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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
4.狂気の終焉
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※このお話は第一部『14.解呪』とリンクしています。
────────────────
これで全てが終わる────そう思ったところで、ロイドの放った魔法が弾き飛ばされるのを目の当たりにした。
水晶像に確かに当たったはずなのに、それは綺麗にサシェを守りきったのだ。
けれどロイドが主人の命令をそう簡単に諦めるはずもない。
今度は全く別な方法で水晶像を壊そうと呪文を唱え始めた。
誰の仕業かはわからないが今度こそこれで終わるだろうと思わず笑みがこぼれ落ちる。
これまでロイドに敵う魔道士などどこにもいなかったのだから────。
けれどそれはまたしても思っていたのとは違う結末を迎えることとなった。
「だから気をつけろと言っただろう?」
そんな言葉と共にサシェの像は砕かれることもなくそこにあったのだ。
「クレイ!!」
シリィの歓喜の声と共にその場に現れた者の方を見遣ると、そこには黒衣を纏った黒髪の端麗な男が立っていた。
その男を見た時、ロイドの魔法を掻い潜ってやってきた侵入者は彼だったのだと妙に腑に落ちたような気がした。
それは悔しそうに歯噛みするロイドの姿を見ただけでも一目瞭然だったし、それがなくとも何故かそうなのだという確信を抱いている自分がいた。
「…このままもらっていくが、異議はないか?」
水晶像を前にしてロイドへと静かに告げられた言葉に、ああ終わったのだと…そう感じる自分がいた。
「……!主の命令は絶対だ」
ロイドの言葉が耳へと届くが、もういいのだと────そう言ってやりたかった。
「まあそうだな。だが…」
そう言うや否やクレイがスッと動いて自分の方へと近づき、トンッと額を突いてくる。
それと共に意識が遠ざかっていくのを感じた。
(ああ……やっと…)
────この狂気は終焉を迎えるのだ。
そしてどこか胸の閊えがとれたように安堵しながら、ゆっくりとそのまま意識を失った。
***
目が覚めるとそこは自室の寝台の上だった。
傍らには自分の魔道士がいて、優雅に茶を飲みながら魔道書を見遣っていた。
「ロイド…」
「目が覚められましたか?」
こちらへと向けられる眼差しはどこまでも穏やかだ。
そう言えば彼は狂気に満たされていた自分に対しても一度として侮蔑の眼差しを向けてきたことはなかった。
ため息を吐くことは多々あれど、そこにあるのは優しさと信頼しかなかった。
だからこそ安心して傍へとおけると思い近くへと控えさせていたのだと…そんなことに今更ながら気が付き、なんだか肩の力が抜けたような気がした。
「……終わったのか?」
「はい。ご気分はいかがです?」
そう尋ねられながらそっと水を差し出され、それを受け取りゆっくりと喉を潤す。
「……すまなかった」
自分の中にあった狂気がどこかへと消え去り、残されたのは苦い後悔だけだった。
何故自分はあれほど自暴自棄になっていたのだろうか?
思い返すと愚かにも程があると思えて仕方がなかった。
けれどロイドは自分を責めるでもなくただこちらへと頭を下げた。
「謝るのは私の方です。主人の苦しみを分かりつつ放置してしまい申し訳ありませんでした」
そんな彼の姿に思わず目を瞠ってしまう。
こんな風にロイドが頭を下げる姿を初めて見たからだ。
これまでロイドは自分に苦言を呈すことはあっても、こんな風に自らの行動を謝ってくることなどなかった。
それは間違いなど犯さなかったからではあるのだが────。
「……あの黒魔道士に何か言われたのか?」
きっとロイドがこうやって頭を下げるからには彼との間に何かがあったのだろうと察することができた。
「性癖は変えられなくとも、方向修正してやるのはお抱え魔道士の仕事だろう…と」
その言葉にロイドは自らの至らなさを反省したのだという。
「……私は悔しかったのです」
主人の事を何も知らないはずなのに的確な言葉を口にされたことに対して、そしてそれに気づいていなかった自分の情けなさにとロイドが肩を落とす。
「私は優秀な黒魔道士だと自負していましたが…まだまだだったようです」
そんな言葉に思わずクスリと笑みがこぼれ落ちてしまった。
「そこは仕方がないのではないか?」
まだ少年だった頃から自分へと仕えてくれたのだ。
ソレーユでの王宮暮らしで学びきれないことも当然あるだろう。
「それでも…私はお前が傍に居てくれたからこそ、自ら死なずにすんでいたのだ」
ロイドがいなかったならきっと当の昔に人生を諦めていたと思える自分がいた。
「お前がいたから私は今ここに居る。だから…誇ればいい。お前は私の自慢のお抱え魔道士だ」
足りないなら学べばいい。
知らないなら知っていけばいい。
自分達はまだこれから新しい世界を知って築いていくことができるのだ。
鬱屈とした狭い世界に居続ける必要などはない。
そこから飛び出すには多少の衝突はあるだろうが、それに負けるような自分ではないだろうし、自分は一人ではなかった。
きっとロイドと二人なら新しい自分の居場所を作っていくことができると思った。
こんな窮屈な立場だとしても、自分の能力とロイドの能力があればきっと今とは全く違う世界を切り開いていける。
今の自分には何故かそんな妙な自信が溢れていた。
「シリィとの婚約は破棄となったのだろう?」
「……はい」
それは仕方のないことだと理解はしていた。
初めて自分が見初めた少女────。
狂気に侵されていた時は姉とセットで『美しいものに魅せられただけだろう』と思い込んでいたが、ゆっくりと振り返るとサシェに対しては確かにそうだったと言えるのに、シリィに対しては少し違ったような気がする。
でなければあれほどロックウェルに嫉妬のようなものを感じなかったのではないだろうか?
(いや…あれも狂気が生んだ幻かもしれないな)
最早何が狂気の副産物なのか判別がつかない自分がいた。
これから自分はそういったものを正面から見つめ直さなければならないのだ。
だからこそ、胸は痛むが自分にできることをしていこうと思った。
地盤を固め、自分らしくこの王宮で生きていく────まずはそれからだ。
「ロイド。これからも私の傍に居て私を支えてくれるか?」
そうやって尋ねると、ロイドはいつもの様に微笑みながらどこか嬉しそうに是と答えた。
「……勿論。私の命をかけてお仕えさせていただきます」
「頼りにしている」
────こうして狂気は消え、自らの意思で新たな一歩を踏み出すことができたのだった。
***
「ライアード様」
それから幾日が過ぎた頃だろうか…。
ロイドが突如そんな風に声を掛けてきた。
ここ最近自らの眷属を使って何やら調べ、夜に姿を消すこともあったのでその件かとふと思い至る。
「どうした?」
そう尋ねると彼はこれまで見たことがないような申し訳なさそうな顔で言いあぐねていた。
そんな彼にクスリと笑いながら酒でも飲もうと誘ってやる。
「ライアード様。私は護衛も兼ねているのですが?」
「ふっ…そんなことはわかっている。だが今日の仕事はもう終わっているし、あとは部屋から出ることもないだろう?お前の強力な結界の中に入ってこれるような輩がこの間の魔道士以外にいるとは思えないが?」
多少酔おうとロイドの結界の中に居れば他のどこよりも安全だということを示唆してやると、彼は困ったように微笑んだ。
「確かに。そう言われると断ることはできませんね」
そしてその言葉と共に酒宴は決定し、すぐさま準備が為された。
そこで酒を酌み交わしながらロイドの口から語られたことは、思った通り先日の黒魔道士の事だった。
どうやら相手はアストラス国王の落胤だったらしい。
「なるほどな。それならお前の結界にも入れるわけだ」
だからなんとなくそう口にしたのだが、ロイドはそれとこれとは全く関係ないと言い出した。
「違います。私の結界はただ単に魔力が高ければ掻い潜れる類の甘いものではないのです」
幾重にも張り巡らせた要塞のような結界────。
そんなロイド会心の結界を破るだけではなく、残された魔力の痕跡を追い足跡を消しながら自分にばれないように侵入するというのは相当のスキルが必要なのだという。
「あれは魔力が高いだけではなく、他に類を見ないほど優秀な黒魔道士なのです」
どうやらロイド的には『王の落胤』以上に、かつて出会ったことがないほどの優秀な黒魔道士と言うのがポイントだったらしい。
「あんなに優秀な魔道士には初めて出会いました」
これまでどんなに優秀な魔道士に会っても自分以上の者など存在しなかったのにと、ロイドはどこか嬉しそうに口にした。
それはそうだろう。
自分と並び立つ相手がいれば自分だってきっと心躍るに違いない。
「……羨ましいな」
だからポツリとそんな言葉が零れ落ちてしまう。
自分にも探せばそんな相手が見つかるだろうか?
対等に話し、対等に肩を並べられる相手が────。
「ライアード様」
そんなどこか侘しいような顔をしていた自分にロイドが声を掛けてくる。
「酒の席ですし、失礼を承知で言わせていただきますが……」
そう言ってロイドはこれまで言ってこなかったがと前置きをした上で色々と思うところを話してくれた。
それはこれまで自分がやってきたことを全て知っているからこその画期的な提案ばかりで、正直目から鱗以外の何物でもなかった。
地方の諸事情を把握し、新たな産業へと向けられた目。
新たな財源への可能性を踏まえた構想。
磨き上げた剣の腕。
それに加えて確かな判断力と目利きをもってすれば、王宮に身を置き続けるのではなく、もっと外に飛び出すべきだとのことだった。
「ライアード様は王位に興味もないのですからサポート名目で外交や視察等一手に引き受けて、退屈なデスクワークなど兄王子にくれてやればよいのです」
どうせあの兄王子は視察は形式だけのものでいつも大して見て回りもせずに欠伸ばかりしているのだからと身も蓋もないことを口にしてきて、思わず笑ってしまう。
確かにあれでは行こうと行くまいと変わらないだろう。
外交も然りだ。
「兄王子をお飾りにしながらライアード様が国の隅々まで目を配り、この国を豊かにされていってはいかがです?」
民から賢王と崇められるのは兄となってしまうかもしれないが、実質国を栄えさせていく陰の実力者となってしまえばいいとロイドはなんということもなく言い放つ。
「ライアード様なくしてはこの国はなかったと全ての王宮従事者が思ってくれるようになれば、それは即ちライアード様の確かな存在意義へと繋がると思うのですが、いかがでしょう?」
そしてその過程での新たな出会いの中で、自分と同様認め合える相手との出会いもまたあるのではないか……。
そう提案してきたロイドは実に堂々としていてやけに眩しく感じられた。
これまで王にならないなら意味がないとやさぐれてはいたが、このロイドの提案は面白いと思った。
自分にできることを手探りしている現状でのこの提案は確かに自分の前へと道を指し示してくれるものだった。
「……お前は本当に優秀な私の片腕だな」
そう言って酒を傾けると、ロイドもまた満足げに微笑みを浮かべた。
「私はいつでもライアード様のお為にと考えておりますので」
ただ言われた仕事をこなすだけではないのだと言う彼に思わず頬が緩むのを感じる。
こんなロイドだから傍に置きたいのだ。
「…そう言えば話が途中だったな」
そこでふと先程の黒魔道士の話が途中だった事を思い出し、話を元へと戻した。
「接触したいのか?」
恐らく傍を一時離れる許可が欲しいと言うのではないかと踏みそう尋ねると、ロイドは申し訳なさそうにそうだと口にする。
「そんなに悩まずとも構わないぞ?お前の事だ。対策は既に考えているのだろう?」
そうやって全幅の信頼を置いて水を向けてやると、ロイドは目を丸くしてからフッと柔らかく笑みを浮かべた。
「ライアード様には敵いませんね」
どう言うべきか悩んだのにと酒に口をつけたロイドに、安心させてやるように言葉を重ねる。
「自身の上を行くかもしれない魔道士に出会って、大人しくしているようなお前ではないことくらいはわかっているつもりだ」
好きなだけ関わって来いと背中を押してやると、ロイドはどこかホッとしたように微笑みを浮かべた。
「…ありがとうございます」
そんな可愛い魔道士に酒を注いでやり、その日は互いに楽しい時間を過ごしたのだった。
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これで全てが終わる────そう思ったところで、ロイドの放った魔法が弾き飛ばされるのを目の当たりにした。
水晶像に確かに当たったはずなのに、それは綺麗にサシェを守りきったのだ。
けれどロイドが主人の命令をそう簡単に諦めるはずもない。
今度は全く別な方法で水晶像を壊そうと呪文を唱え始めた。
誰の仕業かはわからないが今度こそこれで終わるだろうと思わず笑みがこぼれ落ちる。
これまでロイドに敵う魔道士などどこにもいなかったのだから────。
けれどそれはまたしても思っていたのとは違う結末を迎えることとなった。
「だから気をつけろと言っただろう?」
そんな言葉と共にサシェの像は砕かれることもなくそこにあったのだ。
「クレイ!!」
シリィの歓喜の声と共にその場に現れた者の方を見遣ると、そこには黒衣を纏った黒髪の端麗な男が立っていた。
その男を見た時、ロイドの魔法を掻い潜ってやってきた侵入者は彼だったのだと妙に腑に落ちたような気がした。
それは悔しそうに歯噛みするロイドの姿を見ただけでも一目瞭然だったし、それがなくとも何故かそうなのだという確信を抱いている自分がいた。
「…このままもらっていくが、異議はないか?」
水晶像を前にしてロイドへと静かに告げられた言葉に、ああ終わったのだと…そう感じる自分がいた。
「……!主の命令は絶対だ」
ロイドの言葉が耳へと届くが、もういいのだと────そう言ってやりたかった。
「まあそうだな。だが…」
そう言うや否やクレイがスッと動いて自分の方へと近づき、トンッと額を突いてくる。
それと共に意識が遠ざかっていくのを感じた。
(ああ……やっと…)
────この狂気は終焉を迎えるのだ。
そしてどこか胸の閊えがとれたように安堵しながら、ゆっくりとそのまま意識を失った。
***
目が覚めるとそこは自室の寝台の上だった。
傍らには自分の魔道士がいて、優雅に茶を飲みながら魔道書を見遣っていた。
「ロイド…」
「目が覚められましたか?」
こちらへと向けられる眼差しはどこまでも穏やかだ。
そう言えば彼は狂気に満たされていた自分に対しても一度として侮蔑の眼差しを向けてきたことはなかった。
ため息を吐くことは多々あれど、そこにあるのは優しさと信頼しかなかった。
だからこそ安心して傍へとおけると思い近くへと控えさせていたのだと…そんなことに今更ながら気が付き、なんだか肩の力が抜けたような気がした。
「……終わったのか?」
「はい。ご気分はいかがです?」
そう尋ねられながらそっと水を差し出され、それを受け取りゆっくりと喉を潤す。
「……すまなかった」
自分の中にあった狂気がどこかへと消え去り、残されたのは苦い後悔だけだった。
何故自分はあれほど自暴自棄になっていたのだろうか?
思い返すと愚かにも程があると思えて仕方がなかった。
けれどロイドは自分を責めるでもなくただこちらへと頭を下げた。
「謝るのは私の方です。主人の苦しみを分かりつつ放置してしまい申し訳ありませんでした」
そんな彼の姿に思わず目を瞠ってしまう。
こんな風にロイドが頭を下げる姿を初めて見たからだ。
これまでロイドは自分に苦言を呈すことはあっても、こんな風に自らの行動を謝ってくることなどなかった。
それは間違いなど犯さなかったからではあるのだが────。
「……あの黒魔道士に何か言われたのか?」
きっとロイドがこうやって頭を下げるからには彼との間に何かがあったのだろうと察することができた。
「性癖は変えられなくとも、方向修正してやるのはお抱え魔道士の仕事だろう…と」
その言葉にロイドは自らの至らなさを反省したのだという。
「……私は悔しかったのです」
主人の事を何も知らないはずなのに的確な言葉を口にされたことに対して、そしてそれに気づいていなかった自分の情けなさにとロイドが肩を落とす。
「私は優秀な黒魔道士だと自負していましたが…まだまだだったようです」
そんな言葉に思わずクスリと笑みがこぼれ落ちてしまった。
「そこは仕方がないのではないか?」
まだ少年だった頃から自分へと仕えてくれたのだ。
ソレーユでの王宮暮らしで学びきれないことも当然あるだろう。
「それでも…私はお前が傍に居てくれたからこそ、自ら死なずにすんでいたのだ」
ロイドがいなかったならきっと当の昔に人生を諦めていたと思える自分がいた。
「お前がいたから私は今ここに居る。だから…誇ればいい。お前は私の自慢のお抱え魔道士だ」
足りないなら学べばいい。
知らないなら知っていけばいい。
自分達はまだこれから新しい世界を知って築いていくことができるのだ。
鬱屈とした狭い世界に居続ける必要などはない。
そこから飛び出すには多少の衝突はあるだろうが、それに負けるような自分ではないだろうし、自分は一人ではなかった。
きっとロイドと二人なら新しい自分の居場所を作っていくことができると思った。
こんな窮屈な立場だとしても、自分の能力とロイドの能力があればきっと今とは全く違う世界を切り開いていける。
今の自分には何故かそんな妙な自信が溢れていた。
「シリィとの婚約は破棄となったのだろう?」
「……はい」
それは仕方のないことだと理解はしていた。
初めて自分が見初めた少女────。
狂気に侵されていた時は姉とセットで『美しいものに魅せられただけだろう』と思い込んでいたが、ゆっくりと振り返るとサシェに対しては確かにそうだったと言えるのに、シリィに対しては少し違ったような気がする。
でなければあれほどロックウェルに嫉妬のようなものを感じなかったのではないだろうか?
(いや…あれも狂気が生んだ幻かもしれないな)
最早何が狂気の副産物なのか判別がつかない自分がいた。
これから自分はそういったものを正面から見つめ直さなければならないのだ。
だからこそ、胸は痛むが自分にできることをしていこうと思った。
地盤を固め、自分らしくこの王宮で生きていく────まずはそれからだ。
「ロイド。これからも私の傍に居て私を支えてくれるか?」
そうやって尋ねると、ロイドはいつもの様に微笑みながらどこか嬉しそうに是と答えた。
「……勿論。私の命をかけてお仕えさせていただきます」
「頼りにしている」
────こうして狂気は消え、自らの意思で新たな一歩を踏み出すことができたのだった。
***
「ライアード様」
それから幾日が過ぎた頃だろうか…。
ロイドが突如そんな風に声を掛けてきた。
ここ最近自らの眷属を使って何やら調べ、夜に姿を消すこともあったのでその件かとふと思い至る。
「どうした?」
そう尋ねると彼はこれまで見たことがないような申し訳なさそうな顔で言いあぐねていた。
そんな彼にクスリと笑いながら酒でも飲もうと誘ってやる。
「ライアード様。私は護衛も兼ねているのですが?」
「ふっ…そんなことはわかっている。だが今日の仕事はもう終わっているし、あとは部屋から出ることもないだろう?お前の強力な結界の中に入ってこれるような輩がこの間の魔道士以外にいるとは思えないが?」
多少酔おうとロイドの結界の中に居れば他のどこよりも安全だということを示唆してやると、彼は困ったように微笑んだ。
「確かに。そう言われると断ることはできませんね」
そしてその言葉と共に酒宴は決定し、すぐさま準備が為された。
そこで酒を酌み交わしながらロイドの口から語られたことは、思った通り先日の黒魔道士の事だった。
どうやら相手はアストラス国王の落胤だったらしい。
「なるほどな。それならお前の結界にも入れるわけだ」
だからなんとなくそう口にしたのだが、ロイドはそれとこれとは全く関係ないと言い出した。
「違います。私の結界はただ単に魔力が高ければ掻い潜れる類の甘いものではないのです」
幾重にも張り巡らせた要塞のような結界────。
そんなロイド会心の結界を破るだけではなく、残された魔力の痕跡を追い足跡を消しながら自分にばれないように侵入するというのは相当のスキルが必要なのだという。
「あれは魔力が高いだけではなく、他に類を見ないほど優秀な黒魔道士なのです」
どうやらロイド的には『王の落胤』以上に、かつて出会ったことがないほどの優秀な黒魔道士と言うのがポイントだったらしい。
「あんなに優秀な魔道士には初めて出会いました」
これまでどんなに優秀な魔道士に会っても自分以上の者など存在しなかったのにと、ロイドはどこか嬉しそうに口にした。
それはそうだろう。
自分と並び立つ相手がいれば自分だってきっと心躍るに違いない。
「……羨ましいな」
だからポツリとそんな言葉が零れ落ちてしまう。
自分にも探せばそんな相手が見つかるだろうか?
対等に話し、対等に肩を並べられる相手が────。
「ライアード様」
そんなどこか侘しいような顔をしていた自分にロイドが声を掛けてくる。
「酒の席ですし、失礼を承知で言わせていただきますが……」
そう言ってロイドはこれまで言ってこなかったがと前置きをした上で色々と思うところを話してくれた。
それはこれまで自分がやってきたことを全て知っているからこその画期的な提案ばかりで、正直目から鱗以外の何物でもなかった。
地方の諸事情を把握し、新たな産業へと向けられた目。
新たな財源への可能性を踏まえた構想。
磨き上げた剣の腕。
それに加えて確かな判断力と目利きをもってすれば、王宮に身を置き続けるのではなく、もっと外に飛び出すべきだとのことだった。
「ライアード様は王位に興味もないのですからサポート名目で外交や視察等一手に引き受けて、退屈なデスクワークなど兄王子にくれてやればよいのです」
どうせあの兄王子は視察は形式だけのものでいつも大して見て回りもせずに欠伸ばかりしているのだからと身も蓋もないことを口にしてきて、思わず笑ってしまう。
確かにあれでは行こうと行くまいと変わらないだろう。
外交も然りだ。
「兄王子をお飾りにしながらライアード様が国の隅々まで目を配り、この国を豊かにされていってはいかがです?」
民から賢王と崇められるのは兄となってしまうかもしれないが、実質国を栄えさせていく陰の実力者となってしまえばいいとロイドはなんということもなく言い放つ。
「ライアード様なくしてはこの国はなかったと全ての王宮従事者が思ってくれるようになれば、それは即ちライアード様の確かな存在意義へと繋がると思うのですが、いかがでしょう?」
そしてその過程での新たな出会いの中で、自分と同様認め合える相手との出会いもまたあるのではないか……。
そう提案してきたロイドは実に堂々としていてやけに眩しく感じられた。
これまで王にならないなら意味がないとやさぐれてはいたが、このロイドの提案は面白いと思った。
自分にできることを手探りしている現状でのこの提案は確かに自分の前へと道を指し示してくれるものだった。
「……お前は本当に優秀な私の片腕だな」
そう言って酒を傾けると、ロイドもまた満足げに微笑みを浮かべた。
「私はいつでもライアード様のお為にと考えておりますので」
ただ言われた仕事をこなすだけではないのだと言う彼に思わず頬が緩むのを感じる。
こんなロイドだから傍に置きたいのだ。
「…そう言えば話が途中だったな」
そこでふと先程の黒魔道士の話が途中だった事を思い出し、話を元へと戻した。
「接触したいのか?」
恐らく傍を一時離れる許可が欲しいと言うのではないかと踏みそう尋ねると、ロイドは申し訳なさそうにそうだと口にする。
「そんなに悩まずとも構わないぞ?お前の事だ。対策は既に考えているのだろう?」
そうやって全幅の信頼を置いて水を向けてやると、ロイドは目を丸くしてからフッと柔らかく笑みを浮かべた。
「ライアード様には敵いませんね」
どう言うべきか悩んだのにと酒に口をつけたロイドに、安心させてやるように言葉を重ねる。
「自身の上を行くかもしれない魔道士に出会って、大人しくしているようなお前ではないことくらいはわかっているつもりだ」
好きなだけ関わって来いと背中を押してやると、ロイドはどこかホッとしたように微笑みを浮かべた。
「…ありがとうございます」
そんな可愛い魔道士に酒を注いでやり、その日は互いに楽しい時間を過ごしたのだった。
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