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番外編3.※篭絡 Side.リオ

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ジードリオ王子のことをランスと呼び始め、数日。
俺は彼と過ごす穏やかな時間を堪能していた。
一緒に居てこれほど自然に笑い合える心地よい相手と言うのも非常に珍しい。

ランスの前では無理な背伸びはしなくていいし、どんな自分も認めてもらえた。
みっともなく泣いても受け止めてもらえたし、積極的に俺のことを知ろうとしてくれるランスにならなんでも話せた。
全部包み込んでもらえると言ったらいいだろうか?
でもそれだけではなく、俺がやることなすこと『全部嬉しい』と喜んでもらえるのが何よりも嬉しかった。
嘘偽りのないランスの笑顔は、見ていてとても心が安らいだ

本来なら失恋を引きずってもおかしくはないはずなのに、夜に思うのは失った恋ではなく『今日も楽しかったな』というランスと過ごした時間とランスの笑顔だった。

ランスと過ごせば過ごすだけ俺の中で彼の存在が大きくなるのを感じる。
それは『次に恋をして結婚するならランスのような人がいい』と何度も思ってしまうくらいに自分の中で現実味を帯びてきて、いつしか『きっと彼以上の相手に出会える可能性なんてないだろうな』と考えてしまった時点で心は決まっていたのだと思う。
とは言えルル曰く、ランスは恋愛に消極的なのだと言う。
ランスが俺に好意を抱いてくれているのは伝わってきているが、それならきっと絶対に向こうからは来てくれないだろう。

知らぬ振りをして俺が国に帰れば終わってしまう関係。
それが現状だった。

(それは…嫌だ)

それだけは避けたい。
でも恐らく今の中途半端な気持ちで言葉を伝えてもランスには子供の戯言と切って捨てられるのがオチだろう。
失恋したばかりで辛いからとかなんとか誤解され、おかしなフォローを入れられて却って拗れそうな気がしなくもない。
ではどうすればいいか。
やはり時間が解決のカギだと思う。
ランスにとって『子供』じゃない年齢を確認し、数年後に改めて気持ちを伝える。
それなら失恋から時間も経っているし、信用してもらえるはず。
そう思い、俺はランスに確認を取ることにした。

「ランス。ランスは何歳くらいまでが子供だと思う?」
「え?」
「成人する18才?それとも20才か?」

お茶の席に何の前振りもなくそう尋ねられ、ランスは戸惑ったようにしたものの、きちんと答えを返してくれる。

「う~ん…基準が何かにもよるとは思うけど、少なくとも成人前は子供…かな?」
「成人さえしていたら子供ではないと?」
「そうとも言い切れないかな。成人したばっかりの騎士なんかはまだまだ子供って奴もいるにはいるし」
「なるほど」
「ま、そういう奴も二、三年もしたらしっかりしてくるから、そうだな…20才過ぎたら一人前の大人かな」

(20才…か)

それならあと三年半くらいか。
周囲の説得には十分だ。
しっかり外堀を埋めて準備を整えて、満を持して迎えに来たい。
そのためにも帰る前に約束だけは取り付けておきたいところだ。
このままここで何もしなければその間に結婚されてしまう可能性もあるし、明後日国に帰る前に話して『四年後迎えに来た時に答えを聞かせてほしい』と言ってみよう。
そう考えながら、その後のお茶の時間をいつも通り楽しんだ。

けれど終わり際、『荷造りがあるから明日はお茶の時間が取れそうにない』と言ったところで状況は一変してしまう。

「そっか。寂しいけど仕方がないな。見送りには行くから、体調を崩さないように気を付けて────」

いつも通り気遣いの言葉を口にしたランスが、ポロリと涙を流したのだ。
それが俺と別れるのが寂しくて泣いたように見えて、これまで感じたことがないほど胸がギュッと締め付けられた気がした。
報われない恋心がルルに伝わらなかった心の痛みとは違う。
何と言うのだろう?
自分を想って涙を流す姿にやられてしまったと言ってもいいのかもしれない。

「ランス。泣かないで欲しい」
「……え?ご、ごめっ…。その、目にゴミが入って…っ」

一生懸命誤魔化そうとしている姿が健気で居た堪れなかった。
こんな姿を前にしたら今すぐ慰めてあげたくなるし、とても明後日まで放ってはおけなかった。
だから言ったのだ。

「ランス。今すぐは無理だが、四年後に貴方が望んでくれるなら、迎えに来てもいいだろうか?」
「……え?」
「今はまだルルとの婚約を解消したばかりだし、ほら見たことかと母国の皆は思っているはず。恐らく帰ったら縁談話が次から次に舞い込んでくると思う。でも……俺は貴方と過ごしているうちに、もし叶うのなら次は貴方のような優しくて思いやりのある人と穏やかに人生を歩みたいと思った」

きっと俺はどんな縁談が来てもランスと比べてしまうと思う。
そしてその度にランスへの気持ちは確かなものへと育っていくのだろう。
なら今気持ちを告げること自体に躊躇いなんかなかった。

「『弟がダメだったから兄と』なんて誰にも言わせないよう努力する。貴方にも子供の戯言だと一蹴されたくないから言わせてほしい。四年後、大人になったら絶対にまた会いに来る。だから────その時に答えを聞かせてほしい」

ちゃんと足場を固めて迎えに来るから、待っていてもらえるならその時には結婚してほしい。
そんな気持ちを込めて想いを伝えた。
けれどその言葉はランスにとっては思いもよらないものだったらしく、愕然とした表情を浮かべていた。

「う…そだ……」
「嘘じゃない。どうしたら信じてもらえる?」

確かに俺はついこの間までルルが好きだったし、傷心中でもあった。
信じられないのもわからなくはない。
でも軽い気持ちで言ったのではないのだということくらいは信じてほしくて、どうしたら信じてもらえるのかを尋ねた。
すると、必死に考えたのだろうその言葉が口から零れ落ちてくる。

「キス…を」
「キス?」
「リオがキスをしてくれたら…」

俺がルルではなくランスを選んだ証にキスをしたら信じてもらえるということだろうか?
それならと思い、俺はそっとランスの唇へとキスを落とす。
ランスとはルルに扮してくれていた時に何度かキスをしたけれど、ランスとしての姿で俺とキスをするのはこれが初めてだった。

ルルとは違う相手。
でも…そこに嫌悪感は一切ない。
ルルとのキスは激しく燃え上がるような気持ちが込み上げてきたのに対し、ランスとのキスは慈しむような気持ちが強い気がする。
大事にしたい。
傷つけたくない。
そんな気持ちでいっぱいになった。

そんな中そっと唇を離すと、ランスが恋しいと言わんばかりに抱き着いてきて、熱を孕んだ瞳で俺を見上げてきた。

「リオ…もっと」
「ランス」

求められている────それは甘美な痺れを伴って俺の心を満たしていく。
だから何度でもランスに口づけ、求められるままにキスをした。

(これ以上はダメだ。離せなくなる)

そんな思いが込み上げてきて、慌てて理性を総動員させる。
ルルへの暴走もあったし、四年の間にランスが万が一にでも別の相手と結婚しても諦められるようある程度の自制はしようと思っていた。
なのに追い打ちをかけるようにこの人は俺を追い詰めるのだ。

「リオ…好き。本当に…好き過ぎておかしくなりそうだ。本当は帰って欲しくない。ずっと一緒に居たい。胸が張り裂けそうなくらい、どうしようもなく好き。離れたくない」
「ランス。返事は四年後でいいと言っただろう?その…そんなに可愛い告白をされたら歯止めが利かなくなるから…」

頼むから勘弁してほしい。
頬を染めながらなんとかそう告げた俺に、追撃はまだまだ続く。

「リオ。抱いて」

この人はなんて衝撃的なことを言ってくるんだろう?
年上の本気の篭絡テクニックを見た気がして、その場で身悶えそうになる。

「…………ランス。今抱いたら四年待つのが凄く辛くなるんだが…」

本音では抱きたい。
将来を共にと考えた相手からこんなに可愛い告白と共に誘われたら抱かないなんてあり得ない。
でもここで抱いたら四年間この日のことを思い返しながら耐え忍ぶ日々を送る羽目になる気がして、なんとか回避できないかと模索する。
でもそんな俺の思考を全部掻っ攫うようにしてランスはとどめを刺しに来た。

「リオが欲しい。リオだけなんだ。こんな気持ちになるのは。だから今すぐ抱かれたい。リオのものにしてほしい。ダメ…か?」
「~~~~!!」

五つの年の差は伊達ではなかった。
俺に勝ち目なんて最初からなかったのだ。

「は…ぁ…リオっ…!」

ランスは初めてではなかったようだが、『好きな人に抱かれるなんて初めてで嬉しい』とはにかみながら甘えてくれて、淫らに誘いながらも初々しさも見せられてどうしようもなく魅了されてしまった。
でも慣らした後いざ挿入したところで『え…嘘っ。もしかして夢じゃなかった?』と真っ赤になりながら狼狽える姿を見て何か勘違いしてたんだなと察してしまう。
こんなちょっと可愛いところも愛おしく思えて、もう手遅れだなと実感してしまった。

「ランス。あまり翻弄しないでほしい」

困った人。
でもそれが許せてしまう上にどう足掻いても手放したくなくなっているから始末が悪い。

もう明日になったら正直に王に謝罪しに行って、一発殴られてから二人の仲を認めてもらいたいと伝えよう。
ルルとの婚約解消後すぐだから容易に認められるなんて思っていないが、四年間誠心誠意本気だと伝え続けたら少しは信じてもらえるんじゃないかと思う。
時間はまだまだあるし、焦らず行こう。

「リオ…ッ!あ、すごっいぃっ!あったかくて気持ちいっ…!」

蕩けるような表情で俺に抱かれるランス。
それは快楽に落ちていたルルの姿とは大きく違って凄く幸せそうで、俺がこの表情を引き出しているのだというのがたまらなく嬉しく感じられた。
沢山沢山気持ち良くなって欲しくて、一緒に幸せになりたくて愛情を込めて抱く。
そのたびに嬉しそうに俺を引き寄せキスをしてくる姿が愛おしかった。

「ランス…っ」

そしてギュッと抱きしめながら白濁を注ぎ込んだところでランスも幾度目かの絶頂へと達し、『嬉しい』と言いながら抱きしめ返してくれた。

「リオ…愛してる」

そう言ってくれたランスの言葉は俺の胸にしっかりと刺さり、俺はかつてないほどの幸福感に包まれながら共に眠った。


***


その翌日のことは後で思い返すと黒歴史のようなもので、もっと上手いやり方があったのではないかと思わなくもない。

「俺がリオの傷心に付け込んでベッドに誘ったんです!リオは悪くないんです!俺が、俺が勝手に好きになったからっ…俺が全部悪いんですっ!」

王に殴られさっさと国に帰れと激昂させてしまった俺を、慌てて飛んできたランスが庇ってくれ、そう言ってくれたのはまだ想定の範囲内ではあった。
でもその次にその口から飛び出た言葉には、その場にいた全員が動揺したのではないだろうか?

「もう二度と恋なんてしません!幸せも望みません!責務を全うし、父上が決めた相手と結婚します!何も望まず全部全部諦めるからっ、俺が全部責任を取りますから、だからっ、どうかリオを許してください!!」

まず胸に去来したのは好きな相手にそこまで言わせてしまった罪悪感。
そしてその言葉と共に伝わってきたのは、普段は隠されている彼自身の心の傷だった。
きっとそれは以前の婚約者からの仕打ちからくるものが大きいのだろう。
第二王子としての責務はもちろんあるだろうが、『諦めて当然』『自分なんて幸せになれるはずがなかったのだ』そんな気持ちが透けて見えるような気がして胸が痛くなった。
それはきっと自分だけではなかっただろう。
王でさえ苦いものを耐えるような表情で痛ましそうにランスを見つめていたのだから。

俺はそれを受けて、誰よりもこの人を幸せにしたいと思った。
これまで癒してもらってばかりだったけど、この手で幸せにしてずっと傍で笑っていてもらいたいと心底願った。
だから婚約を許してもらえた時、四年の婚約期間中に沢山気持ちを伝えて、不安になんて絶対にさせないようにしようと心に誓ったのだ。

「ランス。俺はランスより五つも年下でまだまだ頼りないかもしれないが、絶対に後悔はさせない。だから…大人になるまで待っていてもらえるだろうか?」

結婚はすぐにはできないけれど、約束を違えたりはしない。
だから安心して待っていて。
そんな気持ちで告げた言葉に、ランスは泣きながら『待ってる』と言ってくれた。

その後、手紙などを通じ交流を続け、無事に結婚まで辿り着けるのだが────その間に起きたことは一先ず胸の中にしまっておこうと思う。




ひらひらと花びらが舞う。
それは祝福を伴い空からとめどなく降り注いでくるルルが俺達のために作ってくれた特別な魔法。

「おめでとう!!」
「おめでとうございます、マリオン王子!」
「ジードリオ様!!結婚しないでー!!」

一部不快な声も聞こえてきたが、ランスは俺のだ。
誰にもやる気はない。

幸せそうに表情を綻ばせ俺の隣で笑ってくれている愛しい人を、これから先もずっと笑顔にし続けたいと思う。

「行こうか」

俺は幸せいっぱいの笑顔で、最愛となった人に手を差し伸べたのだった。


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