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第一部 アストラス編~王の落胤~
42.王妃の思惑
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「陛下…この度は本当におめでとうございます」
そう言いながら王妃はにこやかに王へと声を掛け、そっとハインツの方へと目を向ける。
「ハインツ。顔を見るのは随分久しぶりね。…元気そうで良かったこと」
「あ…ありがとうございます」
「ルドルフ達も後程弟へ挨拶をと言っておりましたし、すぐにでもこちらに来ることでしょう」
「その必要はない。己の職務を全うせよと伝えておけ」
「…陛下。ハインツを可愛がるあまり上の息子達を邪険になさるのはいい加減おやめいただきとうございます」
「……」
「ハインツも兄達に会いたいと…そう思うわよね?」
「は…はい」
「そうよね。後で伝えておくわ」
「……ありがとうございます」
どこか怯えるようにカタカタと身を震わせるハインツにほんの少し安堵する。
これなら自分の息子の方が余程王に相応しい。
国を率いるにはやはり血筋よりも性格の方が大切だ。
気の弱い王よりもしっかりとした王の方がいいに決まっている。
二人を並ばせて、息子の堂々とした姿を見せつければ周囲も黙ることだろう。
「そうそう。本日はロックウェルをお連れしました。女性に囲まれていたので、まだ挨拶を済ませていないだろうと思いまして」
「おおそうか。ご苦労だった。お前は下がっていい」
国王ブランシュはロックウェルだけおいてお前はさっさと下がれと言わんばかりに王妃に冷たい眼差しを向けた。
けれど王妃は引き下がらない。
「ロックウェルはもう心に決めた相手がいると言っておりましたの。陛下にはお心当たりはございませんか?」
そうやって窺うように話を振ってくる。
「…特には聞いておらんな」
「そうですか。魔道士長が結婚となるとまた王宮は忙しくなりますもの。陛下もハインツ王子もお祝いの席には出席なさることでしょうし」
そこまで言ったところでハインツが声を上げた。
「ロックウェル様、ご結婚されるのですか?!」
けれどロックウェルが声を上げようと口を開く前に王妃が然も当然だろうとばかりに言葉を紡ぐ。
「まあハインツ!ロックウェル様ほどの方が心に決めた相手とまで仰ったのよ?当然そうに決まっているわ。ねぇ。ロックウェル?」
「……結婚は…」
「しないとでも?よもや先程の言は私を謀ったとでも言うつもりかしら?」
先程の言は嘘八百で、相手など本当はいないのではないかと王妃が妖しく微笑みを浮かべながら真偽を確かめてくる。
「私の顔に泥を塗るようなことはしないわよね?ロックウェル」
その言葉にロックウェルは理解した。
あの場にいた貴族子女は王妃の息のかかった者ばかりだったのだ。
自分の相手をそこから選ばせてそれを取り持つことで手駒にしようとしていたのに全てがあの一言で流れてしまった。
あの場にいた貴族達も戸惑ったことだろう。
なにせ自分達の中から相手を選んでもらえると思っていたにもかかわらず、他に心に決めた相手がいると聞かされたのだから。
そしてもし相手が本当にいると言うのならこれを機に一気に結婚話まで進ませて、そこでまたハインツ王子の暗殺などを計画しようとでも考えたのではないだろうか。
(無駄なことを…)
それこそ相手がクレイなだけに、そんな展開はありえない。
(まああの女装姿を見れば…あのまま結婚式を挙げてもばれないとは思うが…)
いっそ本当に女であればいくらでも自分に繋ぎとめておく手はあったかもしれないと自嘲してしまう。
今のままではいつ誰に奪われてもおかしくはないのだから────。
何はともあれ、ここを上手く収めねば多方面に迷惑が掛かってしまう。
相手は王妃なのだ。迂闊なことは絶対に口にすべきではない。
「先程も申し上げました通り、私の想い人はただ一人。けれど事情もございますのでどうぞお汲みとりください」
「…それで私が納得するとでも?」
「……私の方からはこれ以上何も話せることはございませんので」
そんなやりとりに場がシンと静まり返った。
けれどいつまでもこのままではいけないと周囲がハッと動き出した。
今この場には身内だけではなく、隣国の王子もいるのだ。
なんとかせねばと大臣達が宥めるように二人へと声を掛ける。
「お二方ともどうぞ落ち着いてくださいませ」
「そうでございますとも。本日はおめでたい席でございます」
「王妃様。素晴らしい楽を奏でる奏者達をあちらに控えておりますので、どうぞ気分転換にゆるりとお楽しみくださいませ」
さあさあとなんとか二人を引き離して誘導しつつ、ライアード王子の方へはまた別の大臣が対応をしてくれる。
「ライアード様。大変申し訳ございませんでした。いかがです?あちらのご令嬢方がライアード様とお話したいと先程から気にしているようですが…」
「…私は美しいものは好きだが、今は女に不自由はしていないから結構だ。ロイド」
「はっ…」
「興が削がれた。気分転換にそこのハインツ王子に何か余興でもお見せしてやってくれ」
どうやらライアードなりに場をとりなそうとしてくれているらしい。
ロイドがそんな主の意を汲み、すぐさま前へと出る。
「では僭越ながら、水の結晶による美しいアートをお見せいたしましょう」
そう言うや否や、空気中の水分を魔力で集め、キラキラと輝く美しい結晶アートをあっという間に作り上げた。
「いかがでございましょう?」
「ああ。美しいな…」
「とても素晴らしいです!」
これにはライアードもハインツもとても満足気で、見ていたクレイも凄いなと賞賛の言葉を贈りたくなる。
「お褒めのお言葉痛み入ります」
そうやって主の言葉に即座に応える姿は自分には絶対に真似できないと素直に認めるところだった。
「ハインツ殿はロイドと同じように魔力をお持ちだとか」
「はい。でも実は使い方がよくわかっていなくて…」
「では折角の機会だ。聞きたいことがあればなんなりと聞いてみてはいかがか?ロイド」
「はっ…」
「ハインツ王子のお相手を。くれぐれも失礼のないようにな」
「かしこまりました」
そうして暫くロイドを向かわせ二人で会話を弾ませる。
これには国王もホッとしたように温かな目を向けてくれた。
そんな中、控えていたクレイの元へライアードがやってきて声を掛ける。
「お前の事はロイドから聞いているが…どうだ?ロイドはあのようにいい男だと思うが?」
「…お戯れを」
完全に仕事として女性黒魔道士らしく振舞うクレイにライアードはどこか楽し気だ。
「ふっ…興味がないか」
「仕事ができる男は好きですが、すでに決めた者がおりますので」
「そうか。それは残念だ。先程も話が弾んでいたようだし、似合いの二人だと思ったが…」
「……友人と恋人は別かと」
「…一つ尋ねたい。私もそろそろ相手を決めたいと思っているが、決め手はなんだ?」
クレイは周囲へと気を配りながら、聞くとはなしにその言葉へと耳を傾けた。
「私は先日婚姻相手を決めるのに、試しに寝てみた」
「……」
「体の相性は悪くはなかったが、可もなく不可もなくという感じで決め手に掛けたから袖にした」
「……」
「私は美しいものが好きだから、美しい娘なら好きになれるかと自分なりに選んだつもりだったが…何かが違うと思った」
そしてライアードが試すようにクレイの方へと問うてきた。
「連れ添うだけの何かを…どう選べばいいのか、お前の口から参考に聞かせてもらえたらと思ってな」
そんなライアードにクレイは考えながら短く答えを返す。
「……理屈ではなく心が求めたから…とだけ言わせてください」
「体の相性は関係ないのか?」
「いえ。…気持ちいいと感じることは大事かと」
「正直だな」
「ええ。ただ、心震える相手と寝るのは最高だと言うことだけはお伝えしておきます」
「なるほど?」
「ロイドは一緒に居て楽しい相手ではありますが、恋人は心満たされる…そんな相手です」
だから無理に勧めてくれるなと笑顔で牽制するクレイにライアードは残念だと引き下がった。
意外にも部下思いの所があるようだ。
自分の事を絡めつつこうして勧めてくるとは…。
そうこうしている内にロイドとハインツの会話は終わったようで、ロイドが戻ってきた。
ライアードに一言二言話し、ハインツの元へと向かわせる。
そしてふと自分を見つめるクレイの視線に気づいて、楽しそうに笑った。
「どうした?私の仕事ぶりにでも見惚れたか?」
「いや。普通に凄いなと感心していた。俺にはあんなことはできないからな」
「ふっ…ただの慣れだが、褒め言葉として受け取っておこう」
「ああ。そうしてくれ」
そんな軽口を叩きながら自分達の職務へと戻る。
「それよりもロックウェルは災難だったな」
「…まあ立場上王妃には逆らえないだろうし、仕方ないだろう」
王妃が場を引いてから、ロックウェルはショーンに声を掛けられ王の傍に控えていた。
こんなに近くにいるのに隣に立てないのが少し寂しい。
「ずいぶん寂しげだな。私が隣にいるんだから暇ではないだろう?」
「まあな」
「それにしてもロックウェルに結婚話を振るとは…王妃も随分堪えることをする」
「……」
「お前もロックウェルなんてやめて私にすればいいのに…」
「お断りだ」
あまりの即答ぶりにロイドがクスリと笑う。
「…まあいい。それよりも気を付けておけ。先程ハインツ王子と話している時にいくつか敵意を感じる視線を受けた」
その言葉にクレイも気付いていると短く応えた。
ハインツ王子に向けられての敵意と、ライアードに向けての敵意の両方が入り混じっていて、いつ何が起きてもおかしくはないなと思ったのだ。
「既に眷属に見張らせているから問題ない」
「もちろん気づいたが…深追いはするなよ?お前の立場上、厄介事に巻き込まれても困るしな」
「わかっている。それよりも…お前こそ王妃側に眷属を放ったのを感じたぞ?」
「気づいたか。お前にできないことなら恩も売れるかと思ってな」
「……」
「言っただろう?私を利用してくれて構わないと」
「高くつきそうだから最低限で十分だ」
「ははっ…。本当にお前のそんなところがたまらなく好きだな」
「趣味が悪いぞ」
「まあライアード様の従者だからな」
「なるほど。…納得だ」
そんなやりとりをする二人をロックウェルはショーンの隣で見つめていた。
「随分仲が良さそうな感じだなぁ」
「……」
「ああやって並んでると本当にお似合いの二人だ…っっとぉ!そんなに睨まないでくれよ」
ショーンの軽口だと、わかってはいてもどうしても嫉妬に駆られて仕方がない。
近くにいるから話している内容は読唇術である程度読めるが、その親密さは想像以上だった。
一体いつの間にあんなに仲が良くなってしまったのだろうか?
本当に息がぴったりで、楽しく仕事をこなしているようだ。
これではどちらが恋人かわからないではないか。
正直砂を噛むような思いでただ見つめることしかできない自分が歯痒くて仕方がなかった。
こんなに近くにいるのに傍に立つこともできないなんて────。
「それはそうと、王妃があれでおとなしくなるとは到底思えないから十分気を付けておいてくれ」
「わかっている」
クレイの事も気になるが、そちらも気を抜くことはできない。
(今日は長い一日になりそうだ────)
ロックウェルはそう思いながら深いため息を吐いたのだった。
そう言いながら王妃はにこやかに王へと声を掛け、そっとハインツの方へと目を向ける。
「ハインツ。顔を見るのは随分久しぶりね。…元気そうで良かったこと」
「あ…ありがとうございます」
「ルドルフ達も後程弟へ挨拶をと言っておりましたし、すぐにでもこちらに来ることでしょう」
「その必要はない。己の職務を全うせよと伝えておけ」
「…陛下。ハインツを可愛がるあまり上の息子達を邪険になさるのはいい加減おやめいただきとうございます」
「……」
「ハインツも兄達に会いたいと…そう思うわよね?」
「は…はい」
「そうよね。後で伝えておくわ」
「……ありがとうございます」
どこか怯えるようにカタカタと身を震わせるハインツにほんの少し安堵する。
これなら自分の息子の方が余程王に相応しい。
国を率いるにはやはり血筋よりも性格の方が大切だ。
気の弱い王よりもしっかりとした王の方がいいに決まっている。
二人を並ばせて、息子の堂々とした姿を見せつければ周囲も黙ることだろう。
「そうそう。本日はロックウェルをお連れしました。女性に囲まれていたので、まだ挨拶を済ませていないだろうと思いまして」
「おおそうか。ご苦労だった。お前は下がっていい」
国王ブランシュはロックウェルだけおいてお前はさっさと下がれと言わんばかりに王妃に冷たい眼差しを向けた。
けれど王妃は引き下がらない。
「ロックウェルはもう心に決めた相手がいると言っておりましたの。陛下にはお心当たりはございませんか?」
そうやって窺うように話を振ってくる。
「…特には聞いておらんな」
「そうですか。魔道士長が結婚となるとまた王宮は忙しくなりますもの。陛下もハインツ王子もお祝いの席には出席なさることでしょうし」
そこまで言ったところでハインツが声を上げた。
「ロックウェル様、ご結婚されるのですか?!」
けれどロックウェルが声を上げようと口を開く前に王妃が然も当然だろうとばかりに言葉を紡ぐ。
「まあハインツ!ロックウェル様ほどの方が心に決めた相手とまで仰ったのよ?当然そうに決まっているわ。ねぇ。ロックウェル?」
「……結婚は…」
「しないとでも?よもや先程の言は私を謀ったとでも言うつもりかしら?」
先程の言は嘘八百で、相手など本当はいないのではないかと王妃が妖しく微笑みを浮かべながら真偽を確かめてくる。
「私の顔に泥を塗るようなことはしないわよね?ロックウェル」
その言葉にロックウェルは理解した。
あの場にいた貴族子女は王妃の息のかかった者ばかりだったのだ。
自分の相手をそこから選ばせてそれを取り持つことで手駒にしようとしていたのに全てがあの一言で流れてしまった。
あの場にいた貴族達も戸惑ったことだろう。
なにせ自分達の中から相手を選んでもらえると思っていたにもかかわらず、他に心に決めた相手がいると聞かされたのだから。
そしてもし相手が本当にいると言うのならこれを機に一気に結婚話まで進ませて、そこでまたハインツ王子の暗殺などを計画しようとでも考えたのではないだろうか。
(無駄なことを…)
それこそ相手がクレイなだけに、そんな展開はありえない。
(まああの女装姿を見れば…あのまま結婚式を挙げてもばれないとは思うが…)
いっそ本当に女であればいくらでも自分に繋ぎとめておく手はあったかもしれないと自嘲してしまう。
今のままではいつ誰に奪われてもおかしくはないのだから────。
何はともあれ、ここを上手く収めねば多方面に迷惑が掛かってしまう。
相手は王妃なのだ。迂闊なことは絶対に口にすべきではない。
「先程も申し上げました通り、私の想い人はただ一人。けれど事情もございますのでどうぞお汲みとりください」
「…それで私が納得するとでも?」
「……私の方からはこれ以上何も話せることはございませんので」
そんなやりとりに場がシンと静まり返った。
けれどいつまでもこのままではいけないと周囲がハッと動き出した。
今この場には身内だけではなく、隣国の王子もいるのだ。
なんとかせねばと大臣達が宥めるように二人へと声を掛ける。
「お二方ともどうぞ落ち着いてくださいませ」
「そうでございますとも。本日はおめでたい席でございます」
「王妃様。素晴らしい楽を奏でる奏者達をあちらに控えておりますので、どうぞ気分転換にゆるりとお楽しみくださいませ」
さあさあとなんとか二人を引き離して誘導しつつ、ライアード王子の方へはまた別の大臣が対応をしてくれる。
「ライアード様。大変申し訳ございませんでした。いかがです?あちらのご令嬢方がライアード様とお話したいと先程から気にしているようですが…」
「…私は美しいものは好きだが、今は女に不自由はしていないから結構だ。ロイド」
「はっ…」
「興が削がれた。気分転換にそこのハインツ王子に何か余興でもお見せしてやってくれ」
どうやらライアードなりに場をとりなそうとしてくれているらしい。
ロイドがそんな主の意を汲み、すぐさま前へと出る。
「では僭越ながら、水の結晶による美しいアートをお見せいたしましょう」
そう言うや否や、空気中の水分を魔力で集め、キラキラと輝く美しい結晶アートをあっという間に作り上げた。
「いかがでございましょう?」
「ああ。美しいな…」
「とても素晴らしいです!」
これにはライアードもハインツもとても満足気で、見ていたクレイも凄いなと賞賛の言葉を贈りたくなる。
「お褒めのお言葉痛み入ります」
そうやって主の言葉に即座に応える姿は自分には絶対に真似できないと素直に認めるところだった。
「ハインツ殿はロイドと同じように魔力をお持ちだとか」
「はい。でも実は使い方がよくわかっていなくて…」
「では折角の機会だ。聞きたいことがあればなんなりと聞いてみてはいかがか?ロイド」
「はっ…」
「ハインツ王子のお相手を。くれぐれも失礼のないようにな」
「かしこまりました」
そうして暫くロイドを向かわせ二人で会話を弾ませる。
これには国王もホッとしたように温かな目を向けてくれた。
そんな中、控えていたクレイの元へライアードがやってきて声を掛ける。
「お前の事はロイドから聞いているが…どうだ?ロイドはあのようにいい男だと思うが?」
「…お戯れを」
完全に仕事として女性黒魔道士らしく振舞うクレイにライアードはどこか楽し気だ。
「ふっ…興味がないか」
「仕事ができる男は好きですが、すでに決めた者がおりますので」
「そうか。それは残念だ。先程も話が弾んでいたようだし、似合いの二人だと思ったが…」
「……友人と恋人は別かと」
「…一つ尋ねたい。私もそろそろ相手を決めたいと思っているが、決め手はなんだ?」
クレイは周囲へと気を配りながら、聞くとはなしにその言葉へと耳を傾けた。
「私は先日婚姻相手を決めるのに、試しに寝てみた」
「……」
「体の相性は悪くはなかったが、可もなく不可もなくという感じで決め手に掛けたから袖にした」
「……」
「私は美しいものが好きだから、美しい娘なら好きになれるかと自分なりに選んだつもりだったが…何かが違うと思った」
そしてライアードが試すようにクレイの方へと問うてきた。
「連れ添うだけの何かを…どう選べばいいのか、お前の口から参考に聞かせてもらえたらと思ってな」
そんなライアードにクレイは考えながら短く答えを返す。
「……理屈ではなく心が求めたから…とだけ言わせてください」
「体の相性は関係ないのか?」
「いえ。…気持ちいいと感じることは大事かと」
「正直だな」
「ええ。ただ、心震える相手と寝るのは最高だと言うことだけはお伝えしておきます」
「なるほど?」
「ロイドは一緒に居て楽しい相手ではありますが、恋人は心満たされる…そんな相手です」
だから無理に勧めてくれるなと笑顔で牽制するクレイにライアードは残念だと引き下がった。
意外にも部下思いの所があるようだ。
自分の事を絡めつつこうして勧めてくるとは…。
そうこうしている内にロイドとハインツの会話は終わったようで、ロイドが戻ってきた。
ライアードに一言二言話し、ハインツの元へと向かわせる。
そしてふと自分を見つめるクレイの視線に気づいて、楽しそうに笑った。
「どうした?私の仕事ぶりにでも見惚れたか?」
「いや。普通に凄いなと感心していた。俺にはあんなことはできないからな」
「ふっ…ただの慣れだが、褒め言葉として受け取っておこう」
「ああ。そうしてくれ」
そんな軽口を叩きながら自分達の職務へと戻る。
「それよりもロックウェルは災難だったな」
「…まあ立場上王妃には逆らえないだろうし、仕方ないだろう」
王妃が場を引いてから、ロックウェルはショーンに声を掛けられ王の傍に控えていた。
こんなに近くにいるのに隣に立てないのが少し寂しい。
「ずいぶん寂しげだな。私が隣にいるんだから暇ではないだろう?」
「まあな」
「それにしてもロックウェルに結婚話を振るとは…王妃も随分堪えることをする」
「……」
「お前もロックウェルなんてやめて私にすればいいのに…」
「お断りだ」
あまりの即答ぶりにロイドがクスリと笑う。
「…まあいい。それよりも気を付けておけ。先程ハインツ王子と話している時にいくつか敵意を感じる視線を受けた」
その言葉にクレイも気付いていると短く応えた。
ハインツ王子に向けられての敵意と、ライアードに向けての敵意の両方が入り混じっていて、いつ何が起きてもおかしくはないなと思ったのだ。
「既に眷属に見張らせているから問題ない」
「もちろん気づいたが…深追いはするなよ?お前の立場上、厄介事に巻き込まれても困るしな」
「わかっている。それよりも…お前こそ王妃側に眷属を放ったのを感じたぞ?」
「気づいたか。お前にできないことなら恩も売れるかと思ってな」
「……」
「言っただろう?私を利用してくれて構わないと」
「高くつきそうだから最低限で十分だ」
「ははっ…。本当にお前のそんなところがたまらなく好きだな」
「趣味が悪いぞ」
「まあライアード様の従者だからな」
「なるほど。…納得だ」
そんなやりとりをする二人をロックウェルはショーンの隣で見つめていた。
「随分仲が良さそうな感じだなぁ」
「……」
「ああやって並んでると本当にお似合いの二人だ…っっとぉ!そんなに睨まないでくれよ」
ショーンの軽口だと、わかってはいてもどうしても嫉妬に駆られて仕方がない。
近くにいるから話している内容は読唇術である程度読めるが、その親密さは想像以上だった。
一体いつの間にあんなに仲が良くなってしまったのだろうか?
本当に息がぴったりで、楽しく仕事をこなしているようだ。
これではどちらが恋人かわからないではないか。
正直砂を噛むような思いでただ見つめることしかできない自分が歯痒くて仕方がなかった。
こんなに近くにいるのに傍に立つこともできないなんて────。
「それはそうと、王妃があれでおとなしくなるとは到底思えないから十分気を付けておいてくれ」
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クレイの事も気になるが、そちらも気を抜くことはできない。
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