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番外編

番外編Ⅱ ナナシェにて⑧ Side.父ラヴィアン

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アルバーニ侯爵から子爵に、そして平民になった私は船の中で色々考えた。
でも考えてもどこでどう間違ったのかがさっぱりわからなかった。
結局ランスロットが家を出て行ったのが悪いという思いがどうしても強くて、あいつのせいで家族が転落したのだとしか思えなかったのだ。

妻は可愛く思いやりがある女性で、いつも私を頼りにしてくれていた。
長男はいつだって私に尊敬の眼差しを向けて、将来はしっかりと侯爵家を盛り立てるから安心してほしいと言ってくれていた。
娘は自分が聖女として名声を高めたら王家にも目を止めてもらえるし、家のためになるでしょうと笑って頑張ってくれていた。
完璧な家族。
それが子爵家になった途端崩壊してしまった。

酒浸りになった自分が悪いと言うのはわかってる。
心配して声を掛けてくれた妻に暴力を振るってしまったのも自分だ。
そんな親を見てラウルが現実逃避するのもわからなくはない。
エヴァンジェリンはそんな家族達に心を痛めて何とかしようとバーリッジ公爵家に行ってしまったんだと思う。
まあ…そこでやらかしてしまったわけだが、叱ってやりたい気持ちはあれど、憎む気持ちなどは一切なかった。

何はともあれナナシェに来てしまったのだから過去にこだわっても仕方がないし、心機一転頑張ろうと思った。

まずは住む場所と働き場の確保だ。
手持ちの金は殆どないから宿は使えない。
兎に角何をするにも金が必要だった。
だから着いてすぐにこの地の領主の元へと向かった。
下手に出ながら同情が買えるようにと精一杯話を盛り、どうか力を貸してもらえないかと訴える。
そんな私の話を聞き、領主は少し考えてから『お前にちょうどいい働き場があるぞ』と言った。

「そ、そこは家族皆が一緒に住んでも大丈夫な場所でしょうか?」
「そうだな。お前の頑張り次第では可能かもしれないが…すぐには無理だろう。まずは追い出されぬようお前が頑張ることだ」

つまり認められないと追い出されるような職場ということなのかと息を呑む。
けれどここでやっぱりやめたと言えるほど懐に余裕もないし、取り敢えずやれるだけやってみようと話に乗ってみることに。

そして紹介されたのは前領主様の世話係という仕事だった。

前領主様は年も近く、その見た目とは裏腹にとてもじっくりと私の話を聞いてくれた。
こちらの話を遮るでもなく一通り聞いてくれた後は細かく質問されたことに答えていく。
わかってもらえたと思った。
同情が引けたと思った。
ついでに次男のランスロットが如何にどうしようもない奴かも伝わったはず、そう思った。
でも────。

「なるほど。どこが真実でどこがお前の思い込みかよくわかったぞ」

言われたのは何故かそんな言葉で、私は何を言われているのかがわからず首を傾げる。

「こんな甘ったれた奴は久しぶりに見たぞ!私がきっちり鍛えてやらねば!採用!!」
「はい?」

よくわからないが取り敢えず私はここで働かせてもらえるらしい。
それからは雑事をあれこれ教えられ沢山のダメ出しをされてしまった。

朝の支度から始まり着替えの手伝い。
武具の手入れに部屋の掃除。
食事の手配に仕事の手伝い。

ちゃんとやってるつもりなのにダメ出しばかりで正直辛い。
でも文句を言いたくても全部正論…と言うか説明付きで尋ねられ考えさせられるから何も言い返すことができない。
ヒィヒィ言いながらでも頑張るしかなかった。

例えば掃除。
窓拭きは拭き残しがあれば指摘されるし、床は隅までやれと言われる。

『部屋は丸く掃除するものじゃない。隅までちゃんとチェックしなさい』
『ちゃんとやってます!そこは偶々見落としていただけです!』

不慣れな掃除は面倒だし疲れる。
ちょっとくらい手を抜いたって構わないだろうと思って反論した。
でもそんな自分に前領主ガナッシュ様は言った。

『そうか。ならちょっと考えてみろ。そうだな…侯爵家の自室を思い出せ。お前はそこで夜寛いでいる最中、本を読んでいるとしよう。そしてちょっと一息入れたいなと思いふと顔を上げるとそこに部屋の隅に埃が溜まっているところを見つけた。さて、どう思う?』

その状況は想像するのは簡単だったからすぐに『嫌な気持ちになって、使用人にイラつくでしょうね』と答えた。
すると『その後は?どうする?』と返されたから『本を読む気分ではなくなるでしょうし、明日使用人を叱ってやらないとと思いながら酒を呑んで寝ると思います』と返事をした。当然だ。
でも『その使用人が今のお前だ。私は怒鳴りつける気はないが、ちゃんと指摘される前にやりなさい』と強めの口調で言われる。
なるほど。それは確かにその通り。
自分に立場を置き換えるとこれはダメだとすぐにわかった。
サボる使用人はクビになる事だってあるだろう。
そうなったら困る。
そう考え、ちゃんと反省して掃除を丁寧にして、終わった後でしっかりチェックもするようになった。

お茶淹れに関しても────。

『お前はびっくりするほど毎回違う茶の淹れ加減だな。私ならまだいいが、これを客にしたらヤバいぞ?』
『え?』
『まあ飲んでみろ。どうだ?』

この時淹れていた茶が薄いのなんの。味なんて全くないお茶だった。
これは流石にダメだろうと思って今度はさっきの5倍くらい時間を取って淹れてみる。
これなら大丈夫だろうと自信満々で出したら一口飲んだ後でもう一度『飲んでみろ』と言われて飲んでみた。
今度は渋すぎてとても飲めたものではなくて涙が出た。
これまで何度もガナッシュ様には茶を淹れてきたが、ここに来て一週間一度も指摘されたことはなかったから問題はないと思っていたのに、これは酷すぎだろう。
私が侯爵だった頃だったらきっと最初の一杯で『この下手くそ!今すぐ淹れ直してこい!』と怒りを爆発させて茶をひっくり返していたはずだ。
だからどうしてこれまで捨てずに飲み切っていたのかと尋ねたら、『茶葉はここでは貴重なものだ。それを使って淹れられているのに捨てるはずがないだろう?毒なら別だが、勿体ないじゃないか』と返された。
それを聞いて初めてこの地は母国とは色々違うのだと実感した。
だからそれ以降茶葉を無駄にしないよう、同僚の使用人に頭を下げて茶葉の蒸らし時間なんかを教えてもらい、丁寧に美味しい茶を淹れるようになった。
私の淹れた茶を美味しそうに飲むガナッシュ様の表情を初めて見た時、胸が熱くなったのを今でも覚えている。

そう言えば、その茶の話の後くらいだったか。
その日、私の武器の手入れが下手くそだと同僚に陰で言われていたのを偶々聞いてしまった。
不慣れながらも頑張ってるのにとイラついて、自室に戻って即、窓に向かって思い切り枕を投げつけたんだ。
完全に八つ当たりだった。

誤算だったのは簡単に割れるはずのない窓ガラスが凄い音を立てて割れてしまったこと。

何事だとガナッシュ様や使用人達が駆けつけてきて、まず言われたのは『怪我はないか?!』だった。
その後は事情を聞かれ、渋々話したら呆れたように叱られた。
まず『誰かに八つ当たりせずに部屋で発散してたのは賢明だった』と言われ、それにホッとしたところで『この国のガラスは他国より遥かに脆いし、その上高価だ。お前が割ったんだからちゃんと給与から払ってもらうぞ』と告げられ、反省を促すためにも弁償する金が貯まるまで窓はそのままにしておくと宣言されて、本当に窓ガラスを入れてもらえなかった。
隙間風が冷たくて布団にくるまりながら最初は『知らなかったんだからしょうがないじゃないか』と思ったものだが、昼間にガナッシュ様と色々話したこともあり、一週間経つ頃にはすっかり『自己責任』という言葉が自分の中でしっかり根付いていた。

その一週間の間にランスロットの件を反省させられたと言っていいかもしれない。
『理不尽です』と肩を落とす私にガナッシュ様は言ってきた。

『お前は母国で息子に理不尽を押し付けていたじゃないか』

それに対し私は当然反論する。
そんなことはやっていないと。

『双子の姉から聖なる力を奪って自分のものだと言うような奴なんですよ?理不尽も何もあったものじゃないでしょう?!』
『本当にそうか?』
『どういうことです?』
『そうだな…例えば、お前は確か水魔法が使えるんだったな?』
『え?はい。そうですが?』
『なら、そんな便利な力があるなら使用人達全員に使えるようにしろと言われたらどうする?』
『そんなこと無理に決まってます。魔法はその人の適性に合わせて顕現するものなんですから。できるはずがありません』
『それでもやれと言われたら?』
『理不尽だと怒ります。できるはずがないんですから』
『その通りだ。ではそれを踏まえた上で、できないならお前が他の使用人達の分までその魔法を行使しろと怒鳴られて、床掃除も窓拭きも水やりも全部水魔法ならできるだろう、やって当然だ全部やれと押し付けられて、それに文句を言ったら口ごたえするな、水魔法を他の者に使えるようにできないお前が悪いんだろうと罵られたらどう思う?』
『流石にキレて出て行くと思います。何だったら全員殺してやりたいほど憎悪の感情が湧いてしまうかもしれません』
『そうか。その言葉に偽りはないな』
『もちろんです』
『残念だがそれを息子にやったのがお前だ』

その時のショックと言ったらなかった。
だから『水魔法と聖魔法は違うでしょう?!』と反論したけれど、『どっちも魔法であることに変わりはないだろう?同じだ』と返されて二度ショックを受けた。
特別な聖魔法ならそういうこともあると思っていたのに、逆に『特別だからこそ余計にそんなことができるはずがない。それくらい誰にだってわかるだろう?』と言われてしまった。

『お前の息子は12才から何年耐えたんだ?自分じゃどうにもならない理不尽な状況で、お前は同じだけの年数、耐えられるのか?一度ちゃんと考えてみろ』

そう言われて考えた。
自分なら半年でも無理だと思った。
つまりランスロットが出て行ったのは当然であり、単に溜まりに溜まったものが限界を迎えただけだったのだ。
その日の夜、隙間風が吹き込む部屋で布団にくるまりながら私は心底反省して、もう二度と会えないランスロットに心から詫びた。

その日以降心を入れ替えて、これまで以上に仕事に真摯に取り組むようになった。
そんな私を見て使用人仲間達が毛布を差し入れてくれたりしたけれど、実はガナッシュ様が口利きしてくれたのだということは知っている。
厳しいだけではなく優しい人だから気遣ってくれたんだろう。
期待に応えたい。そう思うとなんだか力が湧いてくるような気がした。

そうこうしているうちに最初はできなかったことも段々できるようになってくる。
それが嬉しく思えるようになって更にやる気が出てきて、気づけば色んなことができるようになっていた。

ガナッシュ様は本当に立派な人だし、この人の下で働ける自分は幸せだと思う。
もっと早く出会えていたら、国外追放なんてことにはなっていなかったのかもしれないとさえ思ってしまう。
でもここに来なければ会えなかったのも事実で────。
年甲斐もなく日々惹かれてしまう感情を抱えながら、仕事に励む日々。

そんな中、時折伝わってくるのは家族の話だ。
エヴァンジェリンと妻は食堂で、ラウルは第一部隊の新人兵士としてそれぞれ頑張っているらしい。
家族はバラバラになってしまったが、皆が元気にやっているのならそれでいいと心のどこかで安心していた。
正直背負うものがない方が気は楽だからだ。

その後妻が食堂で問題を起こして追い出されたようだが、またすぐ別の仕事場を見つけたとも聞いたし、自分がいなくても家族は大丈夫。
そう思ってしまったから、罰が当たったのかもしれない。

「今うちの屋敷にはその女の夫であるラヴィアンがいる。どうだろう?一週間牢で反省を促した後うちで引き取って更生させると言うのは?」

罪を犯した妻をガナッシュ様が引き受けると笑顔で言い放った瞬間、私は幸せな日常が崩れるような音を確かに聞いた気がした。


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