黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

8.クレイ

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思いがけず再会できた親友────いや、元になるのだろうか?
意識が戻って彼の声を聞いた時、怒りで頭が真っ白になるのを感じた。
あの時はショックで何も考えられなかったが、やはり何の事情説明もなくあんな行動に出られたのだから怒りを覚えても仕方がないだろう。
けれど…その掛けられた声の固さで、彼が自分に対して僅かでも悪いと感じているのを敏感に感じ取ってしまった。

(…ずるいな。ロックウェル…)

それを感じ取ってしまったら、自分には責めることなんてできやしないのに────。
何故と責め立てたい気持ちも、どうして裏切ったのかと問い詰めたい気持ちも、事情を話してもらえなかった悲しみも…全て呑み込まざるを得なかった。
僅かなりとも悪いと思ってくれている相手にそれをぶつけるのは────間違っていると思ったから…。
(あの時…逃げなかった自分も悪いしな…)
逃げようと思えばいくらでも逃げられたのにそれをしなかったのは自分だ。
ショックだったことを差し引いたとしても、それは自分が悪い。
だから…たとえ思うことはあっても、ここは割り切るべきなのだろう。

「俺に…用があってのことなんだろう?」
深く息を吸い、気持ちを落ち着かせて口を開いた。

彼がわざわざ封印を解いたと言うことは、何の嫌疑かは知らないが自分への疑いは晴れたと考えてよいのではないか?
そして部下に任せず自ら足を運んだと言うことは、何か協力してほしいことができたからではないだろうか?
(部下だけで封印を解けば俺があっさり逃げるとでも思っただろうしな…)
たとえ封印した相手とはいえ元親友。
自分になら説得の余地はあると…そう考えたのかもしれない。
そんな考えにフッと自虐の念が湧く。
(随分軽く見られたものだな…)

不意に昔言われた言葉が脳裏をよぎった。

『お前みたいな奴はどうせ誰も信じていないんだろう?』

その言葉を言われた時はどうしてそんなことを言われたのかがわからなかった。
誰も信じていないと言うのなら、裏切られた時に傷ついたりしないのではないか?
ショックを受けたりなどしないのではないか?
何故…この胸の痛みが気のせいだと言えるのだろうか?
少なくとも自分はその言葉を吐いた者の事も、…ロックウェルの事も信じていたと思う。
ただ────裏切られたから信用できなくなったのだと、そう思うことは間違っているのだろうか?
信じていないのではなく、信じられなくなった。ただそれだけの事なのに…。

そう思い至ったところで、ロックウェルに対する思いが自分の中で形を変えたのがはっきりと分かった。
そうだ。
自分はもうロックウェルを信用することができない。

(お前が俺を必要とするのなら、最低限の協力はしよう。でも…もう二度と俺の心に入り込んでくれるな。俺はもう二度と…お前に傷つけられたくないんだ…)

信じていた相手だったからこそ傷ついた。
けれどそれをロックウェルにどうにかしろと言う気は元よりない。
もしも謝ってもらえたら少しは気持ちも楽になるかもしれないが、二人の間にできた溝が埋まることはないだろう。

「彼女の姉が浚われた。その犯人が知りたい」

淡々と告げるロックウェルの気持ちがわからなくてまた胸が痛んだが、こればかりはどうしようもない。
もしかしたら向こうには一切謝る気がないのかもしれないのだから考えるだけ無駄だ。
それならば最初から淡い期待などせず、自分の気持ちは自分の中で収めるしかないと心に決める。

「……わかった。それがお前の願いなら…」

絞り出すように答えた言葉はロックウェルにはどう聞こえただろうか?
そうしてふとロックウェルへと視線をやって、自分の違和感にやっと気が付いた。

「ああ…しまったな」

うっかりしていたが、どうやら目にかけていた魔法が解けてしまっていたようだ。

────紫の瞳を二人に見られたかもしれない。

けれど今更どう取り繕っても仕方のないことかとまた自嘲してしまう。
ばれたらばれたで仕方がない。
今回の件が片付いたら二度と二人の前に姿を現さないようにすればいいだけだ。
例え二人からの報告を受け王宮から刺客が送られてきたとしても、自分には逃げ切る自信があった。
そうして苦笑を漏らしながら元通り碧眼に見えるよう呪文を唱え二人へと向き直る。
ロックウェルの声が心なしか何か問いたそうにしていたが、気づかない振りをして短く答えた。

「……こちらの方が落ち着くからな」

そんな自分にロックウェルは何も聞かなかった。
恐らく部下の姉を救うという仕事を思ってのことだろう。
それならばそれでいい。

そして森を出たところで詳しい話を二人から聞かされた。
状況から察するに、王宮の方ではもう何も手立てがないのだろうということが窺えた。
これはロックウェルが自分を頼るわけだ。

「……なるほど。わかった。少し時間をくれ」

そう言った途端、ロックウェルの部下────シリィという白魔道士が希望に満ちた声を上げた。
けれど自分としても仕事の内容を明確にしておく必要があった。

「目的は犯人を知ることだけでいいんだな?」

今回の件でそれ以上の事にまで手を出す気は更々なかった。

「後から取り戻して水晶化を解除しろと言ってきても知らないからな」

いつも面倒事を持ってきていたロックウェル。
追加で依頼が来ることもザラにあった。
けれど今回はこの件が片付いたら姿を消そうと思っていたから、しっかりとその点だけは確認しておきたかったのだ。
それに、下手に首を突っ込めば相手の黒魔道士の領域を侵す可能性もある。
自分一人貧乏くじを引くのもバカバカしいではないか。
だからつい本音が零れ落ちてしまった。

「…できるが、正直面倒臭いからやりたくない」

しまったと思った時にはもう遅かった。
「なっ!できるなら最後までやってちょうだいよ!」
シリィから物凄い剣幕で食って掛かられたが上手く応えることができなくて…。

「悪いが…そこまでの義理はない」

そう言うだけで精一杯だった。
しかしそれは火に油を注ぐ結果としかならず、案の定彼女を怒らせてしまっただけだった。
彼女の口から飛び出す言葉がグサグサと胸へと突き刺さる。
もういっそ謝ってしまおうか────?
そう考えたところでロックウェルが思いがけず彼女の頬を張り飛ばしたので、思わず目を瞠った。

(え…?)

ロックウェルが…怒っている。
自分ではなく彼女へと。

(ロックウェル…?)

彼は自分などどうでもよくなったのではないのだろうか?
利用さえできれば用はないのではないのか?
正直彼の気持ちが全く分からなくて混乱する。
もしかして自分は何かを読み間違えてしまったのだろうか?
それすらもわからず、ただ成り行きを見守るしかできない自分がいた。
彼女の口から謝罪の言葉が出たのでこちらも言葉が足りなかったことを素直に詫びる。
女の涙は最強の武器だと昔魔道士仲間が困ったように言っていたが、自分にはよくわからなかった。
正直目の前で泣いているシリィよりも、ロックウェルの気持ちの方が気になったからだ。
「シリィ。気持ちはわかるが、犯人さえわかれば事件は進展する。だから…」
そう言ったロックウェルの言葉に、やっぱり部下には優しい奴だなと改めて思いながら、それならばと口を開いた。

「……ちょっと待ってろ」

ロックウェルがそれを望むなら、一分一秒でも早く、今すぐにでも動いてやろう。
そう思ってすぐさま使い魔を呼び出し指示を出す。
これで王宮に着く頃には犯人もわかっているはずだ。
だから正直に二人に言った。
「ここから王宮へは馬で小一時間だろう?王宮に戻る頃には結果がわかる」と。
けれど、きっと喜んでもらえるだろうと…そう思っての事だったのに、何故か揃って複雑そうな顔をされてしまった。

(何か悪かったのか?)

犯人がすぐにわかるならその方がいいのではないのだろうか?
けれどシリィから紡がれた言葉に納得がいった。

「冗談でしょう?」

(なんだ。冗談だと思われたのか…)
それならば安心させてやればいいだけの話だ。
「悪いが俺は冗談が苦手なんだ。それに…一つの仕事に長く時間を掛けるのも好きじゃない」
そうやって笑顔で言ったのに、やっぱり二人の顔は晴れなかったのだった。



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