【完結】お役御免?なら好きにしてやる!

オレンジペコ

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番外編

番外編Ⅱ ナナシェにて⑩ Side.父ラヴィアン

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妻は酌婦の仕事を通して男達へと話を持ちかけ、勝手に金を受け取り子供達に客を取らせようとしたと聞いた。
それを聞いた時、最初は信じられなかった。
だって妻は子供達を可愛いがっていたはずだ。
それなのに何故?

そう思いここにやってきてすぐ妻から話を聞いたのだが、冤罪だと言いながら信じられない事に本当に客を取らせようとしていた事がわかり愕然となった。

妻曰く、子には親に恩を返す義務があるそうだ。
その主張自体はわからなくもないが、それはもっとずっと先の老後の世話などで返してくれれば十分なのではないんだろうか?
何故一足飛びに身売りさせるという話に繋がるのかがさっぱりわからない。

だから『やっていい事と悪い事があるだろう?!』と思わず叱りつけてしまった。
するとさめざめと泣きながら『私は悪くないのに責めるなんて酷い!』と言われ、怯えるような素振りを見せたから罪悪感からそれ以上言えなくなってしまった。
私に妻を責める資格はない。
それがわかるからグッと耐える。

(後で子供達に頭を下げに行こう)

私にできる事と言えば妻の代わりに謝る事と、これ以上何かをやらかさないよう妻を監視することくらいだろうか?

妻も私同様ガナッシュ様の指導やここでの生活を通して、少しは変わってくれたらいいが…。
そう思いながらきちんと仕事を教え、妻がここにきてひと月半が経った。



「もういい加減うんざり。頑張ってるのに文句ばかりつけられるし、やる気がなくなったわ」
「ちゃんと覚えてやればいいだけの話だろう?ガナッシュ様は努力はきちんと認めてくださる方だ。臍を曲げずに頑張れ」
「だって面倒臭いんですもの。毎日毎日同じ事の繰り返し。どうして私が使用人の仕事をしないといけないの?」
「それはお前がここで雇ってもらっているからだ」
「それは表向きの理由でしょう?本来は違うはずだわ」

それはそうだ。
妻がここに引き取られたのは更生と監視を兼ねてのこと。
それがわかっているのに何故やらない?

「わかっているならちゃんとやりなさい」
「わかっているからやりたくないのよ」

話が通じない妻にイライラする。
もしかして更生する気がないんだろうか?
自分は悪くないと言っていたし、罪を犯したという意識がないのかもしれない。
あり得るだけに頭が痛い。

ひと月半も経っているのに仕事はちっとも覚えないし、私の前で何度もガナッシュ様に媚を売り粉をかけ迷惑を掛けるから、ストレスばかりが溜まり胃は痛いし夜も碌に眠れなくなるし散々だ。

そんな日々が続いた事で最初はあった『妻がいるのにガナッシュ様に惹かれてしまった』という後ろめたい感情もなくなってしまったし、妻への愛情もすっかり冷めてしまった。

私は彼女のどこが好きだったんだろう?

いつも私を支え、後押しし、側に居てくれた優しい妻。
これまでよその男に目移りしたことなんて一度もなく、いつも『貴方が一番よ』と言ってくれていた妻が私の目の前でガナッシュ様に色目を使う瞬間を見て衝撃を受けたのはもう随分前のように感じる。
それほど日常的に妻はガナッシュ様に迫っていた。

ガナッシュ様が魅力的なのは私にもわかるが、それはそれ、これはこれだ。
夫の前でやるべきではないし、ガナッシュ様は迷惑そうだからすぐにでもやめさせるべきだろう。
そう思って注意するも、全く聞いてはもらえなかった。
『嫉妬なんて見苦しいわ』とバッサリだ。
最早嫉妬するほどの愛情なんて尽きているというのに。

「はぁ…」

溜め息が止まらない。
なんとかして妻の心を入れ替えられないものだろうか?
この地で皆でやっていこうと船の上で家族皆で話し合ったのだから、ちゃんと自立してくれなければ困る。
そう思ったからこそ何度も何度も根気強く仕事を教えているが、ちっとも妻のやる気を引き出せない。
私が悪いんだろうか?

それだけならまだしも、私の懐を当てにしてやれ化粧品を買う金をくれだの服を買う金をくれだの言ってくる。
正直言って同じ金を出すなら頑張ってる子供達にこそ出してやりたい。
ラウルやエヴァンジェリンに『たまにはいいものを食べろ』と言ってやりたかった。

だから妻には『欲しいなら自分で買え』と冷たく言い放ったのだが、そしたらケチだの甲斐性なしだのと罵られた。
もう夫婦仲は完全に冷え切って、修復不可能な気がする。

「はぁ……」

妻の巻き添えでガナッシュ様に注意されることも増えたし、毎日が辛い。
せめてもの救いはガナッシュ様が妻に靡いていないと言うことくらいだろうか?

使用人仲間からガナッシュ様の元妻の話を教えてもらったが、彼女は浮気してガナッシュ様と大喧嘩になり、男と一緒にこの街から出て行ったらしい。

当時はまだ領主として働いていたガナッシュ様。
当然仕事で忙しかったらしく、その元妻はあまり構ってもらえず、年齢的に女として見られなくなったのかもしれないという焦りもあったようだ。
女としてまだまだ現役だと、そう思いたかったのだろうか?
それならそれでちゃんと話し合えばよかったのに。
ガナッシュ様ならきっと言えばちゃんと話を聞いてくれただろうに。勿体ない。




そうして今日も溜息を吐きながら全く覚える気のない妻へと仕事を教える。
今日はガナッシュ様の部屋に飾る花の用意だ。
これなら重いだのなんだのと文句は言えないはずだし、侯爵家でもやっていたはず。
そう思って任せようとしたのだが────。

「バラはないの?」
「バラは手間暇かかる花だろう?だからここにはない」

裏庭へとやって来た妻は開口一番バラはないのかと訊いてきたからそう答えた。

「それなら買いに行けばいいじゃない」
「花屋なんかこの街にはないぞ?どこで買うと言うんだ?」
「そこは貴方の腕次第でどうにかしてちょうだい。ガナッシュ様のためなら用意できるでしょう?」

その言葉にイラッとする。
そもそもガナッシュ様はバラが好きではないと私は知っている。
元妻が使っていた香水がバラの香りだったからだ。
同僚から聞いた話では、高価なその香水をほんのり香らせる程度につけていたらしい。

「バラは諦めろ。今はほら、ちょうどダリアが綺麗に咲いた頃だ」

それを中心に目を楽しませるように他の花を添えて花瓶に生けてくれと頼む。
すると不満げにしながらもなんとかそれらしく花を摘み、花瓶へと生けたのだが……。

「…メリーナ。淑女の嗜みはどこへ行った?」

あまりの酷い仕上がりに呆気に取られてそう言うと、頬を膨らませながら『今だから言うけれど、花瓶に花を生けるのなんて新婚当初にしかしていなかったのよ?忘れていても仕方がないじゃない』と返ってきた。
どうやら花だけ指定して後は全部侍女任せにしていたらしい。
そんな事にも気づいていなかったなんて、自分はこれまで妻の何を見てきたのかと愕然となる。

「はぁ…お前に期待した私が馬鹿だった。そもそも茶の一つもまともに淹れられない、淹れられるように努力もしようとしない、そんなお前にできるはずがなかったな。すまなかった」

だからだろうか?
つい積もりに積もったストレスから嫌味を言ってしまったのは。
それに対して妻が怒りを露わにするのも当然と言えば当然だった。

「……っ?!何よ、自分はできるようになったからって、馬鹿にしているの?!そもそも貴方が家族も養えない甲斐性無しだから私達皆、苦労しているんでしょう?!それなのに偉そうにしないでちょうだい!」

それは事実だし、言われても仕方のないことではあるが努力の一つもしない妻にだけは言われたくはなかった。
子供に苦労させたくないと言うなら、二人で頑張ろうと言ってほしかった。
それが夫婦というものなんじゃないだろうか?

(ガナッシュ様ならきっとそう言うはずだ)

そう思ったからつい言ってしまった。

「お前にだけは言われたくない」
「ああ、そう。そう言う態度なの。本当に貴方と結婚して損した気分でいっぱいだわ」
「…そうか」

こっちだって失敗した気分でいっぱいだ。
でもここでそれを言ったら大喧嘩になるのがわかったからそう返したのに、妻は顔を醜く歪ませながら、悦に入ったように話を続ける。

「ええ、そうよ。ここに来てからひと月以上経ったけど、貴方はちっとも優しくしてくれないし、私が虐められていても皆に対して怒ってもくれないじゃないの。夫失格もいいところだわ」

それは虐めではなく、ただできてないところを指摘されてるだけだとわかっているから怒らないのだ。
何故分からないのか。

「あれはただの指導だ。お前がいつまで経ってもできないから指摘されるんだろう?」
「なっ?!酷いわ!私はちゃんとやっているのに!そもそも貴方が全部できるようになっているなら私の代わりに全部してくれたらいいじゃないの。周りにバレない方法だっていくらでもあるでしょう?!」

そんな方法などない。
誤魔化せるはずがないだろう。
何を言っているんだろう?

「それに、貴方が協力さえしてくれれば全部丸く収まる方法だってあるにはあるのよ?」
「全部丸く収まる方法?」
「ええ。私の仕事を貴方が肩代わりして、私がやったように偽装してほしいの。そうしたらきっとガナッシュ様は私を認めてくれて、お側に呼んでくれるようになるでしょう?そうしたらお手つきになれるわ。ね?名案だと思わない?」

本気で妻の言っている事がわからない。
私がおかしいんだろうか?

「意味がわからない」
「察しが悪いわね。貴方に協力してもらって、ガナッシュ様の愛人におさまりたいのよ!そうしたらここでの生活は安泰。もう誰かにこき使われながら生きなくてもよくなるのよ!素敵でしょう?」

妻が笑顔で言ってくるが、あのガナッシュ様がそんな事をするはずがないではないか。
どうしてこんな馬鹿話に付き合わなければならないんだ。

「断る。そんな事、私がするはずがないだろう?」
「あら。するしないじゃないのよ?貴方はやるべきなの。だって貴方は私に暴力を振るった償いをまだしていないんですもの」

妻がニタリと笑う。
それは自分の優位を信じて疑わない絶対的自信の現れで、一目で下に見られているのがわかる表情だった。
こちらの弱みにつけ込んでそんな提案をしてくるなんてと心底腹が立つ。

だからカッとなって思わず手を振り上げてしまったのだ。
けれどそこで頭に浮かんだのはガナッシュ様の顔だった。

自分の感情に振り回されるなと、何度も何度も教えてきてくれたガナッシュ様。
そんな彼を思い出し、振り上げた手をピタリと止める。
そして歯を食いしばり、衝動を逃すように掌を拳に変えてグッと力を入れた。

なのに間の悪い事にそんなタイミングでガナッシュ様の声がその場に響き、私は真っ青になってしまう。

「ラヴィアン。手を下ろしなさい」
「…は、はい」

この状況はどこからどう見ても自分が妻に暴力を振るおうとしているようにしか見えなかっただろう。
最悪だ。
それがわかるからか、これ幸いとばかりに妻は泣きそうな表情を取り繕い、ガナッシュ様の方へと走り寄った。

「ガナッシュ様!怖かったですわ!後もう少しで夫に暴力を振るわれるところでしたの」

そこから妻は母国でも暴力を振るわれたのだと口にし、ガナッシュ様に縋りながら私と一緒に仕事なんてできないと訴え出す。
そんな妻をそっと押し退け、ガナッシュ様が厳しい目を私へと向けた。

「ラヴィアン。ついてきなさい」
「はい」

きっと叱られるんだろう。
下手をすればクビになるかもしれない。
そんなことを考えながら肩を落としガナッシュ様の後へと続く私を見て、妻は口の端を持ち上げて楽しそうに嗤っていた。


***


【Side.メリーナ】

前領主ガナッシュ様の屋敷へとやってきてひと月半。
最初は夫と一緒に仕事をするなんて嫌だった。
でも夫はナナシェに来てからの半年で随分穏やかな性格になっていたし、私への負い目からか、ちょっと怯えた素振りをするだけで押し黙って責めてこなくなったから非常に扱いやすかった。

でもそれ以外のことは、ちっとも思うように事は進まない。

他の使用人達の手前、ガナッシュ様は公に私を囲えないのか全く色っぽい話をしてきてくれない。
仕方がないから夫の目を盗んではちょくちょく私の方から夜のお世話を匂わせたのに、全くお呼びが掛からなかった。

別にどうしてもシたいわけではなく、お金さえもらえるならそれで良かったのだけど、もらえるお金は給与のみでお小遣いはもらえない。
これではただの使用人と同じではないか。
そう思ったから余計に仕事のやる気なんてものはなくなってしまった。

そして私は気づいてしまったのだ。
ガナッシュ様が夫の顔色を窺っているという事に。
きっと夫がここにいるからこそ、ガナッシュ様は私に手を出し辛いのだろう。
得心が言った。

(一応あの人に協力させると言う手もあるにはあるけれど…)

協力させるより、夫をここから追い出す方が簡単な気もする。

(そうね。ケースバイケースでいきましょう)

素直に従うならクビにまでする気はない。
弱みにつけ込んで利用するだけ利用してやりたい。
でもそうでないなら挑発して手を上げさせ、クビになるよう持ち込んでやるつもりだ。

夫の命運は私が握っている。
夫には私の言う事を聞くか、ここから追い出されるかの二択しかない。

そして今日、夫の命運が決まる時がやってきた。
挑発は成功し、夫は狙った通り手を振り上げた。

夫は何を思ったのか途中で思い止まった様子だったが、手を振り上げたのは事実だし、それを目撃したのは運の良い事にガナッシュ様だった。
これなら確実にクビになるはず。

(これで邪魔者はいなくなるわ)

殴られずに済んだ上でのこの結果は最高の流れと言えた。
やはり私の日頃の行いがいいからだろう。
神様はちゃんと見ていてくれるのだ。
私はクスクス笑いながら、弾む足取りで自室へと帰った。


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