黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

12.忠告

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ロックウェルとシリィを乗せて、ガタゴトとソレーユ国の王都へ向けて馬車列が走る。
それを遠目に見ながらクレイはそっと思考を巡らせた。

(いよいよか…)

使い魔の報告によると、ロックウェル達はどうやら直接あちらに出向いてそこで決着をつけるようだった。
(それなら……直接の手助けも視野に入れるか…)
向こうでやることは姉サシェの救出。
その際、間違ってもあちらが術を解かないよう注意しておかなければならない。
現時点で既に水晶化された姉の身体が壊されないよう魔法を掛けてはいるが、もし万が一あちらの黒魔道士が水晶化の術そのものをその場で解いてしまったら大変なことになってしまうからだ。

(事件から一年…だものな…)

水晶化の魔法はその瞬間の状態で時を止めるため勘違いされやすいが、実は魔法が解けた時が一番危ない。
失われた時間が一気に対象者へと襲い掛かって、場合によっては体が砕け散ってしまうこともある恐ろしい術だ。
飲まず食わずの一年が一度に身を襲う────と言えばわかりやすいだろうか?
今回の場合は下手をすれば魔法を解いた時点で餓死だ…。
そうならないためには水晶化の魔法を解くと同時に時を止める魔法で体を包み込み、そのまま強力な回復魔法を掛ける必要がある。

(ロックウェル達は知らないだろうし、そこは俺がある程度動くしかないか…)
時を止めるところまでやれば後はロックウェル達が何とかするだろう。
何と言っても回復魔法は白魔道士の得意分野なのだから…。
(俺が強力な回復魔法を唱えられれば良かったんだが…)
強大な魔力を外に漏らさないようにする魔法を瞳を隠す魔法とリンクさせて同時に掛けているため、得意分野の魔法以外は最低限にしか扱えないのだ。
こればかりは仕方がない。
(なんとかロックウェルには内密にシリィと接触してみるか)
前回その辺りの話を何一つできなかったのはさすがに自分の責任だ。
あれだけ姉を大切に想っていたシリィの事だ。
目の前で姉が死んでしまったら狂ってしまうかもしれない。
(絶対に伝えておいてやらないと…)
クレイは使い魔に彼らの休憩地点を尋ねると、そっと影へと身を沈めた。


***


「シリィ…」
「クレイ?!」
シリィは自分の天幕に向かう最中、突然クレイから声を掛けられ驚きの声を上げた。
あんな形で姿を消されたからもう二度と会えないだろうと思っていたのに…。
「しっ…ロックウェルには内密に話しておきたいことがある」
その真剣な眼差しに言われずとも姉の件だと言うことが見て取れ、シリィは黙ってクレイをそっと人けのない場所へと案内した。
そしてその口から水晶化の魔法について聞かされ衝撃に目を見開いた。

「だから、あっちがどういう手を使ってくるかは知らないがそこはロックウェルが上手く対処してくれるだろう。問題は、水晶化の魔法そのものなんだ」
「え?!それってつまり?!」
察しが悪いなと顔を顰められるがこの際そこは許してほしい。
自分達はてっきりただ単に時を止めた状態で水晶化されているのだと思っていたのだ。
術が解ければ姉が無事に戻ってくると思い込んでいたのだから驚くのも無理はない。
そしてより詳しい内容を聞き、蒼白になる。
これは知らなかったら大変なことになるところだった。
「……」
「今言った事を踏まえた上でロックウェルと打ち合わせをしておいた方がいいと思ってな」
それなら自分に言うのではなくロックウェルの方に言えばよかったのではないかと言おうとして、シリィはそう言えばと事情を思い出した。

(言えるわけない…か)
ロックウェルは彼を封印した相手だ。
しかも友人と思っていたところを────。
(……)
こうやってわざわざ忠告をしに来てくれるということは悪い人ではないのだろう。
と言うことはロックウェルがあの時言っていた『無愛想で不器用な男』というのが一番的を射た意見なのだろうと思われた。
それならば何故彼は理由も話さずに有無を言わさずクレイを封印したのだろうか?
あの時ロックウェルは何を語っていた?
彼ならば、話せばわかってくれる…そんな気がするのに。
何か言えない特別な事情でもあるのだろうか?
ともあれ自分があの時ロックウェルに掛けた言葉は的外れだったと言うことに他ならない。

シリィはクレイに対する認識を改めて、笑顔で礼を言った。
「伝えに来てくれてありがとう」
「…いや」
そう言いながらもクレイがうっすらと笑ってくれる。
(ちゃんと普通にも笑えるんじゃない…)
特別な時以外にも笑う彼が見られるとは正直思っても見なかった。
(もっと感情を表せばいいのに…)
そう思いながらシリィは苦笑しつつクレイへと小さく手を振る。
「じゃあちゃんと伝えておくわね」
「ああ。頼んだ」
そう言って背を向けたクレイにそっと感謝をこめて一礼し、シリィはロックウェルの元へと足を向けた。
(さあ。上手く言わないとね)
クレイから聞いたとは言わずにロックウェルに水晶化の魔法の件を話すのは骨が折れそうだが、なんとか上手く言うしかない。
「姉様…必ず無事に助けて見せますからね」
その呟きが静かに夜闇へ溶けた────。


***


「ふふふ。サシェ…お前の妹がやっと私の元へと来るぞ?」
ライアードが水晶像を前に楽しげに笑う。
「聞こえているのだろう?意識があるのに何も言えないのはさぞ辛いだろうな」
そうやってスリスリと頬ずりをするように水晶像を抱きしめるライアードに、背後からそっと声が掛けられる。
「ライアード様。お取り込み中失礼いたします」
「なんだ。ロイドか。恋人との時間を邪魔するとは…余程の事なのだろうな?」
「…申し訳ございません。ですが、お耳に入れておくべきかと判断いたしまして…」
「言ってみろ」
「は…それが、やはり調べたところ何者かがこの部屋に侵入した形跡が見られ…」
「それで?」
「はい。幾重にも複雑に張り巡らした私の結界を全て掻い潜りここまでやってきたことを考えるに、相当の使い手が相手と思われます」
「御託はいい。何の目的でここに入ってきたのかが知りたい」
「それが、特に何もないのです」
「?」
「盗られたものもありませんし、水晶像にも僅かな魔力の痕跡は見られましたが特に異変はありませんでした」
「では?」
「はい。そのことから侵入者は我が国の者ではなく、明日訪れるアストラス国の者ではないかと…」
「つまりこの水晶像がここにあると言うことが向こうにばれている…と?」
「はい。その可能性はあるかと…」
その言葉にライアードはフッと笑った。
「それならそれで好都合だ。シリィはサシェに会いたがっていたしな」
「…それは国際問題になるかと」
「問題はない。対外的に、私は婚約者が愛しすぎて国に返したくなくなったと言えばいいだけだ。それに…ここにあるのは姉を思って嘆く婚約者の為に、私が優しさから姉を模した水晶像を彫らせて用意したもの。それが全てだろう?」
クッと楽しげに笑うライアードにロイドは小さく息を吐く。
(私の主はどこまでも狡猾だ…)
「…ではそのように」
そうして一礼したロイドに満足げに下がるよう伝えた後、ライアードが楽しげに水晶へと舌を這わせる。
「楽しみだな…。お前の目の前でシリィを抱いてやるのが…」
クククッ…というその声を、去りゆくロイドだけがため息と共に聞いていた────。



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