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第一部 アストラス編~王の落胤~
35.謁見
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その日、ハインツの世話役ルイはいつも通り自分の主の部屋へと入って、思わず自分の目を疑った。
「おはよう。ルイ」
そう言って柔らかく微笑む姿は変わらないが、いつも寝台の上で横になっているはずのハインツが身支度を自分で整えて立っていたからだ。
「ハ、ハインツ様?!」
寝ていないといけませんと慌てて口を開こうとしたのだが、あまりにもいつもと違って元気そうで、思わずそれを言うのをやめてしまった。
「一体どうなさったんです?!」
確かに昨夜消灯するまではいつもと大きくは変わらなかったと言うのに────。
「うん…ちょっとね。それよりもロックウェル魔道士長に昨日助けていただいたからお礼を言いたいんだけど、ここに呼んでもいいか父上に聞いてきてもらえないかな?」
その答えもまた衝撃だった。
「え?!ロックウェル様にお会いになられたのですか?!一体いつ?!」
「昨日。ルイの忘れ物を届けようと思って部屋を抜け出したら途中で辛くなっちゃって…蹲っていたら回復魔法を使って助けてくれたんだ」
「そ、そんな大切なこと!言っていただかないと困ります!」
「ごめん。叱られると思って…」
そうやって肩を落とす姿にルイも心が痛んだ。
元はと言えば忘れ物をしてしまった自分が悪い。
「わかりました。では陛下にお伺いしてすぐにでもお呼び致しますので、どうかこの部屋から出ずにお待ちください」
そうやって大変だ大変だと走って父の元へ向かったルイを見てハインツはクスリと笑う。
今朝目が覚めた時、昨夜の事は夢じゃなかったのだと実感して飛び上がりそうなほど嬉しくて仕方がなかった。
スッキリした頭はあれもこれもやりたいと言う気持ちにさせ、軽くなった体は動きたくて仕方がないと思わせた。
一通り部屋を好きに見て回り、生まれて初めて自分で身支度を整えた。
何もかもが新鮮で、見慣れた窓からの風景もどこか輝いて見えた。
正直クレイには感謝しかない。
これは絶対に何かお礼をしなければと言う気にさせられた。
(ロックウェル様に聞いたらきっとクレイの事を教えてくれるはずだ)
そうやってロックウェルが来てくれるのを今か今かと待っていたのだが、やってきたのは父王だった。
「ハインツ!」
血相を変えてやってきた父が自分を見るなり泣きそうな顔でギュッと強く抱きしめてきて驚いた。
「父上?」
恐る恐る声を掛けると父はそっと身を離してゆっくりとその口を開く。
「呪いが解けたのか?!」
元気になって良かったと言う父にハインツは慌ててしまった。
もしや父は術師が寿命か何かで亡くなって呪が解けたとでも思ってしまったのかもしれないと考えたからだ。
けれどそれは大きな間違いだ。
呪を解くのはこれからだと言うのに────。
「ち、父上!違うのです!これは昨日クレイがっ…!」
そう慌ててその名を口にしたところで父の表情が変わったことに気が付いた。
(え?)
厳しい表情で自分を見つめた後、クレイとのやり取りを根掘り葉掘り事細かに尋ねられて驚いた。
やはり外部から勝手に人を呼び込んだのが悪かったのだろうか。
(どうしよう…)
凄くお世話になったのにクレイに何かあっては申し訳ない。
「父上!クレイは何も悪くありません!僕をこの部屋の中でだけでも元気にしてくれた恩人です!」
「…ハインツ」
「何も知らない僕に色々教えてくれて、希望を与えてくれたのです!彼に何かしたら絶対に僕は父上を許しません!」
そうやって強く言い切ったハインツに父が弱々しく口を開く。
「…彼は報酬に何を望んだ?」
「何も…。いらないと言って帰ってしまいました」
「…そうか」
「僕の所に来てくれたのも僕が一方的に泣きついたからで、彼は最初、他の魔道士に言えと言って断ったのです」
その辺のやり取りはロックウェルも聞いていたから聞いてくれても構わないとハインツは重ねて言った。
「……わかった。では明日クレイが謁見に来たらその件でも礼を言っておくとしよう」
どこか複雑そうな表情でうつむいた父に、ハインツはどうしてそんな顔をするのだろうと思いながらも、よろしくお願いしますと頭を下げた。
***
翌日。王は複雑な心境でクレイが来るのを待っていた。
ただ会って一言二言話せれば十分だと…そう思っていた。
行方不明だった自分の息子に会ってみたい。ただそれだけのはずだったのに…。
思いがけずハインツを元気にしてもらえたと聞いて驚くと同時に怖さを感じてしまった。
一体何が目的でハインツに近づいたのか……。
ハインツは自分が呼んだと言い恩を感じているようだったが、自分には何か含みがあるのではないかと思えて仕方がなかったのだ。
クレイに『自分を捨てた父が憎い』とでも思われていたら…後々ハインツに何か害を為そうとするかもしれない。
そんな考えがどうしても拭えなかった。
(今日の様子でしっかりと見極めなければ…)
そうやって朝からそわそわしていると、そこにクレイが到着したとの一報が入る。
「すぐに行く」
念のためショーンを伴い謁見の間へと向かうと、そこにはロックウェルと共に、確かに噂通りの黒髪の青年が待っていた。
「お呼びと伺い参上いたしました」
「面を上げよ」
そう言って膝をつくクレイの顔を上げさせその顔へと目を向けると、そこにはやはり皆が言うように碧眼を携えた美しい顔があるばかり。
(紫の瞳では…ないな…)
わかっていたとはいえ、そのことに落ち込む自分がいる。
でも確かな魔力を感じてその波動をしっかりと覚え込むように感じ取った。
「クレイ…息子から話を聞いたが、そこのロックウェルと共に息子を助けてくれたとも聞いた。今回のサシェの件と合わせて深く感謝する。褒賞は望みのままだ。何なりと好きな物を言うといい」
ここで大金を吹っかけてくる可能性もなくはないと思い一応そう尋ねてみたが、クレイは黙ったまま何も答えようとはしなかった。
「……望みはないのか?」
「特にございません」
「金でも、地位でも、女でも、言えば何でも用意できるのだぞ?」
そうやって促してもクレイは何も望まない。
「必要ございません」
静寂が場に満ちて、同席している者達が戸惑い始めたところで、ロックウェルが見兼ねてクレイへ声を掛けた。
「クレイ。王宮魔道士に興味は?」
「俺は誰かに飼われて仕事をする趣味はない」
「では報奨金をもらってはどうだ?」
「金なら他で腐るほど稼いでるし、本当に今回の件では必要ない」
「じゃあ……女は?」
「お前がそれを言うのか?」
「いや、それならいい。陛下。クレイはこのように無欲な者で、できれば褒賞の方は私の方からご提案させていただきたく」
そうやって提案してくるロックウェルに、王は困った顔で口を開いた。
「ロックウェル…。お前の友人は頑なだな」
「はい。昔から強情なところがある男で…私も苦労しております」
「それでお前の提案とは?」
「クレイにはローブを贈ると言うのはいかがでしょう?」
「その黒衣のことか?」
「はい。黒魔道士にとっての黒衣は仕事に欠かせないものであると考えますので…」
「……そうか。ではクレイ。お前はそれで異論はないか?今ならまだ何でも聞いてやることができるが…」
「……黒衣で構いません」
「わかった。ではすぐに用意させるとしよう。下がってよい。ご苦労だった」
こうして謁見は滞りなく終わったのだが────。
***
「ロックウェル!お前は自分が汚したクセにあんな提案をするなんて!」
「助かっただろう?沢山あれば気にしなくてもいいし」
「……!もう絶対にあんなことはしない!」
帰り際にこっそりそんな会話をしていた二人を見てショーンが柱の陰で大笑いし、なかなか接触のタイミングが掴めないなぁと楽しげに見守っていたのは────また別のお話。
「おはよう。ルイ」
そう言って柔らかく微笑む姿は変わらないが、いつも寝台の上で横になっているはずのハインツが身支度を自分で整えて立っていたからだ。
「ハ、ハインツ様?!」
寝ていないといけませんと慌てて口を開こうとしたのだが、あまりにもいつもと違って元気そうで、思わずそれを言うのをやめてしまった。
「一体どうなさったんです?!」
確かに昨夜消灯するまではいつもと大きくは変わらなかったと言うのに────。
「うん…ちょっとね。それよりもロックウェル魔道士長に昨日助けていただいたからお礼を言いたいんだけど、ここに呼んでもいいか父上に聞いてきてもらえないかな?」
その答えもまた衝撃だった。
「え?!ロックウェル様にお会いになられたのですか?!一体いつ?!」
「昨日。ルイの忘れ物を届けようと思って部屋を抜け出したら途中で辛くなっちゃって…蹲っていたら回復魔法を使って助けてくれたんだ」
「そ、そんな大切なこと!言っていただかないと困ります!」
「ごめん。叱られると思って…」
そうやって肩を落とす姿にルイも心が痛んだ。
元はと言えば忘れ物をしてしまった自分が悪い。
「わかりました。では陛下にお伺いしてすぐにでもお呼び致しますので、どうかこの部屋から出ずにお待ちください」
そうやって大変だ大変だと走って父の元へ向かったルイを見てハインツはクスリと笑う。
今朝目が覚めた時、昨夜の事は夢じゃなかったのだと実感して飛び上がりそうなほど嬉しくて仕方がなかった。
スッキリした頭はあれもこれもやりたいと言う気持ちにさせ、軽くなった体は動きたくて仕方がないと思わせた。
一通り部屋を好きに見て回り、生まれて初めて自分で身支度を整えた。
何もかもが新鮮で、見慣れた窓からの風景もどこか輝いて見えた。
正直クレイには感謝しかない。
これは絶対に何かお礼をしなければと言う気にさせられた。
(ロックウェル様に聞いたらきっとクレイの事を教えてくれるはずだ)
そうやってロックウェルが来てくれるのを今か今かと待っていたのだが、やってきたのは父王だった。
「ハインツ!」
血相を変えてやってきた父が自分を見るなり泣きそうな顔でギュッと強く抱きしめてきて驚いた。
「父上?」
恐る恐る声を掛けると父はそっと身を離してゆっくりとその口を開く。
「呪いが解けたのか?!」
元気になって良かったと言う父にハインツは慌ててしまった。
もしや父は術師が寿命か何かで亡くなって呪が解けたとでも思ってしまったのかもしれないと考えたからだ。
けれどそれは大きな間違いだ。
呪を解くのはこれからだと言うのに────。
「ち、父上!違うのです!これは昨日クレイがっ…!」
そう慌ててその名を口にしたところで父の表情が変わったことに気が付いた。
(え?)
厳しい表情で自分を見つめた後、クレイとのやり取りを根掘り葉掘り事細かに尋ねられて驚いた。
やはり外部から勝手に人を呼び込んだのが悪かったのだろうか。
(どうしよう…)
凄くお世話になったのにクレイに何かあっては申し訳ない。
「父上!クレイは何も悪くありません!僕をこの部屋の中でだけでも元気にしてくれた恩人です!」
「…ハインツ」
「何も知らない僕に色々教えてくれて、希望を与えてくれたのです!彼に何かしたら絶対に僕は父上を許しません!」
そうやって強く言い切ったハインツに父が弱々しく口を開く。
「…彼は報酬に何を望んだ?」
「何も…。いらないと言って帰ってしまいました」
「…そうか」
「僕の所に来てくれたのも僕が一方的に泣きついたからで、彼は最初、他の魔道士に言えと言って断ったのです」
その辺のやり取りはロックウェルも聞いていたから聞いてくれても構わないとハインツは重ねて言った。
「……わかった。では明日クレイが謁見に来たらその件でも礼を言っておくとしよう」
どこか複雑そうな表情でうつむいた父に、ハインツはどうしてそんな顔をするのだろうと思いながらも、よろしくお願いしますと頭を下げた。
***
翌日。王は複雑な心境でクレイが来るのを待っていた。
ただ会って一言二言話せれば十分だと…そう思っていた。
行方不明だった自分の息子に会ってみたい。ただそれだけのはずだったのに…。
思いがけずハインツを元気にしてもらえたと聞いて驚くと同時に怖さを感じてしまった。
一体何が目的でハインツに近づいたのか……。
ハインツは自分が呼んだと言い恩を感じているようだったが、自分には何か含みがあるのではないかと思えて仕方がなかったのだ。
クレイに『自分を捨てた父が憎い』とでも思われていたら…後々ハインツに何か害を為そうとするかもしれない。
そんな考えがどうしても拭えなかった。
(今日の様子でしっかりと見極めなければ…)
そうやって朝からそわそわしていると、そこにクレイが到着したとの一報が入る。
「すぐに行く」
念のためショーンを伴い謁見の間へと向かうと、そこにはロックウェルと共に、確かに噂通りの黒髪の青年が待っていた。
「お呼びと伺い参上いたしました」
「面を上げよ」
そう言って膝をつくクレイの顔を上げさせその顔へと目を向けると、そこにはやはり皆が言うように碧眼を携えた美しい顔があるばかり。
(紫の瞳では…ないな…)
わかっていたとはいえ、そのことに落ち込む自分がいる。
でも確かな魔力を感じてその波動をしっかりと覚え込むように感じ取った。
「クレイ…息子から話を聞いたが、そこのロックウェルと共に息子を助けてくれたとも聞いた。今回のサシェの件と合わせて深く感謝する。褒賞は望みのままだ。何なりと好きな物を言うといい」
ここで大金を吹っかけてくる可能性もなくはないと思い一応そう尋ねてみたが、クレイは黙ったまま何も答えようとはしなかった。
「……望みはないのか?」
「特にございません」
「金でも、地位でも、女でも、言えば何でも用意できるのだぞ?」
そうやって促してもクレイは何も望まない。
「必要ございません」
静寂が場に満ちて、同席している者達が戸惑い始めたところで、ロックウェルが見兼ねてクレイへ声を掛けた。
「クレイ。王宮魔道士に興味は?」
「俺は誰かに飼われて仕事をする趣味はない」
「では報奨金をもらってはどうだ?」
「金なら他で腐るほど稼いでるし、本当に今回の件では必要ない」
「じゃあ……女は?」
「お前がそれを言うのか?」
「いや、それならいい。陛下。クレイはこのように無欲な者で、できれば褒賞の方は私の方からご提案させていただきたく」
そうやって提案してくるロックウェルに、王は困った顔で口を開いた。
「ロックウェル…。お前の友人は頑なだな」
「はい。昔から強情なところがある男で…私も苦労しております」
「それでお前の提案とは?」
「クレイにはローブを贈ると言うのはいかがでしょう?」
「その黒衣のことか?」
「はい。黒魔道士にとっての黒衣は仕事に欠かせないものであると考えますので…」
「……そうか。ではクレイ。お前はそれで異論はないか?今ならまだ何でも聞いてやることができるが…」
「……黒衣で構いません」
「わかった。ではすぐに用意させるとしよう。下がってよい。ご苦労だった」
こうして謁見は滞りなく終わったのだが────。
***
「ロックウェル!お前は自分が汚したクセにあんな提案をするなんて!」
「助かっただろう?沢山あれば気にしなくてもいいし」
「……!もう絶対にあんなことはしない!」
帰り際にこっそりそんな会話をしていた二人を見てショーンが柱の陰で大笑いし、なかなか接触のタイミングが掴めないなぁと楽しげに見守っていたのは────また別のお話。
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