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第一部 アストラス編~王の落胤~
23.誤解
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その日の午後、クレイが庭園へとやってくるとそこには既に三人が揃い、茶を囲む姿が見られた。
「クレイ!」
そうやって自分を呼ぶシリィに軽く手を挙げ応える。
「待たせてすまないな」
「いいのよ。お仕事だもの。それよりも改めて姉様の紹介とお礼を」
そしてシリィの姉、サシェが笑顔で深々と頭を下げた。
「この度は多大なお力添えを頂きましてありがとうございました」
「いや。俺は依頼された事をこなしただけだ。礼ならこの二人に言ってくれ」
なんでもないことのようにクレイがそう答えると、横からシリィが口を挟む。
「ちょっと!それならやっぱりお礼がいるじゃない!」
その言葉にクレイが首を傾げた。
そう言えばこの件に関して言えば何も報酬を受け取っていなかった。
「何か欲しいものとかはないの?」
できる限り用意すると言ったシリィにクレイはどうしたものかなと思案する。
一般的に報酬は金貨で支払われるものだが、今回の件では他国や相手の黒魔道士も絡んでいるため、正規の価格ではシリィ個人では払えないだろうと思われたからだ。
(どうしたものかな…)
ただ勝手に手を出した部分も多いので、正直無償でも構わないとは思っていた。
けれどそれでは恐らくシリィは納得しないだろう。
短い付き合いではあってもそれくらいはわかる。
「…まあ別に無償で構わないが、それで納得いかないなら…そうだな。今度必要な状況が訪れた時にでも、一緒に仕事をしてもらえれば有難い」
そうやって安心させるように微笑んだのだが……何故かシリィは嬉しそうに頬を染め、ロックウェルからは睨まれてしまった。
(?)
もしや王宮の仕事の邪魔だっただろうか?
それとも…。
(ああ。そう言えば…)
ふとその考えに思い至って、妙に納得がいく自分がいた。
この間の事後に『シリィには借りがあるから恋人役をやってもいいかと思っている』と告げた際、何故かロックウェルが昏く笑ったのを思い出したからだ。
一瞬だったから見間違いかと思ったが、ロックウェルがシリィの事を好きなのなら説明がつく気がした。
恐らくあの瞬間自分に怒りが湧いたのだろう。
(なんだ。そうか…)
そう言えばシリィはあの日ロックウェルの目の前で思い切り『ロックウェルは好みじゃない』と言っていた。
恐らく聞いていたであろうあの言葉もショックだったのではないだろうか?
それもあって八つ当たりも含めて自分を抱いたのかもしれない。
思い返してみれば、シリィに連絡手段を与えたことも詰問されていたし、罪作りな男だとも言われていた。
────全てに符合するではないか。
(これは…どうしたものかな)
姉を安心させつつ、二人の仲を取り持つのに自分は何をすべきだろうか?
シリィには回復魔法の借りがあるから、なんとか上手く姉を安心させてやりたいし、かといってロックウェルの事は好きじゃないと言っていただけに無理にロックウェルを勧めるのも間違っている気がする。
(でもロックウェルの気持ちも…大事にしてやりたいしな…)
きっと二人が上手くいけばロックウェルが自分に手を出してくることもなくなるだろう。
そうなればまた元通り…ただの友人に戻るだけだ。
自分の望みも叶って一石二鳥ではないか。
(そうだ…。それを寂しいと……そう思ってしまうのは間違っている)
クレイは自分で自分の気持ちがわからず、ふるりと頭を振った。
それから急いで頭を回転させ、どう動くのがいいのかを懸命に考える。
「サシェ。少しあちらで話せないか?」
クレイは二人で話したいと、思い切ってサシェへと声を掛けてみた。
そんなクレイに同席していた二人が目を見開くがクレイは気にせずサシェを見遣って甘く微笑んだ。
「少しでいい」
その言葉にサシェがふわりと微笑みを浮かべる。
「私も…少し二人でお話したいですわ」
そしてクレイに手を取られるままサシェはその場からそっと席を外した。
「クレイ様はロックウェル様とご友人だとか」
「ああ」
「…シリィから少し伺いましたが、今回の件で犯人の嫌疑をかけられ、ロックウェル様とのご友情にひびが入ったと」
「……」
「私のために本当に申し訳なく思っております」
そう言って深く頭を下げたサシェにクレイがそっと頭を上げるように言った。
「別に…サシェが悪いわけではなく、悪いのは今回の件を企てたあの王子だ。気にすることはない」
「でも…」
「そんなことよりも、シリィが随分心配していた」
「シリィが?何を…」
「ああ。今回婚約破棄となった件で姉の気を病ませてしまったからなんとかしたいと…相談された」
「まあ…」
正直なんですねとサシェがクスクスと笑う。
そんなサシェにクレイも小さく笑った。
そうして和やかに二人の会話は進んでいく。
「私が見る限り、あの子にはもう…気になる方がいるように見受けられました」
その言葉にクレイは首を捻った。
本人はいないと言っていたが、もしや姉だけにわかる誰かが王宮にいるのだろうか?
それならば自分の出番はなかったのではないだろうかと思ってしまう。
そうやって考えていると、正直安心したとサシェが息を吐きながら微笑む姿が見られた。
この分なら一応この依頼は完了したと思っていいのではないだろうか?
「まあまだ本人の片思いのようですが…」
「片思い…か」
それならそれで後はその恋敵にロックウェルが勝てるかどうかだが、あの男ならまず大丈夫だろう。
そうやって一人納得していると、サシェが徐に自分へと質問をしてきた。
「ところでクレイ様はどなたかお付き合いなさっている方はいらっしゃるのですか?」
「え?」
「とても優秀な方と伺いましたし、もうお決めになった方の一人や二人…いらっしゃるのかと思いまして」
にっこりと紡がれたその言葉にクレイは正直に答える。
「いや。俺は黒魔道士だし特定の相手を作ったこともなくて…。それに今は…ロックウェルとの関係修復の方が…」
「……そうですか」
穏やかにそんな世間話を始めたところで、後ろからシリィの元気な声が飛んできた。
***
「……何を話しているんでしょう?」
「さあな」
「ロックウェル様?読唇術で二人の会話を把握してますよね?」
教えてくださいと言うシリィの言葉など全く聞く気はない。
今はあちらに集中したいのだ。
当たり障りなく会話が続けられる。
クレイはどうやら本人と直接話すことで安心させることにしたようだった。
今のところ上手く言っているようだ。
(珍しいこともあるものだ…)
いつもならこういうことは不得手なことを自覚しているせいか、自分から動こうとはしないのに…。
一体どういう風の吹き回しなのだろう?
(もしかして…サシェに気があるのか?)
サシェははっきり言ってライアードの言葉ではないが、女神のように美しいと評される絶世の美女だ。
それは自分も認めている。
そんな彼女にクレイが惚れないとも限らないのではないだろうか?
そう思いながら成り行きを見守っていると…。
「ところでクレイ様はどなたかお付き合いなさっている方はいらっしゃるのですか?」
思いがけずサシェの口の方からその言葉が飛び出した。
うっかりしていたがもしやサシェの方がクレイに気があるということはないだろうか?
自分を助けてくれた相手だ。
万が一と言うこともある。
思わず腰を浮かしかけたところで、今度はクレイの言葉に更に衝撃を受けた。
「いや。俺は黒魔道士だし特定の相手を作ったこともなくて…。それに今は…ロックウェルとの関係修復の方が…」
これは一体どう受け止めればいいのだろう?
関係修復と言うのは壊れた友情の事ではあるのだろうが、誰とも付き合っていないと言うのは…。
そんな風に動きが固まってしまった自分に焦れたのだろう。
シリィがもう待てないとばかりに大きな声で二人を呼んだ。
「姉様!クレイ!いつまでも二人の世界を作らないで!」
そんな言葉に二人が顔を見合わせクスリと微笑んだ────。
「クレイ!」
そうやって自分を呼ぶシリィに軽く手を挙げ応える。
「待たせてすまないな」
「いいのよ。お仕事だもの。それよりも改めて姉様の紹介とお礼を」
そしてシリィの姉、サシェが笑顔で深々と頭を下げた。
「この度は多大なお力添えを頂きましてありがとうございました」
「いや。俺は依頼された事をこなしただけだ。礼ならこの二人に言ってくれ」
なんでもないことのようにクレイがそう答えると、横からシリィが口を挟む。
「ちょっと!それならやっぱりお礼がいるじゃない!」
その言葉にクレイが首を傾げた。
そう言えばこの件に関して言えば何も報酬を受け取っていなかった。
「何か欲しいものとかはないの?」
できる限り用意すると言ったシリィにクレイはどうしたものかなと思案する。
一般的に報酬は金貨で支払われるものだが、今回の件では他国や相手の黒魔道士も絡んでいるため、正規の価格ではシリィ個人では払えないだろうと思われたからだ。
(どうしたものかな…)
ただ勝手に手を出した部分も多いので、正直無償でも構わないとは思っていた。
けれどそれでは恐らくシリィは納得しないだろう。
短い付き合いではあってもそれくらいはわかる。
「…まあ別に無償で構わないが、それで納得いかないなら…そうだな。今度必要な状況が訪れた時にでも、一緒に仕事をしてもらえれば有難い」
そうやって安心させるように微笑んだのだが……何故かシリィは嬉しそうに頬を染め、ロックウェルからは睨まれてしまった。
(?)
もしや王宮の仕事の邪魔だっただろうか?
それとも…。
(ああ。そう言えば…)
ふとその考えに思い至って、妙に納得がいく自分がいた。
この間の事後に『シリィには借りがあるから恋人役をやってもいいかと思っている』と告げた際、何故かロックウェルが昏く笑ったのを思い出したからだ。
一瞬だったから見間違いかと思ったが、ロックウェルがシリィの事を好きなのなら説明がつく気がした。
恐らくあの瞬間自分に怒りが湧いたのだろう。
(なんだ。そうか…)
そう言えばシリィはあの日ロックウェルの目の前で思い切り『ロックウェルは好みじゃない』と言っていた。
恐らく聞いていたであろうあの言葉もショックだったのではないだろうか?
それもあって八つ当たりも含めて自分を抱いたのかもしれない。
思い返してみれば、シリィに連絡手段を与えたことも詰問されていたし、罪作りな男だとも言われていた。
────全てに符合するではないか。
(これは…どうしたものかな)
姉を安心させつつ、二人の仲を取り持つのに自分は何をすべきだろうか?
シリィには回復魔法の借りがあるから、なんとか上手く姉を安心させてやりたいし、かといってロックウェルの事は好きじゃないと言っていただけに無理にロックウェルを勧めるのも間違っている気がする。
(でもロックウェルの気持ちも…大事にしてやりたいしな…)
きっと二人が上手くいけばロックウェルが自分に手を出してくることもなくなるだろう。
そうなればまた元通り…ただの友人に戻るだけだ。
自分の望みも叶って一石二鳥ではないか。
(そうだ…。それを寂しいと……そう思ってしまうのは間違っている)
クレイは自分で自分の気持ちがわからず、ふるりと頭を振った。
それから急いで頭を回転させ、どう動くのがいいのかを懸命に考える。
「サシェ。少しあちらで話せないか?」
クレイは二人で話したいと、思い切ってサシェへと声を掛けてみた。
そんなクレイに同席していた二人が目を見開くがクレイは気にせずサシェを見遣って甘く微笑んだ。
「少しでいい」
その言葉にサシェがふわりと微笑みを浮かべる。
「私も…少し二人でお話したいですわ」
そしてクレイに手を取られるままサシェはその場からそっと席を外した。
「クレイ様はロックウェル様とご友人だとか」
「ああ」
「…シリィから少し伺いましたが、今回の件で犯人の嫌疑をかけられ、ロックウェル様とのご友情にひびが入ったと」
「……」
「私のために本当に申し訳なく思っております」
そう言って深く頭を下げたサシェにクレイがそっと頭を上げるように言った。
「別に…サシェが悪いわけではなく、悪いのは今回の件を企てたあの王子だ。気にすることはない」
「でも…」
「そんなことよりも、シリィが随分心配していた」
「シリィが?何を…」
「ああ。今回婚約破棄となった件で姉の気を病ませてしまったからなんとかしたいと…相談された」
「まあ…」
正直なんですねとサシェがクスクスと笑う。
そんなサシェにクレイも小さく笑った。
そうして和やかに二人の会話は進んでいく。
「私が見る限り、あの子にはもう…気になる方がいるように見受けられました」
その言葉にクレイは首を捻った。
本人はいないと言っていたが、もしや姉だけにわかる誰かが王宮にいるのだろうか?
それならば自分の出番はなかったのではないだろうかと思ってしまう。
そうやって考えていると、正直安心したとサシェが息を吐きながら微笑む姿が見られた。
この分なら一応この依頼は完了したと思っていいのではないだろうか?
「まあまだ本人の片思いのようですが…」
「片思い…か」
それならそれで後はその恋敵にロックウェルが勝てるかどうかだが、あの男ならまず大丈夫だろう。
そうやって一人納得していると、サシェが徐に自分へと質問をしてきた。
「ところでクレイ様はどなたかお付き合いなさっている方はいらっしゃるのですか?」
「え?」
「とても優秀な方と伺いましたし、もうお決めになった方の一人や二人…いらっしゃるのかと思いまして」
にっこりと紡がれたその言葉にクレイは正直に答える。
「いや。俺は黒魔道士だし特定の相手を作ったこともなくて…。それに今は…ロックウェルとの関係修復の方が…」
「……そうですか」
穏やかにそんな世間話を始めたところで、後ろからシリィの元気な声が飛んできた。
***
「……何を話しているんでしょう?」
「さあな」
「ロックウェル様?読唇術で二人の会話を把握してますよね?」
教えてくださいと言うシリィの言葉など全く聞く気はない。
今はあちらに集中したいのだ。
当たり障りなく会話が続けられる。
クレイはどうやら本人と直接話すことで安心させることにしたようだった。
今のところ上手く言っているようだ。
(珍しいこともあるものだ…)
いつもならこういうことは不得手なことを自覚しているせいか、自分から動こうとはしないのに…。
一体どういう風の吹き回しなのだろう?
(もしかして…サシェに気があるのか?)
サシェははっきり言ってライアードの言葉ではないが、女神のように美しいと評される絶世の美女だ。
それは自分も認めている。
そんな彼女にクレイが惚れないとも限らないのではないだろうか?
そう思いながら成り行きを見守っていると…。
「ところでクレイ様はどなたかお付き合いなさっている方はいらっしゃるのですか?」
思いがけずサシェの口の方からその言葉が飛び出した。
うっかりしていたがもしやサシェの方がクレイに気があるということはないだろうか?
自分を助けてくれた相手だ。
万が一と言うこともある。
思わず腰を浮かしかけたところで、今度はクレイの言葉に更に衝撃を受けた。
「いや。俺は黒魔道士だし特定の相手を作ったこともなくて…。それに今は…ロックウェルとの関係修復の方が…」
これは一体どう受け止めればいいのだろう?
関係修復と言うのは壊れた友情の事ではあるのだろうが、誰とも付き合っていないと言うのは…。
そんな風に動きが固まってしまった自分に焦れたのだろう。
シリィがもう待てないとばかりに大きな声で二人を呼んだ。
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そんな言葉に二人が顔を見合わせクスリと微笑んだ────。
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