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第一部 アストラス編~王の落胤~
40.王妃の手札
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王妃はイライラしながら扇を握りしめていた。
ここ最近ハインツが徐々に元気になってきたと言う報告を受けたからだ。
もしや呪の効果が切れたのではと先程久方ぶりに元魔道士長であるフェルネスを呼び出したのだが、呪の効果は切れてはいないと聞かされた。
「どうも優秀な魔道士の介入があったようですな。あの部屋に特殊な結界が張られて、呪の効果が届かないようにされたようでございます」
フェルネスは淡々とそう述べたが王妃は悔しげに憤りを露わにした。
呪が解かれなかったのは幸いだったが、やはり王が探っていたあのクレイと言う黒魔道士が噛んでいるのではと思われて仕方がなかった。
一体いつの間に介入されてしまったのだろう?
調べていた部下はクレイはハインツに対して接触は一切していないと言い切っていたと言うのに────。
「なんとかなさい!このままでは本当にハインツが将来王位についてしまうかもしれないわ!」
今は自分側についてくれている貴族達も、そうなれば手のひらを返すようにあちら側へと寝返ってしまうだろう。
何と言っても王はハインツを溺愛しているのだ。
ハインツが健康になれば周囲の目もそちらへと向いてしまうかもしれない。
「病死に見せかけて今すぐ殺すことはできないの?」
本当はもっと早くその命を奪ってやりたかった。
けれど王に過剰なまでに守られていたせいで、弱らせるだけで精一杯だったのだ。
それすらもできなくなったと言うのなら手の打ちようがない。
「王妃様。落ち着いてくださいませ。これはチャンスでございます。ハインツ王子が元気になったとなれば、王もいつまでもあの結界に守られた部屋に閉じ込めておきはしますまい」
「……」
「現に今、王の隣に度々姿を見せ始め、王政を学び始めたと…」
「……」
「それ即ち、直接命を狙う機会は増えたと言うことでございます」
確かに…言われてみればそうかもしれない。
場合によっては事故に見せかけてその命を奪うこともできるかもしれないのだ。
「私の方でも策を考えておきますので、どうぞお心穏やかに」
「……わかったわ。ではそのように」
「は…」
フェルネスはきっと上手くやってくれるはずだ。
けれど焦るようなこの気持ちはどうあっても消すことができない。
(ハインツ…お前に王位は渡さない!)
そんな中、突如コンコンという音と共に、別の配下が報告へとやってきた。
「お入りなさい」
「は…。王妃様。クレイについてのご報告ですが」
「…やっと王かハインツに接触してくれたのかしら?」
「いいえ。接触は主にロックウェル様のみでございます。謁見以来彼は王宮には全く近づいておりませんので」
「そう」
「…彼はどうも変わり者の様で、基本的には街で仕事を請け負っており、王宮仕事はロックウェル様経由でしか受けないとのことでした」
それならばハインツを上手く殺してもクレイを犯人に仕立てるのは難しいかもしれない。
王宮に彼が来ない限りその策は成り立たないのだから。
せめて王がまた呼び出してくれれば機会は作れそうではあるが、今のところ一切動きはないようだった。
ならばやはり派手な手は使わず、目立たない方法でさりげなく葬る策をとるしかない。
(フェルネスとも相談しなければ…)
けれどそこでふと…いい考えが浮かんだ。
(ロックウェルの方を使うと言うのはどうかしら?)
彼は百戦錬磨の女好きと聞いたことがある。
そこを上手く使えないだろうか?
フェルネスがいるからと特に今の魔道士長に興味を持ったことはなかったが、使えるのならこちら側に引き込んでしまうのもいいかもしれないと、そう思えた。
もし上手く引き込むことができれば国王側へのスパイも頼めるかもしれないし、そのクレイと言う優秀な魔道士を呼び出してもらって、そこから上手く利用しハインツを葬ることも可能かもしれない。
色々と手は考えられそうだ。
「……ロックウェルが好みそうな美しい娘をいくらか見繕っておいてちょうだい。彼をこちら側に引き込むためにね」
「…かしこまりました」
こうして王妃はそっと新たな動きを見せた。
***
それからほどなくして、ハインツ王子の15才の誕生日に合わせて快気祝いも兼ねた祝典が催されることとなった。
ずっと病弱で姿を見せることのなかった王子がここ最近徐々に王宮に姿を見せるようになってきたので、周囲の関心も高まり、それならば披露目も兼ねて祝いの席を設けようと王が触れを出したのだ。
そこには当然王宮魔道士のトップであるロックウェルも参列することになっている。
「ロックウェル!」
「ショーン」
ロックウェルが回廊を歩いているとちょうど前からショーンがやってきたので足を止めた。
ショーンとはあの一夜から幾度か酒を酌み交わすようになっていて、今では互いの事情も少しは話し合う仲となっている。
立場上どちらも役付きで同等の立場なことから、気楽に付き合える間柄になれたというのは僥倖だった。
「クレイとは上手くいってるのか?」
「…いつまでも可愛すぎて困る」
「ご馳走様♪ロイドに奪われないようにちゃんと捕まえておけよ?」
「わかっている。あいつは油断も隙もない男だからな」
あれから三日後、黒曜石を嬉々として購入しに行ったクレイは約束通りちゃんと自分の所に戻ってきてくれた。
念のためヒュースに頼んで同行してもらい後から詳細も聞かせてもらったが、特段変わったこともないようで安堵した。
クレイは心配しすぎだと怒ってはいたが、ヒュースから【それだけ愛されてるってことでしょう?クレイ様は本当に鈍いんですから】とツッコまれて頬を染めていた。
あの姿は本当に可愛くて仕方がなかった。
「やっぱり可愛すぎてたまらないな」
「…そんなに何度も惚気られても困るんだが」
「……気を付ける」
全く悪びれもせず言ったロックウェルに苦笑しつつ、ショーンは本題へと入った。
「それより王妃側がなにやら動いているから気に掛けておいた方がいい」
「祝典を狙って…か」
「まあその可能性が高いな」
但し、向こうはおおっぴらに仕掛けてくることはないだろうとも思えた。
あくまでもこれまで通り不自然に思われない程度に干渉し排除しようとしてくるはずだ。
「口にするものはもちろん全て確認しておくが、近づく者にも注意しておかないと…」
「そうだな」
「魔法の類はお前に一任するから、上手くやってくれ」
「わかっている。ハインツ王子にはクレイの守護魔法の上から更に別の魔法を掛けさせてもらった。守りは厳重だ」
「心強いな」
それなら安全だとショーンが朗らかに笑う。
「…さっさとこの件が落ち着いてくれないとクレイを部屋に呼べないから、できれば早急に片付いてほしいものだな」
ロックウェルがそうやって不満げに言ってくるからショーンは思わず笑ってしまいそうになった。
「…ロックウェル…どれだけあの人の虜なんだ?」
そうやって笑いをこらえながら尋ねるショーンにロックウェルはストレートに答えた。
「部屋に閉じ込めたいくらい…」
「ぶはっ…クレイに同情する」
「あいつが可愛すぎるのが悪い」
「王宮中の女達が皆泣くな」
「興味はない」
「そうか。もう遊び終わって、後は本命一本なんだな。いいなぁ」
「……」
そこは否定しないんだと思いながらショーンがクスリと笑う。
「ま、祝典には隣国のソレーユからも第二王子が参列しに来るらしいから、魔道士も各所警備に駆り出されると思うししっかりな」
そんな言葉と共に去っていくショーンに軽く手を振って、そう言えばそうだったと思わず眉を顰めてしまった。
第二王子ライアードのお抱え魔道士であるロイドは、恐らく護衛も兼ねて従者としてやってくるだろう。
ついでに王宮の情報でも得てクレイと接触を図ろうとするのはまず間違いない。
(あっちもこっちも厄介ごとが多すぎる…)
クレイ本人は王宮に近づかないようにしているため特に問題はないと考えているようだが、ここ最近ずっと王宮内は不穏な空気が渦巻いている。
クレイの事情も鑑みるに、何が切欠で巻き込まれてしまうか皆目見当がつかず心配でならなかった。
(なんとか滞りなく祝典を終えて、少しでも王宮内が落ち着くといいんだが…)
そうやって思考に耽っていると、突如足元でヒュースが声を上げた。
【あーあ…。クレイ様ったらまた迂闊なことを…】
「…何があった?」
クレイと繋がっているヒュースはクレイに何かあればいち早く情報を得ることができるようで、時折こうやって知らせてくれるのだ。
【ロイドの言葉に乗せられちゃってますねぇ…】
「……?!」
今まさにクレイがロイドと接触しているようで、ヒュースが実況中継をしてくれる。
【ロックウェル様に会いたいだろうって…。本当にロイドは上手いこと言ってきますねぇ】
「……!」
【あーあ。了承しちゃいましたね~。本当にうっかりさん】
「ヒュース!ロイドはクレイに何を言ったんだ?!」
思わず強い声でそう尋ねると、ヒュースは相変わらずののんびりした声で答えをくれた。
【今度の祝典に同席なさるそうですよ?変装して】
「変装?」
【はい。女装してばれない様にした上で、ロイドの隣で魔道士として控えるそうです】
「……は?」
【他国の魔道士としてそこに居れば誰も気づかないから、こっそりロックウェル様に会えると唆されてました】
昨日『これから忙しくなるからあまり会えなくなる』と言われてちょっと落ち込んでましたからね~とまでヒュースに付け加えられて、ロックウェルはこれは喜んでいいのか叱った方がいいのか思わず悩んでしまった。
【ロックウェル様?喜んでいる場合ではございませんよ?ロイドの隣に常にいると言うことは、それだけ狙われると言うことなのですから】
確かにアストラス側の目からは逃れられるから気兼ねなく参加はできるが、自分を狙っている男の隣にずっといると言うのは迂闊以外の何物でもない。
【どうもその辺りがクレイ様は抜けているんですよね~】
自分の力を過信しすぎているのか、自分は何があっても絶対大丈夫!隙はない!と思い込んでいるらしい。
【脇が甘すぎるんですよね。まあ女装は似合いそうですが…】
ヒュースはそんなずれた答えを呑気に返した。
この辺りはさすがクレイの眷属だ。性格が似ている。
【ロイドも魔力が高くて抱える使い魔や眷属も多いですからね。多分一緒に居つつ牽制しあって、それなりに楽しい時間をお過ごしになると思われますし…】
ああ見えてクレイは黒魔道士同士の駆け引きが好きなのだとヒュースは言った。
【ロックウェル様もたまには駆け引きなさらないと、安心してよそに飛んでいかれてしまいますよ?】
ある意味あの二人は話も合うし、お似合いの二人なのだという。
だからこそ少し不安にさせておくくらいの方がクレイは戻ってきてくれると有難いアドバイスまでしてくれた。
それは確かにそうかもしれない。
クレイを蝶の様だと思ったのはどうやら間違いではなかったようだ。
「わかった。心に留めておく」
【是非そうなさってください。あの方は本当に困った主でして、大抵の事はご自身が原因なのに、いざ問題が生じると物凄く落ち込んで大体自己完結してしまわれるのです】
それで本人は反省してるつもりだから、わかっていると言ってあまり話も聞いてくれないし性質が悪いのだとヒュースがぼやく。
【これでロックウェル様がご自分から離れてしまったらまた死にそうなほど落ち込まれるのは目に見えて明らかですからね~。そうなると益々ロイドの思う壺です】
「……」
【クレイ様がお好きなのは今も昔もロックウェル様だけなのですから、自信を持って上手くクレイ様をコロコロと転がしてくださると助かります。是非頑張ってくださいませ】
「…努力しよう」
自分の眷属にここまで言われてしまうクレイもどうなのかと思うが、先程の話を聞く限り、これまでも色々あったのだろう。
兎に角クレイが祝典に参加するのはまず間違いないだろうから、ショーンにも一応話を通しつつ、注意しておくに越したことはない。
(色々先回りしておかないと、折角の二人の時間が取れなくなりそうだからな…)
クレイをロイドにみすみす渡す気はない。
だから自分ができる限りの事をしておかなければ────。
そう考えながら、ロックウェルは来る日に向けて準備を始めたのだった。
ここ最近ハインツが徐々に元気になってきたと言う報告を受けたからだ。
もしや呪の効果が切れたのではと先程久方ぶりに元魔道士長であるフェルネスを呼び出したのだが、呪の効果は切れてはいないと聞かされた。
「どうも優秀な魔道士の介入があったようですな。あの部屋に特殊な結界が張られて、呪の効果が届かないようにされたようでございます」
フェルネスは淡々とそう述べたが王妃は悔しげに憤りを露わにした。
呪が解かれなかったのは幸いだったが、やはり王が探っていたあのクレイと言う黒魔道士が噛んでいるのではと思われて仕方がなかった。
一体いつの間に介入されてしまったのだろう?
調べていた部下はクレイはハインツに対して接触は一切していないと言い切っていたと言うのに────。
「なんとかなさい!このままでは本当にハインツが将来王位についてしまうかもしれないわ!」
今は自分側についてくれている貴族達も、そうなれば手のひらを返すようにあちら側へと寝返ってしまうだろう。
何と言っても王はハインツを溺愛しているのだ。
ハインツが健康になれば周囲の目もそちらへと向いてしまうかもしれない。
「病死に見せかけて今すぐ殺すことはできないの?」
本当はもっと早くその命を奪ってやりたかった。
けれど王に過剰なまでに守られていたせいで、弱らせるだけで精一杯だったのだ。
それすらもできなくなったと言うのなら手の打ちようがない。
「王妃様。落ち着いてくださいませ。これはチャンスでございます。ハインツ王子が元気になったとなれば、王もいつまでもあの結界に守られた部屋に閉じ込めておきはしますまい」
「……」
「現に今、王の隣に度々姿を見せ始め、王政を学び始めたと…」
「……」
「それ即ち、直接命を狙う機会は増えたと言うことでございます」
確かに…言われてみればそうかもしれない。
場合によっては事故に見せかけてその命を奪うこともできるかもしれないのだ。
「私の方でも策を考えておきますので、どうぞお心穏やかに」
「……わかったわ。ではそのように」
「は…」
フェルネスはきっと上手くやってくれるはずだ。
けれど焦るようなこの気持ちはどうあっても消すことができない。
(ハインツ…お前に王位は渡さない!)
そんな中、突如コンコンという音と共に、別の配下が報告へとやってきた。
「お入りなさい」
「は…。王妃様。クレイについてのご報告ですが」
「…やっと王かハインツに接触してくれたのかしら?」
「いいえ。接触は主にロックウェル様のみでございます。謁見以来彼は王宮には全く近づいておりませんので」
「そう」
「…彼はどうも変わり者の様で、基本的には街で仕事を請け負っており、王宮仕事はロックウェル様経由でしか受けないとのことでした」
それならばハインツを上手く殺してもクレイを犯人に仕立てるのは難しいかもしれない。
王宮に彼が来ない限りその策は成り立たないのだから。
せめて王がまた呼び出してくれれば機会は作れそうではあるが、今のところ一切動きはないようだった。
ならばやはり派手な手は使わず、目立たない方法でさりげなく葬る策をとるしかない。
(フェルネスとも相談しなければ…)
けれどそこでふと…いい考えが浮かんだ。
(ロックウェルの方を使うと言うのはどうかしら?)
彼は百戦錬磨の女好きと聞いたことがある。
そこを上手く使えないだろうか?
フェルネスがいるからと特に今の魔道士長に興味を持ったことはなかったが、使えるのならこちら側に引き込んでしまうのもいいかもしれないと、そう思えた。
もし上手く引き込むことができれば国王側へのスパイも頼めるかもしれないし、そのクレイと言う優秀な魔道士を呼び出してもらって、そこから上手く利用しハインツを葬ることも可能かもしれない。
色々と手は考えられそうだ。
「……ロックウェルが好みそうな美しい娘をいくらか見繕っておいてちょうだい。彼をこちら側に引き込むためにね」
「…かしこまりました」
こうして王妃はそっと新たな動きを見せた。
***
それからほどなくして、ハインツ王子の15才の誕生日に合わせて快気祝いも兼ねた祝典が催されることとなった。
ずっと病弱で姿を見せることのなかった王子がここ最近徐々に王宮に姿を見せるようになってきたので、周囲の関心も高まり、それならば披露目も兼ねて祝いの席を設けようと王が触れを出したのだ。
そこには当然王宮魔道士のトップであるロックウェルも参列することになっている。
「ロックウェル!」
「ショーン」
ロックウェルが回廊を歩いているとちょうど前からショーンがやってきたので足を止めた。
ショーンとはあの一夜から幾度か酒を酌み交わすようになっていて、今では互いの事情も少しは話し合う仲となっている。
立場上どちらも役付きで同等の立場なことから、気楽に付き合える間柄になれたというのは僥倖だった。
「クレイとは上手くいってるのか?」
「…いつまでも可愛すぎて困る」
「ご馳走様♪ロイドに奪われないようにちゃんと捕まえておけよ?」
「わかっている。あいつは油断も隙もない男だからな」
あれから三日後、黒曜石を嬉々として購入しに行ったクレイは約束通りちゃんと自分の所に戻ってきてくれた。
念のためヒュースに頼んで同行してもらい後から詳細も聞かせてもらったが、特段変わったこともないようで安堵した。
クレイは心配しすぎだと怒ってはいたが、ヒュースから【それだけ愛されてるってことでしょう?クレイ様は本当に鈍いんですから】とツッコまれて頬を染めていた。
あの姿は本当に可愛くて仕方がなかった。
「やっぱり可愛すぎてたまらないな」
「…そんなに何度も惚気られても困るんだが」
「……気を付ける」
全く悪びれもせず言ったロックウェルに苦笑しつつ、ショーンは本題へと入った。
「それより王妃側がなにやら動いているから気に掛けておいた方がいい」
「祝典を狙って…か」
「まあその可能性が高いな」
但し、向こうはおおっぴらに仕掛けてくることはないだろうとも思えた。
あくまでもこれまで通り不自然に思われない程度に干渉し排除しようとしてくるはずだ。
「口にするものはもちろん全て確認しておくが、近づく者にも注意しておかないと…」
「そうだな」
「魔法の類はお前に一任するから、上手くやってくれ」
「わかっている。ハインツ王子にはクレイの守護魔法の上から更に別の魔法を掛けさせてもらった。守りは厳重だ」
「心強いな」
それなら安全だとショーンが朗らかに笑う。
「…さっさとこの件が落ち着いてくれないとクレイを部屋に呼べないから、できれば早急に片付いてほしいものだな」
ロックウェルがそうやって不満げに言ってくるからショーンは思わず笑ってしまいそうになった。
「…ロックウェル…どれだけあの人の虜なんだ?」
そうやって笑いをこらえながら尋ねるショーンにロックウェルはストレートに答えた。
「部屋に閉じ込めたいくらい…」
「ぶはっ…クレイに同情する」
「あいつが可愛すぎるのが悪い」
「王宮中の女達が皆泣くな」
「興味はない」
「そうか。もう遊び終わって、後は本命一本なんだな。いいなぁ」
「……」
そこは否定しないんだと思いながらショーンがクスリと笑う。
「ま、祝典には隣国のソレーユからも第二王子が参列しに来るらしいから、魔道士も各所警備に駆り出されると思うししっかりな」
そんな言葉と共に去っていくショーンに軽く手を振って、そう言えばそうだったと思わず眉を顰めてしまった。
第二王子ライアードのお抱え魔道士であるロイドは、恐らく護衛も兼ねて従者としてやってくるだろう。
ついでに王宮の情報でも得てクレイと接触を図ろうとするのはまず間違いない。
(あっちもこっちも厄介ごとが多すぎる…)
クレイ本人は王宮に近づかないようにしているため特に問題はないと考えているようだが、ここ最近ずっと王宮内は不穏な空気が渦巻いている。
クレイの事情も鑑みるに、何が切欠で巻き込まれてしまうか皆目見当がつかず心配でならなかった。
(なんとか滞りなく祝典を終えて、少しでも王宮内が落ち着くといいんだが…)
そうやって思考に耽っていると、突如足元でヒュースが声を上げた。
【あーあ…。クレイ様ったらまた迂闊なことを…】
「…何があった?」
クレイと繋がっているヒュースはクレイに何かあればいち早く情報を得ることができるようで、時折こうやって知らせてくれるのだ。
【ロイドの言葉に乗せられちゃってますねぇ…】
「……?!」
今まさにクレイがロイドと接触しているようで、ヒュースが実況中継をしてくれる。
【ロックウェル様に会いたいだろうって…。本当にロイドは上手いこと言ってきますねぇ】
「……!」
【あーあ。了承しちゃいましたね~。本当にうっかりさん】
「ヒュース!ロイドはクレイに何を言ったんだ?!」
思わず強い声でそう尋ねると、ヒュースは相変わらずののんびりした声で答えをくれた。
【今度の祝典に同席なさるそうですよ?変装して】
「変装?」
【はい。女装してばれない様にした上で、ロイドの隣で魔道士として控えるそうです】
「……は?」
【他国の魔道士としてそこに居れば誰も気づかないから、こっそりロックウェル様に会えると唆されてました】
昨日『これから忙しくなるからあまり会えなくなる』と言われてちょっと落ち込んでましたからね~とまでヒュースに付け加えられて、ロックウェルはこれは喜んでいいのか叱った方がいいのか思わず悩んでしまった。
【ロックウェル様?喜んでいる場合ではございませんよ?ロイドの隣に常にいると言うことは、それだけ狙われると言うことなのですから】
確かにアストラス側の目からは逃れられるから気兼ねなく参加はできるが、自分を狙っている男の隣にずっといると言うのは迂闊以外の何物でもない。
【どうもその辺りがクレイ様は抜けているんですよね~】
自分の力を過信しすぎているのか、自分は何があっても絶対大丈夫!隙はない!と思い込んでいるらしい。
【脇が甘すぎるんですよね。まあ女装は似合いそうですが…】
ヒュースはそんなずれた答えを呑気に返した。
この辺りはさすがクレイの眷属だ。性格が似ている。
【ロイドも魔力が高くて抱える使い魔や眷属も多いですからね。多分一緒に居つつ牽制しあって、それなりに楽しい時間をお過ごしになると思われますし…】
ああ見えてクレイは黒魔道士同士の駆け引きが好きなのだとヒュースは言った。
【ロックウェル様もたまには駆け引きなさらないと、安心してよそに飛んでいかれてしまいますよ?】
ある意味あの二人は話も合うし、お似合いの二人なのだという。
だからこそ少し不安にさせておくくらいの方がクレイは戻ってきてくれると有難いアドバイスまでしてくれた。
それは確かにそうかもしれない。
クレイを蝶の様だと思ったのはどうやら間違いではなかったようだ。
「わかった。心に留めておく」
【是非そうなさってください。あの方は本当に困った主でして、大抵の事はご自身が原因なのに、いざ問題が生じると物凄く落ち込んで大体自己完結してしまわれるのです】
それで本人は反省してるつもりだから、わかっていると言ってあまり話も聞いてくれないし性質が悪いのだとヒュースがぼやく。
【これでロックウェル様がご自分から離れてしまったらまた死にそうなほど落ち込まれるのは目に見えて明らかですからね~。そうなると益々ロイドの思う壺です】
「……」
【クレイ様がお好きなのは今も昔もロックウェル様だけなのですから、自信を持って上手くクレイ様をコロコロと転がしてくださると助かります。是非頑張ってくださいませ】
「…努力しよう」
自分の眷属にここまで言われてしまうクレイもどうなのかと思うが、先程の話を聞く限り、これまでも色々あったのだろう。
兎に角クレイが祝典に参加するのはまず間違いないだろうから、ショーンにも一応話を通しつつ、注意しておくに越したことはない。
(色々先回りしておかないと、折角の二人の時間が取れなくなりそうだからな…)
クレイをロイドにみすみす渡す気はない。
だから自分ができる限りの事をしておかなければ────。
そう考えながら、ロックウェルは来る日に向けて準備を始めたのだった。
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