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第一部 アストラス編~王の落胤~
37.アメジスト・アイ
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ロイドは内心してやったりと思っていた。
先日の誘いの時、口づけに対するクレイの警戒心の低さを目の当たりにして、これならいくらでも付け入る手はあると思った。
だから今日は黒曜石の事を持ち出して誘いを掛けたのだ。
案の定クレイはあっさりと自分の誘いを受け入れた。
(本当にちょろいな。クレイ)
魔力は確かに高いし仕事もできる男だが、ここまで警戒心が薄くて本当に大丈夫なのかと思わず笑ってしまう。
(このまま手のひらの上で転がして、一気に自分の物にしてしまうか…)
そう思っていたのだが────。
「ああ…綺麗だ」
以前見た時もそう思ったものだが、封印を解いたクレイの瞳は本当に吸い込まれるように美しくて、ずっと見ていたい気にさせた。
そのアメジスト・アイは自分にとっては黒曜石よりも美しく映って仕方がない。
これが自分の物になると…そう考えるだけでゾクゾクしてくる。
その綺麗な瞳を見つめながらゆっくりと魔力を口にしクレイのその唇を塞ぐと、すぐに甘美な快感に満たされてしまう。
(ああ…本当に気持ちいい)
ずっと口づけていたくて、ロイドは夢中になるようにその唇を貪った。
けれどそこでクレイが相変わらずの冷めた目のままクッと楽しげに笑ったのを見て、驚きに目を見開く。
(え?)
それと同時に先程までとは比べ物にならないほどの快感が体中を駆け巡った。
「んっ…!んんんっ…!」
クレイから流れ込んでくる魔力の量が変わったのか、自分の魔力と混ざってたまらなく気持ちいい。
「ふっ…んぅ…あっ…!」
それが一定量を超えたところで思わず唇を離し、クレイに抱きつきながらビクビクと身を震わせてしまう。
あまりの快感に、イッてしまったような満足感に満たされ驚いた。
そうして荒く息を吐きそっとクレイの方を見遣ると、クレイは余裕の笑みを浮かべながらその口を開いた。
「俺は何事も時間を掛けるのは好きじゃないんだ」
「…?」
「満足できるだけの交流をしてやったから、欲求不満は解消できただろう?」
そう言われてふと我に返ると、確かにまるで寝た後のようにやけにすっきりしている自分がいた。
「これで情報料の支払いはおしまいだ。石はまた買いに行くからそれまで預かっていてくれ」
「…わかった」
そんなどこまでも仕事と変わらないような態度のクレイにロイドは苦笑せざるを得ない。
(…どうやら私はクレイを見誤っていたようだな)
目の前の男は確かに自分と同じ、優秀な黒魔道士だった。
甘さを見せつつも、押さえるべきところはちゃんと押さえているのだ。
(まずいな…)
本気で落としたくなってきた。
簡単に手に入るならそれはそれで貴重な魔力交流相手として利用させてもらおうと思っていたのだが、ここにきて気が変わった。
愛人ではなく、本命としてこの男を手に入れて見たいと…そう思ってしまったのだ。
(私をここまで本気にさせたのはお前が初めてだ…クレイ)
「クレイ。今日のところは帰るが、お前が私の元に来てくれる日を楽しみにしている」
今回は石を見に来るだけでも構わない。
お前が喜びそうな情報をこれからも幾らでも用意してやろう。
そうやって接点を少しでも持って、必ずお前を落としてみせる。
(だから…覚悟しておけ)
そうしてロイドは挑戦的に笑うとそのまま身を翻して姿を消した。
そんなロイドを見送りながらクレイは思う。
(ふっ…。これで幾らでも情報が集まるな)
あんな優秀な黒魔道士を利用しない手はない。
正直これくらいのことで自分が喜びそうな情報を持って来てもらえるのならありがたい限りだ。
(まだまだ甘いな。ロイド)
自分を掌の上で転がせるのはロックウェルだけだと思い知らせてやるとクレイは不敵に笑った。
***
ロックウェルはショーンから話を聞いて、すぐにクレイの元へと急いだ。
まさかクレイがそんなにあっさりとロイドについていくなど思っても見なかった。
一体何を考えているのか────。
しかも…。
(サービスって何だ?!)
そこも気になる。
正直クレイからそんなセリフを言ってもらったことなど一度としてなかったから、想像もできない。
けれど駆けつけたその先で見たものは、黒魔道士同士の思わせぶりなやり取りだけだった。
月明かりの中、挑戦的に笑って姿を消したロイドと、それに対して不敵に笑うクレイの姿がやけに印象的だった。
「はぁ…間に合いました…か?」
後から来たショーンが軽く息を切らせて尋ねてくる。
そんな自分達に気付いたクレイがこちらを向いた。
そこにあるのはどこまでも美しいアメジストの輝き。
「ロックウェル」
そうやって名を呼ばれるが、見慣れぬその瞳に魅入られたかのようにその場から動くことができない。
そんな自分にクレイが近づきそっと唇を寄せた。
ちゅっ…。
軽く音を立ててすぐに離れてしまったが、クレイがフッと誘うように笑う。
「口直し」
それはつまりロイドと口づけを交わしたと言っているようなもので…。
「クレイ…堂々と浮気か?」
自分に火をつけるのには十分だった。
けれど…そのまま噛みつくように深く口付けると、いつもと違った濃厚な魔力が流れ込んで来て一瞬で自分を陶酔させる。
「ん…ふっ…」
たまらなく甘美なそれに、思わず溺れてしまいそうな錯覚に陥ってしまった。
「はぁ…」
そうやって息をついたところでクレイの嬉しそうな瞳と目が合った。
「気持ち良かったか?」
いつもと何かが違う…。
それは瞳の色だけではなくて…クレイの中で何かが変わったように感じられて仕方がなかった。
そうやって戸惑っている内に、クレイはその瞳に封印の魔法を掛けて隠してしまった。
美しい紫の瞳は消え、そこにはいつも通りの碧眼があるばかり。
「ロイドとしたのはそれだけだから、浮気じゃない」
どうやら口づけだけで満足させたから浮気ではないと言いたいらしい。
「俺を抱いていいのはお前だけだ」
そんな言葉で自分を誘ってくるなんて、クレイはどうしてこう迂闊なのだろう?
今の魔力交流で自分の魔力は絶好調だ。
抱き潰していいと…そう受け止めていいのだろうか?
しかも先程の口づけをされたロイドがクレイを諦めるとは到底思えない。
きっとこれからも何度もクレイの前にその姿を現してまた誘惑してくることだろう。
油断も隙もあったものではない。
「クレイ…お前は自分がどれだけ罪作りな男なのか、もう少し自覚した方がいい」
自分はこの男をどれだけ繋ぎとめておくことができるのだろう?
捕まえたと思っていてもいつの間にかするりと逃げられてしまいそうで…急に不安になった。
そんな自分に気づかぬままに、一体どういう意味だと首を傾げるクレイの手を取り、そのままクレイの家の扉をくぐる。
手がかかる恋人を持つと本当に困るなと思いながら、ロックウェルは逃げられないようにとしっかりとクレイを抱きしめた。
***
「はぁ…間に合いました…か?」
そんな声が聞こえて振り向くと、そこには固まったように動かないロックウェルの姿があった。
ロイドといた姿を見られてしまっただろうか?
近くにはショーンの姿もあるから、もしかしたら彼が全ての事情を把握した上でわざわざここまでロックウェルを連れてきたのかもしれなかった。
(余計なことを…)
前回あんなことがあったから心配して慌てて駆けつけてくれたのかもしれない。
けれど自分を抱いていいのはロックウェルだけだと決めている。
勿論好きだからというのもあるが、恋人同士になってから実感させられたあれこれも含めて自分で判断したことだ。
あんな行為を他の誰にも許す気はない。
今回は絶対に主導権を奪われない勝算があったから黙ってついてきたに過ぎないのだ。
案の定思っていた通りに事は運んだ。
だから何の問題もないのに…。
「ロックウェル」
仕方がないからそう声を掛けて口直しにチュッと軽く口づけた。
けれどそこでそう言えばまだ紫の瞳を隠していないことに気が付いた。
(しまったな…)
ショーンに見られてしまった。
だが口止めした方がいいかと思う間もなくショーンはこちらを向いてニコリと微笑んだのだ。
どうやら知っていたようで、心配するなと言わんばかりに軽く頷いている。
一体彼はどこまで承知しているのだろう?
(まあいいか)
後で記憶操作することも可能だし、口止めの方法はいくらでもある。
それよりもまずはロックウェルにロイドとの件を誤解させない方が重要だ。
「クレイ…堂々と浮気か?」
(やっぱり…)
思った通りそう口にした後、ロックウェルは嫉妬しているかのように噛みつくように口づけてきた。
そんなロックウェルが愛しく感じられて仕方がない。
日々自分へと向けられる愛情が…。こうして向けられる嫉妬が…。自分の中を幸せな気持ちで満たしていく────。
(馬鹿だな…ロックウェル)
何も心配しなくてもいいのにと、クレイはそっとロイドにしたのと同じように魔力を乗せた口づけを与える。
見る見るうちに気持ちよさそうな表情に変わったロックウェルに、思わず嬉しさが増した。
いつも自分を酔わせてくれるロックウェルを自分が反対に酔わせると言うのも悪くはないと…そう思えた。
(やっぱりロックウェルとの口づけはロイドとは全然違う…)
今は自分の方が魔力が高い状態だから溺れすぎることはないが、最高に気持ちいいのに変わりはなかった。
「はぁ…」
だからそうやって息を吐いたロックウェルに甘く声を掛ける。
「気持ち良かったか?」
そして真っ直ぐにロックウェルに問いながら、まだその場にいたショーンを追い払うようにシッシッと手で追い払った。
彼はすぐに察して素直に姿を消してくれる。
これからは恋人の時間だ。
二度の魔力交流で気力は十分。
今日はロックウェルに積極的に抱いてほしいと思った。
紫の瞳を隠してロックウェルを自分から誘う。
「ロイドとしたのはそれだけだから、浮気じゃない」
そうやって誤解を解いて────。
「俺を抱いていいのはお前だけだ」
────抱いてほしいと訴えた。
あの日始まったこの関係は正直戸惑いの連続で…最初はどれくらい信じていいのかわからなかった。
けれど散々抱かれて理解した。
ロックウェルは自分のものなのだと────。
甘えてもいいのだと。感情をぶつけてもいいのだと。時間を掛けてそう信じさせてくれた。
心に負った深い傷を…しっかりと癒してくれた。
だからそろそろ自分からも返してあげたいと思う。
(今夜はお前に俺の本領を見せてやろうか…)
ロックウェルに散々抱かれたからもう男同士のやり方は覚えた。
後はそれをどう使うか次第だ。
言ってはなんだが、ロックウェルは黒魔道士をわかっていないと思う。
本来快楽の追及は白魔道士よりも得意分野だと言うのに…。
確かに自分はベッドでするのが一番好きだから勘違いしているのかもしれないし、そこ以外で乱れさせられるのは恥ずかしいから遠慮したい。
けれど女相手ならそれなりに色んな経験は積んでいるから、したくなる気持ちもわからないでもない。
だから開き直ってやろうと思えばいくらでもロックウェルを喜ばせることができるだろう。
舌技も手淫も得意と言えば得意なのだから────。
ただこれまで自分から何かをすることをロックウェルから求められたことが一度もなかったし、溺れるのがただただ気持ち良かったから何も行動しなかっただけの話だ。
(結局ロックウェルから蹂躙されるのも好きなんだよな…)
ロックウェルのSっ気に困ることはあっても、気持ちいいからつい許してしまう自分がいるのは確かだ。
(まあそれでも時間を掛けるのは好きじゃないんだが…)
短時間でいかに相手を満足させるのか────それが本来の自分のやり方だ。
それが受ける側に変わっても気持ちは変わらない。
ある程度時間を掛けるのは構わないが、できればもう少し早く終わってほしい。
自分が立場を逆転させて攻めればこの関係性も変わってくるだろうか?
最初の頃と違って今ならそれも容易だろうと思われた。
(上手く調整できれば朝まで長々抱かれることもなくなるかな?)
そうやって考えていると、思いがけずロックウェルからその言葉が飛び出した。
「クレイ…お前は自分がどれだけ罪作りな男なのか、もう少し自覚した方がいい」
「え?」
言われている意味が分からないが、まあいいかと聞き流す。
今はそんなことは関係ないのだ。
ロックウェルがそのまま自分を家に連れ込んでくれたのをいいことに、今日はたっぷりサービスしてやろうとそっとクレイは微笑んだ。
先日の誘いの時、口づけに対するクレイの警戒心の低さを目の当たりにして、これならいくらでも付け入る手はあると思った。
だから今日は黒曜石の事を持ち出して誘いを掛けたのだ。
案の定クレイはあっさりと自分の誘いを受け入れた。
(本当にちょろいな。クレイ)
魔力は確かに高いし仕事もできる男だが、ここまで警戒心が薄くて本当に大丈夫なのかと思わず笑ってしまう。
(このまま手のひらの上で転がして、一気に自分の物にしてしまうか…)
そう思っていたのだが────。
「ああ…綺麗だ」
以前見た時もそう思ったものだが、封印を解いたクレイの瞳は本当に吸い込まれるように美しくて、ずっと見ていたい気にさせた。
そのアメジスト・アイは自分にとっては黒曜石よりも美しく映って仕方がない。
これが自分の物になると…そう考えるだけでゾクゾクしてくる。
その綺麗な瞳を見つめながらゆっくりと魔力を口にしクレイのその唇を塞ぐと、すぐに甘美な快感に満たされてしまう。
(ああ…本当に気持ちいい)
ずっと口づけていたくて、ロイドは夢中になるようにその唇を貪った。
けれどそこでクレイが相変わらずの冷めた目のままクッと楽しげに笑ったのを見て、驚きに目を見開く。
(え?)
それと同時に先程までとは比べ物にならないほどの快感が体中を駆け巡った。
「んっ…!んんんっ…!」
クレイから流れ込んでくる魔力の量が変わったのか、自分の魔力と混ざってたまらなく気持ちいい。
「ふっ…んぅ…あっ…!」
それが一定量を超えたところで思わず唇を離し、クレイに抱きつきながらビクビクと身を震わせてしまう。
あまりの快感に、イッてしまったような満足感に満たされ驚いた。
そうして荒く息を吐きそっとクレイの方を見遣ると、クレイは余裕の笑みを浮かべながらその口を開いた。
「俺は何事も時間を掛けるのは好きじゃないんだ」
「…?」
「満足できるだけの交流をしてやったから、欲求不満は解消できただろう?」
そう言われてふと我に返ると、確かにまるで寝た後のようにやけにすっきりしている自分がいた。
「これで情報料の支払いはおしまいだ。石はまた買いに行くからそれまで預かっていてくれ」
「…わかった」
そんなどこまでも仕事と変わらないような態度のクレイにロイドは苦笑せざるを得ない。
(…どうやら私はクレイを見誤っていたようだな)
目の前の男は確かに自分と同じ、優秀な黒魔道士だった。
甘さを見せつつも、押さえるべきところはちゃんと押さえているのだ。
(まずいな…)
本気で落としたくなってきた。
簡単に手に入るならそれはそれで貴重な魔力交流相手として利用させてもらおうと思っていたのだが、ここにきて気が変わった。
愛人ではなく、本命としてこの男を手に入れて見たいと…そう思ってしまったのだ。
(私をここまで本気にさせたのはお前が初めてだ…クレイ)
「クレイ。今日のところは帰るが、お前が私の元に来てくれる日を楽しみにしている」
今回は石を見に来るだけでも構わない。
お前が喜びそうな情報をこれからも幾らでも用意してやろう。
そうやって接点を少しでも持って、必ずお前を落としてみせる。
(だから…覚悟しておけ)
そうしてロイドは挑戦的に笑うとそのまま身を翻して姿を消した。
そんなロイドを見送りながらクレイは思う。
(ふっ…。これで幾らでも情報が集まるな)
あんな優秀な黒魔道士を利用しない手はない。
正直これくらいのことで自分が喜びそうな情報を持って来てもらえるのならありがたい限りだ。
(まだまだ甘いな。ロイド)
自分を掌の上で転がせるのはロックウェルだけだと思い知らせてやるとクレイは不敵に笑った。
***
ロックウェルはショーンから話を聞いて、すぐにクレイの元へと急いだ。
まさかクレイがそんなにあっさりとロイドについていくなど思っても見なかった。
一体何を考えているのか────。
しかも…。
(サービスって何だ?!)
そこも気になる。
正直クレイからそんなセリフを言ってもらったことなど一度としてなかったから、想像もできない。
けれど駆けつけたその先で見たものは、黒魔道士同士の思わせぶりなやり取りだけだった。
月明かりの中、挑戦的に笑って姿を消したロイドと、それに対して不敵に笑うクレイの姿がやけに印象的だった。
「はぁ…間に合いました…か?」
後から来たショーンが軽く息を切らせて尋ねてくる。
そんな自分達に気付いたクレイがこちらを向いた。
そこにあるのはどこまでも美しいアメジストの輝き。
「ロックウェル」
そうやって名を呼ばれるが、見慣れぬその瞳に魅入られたかのようにその場から動くことができない。
そんな自分にクレイが近づきそっと唇を寄せた。
ちゅっ…。
軽く音を立ててすぐに離れてしまったが、クレイがフッと誘うように笑う。
「口直し」
それはつまりロイドと口づけを交わしたと言っているようなもので…。
「クレイ…堂々と浮気か?」
自分に火をつけるのには十分だった。
けれど…そのまま噛みつくように深く口付けると、いつもと違った濃厚な魔力が流れ込んで来て一瞬で自分を陶酔させる。
「ん…ふっ…」
たまらなく甘美なそれに、思わず溺れてしまいそうな錯覚に陥ってしまった。
「はぁ…」
そうやって息をついたところでクレイの嬉しそうな瞳と目が合った。
「気持ち良かったか?」
いつもと何かが違う…。
それは瞳の色だけではなくて…クレイの中で何かが変わったように感じられて仕方がなかった。
そうやって戸惑っている内に、クレイはその瞳に封印の魔法を掛けて隠してしまった。
美しい紫の瞳は消え、そこにはいつも通りの碧眼があるばかり。
「ロイドとしたのはそれだけだから、浮気じゃない」
どうやら口づけだけで満足させたから浮気ではないと言いたいらしい。
「俺を抱いていいのはお前だけだ」
そんな言葉で自分を誘ってくるなんて、クレイはどうしてこう迂闊なのだろう?
今の魔力交流で自分の魔力は絶好調だ。
抱き潰していいと…そう受け止めていいのだろうか?
しかも先程の口づけをされたロイドがクレイを諦めるとは到底思えない。
きっとこれからも何度もクレイの前にその姿を現してまた誘惑してくることだろう。
油断も隙もあったものではない。
「クレイ…お前は自分がどれだけ罪作りな男なのか、もう少し自覚した方がいい」
自分はこの男をどれだけ繋ぎとめておくことができるのだろう?
捕まえたと思っていてもいつの間にかするりと逃げられてしまいそうで…急に不安になった。
そんな自分に気づかぬままに、一体どういう意味だと首を傾げるクレイの手を取り、そのままクレイの家の扉をくぐる。
手がかかる恋人を持つと本当に困るなと思いながら、ロックウェルは逃げられないようにとしっかりとクレイを抱きしめた。
***
「はぁ…間に合いました…か?」
そんな声が聞こえて振り向くと、そこには固まったように動かないロックウェルの姿があった。
ロイドといた姿を見られてしまっただろうか?
近くにはショーンの姿もあるから、もしかしたら彼が全ての事情を把握した上でわざわざここまでロックウェルを連れてきたのかもしれなかった。
(余計なことを…)
前回あんなことがあったから心配して慌てて駆けつけてくれたのかもしれない。
けれど自分を抱いていいのはロックウェルだけだと決めている。
勿論好きだからというのもあるが、恋人同士になってから実感させられたあれこれも含めて自分で判断したことだ。
あんな行為を他の誰にも許す気はない。
今回は絶対に主導権を奪われない勝算があったから黙ってついてきたに過ぎないのだ。
案の定思っていた通りに事は運んだ。
だから何の問題もないのに…。
「ロックウェル」
仕方がないからそう声を掛けて口直しにチュッと軽く口づけた。
けれどそこでそう言えばまだ紫の瞳を隠していないことに気が付いた。
(しまったな…)
ショーンに見られてしまった。
だが口止めした方がいいかと思う間もなくショーンはこちらを向いてニコリと微笑んだのだ。
どうやら知っていたようで、心配するなと言わんばかりに軽く頷いている。
一体彼はどこまで承知しているのだろう?
(まあいいか)
後で記憶操作することも可能だし、口止めの方法はいくらでもある。
それよりもまずはロックウェルにロイドとの件を誤解させない方が重要だ。
「クレイ…堂々と浮気か?」
(やっぱり…)
思った通りそう口にした後、ロックウェルは嫉妬しているかのように噛みつくように口づけてきた。
そんなロックウェルが愛しく感じられて仕方がない。
日々自分へと向けられる愛情が…。こうして向けられる嫉妬が…。自分の中を幸せな気持ちで満たしていく────。
(馬鹿だな…ロックウェル)
何も心配しなくてもいいのにと、クレイはそっとロイドにしたのと同じように魔力を乗せた口づけを与える。
見る見るうちに気持ちよさそうな表情に変わったロックウェルに、思わず嬉しさが増した。
いつも自分を酔わせてくれるロックウェルを自分が反対に酔わせると言うのも悪くはないと…そう思えた。
(やっぱりロックウェルとの口づけはロイドとは全然違う…)
今は自分の方が魔力が高い状態だから溺れすぎることはないが、最高に気持ちいいのに変わりはなかった。
「はぁ…」
だからそうやって息を吐いたロックウェルに甘く声を掛ける。
「気持ち良かったか?」
そして真っ直ぐにロックウェルに問いながら、まだその場にいたショーンを追い払うようにシッシッと手で追い払った。
彼はすぐに察して素直に姿を消してくれる。
これからは恋人の時間だ。
二度の魔力交流で気力は十分。
今日はロックウェルに積極的に抱いてほしいと思った。
紫の瞳を隠してロックウェルを自分から誘う。
「ロイドとしたのはそれだけだから、浮気じゃない」
そうやって誤解を解いて────。
「俺を抱いていいのはお前だけだ」
────抱いてほしいと訴えた。
あの日始まったこの関係は正直戸惑いの連続で…最初はどれくらい信じていいのかわからなかった。
けれど散々抱かれて理解した。
ロックウェルは自分のものなのだと────。
甘えてもいいのだと。感情をぶつけてもいいのだと。時間を掛けてそう信じさせてくれた。
心に負った深い傷を…しっかりと癒してくれた。
だからそろそろ自分からも返してあげたいと思う。
(今夜はお前に俺の本領を見せてやろうか…)
ロックウェルに散々抱かれたからもう男同士のやり方は覚えた。
後はそれをどう使うか次第だ。
言ってはなんだが、ロックウェルは黒魔道士をわかっていないと思う。
本来快楽の追及は白魔道士よりも得意分野だと言うのに…。
確かに自分はベッドでするのが一番好きだから勘違いしているのかもしれないし、そこ以外で乱れさせられるのは恥ずかしいから遠慮したい。
けれど女相手ならそれなりに色んな経験は積んでいるから、したくなる気持ちもわからないでもない。
だから開き直ってやろうと思えばいくらでもロックウェルを喜ばせることができるだろう。
舌技も手淫も得意と言えば得意なのだから────。
ただこれまで自分から何かをすることをロックウェルから求められたことが一度もなかったし、溺れるのがただただ気持ち良かったから何も行動しなかっただけの話だ。
(結局ロックウェルから蹂躙されるのも好きなんだよな…)
ロックウェルのSっ気に困ることはあっても、気持ちいいからつい許してしまう自分がいるのは確かだ。
(まあそれでも時間を掛けるのは好きじゃないんだが…)
短時間でいかに相手を満足させるのか────それが本来の自分のやり方だ。
それが受ける側に変わっても気持ちは変わらない。
ある程度時間を掛けるのは構わないが、できればもう少し早く終わってほしい。
自分が立場を逆転させて攻めればこの関係性も変わってくるだろうか?
最初の頃と違って今ならそれも容易だろうと思われた。
(上手く調整できれば朝まで長々抱かれることもなくなるかな?)
そうやって考えていると、思いがけずロックウェルからその言葉が飛び出した。
「クレイ…お前は自分がどれだけ罪作りな男なのか、もう少し自覚した方がいい」
「え?」
言われている意味が分からないが、まあいいかと聞き流す。
今はそんなことは関係ないのだ。
ロックウェルがそのまま自分を家に連れ込んでくれたのをいいことに、今日はたっぷりサービスしてやろうとそっとクレイは微笑んだ。
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