黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

6.進展

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クレイを肩に抱え歩き始めたロックウェルに、シリィは怒ったように声を上げた。

「ロックウェル様?どうかこのことはご内密に」
「わかっていると言っただろう?」

隣国ソレーユの第二王子であるライアードに見初められたシリィは彼の婚約者として周知されている。
ロックウェルとてこんなことで国際問題に発展させるほど馬鹿ではない。

「ライアード王子は息災か?」
「ええ。最近はお忙しいようでしたけど、人心地着いたのでまたこちらに顔を出してくださるそうです」
「そうか…」

二人の馴れ初めは王宮ロマンスとしてロマンティックに周囲に広められてはいるものの、シリィとしては未だに何が気に入られたのかがわからなかった。
単にこちらに来た際、たまたま自分が城内を案内したと言うただそれだけの話だったからだ。
正直美しさで言えば姉の方が上だと思う。
敢えて姉に勝るポイントと言えば自分の方が少し小柄で、胸が大きいと言うくらいだろうか?

(でも別にライアード様が胸がお好きだなんて聞いたことがないし…)

自分としても望まれたから婚約者と言う立場に甘んじているが、彼の事が好きかと問われれば別にとしか言いようがなかった。
立場上断れなかったから婚約者であるに過ぎない。
会えば穏やかに話をするしそれなりに楽しいひと時を過ごしはするが、本当にただそれだけだ。
恋に恋して頬を染める事など皆無に等しい。

(そうか…魅入られるってさっきみたいなことを言うのね)

恋をしたことがない自分がまさか見惚れて目が離せないなどという経験をするとは思っても見なかった。
先程の紫の瞳は、それだけ一瞬で自分の心が囚われてしまうほどに美しかったのだ。
そう思ったところで「うっ…」とロックウェルの背から小さく声が上がった。

(え?)

まさか気が付いたのだろうか?
直接眠りの魔法を叩きこんだから城に帰るまでは起きないだろうと思っていたのに────。
そっと見開かれた紫の瞳が戸惑うように周囲を見回し、ふとシリィの方へと向けられた。

ドクン……。

真っ直ぐなその瞳に射抜かれてシリィの鼓動が跳ねる。

(何?)

吸い込まれそうなほど綺麗なその瞳が自分を見つめている。
ただそれだけなのに、まるで心臓が鷲掴みにされたかのようにギュッと締め付けられ、彼から目が離せなくなってしまった。

(……こんなことって…)

そう思ったところでロックウェルが口を開き、ハッと我へと返る。
「クレイ…起きたか?」
その言葉と同時に彼の目が驚きに見開かれ、緊張したようにびくりと体を震わせた。
「ロ……?」
自分を抱き上げている相手が誰であるかを把握し、振り向くように身を起こす。
「ああ」
それ以上は語らないロックウェルにクレイの唇がわなないたのをシリィは確かに見た。
その口から飛び出すのは恨み言か、はたまた呪いの言葉か…。
ギュッと握られた彼の拳が彼の遣り切れない気持ちを代弁するかのように見えて、シリィの目にはひどく痛々しく映った。
けれど彼は暫くなにやら葛藤していたようだったが、その口から飛び出した言葉は意外な言葉だった。

「俺に…用があってのことなんだろう?」

全ての気持ちを飲みこんでやっとその言葉を口にしたのだろう彼にシリィは驚きを隠せなかった。
対するロックウェルの返答も短いもので────。

「ああ。そうだ」

重苦しい空気の中、シリィはどう声を掛けたものかとオロオロとしていたが、二人は構わず言葉を続けていく。

「それで?」
「彼女の姉が浚われた。その犯人が知りたい」
「……わかった」

その言葉と共にロックウェルがクレイの身体を地面へと下ろす。

「それがお前の願いなら…」

そう言ってクレイは立ち上がると切ない眼差しでロックウェルを見遣り、ふと自分の目へと手をやった。
「ああ…しまったな」
その言葉と同時に苦笑を漏らすと何やら短く呪文を唱え始める。
そして顔を上げた時にはその瞳はどこにでもあるような碧眼へと変わっていた。
「クレイ…」
「……こちらの方が落ち着くからな」
そうやってこの件に関しては追及してくれるなと言うように曖昧に微笑む彼に、ロックウェルは一瞬複雑そうな顔を向けはしたがそれ以上何も聞こうとはしなかった。


***


「それで詳しい状況は?」
一先ず森を抜け腰を落ち着けたところで、彼からのその言葉を合図にロックウェルとシリィは姉が水晶化されたこと、その後浚われたこと、そして追跡が不可能になってしまったことを告げた。
それらを聞きながらクレイは時折質問をしていたが、一通り聞き終えたところで徐に立ち上がった。
「……なるほど。わかった。少し時間をくれ」
「それじゃあ!」
シリィが希望に輝く表情でクレイを見上げたが、彼の表情からは何も窺い知ることができない。
「目的は犯人を知ることだけでいいんだな?」
「ああ」
「後から取り戻して水晶化を解除しろと言ってきても知らないからな」
その言葉にシリィはギョッとする。
「え?!」
まさかそんなことが可能なのだろうか?
「貴方、そこまでやろうと思ったらできるの?!」
「…できるが、正直面倒臭いからやりたくない」
それがどうしたと言わんばかりの態度に一気にシリィの頭に血が上る。
「なっ!できるなら最後までやってちょうだいよ!」
「悪いが…そこまでの義理はない」
「何よそれ!もしかして報酬?!報酬さえ払えばやってもらえるの?!」
「……」
「そうよね!黒魔道士ですものね!どうせお金さえもらえれば満足なんでしょう?!」
「シリィ…!」
ロックウェルが慌てて止めてくるが、シリィは悔しくて悔しくて仕方がなかった。
「貴方にとっては何の関係もない相手かもしれないけど、私にとってはたった一人の姉様なの!いつも私を笑顔で支えてくれた大事な人なの!」
自分が大切に想っている相手を『どうでもいい』と言われたようでシリィは悲しくて遣り切れなかった。
確かに彼が会ったこともない相手だし、仕方がないことなのかもしれないが────。
「どうせこんな気持ち、黒魔道士の貴方なんかにわかりっこないでしょう?!貴方は……!」
だからそんな風に言えるのだとギッと睨み付けた途端、いきなり横から頬を思い切り張り飛ばされた。
「シリィ!!」
それ以上は許さないとばかりにロックウェルから睨み付けられ急激に頭が冷える。
「あ……」
頬を押さえそっとクレイの方へと目を向けると、何故か彼の方が傷ついたような表情をしていた。
それを見て自分の口から出た言葉に今更ながら後悔の念を抱く。
「…………ごめんなさい」
明らかにカッとなって言い過ぎてしまったと項垂れ俯くシリィにクレイが静かに口を開いた。
「いや。俺の方こそ言葉が足りなくて悪かった。今回の件は相手の黒魔道士の領域を侵すことになるから、余計な敵を作ることにもなりかねない。だから面倒臭いと言っただけだ。すまなかった」
「……」
確かに彼の言葉には一理ある。
黒魔道士は報酬を得て依頼を果たすため、領域を侵すこと=仕事を失敗させることに繋がってしまう。
今回の依頼を受けるにあたって、そこまでして引き受ける義理はないと言いたくなるのももっともだった。
(ましてや依頼主である私達は彼を疑って封印していた側だし…)
そこまでの考えに至り、シリィはしょんぼりと肩を落とした。
犯人さえわかればそれでいい。そう言ったロックウェルの返答は妥当なものだったのだ。
本音を言えば犯人の黒魔道士を捕まえ、主犯を引きずりだし、姉を救出してもらいたい。
姉に掛けられた水晶化の魔法も解いてやりたい。
けれど自分がそれを彼に求めることは間違っているのだ。
「う……っ」
それが無性に悲しくて悔しくて仕方がなかった。
ポロポロと泣き始めたシリィにロックウェルがそっと手を伸ばし頬へと手を当てる。
ポゥッと灯った手のひらの魔法で頬の痛みが薄れ、腫れもひいていく。
「シリィ。気持ちはわかるが、犯人さえわかれば事件は進展する。だから…」
「はい。わかっています…わかって…」
そんな二人にクレイが大きく息を吐いた。
「……ちょっと待ってろ」
そして自分の使い魔に二、三何事か指示を与えるとそのまま空へと解き放つ。
「王宮に飛ばしておいた。そこから痕跡を辿れば相手の魔道士はすぐに見つかるだろう」
「……助かる」
ロックウェルが短く礼を言ったがクレイは手のひらを軽く振って答えるだけだ。
「そろそろ行こうか」
「え?」
「ここから王宮へは馬で小一時間だろう?王宮に戻る頃には結果がわかる」
その言葉にシリィは驚きに目を見張る。
「冗談でしょう?」
正直一年かけてもわからなかった案件だ。
クレイに頼んだとしても一月はかかると踏んでいたのだが……。
けれどその問い掛けにクレイは艶やかに微笑んだ。
「悪いが俺は冗談が苦手なんだ。それに…一つの仕事に長く時間を掛けるのも好きじゃない」
そしてその言葉の通り、三人が王宮へ入ると共に、彼の使い魔によって結果はもたらされたのだった。





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