黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

24.暴かれた心

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席へと戻った二人に早速と言うようにシリィが文句を言った。
「もう!二人で仲良くして…ずるいわ!」
「まあシリィったら…。やきもち?」
可愛いわねぇと微笑むサシェに顔を真っ赤にしながらシリィが怒る。
「や、焼きもちじゃないわ!ただ姉様は綺麗だからクレイが好きになっちゃうんじゃないかって…!」
「ほらやっぱり。シリィは本当に可愛いわね」
そして安心させるようにその言葉を紡ぐ。
「心配しなくてもクレイ様は今特定の方はいらっしゃらないそうよ」
その言葉にシリィがホッと息を吐いたのも束の間。
「?…シリィが言っているのは自分から姉を取るなって事だろう?それくらいわかる」
そんなどこかピントがずれた答えを返したクレイに三人が内心で(違う!!)とツッコんだのは言うまでもない。

(これは…絶対にまた確認した方がいいな)

ロックウェルはそんなクレイを見ながら動揺を隠すことができなかった。
もしやあの時手に入れたと思ったのは勘違いだったのだろうか?
クレイがどこまでもずれた思考の持ち主だと言うことをすっかり失念してしまっていた。
もしかしたら自分はクレイにとってただの相性のいいセフレのようなものと思われているのではないだろうか?
けれど今ここでそれを聞けるはずもない。
ロックウェルは重い気持ちを抱えながらそっと一筋縄ではいかないクレイへとため息を吐いた。


***


「じゃあ私は姉様を送ってくるわね」
そう言いながらシリィが姉と一緒に席を立ったので、それをロックウェルと二人で見送ったのだが────。

「クレイ?」

そのどこか怒りを含んだ低音に、クレイは先程導き出した結論を慌ててぶつけた。
正直ロックウェルを怒らせる気は全くないのだ。
誤解は解いて然るべきだろう。

「大丈夫だ!俺は絶対に邪魔をしないから!」

そう思ってその言葉を口にしたと言うのに……何故自分はまた壁へと追い詰められているのだろう?
「クレイ…今日はこの後予定はあるか?」
ロックウェルから紡がれるその声がヒヤリと冷気を伴っているのは気のせいだろうか?
「え?特には…」
「そうか。それなら今夜はお前の家に泊るから、覚悟しておけ。仕事が終わったら必ず行く」
そう言って顔を上げたロックウェルの冷笑にクレイは固まらざるを得ない。
(予定があると言えばよかった…)
何故自分は正直に答えてしまったのだろう?
これでは逃げるに逃げられないではないか。
「絶対に逃げるな?」
そう釘を刺すのを忘れずに、ロックウェルは自分から身を離すとそのまま踵を返して行ってしまった。
何故こうなったのだろうと思いながらクレイは先にファルに会いに行こうかなとそっとため息を吐いたのだった。




運良く早い段階でファルを捕まえることができたので、クレイは一通り仕事の件を話した後、ロックウェルとのことを相談してみることにした。
けれど前回の続きを話せば話すほど何故かファルの目に憐みの色が浮かんでくる。
「お前…それはさすがにあいつに同情するぞ」
ファルはどうやらロックウェルの味方のようだった。
「はぁ…なんでロックウェルはこんな厄介な奴に惚れたんだろうな…」
その言葉にクレイは驚きながらもすぐに否定の言葉を紡いだ。

「…惚れてない」

何故ならロックウェルが好きなのはシリィなのだから。
そう思って懸命に否定するのにファルは全く聞いてはくれなかった。
「本当にお前の取扱説明書でも作って渡してやりたいくらいだな…」
「だから俺達はそんな関係じゃないんだ。ただ…!」
「はいはい。わかったよ。一方的に襲われただけだって言いたいんだろう?でもお前は気持ち良かったと言っていた。それはもう任意だ」
きっぱりと言い切られてクレイはわかってもらえないやりきれなさにそっと酒へと口をつけた。

「……でも男は誰だって抱こうと思えば抱ける」

そうだ。性欲次第で好きな相手以外とだって寝れるのだ。
クレイは自分は間違っていないとその言葉を口にしたのだが…。

「それはあいつにとって花街の女とお前が同列だと…そう言いたいのか?」

思いがけずファルからそんな風に静かに問われ、暫し考えた後で素直に頷いた。
(そうだ…)

「あいつにとって俺の存在はどうせその程度のものだ」

その考えに思い至ってズキリと胸が痛むのを感じた。
自分はロックウェルにとって特別でもなんでもない。
一度は切り捨てられた存在なのだ。

そうやって自分の言葉で自分を傷つけるクレイを見て、ファルは大きく息を吐く。

「あいつを信じてやれ」
「……無理だ」

一年前、有無を言わさず自分を封印した相手を今更どうやって信じればいいのだろう?
「あいつを信じられなくなった理由はなんだ?」
以前は信頼していたのにとファルが言う。
確かにあの頃は信じていた。信頼もしていた。
けれどその関係はもう崩れてしまったのだ。
事情を知らないファルにどこまで語っていいのかわからず、クレイはただ項垂れながら首を振るしかない。
そんなクレイの元へ仕事を終えたロックウェルがやってきた。


***


「クレイ…」
そう声を掛けるがクレイは肩を落としながら答えようとはしない。
なんだか様子が変だ。
「ファル?クレイに何か言ったのか?!」
キッと睨んだロックウェルにファルがため息を吐きながら告げる。
「何があったのかは知らないが、お前達は一度ちゃんと話し合った方がいい」
そう言うや否や、ひょいとクレイを肩へと抱き上げてしまった。
あまりにも突然の事でクレイはそのままジタバタと暴れだすが、ファルは下ろそうとはせず、笑ってロックウェルを促しそのまま店を出た。



「こいつはな、ちっとも素直じゃないし手のかかる奴だが、お前の事はそりゃあ気に入っててな…」
歩きながらそうやって語るファルにクレイが黙れと言うがファルは全く気にせず先を続ける。
「俺が依頼を持って行ってもお前の依頼があればそっちを優先するような奴だった」
「……」
「それがここ一年くらい姿が見えなくなって、他国にでも行ったのかと思ってたらひょっこり戻ってきた。それで開口一番お前と喧嘩した…だ。本当にガキだなと思ったもんだ」
「ファル!その口を閉じろ…!」
「何も変わってないと…そう思ってたら、お前に襲われたと言う。でも話を聞いても『気持ち良かった』だ。俺は呆れておめでとうって言ってやりたい気分だった」
「黙れ!」
「それなのに今日話を聞いたら今度はお前を信じられないときたもんだ」
「ファル!やめろ!」
必死になって止めに入るクレイにそれが事実なのだとロックウェルは確信した。
「お前にとって、こいつは花街の女と同列だって言い出す始末なんだが…身に覚えは?」
その言葉にロックウェルの身に衝撃が走る。
そっとクレイの方を窺うと心底怒ったように拳を握りしめていた。

「ファル!いい加減に離せ…!」

怒り心頭と言った様子でバチバチと魔力を身に纏いだしたクレイをファルは静かに下へと下ろす。
「悪かった。でもこうでもしないとお前は絶対にこいつに自分の考えを言わないだろう?」
けれどそれに対してクレイは激怒した。

「言う必要はない!」

叩きつけるようなその言葉がロックウェルの胸を貫く。
「俺は前にも言ったはずだ!ロックウェルに自分の気持ちをぶつける気は一切ない!」
強い口調ではっきりと言い切ると、クレイはそのまま闇を纏って姿を消した。
そんなクレイをロックウェルはただ見送ることしかできない。
あんなクレイに一体何を言ってやればいいのだろう?
信頼を取り戻せたと…そう思っていたのが自分だけだったのだと、今痛烈に思い知らされた。
クレイの心の傷は自分が思っていた以上に深かったのだ。

そんなロックウェルにファルがため息を吐きながら声を掛ける。
「俺が言えた義理じゃないが、あいつの事を癒してやれるのはお前だけだと思うんだが…?」
暗に追い掛けろとファルは言ってきた。
けれど本当にそれは正しいことなのだろうか?
更にクレイを傷つける行為でしかないのではないだろうか?
そう思って躊躇っていると、ファルが重ねて言った。
「あいつは放っておいた方がグルグル考えるから厄介なんだ。子供と一緒で、早い内に頭を撫でてやるのが一番いい」
だから行ってやってほしいと────。

その言葉に背中を押されるように、ロックウェルは急いでクレイの家へと向かったのだった。




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