黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

22.魔力交流

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クレイはロックウェル達と別れた後、待ち合わせ場所である森へとやってきていた。
昼までには十分時間がある。
それまでにこちらの片も付くことだろう。

「ロイド」

そう声を掛けると相手はすぐにこちらへと気づきそっと手を上げた。
「クレイ」
にこやかに答えるヘーゼル・アイはどこまでも柔らかく自分へと向けられており、そこには領域を犯した者に対する嫌悪感などは一切感じられない。
「それで?」
ソレーユ国での一件から随分日が経ってからの呼び出しだ。
何か問題が生じたのかと彼の使い魔に呼ばれここまで来てはみたものの、どうも思っていたような雰囲気とは違っていて戸惑いを隠せない。
しかも問題発生時は普通は書面が交わされるものなのに、ロイドは見事なまでに手ぶらだった。
そんな不思議そうな自分にロイドが笑う。
「今日はあの時の領域侵犯の代償を払ってもらおうと思って来たんだが…」
「?ああ…もちろん」
それはわかっていると答えると、ロイドは何やら含むような目でこちらへと視線を向けてきた。
一体なんだと言うのだろうか?
「ここに来るまでにお前自身の事を少し調べさせてもらって、気が変わったんだ」
「…?!」
その言葉を受けクレイの纏う空気がピリッと張りつめたが、ロイドは構わず話を進める。
「まあ落ち着いてくれ。お前に興味が湧いて調べたのは悪かったとは思うが…」
「……」
「そうだな…私には、色んなものが見えるんだと言えばいいか?」
突然の脈絡のない言葉に戸惑いと警戒心が刺激されクレイはどういう意味だとロイドへときつい眼差しを向けたが、彼は終始にこやかだった。
「私は今でこそロイドと名乗っているが、この名はライアード様から頂いた名前なんだ。それまではボロスと言う名だった」
ライアードに認められ召し上げられるまで、ロイドはクレイのように流しの魔道士として仕事をこなしていたらしい。
ボロスはウロボロスからもじった名で、その能力の高さから周囲がいつの間にか付けた名だったのだと言う。

「だから…お前に初めて会った時、その瞳に秘密があることにもすぐに気がついた」
「……」

一体この後何を言われるのかクレイには全く予想がつかず、ただ黙って彼の言葉へと耳を傾けるしかない。
「お前は珍しいアメジスト・アイの持ち主…なんだろう?調べたらアストラス王の一夜の相手が母親だとか…」
自分にまやかしの魔法は効かないと言いながらロイドがうっすらと笑った。
だとしたらなんだと言うのだろうか?
王へと情報を漏らし、領域侵犯の代償に自分を葬ろうとでも言うのだろうか?
そう思いながらギッと彼を見つめると、ロイドは楽しげに次の言葉を告げてきた。
「勘違いしないでくれないか?それでお前を脅す気は更々ないんだ」
「では何が目的だ…」
それがわからなくてクレイは警戒心を剥き出しにしながら低く問う。
けれどそれに対して至極あっさりと思いがけない言葉で答えを返されて、一瞬聞き間違いかと思った。

「ああ。お前と口づけを交わしたいと思って…な」

「……は?」
「聞こえなかったのか?お前に口づけて魔力交流をしてみたいと言ったんだ」
笑顔で言われたその言葉の意味が分からず、思わず眉を顰めてしまう。
一体この男は何を言い出したのだろうか?
(ロックウェルじゃあるまいし…)
男に口づけたいなどと…そう簡単に口にするなんて正気とは思えない。
「ずいぶん怪訝そうだな。でも魔力の高い者同士の口づけは男女問わず代謝も上がって魔力も高まると聞いたことはないか?」
「……確かにそんな話も聞いたことはあったような気もするが────」
「だろう?」
ただ残念ながら自分には相手がなかなかいないのだとロイドは言った。
「伝説のドラゴンズ・アイと同じアメジストの瞳を持つお前となら気持ちいいかもと思って…試してみたくなったんだ」
ロイドの口から飛び出したあまりにも予想外の答えに警戒心を緩めることができず、クレイは重ねて問う。
「本当に…それだけか?」
「何がだ?」
「だから領域侵犯のハンディは本当にそれだけかと聞いている」
「ははっ!話が早いな。もちろんだ。今回は主に対する姿勢も学ばせてもらったことだし…」
本来なら何も科さなくてもいいくらいだとロイドは言う。
「ただ折角の機会だから、貸し借りなしと交渉できるなら…使わせてもらおうと思ったんだ。もちろん口づけだけじゃなく寝てもらえたらもっと嬉しいが…私はじっくり相手を落とすのも好きなんだ。だから今日の所は口づけだけで構わない。それに…思いが通じ合っている時の魔力交流は格別だと聞くし、相性がいいならお前とそうなってもいいかと思ってる」
そしてロイドがスッとクレイへと顔を近づけクスリと笑った。

「その眼の魔法を解いても?」

断られるはずがないと自信を持ったロイドの態度に、クレイは暫し考えを巡らせる。
ここで変にごねて後からもっと多大な不利益を被る可能性は捨てきれない。
(後々面倒な依頼なんかを押し付けられても困るしな…)
その場合は断ることは困難だ。
それならばここで受け入れてしまった方が損はないだろう。
それに確かにロイドの魔力は自分で言う通りとても高い。
そうそう相手がいないというのも本当のことだろう。
(口づけだけだと言ってるし、ロックウェルとも…もう何度もしているしな…。今更か)
今回は仕事の一環だし特に問題もないだろうと納得すると、クレイはそっと頷いた。
そして魔力交流が目的なら瞳に掛けた魔法を解くのもまた必然かとそっとその魔法も解除した。

そこに現れたのは魔力を秘め美しい輝きを放つ宝石のような紫の瞳────。

「ああ、本当にドラゴンズ・アイやアメジスト・アイとはよく言ったものだ。私も初めて見たが、綺麗なものだな…」
そう言いながら一瞬で魅入られたようにロイドが自分を見つめ、ゆっくりと魔力の乗った口づけを交わしてきた。
「……っ」

(…?)

頬に手を添え瞳を見つめながらうっとりと口づけを交わしてくるロイドとは違い、何故かどこかで冷めている自分がいた。
確かにロイドの魔力が乗った口づけは気持ちよくはあるのだが、これなら淫魔との口づけの方がずっと酔わされる気がする。
(それに……ロックウェルとの口づけとも違う)
ロックウェルとの口づけは全身が陶酔するようなそんな錯覚に襲われるようなものだ。
今のこれとは全く違っていた。
(どうしてだろう?)
一体何が違うのかクレイにはわからなくて、ロイドと口づけを交わしながらもこれがロックウェルだったら良かったのにと思う自分に戸惑いを感じてしまった。

「はぁ…」
ロイドが満足するまでクレイは口づけを受け入れたが、そっとその身が離れたと同時に顔を覗き込まれて思わず固まってしまう。
やはりどこかでロックウェルを求めてしまう自分がどうしようもなく浅ましく思えて仕方がなかった。
「ふ…随分冷めた目をしているな。私は気持ち良かったがお前は違ったと言うことか」
何かを見定めるようにそれだけを言うと、本当にこれ以上何も求める気はないとばかりにあっさりと笑顔で離れていく。
どうやらロイド的には『取引に対する報酬』くらいの感覚だったようだ。
「まあいい。また気が向いたら交流してくれ。ああ、そうそう。今回の件はこれで決着として、別に一件情報を。アストラス王の『犬』が動いているようだ。私と会う時以外はその瞳はちゃんと隠して、決して捕まらないように気を付けてくれ」
何かあればいつでも頼ってくれていいからと言って笑顔で主の元へと帰って行ったロイドの言葉に衝撃が走る。

(あいつ…!)

思いがけない爆弾発言を落としていった黒魔道士に腹を立てながら、クレイは先日の酒場の相手を思い出した。
(もしかしたら…あれか?)
その可能性はあるかもしれない────。
あの時は気付かれなかったようだが、場合によってはロイドのように自分にたどり着く可能性はあるのだ。
もしそうであるのなら下手に調べようと動けば反対にこちらに気付かれないとも限らない。
あちらが諦めるまで探る行動や目立つ行動は一切するべきではないだろう。
あの時近づかない方がいいと思った直感はやはり正しかったのだ。
(暫く表に出る仕事は控えるか…)
取りあえず今請け負っているファルからの依頼とシリィからの仕事を終えたら仕事内容を見直そうと思った。
(絶対に王にばれるわけにはいかないからな…)
現在の王位継承者は五名。
けれどそのうち病弱な末子のみ紫の瞳で、他の四人はそのいずれも何故か紫の瞳を持たないのだと聞いたことがある。
そんな中まかり間違って継承争いにでも巻き込まれては大変だ。
それにここから逃げることは簡単だが、自分はまだこの国から離れたくはなかった。

(ロックウェル……)

現時点でロックウェルの前から姿を消そうと言う気持ちはもうどこにもない。
折角二人の仲が少しずつ修復されつつあるのだ。
もう少しここで頑張ってみたいと思った。

(俺はまたお前と以前のような友人関係に戻りたいんだ…)

なし崩し的に欲求不満解消のセフレになりたいわけでもない。
ましてや数多の恋人の一人になりたいと望むわけでもない。
ロックウェルの中での自分の立場はわかっているつもりだ。
役に立つ元友人────それだけだろう。
だからこそ一方的に溺れるような泥沼の関係にはなりたくないのだ。
ただ…失ったあの楽しかった日々を、心地良かった関係を……取り戻せたらそれでいい。

そんなどこか遣り切れない気持ちを抱きながら、クレイはそっと王宮の方へと切ない眼差しを向けた。



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