈黙し何やら考えていたようだが、考えがまとまったのかそっとロックウェルを真っ直ぐに見つめて口を開いた。

「先日父から全ての経緯を話してもらった」
「……?!」

その言葉は正直衝撃だった。
まさか国王が自らの過去を子供に語るとは思ってもみなかったからだ。

「ハインツが追及しているところに居合わせたから便乗して聞かせてもらった」

そして自分が王の子ではないと言うことを聞かされたのだと言う。

「正直すぐには立ち直れないほど衝撃的な話だった。これまでの自分を全否定されたようなものだったからな」

それはそうだろう。
王子の心境を考えると心が痛んだ。

「けれど不思議と日が経つにつれ納得がいく自分もいた。昔からの自分に対する父の態度は仕方のないものだったのだと…」

ハインツだけを可愛がるのもそうだ。そういう事情があるのなら仕方のないことだったと理解はできた。
けれど母の事だけはどうにも信じがたかった。
あの優しい母が自分達に嘘を吹き込んでいたとは考えたくはない。
誤解であってほしい。そう思った。

「だから、お前に…調査に協力をしてもらいたい」

こんな願いは事情を知るロックウェルにしか頼めないのだとルドルフは言う。
確かに内容が内容だけに迂闊には動けないだろう。
「……わかりました。では詳細を決めてくださればすぐに調査にあたります」
「受けてくれるか?」
そうやって尋ねてくるルドルフにロックウェルは朗らかに笑う。
「もちろんです。私はルドルフ様のそのお人柄に惹かれておりますので…。協力は惜しみません」
「…そうか」
王の血を引いていようといまいと関係ないとはっきり言ったロックウェルにルドルフは感謝すると伝え、その調査について話し始めた。

「父はハインツに呪が掛けられていると言っていた」
「ええ。今はクレイと私で守護魔法を掛けていますのでお元気になりつつありますが、まだ呪の効果は切れてはいない状況です」
「…そうか。実はそれ自体が父は母の仕業だと言い切っていたのだが、私にはあの優しい母がそんなことをするとは全く信じられなくてな…」
「ルドルフ様…」
「母の潔白が証明されればと思ってはいるが、もし父の言うように母がその件に絡んでいたとしたら、私も腹を括ろうと思う」
「と…仰いますと?」
「王位は潔く諦めて、ハインツを立派な王に育てようかと思っている」

その言葉にロックウェルはルドルフの決意の固さをまざまざと感じさせられた。
あれほど王になろうと頑張っていたにも関わらず、それを全て捨ててまでその決意をするには如何ほどの思いを飲みこんだのだろう?

(立派な方だ…)

本当に、これで紫の瞳を持って生まれてきてさえいれば名君と呼ばれる王になっていたに違いないだろうに────。

「ルドルフ様のお心、しかと受け止めさせていただきました。しかしそれに関して言わせていただければ、まだ希望はございます」
「希望?」
「はい。先日クレイがロイドと共に王妃を調べたところ、ハインツ王子の呪にはどうも前魔道士長であるフェルネスが絡んでいると言うことが判明いたしました」
「フェルネスだと?!」
ルドルフが驚きの声を上げるがロックウェルは構わずに先を続ける。
「はい。ですから…王妃がフェルネスにいいように使われてしまったと言う可能性もなくはないかと…」
その言葉にルドルフはキュッと表情を引き締め暫く真剣に熟考していたが、やがてその重い口を開いた。

「ロックウェル。情報提供に感謝する。この件に関してはこれ以上動く必要はない」
「…と仰いますと?」
「どうやら母は相当の曲者だったようだ」

そう言って徐に立ち上がり、踵を返して行ってしまった。
これは大丈夫だと思っても差し支えないのだろうか?
正直次から次へと頭が痛くて仕方がなかった。

(クレイ…)

あの幸せだった日々が遠い昔のように感じられて、胸が苦しくなる。
最後にクレイを抱いた時、嫉妬に駆られていたとは言え、あんなにひどく抱かなければよかった。
そうしたらクレイも回復魔法を唱える必要はなかったのだから…。

今頃ロイドに縋って腕の中で泣いているのだろうか?
それとも怒りながらもう自分のことなど忘れたいと、ロイドに抱かれているのだろうか?

(苦しい…)

今ここにクレイがいないことがこんなにも辛くて仕方がなかった。

『ロックウェル…』
そうやって嬉しそうに自分の名を呼んでくれたクレイが────。
『…いっぱい愛して』
そうやって熱く見つめてくれた目が────。
『……ロイド』
そうやって他の男の名を呼ぶようになるのだろうか?
あの可愛い声や表情を…他の男の前に晒すのだろうか?

そこまで思い至ってやっと、嫌だと思う自分に気が付いた。
あんな男にクレイを奪われるのは絶対に嫌だった。
クレイはロイドの気を纏いながらも自分の元へと来てくれた。
それは偏に自分に会いたかったからだ。
あの時点でロイドよりも自分を選んでくれていた…はずだ。
寝ていないと言う言葉を信じてやれば良かったと、強くそう思った。
疑うくらいならあそこで抱いてやればすぐにでも真偽がわかったかもしれないのに…。
嫉妬に駆られてみすみすロイドの元に返してしまうなど愚かの極みだ。

「クレイ…」

遣り切れない思いでロックウェルは拳を握りしめる。
もう手遅れかもしれない。
もう…ロイドの手に落ちてしまったかもしれない。
あの男ならチャンスは潰さず生かしてくるだろう。
弱ったクレイにつけ込むことなど容易くすぐにでもやりそうだ。
それでも…諦めることができない自分がいた。

誰にも渡したくない────その気持ちだけはやはり変わらなかった。

(時間が掛かってもいい。私は絶対にお前を取り戻す…!)

ロックウェルは自分の想いを固めると、すぐさま行動を起こすことにした。
ぐずぐずしている暇はない。

「シリィ!すぐに陛下に謁見を…!」

ロイドに染められてもまた自分の元に戻ってきてほしい。
今度こそ絶対に手放したりしないから────。

そうしてロックウェルはクレイを取り戻すために動き始めたのだった。



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