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第一部 アストラス編~王の落胤~
34.黒魔法
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(本当に…呼んだら来てくれるのかな?)
部屋に戻ったハインツはクレイから預かった使い魔を前にどうしようかと考えていた。
もう14にもなるのに、子供っぽく泣いた自分を見て仕方なく預けてくれたのではないかと…そう思ったからだ。
けれど折角繋いだ僅かな糸を、どうしても手放す気にはなれなかった。
「お願い…今夜彼に来てもらえるようにお願いして来て…」
もしその場限りの言い逃れだったなら来てはもらえないかもしれないが、クレイのあの言葉を信じてみようと思い使い魔を放つ。
そしてクレイは確かに約束通り自分の元へと来てくれたのだった────。
***
「遅くなってすまない」
ルイがお休みなさいませといつもの様に部屋を下がっていき、暫くしたところでクレイがその姿を表した。
本当に結界をものともせずやってきたのには心底驚きを隠せない。
(凄い…)
本当に力のある魔道士なのだとハインツは感激していた。
「それで?何を聞きたいんだ?」
彼は手近な椅子へと腰かけるとそっとそう促してくる。
「あ、あの…僕に掛けられた黒魔法と言うのは一体どういったものなのでしょう?僕はずっと病気だとばかり思っていたので良くわからなくて…」
何と言っていいのかわからずただそう告げると、クレイは暫く考えてからそれについて教えてくれた。
「掛けられているのは毒素と黒魔法の融合された呪だな。これを受けると病としか見えない症状がでるが、薬では絶対に治すことができない。いつからその状態かは知らないが…最初に毒を盛られたと仮定すると、それ自体に呪を掛けられていたと考えるのがいいだろう」
「あの…それは治るんでしょうか?」
「もちろん。掛けている術師がわかれば解くことはできる」
普通の魔法とは違うからやり方次第だが、それを解くことができれば元気になることができるのだとクレイは言ってくれた。
それはこれまでの絶望感から立ち直る一筋の光明のように感じられて、思わず笑みをこぼしてしまう。
「教えてくださってありがとうございます!」
これは早速父に言って調べてもらおうとそう思った。
けれどクレイは事はそんな単純な話ではないと釘を刺してくる。
「お前はまだ幼いからわからないのかもしれないが…これはそう簡単に治まる話ではないと覚えておくといい」
「え?」
全く言われている意味が分からなくて首を傾げた自分にクレイがため息を吐くが、本当にわからないのだから仕方がない。
(呆れられた…?)
もうこれ以上は教えてもらうことはできないのだろうか?
けれどこれ以上どう話していいのかわからず、しょんぼりと肩を落とすことしかできない自分が情けなかった。
そんな自分を見て、クレイはどう思ったのか、徐に椅子から立ち上がってしまう。
もう帰ってしまうのかと思わず縋るように手を伸ばし裾を掴んでしまったのだが、彼は使い魔に何かを告げた後でまた座り直してくれた。
「ロックウェルがうるさいから伝言を頼んだだけだ。それで?知りたいことがまだあるんだろう?」
ぶっきらぼうだけれどどこか優しい瞳で見つめてくるクレイが嬉しくて、ハインツは先程の件の詳細を教えて欲しいのだと言った。
「僕はこの部屋にいるばかりで知らないことの方が多いんです。なので色々教えてください」
それから、呪を掛けた者は大物に守られた内部の者である可能性が非常に高いこと。しかも高い能力者であると思われること。巧妙に病気を装ってある呪であるが故に王が手出しできない事。対抗魔法を掛けてあるのはその呪を少しでも跳ね返すことができるようにと王が導き出した苦肉の策であること。また部屋の結界も同じくだと言うこと。
「ただそれが全部お前にのしかかっているから、お前は何も知らされないまま辛い思いだけを抱える羽目になっている」
そう言うことだとクレイは言った。
それは確かにどう対応すればいいのか自分にはわかりかねる問題だった。
ただ、父が良かれと思って動いてくれていたのがわかって嬉しかった。
結果的に閉じ込められている状態なのには変わりがないが、事情が分かって少し気持ち的に楽になる。
「…色々教えてくださって本当にありがとうございます」
まずここまで教えてくれる相手に出会えたのが嬉しかった。
たまたま部屋を飛び出しただけだったが一歩を踏み出して本当に良かったと思う。
このまま知らないままでいたら何も変わらなかったに違いないのだから────。
「あ、あの…!クレイ…は優秀な黒魔道士だと伺いましたが本当ですか?」
「ああ」
「あの…では僕の依頼を引き受けてはいただけないでしょうか?」
「……」
答えてはもらえないが話は聞いてもらえそうだと思い、ハインツは思い切ってその言葉を告げた。
「貴方に呪を解いてくれとは言いません。でも、最低限僕が動けるようにしてもらうことはできないでしょうか?」
今朝、彼が自分に掛けられた魔法を調整してくれたことでかなり体は軽くなった。
けれどまだまだ動き回るには難しい。
あんな風に少しでも動きやすくなる方法が他にもあるのなら試してみたかった。
そんな自分にクレイがクスリと笑う。
「面白いな」
「え?」
そう言うや否やクレイは黒衣を翻して立ち上がり、その手を自分へと翳した。
「ちょっと待っていろ」
不敵な笑みを浮かべると彼はその場で呪文を唱え始める。
それと同時に部屋全体に掛けられた結界がバシバシと音を立てて砕かれていき、一体何事だと思いながら見守っていると、今度は自身に掛けられた守護魔法だろうか?それがスルスルと解かれていくような感覚に陥った。
けれどそれはすぐに形を変えて自分へと戻される。
キイィンッ!!と空間を閉じるような音が響くと同時に結界が形を変えて部屋を包んだのを最後にそれは終わりを告げた。
なんだか部屋の空気が入れ替えられたようにすっきりしていて、やけに体が軽い。
「どうだ?」
「す、すごいです!」
正直身体の軽さが先程までと全然違う。
今なら走ることさえできるのではないかと思えるほどに自分を覆っていた重苦しい空気が一掃されていた。
「この結界の中にいる限り、お前に呪の効果が一切届かないようにした」
ただずっと寝たきりに近い状態だったので、体力は自分で一からつけないといけないのだと注意される。
「守護魔法の方も掛け直しておいたが、これは結界ほど呪から身を守ってはくれない。少しくらいなら調査のために外へ出ても構わないが、最低限の体力をつけてからにするんだな」
「はい!」
元気に明るく答えた自分にクレイがそっと微笑みをこぼしてくれる。
「じゃあもう今日はゆっくり休め」
そうやって帰ろうとするクレイにハインツは慌てて声を掛けた。
「あ、あの!報酬の方はいつお渡しすれば…!」
依頼をしてすぐに実行に移してくれたのだからできればすぐにでも用意したい。
まさかこんなにも求めていた以上の事をしてもらえるとは思ってもいなかったので、父にも口添えして大目に支払いたいくらいだった。
けれどクレイは短く必要ないと答え、そんな訳にはいかないと言うハインツに背を向けて行ってしまう。
(ええっ…?!)
こんな場合一体どうすればいいのか皆目見当がつかず途方に暮れる。
(明日、ルイに頼んでロックウェル様に連絡が取れないか聞いてみようかな…)
そう思いながらも、ハインツは初めて軽くなった体で希望に満ちた幸せな眠りについた。
部屋に戻ったハインツはクレイから預かった使い魔を前にどうしようかと考えていた。
もう14にもなるのに、子供っぽく泣いた自分を見て仕方なく預けてくれたのではないかと…そう思ったからだ。
けれど折角繋いだ僅かな糸を、どうしても手放す気にはなれなかった。
「お願い…今夜彼に来てもらえるようにお願いして来て…」
もしその場限りの言い逃れだったなら来てはもらえないかもしれないが、クレイのあの言葉を信じてみようと思い使い魔を放つ。
そしてクレイは確かに約束通り自分の元へと来てくれたのだった────。
***
「遅くなってすまない」
ルイがお休みなさいませといつもの様に部屋を下がっていき、暫くしたところでクレイがその姿を表した。
本当に結界をものともせずやってきたのには心底驚きを隠せない。
(凄い…)
本当に力のある魔道士なのだとハインツは感激していた。
「それで?何を聞きたいんだ?」
彼は手近な椅子へと腰かけるとそっとそう促してくる。
「あ、あの…僕に掛けられた黒魔法と言うのは一体どういったものなのでしょう?僕はずっと病気だとばかり思っていたので良くわからなくて…」
何と言っていいのかわからずただそう告げると、クレイは暫く考えてからそれについて教えてくれた。
「掛けられているのは毒素と黒魔法の融合された呪だな。これを受けると病としか見えない症状がでるが、薬では絶対に治すことができない。いつからその状態かは知らないが…最初に毒を盛られたと仮定すると、それ自体に呪を掛けられていたと考えるのがいいだろう」
「あの…それは治るんでしょうか?」
「もちろん。掛けている術師がわかれば解くことはできる」
普通の魔法とは違うからやり方次第だが、それを解くことができれば元気になることができるのだとクレイは言ってくれた。
それはこれまでの絶望感から立ち直る一筋の光明のように感じられて、思わず笑みをこぼしてしまう。
「教えてくださってありがとうございます!」
これは早速父に言って調べてもらおうとそう思った。
けれどクレイは事はそんな単純な話ではないと釘を刺してくる。
「お前はまだ幼いからわからないのかもしれないが…これはそう簡単に治まる話ではないと覚えておくといい」
「え?」
全く言われている意味が分からなくて首を傾げた自分にクレイがため息を吐くが、本当にわからないのだから仕方がない。
(呆れられた…?)
もうこれ以上は教えてもらうことはできないのだろうか?
けれどこれ以上どう話していいのかわからず、しょんぼりと肩を落とすことしかできない自分が情けなかった。
そんな自分を見て、クレイはどう思ったのか、徐に椅子から立ち上がってしまう。
もう帰ってしまうのかと思わず縋るように手を伸ばし裾を掴んでしまったのだが、彼は使い魔に何かを告げた後でまた座り直してくれた。
「ロックウェルがうるさいから伝言を頼んだだけだ。それで?知りたいことがまだあるんだろう?」
ぶっきらぼうだけれどどこか優しい瞳で見つめてくるクレイが嬉しくて、ハインツは先程の件の詳細を教えて欲しいのだと言った。
「僕はこの部屋にいるばかりで知らないことの方が多いんです。なので色々教えてください」
それから、呪を掛けた者は大物に守られた内部の者である可能性が非常に高いこと。しかも高い能力者であると思われること。巧妙に病気を装ってある呪であるが故に王が手出しできない事。対抗魔法を掛けてあるのはその呪を少しでも跳ね返すことができるようにと王が導き出した苦肉の策であること。また部屋の結界も同じくだと言うこと。
「ただそれが全部お前にのしかかっているから、お前は何も知らされないまま辛い思いだけを抱える羽目になっている」
そう言うことだとクレイは言った。
それは確かにどう対応すればいいのか自分にはわかりかねる問題だった。
ただ、父が良かれと思って動いてくれていたのがわかって嬉しかった。
結果的に閉じ込められている状態なのには変わりがないが、事情が分かって少し気持ち的に楽になる。
「…色々教えてくださって本当にありがとうございます」
まずここまで教えてくれる相手に出会えたのが嬉しかった。
たまたま部屋を飛び出しただけだったが一歩を踏み出して本当に良かったと思う。
このまま知らないままでいたら何も変わらなかったに違いないのだから────。
「あ、あの…!クレイ…は優秀な黒魔道士だと伺いましたが本当ですか?」
「ああ」
「あの…では僕の依頼を引き受けてはいただけないでしょうか?」
「……」
答えてはもらえないが話は聞いてもらえそうだと思い、ハインツは思い切ってその言葉を告げた。
「貴方に呪を解いてくれとは言いません。でも、最低限僕が動けるようにしてもらうことはできないでしょうか?」
今朝、彼が自分に掛けられた魔法を調整してくれたことでかなり体は軽くなった。
けれどまだまだ動き回るには難しい。
あんな風に少しでも動きやすくなる方法が他にもあるのなら試してみたかった。
そんな自分にクレイがクスリと笑う。
「面白いな」
「え?」
そう言うや否やクレイは黒衣を翻して立ち上がり、その手を自分へと翳した。
「ちょっと待っていろ」
不敵な笑みを浮かべると彼はその場で呪文を唱え始める。
それと同時に部屋全体に掛けられた結界がバシバシと音を立てて砕かれていき、一体何事だと思いながら見守っていると、今度は自身に掛けられた守護魔法だろうか?それがスルスルと解かれていくような感覚に陥った。
けれどそれはすぐに形を変えて自分へと戻される。
キイィンッ!!と空間を閉じるような音が響くと同時に結界が形を変えて部屋を包んだのを最後にそれは終わりを告げた。
なんだか部屋の空気が入れ替えられたようにすっきりしていて、やけに体が軽い。
「どうだ?」
「す、すごいです!」
正直身体の軽さが先程までと全然違う。
今なら走ることさえできるのではないかと思えるほどに自分を覆っていた重苦しい空気が一掃されていた。
「この結界の中にいる限り、お前に呪の効果が一切届かないようにした」
ただずっと寝たきりに近い状態だったので、体力は自分で一からつけないといけないのだと注意される。
「守護魔法の方も掛け直しておいたが、これは結界ほど呪から身を守ってはくれない。少しくらいなら調査のために外へ出ても構わないが、最低限の体力をつけてからにするんだな」
「はい!」
元気に明るく答えた自分にクレイがそっと微笑みをこぼしてくれる。
「じゃあもう今日はゆっくり休め」
そうやって帰ろうとするクレイにハインツは慌てて声を掛けた。
「あ、あの!報酬の方はいつお渡しすれば…!」
依頼をしてすぐに実行に移してくれたのだからできればすぐにでも用意したい。
まさかこんなにも求めていた以上の事をしてもらえるとは思ってもいなかったので、父にも口添えして大目に支払いたいくらいだった。
けれどクレイは短く必要ないと答え、そんな訳にはいかないと言うハインツに背を向けて行ってしまう。
(ええっ…?!)
こんな場合一体どうすればいいのか皆目見当がつかず途方に暮れる。
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