黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

43.王子ルドルフ

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それから入れ代わり立ち代わり挨拶に来るものが大勢いる中、この国の他の四人の王子達も姿を現した。
「ハインツ。元気そうだな」
「はい…。兄上方も本日はありがとうございます」
「母上の姿が見えないようだが?」
「あ…あちらでご挨拶を…」
「そうか」
堂々と話す長子ルドルフに気圧されるようにハインツの声は徐々に小さくなってしまう。

そんな姿に周囲も同情を隠せなかった。
王自身は認めてはいなかったが、長子ルドルフは幼い頃から自分が次の王になるのだと聞かされて育ってきたため、元々努力家な面も幸いして勤勉で王政にも詳しく、また剣技にも秀でている。
王位に付けば立派な王になることは間違いないだろうと皆からの評価は高いのだ。
ただ…その目に魔力が宿ることはない。それだけが実に残念だった。
対するハインツは王の血を濃く継ぎ瞳は魔力を持つ紫だが、如何せん病弱な上、これまで蝶よ花よと育てられたせいで国のことなど何もわかってはいない。
まだ年若くこれからとは言え、これでは頼りないと言われても仕方がないだろうと思えた。
こうして並び立つとその差は歴然だ。
他の三人の王子もそれがわかるが故にクスクスと笑っていた。

「凄いな…」
「…あの中には絶対に入りたくないものだな」
「同感だ」
クレイとロイドがちょうどそうやって話している最中、それは起こった。

「!!…ロックウェル!」

思わずクレイがそちらへと声を掛ける。
それにすぐさま気づいたロックウェルが素早く動き王族周辺に防御壁を張った。

バキィッ!!

激しい轟音を上げ、飛んできた攻撃が弾き飛ばされる。
それと同時にロイドがライアードを庇うように立ち、クレイが呪文を唱え始めた。
「随分骨のありそうな者達を雇ったものだな」
ニッと嬉しそうにクレイが笑うと同時に四方からライアードを狙って攻撃が仕掛けられた。
「他国でこれをしてくるとは…随分恨みを買ったものだ」
クレイがその攻撃を全て握りつぶすがごとく次々と無効化する。
そしてロイドと共にその手にいくつかの小さな光球を作り出すと、シャシャッ!と勢いよく敵へと放った。
そしてパチンと指を鳴らすと同時にその光が炸裂し敵だけを吹き飛ばす。

「グハッ!!」
「ひっ…ひぃっ…!」

「追え」
【御意】

わざと逃がした敵の一人を使い魔に追わせ黒幕へと向かわせる。
そしてクレイは黒衣を翻すと倒れて動けなくなった賊を速やかにロックウェルへと引き渡し、そっとロイドの脇へと下がった。
それと同時にロイドが笑顔で前へと出る。
「皆様大変お騒がせいたしました。怪我人もいなさそうで安堵いたしました。賊の方は取り押さえましたので、引き続きこの場をお楽しみください」
あまりにも短時間で事が片付き、その場にいた皆が呆然と固まる。
「ライアード様。暫く席を外させていただき、お休みなさってはいかがでしょう?」
「ああ。では陛下、並びに皆々様。お騒がせいたしましたが、事後処理もありますので一時席を外させていただきます」
大変申し訳ないと断りを入れ、ライアードは颯爽と踵を返し、ロイドとクレイもそれに倣った。
そして去っていく三人に、アストラスの面々はただただ呆気にとられながら見送るばかり。



「はぁ~。クレイの仕事ぶりを初めて目の当たりにしたが、鮮やかなものだな」
ショーンが目を丸くしながらロックウェルへと話しかけた。
「攻撃はあいつの得意分野だからな」
それでいて周辺にも目を配り、さりげなく怪我人が出ないよう防御も引き受けていたのを知っている。
元々の仕事の割り振りで決まっていたのだろう。
ロイドは終始ライアードしか守ってはいなかった。
以前戦った時に思ったが、どうもロイドは防御があまり得意ではないらしい。
だからこそアストラス側の防御を任せるためにクレイは自分へと声を掛けたのだろう。
王族の護衛が自分とショーンの役割だから当然と言えば当然だ。
「久しぶりに一緒に仕事をした気分だ」
本当はもっと沢山昔のように仕事をしたい。
けれど立場上なかなか難しいのが現状だ。
そうやってショーンと二人話しているところに、ルドルフがやってきた。

「ロックウェル」
「はっ…」
「今の者はお前の知り合いか?」
「今の者と言いますと…?」
「ライアード殿と一緒にいた魔道士だ」
「…知り合いと言えば知り合いです」
「そうか。素晴らしい腕前だった。後で礼を述べに行きたいのだが、紹介してもらえないだろうか?」
「…かしこまりました」

まさかこんなことでクレイが王子に目をつけられるとは思いもよらなかった。
ライアードもやってくれる…。

「では…今すぐ向かわれますか?」
「そうだな。礼を言うなら早い方がいいだろう」
そう言うやルドルフは他の面々に礼を執り、笑顔でその場を辞す。
「では父上。ハインツ。いずれまた」
「……」
サッと踵を返し堂々と立ち去るその姿はいっそ清々しい。
本当にこれで王の実子でさえあればどれほど良かったことか…。
「先程はライアード殿とも全く話せなかったからな。ちょうどいいだろう」
そうやって少しでも人脈を繋いでいこうとする心意気はロックウェルも好むところだ。




コンコンと扉をノックし、来賓室へと入ると、そこにはソファで寛ぐライアードの姿と、何故か腰を抱かれ、どう見てもロイドに迫られているようにしか見えないクレイの姿があった。
「なっ…!」
思わず声を上げそうになるが、ロイドが余裕の笑みでクレイの腰を掴み引き寄せながら告げる。
「勘違いするな。今夜のダンスの練習をしていただけだ」
確かにそう見えなくもないが、クレイが嫌がって背を逸らしているようにしか見えない。
「ロ、ロックウェル!助けろ!」
必死に訴えるクレイを慌てて奪い返し、背に庇う。
「ははっ!必死だな」
色男が台無しだとロイドが挑発的に笑うが、ロックウェルは睨み付けることしかできない。

そんな中、様子を見ていたルドルフが興味深げに三人を見つめ、その口を開く。
「なんだ。ライバルは多そうだな」
「……え?」
不思議そうに問い返されたルドルフは、全く気にしないがと前置きした上でにっこりとライアードの方へと向いてその言葉を紡いだ。
「ライアード殿。先程は警備が行き届かず申し訳ない。お怪我がなくて何よりでした。ちなみにこの者はライアード殿のお抱え魔道士でしょうか?」
「いや。ロイドの想い人だ。優秀だと聞いたので今回雇わせてもらった」
「そうですか。では…お前の名は?仕事を終えたら私の所へ来てほしいのだが」
そう言いながらクレイへと手を伸ばす。
「私の元でこれから腐るほどの贅沢をさせてやろう。どうだ?悪くない話だろう?」
笑顔で誘うルドルフは断られるとは微塵も思っていないようだった。
けれどそれはクレイの最も嫌うところでしかない。
「残念だが、王宮の仕事は受けないことにしている。それに…悪いが誰かのお抱え魔道士になるつもりは一切ないんだ」
そう言って挑発的に笑ったクレイにルドルフは目を瞠った。
その答えにロックウェルとロイドも頷き、小さな笑みを落とす。

(クレイはこういう奴だ)

しかしそう安心したのも束の間、次にルドルフの口から飛び出したのは自分達が思っていた物とは全く別の物だった。
「ああそうか。違う違う。私が言いたかったのは、お抱え魔道士の誘いではなく、私の妃として迎えたいと言う意味だ」
「?」
意味が分からず皆が首を傾げたがルドルフはにこやかに先を続ける。
「ロックウェルは知っているだろうが、私には魔力がない。だから妃には魔力の高い者をと言われているんだ。先程の魔法を操る姿とこの美しさを見て、これならば申し分ないと思ってな」
にっこりと微笑んでくるルドルフに、クレイは空いた口が塞がらなかった。
言われている意味自体は分からないでもなかったが、そもそも自分は女ではない。
「いや、無理だ」
即お断りだ。
「断る…と?」
「……妃には絶対になれない」
「贅沢に興味は?」
「全くない」
「では何に興味がある?」
興味?興味と言えば…。
「仕事…かな?」
「なるほど。では妃になってからも魔道士の仕事をすればいい。何も問題はない」
「は?」
「受けてくれるな?」
そうやって何となく流されそうになったところで、ロックウェルが慌ててその手を引っ張った。
「ルドルフ王子!おやめください!」
「何故だ?」
心底不思議そうにするルドルフに一体どう説明すべきかと考えているところで、ロイドが隙を見てクレイの身体を掻っ攫う。

ちゅっ…。

そうやって軽く唇を奪い、ルドルフへと牽制をかけた。
「生憎クレイは妃には本当に興味がないのですよ、ルドルフ王子。私と黒魔道士として仕事をする方がずっと有意義だと…そう思ってくれているのです」
けれどそんなロイドをすぐに突き飛ばし、口直しだと言わんばかりにクレイはロックウェルを引き寄せ、その唇をそのまま奪った。
「ロイド!報酬以外で勝手に口づけるな!全く!」
しかもロイドに対して怒っているから一切ロックウェル本人には目を向けない有様だ。
足元でヒュースが【すみませんねぇ。天然の主でして】と恐縮しているのが痛いほど伝わってきて居た堪れなくなった。

「クレイ…」

これはさすがに酷いと、ロックウェルはずっと抱きしめたかったその体を思うさま強く抱きしめて、低い声でその名を呼んだ。
ここでこれを許したら、また自分ばかりが振り回されるのがオチだ。
王子とは言えルドルフにクレイを渡す気は一切ない。
ましてやロイドにも絶対に。
それを今すぐしっかりとわからせなければ────。

「ロックウェル?」
状況がよくわかっていないのかクレイがきょとんとしたように自分の方へと視線を向ける。
「お前はこの中の…一体誰を選ぶつもりだ?」
その言葉に────自分が怒っているのが痛いほど伝わったのだろう。
クレイが慌てて三人を見回した後で自分の方へと向き直った。
「も、もちろんロックウェルに決まっているだろう?知ってるくせに…!」
「本当に?」
頤を持ち上げながら確認するように冷笑を浮かべると、クレイは揺れる瞳で肩を落とした。
「信じてくれないのか?」
「……お前の行動次第だな」
そうやって甘く誘うとおずおずとしながらそっと唇を重ねてくる。
ちゅっ…と軽く重なり離れていった唇をそっと指の腹でなぞると、クレイはあっという間に安心したように自分へと身を預けてきた。
そんなクレイを抱きしめて牽制するようにロイドへと目を向けると、一瞬だが悔しそうな表情を見せた。
この男はどうも以前以上にクレイに心を傾けてしまっているようだ。

(そう簡単にお前に渡すはずがないだろう…?)

そんな風にバチバチと火花を散らせる二人を前にどうしたものかと佇むルドルフに対して、ライアードが面白そうに口を挟んでくる。
「ルドルフ殿。この二人は本気でその者を取り合いしているので余計な茶々は入れない方がいい。諦めて他を当たってやってくれ」
そんなことよりもとあっさり話題を変え、ルドルフを自分の正面の席へと誘う。
「私にとっては有意義な情報交換ができる方が喜ばしい。わざわざここまで足を運んでくれたのに痴話喧嘩に付き合う必要もないだろう」
そしてクレイの方へ視線を向けると楽しげにその言葉を紡いだ。

「…クレイ。先程の会話の続きだが、一つわかったことがある」

名を呼ばれ、クレイはそっとロックウェルから身を離し顔を上げた。
「?」
「昼と夜の顔が互いに逆転する関係というのはなかなか楽しそうだ。私も参考にさせてもらおう」
「?」
先程の会話と言うとライアードの結婚相手の話だろうか?
自分達の関係が逆転関係というのも腑に落ちないが、まあ何かしら参考になったのなら良かったのだろう。
「ここは下がっていい。後でロイドに呼ばせに行くからそれまでは自由に過ごすといい」
「…では一時下がらせていただきます」
どうやら痴話喧嘩は余所でやれと言うことのようだ。
ロックウェルが怒っているのを見て気を遣ってくれたのかもしれない。
(ライアード王子は部下思いだしな…)
許可が出たのでクレイはそっと礼を執り、ロックウェルと共に部屋を後にした。


「私もロックウェルのように美しい虎のような者を飼い慣らしてみたいものだ…」
ライアードに楽しそうにそんなことを言われているとは知らずに────。



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