黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

50.目撃

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「ロックウェル…酷い…」

クレイはメチャクチャに抱かれた朝、目覚めてすぐに掠れた声で悪態をついたが、ロックウェルは身を清めてはくれたもののやはり回復魔法は唱えてくれなかった。
それほど怒っていると言うことなのだろうと理解はしたが、これでは今日は仕事ができないではないか。
朝一番でライアードを無事に見送ればおしまいだったのに…。
こんな酷い抱き方をされたのはあの初めての日以来だった。
文字通り抱き潰されたと言っても過言ではない。
しかもいつもと違って気持ちいいことからはほど遠い抱き方で、まさにお仕置きと言ってもいいだろう。

「仕事は概ね終わっただろう?今日は一日ここで反省しておくんだな」

冷たくそう言って仕事に向かってしまったロックウェルの背を思わず恨めしげに睨んでしまう。
何をそんなに怒っているのか知らないが、言ってくれなければわからないではないか。

「うぅ…辛すぎて動けない…」

全身が重怠く、熱がこもってとてもではないが動けそうにない。
途中から意識はなかったが、この辛さから言って壊れそうなほど激しく抱かれたのは明白だった。
正直自分で回復魔法を使う気力さえ根こそぎ奪い取られてしまった感じだ。
これでは本当にどうしようもないではないか。

そんなクレイに眷属達が声を掛けてくる。
【クレイ様…大丈夫ですか?】
【いくらロックウェル様がお好きでもここまでされたら…怒ってもよろしいのでは?】
「…いいんだ。俺はロックウェルにされて嫌なことは別にないから」
正直ロックウェルが好きすぎて、嫉妬されるのだって嬉しいのだ。
今回の件も嫉妬からくるものだろうとわかってはいるし、別に抱き潰してくれるのは構わない。
回復さえしていってくれれば別に責める気もない。
自分が何かやってしまったと言うのなら、言ってもらえればちゃんと謝る。
けれど仕事に支障をきたすのだけはやめてほしい。

「ロックウェルの馬鹿…」

そうやって枕に突っ伏していると、また気遣わしげに眷属達が口を開いた。
【シリィ様でもお呼びしてきましょうか?】
そんな言葉に心は揺れるが、どうしたのかと聞かれるのがオチだし、すぐにロックウェルに見咎められてしまう気もする。
さすがに彼女を巻き込んでしまうのは申し訳ない。
だからいらないと眷属に伝えたのだが、それならとまた別の眷属が提案をしてくれた。
【どう見てもとてもお辛そうですし、昨日の黒曜石をお使いになられるのはいかがでしょう?】

「黒曜石?」

その言葉にそう言えばと思い出す。
あれには魔力を圧縮して込めておいたのだ。
幾分か気力も出て回復魔法を使えるようになるかもしれない。
それに気づいてホッと息を吐いた。
【しかしお仕事に向かわれたいのならささやかな回復魔法では難しいのでは?】
見送りだけとは言え、何もないとは限らない。
【そうですよ。それならいっそ瞳の封印を解いて、全回復なさればいいのでは?】
苦手な分野の魔法も封印さえ解けばできるようになると眷属達が勧めてくれる。
【どうせ一瞬のことですし、誰にも気づかれないことでしょう】
すぐに封印をし直せば問題ないと言われ、確かに大きな魔法ではなく回復魔法くらいなら大丈夫かと思った。
兎に角この体の怠さや熱っぽい体をなんとかしたくて、昨日の黒曜石を手に取り確認する。

(十分そうだな)

これなら瞳の封印を解くことも可能そうだ。
そしてその圧縮した魔力を昨日とは逆に自分へと吸収した。
キュオッ!という音と共に自分の中に気力と魔力が戻ってくる。

(よし!)

そしてそれと同時に瞳の封印を解いて、すぐさま回復魔法を唱えた。
ふわりと自分を包む力を感じると共に、一気に力が漲ってくる。
体の怠さも熱っぽさも全てなくなり、体が軽くなったのでホッとした。
これなら仕事へも向かえるだろう。
けれど、そう思って寝台を降り服に袖を通して黒衣を纏ったところで、突然勢いよくその扉は開かれた────。


***


「父上、お待ちください!どうして父上はそんなにクレイを気になさるのです?」

昨日二人のやり取りを見てしまったのだと、ハインツは朝から懸命に仕事へと向かう父を追い掛けていた。
正直クレイが女装していた事に驚きはしたが、黒魔道士としてライアードの護衛の仕事をしていただけでそれほど気にする必要などない。
どうしてあれほど責めるような言い方をしたのかとハインツは訴えた。
「以前にも言ったようにクレイには恩義があります!そうやって責めるのに何か理由があるのなら僕にも教えてください!」
そうやって全く答えようとしない父に物申していたところで突然それは起こった。

「……え?」

近くで誰かが魔法を使ったのだ。
それは別に特異なものではないはずだった。
けれど一瞬だったにも関わらずその魔力はひどく懐かしい感覚を呼び覚まし、何故か心が揺さぶられた。

(これは…あの時の…?)

いつか感じたあの感覚ではないのだろうか?
そう思ったところで父王が一気に回廊を走り出した。
一体どこにそんな気力がと言うほど必死になって駆ける父を、ハインツは驚きながらも懸命に追った。
そこに何か秘密があるように感じて仕方がなかったのだ。
そしてとあるドアの前までやってくると、父は大きく息を吐き、その扉を勢いよく開け放った。


「え?」


一体何がと顔を上げると、そこには昨日とは違い男の姿に戻っているクレイが驚いたように立っている。
けれどその瞳の色は以前見た碧眼ではなく……。


「紫の……瞳?」


そこにはまるで宝石のように光り輝く美しい瞳があり、驚きに目を見開いてしまった。
けれどその言葉にクレイがしまったという顔で目を覆う。
そして次の瞬間瞳はすぐに碧眼に戻されてしまったが、魔法で隠したのは明白だった。

「クレイ!やはりお前は…!」

父が声を上げて何か言おうとしたが、クレイは複雑そうな表情をした後、そのまま逃げるように自身の影へと身を沈めてしまう。

「クレイ!待て!!」

父王が叫ぶがクレイの姿は既に消え去りそこにはない。
ガックリと項垂れた父の背がハインツにはやけに小さく見えて仕方がなかった。


***


(見られた…見られた…見られた…!!)
クレイは先程の父王とハインツの顔に焦りに焦っていた。
一体自分はどうしたらいいのだろう?
このままでは追っ手を掛けられるのは必至だ。

(どうしよう…)

もうロックウェルの傍に居られなくなってしまうと、そう思うだけで身を引き裂かれるような思いだった。
自分はなんと軽率なことをしてしまったのだろう?
まさか王達が近くにいるなんて…あんな一瞬の発露すら察してくるなんて…思っても見なかった。
【クレイ様…。申し訳ございません。私どもの失態でございます】
【大変申し訳ございません…】
眷属達が口々に謝ってくれるが、彼らが自分を慮って言ってくれたのは誰よりも自分が一番わかっているだけに責めるわけにもいかない。
悪いのは誰でもない。短慮だった自分なのだから。

「気にしなくてもいい。すぐに動く」
【はっ…】

そうしてクレイはすぐさまライアードとロイドの元へと移動する。
ちょうど出立寸前で、特に問題も起きてはいないようだった。
ふわりと突然目の前に現れたクレイの姿にロイドが目を丸くしたが、その表情を見て何かあったのだとすぐに察してくれる。
「悪いが問題が発生した。俺は暫く姿を消す。今回の報酬は流してくれていい」
「…わかった。見送りはいい」
「…すまない」
そうやって短く言葉を交わしていると近くにいたのであろうロックウェルが鋭く声を掛けてきた。

「クレイ!」

けれど遠くで兵が動く気配を感じたので何も話すことができない。
そのまま泣きそうな気持ちでまた影を渡ろうとしたところでロイドのその声が耳へと届いた。

「クレイ。先にソレーユに行って私の部屋で寛いでいるといい。3日後には到着するからその時に話を聞こう」
「……助かる」

今の状況ではいっそ他国の方が安全だ。
気力も魔力も回復魔法のお蔭で全快だ。
この分なら一気にソレーユまで行けるだろう。
クレイはロイドに素直に感謝して、そのまま姿を消した。
後にはただ、不敵に笑うロイドの姿があるばかり────。


***


「クレイ!待て!」
ロックウェルがクレイの名を呼ぶがクレイは悲しげにこちらを見た後、あっという間に姿を消した。
動けるようになっていたのにも驚いたが、それで仕事を放り出して逃げるなんて何かあったに違いない。
ロイドには一言二言話しているようだったのに、どうして自分には何も言ってくれなかったのだろう?
あんな抱き方で抱き潰してしまったせいで嫌われてしまったのだろうか?

(クレイ…!)

そうこうしている内に兵がやってきて、一体何事だと目を見開いた。
「ロックウェル様!魔道士のクレイがこちらに参りませんでしたか?!」
「え…」
「王が速やかに連れてこいとのご命令なのです!」
その言葉に背に冷たい汗が伝っていく。
「いや…こちらには…」
「そうですか。失礼いたしました!すぐに捜索に向かいますので、これで失礼致します!」
そう言って沢山の兵がクレイを探しにかかる。
それにより、何かしらの理由でクレイの事が王に知れたのだと察することができた。
これでは自分の元に連れ戻すことは二度とできないのではないだろうか?
そう考えるだけで目の前が真っ暗になった気がした。
(クレイ…)
ロックウェルはギュッと拳を握り締め、どうか無事に逃げ切ってくれと強く願った。



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