黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

33.兄弟の対面

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「ルイ…僕は一体どうしたのかな?」

その日…王の末子、ハインツはいつもの様に寝台に横になっていたのだが、突然何かが体中を駆け巡り、心震えるのを感じた。
気が付けば涙がぽろぽろとこぼれ落ち、なのにそれは悲しみではなく、どこか嬉しいような…懐かしいような…そんな不思議な感覚を呼び覚ますものだった。
それがなんなのか無性に知りたくて、ハインツは父に会えないかとつい口にしてしまっていた。
それからほどなくして父が自分の所に来てくれたのだが────。

「…お前が気にする必要はない」

ただそう言われただけだった。
その時は大人しく従ったのだが、その日からあの感覚を忘れることができなくて仕方がなかった。




あの日からもう早ふた月────。
ずっと…心に何かが引っ掛かっている。
ルイはロックウェルが力のある魔道士の封印を解いたらしいからそのせいでしょうと言っていたが本当にそうなのだろうか?
本当に…ただそれだけの事なのか────?

「父上はやっぱり何かを隠してる気がする…」

ポツリとそう呟いたハインツに世話役のルイは困ったように笑う。
「陛下はいつだってハインツ様の事を想っていらっしゃいます。もし何か隠していらっしゃるのなら、それはハインツ様を守るためなのでしょう」
「そう…なのかな?」
「そうでございますとも。現に今までもそうだったではありませんか」
ルイがそうやって励ましてくるから、ハインツはそれ以上何も言うことができなかった。

「そうそう。近日中に陛下にお客様がいらっしゃるそうですよ」

ルイが思い出したようにそう告げる。
「なんでも水晶化された官吏を救出した魔道士の方らしくて、それはもう素晴らしいご活躍だったとか」
それを受けて国王が褒美を与えたいと考え、ここ数日幾度も遣いを出し声を掛けたのに、その度に断ってきた奥ゆかしい人らしい。
「今ご友人であるロックウェル様に口添えしてもらっている最中らしく、近日中には来てもらえるのではと皆が噂しておりました」
「…そう」
王の呼び出しを断るとは変わった人もいるものだ。
普通は直々に褒美がもらえると聞けば飛んでくるものなのではないだろうか?
「…ちょっと興味があるな。どんな人だったかもし会えたら教えてくれる?」
「ええ!もちろんでございますとも。ルイにお任せください!」
そう言ってルイは笑顔で部屋から出て行った。



「はぁ…」
(僕も自分の足でどこにでも行けたらいいのに…)
そう思いながら開け放たれた窓の外へと目を向ける。
そこには大空を自由に羽ばたく鳥の姿があって────。

「あの鳥が羨ましい…」

気が付けばそう呟く自分がいた。
幼少期からずっとこうして寝台に縫いとめられている自分が空しかった。
話し相手はルイと父の二人だけ。
見える景色はこの窓からのものだけ。
自分は一体いつまでこうしていなければならないのか…。
勉強だけでは物足りない。
何かもっと他にできることはないのだろうか?
変わりたいと思うのに体が思うように動かなくて、辛くて仕方がなかった。
そして思考が暗くなりそうになるのを振り払うように首を振る。

(ダメだ!もっと前向きに生きなくちゃ!)

そう思ったところで卓上にルイの忘れ物を発見した。
(あ…あれ…)
確か今日魔道士長であるロックウェルに渡す封書だと…そう言っていなかっただろうか?
急ぎの物ではないのかもしれないが、もしかしたら後で困ることもあるかもしれない。
(…行ってみようか?)
この鳥かごのような部屋から、一歩外に飛び出してみようか?
体は重いが、ゆっくりなら歩けないこともない。
そんなに距離を歩けるとも思えないけれど…。
それでも…行ってみたいと思った。

こうしてハインツはルイの忘れ物を手に取ると、重い体を引きずるように初めて外へと飛び出したのだった。


***


「うぅっ……」
息が切れて苦しい。
身体が重くて仕方がない。
やっぱり無理だったと思っても後の祭りで、身動きすることもできずどうしたものかと王宮の回廊脇で蹲っていると、遠くの方からこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

「クレイ…仕方がないだろう?勅命だったんだから」
「仕方がないとか言うな!あんな納得のさせ方があるか…!」
「…わかっている。でも満足はできただろう?」
「……!!お前はいつもやり過ぎなんだ!ちょっとは弁えろ!」

(勅命?)
そんな会話を耳にして、もしやルイの言っていた噂の魔道士の人だろうかと思い至った。
まさかこんな場所で父よりも先に会えるとは思っても見なかった。

「ロックウェル。…誰かいるぞ?」

いつの間にか会話が止まり、ふとそんな声が自分へと向けられて思わず顔を上げる。
そこには黒髪の綺麗な男性が立っていた。
しかもどうやら一緒にいる銀髪の人が魔道士長のロックウェルらしい。

(良かった…)

会ったことはなかったが、その見目麗しい様はルイから聞いていた通りのものだった。
まず本人に間違いないだろう。
ルイではなくロックウェルに直接渡せるのならその方がいいかもしれない。
そう思って立ち上がろうとしたところで足に力が入らない事に気が付いた。
「うっ…」
辛くてそうやってうめき声を上げたところで、突如ふわりと体が軽くなる。
どうやらロックウェルが回復魔法を使ってくれたらしい。
それに対してハインツはそっと顔を上げて礼を言った。

「助かりました。ありがとうございます。あ、あのこれを…ロックウェル魔道士長に」

手にしていた封書を手渡すとロックウェルは戸惑いながらもそれを受け取り礼を述べた。
恐らく自分が王子だとすぐに分かったのだろう。
こんな場所に紫の瞳の者が居れば答えは一つしかないのだから…。
けれど同行者のクレイと呼ばれた人物がそんなことは全く気にせず自分へと話しかけてきた。

「随分重いものを抱えているな」

「え?」
一体何のことだろう?
不思議そうに首を傾げる自分には目もくれず、クレイが暫し何かを見定めるように近くの空間を見つめた後、ああと言ってピンピンッと弾くように何やらいくつかの短い呪文を唱えた。
それと同時にずっと貼りついて離れなかった肩の重さがフッとなくなり、体が軽くなる。
「え?」
驚きながらクレイの方へと目を向けると、彼は微かに笑ってくれた。
「重複している魔法部分を調整していらない箇所を解除しておいた。少しは楽だろう?」
「あ…はい」
確かに少しと言わずずっと楽になった。
これなら普通に歩けそうだ。
「あのっ!助かりました!ありがとうございます!」
精一杯の感謝をこめて勢いよく頭を下げたが、礼には及ばないと言われてしまう。
「それよりもその年季の入った黒魔法を早く解除したほうがいいぞ?対抗魔法で凌いでいるようだが、身体への負担が大きすぎるからな」
「え?」
まさかそんなことを言われるとは思っても見なかった。
これは毒の後遺症や病気ではないのだろうか?
「あ、あのっ…!」
もっと詳しく話を聞きたくてそうやって声を上げたが、遠くで二人を呼ぶ声がしたのでつい思いとどまってしまう。
けれどクレイは気にせず尋ねてくれた。
「なんだ?」
それが嬉しくて懸命に口を開く。
「今度お時間を頂けないでしょうか?その…先程のお話をもっと詳しく聞かせてほしくて…」
「え?いや…俺は関係ないから。王宮にも魔道士は大勢いるだろう?」
そうして断られそうになって、そう言えばとルイの言葉を思い出した。
この人は王の要請にも従わなかったと聞く。
自分が言っても聞いてくれるはずがないのではないか?
「あ、あのっ!もちろんロックウェル様もご一緒で構いませんので!」
これまで部屋の結界を張ってくれた魔道士や安全祈願と言って守護の魔法を掛けてくれた魔道士もいるにはいたが、皆父王の命令で自分達に与えられた仕事だけを行いさっさと帰ってしまった。
こんな風に自分に対して何かを教えようとしてくれた者は誰一人としていなかったのだ。
それならここでクレイを引き留めて話を聞いてみたいと思った。
けれど一縷の望みをかけてそう訴えたところで二人に困ったように顔を見合わされてしまう。
「ハインツ王子…残念ですがそれは陛下の許可を頂かなければ…」
ロックウェルの申し訳なさそうな声が胸を刺す。
それではもう二度とクレイには会えないと言うことと同意だ。
結局父は自分をあの部屋に閉じ込めて、王である自分と世話役のルイしか部屋に入れようとはしないのだから…。
外部の者など問題外だろう。
「うっ…ひっく…」
それがあまりにも悲しくて仕方がなかった。
こうやって意を決して飛び出してみても結局自分にはあの場所しか残されていないのだ。
自分はあの狭い部屋でこれから一生を過ごすしかないのだろう。

そんな自分にクレイが深く息を吐いた。
情けない王子だと呆れられているのだろうか?
けれど思っていたのとは違う言葉が耳へと届く。

「俺の使い魔を貸してやるから、用があれば声を掛けてくれ」

思いがけずそんな言葉が返ってきて驚いた。
「え…でもあの部屋は結界が張ってあって…」
王自らが選りすぐった魔道士達に幾重にも結界を張ってもらい安全を確保された鉄壁の場所だ。
そう簡単に外部から侵入できるとは思えない。
けれど――――。
「そんなもの、俺なら簡単に抜けられるから気にする必要はない」
その言葉にロックウェルが渋い顔をするが、彼の言葉は真実なのだろう。
どうやら優秀な魔道士と言うのは本当らしい。
どこまでも真っ直ぐに自分へと向けられた言葉は嘘偽りのないものだった。
そんな彼の言葉が嬉しくて、ハインツは涙を拭いて笑顔で礼を述べる。
「ありがとう…ございます」
そう答えた自分にクレイはもういいだろうとばかりにあっさりと背を向けた。
恩に着せる気など一切ないのがはっきりとわかって、妙に清々しかった。
「あのっ!本当にありがとうございました!」
そう言った自分にクレイはひらりと手を振りそのまま歩き出す。
その背中はハインツの目にやけに格好良く映った。



「クレイ…私にも使い魔をくれたらいいのに…」
「シリィに預けてあるだろう?お前には必要ない」
「じゃあ王宮に来た際は私の部屋に泊っていけ。すぐに帰るよりその方がゆっくり休める」
「休めるわけがないだろう?!ふざけるな!」


そんな仲の良い会話を聞きながらハインツは軽くなった心と体でそっと自室へと戻ったのだった。


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