上 下
9 / 13

9.告白

しおりを挟む
ストーカー女の叫びにハッと我へと返り、そう言えば今はそんな場合ではなかったと思い出す。
尾関のことは気になるが、今はこちらが優先だ。
「男のくせに智くんを誑かすなんて信じられない!」
「…………」
これは一体どう答えるのがベストなのだろう?
演技でのことなら幾らでも対処のしようはあったのだが、ことここに至っては尾関が本気で自分のことを好きだというのなら下手なことを口にしない方がいいような気もして少々やり辛い。
けれどそれを察した尾関がすかさず俺を庇うように前に出た。

「もう俺のことは諦めて欲しい。俺は昔からずっとこいつしか好きになれない残念な男なんだ。だから…」
「嘘よ!智くんほど素敵な人がそんな最低な男を好きになるわけないじゃない!」
絶対に信じないと主張する女に、何故か尾関はムッとしたような顔になった。
「藍河は俺が知る限り一番カッコいい奴だ!落ち込んだ時にはいつだって励ましてくれるし、困った時にはすぐに対処して助けてくれる優しくて頼りになる奴なんだ!何も知らないくせにふざけたことを言うな!」
「…………ッ!」
「大体誑かすってなんだ!藍河から誘惑してきたとでも言いたいのか?藍河が本当にそんなことをしてくれたら俺は飛びついてすぐさま役所に書類持ってってる!これから本気で口説くんだから邪魔をするな!」
「…………」
これは本気だと、思わずその場で固まってしまうほど衝撃的だった。
何がどうしてそうなったのだろう?
さっきは思わず雰囲気に呑まれてパニックになってしまっていたが、改めて冷静になった今でも俄かには信じがたい。
いつから?
昔からと言っていたから、ここ最近の事ではないのだろうとは思う。
もしかして身体の関係を持った時からなのだろうか?
もしもそうだとしたら居た堪れない。
(俺がバージン奪ったせいか?!そうなのか?!)
気にするなと言ったはずだが、尾関の方ではきっと気にしていたのだろう。
いや、ショックが大きすぎて勘違いしてしまったのかもしれない。
(ほら、あれだ!)
吊り橋効果的なドキドキを恋と勘違いとかはよく聞く話だ。
けれど────。
「智くん!目を覚まして!」
そんな女の言葉をものともせず尾関は俺の腕を掴むと、冷たく女を睨んで『二度と付き纏うな』と言い捨て車へと向かった。




車に乗り込んだのはいいものの、俺は車を発進させることができないでいた。
混乱しすぎて今運転したら冗談抜きで事故る気がしてできなかったのだ。
「藍河……」
そんな俺に尾関が声を掛けてくるのだが、その声はどこかいつもとは違っていて戸惑うことしかできない。
「もしかして、運転できないほど動揺してるのか?」
「だっ…誰がッ!」
そんなわけがないと勢いよく尾関の方を見ると、そこには親友としてよく知る姿とは違う、ドキッとさせるような『男』の姿の尾関がいた。
柔らかく笑っているはずなのに瞳にはどこか熱が燻ぶっているようで、自分を真剣に求めているのだというのが物凄く伝わってくる────そんな『男』の顔だ。
自分はこれまで尾関の何を見てきたのだろう?
こいつはこんなにも魅力的な奴だったのに、今の今まで意識したことなどなかった。
自分の中で尾関はずっと友人で、その関係はずっと変わらないと思い込んでいた。
友人関係が恋愛関係に変わるなんて、考えもしなかったのだ。
それは関係がセフレに変わっても同じことで、自分の中で自然と尾関は恋人になる存在ではないといつだって除外してしまっていた。
それなのに─────。

「藍河。今日は俺が運転するから、家に着くまでに考えといて」

そうしていつまでも動きそうにない俺にクスリと笑って、尾関は運転を代わってくれた。



「……いつからだ?」
気持ちを整理しろというのならこれくらい聞かせてもらってもいいだろう。
「ん~?中学の時から」
「は?」
「一目惚れだったんだ」
どうやら俺が気付かなかっただけで、尾関は最初からずっと俺を落とそうと機を見ては口説いていたらしい。
(全部冗談か軽口だと思ってた…!)
ということは尾関をこっぴどく振った相手というのは当然自分ということになる。
(こいつ…よくそれで離れようとしなかったな)
自分だったらとっくに離れていただろうと思う。
そう考えたところで、やっとこれまでの尾関の行動の意味が分かって、自分のあまりの鈍感さに重いため息を吐いた。
きっとずっと自分への想いを忘れられる相手を探しては無理だったと嘆いていたんだろう。
「……お前、馬鹿だろう?」
こんな鈍い自分なんかをずっと想い続けられるなんて、どれだけ一途なんだと呆れてしまう。
「仕方ないだろう?振られても結局忘れられなかったし、離れられなかったんだから」
「…………」
そんな言葉が予想外にグッと胸に響く。
「俺さ、お前といるとすっごく楽しいんだ」
「…………」
「周りの奴って、大概俺をスペック込みで見てくるだろ?」
自分も人のことは言えないがとどこか自嘲するように尾関は笑う。
「でも…お前だけは違ったんだ」
お互いのスペックなんて関係なくて、ただ一緒に居て楽しくて、ごく自然に笑い合えて、素のままの自分でいられるのが嬉しかったのだと告白された。
「お前がこの間似たようなことを言ってくれた時、嬉しかったと同時に、どうして俺じゃダメなんだって凄く思った」
『自分みたいな普通の男』が彼氏候補なら自分だっていいじゃないかと物凄く思って、それと同時に気持ちが同じなら振り向いてもらえるかもしれないと思ったらしい。
「藍河…茶化さないで、俺の事『男』として見てくれないか?」
『親友』としてではなく、『男』として自分を見て欲しい──────。

気づけば駐車場に着いていて、尾関は車を止めるとハンドルに身を乗せて熱い眼差しでジッと俺の方を見つめていた。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ふたりのMeg

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:16

天地展開

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

反逆者様へ、あなたを愛していました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:243

ドラゴンズ・ヴァイス

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

【完結】あなたを忘れたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:81

ランゲルハンス島奇譚(1)「天使は瞳を閉じて」

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

狙われた女

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...